カテゴリー「アメリカ映画」の43件の記事

2019年12月 8日 (日)

これまでに観た映画より(146) 「ボヘミアン・ラプソディ」

録画してまだ観ていなかった映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観る。イギリス=アメリカ合作作品。クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記映画である。監督:ブライアン・シンガー&デクスター・フレッチャー。出演:ラミ・マレック、ルーシー・ボイントン、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョゼフ・マゼロ、エイダン・ギレン、トム・ホランダー、アレン・リーチ、マイク・マイヤーズほか。

1970年のロンドン。ペルシャ系でゾロアスター教を信仰する移民の家に生まれたファルーク・バルサラ(ラミ・マレック)は、ヒースロー空港で「パキ野郎(パキスタン野郎)!」と差別を受けながら働いている。仕事の合間にも作詞を行い、作曲をするなど音楽への情熱に燃えていたファルークは、ボーカルに去られた学生バンド・スマイルに参加し、やがて彼らはクイーンとして世界的な人気バンドとなっていく。ファルーク・バルサラは、芸名ではなく本名をフレディ・マーキュリーに変更した。ライブ会場で出会ったショップの店員、メアリー(ルーシー・ボイントン)と恋に落ち、やがて結婚に至るなど、公私ともに順調かと思えたフレディだが、出自の問題やバイセクシャルに目覚めたことなどが影響してメアリーとの仲は次第に疎遠になっていく。CBSからのソロデビューの話を断り続けていたフレディだが、遂にはソロデビューを受け入れることになり、家族と呼んでいたクイーンのメンバーとも仲違いすることになる。クイーンの他のメンバーは有名大学卒のインテリで、本当の家族を作り、子どもを産んで育てることを当然のように行えるが不器用なフレディはそうではない。彼の第一の家族はクイーンのメンバー達だったがそれも失うのだ。

フレディと仕事仲間にして、同性愛の関係でもあったポールは、北アイルランドのベルファスト出身のカトリックで同性愛者と、自らがイギリスから阻害された存在であることを語る場面があるが、フレディもまたペルシャからインドを経てイギリスに渡った移民の子供であり、タンザニアの生まれで、ゾロアスター教徒の子であるが、教義に背いて男も愛するという阻害された存在である。ボヘミアン=ジプシーは、まさに彼のことであり、「ボヘミアン・ラプソディ」は彼自身のことを歌ったプライベートソングである。間違いなくロックではあるが、同時に阻害された者の孤独なアリアであり、バルサラからマーキュリーへの痛みを伴った転身と再生、怖れと希望を歌い上げるソウルナンバーである。
「ボヘミアン・ラプソディ」は、6分という長さと難解さ故、EMIのプロデューサーからも理解されず、シングルカット当初は音楽評論家達から酷評されるが、音楽史上初ともいわれるプロモーションビデオが大衆に受け入れられ(多重録音を用いて製作された「ボヘミアン・ラプソディ」は全曲を通してはライブで歌うことの出来ない曲であり、そのためプロモーションビデオが作成されて公開されたのだが、これが予想以上の人気を呼ぶ)大ヒット。2002年にはギネス・ワールド・レコーズ社によるアンケートで、全英ポップミュージック史上ナンバーワンソングに選ばれることになる。

成功したアーティストになったフレディだが、合同記者会見を行っても記者達は音楽のことではなく自らのプライバシーに切り込もうとばかりする。成功者ではあっても理解された存在ではなかったのだ。

父親から言われ続けた「良き思い、良き言葉、良き行い」から背いたと見做され、両性愛者であったことと奔放な私生活が原因でメアリーに去られ、子供も残せない。そしてルーズな行動が目立ち始めたことに端を発するクイーンのメンバーとのすれ違い。
最後は、この3組の家族の和解と音楽を通しての世界の融合が行われる。全てが結びつけられるのだ。

音楽の力を見せつけられるかのようなラストシーンは、実に爽快である。

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2019年11月26日 (火)

これまでに観た映画より(144) 「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」

2019年11月19日 京都シネマにて

京都シネマで、アメリカ映画「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」を観る。J・D・サリンジャー生誕100周年記念作品。監督・脚本:ダニー・ストロング。出演:ニコラス・ホルト、ケヴィン・スペイシー、ゾーイ・ドゥイッチ、ホープ・デイヴィス、サラ・ポールソンほか。

若者の間でバイブル的人気を保ち続ける『ライ麦畑でつかまえて』の作者、J・D・サリンジャーの伝記映画である。原作は、ケネス・スラウェンスキーの『サリンジャー 生誕91年の真実』。

サリンジャーが作家を志してコロンビア大学の創作コースに入る直前から、沈黙に入る時期までを描いている。

左翼団体が幅を利かせすぎたために今はなくなってしまった明治大学の生協で初めて買った本はE・H・カーの『歴史とは何か』であるが、初めて買った小説は『ライ麦畑でつかまえて』だったという記憶がある。だが、私が明治大学第二文学部に入った当初は生協は今は紫紺館が建つ小川町校舎にあり、『ライ麦畑でつかまえて』を買ったのは今は三省堂書店が入っている12号館の地下2階であったことは確かである。私が明大に入った1994年の夏に生協が小川町校舎から竣工したばかりの12号館に移っているため、ひょっとしたら『ライ麦畑でつかまえて』を買ったのは12号館の生協で買った小説としては最初であるが、小川町校舎時代の生協で何か別の本を買っている可能性もある。もう大分前のことなので記憶も曖昧である。ただ当時、「十代の内に『ライ麦畑でつかまえて』は読んでおきたい」という気持ちがあったことは覚えており、その日のうちに一気に読み終えた記憶がある。

ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー(劇中では愛称の「ジェリー」で呼ばれる。演じるのはニコラス・ホルト)は、成功した貿易商の息子として生まれた。父親はユダヤ系である。成績不振でハイスクールを退学処分になったことがあり、このことが『ライ麦畑でつかまえて』に繋がっている。その後、別のハイスクールを卒業し、大学に入るも退学、別の大学に入学してまた退学を繰り返した。

コロンビア大学では、ウィット・バーネット(ケヴィン・スペイシー)のクラスの聴講生となり、様々なことを教わるのだが、劇中で語られるバーネットの言葉が、サリンジャーを指針となり、その後に起こる出来事の伏線となっている。

劇作家のユージン・オニールの娘であるウーナ(ゾーイ・ドゥイッチ)との恋も描かれているが、ウーナが自分を袖にして、あのチャールズ・チャップリンと結婚したことを戦地にて知るという場面がある。
第二次世界大戦では、「史上最大の作戦」ことノルマンディー上陸作戦に参加。だが、悲惨な戦場に身を置いたことがトラウマとなり、精神疾患(今でいうところのPTSD)となり、療養を余儀なくされる。この映画の最大の見所が、トラウマを抱えながら『ライ麦畑でつかまえて』を書き上げるまでなのだが、『ライ麦畑でつかまえて』の出来が良すぎたため、「自分のことを書いた」と思い込む若者が続出し、サリンジャーが隠遁するきっかけとなっていく。

引きこもりとなったサリンジャーは、そのため却って、「聖なる隠遁者」や「時代の被害者」として神聖視されるようになっていく。本当はこの時代のサリンジャーがどう描かれるのかに興味があったのだが、残念ながら映画では詳しくは触れられていない。バーネットがコロンビア大学聴講生時代のサリンジャーに語った「見返りがなくても書き続けるのが本当の作家」という言葉によって、サリンジャーが本当の作家になったという解釈が提示されるだけである。隠遁時代のサリンジャーについてはまだ研究が進んでいない段階であるようだ。サリンジャーが映画にあるように隠遁後も出版されず何の見返りもない小説を書き続けていたのかどうかも現時点では謎としか言い様がないようである。

バーネットの言葉がサリンジャーを常に導いていることからも分かるとおり、師弟愛を描いた作品でもある。ただ単純にして綺麗事の師弟愛作品ではなく、第二の父親的存在であるバーネットとの衝突も描かれており、文学史的な意味における「父親殺し」を捉えた人間ドラマである。

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2019年10月11日 (金)

コンサートの記(596) 原田慶太楼指揮 京都市交響楽団 「THE MUSIC OF JOHN WILLIAMS:STAR WARS AND BEYOND」@ロームシアター京都

2019年9月29日 ロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、原田慶太楼(はらだ・けいたろう)指揮京都市交響楽団による「THE MUSIC OF JOHN WILLIAMS:STAR WARS AND BEYOND」を聴く。アメリカの映画音楽の巨匠、ジョン・ウィリアムズの音楽を取り上げる演奏会。MCは、有村昆。藤岡幸夫司会の音楽番組「エンター・ザ・ミュージック」の映画音楽特集の回では毎回見かける有村昆だが、生で見るのは初めてである。

原田慶太楼は、今回が京響デビューとなる。1985年東京生まれ。幼少時よりインターナショナルスクールに通い、17歳の時に単身渡米してインターラーケン芸術高校音楽科で指揮を吹奏楽界の巨匠として知られたフレデリック・フェネルに師事。その後、複数の大学で学び、二十歳でジョージア州のメーコン交響楽団のアシスタント・コンダクターに就任。2010年にタングルウッド音楽祭で小澤征爾フェロー受賞。この時からジョン・ウィリアムズのアシスタントを務めるようになる。これまでに指揮をロバート・スパノ、マイケル・ティルソン・トーマス、オリバー・ナッセン、ヘルベルト・ブロムシュテットに師事。今年の夏までシンシナティ交響楽団と同楽団のシンシナティ・ポップス・オーケストラのアシスタントコンダクターを務め、来年からはジョージア州のサヴァンナ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽&芸術監督に就任する予定である。

 

曲目は第1部が、「オリンピック・ファンファーレとテーマ」、「ジョーズ」(The Shrak Theme from Suite from Jaws)、「スーパーマン」(Superman March)、「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(Raiders March)、「E.T.」(Flying Theme)、「ジュラシック・パーク」(The theme from Jurassic Park)、「シンドラーのリスト」(Theme from SCHINDLER'S LIST for Violin and Orchestra)、「ハリー・ポッターと賢者の石」(Hedwig's Theme)。
第2部では、「スター・ウォーズ」全8作からジョン・ウィリアムズと原田がコンサート用にまとめた音楽全曲が披露される。音源にはなっていないため、コンサートでしか聴けないバージョンだそうである。

 

今週の京都市交響楽団のスケジュールは変則的。昨日、同じロームシアター京都メインホールで「ドラゴンクエスト」の音楽を演奏しており、2日続けての演奏会開催となる。原田とのリハーサルは数日前に行い、原田はその後、東京交響楽団のコンサートを指揮してから京都に戻り、ゲネプロを行って本番ということになるようである。

2日続けての公演ということもあってか、楽団員の顔ぶれも定期演奏会とは異なり、コンサートマスターには客演の「組長」こと石田泰尚。第2ヴァイオリン副首席の杉江洋子、ヴィオラ首席の小峰航一、オーボエ首席の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子らは降り番である。映画音楽に強いエキストラも何人か参加しているようだ。第1部ではホルンの1番は首席の垣本昌芳が吹いたが、第2部では水無瀬一成に変わった。

 

今日は3階席2列目の真ん真ん中という、音響的には最も良い部類に入ると思われる席である。

開演時間となり、楽団員が登場する。定期演奏会ではないので拍手はどうするのかなと思ったが、全員が客席の方を向いて立っている。だが、拍手が起こらない。なんとも妙な光景である。コンサートマスターの石田泰尚が姿を見せてようやく拍手が起こる。
つまり、定期演奏会に来ているお客さんは今日は客席にはほとんどおらず、拍手のタイミングがわかっていないのだ。別に私一人で拍手しても良かったのだが、複数の人が拍手しないとつられて拍手が起こるということはあり得ないので無駄である。複数のスタッフが袖でサクラの拍手を行うべきだったのかも知れないが。
今日来ているのはあくまでジョン・ウィリアムズの音楽が好きな人が大半で、これを機に京都市交響楽団の定期演奏会に通うようになるという人はほとんど現れないと思われ、また普段、定期演奏会に通っている人は映画音楽には興味がないのであろう。ジャンルの分断が起こっている。

 

日本でも活躍の場を広げている原田慶太楼は、若々しく、スケールの大きな音楽作りが特徴。ただ、ジョン・ウィリアムズの音楽性もあるのだと思われるが、ずっと押しの音楽作りを続けるところがあり、「スター・ウォーズ」の音楽は聴いていてかなり疲れたのも事実である。

有村昆は、映画のエピソードなどを紹介。「E.T.」の自転車が飛ぶシーンでは、ジョン・ウィリアムズが自転車が浮き上がるシーンに合わせて指揮することがどうしても出来なかったため、まずジョン・ウィリアムズに自身が最適と思うテンポで演奏して貰い、スピルバーグの方がそれに合わせて映像を作った(撮影したのか編集したのかは不明。話の流れからいって再度撮影した可能性の方が高いが)という話や実はE.T.が乗っていた自転車は日本製であるということ(大阪にあるKUWAHARAというメーカーのもの)、同じモデルの自転車が最近再発売されたことなどを語る。当時、アメリカの子ども達にはKUWAHARA(桑原商会)のBMX用自転車が大人気であり、撮影のために日本からわざわざKUWAHARAのBMXを取り寄せたそうである。ちなみに復刻版であるが5万円以上するそうでかなり高い。

「ジュラシック・パーク」は、CGの使用によって全世界を驚愕させた作品だが、当時はまだCGの精度は高くなく、実際には7分程度しか使われなかったそうで、それ以外は案外アナログな手法が取られていたそうである。

「シンドラーのリスト」に関しては、原田が「自分の作品の中で一番良くコンプリティリー(満足している)な作品」としてジョン・ウィリアムズがこの曲を挙げていたことを語る。原田は日本にいるときからインターナショナルスクール育ちで、その後、アメリカに拠点を置いているため、日本語よりも英語の方がずっと得意のようで、日本語の発音もそうだが、日本語で上手い言葉が見つからず英語の単語を挙げることが何度かあった。
映画ではユダヤ人であるイツァーク・パールマンが濃厚で思い入れのあるヴァイオリンを奏でるのだが、今回ソロを取る石田泰尚はやはり日本人なのでサラサラしている。

「ハリー・ポッターと賢者の石」のHedwing's Themeでは原作者であるJ・K・ローリングから「子どもを思わせるような楽器を」というリクエストがあったため、ジョン・ウィリアムズはチェレスタを選んだという話が二人から紹介される。ハリー・ポッターシリーズではふくろうが重要なイメージとなっているのだが、ヴィオラを中心とする弦楽がふくろうの羽ばたきを表現していると原田は語った。

 

第2部の「スター・ウォーズ」。演奏が始まる前に、有村昆が、「この中で『スター・ウォーズ』シリーズを1作でも見たことがあるぞという方、拍手をお願いします」と言い、盛大な拍手が返ってくる。それはそうである。「スター・ウォーズ」を観たことがないのにコンサートに来ていたとしていたらその方が変だ。ただ原田が「京響の方々から拍手がない」と言い、「でも楽器を持っていたからでしょう」と自らフォローするも、有村が「ご覧になったことありますよね?」と楽団員に聞く。
有村「反応が薄い」
実は第2ヴァイオリンの三瀬由起子さんが、Twitterで「スター・ウォーズ」を知らないということを明かしており、団員に「フォースを守る話」と聞かされても「ホーシ」と聞き間違え、更に「フォースってなんですか?」という状態なので、多分そんな人も多いのだろう。

先に書いたとおり、通して聴くと疲れるのだが、音の鳴りは完璧で、ジョン・ウィリアムズの実力の高さを知ることが出来るし、各曲の個性やインパクトも強烈である。ある意味、どんなクラシック作品よりもアメリカ的な音楽であるといえるのかも知れない。グスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックが全曲ジョン・ウィリアムズによるコンサートを行い、ドイツ・グラモフォンからライブ録音によるCDが出ているが、もうアメリカのクラシック作品と捉えてもいいのではないだろうか。ハリウッド映画の音楽、そして誰もが知っているメロディーということで、まさにアメリカの象徴的なものなのだから。

ただ、そう考える日本人は少ないわけで、だからこそ聴衆の分断が起きているのである。アメリカなどでは映画音楽による定期演奏が行われているのだが、日本では難しそうだ。日本の映画音楽も手掛けるべきなのだが、残念ながら知られている日本映画の音楽はそれほど多くはない。京都市交響楽団は、新たな戦略を募集していて、映画音楽やライトクラシックの音楽会で客層を広げようと考える人も多いと思われるのだが、今日の雰囲気だとそれは大して意味がなさそうである。映画音楽を聴く人はクラシックのコンサートには来ないし、逆もしかり。やはりYouTubeなどによる映像配信が最良の手なのかも知れない。ガリシア交響楽団という、世界的には無名なオーケストラを私はよく知っているのだが、それはなぜかといえばYouTubeチャンネルを持っていて、演奏をよく配信しているからである。「百聞は一見にしかず」というが、映像配信なら百聞と百見が共に可能なのだから、昨日行った霊光殿天満宮の額にあった通り「天下無敵・必勝利運」となるのではないか。

 

アンコールでは「スター・ウォーズ」メインテーマ完全版を原田と有村の二人で指揮する。途中で二人はライトセーバーを取り出して指揮。実は有村はライトセーバーが大好きで、TOKYOSAVERZというライトセーバーを使った殺陣ダンスユニットのプロデュースも行っているそうである。

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2019年10月 8日 (火)

これまでに観た映画より(131) 「ブラインドスポッティング」

2019年10月2日 京都シネマにて

京都シネマでアメリカ映画「ブラインドスポッティング」を観る。「ブラインドスポッティング」というのはいわゆる「盲点」のことなのだが、「2通りの見方が可能なシチュエーションやイメージ。ただし、一度に片方しか見ることができず、もう片方がブラインドスポットとなる」という定義がある。盲点と死角を併せ持ったようなものと考えると近いだろう。
メキシコ出身のカルロス・ロペス・エストラーダ監督作品。主演&脚本:ダーヴィド・ディグス、ラファエル・カザル。出演は、ジャニナ・ガヴァンカー、ウトカルシュ・アンブドゥカル、ジャスミン・シーファス・ジョーンズほか。

カリフォルニア州オークランドが舞台。MLB屈指の名門チームであるアスレチックスが本拠地としていることで有名な街だが、人種が多様でリベラルな気風でも知られているという。大企業のいくつが本社を置き、高給取りが多い一方で若者達の4人に1人は貧困者という格差の激しい街でもある。
生粋のオークランドっ子である黒人のコリン(ダーヴィド・ディグス)と白人のマイルズ(ラファエル・カザル)の二人は11歳の時から無二の親友として付き合ってきた。コリンは傷害罪で逮捕され、実刑を受けた後に1年の保護監督処分を受ける。定職に就き、門限は午後11時、奉仕活動を行うことが命じられ、指定されて一人暮らしすることになったアパート(新興のオークランド市民は高級住宅に住むようになり、賃貸の部屋はどこでも空いているような状態だったのだが、前科者なので好きな部屋を借りることは出来ない)のトイレ掃除も行っている。仕事は元カノでインド系のヴァル(ジャニナ・カヴァンカー)の斡旋で、ヴァルが受付や会計などの事務方をしている引っ越し会社の社員に決まった。マイルズも一緒に働いている。コリンは移動を制限されており、オークランドの中心部から出ることが出来ない。
だが実は、傷害事件はコリンが単独で起こしたものではなく、マイルズも加わっていたのだ。マイルズが逮捕されなかったのは白人だったからである。マイルズは自身のことを黒人への蔑称である「ニガー」と呼ばせ、黒人の女性と結婚するなど、黒人への理解はあると自覚しているのだが、何かあったら黒人のせいにされるのだというところまでは認識出来ていない。引っ越しの仕事に向かった先で、トラックの前に車を停めて動こうとしない若者をマイルズは罵倒し、何度もクラクションを鳴らすが、ヴァルが受けた苦情の電話では、クラクションを鳴らして罵倒してきたのはドレッドヘアの黒人ということになっていた。隣の席にいたコリンのせいにされたのだ。

処分が解けるまで3日となった夜。マイルズは車の中で6丁の拳銃を見せびらかす。何かあったら黒人である自分のせいにされると知っていたコリンはマイルズに自制するように申し出るが、マイルズは「家族を守るため」と主張して拳銃を所持するのを止めようとはしない。
門限の11時が迫っており、コリンはマイルズらと別れてトランクを運転して自宅へと急いでいた。トラックを発進させようとした時、黒人の若い男が前に飛び出してくる。その後ろからは白人の警官が追ってきていた。警官は何の躊躇もなく、拳銃の引き金を引く。4発の銃弾が放たれ、コリンの目の前で黒人の若い男は殺された。黒人だったからだ。

治安の悪いオークランド市の警官は高給で雇われていたが、よそ者も多く、オークランド市の郊外の高級住宅地か隣の街に住んでいて、地元愛がないといわれていた。ヤンキー気質で地元愛の強いマイルズは、白人ではありながらそうした富裕層の白人を黒人以上に目の敵にしている。人種差別を行わない自身こそがオークランド市民の本流だと考えているところのあるマイルズには黒人特有のデリケートな部分には目が及んでおらず……。


日本には目に見える形での異人種への差別は今のところそれほど顕著ではない。一目で異人種とわかるような人がそれほど多くないということもある。
ただ、私の天敵でもある認知バイアスは相当に強度なところがある。「そういうもの」と勝手に規定されてしまうことで、あらゆることがらの解釈が全てそれに沿って行われる。日本においては生き方はパターン化されており、かなりシステマチックな社会である。肌の色の違いといったようなわかりやすい目印がないだけに、そうした差別と無意識のデリカシーのなさはより巧妙に世界を覆っているともいえる。
オークランド・アスレチックスにちなんで野球で例えようか。よく「得意なコースの近くに苦手なゾーンがある」といわれるが、これは得意であるがために手を出して凡打してしまうということでもあるだろう。甘く見てしまうのだ。それと同じで「理解している」「知悉している」と自覚していることに実は盲点があったりする。決めつけも生じる。エリア・カザン監督の「紳士協定」っぽくなったが。

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2018年12月26日 (水)

これまでに観た映画より(115) 「最高の人生の見つけ方」

DVDでアメリカ映画「最高の人生の見つけ方」を観る。原題は「バケットリスト(棺桶リスト)」。ロブ・ライナー監督作品。主演:ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン。

病院経営者のエドワード(ジャック・ニコルソン)は癌の症状が出て、自身が経営する病院に入院することになる。同室になったのはやはり癌を患っている自動車修理工のカーター(モーガン・フリーマン)。ともに余命は長くない。同室ということでいつしか仲良くなった二人は、カーターが大学時代に哲学の教師に教わったという「棺桶リスト(棺桶に入るまでにやっておきたいことをリストアップしたもの)」を実行しようということになる……。

スカイダイビングやカーレース、世界旅行などやりたいことをやるうちに人生の本当の喜びを見つけていくというストーリーで、これだけ書くとありきたりの物語のように思えるが、見終わった後で心の底にほのかな灯が点ったような感動がある。
人生というものを最後の数ヶ月に凝縮してみせるという技法も優れており、主演の二人が何しろ巧い。

エドワードが金持ちだったからこそ様々なことが可能だったという側面は否めないのだが、金を追い求め、欲深く生きるよりも皆の中の一人として大切な人と出会い、触れ合いながら生きることの方が大切だということを教えてくれる作品である。

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2018年12月 1日 (土)

これまでに観た映画より(108) 「レインマン」

DVDでアメリカ映画「レインマン」を観る。ダスティン・ホフマン、トム・クルーズ主演作。

車のディーラーであるチャーリー(トム・クルーズ)の元に疎遠な関係にあった父の訃報が届く。葬儀に出たチャーリーだが、300万の遺産は父の遺言によって相続できず、車と父の自宅のバラ園だけを相続することに。納得のいかないチャーリーは300万の遺産を相続することになる人物を探す。見つかったのは今まで存在すら知らなかった年の離れた実の兄・レイモンド(ダスティン・ホフマン)。レイモンドは自閉症(サヴァン症候群でもある)を持っており、金銭の価値がわからないという。そんな兄に遺産を全て持って行かれては堪らないと、チャーリーはレイモンドを誘拐同然にして収容されていた施設から連れ出してしま う……。

遺産にとらわれていたチャーリー、自己が規定する世界にとらわれているレイモンド、互いがとらわれを超えて心の交流が行えるまでになる過程を描くヒューマンドラマである。レイモンドの姿はチャーリーの合わせ鏡に映った姿でもある。他者と接することで新たなる自分に出会うという二重の意味において。

ダスティン・ホフマンの自閉症者になりきった高い演技力には脱帽させられる。余りにリアルすぎて私もチャーリーのようにイライラさせられてしまった。それが本来なら感動させられるはずの場面が取って付けられたように感じられるというマイナス面にも繋がったのだが。

近くない将来、自分がもう少し成長できたら見返してみたいドラマだとも思った。

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2018年10月21日 (日)

観劇感想精選(262) 京都国際舞台芸術祭 KYOTO EXPERIMENT 2018 ウースターグループ 「タウンホール事件」

2018年10月14日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時から京都芸術劇場春秋座で、ニューヨークの前衛劇団であるウースターグループの「タウンホール事件」(クリス・ヘジダスとD・A・ペネベイガーによる映画「タウン・ブラッディ・ホール」に基づく)を観る。英語上演日本語字幕付。上演時間約65分の中編である。演出:エリザベス・ルコンプト。

1971年にニューヨークのタウンホールで行われたフェミニズムのためのパネルディスカッションの様子を収めたドキュメンタリー映画「タウン・ブラッディ・ホール」の映像を流しながら演劇も同時に上演される。

開演の15分前開場であったが、開演するまでの間、ヘッドホンを装着した若いアジア系スタッフ役の若い女性が舞台と客席の間をうろうろするなど臨場感を演出している。

パネルディスカッション(討論会)出席者の後ろにモニターがあり、そこに1971年のタウンホール内での模様が映し出される。

1971年の討論会に出席したのは、自称フェミニストだが実際は男性至上主義的なノンフィクション作家、ノーマン・メイラー、ウーマン・リブ運動の王道を行くような思想の持ち主である作家のジャーメイン・グリア、レズビアンである作家のジル・ジョンストン、女性という言葉で一括りにされるのを嫌う文芸評論家のダイアナ・トリリングらである。

今回の上演では、アリ・フリアコスとスコット・シェパードという二人の男優がノーマン・メイラーを交互に演じる。どちらかが出演出来なくなる可能性を考えて、二人に台本を送ったのだが、二人とも出演可能になったため二人一役にしたそうである。もっとも、男優一人対複数の女優という構図にした場合、誤解を招く恐れもあったため男優二人システムを採用したとも考えられる。男優二人が取っ組み合いの喧嘩をする挿話(ノーマン・メイラーが手掛けた映画のワンシーンらしい)を入れているが、これも男優二人でないと成立しないことだろう。

女性達はウーマン・リブだのフェミニズムだので一括りにされがちだが、主張や立場はそれぞれ異なる。

芝居はまずジルの一人語りで始まるのだが、これはジルが書いた『レズビアン・ネーション』に出てくるタウンホールでの討論会の記憶に忠実に基づいているようだ。ジルは自分がいかにアピール出来るかに掛けており、最初から場の空気を乱す気満々である。
「女は全員レズビアンだ」という主張を繰り広げる。

ジャーメイン・グリアは『去勢された女』という本で成功を収めたのだが、彼女を引き立てようとしたのが他ならぬノーマン・メイラーだったようである。
男性の詩人と女性の詩人を比較し、男性詩人はその活動が名誉に繋がるが、女性詩人の場合は逆に男性から敬遠されるということで、成功する女性詩人が生まれるためには女性の立場の向上が必須であると考えている。
また女は聖女か侍女のどちらかにしかなれないことを問題視している。

ノーマン・メイラーは、女性の人権を認めてはいるが、それは天賦のものではないと考えているようで、「努力で勝ち取るべき」としている。

ダイアナ・トリリングを演じているのは男優のグレッグ・マーテン。ダイアナは、オーガズムが一人一人違うように同じ女性でも思想が個々に異なるとして、安易に女性の立場を代表するようなスタンスを取ってはならないと考えている。また彼女は左翼思想の持ち主だが、ノーマンは「左翼全体主義は地獄」と考えており、思想面でまず対立している。

俳優のみが見られるモニターが3つほどあり、そこに流れる映像や字幕、俳優がつけているイヤホンなどを通して聞こえるセリフなどの情報の中から俳優が適宜選択をして表現していくという手法を取っている。効果的なのかどうかは見た限りでは判然としない。
ドキュメンタリー映画の映像と目の前にいる俳優が同じ仕草をしたり、声が重なったりするのは視覚的には面白いが、それだけといえばそれだけのような気がする。今目の前で起こっているという感覚にはどうしてもなれなかった。


この作品は基本的にジルの視点を主体に描かれており、女対男、女対女、急進派対伝統主義の構図で争いが起こってる間にもジルは女性同士で愛し合うなど、一人だけ上のステージにいるような立場にあるのは当然ともいえる。ジルにだけは自己愛でない愛があるようだ。実際にどうだったのかはわからないが。

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2018年9月22日 (土)

これまでに観た映画より(107) 「ラスト、コーション」

DVDで、米・中・台湾・香港合作映画「ラスト、コーション」を観る。アン・リー監督作品。トニー・レオン&湯唯:主演。

日中戦争の時代を舞台としたサスペンス映画である。香港に渡り、嶺南大学の学生となった王佳芝(湯唯)は、学生劇団に参加。劇団仲間は日本の手下である易という男(トニー・レオン)が、香港に来ていることを知り、易殺害の計画を練る。王佳芝も易殺害のために協力するのだが……。
激しいラブシーンが話題になったが、想像以上に激しい。中国の俳優がこういったシーンをやるのは少し前まで考えられなかったことだ。

最後の30分ほどにサスペンスシーンは凝縮されており、それまでの展開は慎重に慎重を重ねているためジリジリとしたもので、ここで飽きる人は飽きてしまうかも知れない。ただ展開が遅い分、ラスト30分が生きているともいえる。
サスペンスとしての出来は必ずしも良いものではないかも知れないが、映画としては一級品。見終わった後に不思議な印象の残る映画であった。

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2018年9月 1日 (土)

コンサートの記(417) ローマ・イタリア管弦楽団 「映画音楽名曲選」@京都コンサートホール

2018年8月22日 京都コンサートホールにて

午後6時30分から京都コンサートホールで、ローマ・イタリア管弦楽団の「映画音楽名曲選」コンサートを聴く。

ローマ・イタリア管弦楽団は、1990年創設のオーケストラである。クラシックと映画音楽の演奏を両輪として活動しており、室内楽や小編成のアンサンブルでの公演も行っているという。映画音楽に関しては多くのサウンドトラックのレコーディングを手掛けており、エンリオ・モリコーネ作品のほか、「ライフ・イズ・ビューティフル」や「イル・ポスティーノ」などの映画本編の演奏を担当している。

以前は、ローマ室内管弦楽団の名義で日本ツアーを行っていたが、今回はローマ・イタリア管弦楽団として日本中を回る。これまでに関東各地と愛知県日進市、静岡県浜松市で演奏会を行っており、今後は、呉、山口、福岡県、熊本、宮崎、大分、鹿児島を経て関東に戻り、長野、静岡、楽日となるてつくば市のノバホールまで計24会場を回るという大型ツアーである。このうち、鹿児島市文化第1ホール、東京オペラシティコンサートホール、ノバホールでの3公演は吉俣良特別プロデュース公演であり、「篤姫」や「江~姫たちの戦国~」で知られる吉俣良が出演して自作を中心としたコンサートを行う。

曲目は、ジョルジュ・オーリックの「ローマの休日」メインテーマ、ヘンリー・マンシーニの「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”と「ピンクパンサー」のテーマ、ジョン・ウィリアムズの「シンドラーのリスト」よりテーマ、マックス・スタイナーの「風と共に去りぬ」より“タラのテーマ”、ピエトロ・マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲(ゴッド・ファーザー」パートⅢ)、ニーノ・ロータの「ゴッド・ファーザー」より“愛のテーマ”、「ロミオとジュリエット」よりテーマ、「山猫」より“愛のテーマ”、「フェリーニのアマルコムド」よりテーマ、「道」よりテーマ、「8 1/2(はっかにぶんのいち)」よりテーマ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの交響曲第25番第1楽章(「アマデウス」)と歌劇「フィガロの結婚」序曲(「アマデウス」)、ニコラ・ピオヴァーニの「ライフ・イズ・ビューティフル」メインテーマ、フランシス・レイの「ある愛の詩」テーマ、「白い恋人たち」テーマ、「男と女」よりテーマ、ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」より“愛のテーマ”、エンリオ・モリコーネの「海の上のピアニスト」より“愛を奏でて”、「ニュー・シネマ・パラダイス」より“愛のテーマ”、「ミッション」よりメインテーマ、「続・夕日のガンマン」よりテーマ。当日になって曲順を大幅に入れ替えている。

今日はステージからは遠いが音は良い3階正面席で聴く。なおポディウム席、2階ステージ横席、3階サイド席は発売されていない。

イタリアはクラシック音楽の祖国ではあるが、名門オーケストラはあっても一流オーケストラはないというのが現状である。指揮者に関してはアルトゥーロ・トスカニーニに始まり、カルロ・マリア・ジュリーニ、クラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティ、リッカルド・シャイー、ジュゼッペ・シノーポリ、最近話題のダニエレ・ガッティに至るまで、オーケストラビルダーとしても名高い多くの逸材が生まれているが、イタリア国内はオーケストラコンサートよりもオペラが盛んということもあってオーケストラ自体の名声が上がらない。名門よりもむしろ最近出来たミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団やアルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団の方が高い評価を得ていたりする。

というわけで、機能に関しては余り期待していなかったのだが、想像していたよりもはるかに優れたオーケストラであった。透明な音と朗らかなカンタービレが特徴。管の抜けも良いが、弦はそれ以上に優れており、流石は「弦の国」のオーケストラと感心させられる出来であった。今後も日本でハイレベルな演奏を聴かせてくれそうである。

今回のツアーの指揮を務めるのは、ニコラ・マラスコ。フォッジア・ウンベルト・ジョルダーノ音楽院とペスカーラ音楽院で指揮をピエロ・ベルージやヨルマ・パヌラ、リッカルド・ムーティらに師事。2005年にはジュゼッペ・パターネ指揮コンクールで優勝している。マラスコは曲によってはピアノ独奏も担当しており、多才であるようだ。
「シンドラーのリスト」、「ニュー・シネマ・パラダイス」などではヴァイオリン独奏も務めたコンサートマスターのアントニオ・ペッレグリーノは、ローマ・イタリア管弦楽団の創設者の一人で、ローマ歌劇場第2ヴァイオリン奏者を経て同楽団のコンサートマスターも務めたという経歴の持ち主である。1999年から2003年まではフェーデレ・フェナローリ音楽院やアブルッツォ・ユース・オーケストラでオーケストラ演奏法指導者としても活躍していたそうだ。

ローマ・イタリア管弦楽団は、室内オーケストラより一回り大きめの編成。メンバー表を見たが、ほぼ全員がイタリア人のようである。アメリカ式の現代配置を基本としているが、ティンパニを舞台上手、ヴィオラの隣に置くなど独自性が見られる。「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”では、出だしがサティの「ジムノペディ」第1番を意識した編曲だったりとアレンジにも凝っている。エレキ音はギターなどは用いず、全てキーボード(赤毛のミレラ・ヴィンチゲラという女性奏者が担当)で出しているようだ。

映画音楽だけでなく、マスカーニやモーツァルトの演奏も優れている。特にマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲はイタリアのオーケストラでないと出せないような絶妙の彩りが特徴である。
指揮のニコラ・マラスコは強弱のコントラストを大きくつけた音楽作りをする。パースペクティヴの作り方も上手い。

アンコールは、ペッレグリーノのヴァイオリン独奏による「愛の賛歌」、更にオーリックの「ローマの休日」メインテーマが再度演奏される。豊かな歌と輝かしい音が印象的であった。

20世紀のクラシック音楽がどんどん歌から離れていく一方で、劇伴やポップスはよりメロディアスなものへと発展を遂げていく。音楽史的には、12音楽を始めとして響きの音楽へと転換していくクラシック部門に耳目を奪われがちになるが、ポピュラー部門に関していうなら20世紀ほど旋律が追求された時代はこれまでなかったように思う。録音技術やマスメディアの発達で世界各国の音楽をいながらにして聴くことが出来るようになったことも大きいだろう。望めば24時間音楽が聴ける環境が整ったことでメロディーの世界は広大無辺は大げさにしても一個人や国家の壁を越えて広がるようになっている。
というわけで、クラシックのコンサートホールでは例がないほど甘い旋律に酔うことが出来た。

 

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2018年4月29日 (日)

これまでに観た映画より(102) 「愛の神、エロス」

DVDで映画「愛の神、エロス」を観る。香港の王家衛、アメリカのスティーブン・ソダーバーク、イタリアのミケランジェロ・アントニオーニの3人の映画監督が「エロス」をテーマにして撮った映画のオムニバス。ミケランジェロ・アントニオーニはこれが遺作となった。

トップを飾るのは王家衛監督の「若き仕立屋の恋(英題:THE HAND)」だが、これが怖ろしいほどの完成度を誇る。
1960代の香港を舞台に、仕立屋のチャン(チャン・チェン)と、高級娼婦ホア(コン・リー)の関係を描いた作品。王家衛監督は、「花様年華」で直接描写を避けることでより強烈にエロティシズムを引き立てることに成功していたが、「若き仕立屋の恋」ではそれが更に徹底されている。キスシーン一つにしても顔は映さず、カメラは手や腰を追う。
直接描写はほとんどないのに極めて官能的な空気が画面から匂ってくる。カメラは人が去った部屋の中を写し続けて、登場人物の声だけが隣の部屋から聞こえたり、誰もいなくなった廊下や階段を映すことで、寂寥感や失望感を引き立たせたり、とにかく洗練された映画手法が次々に繰り出される。
官能的なだけでなく、美しくも悲しい作品。40分ちょっとの映画だが、下手な長編映画よりもずっと見応えがある。
コン・リーとチャン・チェンの演技も最高であり、尺は短いが、これ1本だけで十分客を呼ぶことが出来る。「完璧」に限りなく近い傑作だ。

王家衛に比べると、「オーシャンズ」シリーズのスティーブン・ソダーバークや、「太陽はひとりぼっち」で知られるイタリアの巨匠監督ミケランジェロ・アントニオーニの作品は、“試みとしては面白いんだけどねえ”というレベルに留まる。作品の質が2桁ほど違うといっても過言ではないだろう。ソダーバーク(ラストのどんでん返し)やアントニオーニ(さりげない超リアリズムの手法)も撮ったもの自体は悪くないのだが、相手が悪かった。

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