カテゴリー「映画」の362件の記事

2021年6月20日 (日)

これまでに観た映画より(264) アルフレッド・ヒッチコック監督作品 「断崖」

2021年6月18日

録画してまだ観ていなかった、BSプレミアムのプレミアムシネマ「断崖」を観る。アルフレッド・ヒッチコック監督作品。このところプレミアムシネマではヒッチコック作品が立て続けに放送されている。

原作:フランシス・アイルズ、音楽:フランツ・ワックスマン。
出演:ケーリー・グラント、ジョーン・フォンテイン、ナイジェル・ブルース、セドリック・ハードウィック、デイム・メイ・ウィッテイ、オリオール・リーほか。アメリカ映画だが、イギリスを舞台としている。全米公開は1941年11月14日ということで、日米開戦が目前に迫っていた。

「断崖」は十代の頃に観ているはずだが、今振り返ると、あの当時は何も分かっていなかったように思う。

影のある二枚目俳優で、ヒッチコック作品の常連であったケーリー・グラントが本領を発揮しているが、世間知らずな田舎の富豪の娘から一人の女性へと自立していくリナを演じたジョーン・フォンテインの演技は更に素晴らしく、1時間40分と短めの映画であるが、冒頭とラストでは全くの別人になっている。ジョーン・フォンテインは、この演技が認められ、第14回アカデミー賞で主演女優賞を獲得している。

物語は、列車のコンパートメントで、リナとジョン・エイスガース(愛称はジョニー。ケーリー・グラント)が出会うことから始まる。色男として新聞にも載るジョニー・エイスガース。リナはたまたまその記事を目にし、ジョニーが映った写真を切り抜き、読んでいた本に挟んだ。ウイットに富んだ会話を行うジョニーにリナは才気を感じる。

再会した二人は瞬く間に恋に落ち、結婚を決める。海外に新婚旅行に出掛け、ジョニーが改装させた新居に落ち着いた二人。だが、ジョニーがとんだ甲斐性なしだと判明する。男前で人当たりが良いので、これまで色々な人がお金を貸してくれたが、ジョニー自身はこれまで一度もまともに働いたことがない。しかも競馬好きで負け続け、多額の借金がある。生活を心配するリナにジョニーは、「君はいつか大金を相続する」と語って、リナをあきれさせる。

とはいえ、ジョニーも働き口について全く考えていなかった訳ではない。いとこが、経営する不動産屋で一緒に働かないかと持ちかけてくれていた。
だが、そこでもジョニーは持ち前の駄目男ぶりを発揮。横領を働いてしまい、解雇に。親族だというので告訴はされなかったが、返済を求められているということをリナは知ってしまう。

ジョニーは親友のビーキー・スウェイト(ナイジェル・ブルース)と共に事業を興す計画を立てる。ウエストサセックス州タングメアの断崖沿いの土地を手に入れ、開発や土地の転売を行おうというのだ。
ジョニーへの失望と信頼の回復を繰り返していたリナだったが、次第に夫が保険金目当ての殺人を企てているのではないかと疑い始める。


ヒッチコック映画のトレードマークの一つとして、「ヒッチコック・シャドー」と呼ばれるものが存在する。長く伸びる影が不穏さを醸し出すのだが、「断崖」ではケーリー・グラントの影が「ヒッチコック・シャドー」として効果的に使われている。

またケーリー・グラント演じるジョニーが、妻のリナのためにミルクを入れたコップをトレイに乗せて暗めの階段を昇るシーンで、ミルクが毒々しく光る。実はこれはミルクを入れたコップに電球を仕込んで光らせるという、ヒッチコック演出の中でも特に有名なものの一つである。ヒッチコックの卓越した発想力が窺われる演出だ。

ワックスマン作曲の音楽が特に前半はずっと流れており、本当の意味でのメロドラマであるが、この映画の主題はずばり「愛」だ。心理サスペンスではあるが、リナはジョニーを、ジョニーはリナを誰よりも愛している。そして世間知らずの田舎の富豪の娘と、見た目が良いだけの馬鹿男が、夫婦として成長していくという人間ドラマでもある。

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2021年6月18日 (金)

これまでに観た映画より(263) アルフレッド・ヒッチコック監督作品 「サイコ」

2021年6月16日

録画してまだ観ていなかったBSプレミアムのプレミアムシネマ「サイコ」を観る。アルフレッド・ヒッチコック監督の代表作の一つで、興行成績は最高。知名度においても一二を争う。

「サイコ」は有名作なので、これまでにテレビで放送されたものを何度か観ている。一番最初に観たのは、まだ二十代前半だった頃で、テレビ東京で日曜の昼下がりに放送されていた映画劇場においてだった。当時のテレビ(地上アナログ放送)では、深夜を除いて洋画を放送する際は必ず吹き替え版であり、最初に観た「サイコ」も当然ながら吹き替えであった。余談であるが、京都ではテレビ東京系の地上波放送を見ることは基本出来ない。テレビ東京の関西準キー局であるテレビ大阪とKBS京都テレビとの放映権争いによるものである。


今でこそサイコサスペンスの名作は数多いが、ヒッチコックの「サイコ」はその先駆けであり、全てのサイコサスペンスがヒッチコックの「サイコ」の影響を受けているといっても、決して過言ではない。

出演:アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、ヴェラ・マイルズ、ジョン・ギャビンほか。原作:ロバート・ブロック、脚本:ジョセフ・ステファノ。音楽:バーナード・ハーマン。

バーナード・ハーマンは映画音楽の巨匠で、ヒッチコック映画の音楽もいくつも手掛けているが、「サイコ」の音楽は、彼が書いた作品の中でも最高の部類に属すると思われる。シャワーシーンの音楽が特に有名だが、その他の音楽も素晴らしい。オープニングテーマも心の動揺と焦燥感や不安定さ、車の疾走感などを音楽で見事に描き切っており、それでいてどこかエレガントである。

映画史上最も衝撃的な音楽としても知られるシャワーシーンの音楽であるが、シャワーシーンは音楽のみならずカット割りも有名で、ヒッチコックを取り上げた書籍によくシャワーシーンのカット割りの写真が載っている。

今はサイコサスペンス作品も珍しくないので、若い人が「サイコ」を観てもそれほどの衝撃を受けないかも知れないが、公開時にはこの手の映画はほとんど存在しなかった。また押さえておかねばならないのは、ジャネット・リーが当時の人気女優だったということである。そのため観客は最初のうちは、「サイコ」が彼女を主人公とするクライムスリラーだと信じて疑わなかった。ところが……、という点が衝撃だったのである。

今の大都市の映画館は完全入れ替え制が基本だと思われるが、私が若い頃はまだそれほど厳しくなく、途中から入って何度も映画を観るということも可能だった。だが、ヒッチコックは全ての映画館に途中入場を禁じる旨を言い渡したという。有名な作品なので、ストーリー展開を全て知っている人も多いと思うが、少しだけ内容を明かすと、主役と思われたジャネット・リーの出演シーンは、映画が半分にもたどり着かないうちに終わってしまい、その後二度と現れない。途中から映画館に入った客が、「なんでジャネット・リーが出ていないんだ?」と不審がるのを防ぐための措置であった。

これまた有名な話であるが、「サイコ」は便器がスクリーンに映る映画史上初の作品である。検閲があり、日常生活で隠されている部分は撮影しないという決まりがあった。当然ながら検閲に引っかかりそうになったが、「どうしても必要なシーンだから」という説得が成功し、カットされることなく上映されている。

ノーマン・ベイツを演じたアンソニー・パーキンスは、これが出世作となり、日本でも人気が出てCMにも出演している。アイビーリーグのコロンビア大学卒というインテリであり、ノーマンがしょっちゅう飴をなめているというのは、パーキンスが出したアイデアである。コロンビア大学在学中にフランス語をマスターしており、「サイコ」がヒットした後は、ノーマンのイメージに固定されるのを嫌い、パリに移住してフランス映画への出演を続けた。だが、結局は彼はノーマンから逃れることは出来ず、人気に翳りが見えてからはヒッチコック以外が手掛けた「サイコ」シリーズに出演せざるを得なかった。同性愛者であったことも彼を苦しめたという。1992年、エイズが原因の合併症により他界。

 

ちなみに「サイコ」は、脚本、音楽などはそのままに1998年にカラー映画としてリメイクされている。監督はガス・ヴァン・サントが担当し、製作側もかなり力を入れたことが窺われるが、大コケに終わり、ヒッチコックの偉大さが改めて浮かび上がる結果となった。

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2021年6月17日 (木)

サラ・ハツコ・ヒックス指揮デンマーク国立交響楽団 バーナード・ハーマン 「サイコ」組曲

東京生まれ、ホノルル育ちのサラ・ハツコ・ヒックスが指揮するヒッチコック映画「サイコ」の音楽。作曲はバーナード・ハーマン。演奏はデンマーク国立交響楽団。

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2021年6月 8日 (火)

これまでに観た映画より(262) 「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」

2021年6月5日 マルタ・アルゲリッチの80歳の誕生日に

録画してまだ観ていなかったドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」を観る。フランス=スイス合作作品。実は今日、6月5日はマルタ・アルゲリッチの誕生日であり、彼女は満80歳、日本でいう傘寿を迎えた。
撮影・監督はステファニー・アルゲリッチ。彼女の三女である。邦題の「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」からはアルゲリッチのサクセスストーリーが描かれているような印象を受けるが、実際はアルゲリッチの影の部分に迫った作品と見た方が適当であるように思われる。

原題は「Bloody Daughter」。これは、「いまいましい娘」という意味で、ステファニー・アルゲリッチの父親であるスティーヴン・コヴァセヴィチがステファニーを称した言葉である。日本語でいう「いまいましい娘」とは別の意味があるようだ。

アルゲリッチには女ばかり三人の子どもがいるが、父親は全員違う。長女、リダの父親は中国系指揮者のロバート・チェン、次女のアニーの父親は日本でもお馴染みである指揮者のシャルル・デュトワ、そしてステファニーの父親はピアニストのスティーヴン・コヴァセヴィチである。現役最高の天才ピアニストの一人であり、女性ピアニストとしては史上最高といっていいほどの才能の持ち主であるマルタ・アルゲリッチだが、娘のステファニーが捉えたアルゲリッチの姿は、どう見ても幸せそうには感じられない。音楽を愛しているが、演奏する喜びよりも不安や虚しさの方が強く感じられ、精神的には不安定で、人生を謳歌しているとは言い難いように思われる。

映画は、ステファニーの出産にアルゲリッチが立ち会うところから始まり、ステファニーの息子、つまり孫にピアノや歌を教えるシーンで終わる。アルゲリッチの60歳から70歳までの姿が収められている。

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに生まれたアルゲリッチだが、12歳の時に一家でウィーンに移住。フリードリヒ・グルダに師事する。以降、ブエノスアイレスに戻ることはほとんどなかったようだが、この映画にはブエノスアイレスを訪れたアルゲリッチが、子どもの頃に父親とよく動物園を訪れて写真を撮ったという思い出を語る場面がある。

デュトワと結婚していた時代に、二人でインタビューに応じた映像が流され、二人の娘であり、現在はジャーナリストとして活躍するアニー・デュトワも映像と写真で出演。ヴィオラ奏者となった長姉のリダも登場する。

ステファニーの父親であるスティーヴン・コヴァセヴィチは、チェンやデュトワとは違い、今現在の姿が収められている。ステファニーによると、コヴァセヴィチは「母と違って、毎日ピアノを弾く」。アルゲリッチは天才ピアニストではあるが、ムラのあるタイプであり、またかなり変わった人物でもある。このドキュメンタリー映画の中で口にしている言葉も、意味不明というほどではないが、通常の人とは明らかに変わったものの捉え方と表現の仕方をしていることが分かる。天才ピアニストであるだけに、個性的且つ即興的、偉大な作曲家の作品を奏でているが、あたかもその場で頭に浮かんだばかりのような新鮮な音楽を生み出すことが出来るアルゲリッチ。だが、その姿に誰よりも自分自身が違和感を覚えているようですらある。若い頃はピアノが嫌いだったそうで、自分が描いていたものとは別の人生を歩んでいることの不可思議さと自身の才能に振り回されているようにも見える。日々演奏旅行を行う日常に不満を感じているようであり、もっとじっくりと自分と向かい合いたいのだがその時間が取れないもどかしさがあるようだ。
アルゲリッチは一頃はキャンセル魔として知られ、また長い間、ピアノ独奏の演奏会を一切行わない時期があった。理由は、「ステージ上に一人でいると寂しい」という、およそプロのピアニストとは思えないものであったようだが、そうした不安を抱える様子もこの作品の映像には収められている。

スティーヴン・コヴァセヴィチは、味のあるピアノを弾く人だが、天才ピアニストではない。だが、皮肉なことに表現上の迷いがない分、ピアニストとしてはコヴァセヴィチの方がずっと幸せそうに見える。アルゲリッチとコヴァセヴィチはステファニーが2歳の時に離婚しており、ステファニーがどちらの姓を名乗るかは、両親がコイントスで決めたそうで、結果、アルゲリッチ姓を名乗ることになった。そんないい加減な調子なので、コヴァセヴィチもステファニーを認知していない。ということで、出生当時のステファニーの苗字は「デュトワ」とされていたそうだ。コヴァセヴィチとステファニーの関係は良好なようだが、ステファニーがコヴァセヴィチに「父親と認める手続きをして欲しい」と申し出たシーンで、コヴァセヴィチは手続きの仕方がよく分かっておらず、必要な資料の在処も忘れていることが判明する。音楽家はその才能の代わりに何かが欠落しているようである。

ちなみに最初の正式な結婚相手であるシャルル・デュトワも実力派の指揮者で、フランス音楽演奏の第一人者であるが、やはり天才というよりも職人タイプであり、天才であるアルゲリッチは、自身とは異なった特性を持った音楽家を選んでいることになる。映画の中で語られるアルゲリッチの言葉を聞くと、意図的に選んでいるのではないかと予想される。
アルゲリッチが音楽を「愛のようなもの」と例える場面があるが、愛においては、アルゲリッチは勝者とは呼べないようである。

リダ、アニー、ステファニーは共に父親似であり、顔も、おそらく性格もアルゲリッチには似ていない。アニーとステファニーは姉妹のように育てられたようで、二人で写っている写真や映像が存在する。ある時期まではリダの存在は二人には秘せられていたようだ。
なお、幼いステファニーの世話は教育面でも生活面でもアニーが担っており、アルゲリッチは母親としては完全に無能であることが分かる。幼いアニーとデュトワと三人で写ったインタビュー映像でもアニーの面倒はデュトワが見ており、アルゲリッチは横にいるだけだ。その後は、ステファニーの面倒は、アルゲリッチの愛人となったピアニストのミシェル・ベロフが見るようになったが、やはりアルゲリッチは何もしていないようである。

ちなみに、アルゲリッチの家にビデオカメラを持ち込んだのはアルゲリッチ本人だそうで、日本で演奏会を行った時に購入し、土産として娘に与えたようだ。アルゲリッチは別府アルゲリッチ音楽祭の主催者であるため、来日してリダ(と撮影のステファニー)と共に新幹線に乗り、箸を使って駅弁を頬張るシーンがある。別府市のホールとその周辺、リダのヴィオラとのリハーサルシーンも収められている。

彼女の即興的な演奏スタイルは、ワルシャワで行われるコンサートのリハーサル、ショパンのピアノ協奏曲第1番を弾く際に最も分かりやすい形で伝わってくる。通常とは違うスタイルでの演奏をすることを思いついたアルゲリッチだが、それは閃きというよりも、向こうから来たもののようで、アルゲリッチ本人もその理由を説明することが出来ない。

その言葉では表現出来ない何かの存在を本編の最後でアルゲリッチはステファニーに伝えている。おそらくその何かは音楽であるのだと思われるのだが、音楽はアルゲリッチ本人にも統御出来るものではないようだ。こうしたピアニストの常として、アルゲリッチもホロヴィッツに憧れ、ニューヨークに渡り、ホロヴィッツの家のそばに部屋を借りて滞在していたことがあるのだが、面会は叶わなかったそうである。

アルゲリッチがコンサート終了後に延々とサイン会を行うのを、幼い頃のステファニーは不満に思っていたことが語られる。だが、この映画に収められたサイン会のシーンでアルゲリッチは実に生き生きとしている。普段のアルゲリッチは疲れたような厭世的な表情をしているが、サイン会の時は顔色が違う。ステファニーが言う「女神」のように。
アルゲリッチは幼い頃から国際的なピアノコンクールで優勝し、「美貌の天才ピアニスト」として引く手あまたで、数々の音楽家と共演した。彼らの中に正真正銘の天才は少なかったかも知れないが、いずれも特別な種類の人々であったのは確かだ。あるいはサイン会の時間は、彼女に許された数少ない普通の人々と触れ合う機会だったのかも知れない。

アルゲリッチと三人の娘がピクニックに出掛け、ペディキュアを塗り合うシーンがある。いずれも父親は違うが、三人の娘と過ごすアルゲリッチは、ある意味、平凡な女性にすら見える。だが、アルゲリッチの真の意味での娘は実は音楽以外にはいないのではないだろうか。そしてその真の娘は、腹を痛めて生んだ三人の父親似の娘よりもいまいましい娘(Bloody Daughter)であり、アルゲリッチ本人を揺すぶり続ける。
冒頭付近に、ステファニーがアルゲリッチについて「彼女の方が自分の子どもなのではないかと思われる」と語るナレーションがある。そこからは音楽の母である天才マルタ・アルゲリッチと、音楽の娘でもある幼いマルタ・アルゲリッチという二つの姿が浮かぶ。音楽は選ばれた者を人と同等には育まないようだ。

音楽の神に愛されたが故に音楽に利用され、やりたいことも出来ず、娘ともずっと向き合えなかった孤独な天才の肖像である。結婚していた時代にデュトワがインタビューで答えていたが、「演奏家は音楽を義務としてやるため、本当にしたいことは出来ない」という意味の言葉は本当のことのようである。

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2021年5月31日 (月)

B・J・トーマス 「雨にぬれても」(映画「明日に向かって撃て!」挿入歌)

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2021年5月30日 (日)

これまでに観た映画より(261) 「戦場のメリークリスマス」

2021年5月27日 京都シネマにて

京都シネマで、「戦場のメリークリスマス」を観る。大島渚監督作品。日本=イギリス=ニュージーランド合作作品で、撮影は主にニュージーランドで行われている。出演:デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティ、ジャック・トンプソン、内田裕也、ジョニー大倉、内藤剛志ほか。オール・メイル・キャストである。結構よく知られた話だが、無名時代の三上博史も日本軍の一兵卒役で出演しており、比較的目立つ場面に出ていたりする。脚本:大島渚&ポール・マイヤーズバーグ。製作はジェレミー・トーマス。2023年に大島渚の作品が国立機関に収蔵される予定となったため、全国的な大規模ロードショーは今回が最後となる。4K修復版での公開となるが、京都シネマの場合は設備の関係で、2Kでの上映となる。

映画音楽の作曲は坂本龍一で、略称の「戦メリ」というと通常では映画ではなく坂本龍一作曲のメインテーマの方を指す。おそらく映画よりも音楽の方が有名で、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」は観たことがなくても、坂本龍一作曲の「戦場のメリークリスマス」は聴いたことがあるという人も多いだろう。サウンドトラック盤の他に、ピアノアルバムとして発表した「Avec Piano」も有名で、坂本龍一本人の監修による楽譜などが出版されている。私は坂本龍一本人の監修ではなく、許可を得て採譜され、kmpから出版された楽譜を紀伊國屋書店新宿本店で買ってきて、よく練習していた。「戦場のメリークリスマス」メインテーマよりも、「Last Regrets」という短い曲の方が好きで、これまでで一番弾いた回数の多い曲であると思われる。
私のことはどうでもいいか。

ローレンス・ヴァン・デル・ポストの小説『影の獄にて』を原作としたものであり、インドネシアにおける日本軍の敵国兵捕虜収容所が舞台となっている。捕虜収容所を舞台とした映画としては「大いなる幻影」が有名であるが、「戦場のメリークリスマス」も「大いなる幻影」同様、戦争映画なのに戦闘シーンが全くないという異色作で、おそらくであるが、「大いなる幻影」はかなり意識されていると思われる。

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1942年、ジャワ島レバクセンパタにある日本軍の捕虜収容所。収容所所長はヨノイ大尉(坂本龍一)である。部下のハラ軍曹(ビートたけし)と、捕虜であるが日本在住経験があるため日本語も操れるジョン・ロレンス(トム・コンティ)は敵であり、時には一方的にハラがロレンスに暴力を振るう関係でありながら、友情のようなものも築きつつあった。

当時日本領だった朝鮮半島出身の軍属であるカネモト(ジョニー大倉)が、オランダ兵俘虜のデ・ヨンに性行為を働いたかどで捕縛され、ハラから切腹を強要されそうになるというところから始まる。実はこの同性愛の主題がずっと繰り返されることになるのがこの映画の特徴であるのだが、単なるホモセクシャルの話で終わらないところが流石は大島渚というべきだろうか。戦場には男しかいないため、洋の東西を問わず同性愛は盛んに行われたのだが、この映画では、それが単なる性欲という形で終わることはない。

ヨノイは、バタビヤ(現在のジャカルタ。長年、インドネシアの首都として知られたジャカルタだが、首都移転計画が本格化しており、ボルネオ島内への遷都が行われる可能性が高い)で行われる軍律会議に参加したのだが、そこで被告となったジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)に一目惚れする。ここで流れる音楽は「The Seed(種)」というタイトルで、メインテーマ以上に重要である。

死刑を宣告されたセリアズであったが、ヨノイによって日本軍捕虜収容所に入れられることとなる。

「戦場のメリークリスマス」は、まだ千葉にいた二十代の頃に、セルビデオ(VHSである。懐かしいね)で観たことがあるのだが、スクリーンで観るのは今回が初めてとなる。日本公開は1983年。当時、私は小学3年生で、まあ10歳にもならない子どもが観るような映画ではない。


大島渚は京都大学在学中に学生運動に参加し、左派思想からスタートした人だが、坂本龍一も都立新宿高校在学中から学生運動に加わり、芸大在学中も、――当時は学生運動は盛りを過ぎていたが――、美術学部の学生を中心に(音楽学部の学生は純粋なお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりで、政治には全く興味を示さなかったとのこと)自ら学生運動の団体を興していたということもあって、大島渚に憧れていたという(この辺りの記述は坂本龍一の口述による著書『Seldom Illegal 時には、違法』が元ネタである)。大島渚は学生劇団でも活動していたが、坂本龍一も芸大在学中はアンダーグラウンド演劇に参加しており、吉田日出子などとも知り合いで、舞台音楽を手掛けたほか、舞台に立ったこともあるというが、この映画での演技はかなり酷いもので、本人も自覚があり、坂本龍一のお嬢さんである坂本美雨によると、「試写後、たけしさんとフィルムを燃やそうかと話していたそうですからね(笑)」(「戦場のメリークリスマス/愛のコリーダ」有料パンフレットより)とのことである。日本語のセリフは切るところも変だし、感情と言葉が一致していなかったりする。ビートたけしは、喋りを仕事としているので、癖は強いが聞ける範囲であるが、坂本龍一はあのYMOの坂本龍一でなかったら降板もやむなしとなっていたとしてもおかしくない。ただ、大島渚は演技の巧拙ではなく、人物の持つエネルギーを重視する映画監督であり、当時、時代の寵児と持て囃されていた坂本龍一の佇まいは、やはり印象に残るものである。実際、坂本龍一の姿がメインで映っているが、坂本が喋っていないという場面が最も効果的に撮られている。
なお、当時の坂本龍一は「美男子」というイメージで女子学生のファンが多く、坂本龍一目当てで観に来ている女の子も多かったそうである。

敵味方や性別といった境界全てを超える「愛」というものを、変則的ではあるが思いっ切りぶつけてくる大島の態度には清々しさすら感じる。また、主役にデヴィッド・ボウイと坂本龍一という二人のミュージシャンを配しながら、ボウイ演じるセリアズは歌が苦手で、頭脳明晰でありながら自己表現が不得手であることにコンプレックスを感じているという設定なのが面白い。

余り指摘している人は見かけないが、デヴィッド・ボウイが担っているのはイエス・キリストの役割だと思われる。十字架への磔に見立てられたシーンが実際にある。物語の展開を考えれば、むしろない方が通りが良くなるはずのシーンである。そして何よりタイトルにメリークリスマスが入っている。


坂本龍一へのオファーは、最初は俳優のみでというものだったようだが(今日BSプレミアムで放送されたベルナルド・ベルトルッチ監督の「ラストエンペラー」も同様である)「音楽をやらせてくれるなら出ます」と答え、自身初となる映画音楽に取り組む。デヴィッド・ボウイが出るなら、ボウイのファンと音楽関係者はみんな「戦場のメリークリスマス」を観るから、映画音楽を手掛ければ世界中の人に聴いて貰えるという計算もあったようだ。映画音楽の手本となるものをプロデューサーのジェレミー・トーマスに聞き、「『市民ケーン』を参考にしろ」と言われ、書いたのが「戦場のメリークリスマス」の音楽である。インドネシアが舞台ということでアジア的なペンタトニックで書かれた音楽で、試写会を終えた後にジェレミー・トーマスから、“Not good,but Great!”と言われたことを坂本が自慢気に書いて(正確に書くと「語って」)いたのを覚えているが、かなり嬉しかったのだろう。坂本はその後も数多くの映画音楽を手掛けており、一時は本気で映画音楽の作曲に専念しようと思ったこともあるそうだが、処女作である「戦場のメリークリスマス」は、今でも特別な音楽であり続けている。

1992年頃に、坂本龍一が、日本人として初めてハリウッドで成功した俳優である早川雪洲役で大島渚の映画に主演するという情報が流れたが、予算が足りずにお蔵入りになってしまったようで、代わりに「御法度」という、これもまた同性愛を描いた大島渚の映画に坂本は音楽担当として参加している。


ラストのクローズアップでの笑みが、「仏の笑顔」、「これだけでアカデミー助演男優賞もの」と海外で騒がれたというビートたけし。たけしのイメージに近い役を振られているということもあって、演技力は余り感じられないが、ハラ軍曹その人のように見える。

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2021年5月27日 (木)

これまでに観た映画より(260) 「明日に向かって撃て!」

2010年1月21日

DVDでアメリカ映画「明日に向かって撃て!」を観る。アメリカン・ニューシネマの代表作。私も大好きな映画である。ジョージ・ロイ・ヒル監督作品。出演、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロスほか。

実在の銀行強盗、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドを主人公にしたアクション映画。アメリカン・パシフィック鉄道の列車を襲ったために、アメリカトップクラスの実力を持つ追跡団に追われることになるブッチとサンダンスの逃避行を中心に、ユーモアとウィットに富んだやり取りと展開が繰り広げられる。

脚本も演出も練りに練られており、バート・バカラックの音楽も素晴らしく、「完璧」な映画作品が出来上がっている。


今日観たDVDは特別版で、1994年に行われた、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロス、ウィリアム・ゴールドマン、バート・バカラックへのインタビューと、「明日に向かって撃て!」のメイキングドラマが収められている。これを観るとわかるが、完成直後の試写会における批評家の評価は最低だったそうで、「素人には面白いかも」、「(キャサリン・ロスが演じた)開拓時代の教師を侮辱する作品」といった、今読むと首をかしげたくなる批評も多い。批評というのはやはり当てにならないものなのだろうか。

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2021年5月15日 (土)

これまでに観た映画より(259) 蒼井優主演「百万円と苦虫女」

2009年9月1日

DVDで日本映画「百万円と苦虫女」を観る。タナダユキ監督作品。蒼井優主演作。出演は、森山未來、ピエール瀧、笹野高史、堀部圭亮、平岩紙、佐々木すみ江ほか。

佐藤鈴子(蒼井優)21歳。短大を出たが就職出来ず、レストランでアルバイトをしている。バイト仲間のリコ(平岩紙)とルームシェアして住むことにした鈴子だが、リコは彼氏のタケシと三人でルームシェアすることを鈴子には伝えずに決めてしまう。おまけにタケシとリコが別れてしまったため、鈴子は一度しか会ったことのないタケシと暮らすことに。

猫を拾ってきた鈴子だが、リコと別れてむしゃくしゃしているタケシに留守中に勝手に猫を捨てられてしまう。怒った鈴子は、仕返しとしてタケシの留守中にタケシの荷物を全て捨ててしまう。ところがタケシの荷物の中に100万円の入ったバッグがあったため、器物損壊の刑事事件として鈴子は告訴される。罰金20万円を支払って出所した鈴子だが、鈴子が留置所にいたことは近所に知れ渡っており、居づらい状態に。そこで鈴子はバイトで100万円を貯め、家を出て行くことにする。

海の家で働いている時は怪しげな男に軟派されそうになり、山村で桃をもぎる仕事をしている時には「桃娘」なる村おこしのキャンペーンガールにされそうになったりと様々な経験をする鈴子。

やがて街に出てホームセンターのガーデニング部門で働き始めた鈴子は中嶋(森山未來)という同い年の学生と良い関係になるのだが……


新たな自分を見つける旅というというよりは、自分から逃げるために100万円貯める度に場所を移っていく鈴子。その漂うような青春像が印象的である。

色々なことをしている蒼井優を観ることが出来るので、彼女のファンには良い映画かも知れない。個人的にはラストシーンの後が観たかったように思うのだが。もう少し描いて欲しかったという気もする。

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2021年5月 5日 (水)

これまでに観た映画より(258) 山田太一原作 大林宣彦監督作品「異人たちとの夏」

2009年8月7日

DVDで日本映画「異人たちとの夏」を観る。原作:山田太一、脚色・脚本:市川森一、監督:大林宣彦。出演:風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、永島敏行、名取裕子ほか。

これまで何度も観ている映画だが、京都に来てから観るのは初めてになる。映画のあらすじは憶えていたが、細部の記憶はほとんど飛んでいた。

孤独なシナリオライターの原田(風間杜夫)の部屋に、ある日、同じマンションに住む藤野桂(名取裕子)というこれまたひどく孤独な印象を纏った女性が訪ねてくる。原田は桂を相手にしないが、直後に原田はすでに亡くなっているはずの両親(片岡鶴太郎と秋吉久美子が演じている)と出会う。幼い時に両親を亡くしていた原田は、二人の下に足繁く通うようになっていくのだが……。


山田太一の原作小説も読んでいるので、それを意識しながら観た。風間杜夫の特殊メイクはやり過ぎだろうとか、ここの部分の処理は本当にこれでいいのかだとか、不満を感じてしまったのは確かだが、映画としてはまずまずの出来だと思う。

一番ひっかかったのは、風間杜夫演じる原田英雄が独り言をいうシーン。私自身独り言というのは好きでないため自分の本で書くことはほとんどないということもあり、この独り言のシーンは芝居くさくて気になってしまった。

また、名取裕子演じる藤野桂との別れのシーンは少し甘すぎるんじゃないかと思う。私だったらここは原作の方を生かす。まあ、そういう方法を選択するのかは好き好きになるのだが。

この映画で最も好きなのは、風間杜夫が亡き父親の霊である片岡鶴太郎とキャッチボールをするシーン。日本人の男の子の多くが、幼き日の最良の記憶としても持っているものであるように思う。

そして、一人で線香花火をしているシーンの秋吉久美子はとても美しい。

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2021年4月29日 (木)

これまでに観た映画より(257) 「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」

2009年7月9日

DVDで日本映画「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」を観る。監督:塚本連平。出演、市原隼人、佐々木蔵之介、麻生久美子、脇知弘、坂井真紀、石野真子、石田卓也、竹中直人ほか。

栃木県の田舎町。高校生の西条(石田卓也)が原付に乗っていて、新任の駐在(佐々木蔵之介)にスピード違反の切符を切られたことから逆上。駐在に一泡吹かせてやろうと、高校生の仲間全員によりあの手この手で駐在に挑んでいく。


ブログ小説が原作のようだが、マンガのようなノリと作りの映画である。ドラマティックな展開をすることはないが、心臓が悪いという女の子のために病院のそばで花火を打ち上げようとする下りなどはしみじみさせられる。

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