ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団+ウィーン楽友協会合唱団ほか モーツァルト 「レクイエム」(ジュースマイヤー版)
日本語歌詞対訳付き
2025年9月12日&18日新京極のMOVIX京都、9月14日 梅田の大阪ステーションシティシネマにて
日本映画「風のマジム」を観る。実在の人物をモデルに、原田マハが書いた同名小説の映画化。監督:芳賀薫(男性)、脚本:黒川麻衣、企画プロデューサー:関友彦、音楽:高田漣、主題歌:森山直太朗「あの世でね」。5人とも私と同世代である。
出演:伊藤沙莉、染谷将太、シシド・カフカ、富田靖子、小野寺ずる、橋本一郎、眞島秀和(ましま・ひでかず)、なかち、下地萌音(しもじ・もと)、玉城琉太(たましろ・りゅうた)、肥後克広、川田広樹(ガレッジセール)、尚玄、滝藤賢一、高畑淳子ほか。
沖縄が舞台。契約社員の女性が、ベンチャーコンクールに応募したことで、沖縄のサトウキビを原料にしたラム酒を開発し、子会社の社長にまで上り詰めるサクセスストーリーであるが、主人公の伊波(いは)まじむ(伊藤沙莉)がギラギラした女性ではないため、爽やかな余韻を受ける。まさに「風のマジム」だ。
まじむの祖母(おばあ)、伊波カマル(高畑淳子)が豆腐を作る音が、画よりもまず印象に残る。その後、まじむの母(おかあ)であるサヨ子(富田靖子)が朝食の準備をし、まじむが起きてきて、サヨ子に言われたことをやっているうちに、まず、まじむが主題歌の「あの世でね」をハミングし、サヨ子やカマルがそれにつられるようにユニゾンする。印象的な冒頭である。その後、森山直太朗が歌う「あの世でね」のアンプラグドバージョン(全編は分からないが映画で使われるのはアコースティックギター弾き語り)が流れ、映画のラストでは弦楽器が盛大になるフルバージョンが流れる。
更には、高畑淳子と富田靖子が二人で、「てぃんさぐぬ花」を歌う場面もある。なお、まじむには父親がいないが、そのことに関しては特に触れられていない(原作には書かれている)。
おばあ役の高畑淳子の見事なウチナンチューぶりが特筆事項。逆に、「あれヤマトの役者だよ」と言われても「嘘でしょー」と言われる水準である。余談であるが、高畑淳子は脚本が読めないタイプだそうである。脚本を一から読むと寝てしまうので、自分のセリフを一つ一つ書き出し、家の中のあちこちに貼って、通り過ぎるたびに見て覚えるそうだ。一口に役者といっても色々な人がいる。
おばあは豆腐屋を営んでいるが、あれはセットではなく、実際に今も豆腐店を営業している場所を借りて撮影したそうだ。伊藤沙莉と高畑淳子による印象的な場面があるのだが(特に伊藤沙莉は真骨頂発揮)、伊藤沙莉の後ろの裏に、本物の豆腐屋の人が隠れていて、その場面を見て大泣きしていたそうである。
まじむという変わった名前であるが、「ちむ」というのは沖縄で「魂、肝、心」のこと。それに「ま」が付くということで、「真心」という意味である。
伊波まじむは、那覇にある比較的大きな通信会社・琉球アイコムの契約社員である。沖縄という元々は別の王朝があった独特の風土に憧れて、本土から沖縄の大学に進む人もいるが、沖縄の産業は観光と農業に依存しており、就職先が見つからないため、ほとんどの人が本土に戻って就職するという「通過する場所」の性質を持つ。そういった意味では京都に似た部分がある。沖縄では稼げないので本土に出る沖縄の人も当然おり、千葉(台湾のスター、金城武の父親は沖縄の人であるが、金城武の自身の本籍は千葉県である)や京都といった私と関係のある土地も移民は多い方だが、最も多いのはほぼ全部埋め立て地という大阪市大正区で、大阪の沖縄といった趣であり、関西で沖縄関連のイベントを行うとなると、まず大正区の人が駆り出される。
まじむも正社員での就職が叶わず、契約社員に甘んじている。契約社員も正社員を手伝ったりすることはあるが、責任ある仕事は任されない。責任は正社員が取るもの。そして契約社員では、いつ契約を切られるか分からないので、任せるわけにはいかないのだ。日常の職務もパソコンでのデータ入力や書類のシュレッターがけだったり、正社員が食べるお菓子の補充と買い出し、といってもお菓子を食べているのはほとんど仲宗根光章(「沖縄の一発屋」こと仲宗根美樹と同じ苗字。演じるのは橋本一郎)一人だけなので、使いっ走りだったりである。仲宗根個人の趣味に沿ったお菓子の買い出しが業務としてセーフなのか分からないが、とにかく雑務だけである。キャリアなど身につかない。
いつもお昼を一緒に食べているテルちゃんは司法書士の試験に合格。新たなる道を歩むことになった。「ここにずっといても良いことなんてないんだから」と忠告するテルちゃんだが、元々就職口が少ないのだ。転職先もおそらくほとんどないだろう。そう言われてもなあ、という感じて屈託するまじむだったが、シュレッダーがけの最中に社内ベンチャーコンクールのチラシを発見し、「※契約社員含む」の文字を見つけて、挑んでみる気になる。ちなみに契約社員の中で応募したのはまじむだけだった。
まじむは行きつけのバーのマスター、後藤田吾朗(染谷将太)に入ったばかりのラム酒を飲ませて貰う。沖縄はサトウキビの産地であるが、沖縄のサトウキビを使ったラムについては、
吾朗「あんまり聞いたことないな」
ということで、沖縄産のサトウキビを使ったラム酒醸造の企画がまじむの頭に浮かぶ。
そして、まじむの企画は一次審査を通過し、更に最終候補の一つに残った。
だが、細部が詰められず、クールな先輩社員の糸数敬子(甲子園で活躍してプロにも入った糸数投手がいた。演じるのはシシド・カフカ)に相手が大幅にリードしていることを告げられる。
競争相手は、「養殖珊瑚」の企画を打ち出す男性社員の仲村渠(なかんだかり。昔、仲村知夏の芸名でデビューした仲村渠睦子という沖縄出身の歌手がいたが、売れなかった)悠太で、協力企業を見つけ、おおよその見積もりなども弾き出しているらしい。それに比べればまじむはアイデアがあるだけで、具体的な動きは何も行っていない。そもそも契約社員はそうしたビジネス的な仕事を任せて貰えないので、ノウハウもないと思われる。まじむは思い切って有給を取り(契約社員が有給を取るとよく思われない。というより日本の社会では有給は軽視されがちで、「取るのは悪」という風潮すらある)、沖縄一のサトウキビの産地である南大東島に向かう……。
2024年のJOAK制作のNHK連続テレビ小説「虎に翼」に主演し、驚愕の演技力を示して話題をさらった伊藤沙莉。その後、FODで配信された連続ドラマ「ペンション・恋は桃色3」に出演したが、それ以外はCMの仕事、ナレーション、ラジオ、バラエティ番組出演、イベント参加など、俳優の仕事は控えめだった。「風のマジム」も撮影自体は昨年の暮れに行われている。
高畑淳子、富田靖子という現代を代表する女優達と一族として共演という豪華さもあり、かなり手応えのある作品になっている。
伊藤沙莉の巧みな表情表現は真似の出来ないものである。泣きながら笑っているようなまなざしを見せた時も、「ああ、こんな演技も出来るのか」と感心した。
飲むとき食べるときの表情も良い。これほど美味しそうに飲んだり食べたりするのは彼女と稲垣早希ちゃんだけである。
そして髪型などに注意して見てみると面白いかも知れない。まじむの思考がさりげないところに現れていそうだ。
まじむは契約社員の時はキュロット(今はそういわないのかな)などラフな格好をしていたが、ベンチャーコンクールの最終候補に挙がり新規事業開発部の一員となって(身分は契約社員のままである)からは、毎回、日替わりのスーツで凜々しく決めている。伊藤沙莉は背が低いので、高身長の女優ほどには凜々しくならないが。
その代わり、とても可愛らしい。序に当たる部分で、南大東島のサトウキビ畑の間の道を一人でチョコチョコ歩いている姿は、「人間」というより「可愛らしい何か」である。
糸数はラム酒の醸造を東京で名声を上げている朱鷺岡明彦(ときおか・あきひこ。演じるのは眞島秀和)に頼もうとするが、糸数に勝手に付いて東京まで来たまじむは、朱鷺岡の、「沖縄本島にもサトウキビなんていくらでも生えてるんでしょう? 那覇の近くの、どこかその辺の適当な場所に」という言葉に、本土人の沖縄に対する無意識の見下しと不誠実なものを感じる。まじむは更に朱鷺岡に「南大東島に常駐で」という条件を出す。朱鷺岡は当然、南大東島行きを断る。
「沖縄の人で沖縄のサトウキビでラムを造ってくれる人でないと」と理想を口にするまじむ。やがて吾朗が瀬那覇仁裕(せなは・じんゆう。演じるのは滝藤賢一)という醸造家の名前を挙げる……
非常に爽快なサクセスストーリーだが、アドレナリンが増えるというよりも、柔らかなウチナーグチの効果もあってか、穏やかな幸せに浸れる映画である。
沖縄は、日本でありながら日本とは異なる文化を持った場所。ある意味、日本を相対化出来る場所である。
これは、まじむのサクセスストーリーであるが、沖縄のサトウキビ産のラム酒を思いついたのは、行きつけの吾朗のバーでたまたま新しく入ったラム酒を飲んだからであり、彼女が0から創造した訳ではない。その場にいたみんなのアイデアだ。「スーパーヒロインとその他」にならないのがこの映画の最大の美点の一つである。
契約社員でノウハウがないため(ベンチャーコンクールのオリエンテーションで、クールビズ期間とはいえまじむが一人だけ派手な格好でペンを走らせている場面があるが、会議に出たことがないので、要領が分からないのだろう)、居心地が悪そうなマジム。他の参加者が退出しても一人残ってメモなどを取っているが、新規事業開発部長の儀間鋭一(尚玄)に声を掛けられる。契約社員が出しゃばって応募し、その場から去らないので怒られるのだと思ったまじむが謝ると、「(悪いことをしていないのに)謝るのは止めなさい。君のアイデアが面白かったから通ったんだよ。堂々としていればいい」と言われ(この時の伊藤沙莉の目の演技も見事)、契約社員にありがちなマインドを変えて、資料作成などに意欲的に取り組みようになる。おばあやおかあは、「まじむは飽き性」だと思っていたが、ノートにびっしりと企画を書き込み、絵も自分で描くなど生き生きと制作を続ける。それはただ単にコンクールに勝ちたいとか、契約社員に甘んじている自分の力を見せつけたいとか、そんな野心がらみのものではなく、「自分がやりたいことを納得出来るようにやる」これだけで一点突破していく。嫌味なところがまるでないヒロインだ。
緩やかな時間の流れる映画である。日本は東京を軸にして動き、この映画の主な出演者もスタッフも普段は東京で仕事をしているのだが、東京的なものとは違った映画がまた一つ加わった感じである。
さて、この映画を観て、「うちゆ(浮世)わたら(渡ら)」
JR大阪駅ビル直結の大阪ステーションシティシネマで、「風のマジム」を観る。主演女優である伊藤沙莉と、監督の芳賀薫の舞台挨拶付きでの上映である。
チケットは事前に購入していた(満席であるため当日券は販売なし)が、発券機の前や、シアターに入るまでに長蛇の列が出来ていた。早めに出てきて良かったと思う。
大阪ステーションシティシネマに入るのは初めてである。ザ・シンフォニーホールでコンサートを聴いた後、阪急大阪梅田駅まで向かう際に大阪ステーションシティの横を通るのだが、だいたいがソワレを聴いているため、ステーションシティシネマではレイトショーしかやっていない、しかもレイトショーを観ると京都に帰れないという訳で縁がなかったのだ。
「風のマジム」の舞台挨拶は、先に東京都内の3カ所で行われ、今日は朝になんば、昼に梅田、そしてその後、名古屋に飛んで伏見(名古屋の伏見はJR名古屋駅と栄の中間にある)と名駅にある映画館で舞台挨拶を行う。
一昨日もMOVIX京都で「風のマジム」を観ているが、あれは予習で、今回が本番のつもりである。舞台挨拶は上映後に行われる。
客層であるが、比較的年輩の男性が多いような印象を受ける。おそらく上白石萌音のコンサートに来ていた客層と被っているはずで、朝ドラを見て知り、出来の良い娘や孫を愛でる気分なのだろう。
大阪ステーションシネマの3番シアターでの上映であったが、MOVIX京都よりもスクリーンの横幅が広く、MOVIX京都でははっきり見えなかった端の部分もクッキリ見える。
そして舞台挨拶ありということで満席。自然に笑いが起こったり、つられて笑ったり出来るので、映画館は満員の方が良い。そう思うと有楽町マリオンが懐かしくなる。
上映終了後の舞台挨拶で、芳賀監督は、「伊藤沙莉さんに主役をお願いしよう」と思い立ち、直筆の手紙を送ったことを明かす。伊藤沙莉はその手紙を読んで出演を決める。
基本的には出世するキャリアウーマンの話なのだが、バリバリのキャリアウーマンに見えてしまう人ではこの映画の流れに合わない。バリバリのキャリアウーマンを得意とする女優は比較的多く、伊藤沙莉も演じようと思えば演じられると思うが、そうではないヒロイン像が求められる。それが出来る女優は限られる。本当に難しい。伊藤沙莉は、その数少ない女優の一人だ。
まじむは、基本的には本質が変わらない人である。ベンチャーコンクールに応募してからも、スーツを着こなすようになってからも、基本的には自分が好きなことに正直な人だ。コンクールを勝ち抜くために、がむしゃらになってしまうようでは、まじむになれない。
スクリーンに映る人が伊藤沙莉と認識しながら、伊波まじむに見えてくる。彼女はそんな魔法を使える人だ。
伊藤沙莉は数種類の笑顔を操れるのだが、今回はクライマックスでどの笑顔を選ぶのか。観てのお楽しみである。
舞台挨拶。女性司会者の辻さんが進行する。まず伊藤沙莉が上手側から腰を低めにしながら登場。上下黒(に見えたがマスコミの写真で見ると濃い茶色だったようである)のスーツでシックである。オーラなどは感じられないが、そういう人でないとまじむは演じるのは無理だろう。続いて芳賀薫監督が現れた。
以前、もう四半世紀ほど前に川崎市の新百合ヶ丘の映画館で、富田靖子の舞台挨拶に接したことがあるのだが、「なんか異世界の人が来たなあ」という印象で、伊藤沙莉とは完全にタイプが違う。
沖縄映画となるとなんといってもウチナーグチが難しく、芳賀監督も俳優陣が出来ているのか判断が難しかったのだが、先行上映された沖縄では「自然に感じる」「聞きやすい」と好評だそうである。また、「この映画は本当に悪い人が一人も出てこないものにしたかった」と語る。悪い人が一人も出てこないと、ドラマとしては盛り上がらないのだが、この映画は「流れを見るような感覚」で観ることも可能であるように思う。
伊藤沙莉はウチナーグチの難しさについて、沖縄独特の言葉よりも「ありがとう」のようにヤマトでも日常的に使うがイントネーションの違う言葉の方がつられるために難しいと語る。音程に例えると「そこからそこ行く?」という言い回しも多いそうで、まるで服部良一のメロディーのようである。
ちなみにウチナーグチは癖になると抜けにくいようで、伊藤は、「滝藤さん、この間、沖縄弁喋ってました」と語って笑いを取っていた。
ちなみは伊藤は、大阪に来るとアメリカ村で服を探すそうで、草彅剛と相性が良さそうだ。また舞台「パラサイト」(WOWOWで放送されたものを録画してあるがまだ観てない)の大阪公演の際、打ち上げで古田新太に、「さきいか天」を紹介されて、「めちゃくちゃ美味しかった」と今、口にしているように語る。
大阪の印象については、「東京よりも優しい。『バカ』よりも『アホ』の方が優しい」(※個人の感想です)
本筋とは関係ないが、サトウキビ畑の間の道で、伊藤は野生のマングースを見たそうである。芳賀監督は遠くにいたが確認は出来たそうだ。
伊藤沙莉は、昨年秋の「PARCO文化祭」で見た時よりも顔がすっきりした感じ。個人的には前のような丸顔が好きなのだが(ちなみに私の妹が丸顔なんですね)。
沖縄で行き足りなかったところについては、「海」と語る。伊藤沙莉のお姉さんが海が大好きなのだが、その影響で伊藤沙莉も海好き。ただ水恐怖症で「完全カナヅチ」だったが、今度、水に深く潜る役を引き受けたそうで(詳細は不明)、水恐怖症克服も込めてプールに通い、15mほど潜れるようになったそうだ。ただクロールやバタフライなどは出来ないので、前への移動は2mほどらしい。潜る話は、今回の舞台挨拶でも話していた。また6月にUSJで行われた水鉄砲で遊ぶイベントにもシークレットゲストとして参加しており、それ以来の大阪だと話す。
伊藤沙莉は、「エゴサばばあ」を名乗るほどエゴサーチが好きで(彼女も含めて彼女の女友達は自分のことを「○○ばばあ」と呼ぶ習慣があるらしい)、「風のマジム」のエゴサーチで、「好きなことを諦めなくていいんだ」という感想を読んで感銘を受けたようだ。何かを与えられた気分になったのかも知れない。
更に伊藤沙莉は、「皆さんのところにも行きますので」と言っていた。
記者達によるフォトセッションの後で、観客のためのフォトセッションもあったのだが、スマホのカメラの機能が低い上に、沙莉さんも芳賀監督も両手を振っているので、良い写真は撮れなかった。取りあえず、アップするに堪える写真をXに文章と共に載せた。
舞台挨拶も終わり、退場する沙莉さん。舞台上手端の端まで手を振り、階段を一歩降りたときも右手で手を振る。こちらは「大丈夫かな」と見守っていた。
2025年1月18日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて
午後6時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、上白石萌音 “yattokosa” Tour 2024-25 《kibi》京都公演を聴く。若手屈指の人気女優として、また歌手としても活動している上白石萌音のコンサート。最新アルバム「kibi」のお披露目ツアーでもある。京都公演のチケットは完売。「kibi」はアルバムの出来としては今ひとつのように思えたのだが、実際に生声と生音で聴くと良い音楽に聞こえるのだから不思議である。
上白石萌音の歌声は、小林多喜二を主人公とした井上ひさし作の舞台作品「組曲虐殺」(於・兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール。小林多喜二を演じたのは井上芳雄)で耳にしており、心にダイレクトに染み渡るような美声に感心した思い出がある。ただ女優ではなく純粋な歌手としての上白石萌音の公演に接するのは今日が初めてである。
昨年の春に、一般受験で入った明治大学国際日本学部(中野キャンパス)を8年掛けて卒業した上白石萌音。英語が大の得意である。また、幼少時にメキシコで過ごしたこともあるため、スペイン語も話せるというトリリンガルである。フランス語の楽曲もサティの「ジュ・トゥ・ヴー」を歌って披露したことがある。
同じく女優で歌手の上白石萌歌は2つ下の実妹。萌歌は先に明治学院大学文学部芸術学科を卒業している。姉妹で名前が似ていてややこしいのに、出身大学の名称も似ていて余計にややこしいことになっている。
現在、「朝ドラ史上屈指の名作」との呼び声も高いNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバティ」がNHK総合で再放送中。ヒロインが3人いてリレー形式になる異色の朝ドラであったが、上白石萌音は一番目のヒロインを務めている(オーディションでの合格)。また新たな法曹関連の連続主演ドラマの放送が始まっている。
上白石萌音の声による影アナがあったが、録音なのかその場で言っているのかは判別出来ず。ただ、「もうちょっとで開演するから、待っててな」を京言葉の口調で語っており、毎回、ご当地の方言をアナウンスに入れていることが分かる。
客層であるが、年齢層は高めである。私よりも年上の人が多く、娘や孫を見守る感覚なのかも知れない。また、「『虎に翼』は面白かった!」という話も聞こえてきて、朝ドラのファンも多そうである。若い人もそれなりに多いが、女の子の割合が高い。やはり女優さんということで憧れている子が多いのだろう。なお、会場でペンライトが売られており、演出としても使われる。黄色のものと青のものがあり、ウクライナの国旗と一緒だが、関係があるのかどうかは分からない。
紗幕(カーテン)が降りたままコンサートスタート。カーテンが開くと上白石萌音が椅子に座って歌っている。ちなみにコンサートは上白石萌音が椅子に腰掛けたところでカーテンが閉まって終わったので、シンメトリーの構図になっていた。
白の上着と青系のロングスカート。スカートの下にはズボンをはいていたようで、途中の衣装替えではスカートを取っただけですぐに出てきた。
「『kibi』という素敵な曲ばかりのアルバムが出来たので、全部歌っちゃいます」と予告。「kibi」では上白石萌音も作詞で参加しているが、優等生キャラであるため、良い歌詞かというとちょっと微妙ではある。
浮遊感のある歌声で、音程はかなり正確(おそらく一音も外していない)。聴き心地はとても良い。
思っていたよりも歌手しているという感じで、クルクル激しく回ったりと、ステージでの振る舞いが様になっている。
原田知世や松たか子といった歌手もやる女優はトークも面白く、トーク込みで一つの商品という印象を受けることが多いが、上白石萌音も例外ではなく、楽しいトークを展開していた。
「今日は4階(席)まであるんですね」と上白石。4階席に向かって手を振る。更に、上手バルコニー席(サイド席)に向けて、「あちらの方は見えますか? 首が痛くありません?」、そして下手バルコニー席には、「そして、こちらにも。首がずっと(横を向いていて)。途中で(上手バルコニー席と)交換出来たら良いんですけど」「私も演劇で、ああいう席(バルコニー席)に座ったことがあって、終わったら首がこんな感じで」と首が攣った状態を模していた。ちなみに私は3階の下手バルコニー席にいた。彼女にはオフィシャルファンクラブ(le mone do=レモネードというらしい)があるので、1階席などは会員優先だと思われる。
上白石萌音も上白石萌歌も、「音」や「歌」といった音楽系の漢字が入っているが、母親が音楽の教師であったため、「音楽好きになるように」との願いを込めて命名されている。当然ながら幼時から音楽には触れていて、今日はキーボードの弾き語りも披露していた。
「京都には本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当にお世話になっていて」と語る上白石萌音。彼女の出世作である周防正行監督の映画「舞妓はレディ」も京都の上七軒をもじった下八軒という架空の花街を舞台としており、「カムカムエヴリバティ」も戦前から戦後直後に掛けての岡山の町並みのシーンなどは太秦の東映京都撮影所で撮られていて、京都に縁のある女優でもある(ただ大抵の売れっ子女優は京都と縁がある)。「舞妓はレディ」の時には、撮影の前に、上七軒の置屋に泊まり込み、舞妓さんの稽古を見学し、日々の過ごし方を観察し、ご飯も舞妓さん達と一緒に食べるなど生活を共にして役作りに励んだそうだ。ただ、置屋の「女将さん? お母さん?」からは、帯を締めて貰うときにかなりの力で引っ張られたそうである。着付けは色んな人にやって貰ったことがあるが、そのお母さんが一番力強かったそうだ。そのため転んでしまいそうになったそうだが、お母さんからは、「『こんなんでよろけてたら、稽古なんか出来しません』だったか、正確な言葉は忘れてしまったんですけれども」と振り返っていた。「『舞妓はレディ』を撮っていた頃の自分は好き」だそうである。
「京都には何度もお世話になっているんですけれども、京都でライブをやるのは初めてです」と語るが、「あ、一人でやるのは初めてです。何人かと」と続けるも、聴衆が拍手のタイミングを失ったため、少し前に出て、「京都でライブをやるのは初めてです!」と再度語って拍手を貰っていた。
毎回、ご当地ソングを歌うようにしているそうで、今日は、くるりの「京都の大学生」が選ばれたのだが、「京都なので、この歌もうたっちゃった方がいいですよね」と、特別に「舞妓はレディ」のサビの部分をアカペラで歌ってくれたりもした。「『花となりましょう~おおお』の『おおお』の部分が当時は歌えなかったんですけども」と装飾音の話をし、「でも努力して、今は出来るようになりました」と語った。
また、京都については、「時間がゆっくり流れている場所」「初心に帰れる場所」と話しており、「京都弁は大好きです」と言って、京風の言い回しも何度かしていた。仕事関係の知り合いに京都弁を喋る女性がいて、「いいなあ」と思っているそうだ。京都の言葉では汚い単語を使ってもそうは聞こえないそうである。
京都の冬は寒いことで知られるが、「雪は降ったんですかね?」と客席に聞く。若い男性の声で「まだ降ってないよ」と返ってくるが、続いて、若い女性複数の声が「降ったよ、降ったよ」と続き、上白石萌音は、「どっちやねん?!」と関西弁で突っ込んでいた。「さては、最初の方は京都の人ではないですね」
「降ったり降らなかったり」でまとめていたが、京都はちょっと離れると天気も変わるため、京都市の北の方は確実に降っており、南の方はあるいは降っていないと思われる。
「ロンドン・コーナー」。舞台「千と千尋の神隠し」の公演のため、3ヶ月ロンドンに滞在した上白石萌音。「数々の名作を生んだ、文化の土壌のしっかりしたところ」で過ごした日々は思い出深いものだったようだ。ウエストエンドという劇場が密集した場所で「千と千尋の神隠し」の公演は行われたのだが、昼間に他の劇場でミュージカルを観てスタンディングオベーションをした後に走って自分が出演する劇場に向かい、夜は「千と千尋の神隠し」の舞台に出ることが可能だったそうで、滞在中にミュージカルを十数本観て、いい刺激になったそうだ。英語は得意なので言葉の問題もない。
ということで、ロンドンゆかりの楽曲を3曲歌う。全て英語詞だが、上白石本人が日本語に訳したものがカーテンに白抜き文字で投影される。「見えない方もいらっしゃるかも知れませんが、後で対処します」と語っていたため、後日ホームページ等にアップされるのかも知れない。
ビートルズの「Yesterday」、ミュージカル「メリー・ポピンズ」から“A Spoonful of sugar(お砂糖一さじで)” 、ミュージカル「レ・ミゼラブル」から“夢やぶれて”の3曲が歌われる。実はビートルズナンバーの歌詞を翻訳することは「あれ」なのだが、観客数も限られていることだし、特に怒られたりはしないだろう。
“夢やぶれて”は特に迫力と心理描写に優れていて良かった。
参加ミュージシャンへの質問も兼ねたメンバー紹介。これまでは上白石萌音が質問を考えていたのだが、ネタ切れということでお客さんに質問を貰う。質問は、「これまで行った中で一番素敵だと思った場所」。無難に「京都」と答える人もいれば、「伊勢神宮」と具体的な場所を挙げる人もいる。「行ったことないんですけど寂光院」と言ったときには、「常寂光院ですか? 私行ったことあります」と上白石は述べていたが、寂光院と常寂光院は名前は似ているが別の寺院である。「萌音さんといればどこでも」と言ったメンバーの首根っこを上白石は後ろから押したりする。「思いつかない」人には、「実家の子ども部屋です」と強引に言わせていた。上白石は、「京都もいいんですけど、スペイン」と答えた。
ペンライトを使った演出。舞台上にテーブルライトがあり、上白石萌音がそれを照らすとペンライトの灯りを付け、消すとスイッチを切るという「算段です」。「算段」というのは一般的には文語(書き言葉)で使われる言葉で、口語的ではないのだが、読書家の人は往々にして無意識に書き言葉で喋ることがある。私の知り合いにも何人かいる。上白石萌音は読書家といわれているが、実際にそのようである。
「付けたり消したり上手にしはるわあ」
「スピカ」という曲で本編を終えた上白石萌音。タイトルの似た「スピン」という曲も歌われたのだが、「スピン」は今回のセットリストの中で唯一の三拍子の歌であった。
アンコールは2曲。「まぶしい」と「夜明けをくちずさめたら」であった。
「この中には、今、苦しんでらっしゃる方もいるかも知れません。また生きていればどうしても辛いこともあります」といったようなことを述べ、「でも一緒に生きていきまひょ」と京言葉でメッセージを送っていた。
サインボールのようなものを投げるファンサービスを行った後で、バンドメンバーが下がってからも上白石萌音は一人残って、上手側に、そして下手側に、最後に中央に回って深々とお辞儀。土下座感謝もしていた。土下座感謝は野田秀樹も松本潤、永山瑛太、長澤まさみと共にやっていたが、東京では流行っているのだろうか。
エンドロール。スクリーンに出演者や関係者のテロップが流れ、最後は上白石萌音の手書きによる、「みなさんおおきに、また来とくれやす! 萌音」の文字が投影された。
帰りのホワイエでは、若い女性が、「オペラグラスで見たけど、本当、めっちゃ可愛かった!」と興奮したりしていて、聴衆の満足度は高かったようである。
2024年10月15日 木屋町のUrBANGUILD KYOTOにて観劇
午後7時30分から、木屋町にあるUrBANGUILDで、広田ゆうみ+二口大学の「クランボンは笑った」を観る。別役実が1996年に書いて同年に初演された作品。別役実の100作目の戯曲に当たる(処女作をカウントせず、他の作品が100作目という説もあるようだが)。1996年ということで、携帯電話が普及しており、この作品にも登場する。
広田ゆうみと二口大学は、別役実の二人芝居を継続して上演しており、長野県上田市や愛媛県松山市、三重県津市などでの上演を行っているが、本拠地の京都での上演は劇場ではなくライブハウス兼イベントスペースであるUrBANGUILDを使って行われることも多い。小さな空間なので臨場感はある。演出は広田ゆうみが担当。
「クランボンは笑った」という言葉は教科書にも載っているので知っている人は多いと思われるが、宮沢賢治の「やまなし」という短い文芸作品の中に現れる謎に満ちた言葉(宮沢賢治の表記では「クラムボン」)である。
別役実のこの戯曲にも「クランボンは笑った」「クランボンは死にました」というセリフは出てくるが、宮沢賢治の「やまなし」の内容と直接的な関係はない。
ライブハウス兼イベントスペースでの上演なので、開演前は二口さんがずっといて、客席や知り合いに話すなど、リラックスしたムードである。上演時間は約65分。
上手から、広田ゆうみ扮する、死の間際の女が登場。月夜であるが、日傘(パラソル)を差している。病院で死を待つばかりなのだが、病棟を抜け出してハイキングを行うつもりなのだ。医師からは三月の命と宣告されたが、三月が過ぎても死の予兆はない。夜の病院の庭なので、誰もいないはずなのだが、下手から男(二口大学)が現れる。黒い衣装に白い手袋(この白い手袋は「覆うもの」の意味を持っているようである)。男は女のために椅子と机を用意し、テーブルクロスを掛けるが、テーブルクロスには染みがある。だがあってもいいものらしい。その後、男の正体が葬儀屋であり、病院の庭の一角にある道具小屋に住んでいることが分かる。なぜ葬儀屋が病院の一角に住んでいて庭にいるのかだが、末期の病人ばかりの病院なので、他の業者よりも遺体を早く引き取ろうという魂胆なのかもしれない。とにかく葬儀屋は椅子に腰掛け、女と話を始める。途中でケータイに電話がかかってきて、「クランボンは笑った…?」などと話して切るが(戯曲にはクエスチョンマークがついているので、男が「クランボン」がなんなのか分かっていないことが分かる)ちなみに「上から」かかってきた電話であるが、会社の上司というわけではないようだ。「クランボン」が暗号なのか何なのか意味が分からないのは宮沢賢治の作品と一緒である。男が女に近づいたのは、死が間近との情報を得ているので、亡くなった後の遺体の処理の契約を取り付けて金儲けしようとしているのかも知れない。実際、契約書の話なども出てくる。饗応のポーズをするのもそのためか。ただ詳しいことは明かされない。
女はバスケットの中にホットミルクティーの入ったポットを入れているのだが、カップを二つ持ってきている。まるで誰かとお茶するかのようである。また女はキュウリのサンドウィッチを持参している。これも二人分なので誰かと食べるためだろう。女は「あなた」と呼びかけるのだが、誰に対してなのかは本人も分かっていない。葬儀屋に呼びかける時もあるのだが、そうではない時もある。
汽笛が鳴る。最終列車だ。しかし女はそれよりも後に出発する列車があることを知っている。その列車はハルビンなどの旧満州(この言葉は劇中に出てこないため、知識のない人にはなぜこの都市の名前が出てくるのか分からないはずである)へ向かう。なお、別役実は旧満州出身である。
同じ病室にいた白系ロシア人の老婦人、マリアン・トーノブナの話が出てくる。夫のミハイルと共にハルビンに住み、大連に向かったという、白系ロシア人絡みの土地の名が出てくることから、白系ロシア人らしいことが分かるのだが、この白系ロシア人の老婦人が、死の前に、葬儀屋をロシア正教の神父と勘違いして懺悔を行い、告白を行っているのである。女はその情報を男から聞かされる。女はマリアン・トーノブナから葬儀屋がどこに現れるのかも聞いている。そして、何故、カップを二つ用意したのか、一緒にキュウリと辛子のサンドウィッチを食べるよう仕向けたのかが分かるようになる……。
結局、女と白系ロシア人の女性であるマリアン・トーノブナの秘密は封じられ(流れのようなものがあるそうである)、「クランボン」の正体はよく分からないことになっている(女は「クランボンは死にました」と「上から」の電話に答えているため、彼女は「クランボン」が何か分かっているようである)。ただヒントはいくつかありそうである。その秘密は日本人が知ってはいけないもののようで、女にはその理由が分かっているが、女もまた秘密を秘密のままにすることを図る。
一応、トーノブナ夫人が告白したのは、終戦間近に大連で夫のミハイル・トーノブナ(ロシア人は、同じ苗字でも苗字が男女では変換されて別のものになるので、ミハイル・トーノブナというのは厳密に言うと誤り。おそらくミハイル・トーノブンである)を青酸カリで毒殺したというものである。ただ、毒殺したといっても、ミハイルが自殺を願ったものでその補助とされる。ミハイルは体の状態が思わしくなく、日本には行けないので、死を望んだのだ。そしてマリアン・トーノブナだけが日本へと亡命した。これだけを封じるとしたのなら話は単純なのだが、もう死者であるマリアン・トーノブナ個人の秘密を封じる意味も、また女がそれに加担する必要もない。
背景には、1945年8月8日から始まったソビエトの満州侵攻があるだろう。満州の中でも北の方であるハルビンに住んでいた夫妻は、満州に留まるのは危険とみて南へ。港町の大連に向かい、そこから日本を目指したが、ミハイルの方は日本に行ける状態ではない。大連に留まったとしても赤軍に殺害される可能性が高いので死を選んだのだろうか。自分で青酸カリを飲めないほど弱っていたという訳でもなさそうであるが、何らかの形でトーノブナ夫人が自殺を幇助し、それを墓場まで持って行くつもりだった。うわごとで漏らすのが嫌なので、モルヒネも用いなかった(この辺りは、「麻酔を使うとうわごとを申すといいますので、麻酔なしでの手術」を願う女性を描いた泉鏡花の「外科室」を連想させる)。だがうっかり葬儀屋を神父と勘違いして告白してしまった。死が近いということもあっただろう。しかし、主人公の女とトーノブナ夫人は特に親しいという訳ではなさそうで、何故、女が葬儀屋の口を封じようとするのかは謎である。何か別の理由があるのだろうか。「クランボンは死にました」の意味も複数考えられる。単純な「葬儀屋がクランボン説」はおそらく違う。ちなみにミハイルが自殺、マリアンナから見ると殺害した事件が起こったのは「50年前」とされている。「クランボンは笑った」の初演が1996年なので、50年前は別役が満州から引き上げてきた1946年ということになる。
別役実が生まれたのは満州国の首都・新京(長春)である。そして生後10年近くをその地で過ごしている。そこで何らかの経験をしている可能性も高い。満州国にはソ連から逃げてきた白系ロシア人も多く、例えば、朝比奈隆が指揮していた時代のハルビン交響楽団は楽団員の大半をロシア人が占めるオーケストラであった。音楽の能力がプロ級のロシア人だけでフル編成のオーケストラを結成出来るのだから、一般の白系ロシア人はかなり多くいたことが予想される。白系ロシア人は日本にも逃げてきており、日本プロ野球初の300勝投手となったヴィクトル・スタルヒンが白系ロシア人であったことはよく知られている。白系ロシア人は、ソビエト共産党(赤)の迫害を逃れた人々であり、元々は上流階級の人も多く、朝比奈隆や服部良一の師であるエマヌエル・メッテルもウクライナ系ではあったが白系ロシア人に数えられている。
文化面においては、日本にかなり貢献をした白系ロシア人。単なるミハイル殺害の話だけとしなかった場合、彼らが日本人に語れない秘密とはなんなのか。実は日本軍に参加した白系ロシア人の多くが、ソビエトの満州侵攻と共に、ソビエト赤軍側に寝返っている。「日本人は殺せ」という雰囲気となり、朝比奈隆が日本に帰るのにかなりの苦労をしたことはよく知られているが、別役実が日本に帰ったのも終戦の翌年の1946年。素直には帰れていない。別役はこのことについて何も語ってはいない。ソ連軍が第一の攻撃目標とした首都・新京にいたので、何かはあった可能性は高いと思われるのだが。
終演後に、広田ゆうみさんと少し話す。白系ロシア人のこと、関東人の標準語とそれ以外の地域の人の標準語などについて(少し大袈裟に関東人の話す伸縮する標準語を話した)。
2022年1月13日 T・ジョイ京都にて
八条のイオンモールKYOTO内にある映画館T・ジョイ京都で、「ドライブ・マイ・カー」を観る。村上春樹の長めの短編小説(もしくは短めの中編小説)を、黒沢清監督の「スパイの妻」の脚本も手掛けた濱口竜介の脚本と監督で映画化した作品であるが、「ドライブ・マイ・カー」は短編小説で、そのまま映画化するとかなり短いものになってしまうため、「ドライブ・マイ・カー」が収録された短編集『女のいない男たち』に入っている「シェエラザード」と「木野」という2編の短編小説に出てくる要素を加えて一本の映画としている。
『ダンス・ダンス・ダンス』や『国境の南、太陽の西』といった村上春樹のその他の小説に影響を受けた可能性のある展開も出てくるのだが、たまたま似たのか意図的に加味したのかは不明である(濱口竜介監督は村上春樹作品の愛読者である)。
「ドライブ・マイ・カー」の主人公である家福が舞台を中心に活躍している俳優であり、今現在出演している舞台であるチェーホフの「ワーニャ伯父さん(小説中では「ヴァーニャ伯父さん」表記)」が、この映画では「柱」と言っていいほどの存在となっている。
出演は、西島秀俊、三浦透子、岡田将生、霧島れいか、パク・ユリム、安部聡子、ジン・デヨン、ソニア・ユアンほか。日本トップレベルの映画俳優である西島秀俊、話題作に次々出演している三浦透子、十代からイケメン俳優として注目され続けてきた岡田将生、アラフィフとは思えないほどの美貌を持つ霧島れいかなど魅力的な俳優が揃っており、かなり力が入っていることが窺える。
上映時間約3時間。村上春樹作品の特徴である比喩、隠喩、寓喩などの多用や重層構造を生かした芸術映画であり、監督が観客に要求するレベルが高めであることが分かる。「ワーニャ伯父さん」は知っていて当然というスタンスで、もし「ワーニャ伯父さん」のタイトルも知らないレベルで観に行ってしまうと、実際には何が起こっているのかほとんど分からないのではないかと思えるほどである。
舞台俳優で演出家の家福悠介(西島秀俊)は、様々な国の俳優とコラボレートした多言語上演に意欲的に取り組んでおり、注目を浴びている。まず上演シーンが映されるのはベケットの「ゴドーを待ちながら」である。家福はジジ(ウラジミール)を演じている。
そして次に演じられるのが、「ワーニャ伯父さん」である。タイトルロールは家福が演じており、十八番となっている。
家福の妻である音(おと。この「音」という役名は「極めて」重要である。演じるのは霧島れいか)は、元女優で現在は脚本家として活躍している。脚本家としてはまずまず売れっ子のようであり、夫とベットを共にした時に自らが創作した物語を語って聴かせていた。音が語るのは、好きな男の子の家に空き巣として何度も入る女子高生の話である(短編小説「シェエラザード」に出てくるエピソードだが、細部や結末は映画の筋に合うよう変えられている)。女子高生は、男の子の部屋に忍び込み、そこに母親の影響を嗅ぎ取る。そして女子高生は男の子の部屋から何かを盗み、代わりに自分のものを置いていく。それが繰り返される。王家衛の映画「恋する惑星」(村上春樹の『ノルウェイの森』に影響を受けた作品である)のような展開だが、これは実は暗示である。音は夫の留守中に他の男と寝ていた。それも複数人と。全員俳優である。音は寝たことのある、もしくは寝る予定の俳優を家福に紹介する癖があった。高槻耕史(岡田将生)もその一人だった。
ウラジオストックでの演劇祭に審査員として招かれた家福は成田国際空港に向かうが、空港の駐車場に車を停めた直後に天候不順によりウラジオストック行きの飛行機が全て欠航となったことを知り、一度都内の自宅に戻る。そこで妻と男の不貞行為を目撃してしまう。家福は二人に見つからないようにそっと家を出て成田に向かい、演劇祭の実行委員が宿泊代を負担してくれるホテルに泊まり、妻の音とのビデオ電話ではウラジオストックにいると嘘をついた。その後も家福は俳優の技量を生かして「気付かない」ふりを演じ続ける。
「ワーニャ伯父さん」に出演するようになった家福は、音からセリフを吹き込んだカセットテープを渡される。ワーニャ伯父さんのセリフの部分だけが抜けた、音楽でいうと「マイナスワン」仕様のもので、他の登場人物のセリフは全て音が吹き込んでいた。
ある日、家福は自動車事故に巻き込まれ、左目が緑内障によって視野に死角(ブラインドスポット)が生じていると医師から告げられる。それでも運転は続けた。ちなみに「死角」や「死角にいる妻」は、村上春樹の代表作の一つである『ねじまき鳥クロニクル』で重要なモチーフとなっている。
仕事に向かう際に、音から「今晩帰ったら少し話せる?」と訊かれる家福。寄り道せずに帰ろうとするのだが、別れを切り出されるのではないかとの予感があったため、仕事を終えてからも都内を彷徨い帰宅が遅れる。ようやく家に帰った家福は、音がリビングに倒れているのを見つけ、119番。だが、くも膜下出血により音は帰らぬ人となった。「もし早く帰っていたのなら」と家福は自責の念にとらわれる。
2年後。家福は、広島市で行われる国際演劇祭に演出家として招かれる。広島県内に2ヶ月ほど滞在し、世界各国からオーディションのために集まった俳優達の中から出演者を選び、1ヶ月半の稽古を行った後で本番を行うのだが、演劇祭のスタッフは、家福のために瀬戸内海に面した宿を用意し、そこまでの送り迎えのドライバーとして、渡利みさきという若い女性(原作には見た目が良くないという設定があり、これが劇中劇のある人物に繋がっている。演じるのは三浦透子)を手配していた。最初の内は自分で運転すると主張していた家福だが、抜群に運転の上手いみさきの技量に惚れ、運転を任せるようになる。
オーディション参加者の中には高槻もいた。2年の間にそれなりの売れっ子俳優となっていた高槻だったが、ハニートラップに引っ掛かり、未成年との淫行疑惑で事務所を退所(事実上のクビだと思われる)、現在はフリーの俳優となっていた。
アーストロフ役を希望する高槻に、家福はワーニャ伯父さん役を振る。「ワーニャ伯父さん」がどういう話か知っている人は、半ば当てつけだと気付くはずである。村上春樹の原作には「ワーニャ伯父さん」の上演シーンはなく、高槻に対する家福の思いは、セリフと地の文で語られるのだが、映画では「ワーニャ伯父さん」のテキスト及び稽古との二重構造となっている。その後も、見た目ではそれほどでもないが、意識下では激しい殴り合いが起こっていることが感じられるような描写が続き、この映画の優れた部分の一つとなっている。「ワーニャ伯父さん」を知らないと、ここまでの激闘になっているとは気付かないかも知れない。
「ワーニャ伯父さん」も「ゴドーを待ちながら」も、敗北を抱えながら生きていく、生きていかざるを得ない人間を描いたものだが、この映画でも妻を亡くしたことで喪失感を抱きながら生きる家福の姿が描かれており、俳優としての家福と彼の実生活の部分がオーバーラップする技法が取られている。それまで自分で車を運転していた家福が、みさきという運転手を得たことで、新たな視座と視野を得るという展開にも上手さを感じる。
「みさき」というのは、今の時代ではありふれた女性の名前だが、実は「事故死したため成仏出来ない幽霊」という意味もあり、縁起は良くなかったりするのだが、「神様の先触れや案内役=御先」という意味も存在している。運転手として家福を導いていくみさきは、御先由来の名前である可能性もある。
一方で、みさきは現在23歳で、4歳の時に亡くなった家福と音の娘が生きていたとしたら同い年。またみさきの父親は実は家福と同い年であるため、前者の「みさき」の可能性もあって、その場合も奥行きが出るのだが、こちらの方は主筋にはさほど関係がないため、どちらでも良いような気がする。
広島での「ワーニャ伯父さん」の稽古では、日本語、韓国語、北京語、タガログ語、英語、韓国語の手話などが飛び交い、無国籍的な芝居が現出しているが、言葉では通じ合えない部分という、村上春樹がよく取る手法が却って浮き彫りになる。村上春樹の場合は、基本的には肉体関係、つまりセックスという形を取ることが多く、これが村上作品への好悪を分かつ一番の理由にもなっているのだが、それは人間の根源的な謎へのアプローチでもある。妻の音がなぜ隠れて他の男と情を交わし続けねばならなかったのかという、答えのない謎に家福は戸惑い続けていたのだが、一つの「啓示」のようなものがみさきの口から語られている。
また、劇中劇の重要なセリフが「音ではない手法」で語られるのも効果的である。
「ワーニャ伯父さん」でも「ゴドーを待ちながら」でも、そして「ドライブ・マイ・カー」でも人々は空虚、虚無、喪失感の中で生き続けている。それは人間の宿命でもある。
そうしたことと向かい合うことの出来る文学、映画、演劇の素晴らしさを改めて感じさせてくれる好編であった。
2020年11月5日 京都シネマにて
京都シネマで、イギリス=アイルランド=フランス=アイスランド合作映画「博士と狂人」を観る。久しぶりとなるスクリーン1(京都シネマは、スクリーン1、スクリーン2、スクリーン3という3つの上映空間からなっており、番号が若いほど大きい)での鑑賞となる。
言語を網羅化したものとしては世界最高峰の辞典『オックスフォード英語大辞典』編纂に纏わる実話を基にした物語の映画化。原作:サイモン・ウィンチェスター。脚本・監督:P.B.シェムラン。出演:メル・ギブソン、ショーン・ペン、ナタリー・ドーマン、エディ・マーサン、スティーヴ・クーガンほか。2018年の制作である。
英語に関する単語や表現、由来や歴史などを集成した『オックスフォード英語大辞典』。19世紀に編纂が始まり、完成までに70年を要した大著であるが、その編纂初期に取材したサイモン・ウィンチェスターのノンフィクションを映画化したのが、この「博士と狂人」である。サイモン・ウィンチェスターの著書は1998年に発売されたが、映画化の権利獲得に真っ先に名乗りを挙げたのがメル・ギブソンであり、当初はメル・ギブソン自身が監督する案もあったそうだが、最終的にはメル・ギブソンは主演俳優に専念することになった。構想から完成まで20年を費やした力作である。
教師として働くジェームズ・マレー(メル・ギブゾン)は、スコットランドの仕立屋の子として生まれたが、生家が貧しかったため、14歳で学業を終えて働き始めた(先日亡くなったショーン・コネリーに生い立ちが似ている)。その後、独学で語学を学び、ヨーロッパ圏の言語ほとんどに通じる言語学の第一人者と認められるまでになるが、大学を出ていないため当然学士号は持っておらず、話し方もスコットランド訛りが強いということで白眼視する関係者もいる。『オックスフォード英語大辞典』はその名の通り、オックスフォード大学街で編纂が行われるが、マレーの案で、イギリスとアメリカ、そして当時のイギリスの植民地などに在住する英語話者からボランティアを募り、単語や言い回し、その歴史や出典などを手紙で送って貰って、それらをマレー達が中心になって取捨選択し編纂するという形を取る。その中に、一際英語に詳しい人物がいた。アメリカ出身の元軍医で、今はイギリスのバークシャー州に住むウィリアム・G・マイナー博士(ショーン・ペン)である。マレーはその住所からマイナーのことを精神病院の院長だと思い込むのだが、実際はマイナーは殺人事件を起こし、幻覚症状が酷いことから死刑を免れて刑事精神病院に措置入院させられている人物であった。マイナーは、南北戦争に軍医として従軍。敵兵の拷問に関与したのだが、その時の記憶がトラウマとなり、今では拷問を受けた人物が殺意を持って自分を追いかけてくると思い込む強迫神経症に陥っていた。敵が自分を監視していると思い込んだマイナーは、その場を通りかかったジョージ・メレットを誤認識し、射殺してしまっていたのだ。精神病院でもマイナーは幻覚に苛まれる(後に統合失調症との診断が下る)。
マイナーが実は精神病患者で殺人犯だと気付いたマレーだが、学識豊かなマイナーと英語に関する知識を交換し、すぐに友情で結ばれるようになる。二人のやり取りは、これまで互いに理想としてきた人物との邂逅の喜びに溢れていた。
『オックスフォード大辞典』の第1巻が完成し、その功績によりマレーは言語学の博士号を送られ、正式な博士となる。
だが、アメリカ人の殺人犯が権威ある英語辞典の編纂に関与していることが知られてスキャンダルとなり、マイナーの病状も徐々に悪化して、異様な行動も目立つようになる。
『オックスフォード英語大辞典』編纂の物語ということで、派手な展開ではないが、しっかりとした構造を持つヒューマンドラマに仕上がっている。マレーとマイナーの友情の物語、またメレット夫人(イライザ・メレット。演じるのはナタリー・ドーマン)とマイナーとの男女の物語が平行して進むのだが、文盲であったメレット夫人がマイナーの指導によって読み書きの能力を身につけていく過程は、メレット夫人の成長とマイナーとの歩み寄りの物語でもある。「許すとは何か」がここで問い掛けられている。メレット夫人を単なる悲劇のヒロインや復讐に燃える女性としないところも良い(マイナーとメレット夫人のシーンはフィクションの部分が多いようだが)。
単にヒューマンドラマとして観てもいいのだが、マレーがスコットランド出身であることや学歴がないことで見下されたり、追い落とされそうになるところ、またマイナーがアメリカ人で(今でこそイギリスとアメリカではアメリカの方が優位だが、19世紀当時のアメリカは「ヨーロッパの落ちこぼれが作った未開の国」でイギリスへの裏切り者というイメージだった)しかも精神病に冒されているということで異端視されるなど、差別と偏見がしっかりと描かれている。こうした傾向は、19世紀よりはましになったが、今に到るまで続く問題であり、単なる「知られざる偉人の物語」としていないところに奥行きが感じられる。
ちなみに、若き日のウィンストン・チャーチルが登場する場面がある。世界史好きの方はご存じだと思われるが、チャーチルも生涯に渡って精神病に悩まされた人物であった。実際に映画で描かれているようなことがあったのかどうかは分からないが、ある意味、象徴的な役割を果たしている。
2019年11月11日 京都シネマにて
京都シネマで、デンマーク映画「ドリーミング村上春樹」を観る。村上春樹作品をデンマーク語に翻訳しているメッテ・ホルムを追ったドキュメンタリー映画である。脚本・監督:ニテーシュ・アンジャーン。
メッテ・ホルムは、村上春樹作品のデンマーク語翻訳を一人で手掛けており、彼女の翻訳がきっかけとなって、村上春樹は2016年にデンマーク最高の文学賞であるハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞を受賞している。
メッテが村上春樹作品に始めて触れたのは1995年の夏のこと。来日した際に『ノルウェイの森』を読み、自分で訳すことを決意した。15歳の時にフランスにゴブラン織りを習うためにホームステイした時、ホームステイ先の奥さんから川端康成の『眠れる美女』のフランス語訳版を薦められ、日本に興味を持った彼女は、1983年に初来日し、京都で1年に2度、計6ヶ月に渡るホームステイを行い、茶道と日本語を学んでいる。この時に撮られた写真が映画の中で紹介されていたが、一乗寺の八大神社が写っていることがわかった。その2年後には東京で4か月のホームステイを行っているが、八大神社の写真の横に並んでいた高幡不動の写真はこの時に撮られたものだろう。
メッテ・ホルムは孤独の影を抱えた女性である。人はみな集団生活を行い、馴染んでいくものだが、彼女はどうしてもそれが出来ない。勿論、友人も仕事仲間もいるが、一人になれる「秘密の居場所」が必要なようだった。彼女が自覚しているかどうかはわからないが、孤独な者同士がイメージを通して通じ合う村上春樹作品に彼女が親しみを覚えるのはある意味、当然なのかも知れない。
メッテは、『風の歌を聴け』の一節、「完璧な文章などというものは存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね」をどう翻訳するかで悩む。勿論、直訳するのはわけがない。ただそれでは村上春樹の言葉を伝えたことにはならない。メッテは村上春樹が見た風景を確認するために日本に旅に出る。東京メトロ神宮外苑駅、JR上野駅、そしてJR京都駅でコペンハーゲン大学時代の友人であるクリスチャン・モリモト・ハーマンセンと再会し、「完璧な文章などと……」の一文についてディスカッションを行う。
また、村上春樹が育った芦屋の街ではタクシーに乗り、タクシー運転手に阪神・淡路大震災の時はどうしていたのかを聞いたりもしている。
飲み屋では、「日本が閉塞的になっている」という話をされ、「デンマークもそうだ」と語るが、日本の現状はずっと酷いということを聞かされる。日本人のおじさんは、「もっと多様性があるということを知らせないと。それをするのがアーティスト」とメッテにそう告げる。
ただ、これは、完全なドキュメンタリー映画というわけでもなく、中空に『1Q84』に登場した二つの月が浮かぶなど、翻訳されたというのが行き過ぎなら解釈されたメッテ・ホルムの話でもある。村上春樹の大ファンだという監督のニテーシュ・アンジャーンによって解釈された彼女と村上春樹の映画なのだ。この映画には、村上春樹の短編小説「かえるくん、東京を救う」のかえるくんがCGで登場する。日本映画のCGだとかえるくんも可愛らしく描かれるのかも知れないが、デンマーク映画のCGはハリウッド版ゴジラのように少しグロテスクである。この映画に登場するかえるくんは、東京を救う相棒としてメッテを選んでいるようでもある(これもアンジャーンの解釈である)。
翻訳は創作とはまた違うが、イメージと言葉の選択肢の中で繰り広げられる孤独な戦いという共通点がある。そこで戦うには孤独に強くなければいけないし、容易に心を乱されるタイプであってもならないし、無意識の領域で戦えるだけの人生の蓄積がなくてはならない。小説が人一人の人生を変えるだけの力を持っているように(少なくとも私は村上春樹の小説に出会ったことで人生は変わっている)、それを伝達する翻訳家も人を動かすだけの力を持つ、伝達の神・マーキュリーに祝福された存在である。人の心が変われば世界も変わる。誰も気づかぬほどひっそりとではあるが、聖戦は遂行されていく。
「完璧な文章などというものは存在しない」という言葉は、「完璧な翻訳などというものは存在しない」にスライドする。だが翻訳家である以上は、原作者を尊重した上で、言葉の海を上手く泳ぎ切らなくてはならない。メッテは本の表紙を決める際も「ムラカミならどう思うか」という配慮を怠らない。エゴは禁忌である。ある意味、翻訳家は再生芸術家である演奏家に近いものがある。世界史上、完璧な演奏などというものは一度もなかったと思われるが、完璧な翻訳というものは果たしてあるのか? ラストは映画自体もまた完璧でないことを告げている。
完璧を夢見ながら、メッテの聖戦は続いていくのである。
※ この記事は2017年12月12日に書かれたものです。
12月12日は、俳優の西村まさ彦(本名および旧芸名:西村雅彦)の誕生日です。最近は俳優だけでなく、大正大学表現文化学部の特任客員教授として後進の育成に当たっていたり、生まれ故郷の富山市で市民のための演劇ワークショップの講師としても活躍しています。
私が彼の演技に初めて触れたのは、1993年秋から1994年3月までにかけてフジテレビ系の深夜ドラマとして放送された「マエストロ」での演技でした。それまでも三谷幸喜が主宰する東京サンシャインボーイズの看板俳優として活躍していましたが、この「マエストロ」を目にしたNHKのプロデューサーが大河ドラマ「秀吉」の徳川家康に抜擢を決めてたことで大出世。以後の破天荒な活躍ぶりは今更記すまでもないでしょう。
さて、その西村雅彦の著書である『西村雅彦の俳優入門』と、2016年12月1日に京都市北文化会館で行われた広上淳一(京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザー)の指導による立命館大学交響楽団とのワークショップにはいくつもの共通点があり、「表現する」ということに関して重要な示唆があるように感じられましたのでここに記しておきます。
西村まさ彦も広上淳一も、人前で表現をするには恥を捨てなければいけないという意識を共通して持っています。人前で演技するのに恥じらいの気持ちがあってはセリフにも動きにも意識しない抑制が出てしまいます。意図的に抑制して演技が出来るなら名優の域でしょうが、意識しない抑制というのは、つまり声も体も上手く操れていないということですので、表現の敵以外のなにものでもありません。また指揮者というのは、100名ほどもいる楽団員も前で様々な仕草をします。恥の気持ちがあったら動きがぎくしゃくしてしまい、楽団員に意図が全く伝わらないということになってしまいます。指揮者というのは、自分では一切音を出さず、オーケストラメンバーに全ての音を委ねています。意図が伝わらなければ音楽を生み出すこと自体が不可能になってしまうわけです。
恥の意識を破るにはまずどうするか。西村まさ彦も広上淳一も第一歩は共通しています。「大きな声を出すこと」です。大きな声を出すことで自己を開放します。人前で大声が出せるようになれば、人前に出る恥の気持ちや恐怖は薄らいでいくことでしょう。
さて、人前での表現において次に重要なのは、相手にきちんと意思を伝えることです。ちょっと離れた距離にいる人に本を取ってもらうとします。西村まさ彦はまず、相手の顔を見ないでセリフを言うように仕向けます。当然ながら、これではその人が誰に向かって本を取ってくれるよう頼んだのかわかりません。本のそばにいる人は、「自分かな」とは思うでしょうが、確信は持てない。そこで、西村は相手の方を見て、そして相手に向かってきちんと言葉を発するように指導します。これは当たり前のことように思うかも知れませんが、案外できていない人が多いようです。西村はピンポン球を相手に向かって投げながらのダイアローグの練習もします。重要なことを伝える時にはセリフを言うと同時にピンポン球を相手に取りやすいように投げます。また相手に強く訴えかける時は、相手の胸に向かって強く投げます。これによって言葉の重要度を可視化できるようにしているのです。
一方の広上は、立命館大学の学生指揮者の動きに、「全然楽しそうじゃない」とダメ出しして、単に棒を振るだけでなく指揮することで楽団員を鼓舞するよう言います。広上は立命館の学生指揮者に、「鼓舞するってわかる?」と聞き、学生指揮者が「盛り上げるとか」と答えると、「さすが立命館の学生! 頭が良い! うちの学生(東京音楽大学と京都市立芸術大学の学生)に『鼓舞するってわかる?』って聞いたら『昆布ですか?』と返ってきまして。漢字から教えなおさないといけない」
笑い話になってしまいましたが、一体なにを誰に向かってなんのためにということを明確にしておかないといけないということのようです。
さて、「俺は俳優にもならないし、指揮者になるつもりもないから関係ない」と思う方もいらっしゃるかも知れません。しかし、生きるということは人前での表現なのです。全ての人が人前で他人に向かって自分の意図を伝えていくということで人間社会は成り立っています。つまり、相手に向かって正確に伝達できる技術を持たないと、人間関係も世の中も上手く回っていかないということになります。表現する技術はプロの表現者はもちろんのこと、一般人である我々にも、いや我々にこそ必要なのかも知れません。
シェイクスピアの「お気に召すまま(As You Like it)」に、「この世は舞台、人はみな役者」というセリフがあります。実はこのセリフはふさぎの虫である皮肉屋のジェイクイーズのセリフで、マイナスの意味があるのですが、こう受け取ることも出来ます。実は多くに演劇人が解釈しているのですが、「役者には役割がある。舞台にあっては役者は役割を果たさなければならない」
役者である以上、この世界にとっては誰もが重要なのです。そして役割を果たすためには誰かに向かって表現しなければなりません。演劇も音楽も遠く離れた世界の絵空事ではありません。生きるためのヒントがたくさん散りばめられているのです。
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桃園会のブログに記された深津篤史氏のおそらく最後となる文章です。死期が迫っているとは思えないほどの穏やかさが印象的です。「ゆっくり休みますね」が偶然ですが別の意味で遺言のようになっています。
深津篤史「座長は辛いを日記」から2014年7月15日更新分
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