これまでに観た映画より(369) 齊藤工監督 伊藤沙莉主演 ショートムービー「女優iの憂鬱 COMPLY+-ANCE」
2024年12月13日
ショートムービー「女優iの憂鬱 COMPLY+-ANCE」を観る。齊藤工監督作品。主演:伊藤沙莉。出演:戸塚純貴、斉藤工(監督としては「齊藤工」表記で、俳優としては「斉藤工」表記)、平子祐希(アルコ&ピース)、大水洋介(ラバーガール)。
最初の方のテロップが読みにくいのだが、コロナ禍でのコンプライアンスを題材にしたブラックコメディ作品である。上映時間16分。コメディはコメディなのだが、ディストピアや「警察国家」という言葉も浮かぶような作品になっている。2021年の作品。以前に齊藤工が撮ったフィルムのリメイクとなるようだ。
伊藤沙莉が伊藤沙莉本人役で主演。後に「虎に翼」で共演することになる戸塚純貴が伊藤沙莉のマネージャー役で出演している。斉藤工本人は取材クルーのカメラマン(スマホで撮影)兼音声兼提案係として出演している。
「これは、ある人物の実体験を基にしています」という字幕が出るが、本当なのかどうかは分からない。あったとしても誇張されてはいるだろう。
架空の映画に主演することになった伊藤沙莉が、事前に何の予告もなく番宣用のインタビューを撮影するために喫茶店で呼ばれるという内容。伊藤は喫茶店に着いてから今から何をするのか知らされるという設定である。この時、インタビュアーとなるスタッフ側は伊藤に挨拶をしていない。
驚くのは、台本があってその通りに演じているはずなのに、本当に素の伊藤沙莉がインタビューを受けているようにしか見えないということである。インタビューを演じるという設定自体はそれほど珍しいものではなく、それこそ韓国映画に「インタビュー」という作品(シム・ウナ主演)があるほどだが、多くはインタビューを受ける演技をしているように見える。自然な感じはなかなか出ない。日本でも1990年代にフジテレビ系の深夜枠で「Dの遺伝子」というドラマとドキュメンタリーを合わせたような実験的な番組が作られており、インタビューを受けている人という設定の俳優の演技が見られたが、それらもいかにも「芝居」という感じであった。それらに比べると伊藤沙莉のインタビューシーンは本当に伊藤沙莉が伊藤沙莉の言葉で語っているように錯覚させられる出来である。当たり前のようにやっている風に見えるが(手の動きを入れるなど実際はかなり細かいが)、こういう演技はなかなか出来ないはずで、伊藤沙莉の凄さが分かる。
コロナ禍ということで、上映時間の半分ぐらいまではマスクをしている伊藤だが、そのため却って目の演技がよく分かる。最初は戸惑いのまなざしをしており、その後、目が笑う瞬間が何度かあるのだが、愛想笑いと、スタッフの提案に引いたのを誤魔化す笑いと、心からの笑いに差を付けて演じている。
伊藤沙莉は、憑依型ではなく、その場で計算して方程式を解くように演じるタイプだと思われる(実際の暗算はかなり苦手らしいが)。
ドラマ&映画オタクで好きな作品を何度も観て(「擦(こす)る」と表現している)セリフを覚えるのが好き。アルバイトも女優の仕事に生かせるように人間観察の出来る接客業に絞って行っていたという人なので、頭の中に様々な人間像の膨大なストックがあって、そこから引き出しているのだと思われるのだが、このタイプの俳優の演技は「盗める」というと言葉が悪いが、「学べる」ので若い俳優志望の人は大いに参考にして貰いたい。逆に言うと憑依型タイプの人の真似はしてはいけないということでもある。
インタビュースタッフの言動は滅茶苦茶で、伊藤がこれから読むという紙の台本にアルコールスプレーを掛けてびしょ濡れにしてしまったり、伊藤の発言を「コンプライアンス的に問題がある」としてことごとく退け、勝手に提案した言葉を伊藤に言わせたりする。どのコンプライアンスに反するのかは字幕で示される。
最初は大人しく従っていた伊藤だが、その後、コロナ以外のコンプライアンスの話になり(「児童に夢を与えないことは言ってはならない」)、遂には下ネタの話になって(伊藤本人のInstagramに実際に載っている写真が「変態に見える」と問題視する)、明らかに見下された伊藤がぶち切れるという内容である。スタッフは「伊藤さんが好き」と話しているが、伊藤独特の声も把握しておらず、声が普通ではないので体調不良なのではと聞くなど、やっつけで仕事を行っていることが分かる。
伊藤がスタッフに不満をぶつけるようになってからは、スタッフ、特にディレクター役の平子祐希が「勿論」を繰り返して、伊藤に「勿論も多いし」と言われるシーンがあるのだが、「勿論」は実は伊藤の口癖の一つである。たまたまなのか、それとも伊藤と共演の多い斉藤工がそれに気付いて敢えて用いているのかは分からない。
そして完成品は加工が施されて、目も当てられない出来になってしまっている。これも笑えるようになっているが、その裏に「表現者の自殺」のような不気味さが感じられる。完成品に映る伊藤沙莉は長所が完全に削られ、極言すると人間扱いされていない。
これほど短い時間の中に伊藤の魅力を詰め込んだ齊藤工の技量も確かで、多くの人に観て貰いたいフィルムである。
最近のコメント