カテゴリー「フランス」の53件の記事

2020年9月18日 (金)

美術回廊(57) 美術館「えき」KYOTO 「キスリング展 エコール・ド・パリの巨匠」

2020年9月13日 美術館「えき」KYOTOにて

美術館「えき」KYOTOで、「キスリング展 エコール・ド・パリの巨匠」を観る。

キスリング(本名はモイーズ・キスリングだが、キスリング本人はユダヤ的であるファーストネームが余り気に入らず、姓のみを記すことが多かったようだ)は、「ポーランドの京都」に例えられることが多い古都クラクフに生まれ、最初は彫刻に興味を持つが、地元の美術学校の彫刻科に空きがなかったため、絵画科に学ぶ。
19歳でパリに出たキスリングは、モンマルトルでピカソ、モンパルナスでモディリアーニや藤田嗣治(レオナール・フジタ)らと交流。影響を受ける。藤田嗣治とは特に親しかったようで、二人で収まっている写真が残っている。

ちなみによく知られた「エコール・ド・パリ」という言葉だが、当時のフランスでは国粋主義が台頭しており、元々はモンパルナスという家賃の安い場末で創作活動を行う非フランス人画家を指す差別語であったようだが(この時代のフランス人画家達は「エコール・フランセーズ」と呼ばれていたそうである)、「印象派」同様、今では良いイメージの言葉に変わっている。

初期のキスリングの絵は渋めの色を用いたものが多いのだが、パリでの生活によって色彩豊かな作風へと変わっていく。キュビズムの影響も受け取ったが、「ちょっとした試み」として取り入れただけのようだ。そうはいいながら、菱形をモチーフにした静物画と風景画が意図的に並べられており、構図と構造は参考にしているようである。

風景画と違い、人物画は正面から光を当てたような独特の輝きと眼のデフォルメが特徴である。眼は大きめで少女漫画のような描き方をされていて、輝きと憂いを宿す。当時、モンパルナスでアイドル的な人気を得ていた「モンパルナスのキキ」ことアリス・プランと親しくしていたキスリングはキキを題材にした裸婦画、その名もずばり「モンパルナスのキキ」も残している。キスリングの裸婦画は臀部を膨らませたような描き方をしているのが特徴である。1918年には南仏に長期滞在し、南仏を題材にした絵も描いている。

「モンパルナスのプリンス」「モンパルナスの帝王」と呼ばれるほどの成功を収めたキスリング。彼自身は「自分はユダヤ人ではなくてフランス人だ」と思っていたようである。フランスに帰化もした。だがナチスドイツが台頭するとキスリングは反ナチ的な発言によりドイツから死刑宣告を受けたこともあって、ドイツによるフランス侵攻が始まると亡命。マルセイユからポルトガルを経てアメリカに渡る。ニューヨークに居を構えるが、旧知のピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインに誘われハリウッドでも暮らしている。アメリカ時代に描いた「ミモザの花束」では花弁に使う絵の具をホイップ状に重ねることで立体感を出している。
南仏を代表する花であり、「不滅」という意味を持つミモザ。キスリングのフランスへの思いを表しているようだ。戦後フランスに戻ったキスリングは南仏サナリーにアトリエを構え、同地で没した。

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2020年9月16日 (水)

これまでに観た映画より(208) ジャン=リュック・ゴダール監督作品「女と男のいる舗道」

2020年9月12日 東寺近くの京都みなみ会館にて

京都みなみ会館で、「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち《デジタル・リマスター版特集上映》」の中の一本、「女と男のいる舗道」を観る。ジャン=リュック・ゴダール監督作品。1962年の制作である。原題は「Vivre sa vie(自分の人生を生きる)」であり、邦題がなぜ内容をまるで反映していない「女と男のいる舗道」になったのかは不明である。封切られた1960年代はまだ「それっぽい」邦題を付けておけば良いという時代であり、お洒落な感じで適当に付けられたのだと思われる。80年代以降は「意味が分からなくても原題に近いものを」という傾向が増え、今もそれは続いている。例えばスピルバーグの「プライベート・ライアン」の「プライベート」というのは「二等兵」という意味であるが、一般的な日本人はそんな意味は知らない。「プライベート」といえば「私的」であり、「マイ・プライベート・アイダホ」のような有名作もあるだけにややこしいことになっている。なぜ「ライアン二等兵」では駄目だったのかは不明である。

出演:アンナ・カリーナ、サディ・レボ、アンドレ・S・ラバルト、ギレーヌ・シュランベルジェ、ペテ・カソヴィッツ、ブリス・パランほか。音楽:ミシェル・ルグラン。

12のタブローからなるモノクローム映画である。

これまで観た「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち《デジタル・リマスター版特集上映》」の「女は女である」と「シェルブールの雨傘」は京都みなみ会館の1階にあるSCREEN1での上映であったが、今日は2階にあるSCREEN2での上映となる。

女優を夢見るナナ(アンナ・カリーナ)が主人公である。おそらくエミール・ゾラの『ナナ』に由来する命名だと思われる。
冒頭はアンナ・カリーナの愁いに満ちた横顔や正面の顔のアップである。

パリ。ナナは、夫のポール(アンドレ・S・ラバルト)の稼ぎが不満であり、別れることになる。カメラマンと会い、あるいは映画女優への道が開けるかと思っていたナナだが、ヌードになる必要があるため断ってしまう。
ナナとポールが会話を交わす場面はずっと後ろ姿を撮影しており、アンナ・カリーナの顔は鏡に映って見えるようになっている。

ナナはレコードショップで働いているが、稼ぎは足らず、家賃が払えなくなってアパートを追い出され、友人の家を泊まり歩いている。本筋とは関係ないが、ナナが働いているレコードショップでは、ジュディ・ガーランドのレコードは売っておらず、当時神童といわれていたペペ・ロメロのレコードを売る場面がある。ラックには「J Williams」の文字もあるが、映画音楽作曲家のジョン・ウィリアムズなのか、ギタリストのジョン・ウィリアムスなのか、それともまた別人なのかは不明である。

映画館で「裁かるゝジャンヌ」を観て涙するナナは、ジャンヌ・ダルクのような自分で選ぶ生き方に憧れているようであるが、現実はそうはいかない。これまた余談であるが、当時は映画は大人気であり、フランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」が上映されている映画館の前で人々が長蛇の列を作っている様が映るシーンがある。

新聞販売店で女性客が落とした紙幣をネコババしようとして訴えられ、警察に逮捕されたりするナナ。結局、金のために体を売ることになる。売春の斡旋をしている友人のイヴェット(ギレーヌ・シュランベルジェ)の知り合いの富豪の女性に宛てた手紙を書くナナだったが、イヴェットに紹介された女衒(余談だが、フランス語では女衒のことを「マック」と言うため、マクドナルドは「マック」ではなく関西と同じように「マクド」と略す)のラウル(サディ・レボ)と出会ってからは本格的な娼婦となる。

そんな中、カフェで哲学者のブリス・パラン(本人が出演している)と出会ったナナは、パランから言葉と愛についての教えを受ける。ポーの「楕円形の肖像」を朗読する若い男(ペテ・カソヴィッツ。朗読自体はゴダール監督が行っている)とおそらく「体でなく言葉で紡ぐ愛」に目覚めたかのようだったナナだったが、その命は突然に断ち切られる。

重要なのはラストの「言葉による愛」への目覚めだと思われるが、それに到るまでの堕ちていく女の話と観るだけでも十分であろう。ゴダール作品なので、主題めいたものを求めると肩透かしをくらう可能性がある。ナナの「自由と責任論」も今となっては当たり前のことを話しているように聞こえるが、当時としては目新しいものだったと思われる。

 

当時、ゴダール監督の夫人であったアンナ・カリーナであるが、この映画の出来に不満だったという話もある。冒頭のシーンや「裁かるゝジャンヌ」の引用、そしてルグランが書いた宗教音楽のような旋律から察するに、あるいはジャンヌ・ダルクに憧れる女性の話のはずがそうならなかったということなのかも知れない。元々が娼婦を題材にした原案が存在する作品なので、娼婦を演じることに抵抗があったわけではないと思われるが、愛の物語が展開する前に話が終わってしまったことで自身の良さが出せなかったと思ったのであろうか。


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2020年9月11日 (金)

これまでに観た映画より(206) 「シェルブールの雨傘」

2020年9月7日 東寺近くの京都みなみ会館にて

東寺の近くにある京都みなみ会館で、「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち《デジタル・リマスター版特集上映》」の中の一本、「シェルブールの雨傘」を観る。冒頭から流れ、何度も歌われるメインテーマはミシェル・ルグランの代表作である。
監督・脚本:ジャック・ドゥミ。出演:カトリーヌ・ドヌーブ、ニーノ・カステルヌオーヴォ、アンヌ・ヴェルノン、ミレーユ・ペレー、マルク・ミシェル、エレン・ファルナーほか。セリフの全てが歌われるという全編ミュージカル作品であり、歌は全て本職の歌手によって吹き替えられている。演技と歌を別人が行っているということで、宮城聰の演出スタイルやその元ネタとなった文楽などの日本の伝統芸能、古代ギリシャの頃のギリシャ悲劇の上演形態が連想される。

英仏海峡に面したノルマンディー地方の港町シェルブールが舞台であり、映画はまずシェルブールの港の風景から始まる。やがて俯瞰ショットとなり、雨が降り始め、人々が傘を差して通り過ぎる。

1957年11月。主人公のジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーブ)は傘屋の娘、恋人のギイ(ニーノ・カステルヌオーヴォ)はなぜか男前揃いの自動車整備工場の工員である。
映画は3つのパートとエピローグからなっており、第1部「旅立ち」では、自動車整備工場の場面に続き、ギイとジュヌヴィエーヴが劇場デートの約束をするシーンになる。二人が観るのはオペラ「カルメン」。おそらくこれはさりげない伏線になっていると思われる。
シェルブールの街を歩きながら将来を語るギイとジュヌヴィエーヴ。女の子が生まれたら名前は「フランソワーズにしよう」などと決める。

愛し合う二人だが、ギイがしがない自動車整備工ということもあって、ギイ本人も今すぐ結婚ということは考えておらず、ジュヌヴィエーヴの母親であるエムリ夫人(アンヌ・ヴェルノン)もギイの将来性を疑問視し、結婚には反対する。またギイの叔母のエリーズ(ミレーユ・ペレー)は病気がちで、ギイの幼なじみのマドレーヌがエリーズの面倒を見ている。マドレーヌを演じるエレン・ファルナーがこれまた絶世の美女であり、登場した時から何かが起こりそうな予感がする。

そんな中、二十歳になったギイは兵役に就くことになる。20世紀の終わり頃までフランスには義務兵役制があったが、1957年当時のフランスはアルジェリア戦争を戦っており、兵役に就くということは単なる訓練ではなく戦場に赴くことを意味していた。ギイもアルジェリアに向かうことになり、ジュヌヴィエーヴとシェルブール駅で別れる。

一方、エムリ夫人とジュヌヴィエーヴが営むシェルブール雨傘店の経営が傾いており、店の営業権利を守るためにエムリ夫人のネックレスを売ることにする。宝石店でネックレスを出すも店主からは色よい返事が貰えない。だが、たまたま店に来ていた宝石商のローラン・カサール(マルク・ミシェル)がネックレスを高値で買い上げる。カサールは母親と一緒に来ていたジュヌヴィエーヴを一目見て気に入る。

第2部「旅立ち」。2ヶ月後の1958年1月。ジュヌヴィエーヴが妊娠していることが判明する。ギイとの子だった。だが肝心のギイはアルジェリアにおり、手紙もたまにしか来ない。一方、カサールがジュヌヴィエーヴにアプローチを始めており、最終的に倫理上正しいのかどうかわからないが、「生まれた子どもは自分たちの子として育てよう」と言ってくれたカサールをジュヌヴィエーヴは選ぶことになる。

 

「戦争に引き裂かれた悲恋もの」などといわれることがあるが、それはちょっと違う気がする。ジュヌヴィエーヴは自分の意思でギイの帰郷を待たずにカサールと結婚したのであり、少なくともこの時はジュヌヴィエーヴにとっては悲恋でも何でもない。

第3部「帰還」以降はギイが主人公となり、ジュヌヴィエーヴはエピローグのラストになるまで登場しない。ギイはやはりというかなんというか次の恋人としてマドレーヌを選び、結婚する。マドレーヌにプロポーズする際、「ジュヌヴィエーヴのことは忘れた」とギイは言ったが、以前、ジュヌヴィエーヴと「男の子が生まれたらフランソワという名にしよう」という約束を引きずっており、マドレーヌとの間に生まれた息子にフランソワと名付けた。
ギイは以前、ジュヌヴィエーヴに語った将来の夢をマドレーヌ相手に成し遂げていく。

 

原色系の衣装やセット、街並みなどが鮮やかであり、全編音楽が流れてセリフも歌ということを考えると、メルヘンチックではある。衣装は主人公の心境を代弁するかのように色彩を変えていく。この辺は表現主義過ぎて嫌う人もいるかも知れない。セリフもド直球のものが多く、ミュージカルでなくストレートプレーだったとしたらかなり馬鹿っぽいやり取りになってしまうため、ミュージカルとして成立させたのは成功だった、というより最初からミュージカルスタイルでしか成功し得ない展開を狙っているのだと思われる。

ラストシーン、ギイが経営するガソリンスタンドの場面。クリスマスイヴであり、マドレーヌはフランソワを連れて買い物に出掛ける。その時、ガソリンスタンドに一台の車が駐まる。運転しているのは今はパリで暮らしているジュヌヴィエーヴであり、助手席にはギイとの間の娘であるフランソワーズがいた。

ジュヌヴィエーヴは高級車に乗り、身につけている服も上質なものだが、その表情はどう見ても幸せそうには見えない。ガソリンスタンドの部屋に入り、「ここは暖かいわ」などと「かもめ」のニーナのようなセリフを言うジュヌヴィエーヴであるが、ギイは「フランソワーズに会わないか」というジュヌヴィエーヴの提案には乗らない。ガソリンスタンドに寄ったのはたまたまだというジュヌヴィエーヴであるが、本来寄る必要のないシェルブールに寄っているということは、心のどこかでギイに会えたらという気持ちがあったものと推察される。というよりもむしろ、「かもめ」へのオマージュであるということを考えれば、ジュヌヴィエーヴはギイに会うためにシェルブールに来たのである。半島の先端にあるシェルブールはついでに寄るような街ではない。その街に行きたいという意志のある人だけが来る街である。ジュヌヴィエーヴはギイの夢を以前に聞いており、今のギイがそれを果たしているであろうことは容易に推測出来る。今現在と違って情報化社会ではないが、その気になればギイと再会することはそう難しくはない。そして二人の間の娘であるフランソワーズを見せればギイも態度を変えるのではと、甘い期待を抱いていたのかも知れない。だがそうはならなかった。

ジュヌヴィエーヴの車が去ると同時にマドレーヌとフランソワが帰ってくる。ギイはジュヌヴィエーヴを一顧だにせず、マドレーヌと抱き合い、フランソワと遊び戯れる(一顧だにせずというところが結構衝撃的である)。ギイは本当に幸せそうだ。多くの人が、「あの時、素直にギイを選んでおけば良かったのに」とジュヌヴィエーヴの愚かしさに悲しくなる。これがこの映画の最大のカタストロフィであろう。同じフランスが生んだ作品である「カルメン」はどちらかというと男の方が馬鹿だったが、この映画では女の方が浅はかであり、手にし得た幸せをみすみす逃してしまうという話になっている。そもそもジュヌヴィエーヴが歌うメインテーマの歌詞はギイに対して「あなたなしで生きていけない死んでしまう」歌ったものなのだが、歌詞とは裏腹にあっさりとカサールを選んでいる。恋に誠実になれなかったジュヌヴィエーヴの女としての悲しさが、もう戻すことの叶わない日々のセリフとしてこだまするかのようである。


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2020年9月 1日 (火)

これまでに観た映画より(202) ジャン=リュック・ゴダール監督作品「女は女である」

2020年8月27日 東寺近くの京都みなみ会館にて

京都みなみ会館で行われている「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち デジタル・リマスター版 特集上映」の中の1本、「女は女である」を観る。1961年のジャン=リュック・ゴダール監督作品。原案:ジャヌヴィエーヴ・クリュニー、音楽:ミシェル・ルグラン、美術:ベルナール・エヴァン。出演:アンナ・カリーナ、ジャン=クロード・ブリアリ、ジャン=ポール・ベルモンド。アンナ・カリーナとミシェル・ルグランは共に昨年他界している。

アンナ・カリーナ演じるストリップ嬢のアンジェラ(アンナ・カリーナ同様、コペンハーゲンの出身ということになっている)が、ストリップ小屋の仲間の影響を受け、「子どもを産みたい!」と思い立ったことから恋人のエミール(ジャン=クロード・ブリアリ)や知り合いのアルフレッド(ジャン=ポール・ベルモンド)と共に巻き起こす一騒動、ともいえないほどのちょっとしたドラマである。ベッドインするまでをモンタージュの技術や音楽などを駆使して「状況」として作り上げていく。音楽は必ずしも場面と一致しているとは限らず、アンナ・カリーナが歌う場面では敢えて伴奏はなく、アカペラにしている。

ストーリーは添え物で、その場その場のシチュエーションを描くことに重点を置いた、ゴダールらしい映画であるが、映し出されるパリの街も、出演者も魅力的であり、それだけで見せることの出来る映画である。登場人物達は皆、原色系の服を身につけているが、これがまた実にお洒落である。アンジェラとエミールが暮らすアパルトマンも愛らしい。


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2020年5月17日 (日)

Happy Birthday.Eric Alfred Leslie Satie(Erik Satie) 上白石萌音(ヴォーカル)、福間洸太朗(ピアノ) 「ジュ・トゥ・ヴ Je Te Veux(あなたが欲しい)」

こんな映像があったんですね。

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2020年3月 4日 (水)

ドキュメンタリー「誰がボレロを盗んだか」

録画しておいたドキュメンタリー「誰がボレロを盗んだか」を観る。2016年、仏作品。監督は、ファビアン・コー=ラール。

20世紀最高のヒット作の一つである「ボレロ」を含むモーリス・ラヴェルの著作権を巡る話である。

わずか2つのメロディーが楽器編成を変えながら約17分(作曲者の指示)繰り返し演奏されるという得意な楽曲である「ボレロ」。ラヴェル自身はたいした曲とも思っていなかったようだが、意に反して代表作として今もコンサートプログラムに載る機会は多い。
ラヴェルは交通事故に遭ったことに端を発する神経性の病で、音楽もフランス語の綴りすらも分からなくなり、脳の手術を受けるも失敗するという悲劇的な最期を遂げた。ラヴェルはよく知られた同性愛者であり、妻子はいない。遺言を残せる状態でもなく、実弟が著作権を継ぐが、この弟のエドゥアールも事故に遭い、マッサージを施された女性とその夫に生活の面倒を見て貰うことになる。そしてこの夫婦に著作権を譲ってしまう。当然のように夫妻は不正を働き続け、自分で作曲したわけでもない作品の著作権で大金持ちになる。

「ボレロ」は世界各国で演奏されるだけでなく、編曲などもされていくため、二次的著作物に関する著作料も膨大な額となる。ドキュメンタリーで語られている通りまさに「金のなる木」であった。まず出版社が恩恵を受け、後に右派の政治家となる音楽出版社のデュラン社社長であるドマンジュが「ボレロ」で巨額の利益を得る。ラヴェルから2万フランで全権を委任されたドマンジュは「ボレロ」で儲けていく。ちなみに愛弟子のロザンタールによるとラヴェルは思想的には極左だったようである。
パリが陥落するとドマンジュはドイツ軍に協力。そのことで戦後に失脚する。だがその後も、「ボレロ」のために著作権を延ばそうとする動きが起こる。最初はフランスにおける著作権は作曲者の死後50年で切れることになっていた。だが、戦時加算が行われ(その長さに根拠はないそうである)て延び、更にロビイストの活動によって音楽に関しては作曲者の死後70年へと延長される。作曲者の意思でもないのに編曲が禁じられるという事態にすらなった。ラヴェルはジャズ好きであり、ピアノ協奏曲ト長調などにもジャズの要素を取り入れているが、ジャズ用にアレンジされることも難しくなったのだ。

最終的に著作権は、2016年まで延びた。このドキュメンタリーはフランスでの「ボレロ」の著作権が切れたことを受けて制作されたが、アメリカでの「ボレロ」の著作権は2025年まで延びることになっている。

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2019年10月22日 (火)

これまでに観た映画より(135) 「今さら言えない小さな秘密」

2019年10月16日 京都シネマにて

京都シネマでフランス映画「今さら言えない小さな秘密」を観る。フランスを代表するイラストレーター兼漫画家のジョン=ジャック・サンペの絵本を「アメリ」のギョーム・ローランの脚本で映画化した作品。監督・脚色はピエール・ゴドー。出演は、ブノワ・ポールヴォールド、スザンヌ・クレマン、エドゥアール・ベールほか。

南仏プロヴァンスのサン・セロンという小さな村が舞台。この村で生まれ育ったラウル・タビュラン(ブノワ・ポールヴォールド)は、最高の自転車修理の職人として尊敬を集めており、この村では自転車をタビュランと呼ぶほどであったが、実は自転車に乗ることが出来ない。ラウルの父親は郵便配達夫であり、毎日、この村を自転車で回っていたのだが、息子のラウルにはなぜか自転車を漕ぐ資質が欠けており、特訓しても上手くいかない。
子どもの頃、学校の同級生は皆自転車で遊び回っていたのだが、自転車に乗れないラウルはそれを隠すために、物静かな少年を演じるしかなかった。ボードレールの「アルバトロス(アホウドリ)」(象徴的である)を暗唱して好評を博すなど学業は優秀であったため、そういう子なのだと思われて自転車に乗れないということはバレなかった。学校のクラスで自転車に乗って遠足に行った時には、急坂を転倒することなく下り、勢い余って土手に激突して自転車でムーンサルトを演じて池に落ちたため、以降、ラウルは自転車に乗っていなくてもイメージで同級生達から「自転車の曲芸乗り」と見なされるようになってしまう。
二十歳になったラウルは父親から競技用自転車をプレゼントされるが、やはり乗ることは出来ない。自転車に乗れないということを打ち明けた直後に父親は雷に打たれて他界してしまう。ラウルの胸には父親の職業を継げなかったという悔いが残される
自転車には乗れないが、なぜ乗れないかを自転車を解体して分析するような子どもだったため、自転車レースのタイヤ交換で活躍したのを機に自転車修理業の親方に見込まれ、才能を発揮し始めたラウル。だが「運命の人」かとも思った会計のジュシアーヌには自転車に乗れないことを告白したがために振られてしまい、妻となるマドレーヌ(スザンヌ・クレマン)にはそのことが尾を引いて自転車に乗れないということを告げられないまま結婚に至る。
マドレーヌが両親を自転車事故で亡くしているため、ラウルはそれを利用して(?)自転車に乗らないことを誓う。そのままラウルの秘密がバレることなく歳月は流れて行ったのだが、村にやって来た写真家のエルヴェ(エドゥアール・ベール)がラウルが自転車を漕いでいるところを撮影したいと言い、マドレーヌがその話に乗ったためにラウルは焦り出す。
「自転車の専門家である自分が自転車に乗れないと知られたら、全てを失うのではないか」

 

ギョーム・ローランの脚本ということで、「アメリ」同様、アフレコによる傍白が多いのが特徴である。特にこの映画では回想のシーンが多いため、傍白もより増えている印象を受ける。

自転車に乗れない人というのは、私の身近には存在しないが、思いのほか多いとも聞く。長崎市は坂が多く自転車には不向きな街であるため乗れない人が多いという話も聞くが、それは乗る機会がないからで、練習しても乗れるようになれなかった人がどれだけいるのかは謎である。協調運動障害というものがあるというのは知っているのだが。
ただ、この映画ではたまたま「職業として自転車を扱っているのに自転車に乗れない」というケースが描かれただけで、「人に言えない秘密」は大抵の人は持っていそうである。プロのカメラマンであるエルヴェもカメラマンらしからぬ弱点を抱えているのだが、それでもそれを隠すことなく生きてこられている。

秘密を隠すがためにある意味人生をねじ曲げ、本性を隠し、不自由に生きてきたラウル。
ただ、その不自由さもまた人生の一部として讃えることが出来るような気になってくる映画である。そうでなかったら今の幸福な人生はない。

多くの人は、ありのままの自分を殺して見せかけのストーリーに乗って人生を生きている。自分自身から自由になることはとても難しいことだ。不器用な人間にとっては特に困難である。ただその不自由さの源である傷もいつかは開放される種類のものなのかも知れない。自分で何もかもを決めつけずに生きていたっていいのだ。

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2019年7月21日 (日)

コンサートの記(578) 沼尻竜典指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2014(年度)「VIVA!オーケストラ」第4回「オーケストラと指揮者」

2015年2月8日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2014(年度)~こどものためのオーケストラ入門~『VIVA!オーケストラ』第4回「オーケストラと指揮者」を聴く。「こどものためのオーケストラ入門」とあるが、曲目は大人向けである。親子で楽しめるコンサートであるが、子供が楽しむには曲目が難しすぎるかも知れない。

今日の指揮者は沼尻竜典。ナビゲーターはロザンの二人である。

曲目は、ビゼーの「カルメン」組曲第1番、「カルメン」前奏曲の子供による指揮者体験、サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ(ヴァイオリン独奏:黒川侑)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」


今日のコンサートマスターは泉原隆志。渡邊穣は降り番で、フォアシュピーラーは尾﨑平。首席オーボエ奏者は前半後半共に高山郁子が務めるが、首席フルートの清水信貴と首席クラリネットの小谷口直子は、後半のストラヴィンスキーのみの参加である。

天井から舞台の上にスクリーンが降りている。今日は「オーケストラと指揮者」というタイトルなので、指揮者の姿を正面から捉えた映像をスクリーンに映し出して、指揮者が何をしているのか見えるようにするという趣向である。指揮者と対面するP席では居ながらにして指揮者が正面に見えるのでスクリーンを見る必要はない。ただ、スクリーンを降ろした関係上、P席の座席数は通常より少なくなっている。

ビゼーの「カルメン」組曲第1番。第1曲である前奏曲(2つ目の前奏曲である)~アラゴネーズでは、弦は美しい音を出したものの、トランペットなどは能天気な音を出しており、沼尻の音楽の浅さか露わになってしまっていた。
間奏曲では、フルートの息継ぎの仕方が今一つ。前半もフルートが清水信貴であったら、こうはならなかったと思うが。
演奏終了後にロザンの二人が現れ、菅広文が「沼尻さんは楽器を何かされるんですか?」と聞き、沼尻が「ピアノを」と答えると、「沼尻さんが楽器出来ない思ってたんか?」と宇治原史規に突っ込まれる。菅は「指揮者の出演料って高いんですか?」と沼尻に聞く。沼尻は「そんなに高くないです。(コンサートマスターの泉原を指さして)あの人は高いと思います」と言う。ということで菅は泉原に「お給料高いんですか?」と聞き、泉原が首を横に振ると、更に「いくらぐらい?」と聞く。泉原は手を振って「ダメダメ」とやっていた。菅は「横にいる人(尾﨑平)より多く貰っているわけですね」と続ける。
ちなみにロザンは収入は折半制度としているそうで、宇治原のクイズ番組出演料も折半、菅の著書の印税も折半しているという。宇治原がクイズ番組に出演している時は、菅はテレビの前で本気で応援しているそうだ。


続いて、子供による指揮者体験コーナー。手を挙げた9歳の女の子と5歳の男の子が選ばれる。指揮するのは「カルメン」前奏曲(第1の前奏曲)である。沼尻が指揮の仕方を教え、まず9歳女の子がやってみる。4分の2拍子で棒を振ること自体は簡単である。女の子は普通の速さで振ったが、幼児であり背が小さいため、後ろの方の奏者は指揮棒が見えにくいようであった。女の子は合唱をやっているため、指揮者の姿は見慣れているそうだ。

5歳の男の子の指揮。普通の速さで入るが、途中で大幅に減速し、最後で急激に速度を上げる。京響の奏者達はただでさえ指揮棒が見えにくいのに速度までぶれるので大変そうであった。
菅が男の子に「将来何になりたいの?」と聞くと男の子は「お相撲さん」と答える。菅は「場所の間に指揮の仕事も出来ますね」と言い、沼尻も「(力士を)引退してからやってもいいです」と話してた。


サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ演奏のために、弦楽奏者らが退場するが、菅は「皆さん、いなくなりましたけど、これはリストラですか?」とボケる(基本的に面白いことは菅しかいわない)。

ヴァイオリン独奏の黒川侑が現れると、菅は「おぼこいですね」と言う。菅が年齢を聞くと、黒川は「25歳です」と答える。ロザンの二人は「あー、やっぱり若いんだ」と納得する(?)。

黒川のヴァイオリンは音色が美しい。スケールがやや小さく、情熱も不足気味なので、それが今後の課題となるだろう。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。演奏前のトークで、沼尻が「春の祭典」の初演時、聴衆の中にこの曲を音楽と認めない人がおり、怒号も飛び交ったという有名なスキャンダルを紹介する。沼尻は、ステージ上手奥に設置された電子ピアノを弾いて、通常の音楽の場合は旋律と和音があるが、「春の祭典」の場合、メロディーが奏でられる楽器をリズム楽器のように使っており、それが反発を招いたのではないかと推測する(なお、一大スキャンダルとなったのはディアギレフのバレエ団による上演であり、その直後に行われたコンサートでの「春の祭典」初演は成功しているため、バレエ初演の失敗が音楽ではなくバーバリズムを題材にした内容や振付にあったのではないかという説もある。一方で、バレエ公演の指揮者を務めたピエール・モントゥーは、事前にストラヴィンスキーと会って、「春の祭典」をピアノで弾いて貰ったが、「一音符も理解出来なかった」と述懐しており、先程曲が演奏されたサン=サーンスは「ファゴットの扱い方を知らない奴が現れた」と日記に怒りをぶちまけており、音楽が理解不能と感じた人も少なくなかったことが察せられる)。

演奏であるが、一定のステールできちんとまとめるといういかにも沼尻らしいものであった。沼尻の演奏は外れは少ないのだが大当たりすることも稀なように感じる。指揮は分かり易いのだが、整えることが目標になっているような気もしてしまう。

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2019年6月10日 (月)

コンサートの記(563) シャルル・デュトワ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第528回定期演奏会1日目&2日目

5月23日と24日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

5月23日

午後7時から、大阪・中之島のフェルティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第528回定期演奏会を聴く。今回の指揮者はシャルル・デュトワ。現在、NHK交響楽団の名誉音楽監督の称号を得ているが、例の騒動によって恒例になっていたNHK交響楽団の12月定期への出演などが流れ、結果として大フィルへの客演が実現したのだと思われる。

シャルル・デュトワは1936年生まれ。ズービン・メータやエリアフ・インバルと同い年となり、この年は指揮者の当たり年のようだ。小澤征爾は1935年生まれで1つ年上、ネーメ・ヤルヴィが1937年生まれで1つ年下という世代である。
スイス・フランス語圏のローザンヌで生まれ育ち、生地とジュネーヴの音楽院でアンセルメらに学ぶ。タングルウッド音楽祭ではシャルル・ミュンシュにも師事している。1964年にベルン交響楽団を指揮してデビュー。ヘルベルト・フォン・カラヤンに認められ、ウィーン国立歌劇場のバレエ専属指揮者に指名されるが、コンサート指揮者になりたいという希望があったため断っている。
1970年に読売日本交響楽団を指揮して日本デビュー。会場は当時のフェスティバルホールであり、聴衆からも楽団員からも極めて高い評価を受けている。
1977年にモントリオール交響楽団の音楽監督に就任。当初はさほど期待されていなかったようだが、瞬く間に同交響楽団を世界レベルにまで押し上げて関係者をあっといわせる。1996年にNHK交響楽団の常任指揮者に就任。1998年には初代音楽監督に昇進し、2003年まで務めている。1991年から2001年まではフランス国立管弦楽団の音楽監督も兼務し、北米、アジア、ヨーロッパの三大陸にポストを持つなど多忙を極めた。1996年のゴールデンウィークにフランス国立管弦楽団を率いてサントリーホールで公演を行っているが、それが私にとって初の来日オーケストラに接する機会となった。

 

演目は、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲、ベルリオーズの幻想交響曲。デュトワの十八番を並べたプログラムとなっている。
デュトワ指揮の「ダフニスとクロエ」は、NHK交響楽団の定期演奏会で全曲を聴いている。上演中に震度3の地震が起こったことでも思い出深い演奏会である。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。第2ヴァイオリンは今日も客演を含めて全員女性奏者となっている。

 

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。フェルティバルホールという大型の空間であるため、祝祭的な爆発感は感じにくかったが、音の色彩感と縁取りの鮮やかさが見事な演奏である。

 

ラヴィルの「ダフニスとクロエ」第2組曲は、今日一番の出来と思えるハイレベルな演奏。上品だが痛切な音が奏でられ、音楽というものが確実に皮膚から染みこんでくる。
私にとって音楽はなくてはならないものだと確認出来ると同時に、世界にとって必要なものであると確信することが出来た。
「ダフニスとクロエ」第2組曲はオーケストラだけの演奏でも可能だが、今回は合唱入りでの演奏。大阪フィルハーモニー合唱団が美しい声を届ける。
「全員の踊り」のラストの高揚感も流石であった。

 

メインであるベルリオーズの幻想交響曲。基本的にデュトワの演奏はエスプリ・クルトワ路線であり、エスプリ・ゴーロワではない。ということでおどろおどろしさや狂的な要素を表に出すことは余りない(1階席20列45番という席で、直接音が余り届かなかったということもそう感じさせる要因だろうが)が、音に宿るドラマと生命力の表出は見事。フランス音楽のスペシャリストとしての全世界に名を轟かせたデュトワの実力は並みではない。

客席は最初の「ローマの謝肉祭」演奏終了後から爆発的に盛り上がり、「ダフニスとクロエ」第2組曲演奏終了後は、客席が明るくなっても拍手が鳴り続けてデュトワが再登場。幻想交響曲演奏終了後も「ブラボー!」が各所から聞こえ、最後はデュトワがお馴染みとなった「バイバイ」の仕草を行って、演奏会はお開きとなった。

 

5月24日

今日も午後7時からフェスティバルホールでシャルル・デュトワ指揮の大阪フィルハーモニー管弦楽団の第528回定期演奏会を聴く。

今日も1階20列目だが、52番という右端の席。すぐそこが壁であり、反射が良いので音の輪郭がクッキリと聞こえる。そのため、音の迫力がわかり、序曲「ローマの謝肉祭」の狂騒がよりはっきりと把握出来る。一方で、「ダフニスとクロエ」第2組曲では音がはっきりしてるため、昨日に比べると神秘的な雰囲気は感じにくいかも知れない。全てが理想的な席というのはなかなかないものである。

幻想交響曲では、デュトワはアゴーギクを多用。即興性もあり、いつものデュトワとはちょっと違う演奏である。音にはステージの底から沸き起こってくるような迫力があり、昨日感じた蒸留水的な美しさとは少し異なる印象を受けた。今日の演奏の方が私の好みに合っている。

今日は演奏終了後にバンダの鐘奏者を紹介したデュトワ。第2ヴァイオリンの女性奏者が感激の表情を浮かべており、大フィル初登場は大成功であった。

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2019年3月24日 (日)

コンサートの記(535) 矢崎彦太郎指揮 大阪交響楽団第180回定期演奏会

2013年10月18日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで大阪交響楽団の第180回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はフランスものの日本におけるスペシャリスト矢崎彦太郎。

オール・ドビュッシー・プログラム。「牧神の午後への前奏曲」、「ピアノと管弦楽のための幻想曲」(ピアノ独奏:児玉麻里)、バレエ音楽「遊戯」、交響詩「海」~3つの交響的スケッチ、という演目。「牧神の午後への前奏曲」、交響詩「海」以外は滅多に演奏されない曲である。楽譜は「牧神の午後への前奏曲」がジョベール版、他の3曲はデュラン新全集版を使用している。

今日は3階ステージ上手上方の席。補助席で、一つ前の普通の席は1000円高いはずだが、誰も座っていない。
在阪4つのプロオーケストラの中で、唯一自前の練習所を持っていない大阪交響楽団。本拠地は大阪府堺市であるが、元々私営の楽団だけあって、堺市からの補助も受けにくいのであろう。練習会場は演奏会毎に異なり、演劇でいう稽古場ジプシーのような状態だという。

「牧神の午後への前奏曲」。指揮者の矢崎はこの曲だけノンタクトで振った。あっさりした音を持つ大阪交響楽団であるが、矢崎が指揮すると洒落っ気のある音色に変わる。ハーモニーの作り方も美しく、いかにもドビュッシーらしい、たおやかな演奏になった。
「ピアノと管弦楽のための幻想曲」。この曲は「ドビュッシー管弦楽曲全集」のCDにも入っていないことが多い珍しいもの。ピアノの児玉麻里は同じくピアニストの児玉桃の実姉であり、日系アメリカ人の指揮者であるケント・ナガノ夫人でもある。
背中の大きく開いた、オレンジのロングドレスで登場した児玉麻里は、それこそ真珠を転がすような、まろやかで輝かしいピアノを奏でる。矢崎指揮の大阪響もエスプリに富んだ伴奏を聴かせる。


後半。バレエ音楽「遊戯」。CDにはよく収録されている曲だが、実演で聴く機会は稀である。和声の築き方がドビュッシーならではであり、響きの美しさを楽しむ曲である。メロディーなどは特に印象に残るものはなく、そこが演奏会のプログラムに余り載らない理由であろう。矢崎と大阪響は神秘的且つ美的なハーモニーを構築していた。

メインの交響詩「海」~3つの交響的素描。標題交響曲と呼んでも差し支えない構造を持つ作品であるが、ドビュッシーはこの曲を敢えて交響曲とは名付けなかった。矢崎は弦には繊細なエスプリ・クルトワを求める一方で管には思いっ切り吹くというエスプリ・ゴーロワを要求。パリ在住が長い矢崎ならではの解釈である。だからといって野放図に強く吹かせる訳ではなく、音のバランス感覚にも長けている。
個性がないのが個性ともいうべき大阪交響楽団であるが、今日の演奏会では矢崎の求めるフランス的な色彩に的確に反応していた。「海」も緩急強弱ともに自在の演奏であり、優れた出来を示す。

演奏終了後、矢崎はオーケストラメンバーを立たせようとするが、大阪響のメンバーは矢崎に敬意を表して立とうとしない。矢崎一人が拍手を受ける。
矢崎は再びオーケストラメンバーを立たせようとするが、楽団員はまだ拍手を送り続けているので、コンサートマスターの手を取って立たせ、ここでようやく楽団員全員が立ち上がって、客席からの喝采を受けた。

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