カテゴリー「フランス」の47件の記事

2019年10月22日 (火)

これまでに観た映画より(135) 「今さら言えない小さな秘密」

2019年10月16日 京都シネマにて

京都シネマでフランス映画「今さら言えない小さな秘密」を観る。フランスを代表するイラストレーター兼漫画家のジョン=ジャック・サンペの絵本を「アメリ」のギョーム・ローランの脚本で映画化した作品。監督・脚色はピエール・ゴドー。出演は、ブノワ・ポールヴォールド、スザンヌ・クレマン、エドゥアール・ベールほか。

南仏プロヴァンスのサン・セロンという小さな村が舞台。この村で生まれ育ったラウル・タビュラン(ブノワ・ポールヴォールド)は、最高の自転車修理の職人として尊敬を集めており、この村では自転車をタビュランと呼ぶほどであったが、実は自転車に乗ることが出来ない。ラウルの父親は郵便配達夫であり、毎日、この村を自転車で回っていたのだが、息子のラウルにはなぜか自転車を漕ぐ資質が欠けており、特訓しても上手くいかない。
子どもの頃、学校の同級生は皆自転車で遊び回っていたのだが、自転車に乗れないラウルはそれを隠すために、物静かな少年を演じるしかなかった。ボードレールの「アルバトロス(アホウドリ)」(象徴的である)を暗唱して好評を博すなど学業は優秀であったため、そういう子なのだと思われて自転車に乗れないということはバレなかった。学校のクラスで自転車に乗って遠足に行った時には、急坂を転倒することなく下り、勢い余って土手に激突して自転車でムーンサルトを演じて池に落ちたため、以降、ラウルは自転車に乗っていなくてもイメージで同級生達から「自転車の曲芸乗り」と見なされるようになってしまう。
二十歳になったラウルは父親から競技用自転車をプレゼントされるが、やはり乗ることは出来ない。自転車に乗れないということを打ち明けた直後に父親は雷に打たれて他界してしまう。ラウルの胸には父親の職業を継げなかったという悔いが残される
自転車には乗れないが、なぜ乗れないかを自転車を解体して分析するような子どもだったため、自転車レースのタイヤ交換で活躍したのを機に自転車修理業の親方に見込まれ、才能を発揮し始めたラウル。だが「運命の人」かとも思った会計のジュシアーヌには自転車に乗れないことを告白したがために振られてしまい、妻となるマドレーヌ(スザンヌ・クレマン)にはそのことが尾を引いて自転車に乗れないということを告げられないまま結婚に至る。
マドレーヌが両親を自転車事故で亡くしているため、ラウルはそれを利用して(?)自転車に乗らないことを誓う。そのままラウルの秘密がバレることなく歳月は流れて行ったのだが、村にやって来た写真家のエルヴェ(エドゥアール・ベール)がラウルが自転車を漕いでいるところを撮影したいと言い、マドレーヌがその話に乗ったためにラウルは焦り出す。
「自転車の専門家である自分が自転車に乗れないと知られたら、全てを失うのではないか」

 

ギョーム・ローランの脚本ということで、「アメリ」同様、アフレコによる傍白が多いのが特徴である。特にこの映画では回想のシーンが多いため、傍白もより増えている印象を受ける。

自転車に乗れない人というのは、私の身近には存在しないが、思いのほか多いとも聞く。長崎市は坂が多く自転車には不向きな街であるため乗れない人が多いという話も聞くが、それは乗る機会がないからで、練習しても乗れるようになれなかった人がどれだけいるのかは謎である。協調運動障害というものがあるというのは知っているのだが。
ただ、この映画ではたまたま「職業として自転車を扱っているのに自転車に乗れない」というケースが描かれただけで、「人に言えない秘密」は大抵の人は持っていそうである。プロのカメラマンであるエルヴェもカメラマンらしからぬ弱点を抱えているのだが、それでもそれを隠すことなく生きてこられている。

秘密を隠すがためにある意味人生をねじ曲げ、本性を隠し、不自由に生きてきたラウル。
ただ、その不自由さもまた人生の一部として讃えることが出来るような気になってくる映画である。そうでなかったら今の幸福な人生はない。

多くの人は、ありのままの自分を殺して見せかけのストーリーに乗って人生を生きている。自分自身から自由になることはとても難しいことだ。不器用な人間にとっては特に困難である。ただその不自由さの源である傷もいつかは開放される種類のものなのかも知れない。自分で何もかもを決めつけずに生きていたっていいのだ。

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2019年7月21日 (日)

コンサートの記(576) 沼尻竜典指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2014(年度)「VIVA!オーケストラ」第4回「オーケストラと指揮者」

2015年2月8日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2014(年度)~こどものためのオーケストラ入門~『VIVA!オーケストラ』第4回「オーケストラと指揮者」を聴く。「こどものためのオーケストラ入門」とあるが、曲目は大人向けである。親子で楽しめるコンサートであるが、子供が楽しむには曲目が難しすぎるかも知れない。

今日の指揮者は沼尻竜典。ナビゲーターはロザンの二人である。

曲目は、ビゼーの「カルメン」組曲第1番、「カルメン」前奏曲の子供による指揮者体験、サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ(ヴァイオリン独奏:黒川侑)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」


今日のコンサートマスターは泉原隆志。渡邊穣は降り番で、フォアシュピーラーは尾﨑平。首席オーボエ奏者は前半後半共に高山郁子が務めるが、首席フルートの清水信貴と首席クラリネットの小谷口直子は、後半のストラヴィンスキーのみの参加である。

天井から舞台の上にスクリーンが降りている。今日は「オーケストラと指揮者」というタイトルなので、指揮者の姿を正面から捉えた映像をスクリーンに映し出して、指揮者が何をしているのか見えるようにするという趣向である。指揮者と対面するP席では居ながらにして指揮者が正面に見えるのでスクリーンを見る必要はない。ただ、スクリーンを降ろした関係上、P席の座席数は通常より少なくなっている。

ビゼーの「カルメン」組曲第1番。第1曲である前奏曲(2つ目の前奏曲である)~アラゴネーズでは、弦は美しい音を出したものの、トランペットなどは能天気な音を出しており、沼尻の音楽の浅さか露わになってしまっていた。
間奏曲では、フルートの息継ぎの仕方が今一つ。前半もフルートが清水信貴であったら、こうはならなかったと思うが。
演奏終了後にロザンの二人が現れ、菅広文が「沼尻さんは楽器を何かされるんですか?」と聞き、沼尻が「ピアノを」と答えると、「沼尻さんが楽器出来ない思ってたんか?」と宇治原史規に突っ込まれる。菅は「指揮者の出演料って高いんですか?」と沼尻に聞く。沼尻は「そんなに高くないです。(コンサートマスターの泉原を指さして)あの人は高いと思います」と言う。ということで菅は泉原に「お給料高いんですか?」と聞き、泉原が首を横に振ると、更に「いくらぐらい?」と聞く。泉原は手を振って「ダメダメ」とやっていた。菅は「横にいる人(尾﨑平)より多く貰っているわけですね」と続ける。
ちなみにロザンは収入は折半制度としているそうで、宇治原のクイズ番組出演料も折半、菅の著書の印税も折半しているという。宇治原がクイズ番組に出演している時は、菅はテレビの前で本気で応援しているそうだ。


続いて、子供による指揮者体験コーナー。手を挙げた9歳の女の子と5歳の男の子が選ばれる。指揮するのは「カルメン」前奏曲(第1の前奏曲)である。沼尻が指揮の仕方を教え、まず9歳女の子がやってみる。4分の2拍子で棒を振ること自体は簡単である。女の子は普通の速さで振ったが、幼児であり背が小さいため、後ろの方の奏者は指揮棒が見えにくいようであった。女の子は合唱をやっているため、指揮者の姿は見慣れているそうだ。

5歳の男の子の指揮。普通の速さで入るが、途中で大幅に減速し、最後で急激に速度を上げる。京響の奏者達はただでさえ指揮棒が見えにくいのに速度までぶれるので大変そうであった。
菅が男の子に「将来何になりたいの?」と聞くと男の子は「お相撲さん」と答える。菅は「場所の間に指揮の仕事も出来ますね」と言い、沼尻も「(力士を)引退してからやってもいいです」と話してた。


サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ演奏のために、弦楽奏者らが退場するが、菅は「皆さん、いなくなりましたけど、これはリストラですか?」とボケる(基本的に面白いことは菅しかいわない)。

ヴァイオリン独奏の黒川侑が現れると、菅は「おぼこいですね」と言う。菅が年齢を聞くと、黒川は「25歳です」と答える。ロザンの二人は「あー、やっぱり若いんだ」と納得する(?)。

黒川のヴァイオリンは音色が美しい。スケールがやや小さく、情熱も不足気味なので、それが今後の課題となるだろう。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。演奏前のトークで、沼尻が「春の祭典」の初演時、聴衆の中にこの曲を音楽と認めない人がおり、怒号も飛び交ったという有名なスキャンダルを紹介する。沼尻は、ステージ上手奥に設置された電子ピアノを弾いて、通常の音楽の場合は旋律と和音があるが、「春の祭典」の場合、メロディーが奏でられる楽器をリズム楽器のように使っており、それが反発を招いたのではないかと推測する(なお、一大スキャンダルとなったのはディアギレフのバレエ団による上演であり、その直後に行われたコンサートでの「春の祭典」初演は成功しているため、バレエ初演の失敗が音楽ではなくバーバリズムを題材にした内容や振付にあったのではないかという説もある。一方で、バレエ公演の指揮者を務めたピエール・モントゥーは、事前にストラヴィンスキーと会って、「春の祭典」をピアノで弾いて貰ったが、「一音符も理解出来なかった」と述懐しており、先程曲が演奏されたサン=サーンスは「ファゴットの扱い方を知らない奴が現れた」と日記に怒りをぶちまけており、音楽が理解不能と感じた人も少なくなかったことが察せられる)。

演奏であるが、一定のステールできちんとまとめるといういかにも沼尻らしいものであった。沼尻の演奏は外れは少ないのだが大当たりすることも稀なように感じる。指揮は分かり易いのだが、整えることが目標になっているような気もしてしまう。

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2019年6月10日 (月)

コンサートの記(561) シャルル・デュトワ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第528回定期演奏会1日目&2日目

5月23日と24日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

5月23日

午後7時から、大阪・中之島のフェルティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第528回定期演奏会を聴く。今回の指揮者はシャルル・デュトワ。現在、NHK交響楽団の名誉音楽監督の称号を得ているが、例の騒動によって恒例になっていたNHK交響楽団の12月定期への出演などが流れ、結果として大フィルへの客演が実現したのだと思われる。

シャルル・デュトワは1936年生まれ。ズービン・メータやエリアフ・インバルと同い年となり、この年は指揮者の当たり年のようだ。小澤征爾は1935年生まれで1つ年上、ネーメ・ヤルヴィが1937年生まれで1つ年下という世代である。
スイス・フランス語圏のローザンヌで生まれ育ち、生地とジュネーヴの音楽院でアンセルメらに学ぶ。タングルウッド音楽祭ではシャルル・ミュンシュにも師事している。1964年にベルン交響楽団を指揮してデビュー。ヘルベルト・フォン・カラヤンに認められ、ウィーン国立歌劇場のバレエ専属指揮者に指名されるが、コンサート指揮者になりたいという希望があったため断っている。
1970年に読売日本交響楽団を指揮して日本デビュー。会場は当時のフェスティバルホールであり、聴衆からも楽団員からも極めて高い評価を受けている。
1977年にモントリオール交響楽団の音楽監督に就任。当初はさほど期待されていなかったようだが、瞬く間に同交響楽団を世界レベルにまで押し上げて関係者をあっといわせる。1996年にNHK交響楽団の常任指揮者に就任。1998年には初代音楽監督に昇進し、2003年まで務めている。1991年から2001年まではフランス国立管弦楽団の音楽監督も兼務し、北米、アジア、ヨーロッパの三大陸にポストを持つなど多忙を極めた。1996年のゴールデンウィークにフランス国立管弦楽団を率いてサントリーホールで公演を行っているが、それが私にとって初の来日オーケストラに接する機会となった。

 

演目は、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲、ベルリオーズの幻想交響曲。デュトワの十八番を並べたプログラムとなっている。
デュトワ指揮の「ダフニスとクロエ」は、NHK交響楽団の定期演奏会で全曲を聴いている。上演中に震度3の地震が起こったことでも思い出深い演奏会である。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。第2ヴァイオリンは今日も客演を含めて全員女性奏者となっている。

 

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。フェルティバルホールという大型の空間であるため、祝祭的な爆発感は感じにくかったが、音の色彩感と縁取りの鮮やかさが見事な演奏である。

 

ラヴィルの「ダフニスとクロエ」第2組曲は、今日一番の出来と思えるハイレベルな演奏。上品だが痛切な音が奏でられ、音楽というものが確実に皮膚から染みこんでくる。
私にとって音楽はなくてはならないものだと確認出来ると同時に、世界にとって必要なものであると確信することが出来た。
「ダフニスとクロエ」第2組曲はオーケストラだけの演奏でも可能だが、今回は合唱入りでの演奏。大阪フィルハーモニー合唱団が美しい声を届ける。
「全員の踊り」のラストの高揚感も流石であった。

 

メインであるベルリオーズの幻想交響曲。基本的にデュトワの演奏はエスプリ・クルトワ路線であり、エスプリ・ゴーロワではない。ということでおどろおどろしさや狂的な要素を表に出すことは余りない(1階席20列45番という席で、直接音が余り届かなかったということもそう感じさせる要因だろうが)が、音に宿るドラマと生命力の表出は見事。フランス音楽のスペシャリストとしての全世界に名を轟かせたデュトワの実力は並みではない。

客席は最初の「ローマの謝肉祭」演奏終了後から爆発的に盛り上がり、「ダフニスとクロエ」第2組曲演奏終了後は、客席が明るくなっても拍手が鳴り続けてデュトワが再登場。幻想交響曲演奏終了後も「ブラボー!」が各所から聞こえ、最後はデュトワがお馴染みとなった「バイバイ」の仕草を行って、演奏会はお開きとなった。

 

5月24日

今日も午後7時からフェスティバルホールでシャルル・デュトワ指揮の大阪フィルハーモニー管弦楽団の第528回定期演奏会を聴く。

今日も1階20列目だが、52番という右端の席。すぐそこが壁であり、反射が良いので音の輪郭がクッキリと聞こえる。そのため、音の迫力がわかり、序曲「ローマの謝肉祭」の狂騒がよりはっきりと把握出来る。一方で、「ダフニスとクロエ」第2組曲では音がはっきりしてるため、昨日に比べると神秘的な雰囲気は感じにくいかも知れない。全てが理想的な席というのはなかなかないものである。

幻想交響曲では、デュトワはアゴーギクを多用。即興性もあり、いつものデュトワとはちょっと違う演奏である。音にはステージの底から沸き起こってくるような迫力があり、昨日感じた蒸留水的な美しさとは少し異なる印象を受けた。今日の演奏の方が私の好みに合っている。

今日は演奏終了後にバンダの鐘奏者を紹介したデュトワ。第2ヴァイオリンの女性奏者が感激の表情を浮かべており、大フィル初登場は大成功であった。

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2019年3月24日 (日)

コンサートの記(533) 矢崎彦太郎指揮 大阪交響楽団第180回定期演奏会

2013年10月18日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで大阪交響楽団の第180回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はフランスものの日本におけるスペシャリスト矢崎彦太郎。

オール・ドビュッシー・プログラム。「牧神の午後への前奏曲」、「ピアノと管弦楽のための幻想曲」(ピアノ独奏:児玉麻里)、バレエ音楽「遊戯」、交響詩「海」~3つの交響的スケッチ、という演目。「牧神の午後への前奏曲」、交響詩「海」以外は滅多に演奏されない曲である。楽譜は「牧神の午後への前奏曲」がジョベール版、他の3曲はデュラン新全集版を使用している。

今日は3階ステージ上手上方の席。補助席で、一つ前の普通の席は1000円高いはずだが、誰も座っていない。
在阪4つのプロオーケストラの中で、唯一自前の練習所を持っていない大阪交響楽団。本拠地は大阪府堺市であるが、元々私営の楽団だけあって、堺市からの補助も受けにくいのであろう。練習会場は演奏会毎に異なり、演劇でいう稽古場ジプシーのような状態だという。

「牧神の午後への前奏曲」。指揮者の矢崎はこの曲だけノンタクトで振った。あっさりした音を持つ大阪交響楽団であるが、矢崎が指揮すると洒落っ気のある音色に変わる。ハーモニーの作り方も美しく、いかにもドビュッシーらしい、たおやかな演奏になった。
「ピアノと管弦楽のための幻想曲」。この曲は「ドビュッシー管弦楽曲全集」のCDにも入っていないことが多い珍しいもの。ピアノの児玉麻里は同じくピアニストの児玉桃の実姉であり、日系アメリカ人の指揮者であるケント・ナガノ夫人でもある。
背中の大きく開いた、オレンジのロングドレスで登場した児玉麻里は、それこそ真珠を転がすような、まろやかで輝かしいピアノを奏でる。矢崎指揮の大阪響もエスプリに富んだ伴奏を聴かせる。


後半。バレエ音楽「遊戯」。CDにはよく収録されている曲だが、実演で聴く機会は稀である。和声の築き方がドビュッシーならではであり、響きの美しさを楽しむ曲である。メロディーなどは特に印象に残るものはなく、そこが演奏会のプログラムに余り載らない理由であろう。矢崎と大阪響は神秘的且つ美的なハーモニーを構築していた。

メインの交響詩「海」~3つの交響的素描。標題交響曲と呼んでも差し支えない構造を持つ作品であるが、ドビュッシーはこの曲を敢えて交響曲とは名付けなかった。矢崎は弦には繊細なエスプリ・クルトワを求める一方で管には思いっ切り吹くというエスプリ・ゴーロワを要求。パリ在住が長い矢崎ならではの解釈である。だからといって野放図に強く吹かせる訳ではなく、音のバランス感覚にも長けている。
個性がないのが個性ともいうべき大阪交響楽団であるが、今日の演奏会では矢崎の求めるフランス的な色彩に的確に反応していた。「海」も緩急強弱ともに自在の演奏であり、優れた出来を示す。

演奏終了後、矢崎はオーケストラメンバーを立たせようとするが、大阪響のメンバーは矢崎に敬意を表して立とうとしない。矢崎一人が拍手を受ける。
矢崎は再びオーケストラメンバーを立たせようとするが、楽団員はまだ拍手を送り続けているので、コンサートマスターの手を取って立たせ、ここでようやく楽団員全員が立ち上がって、客席からの喝采を受けた。

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2019年2月24日 (日)

美術回廊(24) 兵庫県立美術館 「奇跡のクラーク・コレクション ルノワールとフランス絵画の傑作」

2013年7月5日 神戸・岩屋の兵庫県立美術館にて

阪神電鉄元町駅から、阪神電車普通電車に乗り、岩屋駅で下りて、兵庫県立美術館に向かう。現在、「奇跡のクラーク・コレクション ルノワールとフランス絵画の傑作」という展示会が行われており、米マサチューセッツ州ウィリアムズタウンにあるクラーク美術館所蔵のフランス絵画が展示されている。ほぼ全てが日本初公開となる作品であるという。

タイトルにもなっているルノワールの他に、クロード・モネ、ドガ、ルノー、ロートレックなどの画が飾られている。

ルノーの画は色彩は暗いが、立体感が見事である。

クロード・モネ(マネというよく似た苗字の画家がいたので、モネは必ず、クロード・モネと署名した)の画はタッチが淡く、光と影が同居するタッチが独特である。

ドガの画は、画面から音が聞こえてきそうな臨場感がある。

ピエール=オーギュスト・ルノワール(息子二人が有名人なのでフルネームで書いた)の人物画は外見の描写も勿論巧みだが、それよりモデルの性格や内面が滲み出るような描き方が特徴。日本製の団扇を持った少女を描いたタイトルもそのままずばりの「うちわをもつ少女」という作品は、ラ・ジャポニズムを代表する絵画である。
「テレーズ・ベラール」という少女を描いた画は、彼女の内気な内面がはっきりとわかるように描かれており、「巧い」の一言に尽きる。

ルノワールの風景画は、印象派の特徴である強くて淡い光を描写したもので、この世ではない理想郷が画の中に拡がっているかのようだ。また「日没」という画は印象派の手法が最も顕著に出ている作品で、ここまで行くとポスト印象派という印象を受ける。

貴族階級に生まれながら、足が不自由であり、36歳で若死にしたロートレックの画は2枚だけだが、いずれも陰鬱な雰囲気を醸し出している女性の画で、作者の早世を暗示しているかのようだ。

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2018年12月22日 (土)

コンサートの記(474) 広上淳一指揮京都市交響楽団第530回定期演奏会

2009年11月28日 京都コンサートホールにて

午後2時30分開演の京都市交響楽団第530回定期演奏会に接する。今日の指揮は常任指揮者の広上淳一。京都コンサートホールは満員の盛況である。

曲目は、モーツァルトの「魔笛」序曲、ベートーヴェンの三重協奏曲(ヴァイオリン:堀米ゆず子、チェロ:宮田大、ピアノ:アブデル・ラーマン・エル=バシャ)、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(オルガン:桑山彩子)。

午後2時10分から広上によるプレトークがある。眼鏡をかけて登場した広上は来シーズンのコンサートプログラムが決まったことを告げたが、「12月18日に正式に発表になるので、その前に発表してしまうとお楽しみが減ってしまう」ということで、内容は公表されなかった。
今日の演奏会の曲目についての話となり、ヴァイオリンの堀米ゆず子やオルガンの桑山彩子もステージに呼ばれて話す。ベートーヴェンの三重協奏曲のヴァイオリンパートは梯子を登るように難しいと堀米談。


モーツァルトの「魔笛」序曲。広上が振ると京響はまろやかな響きを出す。推進力もあって良い演奏だ。


続いてベートーヴェンの三重協奏曲。

今月、ロストロポーヴィチ・コンクールで優勝を勝ち取ったばかりの宮田大のチェロは実に滑らか。堀米のヴァイオリンは陽光を浴びたような明るい音を出し、エル=バシャの立体感のあるピアノも印象的である。
広上指揮の京響は燃焼度の高い音を出して、これも印象深かった。


サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。

冒頭は実に繊細。主部に入るとあらゆる音が鮮明に聞こえる。弦は時に透明で時に色彩豊か、金管は輝かしい。洒落た味わいにも富んでいて、これは間違いなく国際クラスで通用する演奏となった。桑山の奏でるオルガンも朗々と鳴り、広上の体全体から音楽が放射されたかのようなクライマックスの高揚感は言葉では表現出来ないほどである。

演奏終了後の盛んな拍手の後で広上がスピーチ。「京響はオーケストラ道の王道を歩みつつあり、白鵬のように連勝していきたい」とのこと。更に「一曲プレゼントします」ということで、グリーグの「過ぎた春」が演奏された。

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2018年12月 1日 (土)

コンサートの記(458) ドビュッシー没後100年スペシャル・シリーズ 光と色彩の作曲家 クロード・ドビュッシー 第3回「ドビュッシーが見た風景」 パスカル・ロジェ・ピアノ・リサイタル

2018年11月23日 京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタにて

午後2時から、京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタで、ドビュッシー没後100年スペシャル・シリーズ 光と色彩の作曲家 クロード・ドビュッシー第3回「ドビュッシーが見た風景」パスカル・ロジェ ピアノ・リサイタルを聴く。

レクチャーとコンサートによるスペシャル・シリーズ 光と色彩の作曲家 クロード・ドビュッシー。今日は、午後1時20分から鶴園紫磯子(つるぞの・しきこ)によるプレトーク「ドビュッシーが愛した画家たち~ターナー、モネそして北斎」が20分ほどあり、その後にパスカル・ロフェのピアノ演奏がある。

スクリーンにターナーやモネ、北斎の絵画が投影され、それらを鶴園が解説していく。印象派に大きな影響を与えたイギリスの画家、ターナー。初期のターナー作品は輪郭のはっきりしたものだが、晩年になるにつれて光度が増し、描写というよりも光の印象を表したものへと変わっていく、これに影響を受けたのがクロード・モネで、モネも最初の内はコントラストのはっきりした絵を描いていたのだが、次第に輪郭がおぼろになっていく。ドビュッシーはモネの絵を愛し、影響を受けたとされるが、どの程度なのかは推測に任せるしかない。モネが多大な影響を受けたもう一人の画家、葛飾北斎。有名な「神奈川沖浪裏」は、ドビュッシーの「海」の表紙にも用いられている。北斎もリアリズムの画家ではなく、イメージを強固に打ち出している。そこに通底するのは反リアリズムであり、これが音楽に於いても重要な潮流となっていく。


パスカル・ロジェのピアノ・リサイタル。曲目は、ドビュッシーの「前奏曲」第1集と第2集である。

フランスを代表するピアニストとして日本でも知名度の高いパスカル・ロジェ。以前は英DECCAレーベルのフランスピアノ音楽をほぼ一人で背負って立っていた。ドビュッシー、ラヴェル、サティ、プーランクなどのピアノ曲のほぼ全てをレコーディングしている。
パリの音楽一家に生まれ、パリ国立高等音楽院を首席で卒業。その後、J・カッチェンに師事。1971年のロン=ティボー国際コンクール・ピアノ部門で優勝している。2014年のジュネーヴ国際音楽コンクールのピアノ部門では審査委員長も務めた。


フランス人らしいシャープなピアノを持ち味とするロジェ。ドビュッシーの前奏曲でもまず何よりも音楽の核になる部分を見つけ出し、十指で的確に捉えていくような演奏を行う。ドビュッシーの前奏曲は、1曲を除いて全てに象徴的なタイトルが付いているが、そうしたイメージに左右される前にまず音楽的に重要な要素を取り出して堅実に築き上げた音響自体に作品を語らせていく。物語的というより真に詩的ピアニズムであるともいえる。
余計なものを削ぎ落として核を取り出すのであるが、音楽が細くなることはなく、むしろ線は太く男性的である。長年に渡ってフランスのピアノ音楽と向き合って来たロジェだからこそ可能な至芸といえるだろう。


アンコールは2曲。いずれもドビュッシー作品で、まずは「喜びの島」が豊かな色彩によって歌われる。
最後は、「ベルガマスク組曲」より“月の光”。ロジェだけに構築感を優先させた音楽になるだろうと思いきや、思いのほか物語性豊かな演奏で、耳に馴染みやすい演奏であった。音も煌びやかで親しみやすい。

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2018年11月 8日 (木)

フランシス・レイ 「ある愛の詩」

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2018年10月31日 (水)

コンサートの記(447) パスカル・ロフェ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第522回定期演奏会

2018年10月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第522回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はフランス出身のパスカル・ロフェ。

日本のオーケストラへの客演も多いパスカル・ロフェ。現在はフランス国立ロワール管弦楽団の音楽監督である。パリ国立音楽院を卒業後の1988年にブザンソン国際指揮者コンクールで2位入賞。1992年からはアンサンブル・アンテルコンタンポランの指揮者として活躍。ピエール・ブーレーズの影響からなのかノンタクトで指揮する。経歴からわかる通り現代音楽の演奏を得意としており、NHK交響楽団の京都公演でチャイコフスキーの交響曲第4番を指揮した時には現代音楽仕込みの明晰なアプローチによってチャイコフスキーの苦悩を炙り出す名演を繰り広げている。


曲目は、フォーレの「レクイエム」(1893/1984 ラター版)とストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」全曲(1910年原典版) 。


フォーレの「レクイエム」は人気曲であり、大阪フィルは今年の夏に大友直人の指揮で演奏したばかりであるが、重複を避けるためか、イギリスの指揮者で宗教音楽の作曲家としても知られるジョン・ラターがフォーレの第2稿をまとめたラター版の楽譜を用いての演奏となる。
フォーレの「レクイエム」は元々はフォーレが両親を悼むための私的な楽曲として作られている。その後にフォーレ自身が手を加えた第2稿が完成。今回はこれを基にした楽譜で演奏される。
今日一般的に演奏されるのはその後に改訂された第3稿である。フォーレ自身はこの改訂に乗り気ではなく、作業も弟子のジャン・ロジェ=デュカスに任せている。第3稿は1900年のパリ万博で初演されている。というより、パリ万博で披露するために校訂されたのであろう。

まだ大阪フィルがザ・シンフォニーホールを定期演奏会の会場にしていた頃、大植英次指揮の演奏会の前半のプログラムがフォーレの「レクイエム」だったのだが、開演直前に大植英次がドクターストップによって緊急降板となり、合唱指揮者である三浦宣明が急遽代役を務めたことがあった。大フィルによるフォーレの「レクイエム」を聴くのはそれ以来である。

ラター版は第2稿に基づいているが、フォーレの自筆譜が散逸してしまったため、ラターが研究によって復元している。弦楽はヴァイオリンがなく、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの編成。通常、ヴァイオリンが陣取る舞台下手側にヴィオラが並び、コンサートマスター(でいいのかな?)はヴィオラの井野邉大輔。今日の演奏会全体のコンサートマスターである田野倉雅秋は、この曲ではヴァイオリンソロとして「サンクトゥス」と「イン・バラディスム」で演奏に加わる。田野倉はヴィオラ陣の背後に控え、「サンクトゥス」ではその場で立って、「イン・バラディスム」では更に後ろ、ハープの横に下がって演奏した。歌手の配置も独特で、バリトン独唱の萩原潤は指揮台の上手横だが、ソプラノ独唱の市原愛は、下手側、田野倉の最初の持ち場の一つ後ろに座って出番を待つ。

管楽器の編成も特殊で、金管は普通だが、木管のフルート、オーボエ、クラリネットといった花形は出番なしでファゴットのみが登場する。

ロフェは音の輪郭をクッキリと浮かび上がらせた立体的な音響を築く。やはりロフェという指揮者は相当な実力の持ち主のようである。

ホワイエで行われたプレトークで、大阪フィルハーモニー交響楽団事務局次長の福山さんが語っていたが、フォーレの意図をロフェに聴いたところ、「合唱を生かすために高音の楽器を除いたのだろう」という答えが返ってきたそうだが、実際に耳にすると音色が渋く、普段聴いている第3稿とはかなり印象が異なる。大阪フィルはドイツ的な低弦の強さが売りの一つだが、この印象は大フィルだからではないだろう。フォーレがイメージした元々の響きが渋めのものだったのだと思われる。一般にフォーレというとノーブル、ザ・フレンチテイストの音楽家で、「レクイエム」はその中でもフランス的というイメージがあるが、それはフォーレが乗り気でなかった第3稿によって作られたものだったようだ。異国からの来訪者が集うパリ万博でのお披露目ということで、意図的にフランス的な響きが加えられたのだろう。作曲者が望まない形が後世に残ってしまうというのは良くあることである。

ソプラノは最も有名な「ピエ・イエス」が唯一の出番なのだが、市原愛の歌唱は歌い出しの音程が不安定であった。1曲勝負であるため後で取り返せないのがこの曲の怖いところである。

大阪フィルハーモニー合唱団の水準は高い。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」全曲(1910年原典版)。演奏会用に編まれたものや組曲版が演奏されることが多いが、今回はパリ・オペラ座で初演された時のバレエ全曲の演奏である。とはいえ、初めて生で聴いた「火の鳥」の演奏も全曲版だった記憶がある。1994年の春に、千葉県文化会館で行われた東京交響楽団のマチネーの演奏会。指揮は秋山和慶で、その時は朗読付きの上演であり、ナレーションを裕木奈江が務めていた。当時、東京交響楽団は「ぴあ」での表示をTOKYO SYMPHONYにしていたんだっけ。懐かしい。

「火の鳥」でもロフェは、優れた聴覚バランスと巧みな音楽設計を生かした秀演を描く。冒頭の金管のソロが散らかった感じだったのは残念だが、ソロでは今一つでも合奏になると力を発揮するのが日本のオーケストラの良さで、その後は安定、輝かしい音を出す。
弦楽は最初から最後まで煌めきのあるマジカルな音色を奏でる。ここぞという時の力強さは大フィルの真骨頂だ。

今回が大フィルとの3回目の共演となるパスカル・ロフェ。もっと聴きたくなる指揮者である。京響にも客演して欲しい。


 

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2018年10月29日 (月)

コンサートの記(446) 「時の響」2018楽日 アンサンブルホールムラタ第3部 京都フィルハーモニー室内合奏団×辻仁成 「動物の謝肉祭」

2018年10月21日 京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタにて

「時の響」2018楽日。午後4時から、京都コンサートホール小ホール アンサンブルホールムラタ(通称:ムラタホール)で行われる第3部コンサートを聴く。大ホールでは第3部の演奏会は行われないので、これが「時の響」2018最後の催しとなる。

出演は、京都フィルハーモニー室内合奏団。語りは辻仁成(つじ・ひとなり)。辻仁成は、昨日今日とムラタホールに出演。ギター弾き語りなども行ったようだ(ミュージシャンの時は「つじ・じんせい」名義である)。
司会を舞台俳優の福山俊朗が務める。

曲目は、フォーレの「パヴァーヌ」、ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」と「夢」(いずれも室内オーケストラ編曲版)、ラモーの「タンブーラン」、サン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」朗読付き(台本&朗読:辻仁成)。


フォーレの「パヴァーヌ」。人気曲である。京都フィルハーモニー室内合奏団も典雅さを意識した演奏を行う。

ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」と「夢」は、いずれもピアノ曲を室内オーケストラ用に編曲したものの演奏。編成にピアノは含まれていない。
ピアノ向けの曲なので、室内オーケストラで演奏すると音が滑らかすぎて流れやすくなるようだが、なかなか聴かせる演奏になっていたように思う。


ラモーの「タンブーラン」は、太鼓とタンバリンが活躍。弦楽はピリオド不採用であったが、古楽の雰囲気を良く表したものになっていた。


メインであるサン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」。朗読を担当する辻仁成が、この日のために書き下ろしたオリジナルテキスト版を自ら初演する。

辻仁成で京都というと、「やっと会えたね」という言葉がよく知られているが、それももう過去のこととなった。

その後、中性を意識したスタイルへと変わった辻仁成。今日もそんな感じである。

辻仁成はまずミュージシャンとしてデビューし、その後に詩人として文壇に登場。小説家に進んだのはその後である。

辻が書いたテキストは、小説家・辻仁成よりも詩人・辻仁成の要素を強く出したものである。動物たちの集まったカーニバルの日の夜明けから日没までを舞台に、「人生」をテーマとした語りが行われる。
辻は、京フィルの団員や客席を笑わせることを第一としているようだが、慣れていないということもあって空回りする時もある。他は冗談音楽だから良いのだけれど、「白鳥」の時にテーマを歌うのは流石にやり過ぎである。チェロの旋律美を楽しみにしていた人もいるだろうし。
ともあれ、ラストは「悩みのない動物=人間の本能的部分」の礼賛で締め、メッセージにはなかなか良いものがあったように思う。

京フィルの演奏のレベルもなかなか。
ピアノは佐竹裕介と笹まり恵の二人が担当したのだが、「ピアニスト」では二人とも楽譜も満足に読めないレベルのピアノ初心者演技入りでたどたどしく弾き、かなりの効果を上げていた。サン=サーンスもこうしたものを望んでいただろう。

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