カテゴリー「映画」の573件の記事

2026年6月17日 (水)

これまでに観た映画より(436) 「国宝」

2026年6月12日

Amazon Prime Videoで、日本映画「国宝」を観る。昨年の6月に公開され、1年経った今も日本全国の映画館で上映され続けているという大ヒット作。興行収入は邦画史上ナンバーワンを記録している。

原作:吉田修一、監督:李相日。脚本:奥寺佐渡子。歌舞伎の世界を描いた作品であり、上方歌舞伎の家ということで京都や大阪でもロケが行われている。上方歌舞伎は1980年代に崩壊。多くの家が東京に移り、上方に残った歌舞伎俳優は僅かである。ただ東京在住であるが片岡仁左衛門は京都の人から「京都の歌舞伎俳優」と見なされており、中村鴈治郎は元々上方の家で、今は東京が本拠地だが、上方にも拠点を置くということで、「成駒家」という新たな屋号を生み出している。実際、鴈治郎や息子の壱太郎(かずたろう)が京都や大阪で公演やイベントを行う機会は多い。
上映時間が3時間を超える作品であり、体力的な心配から映画館には観に行かなかった。行けなかったというべきか。

出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、森七菜、寺島しのぶ、田中泯、見上愛、嶋田久作、瀧内公美、宮澤エマ、三浦貴大、永瀬正敏、中村鴈治郎、渡辺謙ほか。歌舞伎指導:中村鴈治郎。音楽:原摩利彦(京都市在住)。

1964年の長崎で物語は始まる。長崎の料亭(花月がモデル)で行われている、任侠・立花組の新年会。歌舞伎俳優の花井半二郎(渡辺謙)は、新年会に参加している。興行は元々はヤクザの仕事であり、たまたま長崎に来たからなのか、長崎公演を行うためには顔を出す必要があるためか、それは分からないが半二郎は立花組組長の立花権五郎(永瀬正敏)のご機嫌を取る。
余興があり、「関の扉」を演じた子どもに半二郎は魅せられる。芸子と思っていた平二郎だが、実際は立花の息子の喜久雄と知り、半次郎は喜久雄に優れた才能と資質を感じた。
突如、刃傷沙汰が起こる。立花組と敵対する組が襲撃してきたのだ。権五郎は中庭で命を落とす。長崎としては珍しい雪の日であり、これがラストの「鷺娘」に繋がる。背中に刺青を入れた喜久雄だが、才能を高く買う半次郎に呼ばれ、大阪へ。半二郎の息子である大垣俊介と共に歌舞伎の稽古に打ち込むことになる。半二郎の稽古は厳しかったが、東一郎の名を貰った喜久雄は稽古が性に合っており、稽古が終わっても「今すぐ稽古をしたい気分」と完全にのめり込む。半二郎は二人の姿を見て、「二人で女形をやらせてみたらどうだろう」と考える。花井半二郎家(屋号は「丹波屋」)は半二郎を含め、女形を得意とする家だった。
歌舞伎というのはドロドロした世界で、まず家系がものを言う。名優と呼ばれた歌舞伎俳優の息子なら、多少下手でも良い位置までは行けたりする。だが、父親や祖父が亡くなったりすると後ろ盾なしで出世が望めなくなったりもする。
名優の息子だった歌舞伎俳優が幼かった頃、よく会う歌舞伎俳優は、「坊ちゃん、坊ちゃん」と優しげだったが、父親が亡くなった途端、「おい! 小僧!」と罵られた、というのは実際にあった話である。
具体的な例を挙げると、「平成の三之助」の一人であった、尾上松之助改め尾上松緑は、早くに父親と祖父を亡くした。そこで七代目尾上菊五郎の弟子となるが、南座の顔見世でだんまりで立っているだけなど、扱いは良くなかった。三代目市川猿之助は、父と祖父をほぼ同時に亡くし、「劇界の孤児」と言われている。
喜久雄は、大物歌舞伎俳優である小野川万菊(田中泯)に顔を褒められるが、それが足を引っ張るのではと忠告される。
さて、W女形として売り出された東一郎(この頃から吉沢亮が演じる)と俊介(花井半弥。横浜流星が演じる)。評判になる。
ちなみに劇場であるが、京都四條南座(劇中では京座)、先斗町歌舞練場(劇中では浪花座)、上七軒歌舞練場などの京都の劇場のほか、撮影協力には国立劇場の名もある。東京・築地の歌舞伎座も上のビルをCGで消した形で登場するが、ここで撮影が行われたのかは分からない。ちなみに歌舞伎座(劇中では別の名前)で二人が公演を行っているときに、黒子として渡辺哲が参加しているのが確認出来る。

渡辺謙演じる花井半二郎に気に入られた東一郎。半二郎は糖尿病で目が見えにくくなっているので、演じられなくなる前に花井白虎を襲名。三代目花井半二郎に東一郎を抜擢する。実子の半弥を差し置いての出世だった。
しかし、花井白虎となった二代目花井半二郎は、劇場で口上を述べている時に吐血。息子の名を呼びながら倒れ、そのまま帰らぬ人となる。やはり実子の方が可愛かった。
その後は、半弥は2年ほど歌舞伎を離れ、半二郎となった喜久雄はセリフのある役が貰えなくなり、大勢で一つのセリフを唱えるか、だんまりもしくはいるだけの役をこなす日々が続く。更に大物歌舞伎俳優の娘である彰子(森七菜)と結婚して後ろ盾を得ようとするが、認められず、彰子が親子の縁を切ったことから、歌舞伎の劇場にも出演出来なくなる。
平二郎と彰子は、舞台のある食堂やホテルで独演の舞の公演を行うが、地方なのでろくに観て貰えず、更には女形を知らない人々から芸者と間違われて絡まれたりと、苦渋の日々を送る。
一方、半弥は「丹波屋再興」に取材する番組に出演。妻の春江(高畑充希)や子どもたちと共に意気込みを語る。血縁者はやはり強かった。ちなみに春江は平二郎が最初にプロポーズした女性だが、「結婚じゃなくて稼いで貢ぐ」というようなことを言われ、結婚出来なかった相手である。幼馴染みで、背中に彫り物があることからやはりそっち系の女性らしい。元はホステスだった。
平二郎には、他にも馴染みの相手がいた、芸妓の藤駒(見上愛)で、女の子を一人設けたが、その後、藤駒は出てこなくなり、捨てられたことが暗示されていた。平二郎と藤駒の娘・綾乃(瀧内公美)は、総白髪となった半二郎の前に現れる。平二郎が異例の早さで人間国宝に指定されることが決まった直後である。ここでの瀧内公美のセリフは説明的だが重要である。

「二人藤娘」や「二人道成寺」などを再び二人で演じるようになった平弥と平二郎。平二郎のドサ回り生活も終わった。だが、半弥が榎本健一も罹ったことで知られる脱疽に冒され、左足の膝から下を切断、右足もその後切断となる。原因は糖尿病であった。
二人は、以前に演じた「曽根崎心中(お初徳兵衛)」を演じることに決める。実は「曽根崎心中」は文楽では大ヒット作だが、歌舞伎では人気がなく、成駒家しか上演していない。平成時代には通算で5回しか演じられなかった。令和に入ってからは後述する。
しかしお初の足を徳兵衛が撫でる有名なシーンは愛そのものだ。二人とも異性愛者で、妻も子どももいる。同性に性的な感情は持たない。だが、虚構の場で演じる虚構の愛は、現実の愛以上に深く感じられる。誰より一緒にいた二人だ。その瞬間に人生の味を、生きる意味を悟ったことだろう。

実は、今年の3月に南座で、「曽根崎心中物語」が上演され(令和初演となる。中村鴈治郎監修)、中村壱太郎が「『国宝』のおかげ」と言っていた。文楽に比べると完成度が下がってしまうようだが、面白いことは面白かった。

花井半弥は糖尿病が原因で死去。息子が花井白虎を名乗った。

「国宝」というのは、勿論、人間国宝を指すが、平二郎が味わった人生にも国宝的価値はあるのかも知れない。

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2026年5月 3日 (日)

これまでに観た映画より(435) 「四月物語」@T・ジョイ京都

2026年4月23日 イオンモールKYOTO内のT・ジョイ京都にて

イオンモールKYOTO内の映画館、T・ジョイ京都で、岩井俊二監督デビュー30周年記念特別上映「四月物語」を観る。上映時間67分。折に触れて観てきた愛らしい作品である。松たか子初主演映画。松たか子初出演映画である「東京日和」(竹中直人監督&主演。中山美穂主演)も今はなきシネマックス千葉という映画館で観ていて、こちらも優れた映画であるが、ロードショー時以降観ていないはずである。「東京日和」は岩松了によるシナリオブックも持っていたのだが、不思議ともう一度観ようという気にならないまま今まで来てしまった。
「四月物語」は今日が上映最終日。明日もやる映画館もいくつかあるようだが、京都は今日が締めである。ロードショー時に、東京・渋谷にあったシネアミューズで観て以来のスクリーン鑑賞。

脚本・監督・音楽:岩井俊二、主演&ピアノ演奏:松たか子。出演:松本幸四郎、市川染五郎、松本紀保、藤間紀子(九代目松本幸四郎夫人、松たか子の実母)、津田寛治、光石研、加藤和彦、江口洋介、石井竜也、伊武雅刀、藤井かほり、田辺誠一ほか。

北海道旭川市で生まれ育った楡野卯月(松たか子)が、武蔵野大学に入学し、慣れない東京生活や一人暮らしを経て、高校時代の純愛に結びつく話である。相手役の田辺誠一であるが、この後に撮られた松たか子のシングルのMVに出演しており、倦怠期の男女が描かれているが、「四月物語」 の続編ではない。
音楽:CLASSICとなっているが、実際に音楽を担当したのは岩井俊二監督であり、ピアノを弾いているのは松たか子で、アルバム「四月のピアノ」も発売された。ちょっとたどたどしい感じの音楽である。dtsデジタルサウンド採用。松たか子は、子どもの頃にピアノの先生から「プロを目指そう!」と言われるほど筋が良かったようだが、練習のしすぎで血を吐いて倒れ、諦めている。プロのピアニストでも血を吐くまでピアノの練習はしない。松たか子の集中力の高さが分かるエピドードでもある。

武蔵野大学であるが、映画公開当時は架空の大学であった。しかし浄土真宗本願寺派の武蔵野女子大学が共学化して武蔵野大学となり、実在する大学となった。共学化したことで、文学部のみの単科大学だったのが、社会科学系や福祉系の学科を増やし、西東京市から有明にも進出して、「共学化して最も成功した大学」として、有名になっている。卯月は武蔵野大学を知らなかったが、友人が「有名」と応えている。架空の武蔵野大学も実在の武蔵野大学もどちらも有名となった。

入学式のシーンは、吉祥寺にある成蹊大学の入学式に潜り込んで撮影している。普段過ごしているキャンパスは、栃木県小山市の白鷗大学で撮影を行っている。自転車などで走る街路は東京都国立市、田辺誠一演じる山崎先輩がアルバイトしている武蔵野堂書店や、加藤和彦演じる画廊の紳士・加藤が出てくる建物などは千葉市の幕張新都心で撮影が行われている。

何度か感想を書いていて、冒頭のシーンは明かしていなかったが、松たか子の実の両親と姉弟が駅のホームに勢揃いしている。これから東京に向かう卯月を送るためだが、カメラが被写体を追って動いたり、出演者達がカメラ目線になるため、カメラのレンズが卯月の虹彩となっていることが分かる。

学部に関しては不明。経済学の授業を受けている場面があるが、まだ一般教養だけを受けている状態なので、判然としない。ただ赤本に載っていた架空の武蔵野大学の情報を見ると文系だけの大学らしいことが分かる。

 

東京の怖さに触れる場面、「生きていた信長」というB級映画を観ている映画館(武蔵野館という実在の映画館名であるが、実際は幕張新都心に外観だけこしらえている)で卯月に近づいてくる男を演じているのは光石研である。当時はほぼ無名である。卯月が映画館に忘れ物をしたため、届けようと追いかけてくる場面もある。

卯月は、下の階に住む照子(藤井かほり)に引っ越しの挨拶に行くが、今はする人は少ない。女の一人暮らしだと分かると危ないからである。
卯月と照子がカレーを食べるシーンがあるが、メイキングによると松たか子が実際にカレーを作っており、スタッフが美味しそうに食べている。

冒頭の桜のシーンであるが、ほぼ全部造花で、大量投下作戦を行っている。若い頃の松たか子は、経験よりもDNAが勝つからか、今よりも歌舞伎の家出身というカラーが強い印象である。近頃の方が柔和な感じだ。
そんな松たか子だが、昨年公開された映画「ファーストキス 1ST KISS」では見事に若返った姿を披露している。

 

成績不振気味だった卯月が、山崎先輩と同じ武蔵野大学に入るために学力を上げ、合格したことを担任の森山先生は「奇跡」と言ったが、卯月は「愛の奇跡」と呼んでいる。少女マンガ的で私などは聞いていてこそばゆくなってしまう。岩井俊二監督が少女マンガを描いていた影響が出ているのかも知れない。

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2026年5月 2日 (土)

忌野清志郎 「満月の夜」(忌野清志郎 Official Channel バージョン)


2026年5月2日は満月の夜です。

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2026年4月 9日 (木)

これまでに観た映画より(434) コンサート映画「Ryuichi Sakamoto|Trio Tour 2012」

2026年4月6日 イオンモールKYOTO内のT・ジョイ京都にて

イオンモールKYOTO内の映画館T・ジョイ京都で、コンサート映画「Ryuichi Sakamoto |Trio Tour 2012」を観る。文字通り、坂本龍一が2012年にピアノ三重奏で行ったツアーの最終日の演奏を収録したものである。収録はWOWOWが行っている。
坂本龍一は、翌2013年と2014年に東京フィルハーモニー交響楽団と「Playing the Orchestra」公演を大阪と東京で行っており、それにも繋がるクラシック音楽の編成でのツアーであった。曲はアルバム「THREE」に収録されたものが中心。

2012年12月19日、東京・赤坂ACTシアターでの演奏と収録。共演は、ヴァイオリンのジュディ・カンとチェロのジャケス・モレレンバウム。坂本はモレレンバウムとは90年代に知り合い、「チェロでこんなに即興演奏が出来る人がいるんだ」と驚き、共演を申し込んで、何度も一緒に演奏しているそうだ。
ジュディ・カンはオーディションで選ばれたという。三次までの予選を突破した3人にニューヨークまで来て貰って、ジョイントを行い、カンが最も優秀だったという。ちなみにカンはニューヨークに住んでいたが、他の人はわざわざ外国からニューヨークにやって来たという。
坂本龍一としてはトーク多め(ちなみに坂本龍一は、全米のワーストMCに選ばれたことがある)で、本人も「どうしちゃったんでしょう?」と言っていた。

セットリストは、WOWOWが作ったホームページに載っているので繰り返さないが、ピアノ、ヴァイオリン、チェロだけで演奏された「ラストエンペラー」は3つの楽器で演奏されたとは思わないほどスケールが大きく、力強い演奏となった。

「Bibo no Aozora(美貌の青空)」は、元々は歌詞付きの作品で、イタリアで演奏するとなぜか大受けすると坂本は語っていたが、結果的にはインストゥルメンタルバージョンでの演奏が増えたことで、坂本の歌唱による「美貌の青空」を生で聴く機会はなかった。

「Playing the Orchestra2013」では、大河ドラマの「八重の桜」メインテーマがフルオーケストラに篠笛尽きで演奏されたが、2012年のピアノトリオ版では、ドラマ性よりも抒情美が勝って聞こえる。個人的にはフルオーケストラ版の方が好きだが、ピアノトリオ版もなかなかである。

「1919」は繰り返しと力強い音が特徴。1919年というとワイマール憲法が有名だが、ソ連ではレーニンが演説を行っていた。CDに収録されたバージョンにはレーニンの演説が入っている。非常に力強い演奏で、教授とモレレンバウムの即興でのやり取りがスリリングである。ちなみにモレレンバウムは、ドイツ語で「桜の木」という意味だそうで、坂本は「日本の苗字が出来ました。『桜木』さん」と命名したことを告げ、以後は「桜木さん」と呼んでいた。

必ず演奏される「戦場のメリークリスマス」。楽曲としてのタイトルは、「Merry Christmas Mr.Lawrence」の方が良いのかも知れないが、サウンドトラック盤とは異なる染みる系の演奏に胸が清められるかのようだ。

映画「ラストエンペラー」から“Rain”。“! Want A Divorce”の副題があり、満州国皇帝(あるいは執政)愛新覚羅溥儀の第二夫人・文繍が離婚を申し出る時の音楽である。外は雨、三人は車の後部座席に並んで座っている。文繍は「離婚したいの」と申し出る。
坂本龍一はこの曲を気に入っていたようで、ライブでも度々演奏している。
疾走感と痛切さが印象的な楽曲。ヴァイオリンの返しの音が、文繍の揺れる心境を表しているかのようである。

ラストは、「Parolible」で締めくくった。

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2026年4月 8日 (水)

観劇感想精選(513) 舞台「私立探偵 濱マイク 『罠 THE TRAP』」

2026年3月14日 大阪城公園内のCOOL JAPAN PARK OSAKA TTホールにて観劇

午後5時から、COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで、舞台「私立探偵 濱マイク 『罠 THE TRAP』」を観る。林海象監督の「私立探偵 濱マイク」三部作の完結編である。林海象監督は、「濱マイク三部作」を撮るために探偵学校に通い、免許を取得している。
映画の「私立探偵 濱マイク三部作」は、不良上がりで今は横浜・黄金町の映画館、横浜日劇(実在の映画館だったが現存せず)の2階に事務所を構えている私立探偵、濱マイク(本名だ。永瀬正敏)が、横浜を舞台に繰り広げるハードボイルドサスペンスである。第1作の「我が人生最悪の時(「我等が生涯の最良の年」という映画をもじったもの)」はモノクロで撮られ、東京サンシャインボーイズの俳優も多く出演。東京サンシャインボーズの俳優(ちなみに近藤芳正は東京サンシャインボーズの俳優ではない)達は以後も出演する。第2作「遙かな時代の階段を」は、マイクの出生に迫る物語である。岡田英次と鰐淵晴子という往年のスターがノスタルジックな味わいを生んでいる。岡田英次は、「白い男」と呼ばれ、横浜の河川の権益を裏で操るヤクザであり、他の組も手出し出来ないという設定である。

第3作の「罠」は、サイキックホラーの色彩が強い。個人的には「罠」が3部作の中では一番好きである。
濱マイクが人命救助によって横浜市長賞を受賞し(写真には当時の本物の横浜市長が写っている。かなり有名な人である)、妹の茜は有名私立大学への推薦合格が決まる。そしてマイク自身にも百合子という口の利けない恋人が出来ており、永瀬正敏演じる濱マイクが運転をしながらカメラ目線で「人生は薔薇色だ」と得意になる。
口の利けない恋人・百合子を演じているのが夏川結衣だが、この頃の夏川結衣は驚くほどの透明感で健気な女性を演じていて魅力的である。この映画の成功の3分の1程度は彼女をキャスティングしたことによるものだろう。そして犯人像(犯人グループ)は実に不気味である。永瀬正敏演じるミッキーもこの一味なのだが、怪物的な要素がいくつも備わっている。

原作:林海象。脚本・演出:西田大輔。出演(カッコ内は役名):佐藤流司(濱マイク)、福井巴也(神津)、川上千尋(百合子)、上田堪大(かんだい。ミッキー)、矢野昌暉(星野)、小泉萌香(濱茜)、七木奏音(ななき・かのん。王百蘭)、なだぎ武(中山刑事)、大沢健(神父)、野々花ひまり(水月/影男)ほか。
映画では、ミッキーは、永瀬正敏の二役だが、演劇では一人二役は困難なので、別の俳優をキャスティングしている。
若者向けの演劇であり、キャスティングも若い人向け。知っている俳優はなだぎ武と大沢健の二人しかいない。ただ、声優として有名だったり、マルチな活動で一部ではすでに高い評価を受けている人がいたり、これから有名になっていくであろう人もいるだろう。

映画が原作なので、複数の場所が舞台になるが、汎用性のあるセットを用いていたため、場面転換がさほど不自然にはならず、ストーリーに集中出来た。またライティングは素晴らしいの一言。これほどハイレベルのライティングにはなかなかお目にかかれない。
東京ではサンシャイン劇場で上演された本作品だが、まだ新しい大阪のTTホールの方が良い条件で観劇出来ると思う。
なお、客席通路を使った演出も多かった。

1996年公開の映画の30周年を記念しての舞台制作だが、舞台上にも客席にも、ロードショー時生まれていなかった人がかなりの割合を占めると思われる。

 

映画とは異なり、コメディーの要素の多い上演で、アドリブもビシバシ飛び交う。映画とは異なる趣だが、今の時代、映画はいつでも観られるので、映画との違いを楽しんだ方が得である。

七木奏音は、中国人の役(映画には登場しない舞台オリジナルのキャラクター)だが、本場でも通じるレベルの北京語を話していた。

元々吉本のお笑い芸人で、たまたま演劇に出演したところ宮本亞門の目にとまり、俳優としての仕事も増えたなだぎ武。今日はズボンのお尻の部分を破ってしまうというアクシデントがある。東京でも同じアクシデントがあったようである。捌けている間に衣装さん(だと思う)に縫って貰ったらしい。
役者陣は、若い人は動きにキレがあり、流れの良い芝居を作る。特別素晴らしい人がいるわけではないが、特別素晴らしい人は滅多にいないので、この水準で文句なしである。映画版の方が豪華なキャスティングで演技も優れているが、その場合はやはり映画を観ればいいわけで、舞台で観るならこれで良い。ただ、映画版を知らないのはもったいないので、観たことがない人はこれを機会に原作映画を観てみると良いだろう。

ダンス、音楽、様々な要素が盛り込まれ、エンターテインメント演劇となっている。上演時間は途中休憩なしの約2時間半であったが、長くは感じなかった。

ラストは、佐藤流司が、「我が人生最悪の時」のエンディングテーマである「キネマの屋根裏」(オリジナルシンガーは永瀬正敏。なお、カラオケに入っている)を歌った。

 

本編終了後に、主要キャストによるアフタートークがある。明日はマチネーでアフタートークはなく、愛知公演でもアフタートークは企画されていないので、今回が最後のアフタートークとなる。
司会はなだぎ武で、出演者に、「名前と、何か面白いこと言って」と振っていた。百合子を演じた川上千尋は、なだぎに「あなた吉本なんだから期待してるよ」と言われる。なお、川上は、隣にあるCOOL JAPAN PARK OSAKA SSホール(森ノ宮よしもと漫才劇場)で、BKBことバイク川崎バイクに挨拶してきたそうだが、なだぎに「なんで、BKBなの。もっといるでしょう!」と言われていた。COOL JAPAN PARK OSAKAは吉本も出資している劇場であり、一番小さいSSホールは、「森ノ宮よしもと漫才劇場」となっている場合が多い。WWホール、TTホール、SSホールがあるが、命名は全て明石家さんまである。

今日は1日2回公演で、1回目と2回目の間に何をしているかという話になる。大沢健は大阪城公園を散策したそうで、事前に見つけておいたJR森ノ宮駅の近くに新しく出来た四文字のラーメン店(店名は思い出せなかった)で食事をしたそうだ。若い男性陣は昼寝。なだぎ武は年の近い大沢と話をしようと思っていたが、大沢の姿が見えないため、仕方なく一人で過ごしたようである。なだぎによると、大沢はラーメンを食べたにも関わらず、帰ってきてすぐに用意されていた弁当を掻き込むようにして食べていたそうである。
女性陣は4人が同じ部屋に集まり、アンサンブルキャストの2人も含めて女6人で、間もなく解散してしまうグループの音楽をランダムにして聴いていたそうである。野々花ひまりは、元宝塚娘役スターだが、宝塚の癖が抜けず、1日複数回公演でも、公演が1回終わるごとにメイクを落として、次の公演の前に再度メイクをするそうである。

 

帰り道、大沢健が行ったという四文字のラーメン屋に行ってみる。「一揚一杯(いちあげいっぱい)」という店であった。

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2026年4月 4日 (土)

これまでに観た映画より(433) 村上春樹原作・市川準監督作品「トニー滝谷」4Kリマスター版

2026年3月28日 烏丸御池のアップリンク京都にて

アップリンク京都で、村上春樹原作・市川準監督作品「トニー滝谷」4Kリマスター版を観る。音楽は坂本龍一。今日(3月28日)は坂本龍一の命日で、イオンモールKYOTOのT・ジョイ京都では、坂本龍一のフィルムコンサートも行われている(WOWOWの制作で放送された際の映像は録画して持っている)。残念ながら時間的にはしごは出来ない。

原作:村上春樹。脚本・監督:市川準。出演に:イッセー尾形、宮沢りえ、篠原孝文、四方堂亘、小山田サユリ、猫田直、木野花(特別出演)ほか。ナレーション:西島秀俊。音楽:坂本龍一。西島秀俊の敢えて感情を込めない語りが、トニー滝谷の心境を却って明らかにする。

「トニー滝谷」は、短編集『レキシントンの幽霊』に収められた短編小説が原作である。トニー滝谷という人物は、実は『ねじまき鳥クロニクル』の中の笠原メイのセリフにも登場している。こちらの方が短編小説「トニー滝谷」よりも先だと思われる。

「僕はとにかく『トニー滝谷』という小説が書きたかったんだ」ということで書かれた小説。トニー滝谷(イッセー尾形)は本名で日本人である。ジャズトロンボーン奏者、滝谷省三郎(イッセー尾形二役)の息子として生まれ、幼い頃から絵画を得意とした。父親は戦時中、魔都上海のおそらく租界で気楽に過ごした。日本本国の惨状は彼の知るところではなかった。しかし日本は戦いに敗れ、滝谷省三郎は抑留される。そのまま処刑されてもおかしくなかったが、罪に問われることはなく、日本に帰ることが出来た。そしてすぐに結婚。おそらく親族が決めた結婚だったのだろう。そしてトニー滝谷が生まれた。アメリカの将校から、「これからはアメリカの時代だからアメリカの名前を付けてやる」ということでトニー滝谷という名前になったのだ。トニー滝谷が生まれてすぐに母親は死んだ。
幼年時代、絵画教室でトニー滝谷はおそろしく緻密な絵を描いて、絵の先生(四方堂亘)を困らせた。上手いことは上手いのだが、情感が感じられないのだ。
そのまま美術を極めるために美大に進んだトニー滝谷だが、同級生からは、「物語性」「思想性」などが欠けていると言われる。だがトニー滝谷にとってはそんなものは幼稚で不正確なものでしかなかった。

トニー滝谷は絵画ではなくデザインの世界に進む。メカニックなものを描くのは彼の得意とするところだった。仕事は楽しく、金は貯まった。
ある日、トニーはデザイン誌の編集者である英子(宮沢りえ)と自宅で打ち合わせをする。英子に惹かれるトニーだったが、15歳も年齢の開き(つまりかなりの歳月がはしょられていたことになる)があることから素直に気持ちを伝えることが出来ず……。

 

晩年の市川準は、自身の作風を捨て、カメラが左から右へと移行する(人物は逆に右から左へと移る)、絵巻物的な絵作りを行っている。

市川準監督は小説について「乾いた」という表現を使っているが、実際には「トニー滝谷」は村上春樹の作品の中では、『ノルウェイの森』に代表されるウエットな路線の話である。

頼りにならない父親、もうすでにいない母親、自分の絵を認めてくれない周囲。孤立の中で孤独感を深めていくトニー滝谷。小説でもそうだが、映画でも仕事の関係者はいるが親しい友人はいないようである。

一部を除いて、ほぼ全編に流れる坂本龍一のピアノ曲「Solitude」。諦めながら沈みつつ、それでもなお美しいものを追い求めるようなこの曲は坂本の作品の中でも異色である。物語が進むごとに孤独が深まっていく。

純粋に一人を楽しんで生きれば、トニー滝谷は真に孤独ではなかったのかも知れない。
だが英子と「出会ってしまった」。出会ってしまったことが彼を幸福にもし、別個の孤独へと押し込んだ。

だが、これが本来なのかも知れない。孤独を知ることなく人生を味わうことは出来ないのかも知れない。華やかな人生など花火のようなものだ。

この作品は、DVDで観ており、坂本龍一のサウンドトラックも買っている。スクリーンで観るのは初めてで、当然、スクリーンで観た方が良い、と思ったのだが、一人の部屋でモニターを見つめていた方が、この作品の真の味が分かりそうだ。孤独と孤独がよりそうことの。

これまでに観た映画より(230) 村上春樹原作 市川準監督作品「トニー滝谷」

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2026年3月31日 (火)

コンサートの記(954) 森山直太朗 Two jobs tour 2025~26「あの世でね」Yeeeehaaaaw@フェスティバルホール

2026年3月20日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、森山直太朗 Two jobs tour 2025~26「あの世でね」Yeeeehaaaawを聴く。昨年、森山直太朗がリリースした2つのアルバム、「弓弦葉」と「Yeeeehaaaaw」の楽曲によるコンサートツアー。今日は、「YeeeeHaaaw」というフォークブルース、ブルーグラスを中心にした構成。母親の森山良子から受けた影響も大きいようだ。「弓弦葉」のコンサート会場だが、今日、発表が行われ、京都コンサートホール大ホールで、6月に開催される。京都コンサートホールは、クラシック専用ホールだが、それにあった編成で行われるはずである。今日も編成が大きめのバンドだったが、全てアコースティックの楽器であり、柔らかさが伝わってくる。今日は終演後に京都公演のチケットも発売されていた。京都公演の翌日は、大阪・上本町の新歌舞伎座で公演を行うという。森山は新歌舞伎座という劇場名から歌舞伎の劇場だと思ったようだが、新歌舞伎座は、なんばにあった頃から「歌舞伎の上演されない新歌舞伎座」として有名で、若手の歌舞伎俳優が公演を行うことはあるが、歌舞伎のビッグネームが登場することはない。演劇、ミュージカルの上演が多く、演歌歌手のショーも盛んに行われている。松竹も支援しているが近鉄の小屋で(歌舞伎は松竹の独占興行で近鉄だけでは歌舞伎の公演は打てない)、ミュージカルの上演が多いということで、音響は一定の水準が保たれている。

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「あの世でね」というタイトルであるが、昨年9月に公開された映画「風のマジム」のために書き下ろされた新曲で、舞台になった沖縄のことが歌われている。典型的なアイリッシュテイストのブルーグラスの楽曲である。私も何度かカラオケで歌っているが、「メロディーは陽気だけど、歌詞が怖い」と言われた。沖縄戦で戦死した人々が天国から戻ってきて歌うという趣向で、まじむのことについても歌われ、語られる。民俗的要素も、沖縄・本土関係なく歌われている。この曲にはフル編成によるバージョンと、ギター弾き語りによるアンプラグドバージョンがあり、「弓弦葉」公演ではアンプラグドバージョンが歌われる可能性が高い。

客席の年齢層であるが、若者はほとんどいないものの、中年以上のお客さんの年齢幅は広いように感じられた。男女比は私の席の周りでは半々。開場時間と終演後のみ写真撮影可となっている。音声を録ることは本番以外の時間であっても厳禁。

森山直太朗は、現れてすぐに客席に「立って立って」とジェスチャー。バラードが来るまでスタンディングで聴く。

森山直太朗の楽曲は裏声(ファルセット)を多用するのが特徴で、私も好んで歌う楽曲が多いが、最近は年齢のためか、裏声が素直に出なくなっている。また森山は音をかなり伸ばす。

フォークブルースの楽曲ということで、「赤い鳥」という曲を作曲している時に母親の、「歌わせろー!」という声が頭の中で聞こえたりしたそうだ。ただ母親に歌わせるわけにもいかないので、バックコーラスを頼んだところ、食い気味に「いいよ」と返ってきたという。

今日はバックバンド全員が赤の服装。「あの世でね」のミュージックビデオでも着ているものだが、YMOの赤い人民服(実際はスキー服をモチーフに高橋幸宏がデザインしたもの)を連想させる。
メンバー紹介の時に、チェロのはるかさん(林はるか。実妹は作曲家・編曲家・ピアニストの林そよか)が、大阪出身だという話をするが、「大阪弁、聞いたことない」と森山が言う。はるかさんは、「いつもは皆さん標準語なので標準語ですが、大阪に帰ると大阪弁になります」
森山は、「もっと乱暴な感じの大阪弁が聞きたい」というも、はるかさんは、「箕面(みのお)なので」。これで客席は大体納得したが、森山は東京の人なので、「箕面がどうしたの?」とよく分かっていないようだった。箕面は阪急の前身の会社が大阪市までの線路を引いたところで、その後、専務の小林一三の提案により、箕面周辺に大阪市内まで通勤する、比較的アッパークラスのサラリーマンのための住宅街を造成。大阪市内の「家が手狭」という層の移住を目論んだ。鉄道とそれに乗る乗客の両方を生み出すという画期的な政策を行った街の一つである。ということで高級住宅街もあり、お上品な人が多く言葉も綺麗なのである。はるかさんもプロのチェリストになっているということはお金のある家の出身であると思われる。吉本の芸人が使うような河内弁ベースの言葉とは根本的に異なる。なお、はるかさんは鉄道好きの「鉄子」なので、みんな「はるか」ではなく「鉄子」と呼んでいるそうだ。

アルバムの曲以外では、「夏の終わり」が歌われる。この歌も反戦歌で、サビはほぼ全てファルセットで歌われるという、ファルセットが出ないと歌うのが難しい曲である。

「さりとて商店街」は、某有名曲のパロディー。お客さんも歌ったので「共犯」関係のようだ。

肝心の「あの世でね」。春分の日に相応しい楽曲だ。この曲にはセリフの部分があるのだが、森山直太朗はセリフを言った後、しばらく歌ってからまたセリフを言おうとしてしまい、セリフを止めて演奏だけを行い、バックバンドは上手くついてこられなかったが最後のフレーズを歌って、何とか格好をつけた。演奏終了後も悔しかったようで、色々言っていた。
最後の曲、「僕らは死んでしまうのだけれど」の前に、「アンコールが欲しいというのなら演奏する曲は用意しています」

アンコールは3曲だったが、最後は一人語り「生きてることが辛いなら」。作詞の御徒町凧(おかちまち・かいと)が第50回日本レコード大賞で作詞賞を得た作品。心が「自分」で占められている人へのメッセージソングである。この曲がラストというのもいい。

なお、全編終了後、森山直太朗がアルバム購入者全員にお渡し会を行うという。男の人に貰ってもねえ、というわけで私は参加しなかったが、多くの人が並んでいた。森山がステージを去る際に、「良かったで!」「また来てや!」と声が掛かる。大阪でも珍しいことで、森山がいかに愛されているかが分かる。

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2026年3月22日 (日)

森山直太朗 「あの世でね」概説

森山直太朗の「あの世でね」。現在開催中のツアーのタイトルにもなっていますが、映画「風のマジム」のエンディングテーマとして書かれたもので、内容も「風のマジム」とクロスします。

歌詞をあまり引用してしまうと問題になるので控えめにいきますが、まずはメッセージについての内容です。これは歌詞の主人公のメッセージのはずですが、より客観的に第三者が込めたものと見ることも出来ます。伝えることの大切さです。言葉もそうですが、言葉でないものを伝えるというシーンが映画にも出てきます。

さて、焼けてなくなった鳥居が出てきますが、「戦で」とあるので沖縄戦で焼けて再建されていないのだと思われます。続く「焼き尽くされた夏祭り」は沖縄戦の比喩です。
「迎えがない」という言葉が出てきますが、どこが出典なのかは分かりませんが、自然死でない死に方、事故死、自殺、戦死などをした者のお迎えは遅れるといわれています。歌詞の主人公も戦死したのでしょう。悲しみが続いて涙も涸れて悲しくなくなった後に沈丁花が出てきますが、花言葉は「不滅」で死んでも魂は終わりではないことを意味していると思われます。

「雲の上」という言葉が出てきますが、これは主人公が天国にいるということでしょう。なので、彼らは天国から地上に戻ってきて宴を行っているということになります。

セリフの部分に出てくる「あの子」というのがまじむ(伊藤沙莉)のことです。「あなた」もやはりまじむのことです。

「ひ孫の代」。映画にはまじむの母と祖母が出てきます。父親は出てきません。理由は原作小説には書かれていますが、映画では敢えて伏せられています。おばあ(高畑淳子)の孫がまじむですので、まじむの子の代まで見届けてほしいという意味になります。ちなみに映画の中ではまじむは結婚しておらず、子どももいません。

最後に幽霊達は天国へと帰って行き、「あの世でね」と死後のめぐり逢いを誓います。御霊は自分たちのことで、蝉時雨は別れの歌。具体的どの蝉のことかは明示されていませんが、ヒグラシかも知れません。蝉時雨は季語としては晩夏。「夏の終わり」です。

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2026年3月21日 (土)

これまでに観た映画より(432) 又吉直樹原作・行定勲監督作品「劇場」

2026年1月31日

ひかりTVで、日本映画「劇場」を観る。原作:又吉直樹。ということで、吉本興業が制作した映画である。脚本:蓬莱竜太。監督:行定勲。
出演:山﨑賢人、松岡茉優、寛一郎、伊藤沙莉、上川周作、井口理(king Gnu)、大友律ほか。ケラリーノ・サンドロヴィッチや吹越満が観客役で出演している。観客「役」といっても座っているだけだけれど。
行定勲というと、演技指導が最も厳しい映画監督として知られているが、この映画は出演者に実力派が揃っているため、どの程度だったのかは、観ていても分からない。

一貫して東京23区内が舞台である。
表参道で自問自答する男、永田(山﨑賢人)。やがて、原宿へ向かう。原宿の画廊で猿の絵を観ていた永田。そこへ、同じ絵に興味を持った沙希(松岡茉優)が近づいてくる。それが出会いであった。
劇団おろかを、野原(寛一郎)と共同主宰している永田。劇評サイトなどを見ても最低点しかついていないが、OFF・OFFシアターということで客は入っている。それが東京の利点でもある。野原は、高校時代から「悲劇喜劇」を読むタイプ。永田を演劇の道に誘ったのも野原だった。

「前衛過ぎる」などの評価を受けた永田。しかし、「その日」という公演に沙希を起用したところ評判を呼び、次第に観客が増え、好評を博す。沙希は中学から演劇部の活動を始めており、キャリアは最低でも6年。高校の時に演劇に興味を持ち、卒業してから劇団を立ち上げた永田や野原とは演劇に費やして来た時間が違う。しかし永田はその後の芝居に沙希を起用しようとはしなかった。「沙希のお陰で成功」とは認めたくなかったのかも知れない。
劇団おろかの初期の女優として所属していたのが、青山(伊藤沙莉)である。容姿で選ばれたのではないということで、永田に暴言を吐かれそうになるのだが、野原が押しとどめる。その後、青山は劇団を辞めて、演劇関係のライターとなり、更に他の分野からの執筆依頼が殺到して捌ききれなくなったため、永田に仕事を回す。永田は最初は日雇いの仕事をしていたが、下北沢の沙希のアパートで同棲するようになってからはこれといって仕事をしていなかった。青山がくれる仕事はわざとなのかどうかは分からないが、原稿料は安い。
沙希は服飾の専門学校に通いながら、朝はアパレル、夜は居酒屋の仕事をこなしている。

OFF・OFF劇場で、劇団まだ死んでないよの舞台が上演される。小峰(井口理)が戯曲を手掛けたこの作品は、ケラリーノ・サンドロヴィッチや吹越満も観に来るほど話題になっており、終演後にはオールスタンディングになる。

永田は「才能とは何か」について考えさせられるのだが、この劇を観に来ていた沙希を責めてしまう。

なんとなく続いた同棲に見切りを付けるように、永田は高円寺へと引っ越すのだが、それでも足は下北沢の沙希の部屋へと向かうのだった。


「劇場」というタイトルで、小劇場が舞台になっているが、又吉直樹の主舞台である漫才やコント、ピン芸なども小劇場に似た場所で行われているため、要素が取り込まれていると思われる。小劇場もお笑いも食えない世界であり、自然、雰囲気も似てくる。
前作、「火花」では売れないお笑い芸人を題材にしていたが、「劇場」では恋愛の要素が増え、ラストも夢を諦めずに続けることで終わるのが違いとなっている。

ラストは劇場を現実世界が包含する形で終わるが、演劇の部分はもう少し短くても良かったかも知れない。最後には、初期の劇団のメンバーも含めて全員が登場し、カーテンコールとなる。

山﨑賢人は、主演映画の興行収入が悪い俳優というイメージがついてしまっているが、個性が他の俳優と重なってしまうことが大きいのかも知れない。演技自体は特に悪いと思うところはない。
松岡茉優は、もっとはじけた役が似合う女優だが、ありふれた女性をしっかりと演じていた。
伊藤沙莉は、もっと若い女性役も出来るが、本作のような大人の女性も、上品な色気があって良い。

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2026年3月 9日 (月)

これまでに観た映画より(431) National Theatre Live「ハムレット」(2025)@ナショナル・シアター・リトルトン劇場,ロンドン

2026年2月18日 大阪ステーションシティシネマにて

大阪ステーションシティシネマで、National Theatre Live(NFL、NFLive)「ハムレット」を観る。ハムレットはカットして上演しても3時間掛かるという大作だけに途中に15分間の休憩があり、実際の上演と近い形になっている。なお、「ハムレット」の創作に迫った「ハムネット」という映画が4月10日に公開予定で、ややこしいことになっているが、「ハムネット」の内容も面白そうである。

「多様性」に気を配ったと思われる配役である。出演:ヒラン・アベイセケラ、アストリー・ペトリ、アイーシャー・ダルカール、フランチェスカ・ミルズ、テッサ・ウォンほか。演出は、シェフィールズ劇場芸術監督時代にローレンス・オリヴィエ賞最優秀新作ミュージカル賞を2度受賞した演出家であるロバート・ヘイスティ。現在は英国ナショナル・シアターの副芸術監督である。

2025年9月25日に、ロンドンのナショナル・シアター・リトルトン劇場で行われた上演の収録である。

まず、タイトルロールを演じる、ヒラン・アベイセケラからしてアングロサクソン系ではなく、スリランカ出身である。またオフィーリアを演じるフランチェスカ・ミルズは、小人症である。人に「ダウン」を言わせる場面があるため、ダウン症でもあるのかも知れないが、見た目でははっきり分からない。ただ演劇や映画、テレビドラマなどに出演するプロの俳優である。蜷川幸雄が、小人症の人を墓掘り人役で「ハムレット」に出演させたことがあるが、ヒロインであるオフィーリア役への抜擢ということで、それよりも大胆である。フランチェスカ・ミルズであるが、短めのタンクトップを着るシーンがあるのだが、腹筋が鍛えられているのが分かり、プロの俳優としての誇りがありそうだ。

ガートルード役のアイーシャー・ダルカールもイギリス国籍で、はっきりしたことは分からないが、中東の女性によく似ている。

テッサ・ウォンは女性であるが、ホレイシオを演じる。この他にも本来男性だが女性が演じる役がいくつかある。ウォンは、王(ワン)の広東語読みなので、広東省か香港の出身だと思われる。20世紀だったら、中国本国の人は簡単に国から出られなかったので香港人だと分かったが、今は好きに出られるので、広東省出身なのか香港出身なのか分からない。ブリストル・オールド・ヴィック演劇学校に学んでいる。

ホレイシオを女性にするという変更はかなり効果的である。今回のハムレットとホレイシオは男女の関係ではないはずだが、男女の親友であり、物語を受け継ぐのが女性というのは、稗田阿礼(男性説と女性説があるが、稗田氏は代々女性が宮中に勤めに出るという家であり、女性でないと辻褄が合わない)や清少納言、紫式部、赤染衛門という女性が記すという伝統があった日本にも馴染みやすい(稗田阿礼は記憶するだけで筆は太安万侶が執ったが、おそらく女性なので文字が書けなかったのだろうと思われる)。

とにかく多国籍で、性別も異なる「ハムレット」である。オーソドックスな演出ではなく、着ているものも現代のそれだが、物語の進行においては、人種はさほど気にならない。
小人症のオフィーリアだが、王妃になるのは難しいと思われるが、この世界ではそうしたことも気にされてはいないようだ。佯狂のハムレットが元に戻るよう神に祈るシーンでは、余り痛切さが感じられなかったが、狂乱の場では独特の迫力があった。

「生か死かそれが問題だ」は一番オーソドックスな訳を採用。ただオーソドックスと言いながらこの言葉が用いられている翻訳戯曲は1冊だけである。小田島雄志の「このままでいいのかいけないのか、それが問題だ」も有名である。
この言葉は、そのまま取ると父王ハムレットの言葉通り復讐を果たすべきか、という場面で用いられているため、単純なことを言っている可能性もある。

クローディアスとガートルードのことをハムレットが、「一心同体」と評する場面がある。クローディアスを殺すとガートルードをも殺す、つまり母親殺しになってしまうという考えである。これは、ハムレットがクローディアスと勘違いしてポローニアスを殺害する場面があるため、「名答」とはならないのだが、今回の演出はどうもクローディアスとは思わずにポローニアスを殺している(指ピストルでである)ようであり、「一心同体」説が通る余地がある。今回のハムレットはこれまでの中でもかなり露骨にマザコンである。今回は上手く通じたように思う「母親がいるから」という「一心同体」説だが、1回だけでは有力説には上がってこないかも知れない、何しろハムレットについて書かれた論文は、文学史上最も膨大であるとされており、「ハムレット学者は、ハムレットに関する論文を読むのに忙しくて、『ハムレット』を読む暇がない」というブラックジョークがあったりする。
ただこの「一心同体」説が通れば、ハムレットについては、「うじうじ悩んでばかりで行動しない『ハムレット型性格』(対義語は『ドン・キホーテ型性格』)」という汚名をそそぐことが出来るかもしれない。

ラストは、女性に見取られて英雄が亡くなるシーンである。多くの主人公達がこうして最期を遂げた。世界のミステリー小説家の中にはハムレットの悲劇の黒幕がノルウェーのフォーティンブラスとする説を唱える人がいるようだが、それはない。ただデンマークの王室全滅で、フォーティンブラスが何もしないで領土を獲得するのも事実である。
しかし、描かれているのはあくまでデンマーク王室の悲劇だ。元々デンマーク王室は人が足りないという状態であり、そんな中で欲に駆られてことを行うと、結末は悲惨ということである。

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