カテゴリー「香港映画」の19件の記事

2022年10月 2日 (日)

これまでに観た映画より(312) ウォン・カーウァイ4K 「恋する惑星」

2022年9月21日 京都シネマにて

京都シネマで、ウォン・カーウァイ4K「恋する惑星」を観る。1994年の制作、日本では1995年の初夏にロードショー公開され、何度も書いているが、私は今はなき銀座テアトル西友で5回観ており、同一の映画館で何度も観た映画の自己最多記録となっている。それまでは、カンフー映画か「チャイニーズゴーストストーリー」やキョンシーなどのホーラーというイメージだった香港映画のイメージを一作で変えた画期的な作品であった。
その後もBSやDVD、アップリンク京都での上映などを経て、今日でスクリーンで観るのは7回目となって、自己単独2位の記録となった。私の個人記録などはどうでもいい訳であるが。

脚本・監督:ウォン・カーウァイ(王家衛)、撮影監督:クリストファー・ドイル(杜可風)。出演は、トニー・レオン、フェイ・ウォン、ブリジット・リン、金城武、チャウ・カーリン(ヴァレリー・チョウ)ほか。

金城武演じる刑事とブリジット・リン演じる麻薬の運び屋の一瞬の恋と、トニー・レオン演じる警官とフェイ・ウォン演じる軽食店の店員の未来を感じさせる恋の二通りの恋愛が描かれたオムニバス。本来はここに殺し屋とエージェントの恋が加わるはずだったが、2つの話で映画1本分の長さに達したため独立した映画とし、これが「天使の涙」となっている。セリフは広東語ベースだが、金城武のセリフには北京語、広東語、英語、日本語が用いられており、モノローグには北京語が使用されている。

原題は「重慶森林」で、香港で最も治安が悪いとされる重慶マンション(重慶ビルディング)と、村上春樹の小説『ノルウェイの森』に由来するタイトルとなっている。「重慶森林」こと「恋する惑星」は、作り方も村上春樹の『風の歌を聴け』などの影響を受けており、朝にウォン・カーウァイ監督が書いた短い台本を俳優が貰って撮影、ただし順撮りではないので、俳優は今がなんのシーンでどう繋がるのか分からないままであった。村上春樹の『風の歌を聴け』も、断片を書いて後で編集するというスタイルで書かれており、技法も真似た上での「重慶森林」というタイトルなのかも知れない。

金城武の役名の「モウ」については、これまでは「某」由来なのではないかと思ってきたが、今回見直してみて、名乗るシーンがありそこでは北京語で「Wu」と発音しているのが確認出来た。「Wu」というのは「武」という字の北京語の発音であり、金城武のファーストネームを役名として採用したようである。

返還前の混沌とした香港の姿もよく捉えられており、疾走感溢れるクリストファー・ドイルのカメラワークも相まって、極めてパワフルな映像が生まれている。


今回の4Kレストアでは、本来無音の演出が行われていた箇所に音楽が挿入され、またエンドロールが新しくなっている。個人的には無音の演出がなくなったのは残念であった。

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2022年9月 6日 (火)

これまでに観た映画より(309) ウォン・カーウァイ4K「花様年華」

2022年9月1日

京都シネマで、ウォン・カーウァイ4K「花様年華」を観る。2000年の作品。脚本・監督・製作:ウォン・カーウァイ(王家衛)、撮影:クリストファー・ドイル(杜可風)&リー・ピンピン。挿入曲「夢二のテーマ」の作曲は梅林茂(沢田研二主演、鈴木清順監督の映画「夢二」より)。出演:トニー・レオン、マギー・チャン、レベッカ・パン、ライ・チン、声の出演:ポーリン・スン&ロイ・チョン。全編に渡って広東語が用いられている。

1962年から1966年までの香港と、シンガポール、カンボジアのアンコールワットなどを舞台に繰り広げられる抑制の効いた官能的な作品である。私は、ロードショー時には目にしていないが、一昨年にアップリンク京都で上映されたものを観ている。その時に書いた感想、更にはそれ以前にDVDで観た時の感想も残って、新たに付け加えることはないかも知れないが、一応、書いておく。

1962年。新聞記者のチャウ・モーワン(トニー・レオン)は、借りようとしていた部屋を先に借りた人がいることを知る。社長秘書を務める既婚のスエン夫人(マギー・チャン)である。しかし、その隣の部屋も空いたというので、その部屋を確保するチャウ。二人は同じ日に引っ越すことになる。屋台に向かう途中で、二人はすれ違うようになり、惹かれていく。だが二人とも既婚者であり、「一線を越えない」ことを誓っていた。一方で、チャウの妻とスエンの夫が不倫関係になっていたが判明する(チャウの妻とスエンの夫は後ろ向きだったりするなどして顔は見えない)……。

シンガポールに渡ったチャウ。チャウはスエンに、「一緒に行ってくれないか」と、「2046」における木村拓哉のようなセリフを話す。

ちなみにチャウが宿泊して、スエン夫人と共に執筆の仕事をしている香港ホテルの部屋のナンバーは「2046」で、この時にすでに「2046」の構想が練られていたのだと思われる。

共に結婚していたが、チャウはシンガポールに渡る際に奥さんと別れたようであり、またスエン夫人が、シンガポールのチャウの部屋に勝手に上がり込む(ウォン・カーウァイ作品のトレードマークのように頻用される場面である)際に、手がクローズアップされるのだが、薬指に指輪がない。ということでシンガポールに来る前にスエン夫人は旦那と別れた可能性が高く、その際に情事があったのだと思われる(映像には何も映っていないがそう考えるのが適当である)。

こうした、本来なら明示することを隠すことで、匂い立つような色香が全編に渡って漂うことになった。けだし名作である。

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2022年9月 4日 (日)

これまでに観た映画より(308) ウォン・カーウァイ4K「2046」

2022年8月30日 京都シネマにて

京都シネマで、ウォン・カーウァイ4K「2046」を観る。2004年に公開された映画で、日本では木村拓哉が出演したことで話題になった。それ以外にも香港のトップシンガーであったフェイ・ウォンが「恋する惑星」に続いてウォン・カーウァイ作品に出演し、「恋する惑星」同様にトニー・レオンと共演している。更には80年代の中国のトップ映画女優で、日本では「中国の山口百恵」とも呼ばれて人気であったコン・リーと、90年代以降の中国のトップ女優となったチャン・ツィイーが、共演のシーンこそないものの、同じ映画に出ているという、かなり豪華なキャスティングである。脚本・監督:ウォン・カーウァイ(王家衛)、撮影監督:クリストファー・ドイル(杜可風)。出演:トニー・レオン、木村拓哉、コン・リー(巩俐)、フェイ・ウォン(王菲)、チャン・ツィイー(章子怡)、カリーナ・ラウ、チャン・チェンほか。特別出演:マギー・チャン。音楽:ペール・ラーベン&梅林茂。

セリフは、トニー・レオンが広東語、コン・リーとチャン・ツィイーが北京語、北京出身で香港で活躍していたフェイ・ウォンが北京語と広東語、更には日本語(フェイ・ウォンは日本の連続テレビドラマに主演したことがある)、木村拓哉が日本語である。

ウォン・カーウァイ監督は、「2046という数字に大した意味はない」とも発言していたように記憶しているが、2046年は、香港の一国二制度(一国両制)が終わる年である。それを裏付けるように、木村拓哉が冒頭と中盤で「997」という、香港返還の1997年に掛かる数をカウントしている。2016年に行われたウォン・カーウァイ監督へのインタビューでは、この一国二制度のことが語られているようだ。

舞台は、1966年から1969年までの香港のクリスマス期間と、2046という未来の場所である。そして2046はトニー・レオン演じるチャウ・モーワンが住もうとしたアパートメントの番号であり、同時にチャウが書いている小説のタイトルでもある。二つの世界を行き来するということで、私は、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を連想したのだが、ウォン監督のイメージでは、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が念頭にあり、その他に太宰治の『斜陽』などからも着想を得たそうだ。

以前にDVDを観て書いた感想があり、大筋での感想はそれとは大差ないのだが、「花様年華」ではラブシーンが一切ないのに比べ(撮影はされたようだがカットされた)、続編とも考えられるこの映画ではかなり積極的にセクシャルなシーンが用いられているというのが最大の違いであると思われる。その点において、この映画が「花様年華」の完全な続編ではないということが見て取れ、「花様年華」の異様さといってはなんだが、特異性がより際立って見えることになる。

2046は香港の一国二制度が終わる年であることは先に書いたが、そうした「境」を越える者と越えられない者の対比が描かれていると見ることも出来る。フェイ・ウォン演じるワン・ジンウェンは、木村拓哉演じる日本人のタク(本名は不明)と恋仲であり、いつか日本に行くために日本語の練習をしている。実際にこの二人は国境という具体的な境を越えて日本へと向かうことになる。
一方で、境を越えられず、かつての恋人であるスー・リーチェン(マギー・チャン)との思い出から離れようと複数の女性と関係を持ちながら抜け出せない、変われない男の姿をチャウ・モーワンに見いだすことになる。この作品にも「天使の涙」のような二項対立の構図を見出すことが出来る。

 

現実の時の流れはフィクションよりも速い。今や一国二制度は形骸化しつつあり、中国本土と香港の対立は前例を見ないほど激しいものになりつつある。私の思い描いた「2046」の香港のイメージはあくまでイメージに過ぎないのだと思い知らされるのは、想像よりも遥かに早かった。

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2022年9月 3日 (土)

これまでに観た映画より(307) ウォン・カーウァイ4K「天使の涙」

2022年8月29日 京都シネマにて

京都シネマで、ウォン・カーウァイ4K「天使の涙」を観る。ウォン・カーウァイ作品の4Kレストアの上映であるが、京都シネマでは2Kで上映される。

「天使の涙(原題:堕落天使)」は、日本では1996年にロードショーとなった作品で、私は渋谷のスペイン坂上にあったシネマライズという映画館で3度観ている。元々は、「恋する惑星(原題:重慶森林)」の第3部となるはずだった殺し屋の話が基である。「恋する惑星」は、金城武とブリジット・リン、フェイ・ウォンとトニー・レオンという2組のカップルのオムニバスで、この2つの話で映画1本分の長さとなったため、レオン・ライとミシェル・リーによる殺し屋とそのエージェントの話を独立させ、金城武演じる「5歳の時に賞味期限の切れたパイナップルを食べたのが原因で」口の利けなくなったお尋ね者の話を加えて新たな映画としたのが「天使の涙」である。そのため、「恋する惑星」と同じ要素が劇中にいくつか登場する。

監督・脚本:ウォン・カーウァイ(王家衛)、撮影監督:クリストファー・ドイル(杜可風)。出演:レオン・ライ、ミシェル・リー、金城武、チャーリー・ヤン、カレン・モク、チャン・マンルイ、チャン・ファイフン、斎藤徹ほか。

「恋する惑星」は、村上春樹の小説『ノルウェイの森』に影響を受けた映画で、原題の「重慶森林」は、香港で最も治安が悪いとされた「重慶(チョンキン)マンションの森」という意味であり、『ノルウェイの森』へのオマージュとしてタイトル以外にも、台詞回しなどを真似ている。実際、90年代半ばには村上春樹の小説の登場人物のような話し方をする若者が香港に現れており、「ハルキ族」と呼ばれていた。

「天使の涙」でも、台詞回しやナレーションは村上春樹風のものが採用されている。言語は基本的に広東語ベースだが、金城武のナレーションだけは北京語が用いられており、また斎藤徹によって日本語が話される場面がある。

「恋する惑星」が、『ノルウェイの森』のポップな面を掬い取ったのだとすると、「天使の涙」はよりシリアスな「孤独」というテーマをモチーフにしている。主要登場人物達は皆、怖ろしいほどに孤独である。

殺し屋の男とそのエージェントの女の話。殺し屋(レオン・ライ)は、「依頼を受けるだけでいい」というそれだけの理由で殺し屋を選んだ。本来は、殺し屋とそのエージェント(ミシェル・リー)が会うのは御法度のようなのであるが、二人は会っている。最初に会った日の場面がファーストカットなのだが、エージェントを演じるミシェル・リーが手にした煙草が震えている。そして二人の会話は全く弾まないどころか、ほとんど何も語られない。殺し屋の方は生まれつき無口な性格のようだが、エージェントの女は極度に社会性を欠いており、気のある男の前だと何も話せなくなってしまうようだ。そうした性格ゆえ、人と余り接しなくてすむ殺し屋のエージェントを職業として選んだようである。「恋する惑星」のフェイ・ウォン演じる女性が、トニー・レオン演じる警官のアパートに勝手に忍び込んで模様替えをしてしまうという設定は比較的知られているが、「天使の涙」でもミシェル・リー演じるエージェントの女は、レオン・ライ演じる殺し屋のアパート(ノルウェーならぬ、「第一フィンランド館(芬蘭館)」という名前である)に留守中に上がり込み、勝手に掃除し、ゴミを漁るという行動に出ている。ゴミの中から名前を見つけた殺し屋行きつけのバーに通い、自宅では殺し屋のことを思いながら自慰にふける(この自慰の場面は、映画史上においてかなり有名である)。だが、性格から勘案するに、エージェントの女が男性経験を有しているのかどうか微妙である。あの性格では男とベッドにたどり着くこと自体が困難なように思える。異性の誰とも真に心を通わすことの出来ない女である。

一方、殺し屋の方にも孤独な影を持つ女性が訪れる。カレン・モク演じるオレンジの髪の女で、マクドナルドで一人で食事をしていた殺し屋の隣の席に座ってきたのだ。ちなみにマクドナルドの店内には、殺し屋とオレンジの髪の女以外、誰もいなかった。
二人でオレンジの髪の女のアパートに向かうが、最終的には男女の関係にはならない。

「5歳の時に賞味期限切れのパイナップルを食べ過ぎて口が利けなくなった」男、モウ(何志武。演じるのは金城武)は、口が利けないので友達も出来ず、就職も不可能。というわけで、夜間に他の人が経営している店をこじ開けて勝手に商売をしている。この映画では金城武はセリフは一切用いない演技を求められ、内面の声がアフレコのナレーションで語られる。暴力に訴える野蛮な男だが、仕事中に、金髪アレンという女に裏切られたヤンという女(チャーリー・ヤン)と出会う。モウとヤンは、金髪アレンの家を二人で探し、その過程で互いに寄り添い合うようにもなるのだが、二人の間が一定以上に縮まることはない。

この映画の結末は二つに分かれる。永遠にすれ違うことになった者達と、一瞬ではあっても心を通い合わせることの出来た二人である。前者は余りにも切ないし、後者はたまらなく愛しい。生きることの悲しさと愛おしさの両方を感じさせてくれる映画であり、返還前の活気のある香港と、そこで生み出されたお洒落にして猥雑でパワフルで無国籍的且つ胸に染みるストーリーを味わうことの出来る一本である。

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これまでに観た映画より(180) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「天使の涙(堕落天使)」

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2022年8月11日 (木)

これまでに観た映画より(305) 「BLUE ISLAND 憂鬱之島」

2022年8月2日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「BLUE ISLAND 憂鬱之島」を観る。自由と民主を求める香港を舞台に、文化大革命、六七暴動、天安門事件によって香港へと亡命した人々や、香港を題材に撮影されているドラマなどを追ったドキュメンタリー。
監督・編集:チャン・ジーウン。香港と日本の合作で、プロデューサーは香港からピーター・ヤム、アンドリュー・チョイ、日本からは小林三四郎と馬奈木厳太郞が名を連ねている。映画制作のための資金が足りないため、クラウドファンディングにより完成に漕ぎ着けた。

「香港を解放せよ」「時代を革命(時代革命)せよ」というデモの声で始まる。
そして1973年を舞台としたドラマの場面。一組の若い男女が山を越え、海へと入る。文化大革命に反発し、香港まで泳いで亡命しようというのだ。この二人は実在の人物で、現在の彼ら夫婦の姿も映し出される。旦那の方は老人になった今でも香港の海で泳いでいることが分かる。

1989年6月4日に北京で起こった第二次天安門事件。中国本土ではなかったことにされている事件だが、当時、北京で学生運動に参加しており、中国共産党が学生達を虐殺したのを目の当たりにして香港へと渡り、弁護士をしている男性が登場する。本土ではなかったことにされている事件だが、香港では翌年から毎年6月4日に追悼集会が行われていた。それが2021年に禁止されることになる。男性は時代革命で逮捕された活動家や市民の弁護も行っているようだ。

六七暴動というのは日本では知られていないが、毛沢東主義に感化された香港の左派青年達が、イギリスの香港支配に反発し、中国人としてのナショナリズム高揚のためにテロを起こすなどして逮捕された事件である。
劇中で制作されている映画の中では、当時の若者が「自分は中国人だ」というアイデンティティを語る場面が出てくるが、その若者を演じる現代の香港の青年は、「そういう風には絶対に言えない」と語り、自らが「香港人である」という誇りを抱いている様子が見て取れる。1997年の返還後に生まれた青年であり、小学校時代には、「自分達は中国人」という教育を受けたようだが、今は中国本土からは完全に心が離れてしまっているようである。皮肉なことに現在は六七暴動とは真逆のメンタリティが香港の若者の心を捉えている。

青年達は、中国共産党の独裁打倒と中国の民主化を求めている。

だが中国共産党と香港政府からの弾圧は激しく、この作品に出演している多くの市民が逮捕され、あるいは判決を待ち、あるいは亡命して香港を離れている。

ラストシーンは、彼ら彼女らが受けた判決が当人の顔と共に映し出される。多くは重罪である。治安維持法下の日本で起こったことが、今、香港で起こっているようだ。歴史は繰り返すのか。

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2022年1月25日 (火)

これまでに観た映画より(272) ドキュメンタリー映画「我が心の香港 映画監督アン・ホイ」

2022年1月6日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「我が心の香港 映画監督アン・ホイ」を観る。「女人、四十。」などで知られる、香港を代表する女性映画監督、アン・ホイ(許鞍華)を追ったドキュメンタリーである。監督:マン・リムチョン(文念中)。音楽:大友良英。
話される言葉は広東語がメインだが、北京語の比重も軽くはなく、また英語も時折混じる。
映画監督のツイ・ハーク、候孝賢、俳優のアンディ・ラウなど、日本でもお馴染みの中華圏の映画人が多数、アン・ホイの関する証言を行っているのも見所の一つである。

香港映画というと、世代によってイメージが大きく異なることで知られる。比較的年配の方に多く、全世代を通じて人気があるのがカンフーアクションで、私が小学生だった1980年代にはジャッキー・チェン(成龍)が大人気であった。それより少し下ると、「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」やキョンシーシリーズなどの怪奇路線が人気を博し、「男達の挽歌」などの任侠ものの時代を経てチャウ・シンチー(周馳星)らによるコメディーアクションが人気となる。
香港映画のイメージをガラリと変えたのが、王家衛(ウォン・カーウァイ)で、「恋する惑星」や「天使の涙」で、お洒落でポップにしてエスニックという作風は全世界を席巻した。
アン・ホイ自身は、「香港ニューウェーブ」と呼ばれた世代に属しており、ジャンルとしては上記のいずれにも属さないヒューマンドラマを得意としている。

アン・ホイ(許鞍華)は1947年生まれ。父親は中国人で、当時の父親の職場があった中国遼寧省鞍山で生まれている。漢字名に「鞍」の字が入るのはそのためである。その後、父親の転勤に伴い、マカオ、そして香港へと移り住んでいる。
生まれた1947年は、第二次大戦終結後まもなくで、中華人民共和国建国以前である。子どもの頃は当時の反日教育を受けて(日本は香港を占領したことがある)、「いつか(戦時中の)復讐をしてやる」と思っていたほど日本と日本人が大嫌いだったそうだが、16歳の時に実母が日本人であることを知る。母親は当時日本が傀儡政権を置き、移民を進めていた満州で過ごしており、ソビエト参戦の混乱中にアン・ホイの父親と出会うことになった。アン・ホイは今も母親と一緒に暮らしている。

アン・ホイは、子どもの頃から感受性豊かにして学業優秀だったようで、香港大学に進み、文学と英語を学ぶ。勉強熱心な学生だったそうだが、当時の香港大学ではいわゆる「ガリ勉」タイプは嫌われており、アン・ホイも下級生の頃は上級生からいじめを受けて毎晩泣いていたそうだ。父親には文芸の才があったようで、アン・ホイも自然に文学好きとなり、漢詩などを暗唱する習慣もあったようだ。

香港大学卒業後はイギリスに渡り、ロンドンの映画学校に学ぶ。帰国後は映画監督キン・フーに師事。キン・フーの勧めもあってテレビ局のTVBで仕事をするようになる。アン・ホイは当初はテレビ局での仕事を嫌がっていたようだが、中国各地の伝統文化を丹念に取材する番組を作った経験などから、伝統を大切にする姿勢を学んだようである。

文学解釈などを得意とするアン・ホイであるが、映画監督としては珍しく、脚本を一切書かないという姿勢を貫いている。共作も含めて一度も手掛けたことはないそうだ。その理由についてアン・ホイは、「書けなかった時のショックが怖いから」としている。脚本は信頼出来る書き手に全て任せ、自身は演出に徹する。

で、あるにも関わらず、彼女の作品の多くに自己像が反映されていることが強く感じられる。自分で執筆しないだけで、アイデア自体は脚本家に色々と伝えているのかも知れない。

またアン・ホイは、ヘビースモーカーとしても有名で、この映画でも煙草を吸いながら話すシーンが多い。
東アジアの中では、日本は比較的女性喫煙者が多いが、中華圏や韓国では煙草を吸う女性は極端に少なく、吸うのは売春婦や悪女と相場が決まっているようである。アン・ホイは激しやすく落ち込みやすいという性格であることが見ていて分かるため、煙草を吸うことでストレスを発散し、感情を意図的に鈍磨させているのかも知れない。詳しい理由は知りようがないが。

照れ屋であるアン・ホイは、「何故映画を作り続いているんですか?」という問いに、「金のため」と言い続けてきたようだが、香港での映画制作は決して金になる仕事ではないようで、名声は得ても生活が楽になったということはさほどないようである。
映画を作り続けている本当の理由は、「香港に貢献したいから」のようで、これまでは照れくさくて本当のことは言えなかったようである。

世代的にも人間的にも香港という街の特性を体現しているかのようなアン・ホイ監督。年齢的に映画を撮り続けるのは難しいと感じているようだが、今まさに史上最大レベルの激動の最中にある香港を彼女がどう受け止めており、作品に反映させるのか気になるところである。

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2021年8月21日 (土)

これまでに観た映画より(266) 「デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング」

2021年8月11日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング」を観る。
英語と広東語による作品。北京語は、中国共産党の幹部などの発言など、一部で使われているのみである。スー・ウィリアムズ監督作品。

21世紀初頭にデビューし、香港を代表する女性シンガーとなったデニス・ホー(何韻詩)。1977年、教師をしていた両親の下、香港に生まれるが、1989年に第二次天安門事件が発生したことで、「教師が弾圧される可能性は否定出来ない」と考えた両親と共にカナダのモントリオールに移住。そこで様々な音楽に触れることになる(モントリオールにある大学で音楽を学んだ作曲家のバート・バカラックが以前、「モントリオールはポピュラー音楽が盛んな街」と話していたのを読んだことがある)。中でもデニス・ホーの心を捉えたのは、当時、香港最大の歌姫として君臨していたアニタ・ムイである。

香港ポップス初の女性スターといわれるアニタ・ムイ(梅艶芳)。一時は、「香港の美空ひばり」に例えられたこともある。
自身で作詞と作曲も始めたデニスは、「アニタ・ムイに会いたい」という一心で一人香港に戻ってオーディション番組などに参加。見事、グランプリを獲得してデビューすることになる。最初の頃は「カナダから来た子」であり、金もないし仕事もないしと苦しみ、アニタ・ムイにも余り相手にして貰えなかったようだが、デニスは自らアニタに弟子入りを志願。アニタと共演するようになり、アニタとデニスは師弟関係を超えた盟友のような存在となる。香港に帰ってくるまでは政治には関心がなかったデニスだが、アニタが社会問題に関する発言が多いということで、香港を巡る様々な問題に真正面から取り組むことになる。

元々同性愛者だったデニスだが、LGBTが香港でも注目された2012年に、レズビアンであることをカミングアウト。これがむしろ共感を呼ぶことになる。

中国共産党による香港の締め付けが厳しくなり、 2014年に「逃亡犯条例」を香港政府が認めそうになった時には、自ら「雨傘運動」と呼ばれる若者達中心の抗議活動に参加。座り込みによる公務執行妨害で逮捕されたりもした。

香港はアジアにおける重要な貿易拠点であり、人口も約750万人と多いが、音楽的なマーケットとしては規模が小さい(ちなみに東京23区の人口は約960万人である)。小室哲哉が凋落する原因となったのも香港の音楽マーケットとしての弱さを知らずに進出したためだったが、規模の小ささは香港出身のアーティストとっても重要な問題で、すでに90年代には香港のトップスター達は北京語をマスターして、中国本土や台湾に活動の場を拡げていた(リトル・ジャッキーことジャッキー・チュンなどは簡単な日本語をマスターして日本でもコンサートを行い、また北京出身で、香港を拠点に北京語、広東語、英語を駆使して歌手活動を行っていたフェイ・ウォンは、日本人以外のアジア人として初めて日本武道館でのコンサートを、しかも2回行っている)。デニスも北京語歌唱のアルバムを発表し、中国の主要都市でコンサートも行うようになっていた。中国ではテレビコマーシャルにも出演。ギャラの9割以上は中国本土から受け取っていた。それが香港の民主主義体制維持活動によって逮捕されたことで、中国での仕事、そしてギャラも当然ながらなくなり、香港での活動も制限されることになる。今は中国本土に入ることも出来ないようだ。
だがその後もデニスは一国二制度(一国両制)と香港の自由を訴えるために世界各国に赴いている。パリやワシントンD.C.で、デニスは法治国家でなく基本的人権も守られない共産党中国の危険性を訴えており、立ち寄った外国のライブハウスで、メッセージ性の強い歌詞を持つ曲を歌い続けている。

そんなデニスであるが、やはり子供の頃から憧れ、長じてからは姉のように慕う存在となったアニタ・ムイをどこかで追いかけていることが伝わってくる。出会ったばかりの頃は、アニタの真似をしており、逮捕後初のコンサートでもアニタを思わせる衣装を纏ったデニス。子宮頸がんによって2013年に40歳というかなり若い年齢で他界したアニタ・ムイの意志を継いでいる部分は当然あるのだろう。今はアニタ・ムイを超えたという意識はあるようだが、40年という短い人生ではあったが香港の黄金期の象徴の一つであり続けたアニタ・ムイに対する敬慕の念が薄れることはないはずである。アニタ・ムイの音楽における後継者であるデニス・ホーが、アニタ・ムイの姿勢をも受け継いだように、デニス・ホーの曲が歌い継がれることで香港人の意志も変わっていくのか。現在進行形の事柄であるだけに見守る必要があるように思う。

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2020年10月 4日 (日)

これまでに観た映画より(214) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」@アップリンク京都 2020.9.30

2020年9月30日 烏丸姉小路・新風館地下のアップリンク京都にて

烏丸姉小路・新風館の地下にあるアップリンク京都で香港映画「花様年華」を観る。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品。主演:マギー・チャン、トニー・レオン。撮影:杜可風(クリストファー・ドイル)。2000年の制作。

この映画は映画館で観たことがなく、DVDで観ただけであるため初劇場体験となる。
ウォン・カーウァイ監督作品のうち、「欲望の翼(阿飛正伝)」、「花様年華」、「2046」は一繋ぎの作品となっているが、続編かというとそうでもない。
トニー・レオンは、「欲望の翼」にも出演しているのだが、ラストシーンで髪型などを整え、準備万端というところで映画が終わってしまうという不思議な使われ方をしている。

1962年の香港。秘書の仕事をしているチャン夫人(マギー・チャン)と新聞記者のチャウ(トニー・レオン)は同じ日に同じアパートの隣室に引っ越す。共に既婚者であるが、チャン夫人の夫は日本人貿易商の下で働いているということもあって出張でしょっちゅう家を空けており、チャウの奥さんは夜勤であるため、チャウと顔を合わせることがほとんどない(互いの結婚相手の顔は映ることはなく、後ろ向きで撮られている)。
奥さんが「仕事で帰りが遅くなる」と電話を掛けてきた日。チャウは奧さんの職場に迎えに行くが、仕事というのは嘘であることを知る。
次第に惹かれあうチャン夫人とチャウ。倫理観から互いに距離を置いていた二人だが、初めてレストランで食事をした日に、お互いのパートナーが不倫の関係にあるとの確信に到る。

かつて小説家志望だったが、一行も書けなかったため才能に見切りを付け、同じ書く仕事ということで新聞記者になったチャウだが、新聞の連載小説に挑むことになり、チャン夫人に校閲作業を頼むなどして二人の距離は更に縮まっていく。チャウは書斎代わりにホテルに部屋を借りる。ルームナンバーは「2046」。チャウはチャン夫人に「2046」号室にも来て欲しいと言うのだが……。

 

大人の恋愛を描いた秀作である。互いのパートナーが不倫の関係にあることに気付くなど、ドロドロ路線に進みがちな設定なのだが、感情をセリフではなく、梅林茂の「夢二のテーマ」で描くなど、抑制を利かせているため、却って匂うような色香が立ち込めるようになっている。
大人の恋愛と書いたが、マギー・チャンもトニー・レオンも撮影時は今の私よりも年下だったわけで、今となっては清潔に過ぎるようにも感じられる。ただ若い頃はこうした描写は本当に好きだった。

実際にはラブシーンが撮影されたが、最終的にはカットされており、二人の距離の絶妙さに繋がった。
ラブシーンがあるとしたら、その時間は限られるわけで、ラストで語られるチャン夫人の子どもというのはチャウとの間の子どもと見て間違いない。チャウの笑みからもわかるのだが、そうでないとその話を持ってくる意味もなくなってしまう。
ただ、不倫の意識はあり、チャウはカンボジアのアンコールワットの壁に秘密を封じ込めた。

直接的な性描写が少ないため、夢のようにおぼろな印象を見る者に与えており、尾を引くような記憶として残されていく。リアルでありながら浮遊感のある展開は、「恋する惑星」に繋がるものがあるが、実際に「恋する惑星」のエピソードの変奏ともいうべきシーンも登場する。

部屋のナンバー「2046」は、ウォン・カーウァイ監督の次回作のタイトルともなるわけだが、実は「2046」というのは香港と中国の一国二制度(一国両制)が終わる年である。「花様年華」にも香港の未来を心配して脱出する人々が登場するが、一国二制度は2046年よりも前に終わりそうであり、それを憂えている今の香港の若者達の姿にも繋がる。

ラストシーンは1966年という設定。悪夢のような文化大革命は、この年に始まっている。

 

映画を見終わり、新風館の外に出ると空気が肌寒い。今年初めてさやかに感じた秋であった。

 

これまでに観た映画より(178) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」

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2020年9月28日 (月)

これまでに観た映画より(213) ウォン・カーウァイ監督作品「恋する惑星」@アップリンク京都 2020.9.23

2020年9月23日 新風館地下のアップリンク京都にて

新風館の地下に出来たミニシアターのコンプレックス、アップリンク京都で、ウォン・カーウァイ(王家衞)監督の映画「恋する惑星」を観る。1994年の制作。日本では1995年に公開されており、私はロードショー時に今はなき銀座テアトル西友で5回観ている。一つの映画館で観た同じ映画としては自己最多だと思われる。その後、BSやDVDなどでも観ているが、現在、観ることが出来るのは多くの場面がカットされた国際版と呼ばれるものであり、カットされたがために意味が通じなくなっているところもある。

今日も国際版での上映。映画館におけるソーシャルディスタンスの基準が緩和されたため、両隣にもお客さんがいるというスタイルでの久々の映画鑑賞となった。

 

「恋する惑星」の原題は「重慶森林」という。テレビ雑誌などで舞台を「中国重慶市」と書かれていたことがあるが、これは当然ながら間違いで、「重慶森林」の「重慶」は都市の重慶ではなく、香港で最も治安が悪いといわれた重慶(チョンキン)マンションのことである。
ウォン・カーウァイも香港政府(当時はまだ返還前でイギリス領である)に重慶マンションでの撮影許可を得ようとしたのだが、断られたため、無許可でのゲリラ撮影が敢行されている。
「森林」と入っているのは、村上春樹の小説『ノルウェイの森』の影響である。ウォン・カーウァイ監督も村上春樹のファンであるが、当時の香港には村上春樹の小説の登場人物のような口調で話す若者が現れており、「ハルキ族」と呼ばれて話題になっていた。「恋する惑星」のセリフやモノローグにも「ハルキ族」的語りが取り入れられている。

出演:金城武、ブリジット・リン、フェイ・ウォン、トニー・レオンほか。台湾生まれで日本国籍の金城武、台湾出身のブリジット・リン、北京生まれのフェイ・ウォン(王菲)、香港の映画スターであるトニー・レオンなど、同じ中華圏ではあるが、異なった背景を持つキャストを起用し、セリフも広東語が中心だが、北京語、日本語、英語、そしてインドの地方の言葉まで飛び交うなど国際色に満ちている。撮影監督は、クリストファー・ドイル(中国名・杜可風)。主題歌は、フェイ・ウォンの「夢中人」(クランベリーズの「Dreams」の広東語バージョン)。

二部構成で、前半と後半では別のドラマが展開されるが、第二部の出演者が第一部にカメオ的に出演している。フェイ・ウォンが巨大な虎のぬいぐるみを買うシーンは第二部で生きてくる。

 

1994年から、CX系の深夜番組「アジアNビート」が始まっており(司会は売れる前のユースケ・サンタマリア)、関東と北海道ローカルではあったが、洋楽といえば欧米一辺倒だった時代に、韓国、中国、台湾、タイ、インドネシア、インドのポップスを紹介するという進取の気質が評価され、話題になっていた。深夜番組なので誰もが見ていたというわけではないのだが、「アジアNビート」では当然のことながら金城武やフェイ・ウォンは紹介されており、「恋する惑星」がヒットする下地は、少なくとも東京では出来上がっていたように思う。

 

当時、金城武がインタビューで語っていたが、「恋する惑星」はクランクイン時には台本が全く用意されていなかったそうである。撮影当日の朝にウォン・カーウァイ監督が短い台本を書いてきて、それを撮るということを繰り返したのだが、順撮りでは全くないため、金城武も「今、何を撮っているのか全く分からなかった」と話している。その後、完成した映画を観た金城武は、「こんな凄い映画を撮ってたのか!」と喫驚したそうである。
映画は順取りでない場合の方が多いと思われるが、場面をシャッフルして作品を作り上げるという技法は、村上春樹が処女作である『風の歌を聴け』で取り入れていた手法と同じである。どこまで意識していたのかはわからないが。

なお、金城武演じるモウがパイナップルを食べ続けるシーンがあるが、金城武の苦手な食べ物はパイナップルであり、ウォン・カーウァイ監督がそれを知った上での無茶ぶりを行ったようである。

 

前半は、刑事のモウ(金城武)が、5年間つき合っていた彼女のメイに振られたという話から始まる。ロードショー時には、メイが山口百恵に似ているという話があり、金城武演じるモウが、「三浦友和に似ていない僕は」とメイの心が離れつつあることを嘆くモノローグがあった。だが、国際版ではここはカットされている。
その後、メイに新しい彼氏が出来たことを悟ったモウが、階段を駆け上がりながら叫ぶシーンがある。今日の字幕では、「くそったれ! もうだめだ!」、銀座テアトル西友で観た時は、はっきりとは覚えていないが「もうだめだ!」という字幕だったように思うのだが、実はこのシーンで叫んでいるのは全く別の文言なのである。それは、「三浦友和! 我要杀了你!(三浦友和、ぶっ殺す!)」という剣呑なものであり、メイの新しい彼氏を三浦友和に見立てたジョークだったのだ。だが、国際版ではメイが山口百恵に似ているというモノローグがカットされているため、なぜ三浦友和がセリフに登場するのかわからなくなっており、字幕も別の言葉に置き換えられている。

銀座テアトル西友で観た時に、中国人か台湾人か、あるいは香港人かと思われる観客がこのシーンで笑っていたのだが、こちらはまだ大学の2年生になったばかりで北京語がそれほど出来ない頃だったため、「『もうだめだ!』の何が可笑しいんだろう?」と不思議であった。その後、北京語の勉強を進めて何を言っているのかわかるようになり、「ああ、そういうことだったのか」と合点がいった。BSで放送された時だったか、一度だけ「三浦友和のバカヤロー!」という字幕になっているのを見たことがある。

それは余談として、金城武演じる刑事とブリジット・リン演じる麻薬の売人の一瞬だけ繋がる心の描き方が、繊細かつ優しい。麻薬の売人と書いたことからも分かる通り、結構ブラックな展開であり、麻薬の売人が自分を裏切った白人の男に復讐するというスリリングな話でもあるのだが、そんな切迫した状況で突如訪れる日だまりのような瞬間が心に沁みる。

ちなみに前半は音楽も格好良く、私もオリジナル・サウンドトラックを購入したのだが(残念ながら映画本編とはアレンジ違いのものが多かった)、ライナーノーツによると作曲を担当したフランキー・チェンはラッシュフィルムなどを見せて貰えず、「好きに作曲しろ」と言われて不満かつ不安だったらしいが、いざ映画を見ると、あたかもそのシーンのための作曲されたかのように聞こえたため、驚いたそうである。

 

後半のフェイ・ウォンとトニー・レオンの話は、かなり不思議というかメルヘンのような展開になっている。寓話と捉えればピッタリくるだろう。
サラダなどの軽食の売店で働くフェイ(フェイ・ウォン)は、客である警官633号(トニー・レオン)と出会う。警官633号はスチュワーデス(という言葉が当時は一般的だった。演じるのはチャウ・カーリン)の彼女と別れたばかり。フェイは警官633号を一目見て気に入る。
その後、スチュワーデスの彼女が店に警官633号への手紙を託す。当たり前のように開封してみんなで回し読みする売店の店員達。手紙には部屋の鍵が入っていた。もういらないから警官633号に返すという意味である。
フェイは手紙のことを警官633号に話すが、警官633号は興味を持たない。そのためフェイは住所を教えてくれたら届けると申し出て警官633号の住所を知り、留守の間に忍び込んで警官633号の部屋の模様替えを勝手に始める。この時点でかなり変な展開だが、警官633号が鈍い男で、自分の部屋の様子が変わっていくのに気付かず、気付いたとしても独自の思考で処理してしまうため、誰かが忍び込んでいるという可能性すら思いつかない。フェイは店でいつもママス&パパスの「夢のカリフォルニア」を大音量で掛けているのだが、警官633号は自宅を訪ねてきた(というより本来は忍び込むはずが玄関で鉢合わせする)フェイが脚を攣ったというのでマッサージを行いながら「夢のカリフォルニア」を掛け、「前の彼女が好きだった曲」などと言う。実際はそのCDはフェイが持ち込んだもので、前の彼女とは何の関係もない。
ということですれ違いが続く。

「カリフォルニア」という言葉のすれ違いを経て、ラストは恋愛劇の王道のようなセリフへと向かっていく。このラストシーンは私はかなり好きである。

 

「恋する惑星」は、「香港映画=カンフーorアクション=ブルース・リー&ジャッキー・チェン」というそれまでのイメージを1作で覆してしまった画期的作品である。これ以降、香港映画というと、「ポップ」「お洒落」「楽しい」「芸術的」という観点から語られることが多くなるが、たった1作で流れを変えてしまったのだから大変な傑作である。

また村上春樹という日本人作家にインスパイアされた映画という点でも重要であり、醒めたようでいて暖かいセリフ、気取った感じで虚構を作る言葉、日常からかけ離れた設定、「壁抜け」のように通い合える瞬間を描いているが、村上春樹という小説家はパブリックイメージとは異なり、極めて日本的な作家であるため、日本の文学が影響を与えた海外の映画作品としても最右翼に位置するように思われる。


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ポップな香港映画の嚆矢「恋する惑星」

これまでに観た映画より(171) 「恋する惑星」

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2020年9月10日 (木)

これまでに観た映画より(205) 周星馳監督・主演「少林サッカー」

2005年11月23日

周星馳(チャウ・シンチー)監督・主演の香港映画「少林サッカー」を観る。レンタルDVDでの鑑賞。

周星馳は香港コメディ界の帝王。日本の場合はお笑いをやるなら不細工であればあるほど有利という風潮もあるが、香港ではお笑いをやるにしても容姿最優先であり、周星馳も男前である。周星馳自身が「香港では見た目が良くないとコメディアンとして人気は出ないと」と日本人記者に向かって断言している姿をテレビで見たことがある。

ちなみに「不夜城」などで知られる作家の馳星周は周星馳のファンで、ペンネームは周星馳を逆にしたものだ。
それは余談として、「少林サッカー」はどこまで本気なのかわからない、サッカー・アクション・コメディ。
笑うべきなのかどうなのか微妙なシーンが多いのが難点だが、スポ根ものの王道は行っている。

セリフは広東語だが、中国の女優である趙薇(ヴィッキー・チャオ)だけは北京語。周星馳も、趙薇と話すときは北京語を用いている。昔は香港映画といえば広東語オンリーだったが、英国から香港が返還された1997年前後から北京語も取り入れた作品が増えている。
今や香港スターは北京語必須である。とはいえ、広東語に比べると北京語の方がずっと簡単なのは間違いない(声調も北京語が4つであるのに対して広東語は9つあり、習得は難しい)。

漫画のような映画だが、映像の迫力は漫画には出せないもので、漫画を映画にしたという以上のものを感じる。真面目に観るべきではない映画だが、いかにも香港というテイストで、痛快ではある。

私はあまり好きになれなかったけれど、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう場面も多かったし、そういうものが好きな人も多いだろう。
そもそも、サッカーと少林寺拳法を結びつけようという発想が凄い。映画としては好みが分かれるだろうが、発想は天才的である。

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