カテゴリー「映画」の271件の記事

2020年7月 6日 (月)

エンニオ・モリコーネ 「ニュー・シネマ・パラダイス」よりCinema Paradiso

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2020年7月 4日 (土)

これまでに観た映画より(186) 「美しい夏、キリシマ」

2005年5月19日

DVDで映画を観る。「美しい夏、キリシマ」。黒木和雄監督作品。脚本は松田正隆と黒木監督の共同執筆である。黒木和雄は、映画好きである松田正隆が最も憧れを抱いていた映画監督の一人である。
松田正隆は京都造形大の戯曲の授業の時にこのシナリオについて話しており、「お蔵入りになりかけた」だとか、「どんどんセリフを削られた」、といった裏話を教えてくれた。

物語は黒木監督の少年時代の回想が基になっている。

主役の少年を演じるのは柄本明と角替和枝の息子である柄本佑。

霧島(宮崎県えびの市)の自然が美しい。この映画は評判が高いが個人的にはあまり好きになれなかった。日本情緒が前に出すぎているきらいがある。池のほとりから聞こえる幻想的な歌は印象的。場所が霧島だけに神がかって聞こえる。

戦争映画なのだが徒に暗くならないところは好感が持てる。切迫した場面ももちろんあるが、意外にのんびりとした戦時下が描かれており、安心させられる。

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2020年7月 2日 (木)

これまでに観た映画より(185) 「Shall We ダンス?」

2005年5月6日

テレビで映画「Shall We ダンス?」を見る。周防正行監督作品。役所広司、草刈民代主演。

ロードショーの時に有楽町マリオンで観てからビデオでも何回も見直しているが、今日久しぶりに見て、やはり良い映画だなと、素直に思う。
心理描写の巧さがあり、登場人物が何を考え、何故そういう行動に出るのかが手に取るようにわかる。これは周防監督の才能だろう。誰にでも出来ることではない。

私も、二十歳そこそこではわからならかったことも今ではわかるようになっている。男であることの寂しさや、中年女性の気持ちなども。
セリフでのくすぐりも最高である。笑いのお手本のようなセリフが各所に散りばめられている。

この映画については私も色々と関係する書物を読んでいるからちょっとだけ詳しい。

まず、駅前に何故ダンススクールが多いのかという周防監督の疑問からこの映画は始まった(私自身もJR両国駅のホームから「浮いたダンススクール」、じゃなかった「浮田ダンススクール」という看板と教室が見えるので苦笑していたクチだ)。そして実際にスクールに行ってみる。するとあまり体型がいいとは言えない中年の男女が踊っている。こんなに見て可笑しいものはないと、プロットはすぐに出来たそうだ。
主演俳優は竹中直人で行こうか、とも思ったそうだが、「竹中さんだと、例えば電車の中でガクッとなっても疲れたんじゃなくて、ギャグでやっていると思われるんじゃないか」ということで変更。ある人から「役所広司さんが良いんじゃないの?」と言われたが、当初は周防監督は反対したそうだ。「役所さんじゃ格好良すぎる。あれじゃ女の人にもてちゃう」。だが一度会ってみたらということになり、実際に役所広司と話した時に「いける」と思ったそうだ。最後に周防監督が「格好悪い中年男は演れますか?」と訊くと、役所は「それだけには自信があります」と答えたという。

主演女優を誰にしようかと三人に相談したところ、三人が三人とも「草刈さんがいいんじゃない」というので周防監督も草刈民代に会いに行った。雰囲気がまず違ったという。一流のバレリーナとして本当に若い頃から活躍してきた誇りや佇まいの美しさ、浮世離れした感じなど。「セリフ喋れなくてもいいからこの人でいこう」と即決定。実際、この時の草刈民代はセリフは上手くない。だがあの雰囲気は他の人では出すことは難しいと思う。

竹中直人が演じるのは青木、田口浩正は田中。実はこれ、周防監督の「シコふんじゃった。」の時と同じ役名である。

ダンスホールのぶっ飛んだ感じの歌姫、夏子(これも「シコふんじゃった。」と同じ役名)を演じるのは清水美砂。普段の彼女のイメージと全く違うので気がつかなかった人も多かったそうだ。歌い終わった後でロングスカートを投げ捨てるのは清水のアドリブだという。

ラストシーンで草刈民代が「Shall We Dance?」と訊いた時の役所広司のリアクションは異なる演技で6回撮り、6回ともOKだったという。周防監督も役所広司という役者の実力に舌を巻いたそうだ。

周防監督は「映画館に中年を呼び戻したい」と思ってこの映画を作っている。実際、有楽町マリオンにも中年の男女が沢山入っていた。
社交ダンスに対する偏見もこの映画の封切り以降、確実に減った。

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2020年6月30日 (火)

美術回廊(49) 京都国立近代美術館 「チェコ・デザイン 100年の旅」&日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ポーランドの映画ポスター」

2020年6月25日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎にある京都国立近代美術館で、「チェコ・デザイン 100年の旅」と日本・ポーランド国交樹立100周年記念「ポーランドの映画ポスター」展を観る。
いずれも5月10日に最終日を迎えるはずの展覧会だったのだが、コロナ禍による臨時閉館期間があったため、再開後、7月までに展示期間が延びている。

チェコは、音楽(ドヴォルザークやスメタナ)、文学(カフカやカレル・チャペック)といった芸術が知られるが、チェコのデザインに触れる機会は余りないので、興味深い展覧会である。

チェコのデザインに触れるのは初めてではなく、以前にチェコ製のテントウムシのマグネットを買ったことがあり、今も冷蔵庫に止まっている。

チェコ出身のデザインアーティストというと、アルフォンス・ミュシャがまず頭に浮かぶが、ミュシャの「Q」をモチーフにした作品も勿論展示されている。19世紀末から20世紀初頭には、チェコでもアールヌーボーなどの影響を受けた美術が流行ったが、椅子などは実用性を度外視してデザインを優先させたために使い勝手が悪いものも多かったようである。

その後、チェコでは「結晶」を理想とした直線美によるパターンを重ねたデザインが流行する。考えてみれば、「自然は直線を嫌う」(ウィリアム・ケント)といわれているものの、肉眼では見えない結晶は例外的に直線で形作られている。顕微鏡の発達によってもたらされた、ある意味ではこれまでの常識を覆す自然美の発見であったともいえる。

家具や食器はアールヌーボーの反動で、シンプルで実用的なものが好まれる時代になるが、ガラス細工が盛んな地域をドイツに占領されてしまったため、木材などを中心とした新たなデザインを生み出す必要性に迫られるようにもなる。これはそれまで軽視されてきた木材の長所の再発見にも繋がったようだ。

共産圏となったチェコスロバキアでは、国外に向けてのチェコやスロバキア美術プロパガンダのための高級感のあるデザイン品が輸出される一方で、国内向けには貧相なものしか作られないという乖離の時代を迎える。チェコ動乱の前はそれでもピンクやオレンジといった色を用いたポップなデザインのポスターなども制作されたが、それ以降は実用的ではあるが味気ないいわゆる共産圏的なデザインも増えてしまったようだ。チェコのデザインが復活するにはビロード革命を待つ必要があったようである。

アニメーションの展示もあり、短編アニメが何本か上映されている。言葉がわからなくても内容が把握可能なものだったが、東欧のアニメとしてどの程度の水準に入るものなのか一見しただけではわからない。

チェコの木製おもちゃの展示もある。テントウムシのマグネットにも通じる可愛らしくてぬくもりが感じられるもので、子どものみならずインテリアとしても喜ばれそうである。

 

「ポーランドの映画ポスター」。映画好きにはよく知られていると思われるが、ポーランド映画は完成度が高く、海外からの評価も上々で、「芸術大国ポーランド」の一翼を担っている。
今回は、映画そのものではなく映画ポスターの展示であるが、ポーランドでは海外の映画のポスターをそのまま用いるということが禁止されていたため、ポーランド人のデザイナーが一から新しいポスターを製作することになった。
日本映画のポスター展示コーナーもあり、ゴジラシリーズなどはわかりやすいが、「七人の侍」などは日本の侍というよりもギリシャの兵士のような不思議な装束が描かれていたりもする。

市川崑監督の「ビルマの竪琴」(1985年の中井貴一主演版)のポスターには、二つの顔を持ったオウム(というよりも顔を素早く横に降り続けている描写だと思われる)が描かれ、右側に「日本にかえろう」、左側に「かえれない」という文字が日本語で書かれている。一般的なポーランド人が日本語を読めるとは思えないが――一般的な日本人がポーランド語の読み書きが出来ないように――日本趣味を出すために敢えて日本語をそのまま用いているのかも知れない。

ハリウッド映画では、アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」、レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル映画「ウエストサイド物語」、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの「明日に向かって撃て!」などのポスターがある。日本ではハリウッドオリジナルのポスターも見ることが出来るが、それらとはかなり違ったテイストのポスターとなっている。

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2020年6月23日 (火)

これまでに観た映画より(184) さだまさし原作「解夏(げげ)」

2005年4月10日

さだまさし原作、磯村一路脚本・演出の映画「解夏(げげ)」をDVDで観る。大沢たかお、石田ゆり子主演。
磯村一路は傑作「がんばっていきまっしょい」で知られる抒情派。

解夏とは仏教用語であり、夏の修行が終わる時期を指す。


小学校の教師である高野隆之(大沢たかお)はベーチェット病に犯され、徐々に視力を失っていく。

舞台である長崎の光景が美しい。船から見える風景も格別である。悪い言葉で言えば手垢のついたタイプの物語だが、主役二人の愛の強さに打たれる。

教師であった高野の、元生徒を思いやる気持ちの強さが感動的だ。勿論、陽子(石田ゆり子)の愛と陽子への愛も。

ラストがちょっと物足りない気もするが大袈裟にまとめないところは好感が持てる。

もともとは子孫を残すために生まれた愛というものが、こういう風に甘く美しく切なく輝かしく優雅で残酷で美味なものになった。愛とは人類史上最大の発明である。

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2020年6月17日 (水)

これまでに観た映画より(183) ヴィットリオ・デ・シーカ監督作品「ひまわり」

2020年6月15日 京都シネマにて

京都シネマで、「ひまわり」を観る。イタリア、フランス、ソ連合作映画。ヴィットリオ・デ・シーカ監督作品。出演:ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、リュドミラ・サベーリエワほか。音楽:ヘンリー・マンシーニ。製作:カルロ・ポンティ。

ちなみに映画プロデューサーであったカルロ・ポンティは既婚者であったが、この映画の撮影時にはすでにソフィア・ローレンと交際中であり、1972年にはローレンと再婚している。カルロ・ポンティとソフィア・ローレンの長男であるカルロ・ポンティ・ジュニアは、劇中に赤ちゃんとして登場するが、現在は指揮者として活躍しており、私も彼がロシア・ナショナル管弦楽団を指揮したCDを持っている。

映画音楽の大家、ヘンリー・マンシーニが手掛けた音楽も素晴らしく、メインテーマは彼の代表作となっている。

 

1970年に公開された映画で、今回は公開50周年を記念しての特別上映。最新のデジタル修復技術を用いたHDレストア版での上映である。

 

冒頭、中盤、ラストに登場する一面のひまわり畑が印象的である。ソ連時代のウクライナで撮影されたものだそうだ。ひまわりというと日本では華やかな陽性の花の代表格であるが、イタリアでは太陽に片想いしている寂しい花というイメージもあるようである。

 

第二次大戦中と戦後のイタリアとソ連が舞台である。
ファッションの街としても名高いイタリア・ミラノ。ロシア戦線に送られたまま生死不明となっている夫のアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)の行方を妻のジョバンナ(ソフィア・ローレン)が担当職員に問い詰める場面から始まる。

イタリア北部の田舎町出身のアントニオと南部の大都市ナポリ出身のジョバンナは恋に落ち、出征延期を目論んで結婚する。だが猶予はわずか12日。そこでアントニオはジョバンナと示し合わせて佯狂による一芝居を打つことで精神病院への隔離を狙うがすぐにばれ、ロシア戦線に送られることになる。
「ロシアの毛皮を土産として持って帰るよ」と約束してミラノ駅から旅立ったアントニオだったが、戦争が終わってからも行方はようとして知れない。
ロシア戦線から帰った一人の兵士が、アントニオのことを知っていた。彼によるとアントニオは真冬のロシア戦線、ドン河付近でソビエト軍からの奇襲攻撃を受け、逃走する途中で多くのイタリア兵と共に脱落したという。

それでもアントニオの生存を信じて疑わないジョバンナは、単身、ロシアに乗り込む。1953年にスターリンが亡くなり、雪解けの時代が始まっていて、ジョバンナもモスクワにたどり着くことが出来た。モスクワにある外務省で紹介された案内の男性と共にアントニオが脱落した場所付近に広がる一面のひまわり畑の中をジョバンナは進む。かつての激戦地に咲く鎮魂のひまわりに囲まれた空き地にイタリア兵とロシア人犠牲者のための供養塔があった。更にイタリア人戦没者墓地も訪ねるジョバンナだったが、「アントニオは生きている」という確信を棄てることはない。

そしてついにジョバンナは、アントニオの現在の夫人となっているマーシャ(リュドミラ・サベーリエワ)と出会う。アントニオとマーシャの間には娘のカチューシャがいた。ショックを受けるジョバンナ。すると汽笛が鳴り、働きに出ていたアントニオが自宅の最寄り駅に戻ってくる時間であることが示される。午後6時15分、以前、アントニオとジョバンナが約束の時間としていた6時よりも15分ほど先だ。

マーシャと共に駅に向かったジョバンナは今のアントニオの姿を見る。アントニオもジョバンナに気づき、歩み寄ろうとするが、もう以前のアントニオではないと悟ったジョバンナは走り出した汽車に飛び乗って去り、人目もはばからず泣き続ける。出会えさえすればたちどころに寄りを戻せると信じていたのだろうが、それは余りにも楽観的に過ぎた。

アントニオを諦めたジョバンナはミラノのマネキン工場で働く金髪の男性と新たにカップルとなり、子どもも設ける。

ジョバンナのことが忘れられないアントニオはマーシャと相談した上で、単身モスクワからミラノにたどり着き、紆余曲折を経てジョバンナと再び巡り会うのだが、ジョバンナにはすでに息子のアントニオ(カルロ・ポンティ・ジュニア)がいることを知り、関係修復が不可能なことを悟る。ジョバンナは息子にアントニオと名付けることで、かつての夫のアントニオを思い出の中の人物としていた。時計はすでに進んでしまっており、互いが互いにとって最愛の人物であることはわかっていても、時を取り戻すことは最早不可能である。報われぬ両片想いのラストが訪れる。

戦争により、本来の人生から外れてしまった男女の悲恋劇である。そしてこの物語もまた戦地に咲く片想いの花、ひまわりの一本一本が象徴する報われなかった数多の夢の一つでしかないのだということが暗示されてもいる。

 

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2020年6月14日 (日)

これまでに観た映画より(182) 「スティング」

2005年1月27日

DVDで映画「スティング」を観る。1974年公開のアメリカ映画。アカデミー賞で作品賞など6部門を受賞している。

主演はポール・ニューマンとロバート・レッドフォード。監督はジョージ・ロイ・ヒル。「明日に向かって撃て!」のトリオによる作品。

詐欺師やイカサマ師の騙し合いを描く作品。舞台は1936年のシカゴ。古き良きアメリカという感じだが、すでに高層ビルはいくつも建っている。

この頃のロバート・レッドフォードはブラッド・ピットによく似ている。

スコット・ジョップリンの「ジ・エンターテイナー」が主題曲として効果的に使われている。またマーヴィン・ハムリッシュの音楽もやはりラグタイム調で楽しい。「明日に向かって撃て!」ほどの完成度はないが、二転三転するストーリーは巧みだ。

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2020年6月 8日 (月)

これまでに観た映画より(181) 矢口史靖監督作品「スウィングガールズ」

2004年11月4日 京極東宝にて

京極東宝で矢口史靖(やぐち・しのぶ)監督の「スウィングガールズ」を観る。
京極東宝は歴史ある映画館だがシートは新しく座りやすくなっている。足下にも余裕がある(2006年閉館)。

出演、上野樹里、貫地谷しほり、本仮屋ユイカ、白石美帆、平岡祐太、小日向文世、渡辺えり、佐藤二朗、福士誠治、竹中直人

「ウォーターボーイズ」でメジャーになった矢口監督だが、これはその女の子版。ジャズバンド版スポ根風青春劇である。
主人公の名は相変わらず鈴木さんだ。「ウォーターボーイズ」の鈴木君(妻夫木聡)は情けない男だった。「スウィングガールズ」の鈴木さん(上野樹里)も駄目駄目系だが鈴木君とは違い、自分から積極的に道を切り開く女の子だ。
最初は勉強は出来ないし、パソコンも苦手な取り柄のないどうしようもない女の子だったのだが、ジャズに取り憑かれてからは見違えるほど魅力的になる。

一番駄目そうな女の子、関口(本仮屋ユイカ)が一番上達が早いのも面白い。
鈴木さんの表情は以前何度も見たことがある。多分矢口監督が指導したのだろう。

いつもの通り、変な子どもも登場。野球応援に行けなくなった鈴木さん達が泣くシーンは悲しいのだが、これまたおばあちゃんがナイスボケ。笑いに転じている。ストップモーションも最高だ。

カメラワークにも愛情が感じられる。ブラスを真横から撮るのはヘルベルト・フォン・カラヤンがよく演出に用いた方法だが、ブラスが最高に格好良く映るのだ。

スウィングガールズの演奏も凄い。徹底して練習したのだろう。クライマックスの「シング・シング・シング」における客のノリは映画「ベニー・グッドマン物語」を彷彿とさせる。

予想を遙かに上回るご機嫌な映画である。評判はいまいちだそうだけれど、この映画の良さがわからない人は自分で道を切り開いたことのない人だろう。
あり得ない話かも知れないが、いいじゃないか、フィクションなんだから。

「この世の中には二種類の人間がいる。成し遂げる者と諦める者だ」(劇中より)
運も間も悪い女の子達なのだが、諦めずに転がっていればいいことにぶつかる。メッセージと希望が溢れている。これほど観ていて幸せになれる映画もそうはない。

伊丹弥生先生はガールズ達に言ったのと同じジャズ観を小澤先生にも言ったのだろうな。

珍しくパンフレットを買ってしまう。映画のパンフレットを買うのは京都に来てからは初めてではないだろうか。

映画館を出ると周りの風景がいつもよりずっと美しく感じられる。鴨川も北山も東山も夢の中の光景のようだ。

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2020年6月 6日 (土)

配信公演 浅草九劇オンライン 柄本明ひとり芝居「煙草の害について」(劇評。文字のみ。関連リンクはあり)

2020年6月5日 東京の浅草九劇からの配信

午後7時30分から、オンライン型劇場に模様替えした浅草九劇の配信公演、柄本明ひとり芝居「煙草の害について」を観る。事前申込制の有料公演である。配信はVimeoを使って行われる。

配信公演への入り口となるURLは開演1時間ほど前に送られて来たのだが、メールソフトの調子が今日もおかしく、HTML形式のメールの画像がダウンロード出来ないので、返信やら転送やらのボタンを押して、無理矢理別の形式に置き換えて見る。返信を押した場合、更に「返信をやめる」を押すのだが、それでも返信されてしまう場合がある。

 

午後7時開場で、その直後に配信画面に入ったのだが、ずっと暗闇が続く。「LIVE」と視聴者数の文字は出ているので動いていることは確かだが、午後7時30分丁度になっても暗闇のままなのでブラウザの更新ボタンを押す。そのためか、あるいはそれとは関係なく配信の時間が来たからなのか、画面に舞台の背景が映る。臨場感を増すため、フルスクリーンにして視聴する。

 

「煙草の害について」は、アントン・チェーホフが書いた一人芝居である。オリジナルに近い形での上演は、MONOが京都芸術センターで行った「チェーホフは笑いを教えてくれる」というチェーホフの短編を連作にした作品の中で水沼健(みずぬま・たけし)が演じたものを観たことがあるのだが、上演時間が20分弱という短いものであるため、今回はチェーホフが書いた他の戯曲のセリフや歌などを加えて、上演時間1時間前後に延ばしたテキストを使用しての上演である。柄本版「煙草の害について」は、1993年初演で、書き直しを行いながら何度も上演を重ねているが、私は観るのは今日が初めてである。

柄本明が演じるのは、妻が経営する全寮制女子音楽学校の会計係兼教師であるが、恐妻家であり、今いちパッとしない男である。着ているベストも継ぎ接ぎだらけだ。

妻に命令されて、無理矢理「煙草の害について」というタイトルの健康に関する講演をすることになったのだが、彼自身は喫煙者であり、煙草の害に関する知識は辞書などで得たもの以外にはさほどない。当然ながらやる気もない。

音楽学校の生徒全員分のホットケーキを焼くよう妻に命じられて作ったのだが、体調不良で5人が食事をキャンセルしたため、妻から5人分を一人で食えと命じられ、食べ過ぎで体調不良である。妻からは「かかしんぼ」と呼ばれることがあり、かなり侮られている。

 

本編に入る前に、柄本明はアコーディオンを弾きながら榎本健一の楽曲「プカドンドン」(もしくは歌詞違いの「ベアトリ姉ちゃん」。サビの歌詞が一緒なので判別出来ず)を歌う。伴奏と歌がかなりずれることもあるが、あるいは浅草での上演ということでエノケンへのリスペクトも込めて歌われたのかも知れない。

体調が悪いので、持ってきた原稿の1枚目に向かってくしゃみをしたり、もうちょっと汚いものが出たため、それを丸めて棄てたのだが、実はそれが「煙草について調べた内容を書き記したメモ」だったため、それに気づいて、汚いのを承知で拾い、広げて読み上げるのだが、出したものでインクが滲んでしまい、上手く読めない。「イタリえば」と読んだが、実は「例えば」だったり、「中洲」という博多の繁華街ネタが始まるが、実際は「中枢神経」と書かれたものだったことが直後に判明したりする。男は「学がない」と自己紹介をしていたが、最後の辺りで「若い頃は大学で学問に励んだ」という話をしたり、音楽学校で理系から文系までの教養科目を幅広く教える能力があるため、謙遜しただけで、今は冴えないが少なくとも若い頃はかなり優秀と見られた人物であるらしいことがわかる。ちなみに彼の奥さん(「三人姉妹」に登場する怪女・ナターリヤの要素を入れている)は友人とフランス語で話すが、男の悪口を言うときはロシア語になるということが語られる場面があるのだが、帝政ロシア時代はかなり徹底したフランス指向の影響で上流階級はロシア語でなくフランス語を話していたという事実があり、奥さんもフランス語が話せて音楽がわかるということからハイクラスの出身であることがわかり、そうした女性と結婚出来た男も同等の階級出身である可能性が高い。あるいは彼も優れた才能と身分に恵まれながら時代の壁に阻まれて上手く生きられなかった「余計者」の系譜に入るのかも知れない。

「いざ鎌倉。鎌倉はどっち? ここは浅草だから」という話が出てきたり、「休憩」と称して下手隅にある椅子に腰掛けてバナナを食べた後で、ぶら下がっている紐に首を入れて揺らし、縊死するかのように見せた後で「ゴンドラの唄」を歌い、黒澤映画の「生きる」をモチーフにした演技を見せるなど、日本的な要素もちりばめられている。

とにかく妻や娘から軽視されているというので愚痴が多く、「誰でも出来る」結婚しか出来なかった(ただ今の人にとっては、結婚自体が高望みになりつつある。私も結婚していない。「私にも妻がいればいいのに」)不甲斐なさを述べるのだが、柄本明自身が奥さんである角替和枝を亡くしているということが透けて見えるような愛情吐露の場面もあり、妙に切なかったりする。

途中で後ろの方に座っていた学生風の若者が勝手に退出しようとしたのを見とがめたり、女子音楽学校の校則などの紹介が載っている本を客席に向かってロシア通貨で販売しようとする場面があったり(今回は無観客上演なので誰もいない)とステージ上だけでない空間の広がりを生む演技もある。

ラスト付近ではラヴェルの「ボレロ」が流れ、妻の影絵が浮かび、転調を伴う狂乱の内に芝居は終わる。

 

上演終了後、柄本は無人の劇場で演じるのは初めてだと語り、文化は生きることと同等であり、なくてはならないもの。なくなったら死んでしまうと熱いメッセージを語った。

 

初の配信ということもあってか、映像が時折途切れたりする。こちらの回線が悪い時もあったかも知れないが、スローモーションになった時には視聴者数が一気に20人ほど減ったため、観るのを諦めたかいったんログアウトしたかで、他の人が観ている映像にも問題が生じていることが察せられた。その後、観客数が一気に増え、ほどなくして画面も動き出した。

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2020年6月 5日 (金)

これまでに観た映画より(180) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「天使の涙(堕落天使)」

2004年11月2日

ビデオで「天使の涙」を観る。1996年日本公開の香港映画。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品。王家衛の登場で香港映画のイメージがカンフー映画からポップな先鋭作品に変わってしまった気がする。この映画を私は渋谷のスペイン坂の上にあったシネマライズで2度観ている。

出演:金城武、レオン・ライ、ミシェル・リー、チャーリー・ヤン、カレン・モク。撮影監督:クリストファー・ドイル。

殺し屋とそのエージェンシーの女、そしてパイナップルの食べ過ぎで口がきけなくなった青年の怖ろしく孤独な三人を描く。もともとは「恋する惑星」の第3エピソードであったが、長すぎたため独立したようだ。パイナップルの食べ過ぎで口がきけなくなった青年を演じているのは金城武。前作「恋する惑星」のあのシーンからのパロディ。役名も同じくモウだが別人だ。

広角レンズを使って場面を歪めている。

エージェンシーの女(ミシェル・リー)は殺し屋(レオン・ライ)に恋心を抱いている。しかし彼女は不器用でたまに殺し屋に会っても満足に話すことも出来ない。殺し屋の部屋から出されたゴミを漁って内容を確認するような危なさも持っている。彼女が自慰にふける場面は話題になったが、性格からいって彼女に本当に男性経験があるのかどうかはわからない。

殺し屋もまた不器用な男で人と上手く渡り合えない。常に受け身の性格であり、殺し屋になったのも頼まれた殺しをすればいいだけという理由である。自分から人生を選ぶために積極的に行動した経験がほとんどないようだ。エージェンシーの女と別れて、他の女(カレン・モク)と付き合うが、結局、彼は誰も愛せない男のような気もする。

金城武演じる青年がこれまた困ったことに夜中に勝手に他人の店を開けて商売を始め、路上の人を無理矢理店に入れてものを売りつけたり、勝手に散髪をして金を脅し取ったりしている。

コミュニケーション不全が大きなテーマとなっている。

鏡に映る自分をのぞく場面は内面の自己とのにらめっこだ。自己とは対話を交わすのに、他人とは心を交わせない。

エージェンシーの女は殺し屋を裏切り、青年も初恋の女性にあっさりと捨てられる。初恋の女性(チャーリー・ヤン)や殺し屋を誘う女性(カレン・モク)は、みな変わっているものの積極的に人と関わろうとしているのだが、三人の主人公は美男美女なのに他者との交流が出来ない。
青年のバイクの後部座席に座りながら生まれて初めて「永遠の温かさ」を知るエージェンシーの女。椎名林檎の世界のようだ。

金城武がセリフ一切なしという難役に挑んで成功している。かなりアドリブが多かったそうだ。

殺し屋を演じるレオン・ライが格好いい。男前で凄みがあるが濃い影を持つ男を好演している。

映像も美しい。おなじみクリストファー・ドイルのカメラワークも見所の一つ。

「恋する惑星」のパロディが数カ所あるがいずれも笑える。

どこもかしこも、「ほぼ完璧」の水準に達している。香港ニューウェーブの最高傑作に挙げたい。

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