カテゴリー「ヨーロッパ映画」の17件の記事

2019年12月14日 (土)

観劇感想精選(329)ヤスミナ・レザ「正しいオトナたち」&これまでに観た映画より(147)ヤスミナ・レザ+ロマン・ポランスキー「おとなのけんか」

舞台「正しいオトナたち」
2019年12月7日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて

午後6時から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「正しいオトナたち」を観る。作:ヤスミナ・レザ、テキスト日本語訳:岩切正一郎、演出:上村聡史(かみむら・さとし)。真矢ミキ、岡本健一、中島朋子、近藤芳正による四人芝居である。上演時間約1時間45分、1幕もの場面転換なし、リアルタイムでの展開である。2008年の初演で、2011年にはロマン・ポランスキーの監督で映画化もされている(タイトルは「おとなのけんか」)。

開場から開演まで、ずっとヴィヴァルディの「四季」が流れている。昨年、やはり上村聡史の演出で上演されたヤスミナ・レザの「大人のけんかが終わるまで」でも「四季」が流れていたが、上村の好みなのかレザの指定なのかは不明である。

ヴェロニック(真矢ミキ)とミシェル(近藤芳正)のウリエ家の居間が舞台である。
ヴェロニックとミシェルの11歳の息子であるブリュノが、アラン(岡本健一)とアネット(中島朋子)のレイユ夫妻の息子で同級生のフェルディナンに棒で顔を打たれ、前歯が欠けるという事件が起こる。片方の前歯の神経は抜けてしまい、18歳まではインプラントなどの施術も不可能であるため、当分の間はセラミックを被せた状態でいるしかない。ということでレイユ夫妻がウリエ夫妻に謝罪に来たのだ。だが、アランはヴェロニックが宣誓書で用いた「棒で武装し」という言葉に反対する。武装では計画的に殴りかかったような印象を受けるためだ。流れの中で偶発的かつ突発的にということにしたいようである。
何故、フェルディナンがブリュノを棒で叩いたのかについては、フェルディナンもブリュノも詳しくは言わないため不明である。だが、ブリュノがグループを作っており、フェルディナンが仲間はずれにあったらしいということは噂で聞こえてきたようだ。ブリュノがフェルディナンに「お前チクっただろう」と言ったらしいことはレイユ夫妻も把握している。

最初は冷静を装っていたウリエ夫妻とレイユ夫妻であるが、次第にいがみ合いが始まる。弁護士をしているアランは、薬害事件を起こした製薬会社の弁護に取り組んでおり、四六時中、製薬会社の重役や助手と携帯で通話をしているという状態でせわしなく、ウリエ夫妻は勿論、妻であるアネットも苛立ちを隠せない。そもそもが仕事人間のアランは子どもの喧嘩など訴訟の仕事に比べれば取るに足らないことと考えており、やる気がない。
ヴェロニックはアフリカ史関係の著書がある作家であり、歴史や美術関係の出版社でも働いているのだが、パート勤務だそうである。
ミシェルは金物を中心とした小さな家庭用品販売店を営んでいる。売り上げは余りないようだが、仕事に誇りを持っているようだ。
アネットは、投資関係のコンサルタントを行っているという。

アネットが突如気分を悪くして、嘔吐し、ヴェロニックの大切な美術書を汚してしまうなど、散々な展開。レイユ夫妻がバスルームに行っている間、ヴェロニカは、「あの二人は怖ろしい!」と言い、アランがアネットのことを「トゥトゥ」と呼んでいることをからかったりするのだが、それを戻ってきていたアランに聞かれるなど、更に険悪さが増す(余談だが、「トゥトゥ」というのは、「シェリーに口づけ」の冒頭に由来しているらしい)。

それでもなんとか丸く収まりそうになるのだが、ミシェルが前日ハムスターを路上に置き去りにしたという話を聞いていたアネットが、「ハムスターを殺した」となじったことから事態は更なる悪化を見せ……。

ちょっとした見解の相違から敵と味方が次々入れ替わり、それぞれの個性の強さが溝を生んだり、逆に接近したりと目まぐるしい展開を見せるヤスミナ・レザらしい心理劇である。

子どもの喧嘩が元なのだが、それぞれの親の持つ問題点が浮かび上がる仕掛けである。原因を作った子ども二人が舞台に登場することはなく、ある意味、主役不在で脇役が勝手な展開を見せていると捉えることも出来る。

ハムスターの話は、ラストでも出てくるのだが、劇は近藤芳正演じるミシェルの示唆的なセリフで終わる。男優3人の芝居である「ART」(来年、上演される予定がある)でもそうだったが、ヤスミナ・レザの劇は個性的なセリフで締められることが多い。

原題の「Le Dieu du carnage」は「修羅場、虐殺、殺戮」というような意味だそうだが、今回の邦題が「正しいオトナたち」、日本初演時の邦題が「大人は、かく戦えり」で、いずれも「大人」という言葉が入っている。基本的にヤスミナ・レザの作品は大人向けであり、内容もシリアスで渋めのものが多い。初めて観たヤスミナ・レザの作品は、昔のABCホール(ザ・シンフォニーホールよりも北にあったABCテレビ社屋内にあった。ほたるまちに移転したABCテレビ新社屋内にあるABCホールとは別物である)で観た「偶然の男」である。長塚京三とキムラ緑子の二人芝居であったが、あれはもう一度観てみたい。とても愛らしい大人のための寓話であった。

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映画「おとなのけんか」
2019年12月7日

配信で、映画「おとなのけんか」も観てみる。原題は、「God of Carnage(殺戮の神)」。ロマン・ポランスキー監督作品。原作:ヤスミナ・レザ。脚本:ヤスミナ・レザ&ロマン・ポランスキー。2011年の作品。フランス・ポーランド・ドイツ・スペイン合作。上映時間79分の中編である。出演は、ジョディ・フォスター、ケイト・ウィンスレット、クリストフ・ヴァルツ、ジョン・C・ライリー。ポランスキー監督作品だけにかなり豪華である。ノンクレジットで少年達も登場し、木の棒で顔を殴るシーンも引きで撮られている。

英語圏の俳優を使っているため、舞台はパリからニューヨークのブルックリン地区に置き換えられており、役名もアラン(クリストフ・ヴァルツ)以外はアメリカ人風のものに変わっている。ミシェルは英語発音のマイケル(ジョン・C・ライリー)に変わっただけだが、ヴェロニックがペネロペ(ジョディ・フォスター)、アネットがナンシー(アンの愛称。ケイト・ウィンスレット)になっている。子ども達の名前も、フェルディナンがザカリーに、ブリュノがイーサンに変更になっている。だが、実際の撮影はパリで行われたそうだ(ポランスキー監督のアメリカ入国が困難だったため)。

アパートメントの一室が舞台であるが、映画であるだけに舞台の移動も可能で、一度だけだが全員が玄関を出てエレベーターの前まで出るシーンがある。また、舞台版では描くことの出来なかったトイレ(バスルーム)内でのシーンも撮影されている。

ヤスミナ・レザの作品はセリフの量が多いのだが、実際に狭いアパートメントの居間でこの量のセリフが語られると、情報過多の印象を受ける。少なくとも我々日本人はこれほど膨大な量で会話することは稀なので、空間が言葉で隙もなく埋められていくような窮屈さを覚える。だが、それこそがこの作品の本質であるため、居心地の悪さも含めて把握は出来る。
映画の場合、構造は舞台よりも把握はしやすくなっており、TPOをわきまえずに携帯で電話をしまくるアランがまず今この場所に向き合わないことで全員の気分を波立たせ、「大人として求められること。守らねばならないこと」の防波堤が崩れていく。他の登場人物も一言多いため、その余計な一言が波紋を呼んで、やらずもがなの行動を招いてしまう。「殺戮の神」という言葉は、アランがアフリカの情勢を語るときに登場するのだが、アフリカ史専門の著書のあるペネロペに向かってそうした言葉を用いて教授するような言い方をしたためペネロペの怒りを招くなど(専門家の前でさもわかったようなことを言ってはいけない)事態が悪化していく。

子どもの場合は活動の範囲が狭く、友人達と情報を共有した小さな世界で生きていることが多い。性差も大人ほどには大きく意識されず、世間のことについても詳しいとはいえない状態である。一方、大人の場合は好き好んだ場所に移動が可能で、それぞれ専門と呼べる分野を持っていることが多く、多くの場合矜持を伴っている。個人的な知識や経験も豊富で、それぞれに価値観と哲学がある。男女の指向性の違いも大きい。そのため、溝が出来ると子どもとは比べものにならないほど広く深くなり、収拾が付かなくなってしまう。ミニバベルの塔状態が簡単に生まれてしまうわけだ。

舞台版ではラストに登場するハムスターの話は映画版には登場しない。ネタバレになるのは避けるがケータイが鳴ることで「取り越し苦労が多かった」ことがわかるだけである。
ただエンドクレジットにハムスターが登場し、その後、公園で子ども達が遊ぶ姿が映される。ハムスターは子どもの寓意でもあるので、映像で表現出来るならということで会話は敢えて持ち出さなかったのであろう。

 

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2019年12月 1日 (日)

これまでに観た映画より(145) アキ・カウリスマキ監督作品「希望のかなた」

2019年11月27日 京都シネマにて

京都シネマで、アキ・カウリスマキ監督の「希望のかなた」を観る。英題は「The Other side of Hope」で、邦題とはニュアンスはかなり異なる。フィンランドを代表する映画監督であるアキ・カウリスマキ(アキやミツコはフィンランドでは男性の名前である)であるが、これを最後の映画にしたい旨を発表済みである。2017年にベルリン国際映画際銀熊賞(監督賞)や、国際批評家連盟年間グランプリ、ダブリン国際映画祭でのダブリン映画批評家協会賞と最優秀男優賞、ミュンヘン映画祭の平和のためのドイツ映画賞ザ・ブリッジ監督賞などを受賞した作品。出演は、シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネン、イルッカ・コイヴラ、ヤンネ・ヒューテンアイネン、ヌップ・コイブ、サイモン・フセイン・アルバズーン、ニロズ・ハジ、マリヤ・ヤルヴェンヘルミほか。

内戦に揺れるシリア。北部のアレッポで暮らしていたカーリド・アリ(シェルワン・ハジ)は、空襲やテロが酷く、家族や親族のほとんどを失ってしまったこともあって亡命を決意し、国境を越えてトルコへ、更にギリシャを経て東欧を北へと向かう。ポーランドの港町でネオナチに襲撃されたアリは、貨物船の石炭の中に隠れる。船員一人に見つかるが、通報されるどころか食事を与えられるなど厚遇される。船員はフィンランドについて、「みんな平等でいい人が多いいい国」と語っていた。
ヘルシンキに着き、早速、難民申請を行うアリだったが、審査が降りるまでは囚人と同じような扱いである。そこでアリはイラク人の難民であるマズダック(サイモン・フセイン・アルバズーン)と出会い、親しくなる。
政府がアレッポの現状を戦地とはいえないと見做したため、アリの強制送還が決まる。シリアに送り返される日、アリは収容所を抜け出してヘルシンキの街に出る。アリには妹が一人いて、ずっと彼女を探して東欧を彷徨っていたのだ。シリアに帰るわけにはいかない。

一方、販売商などを行っていたヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)は店を畳み、新たにレストラン経営を始めようとしていた。妻とは別れ、ポーカーで圧勝した金で、裕福な学生が多く住む地区で売りに出されていたレストランを買い取る。店員も前の店から引き継いだが、看板になる料理がなく、ビールしか売れない。そんなある日、レストランのゴミ出し場を占領していた男が一人。「ここが自分の家だ」と主張する男とヴィクルトロムは殴り合いとなる。その男こそアリであり、アラブ人で身長も171cmと西洋人に比べると小柄であるアリは、一発で伸されてしまうのだが、結果としてレストランの店員として採用される。アリは身の安全のために身分証を偽造して貰い(名をアリからフセインに変える)。マズダックに妹の居所がわかったら教えてくれるように頼む。

アキ・カウリスマキ監督の作品は、暴漢が出てくることが多いのだが、アリもレストランにたどり着くまでに、ごろつきのような地元の親父達に絡まれ、逃げ込んだバスにウイスキーの小瓶を投げつけられたりする。レストランでのライブを聴いていると、フィンランド解放軍という極右排斥主義組織のメンバーに囲まれ、会場を出た後で襲撃され、あわや落命寸前のところまで追い詰められている。フィンランドでも難民排斥問題は持ち上がっており、決していい人達ばかりではない。

アリとフィンランドの人達との交流であるが、センチメンタルになったりヒューマンドラマになったりするのは避け、クールな描写が一貫されている。いわゆる「感動」とは少し距離を置いて撮られた作品である。

どうもヘルシンキでは今、寿司がブームになっているようで、店の売り上げに悩むヴィクストロムは、ウエイターのカラムニウス(イルッカ・コイヴラ)の提案を受け、書店で日本関連の書籍を買い漁って得た知識で、「インペリアル・スシ」という店を始めてしまうのだが、ネタもシャリも全てがいい加減で、わさびはドデカ盛り。店員達は法被や浴衣を着て、「いらっしゃいませ」と日本語で日本人客を出迎える。店内には「竹田の子守唄」が流れている。当然ながら成功するはずもないのだが、このシーンで一番笑えるのはやはり日本人であろう。映画の中では日本酒の話が出てきたり、ラスト近くの良い場面でも日本の歌謡曲が流れたりと、日本的記号が鏤められている。

ラストはささやかな幸せの場面なのだが、悲しさも漂っており、「解決」はさせていない。物足りなく思う人も結構いそうだが、これが現実に最も近いのであろう。
あるいは、「続きはもう引退するような人間ではなく、もっと若い人が書け」ということなのかも知れない。

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2019年11月24日 (日)

これまでに観た映画より(143) ポーランド映画祭2019 in 京都 「ポランスキー短編集」

2019年11月20日 出町枡形商店街の出町座にて

出町枡形商店街の出町座で、ポーランド映画祭2019 in 京都 「ポランスキー短編集」を観る。ポーランドを代表する映画監督の一人、ロマン・ポランスキーがウッジ国立映画大学在学中に制作した無声短編映画の上映である。クレジットに制作年が書かれており、全て1950年代後半の作品であることがわかる。

「殺人」、「微笑」、「パーティーを破壊せよ」、「タンスと二人の男」、「灯り」という作品の上映。いずれもDVDで入手できる映像であるが、今回はポーランドの音楽デュオであるシャザの生演奏付きでの上映である。ヴァイオリンとクラリネット他による演奏。

 

「殺人」は、ベッドで寝ていた男性が、小型ナイフで胸を刺されて殺害されるという、それだけを撮影したショートムービーである。
若き日のポランスキーが何を考えて、これだけのムービーを撮ったのかはわからない。ただ特殊に見える小型ナイフで心臓を一突きにしていることや、犯人の見た目が温厚そうなおじさんであることから却ってプロの殺し屋らしく見える。これらは意識して撮っているのだろう。

 

「微笑」は、覗きを題材にしたコメディーである。志村けんが作りそうなギャグでもある。マンションの部屋の主がドアの前に牛乳瓶を並べるシーンがあるが、ポーランドは共産党支配時代は牛乳が配給制だったそうで、夜の間に家のドアの前に牛乳の瓶を出しておくと、朝には配給されているというシステムだったそうである。

 

「パーティーを破壊せよ」。ウッジ国立映画大学のあるウッジという街は、ポーランドの中でもフーリガン(通訳は「ヤンキー」と訳していた)が多いことで知られているそうで、ウッジ国立映画大学在学中のポランスキーは大学でパーティーを開催する時に、街のフーリガン達も誘うことにしていたそうだ。その流れでこの「パーティーを破壊せよ」もフーリガン達に出演して貰って撮ったそうだが、喧嘩の場面は実際に殴っているとしか思えない。そんなこんなでポランスキーも大学を退学になりそうになったことがあるそうだ。映画に登場するフーリガン達は、ジェームズ・ディーン風というか、「ウエスト・サイド・ストーリー」のジェッツ(ジェット団)風というか(ジェッツはポーランド系移民のストリートギャングである)ポーランドであっても当時の不良はアメカジだったことがわかる。

 

「タンスと二人の男」は、ポランスキーの初期作品の中でも傑作として知られている作品である。音楽はクシシュトフ・コメダが作曲しているが、今回はシャザの二人がコメダの音楽を元にアレンジした曲を演奏する。映画の一場面は、同志社大学寒梅館クローバーホールで観た「コメダ・コメダ」の中でも取り上げられていた。
タンスを担ぎながら海から上がってきた二人の男が街へと繰り出し、あらゆる場所で拒否されてまた海に戻っていくという話である。かなりシュールであるが、ヨーロッパということで異人や移民の話なども絡んでいるのかも知れない。ポランスキー自身がユダヤ系ということもある。タンスを担ぎながら歩く二人の横で、スリや殺人といった犯罪が起こり、二人は街で見掛けた可愛い女の子には相手にされず、女の子にちょっかいを出そうとした不良グループとは揉めて、殴り倒される。路面電車やホテルにはタンスを担いでいるが故に立ち入りを拒否される。
タンスが何のメタファーなのかは、特に考える必要はないのかも知れない。生活用具なので、生活や人生を担いでいると見るべきなのかも知れないが、そこは固定せずに個人で捉えた方がいいだろう。
個人的には、ボードレールの「人皆キメールを背負えり」という詩を連想した。

 

「灯り」。人形館が舞台である。人形職人の男が嬉々として人形を作り続けている。部屋には完成したものや作りかけの人形が一杯で、結構不気味である。だが、電気がショートして火事が起こり、人形達は炎に包まれる。大惨事である。
ここでカメラが切り替わり、人形館の外の風景が映る。雨の日で、人々は人形館から漏れ出ている灯りが火事によるものだということに気づかず淡々と通り過ぎていく。内と外の違いが、ある意味、現代の孤独と断絶と無関心を引き立たせているとも感じ取れる。

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2019年11月23日 (土)

これまでに観た映画より(142) ポーランド映画祭2019 in 京都 「ワイダ映画学校短編集」

2019年11月18日 出町枡形商店街の出町座にて

午後6時35分から、出町枡形商店街にある出町座で、ポーランド映画祭2019 in 京都 「ワイダ映画学校短編集」を観る。全てジャパンプレミアである。
立誠シネマの後継映画館として2017年に出町に誕生した出町座。訪れるのは初めてである。2階と地下1階に1つずつミニシアターがあり、「ワイダ映画学校短編集」は2階で上映される。

ポーランド映画界を代表する存在だったアンジェイ・ワイダ(1926-2016)が、2002年に創設したアンジェイ・ワイダ映画マイスター学校の生徒が作成した短編映画の上映である。キャストも撮影技術も予想以上にしっかりしている。

上映時間30分の課題作として制作されたうちの3本が上映される。まずは「彼女の事情」。バルテク・コノプカ監督作品。2006年制作。母親が癌で余命幾ばくもないということで、里子に出されそうになったり、社会福祉課に保護されそうになったりする姉弟の話である。長女でサッカーに夢中のインガは、社会福祉課の世話になることを拒み、まずは弟二人(そのうち一人はまだ赤ん坊である)を連れて男友達の部屋に移り、そこから写真でしか見たことのない伯母(母親の姉)を訪ねて、田舎へと向かう。そこから先が見たくなるのだが、30分という制限があるためか(実際の上映時間は39分である)田舎の家の場面で終わってしまう。クローズアップの手法が多用されているのが演出上の特徴である。

2本目は、「ゲーム」という上映時間27分の作品。監督はマチェイ・マルチェノフスキ。2013年の作品である。エレベーターに閉じ込められた男女の心理ゲーム、と見せかけて、実はエレベーターは行き詰まりを迎えた夫婦のメタファーであるらしいことが徐々にわかってくる。ラストには男女を乗せたエレベーターがSF的にいくつも登場し、世界は行き場のない夫婦で溢れていることが示唆される(日本でも夫婦の三組に一組は離婚する時代である)。

3本目はドキュメンタリー映画「ワイダの目、ワイダの言葉」。ワイダと共に仕事をしてきた映画仲間に取材したドキュメンタリー映像にワイダがコメントを加えていくという形で進んでいく。エリザ・クバルスカ他による監督。2014年制作。上映時間25分。
カメラマンがフィルム撮影用カメラを紹介するときに「(クシシュトフ)キェシロフスキが使っていたカメラ」と話しているのは興味深い。カメラマンは、デジタルカメラよりもフィルム撮影用カメラの方を今でも信用しているようだ。
フィルム現像係は、1974年からずっとこの仕事を続けているが、「面白いと思ったことは一度もない」「義務としてやっている」と語ってワイダを失望させている。ワイダはエンドクレジットに全員の名前が載るのは、映画というものは皆で作るものだということの象徴であると考えており、「その中に嫌いで仕事をやっている人間がいるとは」嘆く。「仕事を変えたらどうだい。稼げる仕事なら他にある」という趣旨の発言もしてる。
一方、フィルム編集者の女性は自らの仕事に誇りを持っており、ワイダも嬉しそうである。フィルム編集は今ではフィルム編集者しか行えないが、以前は政治家が口出ししてきて、勝手にフィルムを刻むようなこともあったようだ。
ワイダが「仲間だ」と感じている人は全員、撮影スタッフだそうである。彼らはいつも現場にいて作業をしているため、自然にそうした連帯感が生まれるようである。俳優は作品によって出たり入ったりするため、「仲間」という意識にはなりにくいようだ。
ワイダは撮影所が存在することの重要性を何度も語り、最近は撮影所に活気がなくなってきていることを気に掛けているようだった。

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2019年11月18日 (月)

これまでに観た映画より(139) 「ドリーミング村上春樹」

2019年11月11日 京都シネマにて

京都シネマで、デンマーク映画「ドリーミング村上春樹」を観る。村上春樹作品をデンマーク語に翻訳しているメッテ・ホルムを追ったドキュメンタリー映画である。脚本・監督:ニテーシュ・アンジャーン。

メッテ・ホルムは、村上春樹作品のデンマーク語翻訳を一人で手掛けており、彼女の翻訳がきっかけとなって、村上春樹は2016年にデンマーク最高の文学賞であるハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞を受賞している。

メッテが村上春樹作品に始めて触れたのは1995年の夏のこと。来日した際に『ノルウェイの森』を読み、自分で訳すことを決意した。15歳の時にフランスにゴブラン織りを習うためにホームステイした時、ホームステイ先の奥さんから川端康成の『眠れる美女』のフランス語訳版を薦められ、日本に興味を持った彼女は、1983年に初来日し、京都で1年に2度、計6ヶ月に渡るホームステイを行い、茶道と日本語を学んでいる。この時に撮られた写真が映画の中で紹介されていたが、一乗寺の八大神社が写っていることがわかった。その2年後には東京で4か月のホームステイを行っているが、八大神社の写真の横に並んでいた高幡不動の写真はこの時に撮られたものだろう。

メッテ・ホルムは孤独の影を抱えた女性である。人はみな集団生活を行い、馴染んでいくものだが、彼女はどうしてもそれが出来ない。勿論、友人も仕事仲間もいるが、一人になれる「秘密の居場所」が必要なようだった。彼女が自覚しているかどうかはわからないが、孤独な者同士がイメージを通して通じ合う村上春樹作品に彼女が親しみを覚えるのはある意味、当然なのかも知れない。

メッテは、『風の歌を聴け』の一節、「完璧な文章などというものは存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね」をどう翻訳するかで悩む。勿論、直訳するのはわけがない。ただそれでは村上春樹の言葉を伝えたことにはならない。メッテは村上春樹が見た風景を確認するために日本に旅に出る。東京メトロ神宮外苑駅、JR上野駅、そしてJR京都駅でコペンハーゲン大学時代の友人であるクリスチャン・モリモト・ハーマンセンと再会し、「完璧な文章などと……」の一文についてディスカッションを行う。
また、村上春樹が育った芦屋の街ではタクシーに乗り、タクシー運転手に阪神・淡路大震災の時はどうしていたのかを聞いたりもしている。
飲み屋では、「日本が閉塞的になっている」という話をされ、「デンマークもそうだ」と語るが、日本の現状はずっと酷いということを聞かされる。日本人のおじさんは、「もっと多様性があるということを知らせないと。それをするのがアーティスト」とメッテにそう告げる。
ただ、これは、完全なドキュメンタリー映画というわけでもなく、中空に『1Q84』に登場した二つの月が浮かぶなど、翻訳されたというのが行き過ぎなら解釈されたメッテ・ホルムの話でもある。村上春樹の大ファンだという監督のニテーシュ・アンジャーンによって解釈された彼女と村上春樹の映画なのだ。この映画には、村上春樹の短編小説「かえるくん、東京を救う」のかえるくんがCGで登場する。日本映画のCGだとかえるくんも可愛らしく描かれるのかも知れないが、デンマーク映画のCGはハリウッド版ゴジラのように少しグロテスクである。この映画に登場するかえるくんは、東京を救う相棒としてメッテを選んでいるようでもある(これもアンジャーンの解釈である)。

翻訳は創作とはまた違うが、イメージと言葉の選択肢の中で繰り広げられる孤独な戦いという共通点がある。そこで戦うには孤独に強くなければいけないし、容易に心を乱されるタイプであってもならないし、無意識の領域で戦えるだけの人生の蓄積がなくてはならない。小説が人一人の人生を変えるだけの力を持っているように(少なくとも私は村上春樹の小説に出会ったことで人生は変わっている)、それを伝達する翻訳家も人を動かすだけの力を持つ、伝達の神・マーキュリーに祝福された存在である。人の心が変われば世界も変わる。誰も気づかぬほどひっそりとではあるが、聖戦は遂行されていく。

「完璧な文章などというものは存在しない」という言葉は、「完璧な翻訳などというものは存在しない」にスライドする。だが翻訳家である以上は、原作者を尊重した上で、言葉の海を上手く泳ぎ切らなくてはならない。メッテは本の表紙を決める際も「ムラカミならどう思うか」という配慮を怠らない。エゴは禁忌である。ある意味、翻訳家は再生芸術家である演奏家に近いものがある。世界史上、完璧な演奏などというものは一度もなかったと思われるが、完璧な翻訳というものは果たしてあるのか? ラストは映画自体もまた完璧でないことを告げている。
完璧を夢見ながら、メッテの聖戦は続いていくのである。

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2019年11月15日 (金)

これまでに観た映画より(138) ポーランド映画祭2019 in 京都「コメダの奏でるポーリッシュ・ジャズ」@同志社大学 「コメダ・コメダ」&「バリエラ」

2019年11月12日 同志社大学室町キャンパス寒梅館クローバーホールにて

同志社大学室町キャンパス寒梅館クローバーホールで、ポーランド映画祭2019 in 京都「コメダの奏でるポーリッシュ・ジャズ」と題された映画2本を観る。2012年製作の「コメダ・コメダ」と、1966年のイエジー・スコリモフスキ監督作品「バリエラ」。「バリエラ」の音楽は、クシシュトフ・コメダが手掛けている。なお、「バリエラ」の上映前にはイエジー・スコリモフスキ監督の舞台挨拶がある。

ポーランドのモダン・ジャズの先駆けでありながら、37歳の若さで事故死したクシシュトフ・コメダ。ロマン・ポランスキーとのコラボレーションを経て、ハリウッド映画の作曲家として活躍し始めたばかりの死であった。

「コメダ・コメダ」(ジャパンプレミア上映)は、クシシュトフ・コメダの生涯を辿るドキュメンタリー映画。ナタシャ・ジュウコフスカ=クルチュク監督作品。監督について詳しいことはよくわからないが、名前は明らかに女性名である。
ロマン・ポランスキーやアンジェイ・ワイダといったポーランド映画界の巨頭を始め、コメダと共演経験のあるポーランドのミュージシャン、コメダの医大時代の同級生などが証言を行っている。

共産党一党独裁時代のポーランドにあっては、ジャズは敵国であるアメリカの敵性音楽であり、コメダも医大時代にジャズの演奏や作曲を行っていることがばれ、医大生達に囲まれてつるし上げに遭いそうになったことがあるそうだ。

コメダが生まれたのは1931年。ナチスドイツがポーランドに侵攻する8年前である。
コメダは幼い頃、ポリオに罹り、後遺症で片足が少し不自由になっている。ピアノの才能は幼時より発揮されていたそうで、7歳で出身地にあるポズナン高等音楽学校に入学。戦時下であっても母親はコメダの才能が途切れてしまわないよう、ピアノを弾ける環境を作ることに腐心したそうである。ただ、コメダの母親は、コメダがプロのミュージシャンなることには反対であり、医師になることを望んでいた。コメダは母親の望み通り医科大学を卒業し、耳鼻咽喉科の医師となるが、結局、ジャズミュージシャンになることを選んだ。コメダの友人の一人は、「運命には抗えない」と語っている。
ポズナンには音楽の仕事がなかったため、コメダは、クラクフへ、更にワルシャワへと移動する。
ちなみにコメダというのは芸名で、本名はトルチンスキという。子どもの頃に、「command」(司令官)と書くべきところを「comada」とスペルミスしたことに由来するそうである。
アンジェイ・ワイダは、コメダの第一印象を、「パデレフスキ(ポーランドを代表するピアニストで、後には首相にもなっている)みたいな長髪の奴が来るのかと思ったら、見るからにオタクといった感じの奴が来て」と語っている。線が細く、いかにも繊細そうで影のあるコメダは、真逆の性格であるロマン・ポランスキーとは馬が合ったそうで、「水の中のナイフ」などの音楽を手掛け、ポランスキーに招かれる形でハリウッドへと渡っている。コメダは、自らのことを「映画の作曲家」と名乗っていたそうで、映画音楽を手掛けることに誇りを持っていたことが窺える。

ジャズ以外にもポーランドの生んだ音楽の先進性が語られる場面がある。ポーランド人は独自性を追求する傾向があるそうで、それがペンデレツキやルトスワフスキといった現代音楽の大家を生み出した下地になっているのかも知れない。

コメダの最期は転落事故である。交通事故となっている資料もあるが、関係者の証言によるとどうもそうではないようだ。事件性がありそうなことも語られてはいるのだが、詳しいことはわからないようである。

 

イエジー・スコリモフスキ監督による「バリエラ」。「バリエラ」というのはポーランド語で「障壁」という意味のようである。

上映前に、イエジー・スコリモフスキ監督による15分ほどの舞台挨拶がある。「バリエラ」はかなり特異な経緯で生まれた作品だそうで、元々は「空っぽの領域」というタイトルで、それまでドキュメンタリー映画を作り続けて来た映画監督の初劇映画作品として製作される予定であった。イエジー・スコリモフスキは依頼を受けて脚本を執筆。その監督のそれまでの作品も全て観て、「これはドキュメンタリータッチの脚本にした方がいいだろう」と判断。脚本を提出したのだが、その監督は脚本を読んで青ざめたようになってしまったという。ドキュメンタリー映画の監督で、劇映画は不得手であり、撮影には入ったのだが、制作費の4分の3を使ったところで、その監督は降板。続きをスコリモフスキの監督で撮るよう指示があったのだが、スコリモフスキは、監督に合わせてドキュメンタリー映画調の脚本を書いたが、自分ではそうした映画を撮りたいという気持ちはまるでない。ということで、残りの4分の1の予算で、1から新しい映画を撮ることになった。とにかく時間もないので脚本なしの即興で撮ることにし、キャストも全て一新、撮影監督も新たに指名した。キャスティングの一新についてスコリモフスキは、「大成功だった。主演女優はその後、私の妻になるのだから」とジョークを言っていた。
スコリモフスキ監督によると「バリエラ」には3つの奇跡があるそうで、まず「即興による映画が完成したこと」、2つ目は「即興にしては出来が良かったこと」、3つ目は「この映画が高く評価され、映画賞を受賞し、60年以上経った今でも上映される機会があるということ」だそうである。

内容は、ヌーヴェルヴァーグの影響も感じられるもので、「フランス映画だ」と言われたらそのまま信じてしまいそうになる。ポーランド映画とフランス映画は相性が良いのか、共同製作が行われることも結構多い。

国の世話になることもアメリカ人のように生きることもよしとしない主人公の医大生が医大を去り、「明日、結婚することになった」と父親に告げるも、相手が不明。父親に託された手紙を届けた家の女主人からサーベルを渡されることになる、といった風に、あらすじだけ書くと何が何やらわからないことになる。ただメインとなるのは、冬の停電の日に出会った路面電車の女運転士とのロマンスである。そこだけ辿ると素敵な恋愛映画と観ることも出来る。
人海戦術も多用されているが(特に深く考えられて行われたわけでもないと思うが、人一人の人生の背後には数多くの人物が潜んでいると捉えることも出来る)低予算映画でなぜあれほど多くのキャストを使えるのかは謎である。共産圏なので「低予算」といっても西側とは意味が異なっていたのかも知れない。
ロールスロイスなどの西欧の高級車が登場するが、これは若者達に敵対するものとして描かれているようだ。

また、クシシュトフ・コメダの音楽が実にお洒落である。即興で作り上げた映画だけにどうしても細部は粗くなるのだが、そこをコメダの音楽がまろやかなものに変えていく。映画の出来の半分近くはコメダの功績である。

ラストは、やはり即興風に撮られた王家衛監督の「恋する惑星」に近いもの。「恋する惑星」のラストに近いものになって欲しいと個人的にも思っていたのだが、やはりなるべくして同じようなラストに着地。めでたしめでたしとなった。

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2019年10月16日 (水)

これまでに観た映画より(133) 「レディ・マエストロ」

2019年10月10日 京都シネマにて

京都シネマでオランダ映画「レディ・マエストロ」を観る。原題は「The Conductor」という意味深なものなのだが、日本でこの映画を観る場合に「The Conductor」だと意図が伝わりにくいためにタイトルが変えられたのだと思われる。監督・脚本はマリア・ペーテルス。出演は、クリスタン・デ・ブラーン、ベンジャミン・ウェインライト、スコット・ターナー・スコフィールドほか。セリフはオランダ語と英語が用いられており、少しだがドイツ語も登場する。音楽監督はステフ・コリンヨン。
女性指揮者の草分け的存在であるアントニア・ブリコ(1902-1989)の肖像を描いた映画である(全ての人生が描かれているわけでない)。アントニアを演じるのはクリスタン・デ・ブラーン。

1926年(日本だと大正15年=昭和元年)のニューヨーク。クラシック音楽好きで才能にも恵まれたオランダからの移民であるウィリー(クリスタン・デ・ブラーン)はカーネギーホールの客席案内係(レセプショニスト)として働いている。当時のニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(ニューヨーク・フィルハーモニックの前身)は指揮者は勿論、楽団員全てが男性で占められており、オーケストラ絡みで女性が就ける仕事は客席案内係ぐらいのものだった。

この日は同郷の大巨匠指揮者であるウィレム・メンゲルベルクが指揮台に立って、十八番であるマーラーの交響曲第4番を指揮するということで、ウィリーも興奮気味であり、仕事でミスを犯したりもする。ただ、客席案内係はコンサート本番を聴くことは許されない。ウィリーは本番中、誰もいないと思った男性用トイレに入り、漏れてくる音楽に心奪われて、箸を指揮棒代わりに(どうやら箸で食事をする習慣があるようである)鏡に向かって生き生きと指揮を続ける。が、その時に、男が一人、男性用トイレに入ってくる。富豪の息子のフランク(ベンジャミン・ウェインライト)だ。「衛生面での点検だ」と誤魔化したウィリーはその後、大胆な行動に出る。第1楽章が終わった後で、持ち運び用の椅子を手にカーネギーホールの中央通路を進み、指揮者であるメンゲルベルクの真後ろに陣取って曲を聴こうとしたのだ。メンゲルベルクも複雑な表情を浮かべるが、第2楽章の指揮を始める。だが、それを見たフランクは激昂。ウィリーをホールの表へと叩き出してしまう。
結局、ウィリーは客席案内係の仕事をクビになったことを契機に、本格的に音楽の道に進むことを決意。指揮者を夢見て、ブラスバンドの指揮者であったゴールドスミスに頼み出て弟子にして貰い、名門UCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)の音楽学部の試験にも合格。ただその後ゴールドスミスがウィリーを女として意識し、関係を迫ったことで関係は破綻する。音楽学校の学費を稼ぐためにタイピストや接客業の職に就こうとするも気位の高さが伝わるのか、有能さを示しても落ちてばかりのウィリー。ナイトクラブのベース奏者であるロビン(スコット・ターナー・スコフィールド)に気に入られてロビンのいるバンドのピアニストに決まり、グリーグの「トロルドハウゲンの結婚行進曲」を弾いていると、ロビンはジャズ風に編曲した「トロルドハウゲンの結婚行進曲」を弾いて見せ、連弾を行う。

フランクはゴールドスミスと友人であり、豪奢なフランクの自宅で音楽家を招いたパーティーがあるということで、ゴールドスミスから招かれるのだが、ゴールドスミスは急用で帰宅。ウィリーはゴールドスミスとの関係が破綻した後でもフランクとの仲を深めていく。

だが、ウィリーは祖国のアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の指揮者であるメンゲルベルクに師事しようと決めており、オランダに行く決意をしていた。アメリカで一緒になって欲しいと言うフランクからのプロポーズにウィリーは迷う。フランクはともかくとして、彼の母親はウィリーが「指揮者になりたい」という夢を語ると一笑に付す。本格的な女性指揮者などまだ一人もいない時代。日本で例えるなら、女でありながら「大相撲の横綱になりたい」と言っているのと同様の世迷い言としか聞こえないのだった。

実は、ウィリーは両親の実の子ではないことが判明する。音楽家への道を進むことに反対した母親がつい明かしてしまったのだ。ウィリーは出生時の名であるアントニア・ブリコとして指揮者への道を進み始める。

コンセルトヘボウでアントニアはメンゲルベルクと出会う。弟子入りを懇願するが、メンゲルベルクはフランクの友人であったため、フランクに相談の手紙を書き、アントニアと結婚したいフランクはメンゲルベルクに「アメリカに帰れ」と言ってくれるよう頼む。結局、メンゲルベルクの弟子にはなれなかったアントニアだが、メンゲルベルクの推薦状を得てベルリンに向かい、ドイツの大指揮者であったカール・ムックに会いに行って弟子入りが許される。ベルリン国立音楽アカデミーの指揮科の定員は2人のみであったが、この難関も突破。若い女性が指揮者ということで反発しがちなオーケストラ団員達をも納得させていき、最終的にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮台に立って、コンサートを成功に導く。
だが、アメリカではゴールドスミスが腹いせからアントニアへの批判をマスコミにばらまいており、女性からも「女が男性達に指揮棒で指示を行うなんて」と反発を受ける。ニューヨーク・フィルとの演奏は成功したが、次に舞い込んだのは失業した音楽家が結成したオーケストラを指揮する仕事。いやいや引き受けたアントニアだが、ある日、リハーサルに行くと、女性団員しか来ていない。ニュージャージ-交響楽団が楽団員を募集しているということで、男性団員達は全員オーディションを受けに行ってしまったのだ。ちなみに女性はオーディションを受ける資格はないという。アントニアは女性楽団員のみによるオーケストラを結成し、女であっても音楽家たり得るのだということを示そうとする……。

日本に限っても、先日、沖澤のどかがブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、ブザンソン国際指揮者コンクール覇者の先輩である松尾葉子、宝塚男役風ルックスでも人気の西本智実、小柄な体から力強い音楽を生み出す三ツ橋敬子、北欧のスペシャリストとして活躍する新田ユリなど、今は女性指揮者は珍しくもなんともないが、アントニア・ブリコが指揮者を志していたのは、「女は将軍と指揮者にだけはなれない」と言われていた時代であり、女性でありながら指揮者を生業としていることへの反発は今とは比べものにならないほど強かった。そんな中で快進撃を続けるアントニアのサクセスストーリーとして描かれているように見えるのだが、ラストの字幕でアントニアが結成したニューヨーク女性交響楽団はアントニアが男性団員の入団を許したことで注目を失い、4年で解散。アントニアは生涯、有力楽団の首席指揮者のポジションには就けなかったことが語られる。更には2017年現在でも、世界の指揮者トップ50の中にも女性の名はないということで、集団を率いる職業である指揮者に女性がなることの困難が示される。ハンブルク州立歌劇場の総支配人として活躍したシモーネ・ヤングやアメリカの上位楽団であるボルティモア交響楽団の音楽監督を務めるマリン・オールソップなど有名指揮者も当然いるが、オペラ歌手は勿論、ヴァイオリンのアンネ=ゾフィー・ムターやチョン・キョンファ、ピアノのマルタ・アルゲリッチや今はイギリス国籍になったが内田光子など世界トップランクに数えられる演奏家も多い器楽分野に比べても指揮分野における女性進出はなかなか進んでいかないのが現状である。古典派を不得手とする女性指揮者が多いこと、ブラームスやブルックナーなど女性には理解しづらい音楽がコンサートのメインレパートリを占めているということもあるのだろうが、「そもそもクラシックの作曲家といえば男性のみ」「指揮者も楽団員も男性のみ」という時代が長かったことが影響してもいるのだろう。ベルリン・フィルが女性団員の入団を正式に認めたのだが1980年代後半(その前にザビーネ・マイヤー事件というものがあり、女性クラリネット奏者であるザビーネ・マイヤーを強烈に推して入団させたヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィル団員の猛反発にあり、関係が悪化。マイヤーは身を引いたが、最終的にはカラヤンはベルリン・フィルの終身芸術監督辞任に追い込まれている)、ウィーン・フィルに至っては、世紀が変わろうかという時まで「入団出来るのは男性のみ」という姿勢を貫き続けていた。
「世界のトップランクのオーケストラ」と聞いてクラシックファンなら誰でも思い浮かべるような楽団のトップとして君臨している女性指揮者はゼロ。日本でも人気はあるがポジションが得られていない女性指揮者がほとんどで、東京に9つあるプロオーケストラや日本各地の都市の顔となるオーケストラのトップに立っている女性指揮者は一人もいない。芸大の指揮科教授として多くの教え子を生み出した松尾葉子も、出身地である名古屋に本拠を置くセントラル愛知交響楽団常任指揮者という地位が最高。人気指揮者である西本智実も日本フィルハーモニー交響楽団のミュージック・パートナーが一番上のポジションで、仕方がないので自分で結成したオーケストラを率いている。テレビ出演も多い三ツ橋敬子は現時点では本拠地なしの状態で、客演生活が続いている。新田ユリも北欧音楽には強いがポストは愛知室内オーケストラという定期演奏会を年に2回ほどしか行えない団体のものを得られているのみである。ある意味、アメリカにおける女性大統領並みの「ガラスの天井」を感じさせる職業であり、ラストの演奏会のシーンは希望に満ちているが、現実の厳しさを示すこともおろそかにはしていない。

クラシック音楽の使い方は面白く、聴いてすぐなんというタイトルの曲かが分かると広がりやおかしみを持って受け取ることが出来るように思う。「拍手をして下さい。コメディは終わりました」というベートーヴェンの最後の言葉とされるものがさりげなく語られていたりもする。

アントニアは女性指揮者のフロントランナーとしては成功したが、性別関係なく「指揮者としての名声を勝ち取る」ことに関しては「誰が見ても成功」という結果は出せなかったのかも知れない。それでも「絶対に無理」という周囲の声や蔑みをはねのけて指揮台に立ち続けるアントニアの姿に爽快感を覚える。カール・ムックのセリフにあるように「指揮台に立ち続けること」が何より重要なのだと納得させられる。

何より感心させられるのは、西洋の俳優は指揮者を演じるのが上手いということ。クリスタン・デ・ブラーンは往時の長めの指揮棒を振っているため、バトンテクニック抜群に見えるということはないが、音楽が体から生まれているように見せる演技には卓越したものがある。

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2018年9月 1日 (土)

コンサートの記(417) ローマ・イタリア管弦楽団 「映画音楽名曲選」@京都コンサートホール

2018年8月22日 京都コンサートホールにて

午後6時30分から京都コンサートホールで、ローマ・イタリア管弦楽団の「映画音楽名曲選」コンサートを聴く。

ローマ・イタリア管弦楽団は、1990年創設のオーケストラである。クラシックと映画音楽の演奏を両輪として活動しており、室内楽や小編成のアンサンブルでの公演も行っているという。映画音楽に関しては多くのサウンドトラックのレコーディングを手掛けており、エンリオ・モリコーネ作品のほか、「ライフ・イズ・ビューティフル」や「イル・ポスティーノ」などの映画本編の演奏を担当している。

以前は、ローマ室内管弦楽団の名義で日本ツアーを行っていたが、今回はローマ・イタリア管弦楽団として日本中を回る。これまでに関東各地と愛知県日進市、静岡県浜松市で演奏会を行っており、今後は、呉、山口、福岡県、熊本、宮崎、大分、鹿児島を経て関東に戻り、長野、静岡、楽日となるてつくば市のノバホールまで計24会場を回るという大型ツアーである。このうち、鹿児島市文化第1ホール、東京オペラシティコンサートホール、ノバホールでの3公演は吉俣良特別プロデュース公演であり、「篤姫」や「江~姫たちの戦国~」で知られる吉俣良が出演して自作を中心としたコンサートを行う。

曲目は、ジョルジュ・オーリックの「ローマの休日」メインテーマ、ヘンリー・マンシーニの「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”と「ピンクパンサー」のテーマ、ジョン・ウィリアムズの「シンドラーのリスト」よりテーマ、マックス・スタイナーの「風と共に去りぬ」より“タラのテーマ”、ピエトロ・マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲(ゴッド・ファーザー」パートⅢ)、ニーノ・ロータの「ゴッド・ファーザー」より“愛のテーマ”、「ロミオとジュリエット」よりテーマ、「山猫」より“愛のテーマ”、「フェリーニのアマルコムド」よりテーマ、「道」よりテーマ、「8 1/2(はっかにぶんのいち)」よりテーマ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの交響曲第25番第1楽章(「アマデウス」)と歌劇「フィガロの結婚」序曲(「アマデウス」)、ニコラ・ピオヴァーニの「ライフ・イズ・ビューティフル」メインテーマ、フランシス・レイの「ある愛の詩」テーマ、「白い恋人たち」テーマ、「男と女」よりテーマ、ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」より“愛のテーマ”、エンリオ・モリコーネの「海の上のピアニスト」より“愛を奏でて”、「ニュー・シネマ・パラダイス」より“愛のテーマ”、「ミッション」よりメインテーマ、「続・夕日のガンマン」よりテーマ。当日になって曲順を大幅に入れ替えている。

今日はステージからは遠いが音は良い3階正面席で聴く。なおポディウム席、2階ステージ横席、3階サイド席は発売されていない。

イタリアはクラシック音楽の祖国ではあるが、名門オーケストラはあっても一流オーケストラはないというのが現状である。指揮者に関してはアルトゥーロ・トスカニーニに始まり、カルロ・マリア・ジュリーニ、クラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティ、リッカルド・シャイー、ジュゼッペ・シノーポリ、最近話題のダニエレ・ガッティに至るまで、オーケストラビルダーとしても名高い多くの逸材が生まれているが、イタリア国内はオーケストラコンサートよりもオペラが盛んということもあってオーケストラ自体の名声が上がらない。名門よりもむしろ最近出来たミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団やアルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団の方が高い評価を得ていたりする。

というわけで、機能に関しては余り期待していなかったのだが、想像していたよりもはるかに優れたオーケストラであった。透明な音と朗らかなカンタービレが特徴。管の抜けも良いが、弦はそれ以上に優れており、流石は「弦の国」のオーケストラと感心させられる出来であった。今後も日本でハイレベルな演奏を聴かせてくれそうである。

今回のツアーの指揮を務めるのは、ニコラ・マラスコ。フォッジア・ウンベルト・ジョルダーノ音楽院とペスカーラ音楽院で指揮をピエロ・ベルージやヨルマ・パヌラ、リッカルド・ムーティらに師事。2005年にはジュゼッペ・パターネ指揮コンクールで優勝している。マラスコは曲によってはピアノ独奏も担当しており、多才であるようだ。
「シンドラーのリスト」、「ニュー・シネマ・パラダイス」などではヴァイオリン独奏も務めたコンサートマスターのアントニオ・ペッレグリーノは、ローマ・イタリア管弦楽団の創設者の一人で、ローマ歌劇場第2ヴァイオリン奏者を経て同楽団のコンサートマスターも務めたという経歴の持ち主である。1999年から2003年まではフェーデレ・フェナローリ音楽院やアブルッツォ・ユース・オーケストラでオーケストラ演奏法指導者としても活躍していたそうだ。

ローマ・イタリア管弦楽団は、室内オーケストラより一回り大きめの編成。メンバー表を見たが、ほぼ全員がイタリア人のようである。アメリカ式の現代配置を基本としているが、ティンパニを舞台上手、ヴィオラの隣に置くなど独自性が見られる。「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”では、出だしがサティの「ジムノペディ」第1番を意識した編曲だったりとアレンジにも凝っている。エレキ音はギターなどは用いず、全てキーボード(赤毛のミレラ・ヴィンチゲラという女性奏者が担当)で出しているようだ。

映画音楽だけでなく、マスカーニやモーツァルトの演奏も優れている。特にマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲はイタリアのオーケストラでないと出せないような絶妙の彩りが特徴である。
指揮のニコラ・マラスコは強弱のコントラストを大きくつけた音楽作りをする。パースペクティヴの作り方も上手い。

アンコールは、ペッレグリーノのヴァイオリン独奏による「愛の賛歌」、更にオーリックの「ローマの休日」メインテーマが再度演奏される。豊かな歌と輝かしい音が印象的であった。

20世紀のクラシック音楽がどんどん歌から離れていく一方で、劇伴やポップスはよりメロディアスなものへと発展を遂げていく。音楽史的には、12音楽を始めとして響きの音楽へと転換していくクラシック部門に耳目を奪われがちになるが、ポピュラー部門に関していうなら20世紀ほど旋律が追求された時代はこれまでなかったように思う。録音技術やマスメディアの発達で世界各国の音楽をいながらにして聴くことが出来るようになったことも大きいだろう。望めば24時間音楽が聴ける環境が整ったことでメロディーの世界は広大無辺は大げさにしても一個人や国家の壁を越えて広がるようになっている。
というわけで、クラシックのコンサートホールでは例がないほど甘い旋律に酔うことが出来た。

 

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2017年2月12日 (日)

これまでに観た映画より(85) 「戦場のピアニスト」

DVDで、ロマン・ポランスキー監督作品「戦場のピアニスト」を観る。フランス、ポーランド、ドイツ、イギリス合作映画。

実在のピアニストであるウラディスワフ・シュピルマンの戦中体験記を映画化した作品である。

1939年9月のワルシャワ。9月1日に、ナチス・ドイツはポーランドに何の布告もなく進軍する。
ウラディクという愛称で呼ばれていたユダヤ系ポーランド人ピアニストのウラディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はワルシャワの放送局で、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)を弾いていた。ラジオによる生中継である。しかし、演奏中に放送局はドイツ軍によって砲撃され、ウラディクも放送局から逃げ出さざるを得なくなる。
その時、ウラディクは、自分のファンだというドロタという若い女性(エミリア・フォックス)と出会う。ドロタはウラディクの友人であるユーレクの妹であった。ドロタは音大でチェロを学び、チェリストになりたいという夢を持っている。

ポーランド人もナチスに協力的であり、ウラディクがドロタと一緒に行った喫茶店には「ユダヤ人お断り」と書かれていた。ユダヤ人は公園に入ることが出来ず、ベンチに腰掛けることも出来ない。

状況は日増しに厳しくなる。ユダヤ人は所持できる金を制限され、ダビデの星のついた腕章をつけることを強要され、ついには居住区に強制移住させられる。居住区と他の地域は煉瓦の壁で仕切られ、ゲットーとなった。
ウラディク達が強制収容所に送られる日が来る。友人でユダヤ人警察の署長となったヘラー(ロイ・スマイルズ)によって、ウラディクはワルシャワに残ることが出来たが、家族は貨物車に詰め込まれ、死出の旅へと出かけていった。

ワルシャワでの強制労働生活を送るウラディク。だが、密かに拳銃などの武器を仕入れ、まだゲットーに潜んでいるユダヤ人達にドイツ兵に見つからないよう投げ送る。

労働している時に、知り合いの歌手・ヤニナ(ルース・プラット)と俳優のアンジェイ(ロナン・ヴィバート)の親切なポーランド人夫婦を見かけたウラディクは脱走し、彼らを頼ることになる。しかし、状況は更に悪化。ウラディクは、ヤニナの夫・アンジェイが逃げ場所として教えてくれたある家を頼る。そこにいたのはドロタであった……。

ユダヤ人というだけで、人間の権利が取り上げられるという。凄惨な歴史を描いた映画である。ユダヤ人達は、ドイツ兵達に無作為に選ばれて意味なく射殺される。ウラディクも「大晦日のお祝いだ」としてドイツ兵に殴られる。ナチスの手下達に取っては、ユダヤ人は虫けら以下の存在なのだ。

酸鼻を極めるワルシャワで、音楽だけがウラディクの救いとなるのだが、「音を立てたら危ない」ということで、アップライトのピアノがある家にいるにも関わらず、鍵盤に触れることは出来ず、鍵盤の上でエアピアノを奏でるしかない。

ワルシャワ蜂起などにより廃墟と化していくワルシャワの街。
やがて、ピアノがウラディクを救う日が来るのだが……。

人種が違うというだけで、低劣な存在とみなすという行為は、残念ながら現在進行形で行われている。人種差別だけではなく、「異なる」というだけで、人は人を貶め、自己満足に浸ろうとする。
そこには決定的に想像力が欠如している。

ポーランドの国民的作曲家であるショパンの音楽がキーになっているが、ポーランドは中世には強国だったものの、以後は何度も侵略されており、ショパンもまた11月蜂起計画に荷担したという疑いがあり、二十歳の時にポーランドを離れ、ウィーンへ。そして父親の祖国であるフランスのパリにたどり着き、生涯、祖国であるポーランドに帰ることはなかった。
ショパンの悲しみはポーランドの悲しみであり、心そのものを描くことの出来る唯一の芸術である音楽が、この映画でも観る者の胸に痛いほどに染み込んでくる。

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2009年2月 4日 (水)

これまでに観た映画より(39) 「ベルリン・天使の詩」

DVDで映画「ベルリン・天使の詩」を観る。ヴィム・ヴェンダース監督の代表作。西ドイツ&フランス合作。出演、ブルーノ・ガンツ、ソルヴェイグ・ドマルタン、オットー・ザンダー、クルト・ボワ、ピーター・フォークほか。 現在、認知症であることがわかったピーター・フォークがピーター・フォーク本人役で出演している。しかもピーター・フォーク自身が実は……という展開がある。

1987年、西ベルリン。天使のダニエル(ブルーノ・ガンツ)は、同じく天使のカシエル(オットー・ザンダー)とともに西ベルリンにいる。天使は様々な人の心の声を聴くことが出来る。人々は悩み、絶望し、苦しんでいる。

ダニエルは、サーカスでアクロバットを演じているマリオン(ソルヴェイグ・ドマルタン)に恋をする。マリオンが出演しているサーカスは、金が払えないということで、その日の演目を最後に解散することになった。マリオンは、またウェイトレスに戻るのかと嘆く……。

悩み多き人間世界にあって、天使が人間になろうと決める物語。天使は人間がこの世に現れる前から存在していて、悠久の時を知っているが、人間としての新しい歴史はこれから築き始める。これまでの長大な時間と、これからの未知の時間が同等に置かれることで、人間の生の時間の充実が示されている。

この映画は、小津安二郎、フランソワ・トリュフォー、アンドレイ・タルコフスキーへの賛辞で締めくくられる。

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