2025年3月21日 東京・溜池山王のサントリーホールにて
午後3時から溜池山王のサントリーホールで、東北ユースオーケストラ演奏会2025・マチネー公演を聴く。
東北ユースオーケストラ(TYO)は、東日本大震災で大きな被害を受けた東北地方の復興のために、坂本龍一が音楽監督として立ち上げたユースオーケストラ。小学生から大学院生までの若者が在籍している。入団に関しては音楽経験は不問で、やる気だけが入団条件である。まだ小学生で震災を知らない子もメンバーに加わっている。
今回のコンサートでは、演奏指導を行った東京フィルハーモニー交響楽団の楽団員のゲスト出演や東北ユースオーケストラの卒団生賛助出演などがある。またコンサートミストレス(無料パンフレットなどにも表記はなく、氏名は不明)のフォアシュピーラーは、ウクライナから今日のために駆けつけたイリア・ボンダレンコが務める。
震災発生後、坂本は東北地方を回り、壊れた学校の楽器の修復に尽力すると共に、「こどもの音楽再生基金」を立ち上げ、2012年に「スクール・ミュージック・リヴァイヴァル・ライブ」を開催。翌年も「スクール・ミュージック・リヴァイヴァル・ライブ」を行い、そこから東北ユースオーケストラが生まれた。リハーサルなどでの指揮やピアノは坂本本人が受け持ったが、専属の指揮者は坂本が栁澤寿男(やなぎさわ・としお)を指名。今日も栁澤が指揮を務める。
開演前に、東北ユースオーケストラのメンバー数名が登場。自己紹介や楽団、楽曲の紹介、プログラムの意図説明などを行った。
曲目は、坂本龍一の「Castalia」、坂本龍一の「Happy End」、坂本龍一作曲/篠田大介編曲の「Tong Poo」(ピアノ独奏:三浦友理枝)、坂本龍一作曲/篠田大介編曲の「Piece for Ilia」(ヴァイオリン独奏:イリア・ボンダレンコ)、坂本龍一の「いま時間が傾いて」、坂本龍一の「BB」(朗読:吉永小百合)、坂本龍一の「Parolibre」(朗読:吉永小百合。ピアノ独奏:三浦友理枝)、坂本龍一の「母と暮せば」(朗読:吉永小百合)、藤倉大の作・編曲によるThree TOHOKU Songs(大漁唄い込み、南部よしゃれ、相馬盆歌)、坂本龍一の「Little Buddha」、坂本龍一の「The Last Emperor」、坂本龍一の「Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)」(ピアノ独奏:三浦友理枝)。
司会は元TBSアナウンサーで、現在はフリーアナウンサーの渡辺真理が務める。渡辺は、ターコイズブルーのドレスで登場したが、スクリーンを見ると普通の青のドレスに見えるため、映像の限界も感じられる。
今日はP席(ポディウム)は開放しておらず、スクリーンが降りていて、そこに曲名や楽曲解説、現在進行形の映像や、坂本龍一の映像、抽象的な絵などが投影される。
開演前の紹介に並んだ子の中に、ピアノ担当の女の子がいたが、ピアノ担当は二人いるため、「Castalia」と「Happy End」でピアノ独奏を担当したのがどちらなのかは分からなかった。ソワレ公演では、別の子がソロを務めるのだろう。ネタバレになるが、アンコール曲の「ETUDE」では、二人で連弾を行っていた。「Castalia」と「Happy End」でソロを務めたのは開演前の自己紹介にも出ていた飯野美釉(いいの・みゆう)の可能性が高いがなんとも言えない。もう一人のピアノ奏者は、遊佐明香莉といういかにも東北的な苗字の子である。
入団条件に「音楽経験不問」とある以上、他の将来音楽家指向のユースオーケストラやジュニアオーケストラとは異なり、音楽をすること自体に意味があると考える団体のようである。そのため、音楽に対する情熱よりも喜びの方が勝っている印象を受ける。他のユースオーケストラやジュニアオーケストラほど音に厚みはないし、上手くもないかも知れないが、上手く演奏することだけが音楽ではない。かといって特段劣っているということはなく、よく訓練されていて、音の輝きは――サントリーホールの音響の恩恵を受けているかも知れないが――魅力的である。
栁澤寿男。コソボ・フィルハーモニー管弦楽団など政情不安定なところでの音楽活動も行う指揮者で、バラバラになった旧ユーゴスラビアの音楽家を集めたバルカン室内管弦楽団を創設したりもしている。知名度はまだ低いが、男前なので人気が出そうである。日本国内では京都フィルハーモニー室内合奏団のミュージックパートナーを務めている。今日はノンタクトでの指揮。
坂本龍一ファンにはお馴染みの曲が続くが、栁澤は坂本本人から指名されただけあって、優れたオーケストラ捌きを見せる。
「Tong Poo」などでピアノソロを受け持った三浦友理枝。美人ピアニストとしても知られるが、英国王立音楽院(アカデミーの方)を首席で卒業。同校の大学院も首席で修了するなど、腕が立つ。第47回マリア・カナルス国際音楽コンクール・ピアノ部門で1位を獲得している。京都市交響楽団とは、オーケストラ・ディスカバリーで共演したことがある。
「Piece for Ilia」でソロを務めるイリア・ボンダレンコは、キーウ音楽院の作曲専攻を卒業。卒業制作の「REN Symphony」は坂本龍一に捧げられている。ロシア軍による侵攻が始まると、30近い国の90人のヴァイオリニストがウクライナ民謡を演奏する様子をZoomなど使って配信。これを見て感動した坂本が、「イリアと共にウクライナ支援のチャリティ・アルバムへ参加しないか」と友人の作曲家から誘われ、すぐさまヴァイオリンとピアノのための曲を作曲。イリアに送った。ロシア軍による空爆後の瓦礫の中でこの曲を演奏するイリアの姿(今回も後部のスクリーンに映像が流れた)は多くの人に感銘を与えている。オーケストラ伴奏による編曲は篠田大介によるものだが、坂本が篠田に依頼したそうである。
「いま時間が傾いて」。タイトルはリルケの詩の一節から取られている。東北ユースオーケストラのために書かれた作品で、おそらく坂本最後のオーケストラ曲である。
3.11、9.11など、「11」という数字に特別なものを感じた坂本が、11拍子というかなり珍しい拍子を取り入れた書いたもの。終盤にはチューブラーベルズが11回鳴らされるが、11回目は弱音である。
途中、奏者に全て任された即興の部分もあり、同じ演奏は二度と出来ないという趣向になっている。
映画音楽などで聴かせるエモーショナルな旋律とは異なっているが、響きは美しく、後半はかなり力強い響きがする。
休憩時間に入るが、渡辺真理は、TYOのメンバーを呼んで物販の宣伝などをさせていた。
後半。吉永小百合が登場して、詩の朗読を行う。採用された詩は、和合亮一の「詩の黙礼」より、大平数子の「慟哭」、安里有生の「へいわってすてきだね」の3編。「BB」、「Parolibre」、「母と暮せば」の音楽に乗って朗読が行われる。「BB」は坂本が残した演奏データによる自動演奏ピアノ独奏と共に朗読が行われる。また「母と暮せば」は、吉永自身が主演した映画の音楽である。
東北ユースオーケストラの演奏会には度々参加(東京公演は皆勤だと思われる)しているほか、朗読公演自体も何度も行っている吉永だけに、極めて細やかな心情表現を込めた読みを聞かせる。
ちなみに坂本龍一もサユリストであったことを、第2弾自伝の『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』で明かしている。
坂本龍一に多大な影響を受けた藤倉大。高校時代に渡英し、現在もロンドンで活動する作曲家である。英国王立音楽大学(カレッジの方。カレッジとアカデミーはライバル関係にあり、藤倉の取り合いになったことが藤倉の自伝に記されている)出身。キングス・カレッジ・オブ・ロンドンで博士号を取得。指揮者の山田和樹と共に日本人若手音楽家の旗頭的存在で、東京芸術劇場の音楽部門の監督に就任することが決まっている。
東北の、宮城、岩手、福島の民謡のオーケストラバージョンであるが、掛け声をそのまま採用し、楽団員達に言わせることでノリの良い楽曲に仕上がっている。
最後は坂本龍一の映画音楽3曲。「Little Buddha」、「The Last Emperor」、「Merry Christmas Mr.Lawrence」。
「Little Buddha」は、ベルナルド・ベルトリッチから、「悲しいけれど救いのある曲を」という難しい注文を受けて書かれたものだが、4度ボツになり(坂本龍一はベルトルッチについて「自分が音楽監督だと思っているから」と述べていたりする)、5度目でようやく採用された。「どんどんカンツォーネっぽくなっていった」とも語っているが、哀切だが光が差し込むような、胸にひびく楽曲となっている。
「The Last Emperor」。坂本龍一は満映理事長の甘粕正彦役で出演。甘粕を演じた俳優は何人もいるが、甘粕本人とは外見が一番似ていない坂本龍一が最も有名なフィクションにおける甘粕像となっている。最初は俳優だけのオファーで、「戴冠式の音楽を書いてくれ」と言われただけだったが、撮影終了後半年ほど経ってから、「音楽を書いてくれ。二週間で」と言われて、まず、中国音楽のLPセットを聴くことから始めて、不眠不休で作曲。納期に間に合わせたが、過労のため、突発性難聴に見舞われて入院することになっている。
映画ではオーケストレーションまでは手が回らなかったため他人に任せたが、その後に自身でオーケストレーションを行い。二胡で奏でられていた主題を木管楽器に置き換えたりしている。
栁澤はかなりスケールの大きい演奏を形成。銅鑼なども盛大に鳴らされた。
なお、スクリーンには映画「ラストエンペラー」本編の映像も投影された。
「Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)」。序奏は、坂本龍一が「最後のコンサート」としてNHKのスタジオ5で収録した演奏のデータによるピアノ自動演奏で始まる。その時の映像もスクリーンに映る。
本編に入ってからは三浦友理枝がピアノ演奏を受け持つ。坂本の映像も映り続けるので、テンポは坂本の演奏に合わせる。
ペンタトニックを使った東洋風の作曲技術を用いながら、東洋でも西洋でもない独自の音の世界を生み出した楽曲。栁澤はこの曲でも終盤をかなり盛り上げていた。
アンコールは、先に明かしたとおり「ETUDE」(狭間美帆編曲)。ピアノの連弾がある。聴衆も一緒になって手拍子を入れる曲だが、吉永小百合や三浦友理枝もステージに登場して手拍子で参加。盛り上がった。

最近のコメント