カテゴリー「香港映画」の12件の記事

2020年10月 4日 (日)

これまでに観た映画より(214) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」@アップリンク京都 2020.9.30

2020年9月30日 烏丸姉小路・新風館地下のアップリンク京都にて

烏丸姉小路・新風館の地下にあるアップリンク京都で香港映画「花様年華」を観る。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品。主演:マギー・チャン、トニー・レオン。撮影:杜可風(クリストファー・ドイル)。2000年の制作。

この映画は映画館で観たことがなく、DVDで観ただけであるため初劇場体験となる。
ウォン・カーウァイ監督作品のうち、「欲望の翼(阿飛正伝)」、「花様年華」、「2046」は一繋ぎの作品となっているが、続編かというとそうでもない。
トニー・レオンは、「欲望の翼」にも出演しているのだが、ラストシーンで髪型などを整え、準備万端というところで映画が終わってしまうという不思議な使われ方をしている。

1962年の香港。秘書の仕事をしているチャン夫人(マギー・チャン)と新聞記者のチャウ(トニー・レオン)は同じ日に同じアパートの隣室に引っ越す。共に既婚者であるが、チャン夫人の夫は日本人貿易商の下で働いているということもあって出張でしょっちゅう家を空けており、チャウの奥さんは夜勤であるため、チャウと顔を合わせることがほとんどない(互いの結婚相手の顔は映ることはなく、後ろ向きで撮られている)。
奥さんが「仕事で帰りが遅くなる」と電話を掛けてきた日。チャウは奧さんの職場に迎えに行くが、仕事というのは嘘であることを知る。
次第に惹かれあうチャン夫人とチャウ。倫理観から互いに距離を置いていた二人だが、初めてレストランで食事をした日に、お互いのパートナーが不倫の関係にあるとの確信に到る。

かつて小説家志望だったが、一行も書けなかったため才能に見切りを付け、同じ書く仕事ということで新聞記者になったチャウだが、新聞の連載小説に挑むことになり、チャン夫人に校閲作業を頼むなどして二人の距離は更に縮まっていく。チャウは書斎代わりにホテルに部屋を借りる。ルームナンバーは「2046」。チャウはチャン夫人に「2046」号室にも来て欲しいと言うのだが……。

 

大人の恋愛を描いた秀作である。互いのパートナーが不倫の関係にあることに気付くなど、ドロドロ路線に進みがちな設定なのだが、感情をセリフではなく、梅林茂の「夢二のテーマ」で描くなど、抑制を利かせているため、却って匂うような色香が立ち込めるようになっている。
大人の恋愛と書いたが、マギー・チャンもトニー・レオンも撮影時は今の私よりも年下だったわけで、今となっては清潔に過ぎるようにも感じられる。ただ若い頃はこうした描写は本当に好きだった。

実際にはラブシーンが撮影されたが、最終的にはカットされており、二人の距離の絶妙さに繋がった。
ラブシーンがあるとしたら、その時間は限られるわけで、ラストで語られるチャン夫人の子どもというのはチャウとの間の子どもと見て間違いない。チャウの笑みからもわかるのだが、そうでないとその話を持ってくる意味もなくなってしまう。
ただ、不倫の意識はあり、チャウはカンボジアのアンコールワットの壁に秘密を封じ込めた。

直接的な性描写が少ないため、夢のようにおぼろな印象を見る者に与えており、尾を引くような記憶として残されていく。リアルでありながら浮遊感のある展開は、「恋する惑星」に繋がるものがあるが、実際に「恋する惑星」のエピソードの変奏ともいうべきシーンも登場する。

部屋のナンバー「2046」は、ウォン・カーウァイ監督の次回作のタイトルともなるわけだが、実は「2046」というのは香港と中国の一国二制度(一国両制)が終わる年である。「花様年華」にも香港の未来を心配して脱出する人々が登場するが、一国二制度は2046年よりも前に終わりそうであり、それを憂えている今の香港の若者達の姿にも繋がる。

ラストシーンは1966年という設定。悪夢のような文化大革命は、この年に始まっている。

 

映画を見終わり、新風館の外に出ると空気が肌寒い。今年初めてさやかに感じた秋であった。

 

これまでに観た映画より(178) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」

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2020年9月28日 (月)

これまでに観た映画より(213) ウォン・カーウァイ監督作品「恋する惑星」@アップリンク京都 2020.9.23

2020年9月23日 新風館地下のアップリンク京都にて

新風館の地下に出来たミニシアターのコンプレックス、アップリンク京都で、ウォン・カーウァイ(王家衞)監督の映画「恋する惑星」を観る。1994年の制作。日本では1995年に公開されており、私はロードショー時に今はなき銀座テアトル西友で5回観ている。一つの映画館で観た同じ映画としては自己最多だと思われる。その後、BSやレンタルDVDなどでも観ているが、現在、観ることが出来るのは多くの場面がカットされた国際版と呼ばれるものであり、カットされたがために意味が通じなくなっているところもある。

今日も国際版での上映。映画館におけるソーシャルディスタンスの基準が緩和されたため、両隣にもお客さんがいるというスタイルでの久々の映画鑑賞となった。

 

「恋する惑星」の原題は「重慶森林」という。テレビ雑誌などで舞台を「中国重慶市」と書かれていたことがあるが、これは当然ながら間違いで、「重慶森林」の「重慶」は都市の重慶ではなく、香港で最も治安が悪いといわれた重慶(チョンキン)マンションのことである。
ウォン・カーウァイも香港政府(当時はまだ返還前でイギリス領である)に重慶マンションでの撮影許可を得ようとしたのだが、断られたため、無許可でのゲリラ撮影が敢行されている。
「森林」と入っているのは、村上春樹の小説『ノルウェイの森』の影響である。ウォン・カーウァイ監督も村上春樹のファンであるが、当時の香港には村上春樹の小説の登場人物のような口調で話す若者が現れており、「ハルキ族」と呼ばれて話題になっていた。「恋する惑星」のセリフやモノローグにも「ハルキ族」的語りが取り入れられている。

出演:金城武、ブリジット・リン、フェイ・ウォン、トニー・レオンほか。台湾生まれで日本国籍の金城武、台湾出身のブリジット・リン、北京生まれのフェイ・ウォン(王菲)、香港の映画スターであるトニー・レオンなど、同じ中華圏ではあるが、異なった背景を持つキャストを起用し、セリフも広東語が中心だが、北京語、日本語、英語、そしてインドの地方の言葉まで飛び交うなど国際色に満ちている。撮影監督は、クリストファー・ドイル(中国名・杜可風)。主題歌は、フェイ・ウォンの「夢中人」(クランベリーズの「Dreams」の広東語バージョン)。

二部構成で、前半と後半では別のドラマが展開されるが、第二部の出演者が第一部にカメオ的に出演している。フェイ・ウォンが巨大な虎のぬいぐるみを買うシーンは第二部で生きてくる。

 

1994年から、CX系の深夜番組「アジアNビート」が始まっており(司会は売れる前のユースケ・サンタマリア)、関東と北海道ローカルではあったが、洋楽といえば欧米一辺倒だった時代に、韓国、中国、台湾、タイ、インドネシア、インドのポップスを紹介するという進取の気質が評価され、話題になっていた。深夜番組なので誰もが見ていたというわけではないのだが、「アジアNビート」では当然のことながら金城武やフェイ・ウォンは紹介されており、「恋する惑星」がヒットする下地は、少なくとも東京では出来上がっていたように思う。

 

当時、金城武がインタビューで語っていたが、「恋する惑星」はクランクイン時には台本が全く用意されていなかったそうである。撮影当日の朝にウォン・カーウァイ監督が短い台本を書いてきて、それを撮るということを繰り返したのだが、順撮りでは全くないため、金城武も「今、何を撮っているのか全く分からなかった」と話している。その後、完成した映画を観た金城武は、「こんな凄い映画を撮ってたのか!」と喫驚したそうである。
映画は順取りでない場合の方が多いと思われるが、場面をシャッフルして作品を作り上げるという技法は、村上春樹が処女作である『風の歌を聴け』で取り入れていた手法と同じである。どこまで意識していたのかはわからないが。

なお、金城武演じるモウがパイナップルを食べ続けるシーンがあるが、金城武の苦手な食べ物はパイナップルであり、ウォン・カーウァイ監督がそれを知った上での無茶ぶりを行ったようである。

 

前半は、刑事のモウ(漢字だと「某」になるのだろうか。演じるのは金城武)が、5年間つき合っていた彼女のメイに振られたという話から始まる。ロードショー時には、メイが山口百恵に似ているという話があり、金城武演じるモウが、「三浦友和に似ていない僕は」とメイの心が離れつつあることを嘆くモノローグがあった。だが、国際版ではここはカットされている。
その後、メイに新しい彼氏が出来たことを悟ったモウが、階段を駆け上がりながら叫ぶシーンがある。今日の字幕では、「くそったれ! もうだめだ!」、銀座テアトル西友で観た時は、はっきりとは覚えていないが「もうだめだ!」という字幕だったように思うのだが、実はこのシーンで叫んでいるのは全く別の文言なのである。それは、「三浦友和! 我要杀了你!(三浦友和、ぶっ殺す!)」という剣呑なものであり、メイの新しい彼氏を三浦友和に見立てたジョークだったのだ。だが、国際版ではメイが山口百恵に似ているというモノローグがカットされているため、なぜ三浦友和がセリフに登場するのかわからなくなっており、字幕も別の言葉に置き換えられている。

銀座テアトル西友で観た時に、中国人か台湾人か、あるいは香港人かと思われる観客がこのシーンで笑っていたのだが、こちらはまだ大学の2年生になったばかりで北京語がそれほど出来ない頃だったため、「『もうだめだ!』の何が可笑しいんだろう?」と不思議であった。その後、北京語の勉強を進めて何を言っているのかわかるようになり、「ああ、そういうことだったのか」と合点がいった。BSで放送された時だったか、一度だけ「三浦友和のバカヤロー!」という字幕になっているのを見たことがある。

それは余談として、金城武演じる刑事とブリジット・リン演じる麻薬の売人の一瞬だけ繋がる心の描き方が、繊細かつ優しい。麻薬の売人と書いたことからも分かる通り、結構ブラックな展開であり、麻薬の売人が自分を裏切った白人の男に復讐するというスリリングな話でもあるのだが、そんな切迫した状況で突如訪れる日だまりのような瞬間が心に沁みる。

ちなみに前半は音楽も格好良く、私もオリジナル・サウンドトラックを購入したのだが(残念ながら映画本編とはアレンジ違いのものが多かった)、ライナーノーツによると作曲を担当したフランキー・チェンはラッシュフィルムなどを見せて貰えず、「好きに作曲しろ」と言われて不満かつ不安だったらしいが、いざ映画を見ると、あたかもそのシーンのための作曲されたかのように聞こえたため、驚いたそうである。

 

後半のフェイ・ウォンとトニー・レオンの話は、かなり不思議というかメルヘンのような展開になっている。寓話と捉えればピッタリくるだろう。
サラダなどの軽食の売店で働くフェイ(フェイ・ウォン)は、客である警官633号(663号が正しいらしい。演じるのはトニー・レオン)と出会う。警官633号はスチュワーデス(という言葉が当時は一般的だった。演じるのはチャウ・カーリン)の彼女と別れたばかり。フェイは警官633号を一目見て気に入る。
その後、スチュワーデスの彼女が店に警官633号への手紙を託す。当たり前のように開封してみんなで回し読みする売店の店員達。手紙には部屋の鍵が入っていた。もういらないから警官633号に返すという意味である。
フェイは手紙のことを警官633号に話すが、警官633号は興味を持たない。そのためフェイは住所を教えてくれたら届けると申し出て警官633号の住所を知り、留守の間に忍び込んで警官633号の部屋の模様替えを勝手に始める。この時点でかなり変な展開だが、警官633号が鈍い男で、自分の部屋の様子が変わっていくのに気付かず、気付いたとしても独自の思考で処理してしまうため、誰かが忍び込んでいるという可能性すら思いつかない。フェイは店でいつもママス&パパスの「夢のカリフォルニア」を大音量で掛けているのだが、警官633号は自宅を訪ねてきた(というより本来は忍び込むはずが玄関で鉢合わせする)フェイが脚を攣ったというのでマッサージを行いながら「夢のカリフォルニア」を掛け、「前の彼女が好きだった曲」などと言う。実際はそのCDはフェイが持ち込んだもので、前の彼女とは何の関係もない。
ということですれ違いが続く。

「カリフォルニア」という言葉のすれ違いを経て、ラストは恋愛劇の王道のようなセリフへと向かっていく。このラストシーンは私はかなり好きである。

 

「恋する惑星」は、「香港映画=カンフーorアクション=ブルース・リー&ジャッキー・チェン」というそれまでのイメージを1作で覆してしまった画期的作品である。これ以降、香港映画というと、「ポップ」「お洒落」「楽しい」「芸術的」という観点から語られることが多くなるが、たった1作で流れを変えてしまったのだから大変な傑作である。

また村上春樹という日本人作家にインスパイアされた映画という点でも重要であり、醒めたようでいて暖かいセリフ、気取った感じで虚構を作る言葉、日常からかけ離れた設定、「壁抜け」のように通い合える瞬間を描いているが、村上春樹という小説家はパブリックイメージとは異なり、極めて日本的な作家であるため、日本の文学が影響を与えた海外の映画作品としても最右翼に位置するように思われる。


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ポップな香港映画の嚆矢「恋する惑星」

これまでに観た映画より(171) 「恋する惑星」

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2020年9月10日 (木)

これまでに観た映画より(205) 周星馳監督・主演「少林サッカー」

2005年11月23日

周星馳(チャウ・シンチー)監督・主演の香港映画「少林サッカー」を観る。レンタルDVDでの鑑賞。

周星馳は香港コメディ界の帝王。日本の場合はお笑いをやるなら不細工であればあるほど有利という風潮もあるが、香港ではお笑いをやるにしても容姿最優先であり、周星馳も男前である。周星馳自身が「香港では見た目が良くないとコメディアンとして人気は出ないと」と日本人記者に向かって断言している姿をテレビで見たことがある。

ちなみに「不夜城」などで知られる作家の馳星周は周星馳のファンで、ペンネームは周星馳を逆にしたものだ。
それは余談として、「少林サッカー」はどこまで本気なのかわからない、サッカー・アクション・コメディ。
笑うべきなのかどうなのか微妙なシーンが多いのが難点だが、スポ根ものの王道は行っている。

セリフは広東語だが、中国の女優である趙薇(ヴィッキー・チャオ)だけは北京語。周星馳も、趙薇と話すときは北京語を用いている。昔は香港映画といえば広東語オンリーだったが、英国から香港が返還された1997年前後から北京語も取り入れた作品が増えている。
今や香港スターは北京語必須である。とはいえ、広東語に比べると北京語の方がずっと簡単なのは間違いない(声調も北京語が4つであるのに対して広東語は9つあり、習得は難しい)。

漫画のような映画だが、映像の迫力は漫画には出せないもので、漫画を映画にしたという以上のものを感じる。真面目に観るべきではない映画だが、いかにも香港というテイストで、痛快ではある。

私はあまり好きになれなかったけれど、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう場面も多かったし、そういうものが好きな人も多いだろう。
そもそも、サッカーと少林寺拳法を結びつけようという発想が凄い。映画としては好みが分かれるだろうが、発想は天才的である。

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2020年6月 5日 (金)

これまでに観た映画より(180) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「天使の涙(堕落天使)」

2004年11月2日

ビデオで「天使の涙」を観る。1996年日本公開の香港映画。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品。王家衛の登場で香港映画のイメージがカンフー映画からポップな先鋭作品に変わってしまった気がする。この映画を私は渋谷のスペイン坂の上にあったシネマライズで2度観ている。

出演:金城武、レオン・ライ、ミシェル・リー、チャーリー・ヤン、カレン・モク。撮影監督:クリストファー・ドイル。

殺し屋とそのエージェンシーの女、そしてパイナップルの食べ過ぎで口がきけなくなった青年の怖ろしく孤独な三人を描く。もともとは「恋する惑星」の第3エピソードであったが、長すぎたため独立したようだ。パイナップルの食べ過ぎで口がきけなくなった青年を演じているのは金城武。前作「恋する惑星」のあのシーンからのパロディ。役名も同じくモウだが別人だ。

広角レンズを使って場面を歪めている。

エージェンシーの女(ミシェル・リー)は殺し屋(レオン・ライ)に恋心を抱いている。しかし彼女は不器用でたまに殺し屋に会っても満足に話すことも出来ない。殺し屋の部屋から出されたゴミを漁って内容を確認するような危なさも持っている。彼女が自慰にふける場面は話題になったが、性格からいって彼女に本当に男性経験があるのかどうかはわからない。

殺し屋もまた不器用な男で人と上手く渡り合えない。常に受け身の性格であり、殺し屋になったのも頼まれた殺しをすればいいだけという理由である。自分から人生を選ぶために積極的に行動した経験がほとんどないようだ。エージェンシーの女と別れて、他の女(カレン・モク)と付き合うが、結局、彼は誰も愛せない男のような気もする。

金城武演じる青年がこれまた困ったことに夜中に勝手に他人の店を開けて商売を始め、路上の人を無理矢理店に入れてものを売りつけたり、勝手に散髪をして金を脅し取ったりしている。

コミュニケーション不全が大きなテーマとなっている。

鏡に映る自分をのぞく場面は内面の自己とのにらめっこだ。自己とは対話を交わすのに、他人とは心を交わせない。

エージェンシーの女は殺し屋を裏切り、青年も初恋の女性にあっさりと捨てられる。初恋の女性(チャーリー・ヤン)や殺し屋を誘う女性(カレン・モク)は、みな変わっているものの積極的に人と関わろうとしているのだが、三人の主人公は美男美女なのに他者との交流が出来ない。
青年のバイクの後部座席に座りながら生まれて初めて「永遠の温かさ」を知るエージェンシーの女。椎名林檎の世界のようだ。

金城武がセリフ一切なしという難役に挑んで成功している。かなりアドリブが多かったそうだ。

殺し屋を演じるレオン・ライが格好いい。男前で凄みがあるが濃い影を持つ男を好演している。

映像も美しい。おなじみクリストファー・ドイルのカメラワークも見所の一つ。

「恋する惑星」のパロディが数カ所あるがいずれも笑える。

どこもかしこも、「ほぼ完璧」の水準に達している。香港ニューウェーブの最高傑作に挙げたい。

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2020年5月31日 (日)

これまでに観た映画より(178) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」

2004年10月26日

王家衛監督作品「花様年華」をDVDで観る。マギー・チャン、トニー・レオン主演。

映像は美しいが、なかなか渋い内容の映画だ。表現を切り詰めており、省略が多いので入っていけない人は入っていけないだろう。

1962年の香港。チャン夫人(マギー・チャン)とチャウ(トニー・レオン)は同じ日に、偶然隣りに部屋を借りる。互いの夫と妻が不倫関係にあることを知った二人は惹かれあうようになるのだが……。

梅林茂作曲の「夢二のテーマ」が何度も繰り返し使われ、官能的な迷宮へと陥っていくかのような錯覚にとらわれる。二人に肉体関係はあったのか、それが描かれないだけに一層官能的である(実際はラヴシーンは撮影されていたがカットされたということだ)。二人のつかず離れずの関係は切なくもあり歯がゆくもある。またそれぞれの妻や夫は声や後ろ姿のみで描かれ顔はわからないので、生活臭だとか、背徳の感じなどが後退し、チャンとチャウの二人の関係のみがクローズアップされることになる。本当に大人の男女のみの映画だ。若者向けでは全くない。

時計のアップシーンは「欲望の翼」でもおなじみである。

大人の映画であり、レトロな音楽やファッションなどが相まってワイン入りのビターチョコレートのような味わいがある。

ちなみに小説を書くようになったチャウ(あるいはこれは口実なのかも知れない)が仕事部屋とし借り、チャンと密会することになるホテルのルームナンバーは「2046」である。王家衛は、次の作品として「2046」というタイトルの映画を撮影することになり、数字に関して「意味はない」と発言しているのだが、実際には2046は中国と香港の一国両制(一国二制度)が終わる年のことでもある。

ラストに出てくるカンボジアのアンコール遺跡で、チャウは壁にどんな秘密を封じ込めたのだろうか。想像はつくのだが違うかも知れない。
見れば見るほど味わいの出てくるタイプの映画であり、機を見てもう一度観てみたいと思う。

何故カンボジアなのかはよくわからないが、設定によるとこのシーンは1966年のことである。この年、北京では文革が起きた。やがてカンボジアでもポル・ポトが文革を手本として……、というのは単なる深読みに過ぎないだろうが。

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2020年5月 9日 (土)

これまでに観た映画より(171) 「恋する惑星」

※この記事は2004年10月12日に書かれたものを基にしています

ビデオで王家衛監督の「恋する惑星」を観る。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品。1994年制作の香港映画である。日本公開は翌95年で、私は銀座テアトル西友(現・銀座テアトルシネマ)で5回観ている。同じ映画館で観た映画としては私の持つ最高記録となる。

原題は「重慶森林」だが、これは「重慶(中国の重慶ではなく香港の重慶地区)の森」という意味である。これは村上春樹の『ノルウェイの森』に由来するタイトルである。映画の登場人物は皆、気取った話し方やモノローグ、また持ち物も「LOFT」の袋だったり、当時の香港としてはかなりスノッブなのだが、これは村上春樹の影響を受けた俗に言う「春樹族」をモチーフにしているためだ。王家衛監督も春樹族であると自ら認めている。

撮影は重慶マンション付近を中心に行われたが、許可が下りず、無許可でゲリラ的に撮影されている。カメラマンはおなじみ杜可風(クリフトファー・ドイル)。

これは大変な傑作で大いに感化された。

仲間に裏切られた麻薬の売人(ブリジット・リン)と失恋中の刑事モウ(漢字で書くとおそらく某。演じるのは金城武)の一夜の出会いを描く第1エピソードと、これまた失恋中の刑事633号(トニー・レオン)と彼の部屋にかってに上がり込んで模様替えをしてしまう変な女の子(フェイ・ウォン)の恋を追う第2エピソードの2話オムニバス。殺し屋を主人公にした第3エピソードもあったがカットされ、これはのちに「天使の涙(原題:堕落天使)」として公開される。
いずれも恋愛という古いテーマを題材に新しい物語を生み出している。

冒頭の揺らぐ画像から惹きつけられる。撮影は順撮りではなく、バラバラに行われたので、出演者は完成するまでどんな映画なのかわからなかったそうだ。

インド人が出て来たり、セリフに北京語、広東語、英語、日本語が使われていたりと徹底したアジアテイストの映画である。

金城武がパイナップルを食べるシーンが印象的だが、金城は本当はパイナップルが嫌いだそうで、それを知った王監督(というと別の人みたいだ)が即興的にいれた場面だそうである。

ブリジット・リンの後ろをトラのぬいぐるみを抱えたフェイ・ウォンが、また、「三浦友和、覚悟しろ!(元々は「三浦友和,我要杀了你!」=「三浦友和、ぶっ殺す!」というかなり物騒なもので、山口百恵似の彼女が新しい彼氏を作り、三浦友和に似ていない自分は振られたということで、こうしたセリフとなっている)と叫びながら金城武がエスカレーターを駆け上がるシーンでトニー・レオンが映っている。

香港の裏社会に触れながらも映像もストーリーもポップだ。年上の女性への一瞬の恋心を巧みにすくい取っている。

変な女の子と鈍い警官633号との恋愛を描く第2エピソード。フェイが演じる女の子の乙女心が可愛らしい。彼(警官633号)に逢うために、口実を作るのだがそれが下手なのも逆に微笑ましい。突拍子もない女の子だが、おそらく女性なら共感できるところも多いと思われる。気づいて貰いたいのに気づいて貰えないもどかしさや恋の綱渡りをする冒険心。
「夢のカリフォルニア」が印象的な使われ方をしていたが、私はこれが気に入り、パパス&ママスのCDを買った。「恋する惑星」のサントラも買ったが、著作権の関係だと思われるが、こちらには「夢のカリフォルニア」は入っていない。

フェイ(役名もフェイ)のやっていることは結局は押しつけだし、633号もかなりのアホなのだが、二人とも夢のなかの人物のようで憎めないところがある。主題歌はクランベリーズの「Dreams」をカバーした、フェイ・ウォンの「夢中人」。この物語のモチーフとなっている。

返還前の香港を舞台にしたキュートな一編である。

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2018年9月22日 (土)

これまでに観た映画より(107) 「ラスト、コーション」

DVDで、米・中・台湾・香港合作映画「ラスト、コーション」を観る。アン・リー監督作品。トニー・レオン&湯唯:主演。

日中戦争の時代を舞台としたサスペンス映画である。香港に渡り、嶺南大学の学生となった王佳芝(湯唯)は、学生劇団に参加。劇団仲間は日本の手下である易という男(トニー・レオン)が、香港に来ていることを知り、易殺害の計画を練る。王佳芝も易殺害のために協力するのだが……。
激しいラブシーンが話題になったが、想像以上に激しい。中国の俳優がこういったシーンをやるのは少し前まで考えられなかったことだ。

最後の30分ほどにサスペンスシーンは凝縮されており、それまでの展開は慎重に慎重を重ねているためジリジリとしたもので、ここで飽きる人は飽きてしまうかも知れない。ただ展開が遅い分、ラスト30分が生きているともいえる。
サスペンスとしての出来は必ずしも良いものではないかも知れないが、映画としては一級品。見終わった後に不思議な印象の残る映画であった。

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2018年4月29日 (日)

これまでに観た映画より(102) 「愛の神、エロス」

DVDで映画「愛の神、エロス」を観る。香港の王家衛、アメリカのスティーブン・ソダーバーク、イタリアのミケランジェロ・アントニオーニの3人の映画監督が「エロス」をテーマにして撮った映画のオムニバス。ミケランジェロ・アントニオーニはこれが遺作となった。

トップを飾るのは王家衛監督の「若き仕立屋の恋(英題:THE HAND)」だが、これが怖ろしいほどの完成度を誇る。
1960代の香港を舞台に、仕立屋のチャン(チャン・チェン)と、高級娼婦ホア(コン・リー)の関係を描いた作品。王家衛監督は、「花様年華」で直接描写を避けることでより強烈にエロティシズムを引き立てることに成功していたが、「若き仕立屋の恋」ではそれが更に徹底されている。キスシーン一つにしても顔は映さず、カメラは手や腰を追う。
直接描写はほとんどないのに極めて官能的な空気が画面から匂ってくる。カメラは人が去った部屋の中を写し続けて、登場人物の声だけが隣の部屋から聞こえたり、誰もいなくなった廊下や階段を映すことで、寂寥感や失望感を引き立たせたり、とにかく洗練された映画手法が次々に繰り出される。
官能的なだけでなく、美しくも悲しい作品。40分ちょっとの映画だが、下手な長編映画よりもずっと見応えがある。
コン・リーとチャン・チェンの演技も最高であり、尺は短いが、これ1本だけで十分客を呼ぶことが出来る。「完璧」に限りなく近い傑作だ。

王家衛に比べると、「オーシャンズ」シリーズのスティーブン・ソダーバークや、「太陽はひとりぼっち」で知られるイタリアの巨匠監督ミケランジェロ・アントニオーニの作品は、“試みとしては面白いんだけどねえ”というレベルに留まる。作品の質が2桁ほど違うといっても過言ではないだろう。ソダーバーク(ラストのどんでん返し)やアントニオーニ(さりげない超リアリズムの手法)も撮ったもの自体は悪くないのだが、相手が悪かった。

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2016年6月24日 (金)

「夢二」のテーマ 「花様年華」より

沢田研二が竹久夢二を演じた映画「夢二」(鈴木清順監督作品)。その「夢二」のテーマ音楽を王家衛監督が香港映画「花様年華」で再度使用。全編に渡って流れる「夢二」のテーマが作るミステリアスな雰囲気が映画に奥行きを与えています。作曲は梅林茂です。

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2009年7月10日 (金)

これまでに観た映画より(44) 「2046」

DVDで映画「2046」を観る。王家衛監督作品。出演は、トニー・レオン、木村拓哉、章子怡、フェイ・ウォン、コン・リー、カリーナ・ラウ。特別出演にマギー・チャン。

前作「花様年華」の続編とも言うべき作品。恋に敗れた、チャウ(トニー・レオン)はシンガポールにいた。そして、スー・リーチェン(コン・リー)という女に惹かれる。別れた女、スー・リーチェン(マギー・チャン)と全く同じ名前の女。おそらく運命の出会い。しかしチャウは敗れた恋から完全に逃れることは出来なかった。香港に帰るので一緒について来て欲しいというチャウ。スーが出した答えはノーだった。それはチャウにとって運命の、そして最後の恋だった。そしてその最後の恋に敗れたのだ。

スーはいつも黒いドレスを着ている。これが重要な意味を持ってくる。
香港に帰ったチャウはオリエンタルホテルの2046号室を取ろうとする。かって逢瀬を重ねた部屋と同じ番号の部屋だ。しかし2046はさる事情により使えず、隣りの2047号室にチャウは入る。

1960年代のクリスマス・イヴが主な舞台になる。そのため、徹底して赤と緑の色彩のコントラストが用いられている。

2046は中国と香港の一国両制が終わる年であるが、それとは直接的な関係はないようだ。チャウの視線は常に過去を向いている。

最後の恋に敗れたチャウは、もう本気で人を愛することがない。娼婦のバイ・リン(章子怡)やホテルのオーナーの長女・ジンウェン(フェイ・ウォン)と親しくなるが、それも過去を埋めるための遊びだ。チャウは彼女達を見つめてはいない。ちなみに章子怡もフェイ・ウォンも、チャウとつきあうようになると黒いドレスを着る。チャウが彼女達を彼女達と見なさず、彼女達の服装を通して、スーを見つめていることがよくわかる演出だ。

チャウはバイ・リンを恋人ではなく、娼婦として扱う。バイ・リンは報われない恋と知りながら、チャウの渡す金をポイントでも集めるかのように大切にベッドの下にしまっておく。その乙女心が切ない。

ジンウェンは日本人の商社マン(木村拓哉。役名はない)と恋仲である。しかし、彼女の父親が歴史的なこともあって日本人を毛嫌いしており、二人が一緒になれる可能性はほとんどない。キムタクは「俺と一緒に行かないか?」と訊くが、フェイ・ウォンは何も答えない。このシーンは、画冒頭のトニー・レオンとコン・リーのシーンと完全な相似形を成している。

ジンウェンは木村拓哉の問いに、いつか「はい」と答えようと、2046号室で日本語の練習をしている。

チャウは「2046」という小説を書き始める。しかし、ジンウェンの文章力を知ったチャウは彼女を助手として執筆を続け、いつしか、「2046」は彼女のための小説「2047」に書き換わる。2047年。2046から戻ってきたtak(木村拓哉)はアンドロイド(フェイ・ウォン)と恋に落ちる。このアンドロイドも黒い服を着ている。チャウは自分とスーとの関係をこの小説の中で分析しようとする。感情があるのかないのかわからないアンドロイド。スーの心が読めなかったチャウは自分の思いを、takとアンドロイドとの関係に置き換える。そして、彼女は自分を愛していなかったと結論づける。
「俺と一緒に行かないか?」。だがどこへ? その答えを彼は見出せないのだ。

しかし、小説を書き終えたチャウは、ジンウェンに国際電話を掛けさせ、キムタクとの仲を取り持つ。結果、ジンウェンは日本へ行き、結婚する。結婚に大反対だった父親も、娘が結婚を決めたとわかった途端に万々歳。「やはり娘の幸せが一番だ」と改心する。この辺のチャウはまるで恋のサンタクロースのようだ。ジンウェンとキムタクが行くべき場所が彼にはわかったのだ。

黒い服のアンドロイド(フェイ・ウォン)とともに白い服のアンドロイド(カリーナ・ラウが演じる)も登場する。カリーナ・ラウのセリフからわかるが、黒が過去なら、白は未来だ。

チャウはバイ・リンと再び会う。バイ・リンは黒と白のストライプの服を着ている。過去でも未来でもなく現在の彼女。二度目は白の部分が増していた。未来、それに期待する。しかしチャウは結局、バイ・リンを選ぶことはなく、「2047」ではなく、「2046」にとどまるのである。

別れ際、バイ・リン(章子怡)はチャウに言う。「どうしてそんなに優しいの?」
多分、それはチャウがもう誰も愛さないと決めているからだろう。愛さないなら責任も生じないため、いくらでも優しくなれるし、同時にいくらでも残酷になれる。別れると決めている女に優しく振る舞うのは残酷なことでもある。

ナレーションが多く、しかもそれは相変わらず村上春樹調(王家衛監督は自他共に認めるハルキ族の一人である)だ。寓喩や、数字、服装や色の使い方なども村上春樹的である。また映画の結末自体が春樹の小説『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のそれを思わせる。

2046を中国と香港の一国両制が終わる年とするなら、2047(未来)に踏み出せる人達(キムタク、ジンウェン)と、2046(過去、現在および思い出)から抜け出せない、抜け出さない人(チャウ)を描いていると見ることも出来る。
しかしそれはそれで背景とのみ解釈し、寂しい男の寂しい恋愛映画として観た方がずっと面白い。

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