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2026年2月 3日 (火)

坂本龍一 「Solitude」

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2026年1月30日 (金)

コンサートの記(944) fever presents Candlelightコンサート「坂本龍一へのオマージュ」 チェンバー・ミュージック・アトリエ神戸

2026年1月18日 左京区岡崎の京都観世会館にて

午後3時から、左京区岡崎の京都観世会館で、fever presents Candlelightコンサート「坂本龍一へのオマージュ」を聴く。元々のタイトルは「坂本龍一の音楽の世界」だったようだ。
アメリカのfever社が行っているCandlelightコンサート。京都ではこれまで京都コンサートホール・アンサンブルホールムラタなどで行われていたが、音楽ホール以外の場所へと公演の規模を拡げ、京都観世会館での公演を行っている。京都観世会館は能楽堂で、能や狂言以外で京都観世会館に入るのは初めてである。
現場で動いているスタッフは全員日本人だが、システムはアメリカ式。チケットもプログラムもスマホにダウンロードしたものを使用。キャンドルの販売が終演後に行われていたが、クレジットカードのみ可と完全にアメリカ方式であった。

演奏は弦楽四重奏団であるチェンバーミュージックアトリエ神戸が行う。第1ヴァイオリン:根垣りの(ねがき・りの)、第2ヴァイオリン:萩原合歓(はぎわら・ねむ)、ヴィオラ:山本紗帆、チェロ:吉田円香(まどか)。
根垣はフリーのヴァイオリニストのようだが、萩原は京都フィルハーモニー室内合奏団のコンサートマスターをしていた経験があり、現在は神戸室内管弦楽団のヴァイオリニストである。。山本と吉田は、共に兵庫芸術文化センター管弦楽団のコアメンバーとレジデントプレーヤーある。

 

曲目は、「レヴェナント」、「スネーク・アイズ」、「M.A.Y. in backyard」、「戦場のメリークリスマス(Merry Christmas Mr.Lawrence)」、「Opus」、「King's March」、「Amore」、「水の中のバガテル」、「Aqua」、「Rain」、「美貌の青空」

休憩なし、1時間ちょっとのコンサートである。観世会館で使われているキャンドルは4800本だそうだ。

 

坂本龍一自身は弦楽四重奏用の編曲を行っていないので、第三者が編曲した譜面を使用しての演奏となる。「Amore」は、アルバム「Beauty」に収録されたバージョンではなく、坂本がピアノ用に編曲、それもアルバム「/05」以降に編曲したゆったり目のバージョンを弦楽四重奏用に移している。

チェロの吉田円香がマイクを手に進行役を担う。

 

「M.A.Y. in backyard」は、アルバムやピアノソロで聴くとそれほどでもないのだが、弦楽四重奏で聴くとかなり前衛的な部分があることが確認出来る。
「M.A.Y.」は、メイではなく、裏庭にいた三匹の野良猫、モドキ、アシュラ、ヤナヤツの頭文字である。

「戦場のメリークリスマス」は、冒頭の繊細な音型をヴァイオリンのピッチカートで奏でる。

「Amore」は、先に書いたとおり、アルバム「Beauty」に収められている楽曲だが、それ以前に「undo」というタイトルで、マキシシングルが発売されていた。違いは歌声が入っているかどうか。「undo」を聴いたプロデューサーが、「これは、アモーレ、アモーレと歌っている」と言ったため、合唱を入れることにしたのだが、「アモーレ」という言葉は使わず、ユッス・ンドゥールが書いたシンプルな歌詞を採用している。
その後、ピアノバージョンをビールのCMで坂本がピアノで弾き、これが最初のピアノバージョンだった。
坂本が21世紀に入ってから編曲したピアノバージョンは懐旧の趣があるが、一番最初のバージョンである「undo」からの編曲も聴いてみたかった。

「Rain」に関しては、吉田が、「ゆったりとした雨」と語ったため、「あ。これ映画観たことないぞ」と分かる。「Rain」は、満州国の皇帝となった愛新覚羅溥儀が、第二夫人である文繍に離婚を切り出され、拒むも文繍は自由を求めて雨の中へ、傘も断って去って行くという場面の音楽である。坂本龍一がたびたびコンサートで取り上げた自信作にしてお気に入りの楽曲だった。
この曲には疾走感と痛切さ、更には切迫感も必要になるのだが、今回は解釈が異なるため、弦が悲鳴を上げたりする場面があるにも関わらず、のんびりとした音楽になってしまっていた。
映画音楽を弾くなら、映画を観て、どの場面でどのように使われているかを知らないと的外れな演奏になってしまう。

「美貌の青空」は、教授が生前に「イタリアで演奏するとどういうわけか滅茶苦茶受ける」と話していた楽曲である。私個人もなぜイタリアで受けるのかは分からないが、今後も「美貌の青空」を歌ったり演奏したりする人は出てくると思われるので、イタリアでやってなぜ受けるのか解き明かしてくれると嬉しい。

 

アンコール演奏は、「ラスト・エンペラー」 メインテーマ。弦楽器に非常に合う楽曲である。時間の関係で少し端折った演奏であったが、四人だけであっても音自体に力が宿った作品であるだけに、充実した響きの演奏となった。

なお、アンコール演奏時のみ、撮影・録画が可であった。

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これまでに観た映画より(426) 「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」4Kレストア版

2026年1月17日 T・ジョイ京都にて

京都駅八条口南西にあるイオンモールKYOTO内の映画館、T・ジョイ京都で、ドキュメンタリー映画「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto 4Kレストア版」を観る。上映時間62分の中編。フランス映画である。監督はエリザベス・レナード。1986年の作品だが、撮影自体は1984年に行われている。YMO散開直後であり、坂本は大島渚監督のオール・メイル・キャスト映画「戦場のメリークリスマス」の音楽が高く評価されて、アメリカではなくイギリスのアカデミー賞作曲賞を受賞。この映画の中にも映画「戦場のメリークリスマス」の場面が挿入されている。

1952年1月17日に東京都中野区に生まれた坂本龍一。東京都世田谷区に育ち、都立新宿高校を経て東京藝術大学音楽学部作曲科に現役合格。その後、同大学大学院音響研究科で、電子音楽やコンピューター音楽などを学んでいる。学生運動を行い、授業には余り出なかったそうだが、民族音楽の小泉文夫には多く学び、また作曲の師である三善晃から得たものも大きいことが作品を聴くと感じられる。
本当は大学院に進む気はなく、「社会には出たくない」ので留年しようと思っていたが、指導教員(誰なのかは不明)から、「留年は駄目だ。お前は卒業するか大学院に行くかどっちかにしろ」と言われ、大学院進学を選んでいる。望んで進んだわけではないが、これが愛称の「教授」に繋がる。大学院在学中に友部正人と出会い、レコーディングに参加。当時としては破格のギャラに驚喜し、バックバンドのミュージシャンとしてスタートすることになる。

最初にドビュッシーの言葉がフランス語で語られる(この作品は全編英語字幕付き)。“I am working on things that will only be understood by the grandchildren of the twentieth century.”。坂本はおもちゃの銃で遊んでいる。
坂本のアルバムの中でもマイルストーン的な1枚である「音楽図鑑」の制作に取材班は密着し、それ以外に坂本へのインタビューや思考を聞きだし、明治神宮や浅草寺の祭りなど、東京的な要素の濃い場所でロケを行っている。
当時の東京には、自動改札は勿論なく、駅員が切符を切っている。原宿では竹の子族が踊っているが、ダンスのレベルは今の若い人に比べるとかなり低い。今の若い子は、小学校の授業でダンスを学んでおり、誇張でなく竹の子族の何十倍も高度な動きとスピードでダンスを行っている。本当に隔世の感である。

坂本龍一が、新宿アルタの液晶ビジョンが見える位置に立つと、YMO時代の「体操」や「Behind the Mask」のPROPAGANDAライブ時の映像がビジョンに映る。

後年、坂本は若い頃の自分について、ヘッドバッドを行うポーズをして、「生意気だった」「(YMO結成の時も)時間があったらやります」「年取って(そういうことがなくなって)良かった」と述べている。

この頃は30代前半(厳密に書くと32歳)だが、父親への反発から文学書よりも思想書を多く読んでいたという坂本は、鋭さを特に隠そうとはしていない。

1から10まで、順番に作曲するのが音楽というのがそれまでの作曲法だったが、坂本はそれに疑義を呈し、部分部分を作曲して保存し、次の部分とつなぎ合わせるというシャッフリングのような発想をしていることが分かる。村上春樹が1985年に発表した『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』にもシャッフリングは登場するので、そういう発想をする人が多い時代だったのだろう。
シンセサイザーで作曲をする坂本だが、この時代のシンセサイザーの性能は今のおもちゃ以下。フロッピーディスクをLPレコードサイズにしたようなメモリーディスクを何枚も使い、音色の変更はメモリーディスクに入っているものの中からセレクトして行う。今なら適当な電気店で買った安いキーボードでも音色のチェンジは簡単に出来る。そう思うと、1984年は思っているよりも遙かに昔ということになるようだ。ちなみにCDの発売は、1985年なので、スクリーンの向こうの世界にはまだCDというものは存在しない。
明治神宮の神苑に似た場所で、坂本は「歩き煙草禁止」「順路→」という立て札の前を煙草を吸いながら逆方向に進んでいく。反骨精神を表しているようだ。今は「歩き煙草禁止」じゃなくて「禁煙」の立て札になっているだろう。
ちなみに明治神宮での祭りで鼓が打たれるが、鼓に近い音もメモリーディスクには入っている。

影響を受けた人物として坂本は、様々な作曲家を挙げた後で、哲学者・思想家の吉本隆明(「たかあき」ではなく有職読みで通称の「りゅうめい」で答えている)を挙げた。
一方で、「クラシックよりビートルズを先に聴いていたらクラシックには行かなかったかも知れない」と述べている。

坂本が作曲した作品以外に流れるのは、坂本が愛したフランスの作曲家の作品。ドビュッシーの「子供の領分」より第1曲“グラドゥス・アド・パルナッスム博士”、サティのグノシエンヌ第1番などだ。

YMO時代の中でもとりわけ有名な作品である「東風」は、PROPAGANDAライブの時のものと、矢野顕子とのピアノ連弾のものが採用されている。

なお、坂本はたまに眼鏡を掛けているが、後に老眼になるまで視力1.5なのが誇りだったと語っているため、伊達眼鏡である。老眼になってから丸眼鏡を掛けるようになり、「お洒落」と評判になったが、フランスの作曲家には丸眼鏡を愛用していた人が何人かいるため、影響を受けたのかも知れない。

坂本は、店舗で掛かるBGMについては、「最初から聴かないで次の階に行ったらまた別の音楽に変わる」として、音楽の聴き方が変わるという予兆を感じている。ただ、音楽の聴き方については現時点では激変はしていないように思う。ソフトから配信が主流になったりはしているが、基本的には好きな音楽を最初から最後まで聴く人の方が多いだろう。

1984年、バブル前夜。日本が上り調子の時代である。GDP(当時GNP)は世界第2位。1位のアメリカを脅かす勢いで、「Japan as No.1」と呼ばれるのが、1985年頃である。坂本も東京を「資本主義の最先端」と呼んでいる。まさかここまでひどい国になってしまうとは誰も予想していなかっただろうが、YMOも世界初のサンプリングを駆使したアルバム「テクノデリック」を発表するなど、世界最先端の音楽を作っていた。世界音楽史上、日本のミュージシャンが世界最先端の地位に躍り出たのはおそらくこの時だけだっただろう。

アルバム「音楽図鑑」の収録曲は、「M.A.Y. IN BACKYARD」と「マ・メール・ロワ」、ラストに演奏される「SELF PORTRAIT」がメインだ。それ以外の楽曲では、「戦場のメリークリスマス(Merry Christmas Mr.Lawrence)」が教授によるピアノソロと、映画の場面をセレクトして流れる。

その後、坂本は「ラストエンペラー」の音楽で、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡)と共にアメリカのアカデミー賞作曲賞を受賞。「世界のサカモト」と呼ばれるようになる(なお、この時、エンニオ・モリコーネが落選し、作曲者を大いに落胆させた)。
だがこれはまだ坂本龍一が世界的に知られる前の映像である。

この時の坂本は、整然としたものではなく、そこからこぼれ落ちたもの、はみ出たものなどに興味を持っていたようで、ノイズなどを取り入れた音楽に繋がって行くのかも知れない。アルヴァ・ノト(カールハインツ・ニコライ)との作業はまさにそんな感じだ。

ニューヨークに転居して世界的な活動を始める坂本。ニューヨーク転居については矢野顕子が強く望んだもので、その理由については知っている人は知っているので詳しくは書かない。村上龍はテレビ番組で「亡命していった」と語っていたが、坂本はそれも否定している。

一方で、東京に対する落胆は増していったようで、自伝『音楽は自由にする』では、東京に対して、「限界に来ている」「家賃が高すぎる」「誰が住むか」と露骨に嫌悪している。「東京じゃない、家賃の安い場所から新しいものが生まれる」という予感もあったそうで、最後の方では、「京都あたりに住んでみようかと思っている」と述べている。これは絵空事ではなく、実際に京阪神地域を愛したデヴィッド・ボウイが手に入れていた九条山の土地を買ったか、買おうとした動きがあったようである。だが、癌になったことで京都移住は夢と終わった。

東京に生まれ、東京に育ち、東京で学び、東京で仕事をしてきた坂本龍一。「東京はもう駄目だ」とまで宣告したようなものだったが、最後の癌の治療は主治医が東京にいたため、東京に仮住まいし、東京の病院で手術を受け、東京の病院で亡くなった。そして何よりも、本人は否定するかも知れないが、彼は東京が似合う男だった。

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2026年1月19日 (月)

NHKBS「坂本龍一コンサート リマスター版」

2025年12月30日

「坂本龍一コンサート リマスター版」の第1部と第2部を視聴。

私が買った坂本龍一の最初のアルバムは「Beauty」であるが、その1つ前のアルバム(分量から行くとミニアルバムに近い)が「Neo Geo」であり、第1部はそれに含まれている曲が中心のコンサートである。
NHKBSの映像であるが、年号がまだ昭和表記である。62年7月19日(1987年7月19日)、NHKホールでの公演。

「Neo Geo」は続く「Beauty」同様、坂本龍一が沖縄の音楽に接近した時期の音楽である。
東京藝術大学で小泉文夫に師事した坂本は、民族音楽への造詣も深かった。
古謝美佐子(こじゃ・みさこ)、我如古順子(がねこ・よりこ)、玉城一美という今では沖縄歌謡の重鎮となっている3人を集めた「オキナワチャンズ」の歌が強烈である。
坂本は、「日本は単一民族国家と思われているが冗談じゃない」との思いから、沖縄の音楽を積極的に取り上げている。
「童神」の作者としても知られる古謝美佐子は、ネーネーズのメンバーとしても有名だったが、この時期にはまだネーネーズは結成されていない(1990年結成)。

坂本龍一は、オキナワチャンズのメンバーも連れたワールドツアーを行っているが、ベルリン公演の前にオキナワチャンズのメンバーの一人が、体調不良で出られないということで、スタッフの一人がそれを坂本に告げに行く。坂本は一人離れたところで煙草を吸っていた。「ああ、そう」といった風に首を縦に振っただけだったが、そこに至るまでの坂本の佇まいがひどく孤独に見えた。
坂本は天性のメロディーメーカーである。しかし、なぜ人に受けるメロディーを簡単に書くことが出来るのか、自分でも戸惑っていたようなところがある。
「ずっと考えていることなんですが、自分でできてしまうことと、ほんとにやりたいことというのが、どうも一致しない場合が多いんです。できてしまうから作っているのか、本当に作りたいから作っているのか、その境い目が、自分でもよくわからないんですね」(「sitesakamoto」内、1998年10月5日の日記)。
旧フェスティバルホールで行われた、「/05」コンサートでも坂本は、「energy flow」を弾いた後で、「全く悪くない。全く悪くないのですが、それほどですか?」と客席に問いかけている。オリコンチャートでインストゥルメンタル作品として初めて1位を獲得した「energy flow」(正式には「energy flow」を含むミニアルバム「裏BTTB」)。5分ぐらいで書いた曲で、おそらく坂本本人も気楽に作ったと思われる。それが受けるというのがよく分からないようだ。
ドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」でのアルゲリッチも彼女にしか出来ない演奏をするがなぜそうした演奏が出来るのか本人にも分からず、寂しそうな表情を浮かべる場面がある。
坂本龍一の孤独もそれに通ずるように見える。自分がよく分からないという感覚。苦労して作っても評価されなかった曲もあるのだからなおさらだ。


1曲目で奏でられるのは、坂本のピアノソロによる「BEFORE LONG」。シンプルながら聴き映えのする曲である。TOTOかどこかのCM曲にもなった。非常に短い曲だが、後にロングバージョンが作られる。

「Ballet Mechanic」は、まず岡田有希子に「WONDER TRIP LOVER」の名で提供された曲で、その後、自身で「Ballet Mechanic」をカバー。その後、中谷美紀に「クロニック・ラヴ」としても提供されるなど、教授お気に入りのナンバーだった。

「戦場のメリークリスマス」では、中国の箏奏者である姜小青が主旋律を奏でている。坂本龍一の著書である『Seldom Illegal』には、姜小青のことにも触れられており、文化大革命のただ中で幼少期から青春期を過ごしているが、「彼女、ピアノが弾けるのね。文化大革命の最中であってもピアノのレッスンを受けられる層がちゃんとあったんだ」と、文革を一方的なイメージで捉えるべきではないと示唆している。

坂本龍一は上下共に真っ赤なスーツ。日本人で赤いスーツを着こなせる人は余りいないと思われるが、やはり教授は絵になる。


「坂本龍一コンサート リマスター版」の第3部を観る。ピアノ:坂本龍一。大友直人指揮東京交響楽団の演奏。1988年4月9日と10日に渋谷区神南のNHKホールで行われた公演である。二胡:姜建華、琵琶:陶敬穎、箏:姜小青。
「SAKAMOTO PLAYS SAKAMOTO」のタイトルで、公演時には「オーケストラコンサート」とも呼ばれたようだが、ライブ音源をCDとして出すにあたり、「Playing the Orchestra」のタイトルが付けられ、以後、坂本龍一によるオーケストラコンサートは、「Playing the Orchestra」という名称で統一されるようになる。
ということで、後に「Playing the Orchestra」の第1回目となる公演は、映画「ラストエンペラー」の音楽と、「BEFORE LONG」のロングバージョン、「大航海」、そして「戦場のメリークリスマス」の音楽のオーケストラ版の3部構成となっている。

ベルナルト・ベルトリッチ監督の「ラストエンペラー」に満州国のフィクサーである甘粕正彦役としてオファーを受けた坂本龍一。だが映画音楽を書く予定は当初はなかった。坂本龍一も「あるかな」と思いながら撮影も終わり、半年が過ぎた頃にベルトリッチから、「映画音楽を書いてくれ2週間で」と依頼があり、それまで中国音楽に関しては何の勉強もしていなかった坂本龍一は、「中国音楽全集」LP全10巻といったようなものを急いで手に入れて聴き、以降は2週間ほぼ不眠不休で作曲作業に励むことになる。2週間という締め切りに間に合わせ、誇りとしたそうだが、過労により体調を崩して入院。突発性難聴にもなったそうだ。
「ラストエンペラー」の音楽は、デヴィッド・バーン、コン・スー(蘇聡。スー・ツォン)との連名でアカデミー賞音楽賞を受賞。オスカー像を手にする。
オーケストレーションにまでは手が回らず、他人に任せているが、今回のコンサートでは誰のオーケストレーションなのかは判然としない。楽器編成に中国の伝統楽器が入っており、「メインテーマ」などはフォルテシモのまま終わるなど、オリジナルサウンドトラックの時と同じ要素が見受けられる。坂本龍一本人のオーケストレーションによる演奏は、冒頭で弦が揺れるような音運びを見せ、ラストはフォルテシモになってから少し音量を下げて終わる。他の曲も映画の時のオーケストレーションに近い。坂本龍一は、自作のオーケストレーションを狭間美帆や藤倉大などの若手音楽家に任せる場合があり、それほど自身のオーケストレーションには固執していないように思える。

当時、期待の若手指揮者だった大友直人。NHK交響楽団の定期演奏会に登場したり、NHK大河ドラマのオープニングテーマの指揮を任されたりと、NHKからも気に入られていたようである。指揮者にしては男前でファンクラブもあったはずだが、今はどうなのか分からない。ここでも自然体の音楽を作っているが、その後、指揮棒を手にしない機会が増え、フォルムで押すタイプの指揮者になるのだから分からない。ただ確執があったと思われる小澤征爾が亡くなり、大友の音楽性も少しずつ変化しつつある。アジアオーケストラウィークで京都市交響楽団を指揮した時には柔らかさが少し出ていた。
東京交響楽団は、東京の名を冠したまま、神奈川県川崎市のミューザ川崎コンサートホールを本拠地とし、ユベール・スダーンやジョナサン・ノットを音楽監督に迎えて、今まさに最盛期にあるが、この演奏会が行われたバブル期には、「手堅い」オーケストラと見なされていた。

CD「Playing the Orchestra」は、初出のものは手に入らず、再発のものを手に入れて聴いていた。ロングバージョンの「BEFORE LONG」を知ったのもCD「Playing the Orchestra」においてで、その後に楽譜を手に入れて全曲弾けるまで練習した。全て千葉時代のことで、京都に来てからはピアノを弾ける環境にないため、今弾けと言われても無理だと思うが。

「マンチューコー・パーティー」、「マンチューコー・ワルツ」など、印象的ながらオリジナルサウンドトラックに入っていない楽曲も含まれているため、「ラストエンペラー」という映画を愛する人には必携の音源となっている。ただもう誰かがYouTubeなどにアップしているかも知れない。

「戦場のメリークリスマス」のオリジナルサウンドトラックは、シンセサイザーと打ち込みで作られており、オーケストラとピアノ用に坂本龍一が改めて編曲している。

大友と東響の丁寧な演奏により楽曲を楽しむことが出来るが、今、2025年から2026年になろうとしている時代の日本のオーケストラが演奏したら遙かに細やか且つパワフルな演奏が成し遂げられるような気がする。坂本龍一本人は、もうその演奏を聴くことは出来ない訳だが。

アンコールとして、中国から来た3人の民族楽器奏者をメインとする「ラストエンペラー」メインテーマが演奏された。
その中の一人である姜建華は、日本で二胡をポピュラーな楽器にした立役者の一人で、日本で二胡を教えたりもしていた。京都でも何度かコンサートを行っているが、残念ながら巡り合わせが悪く、行けていない。

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2026年1月12日 (月)

これまでに観た映画より(425) ジャン=リュック・ゴダール監督作品「新ドイツ零年」

2025年1月9日 京都シネマにて

京都シネマで、ジャン=リュック・ゴダール監督作品「新ドイツ零年」を観る。ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」を意識した作品だが共通点はほとんどない。
1990年10月3日の東西ドイツ再統一を意識し、東ドイツから西ドイツへと向かった男の話となっている。1991年制作。20時台からの遅い上映である。

主演俳優は、アメリカ出身のエディ・コンスタンティーヌが務めている。FBI捜査官などを当たり役としたコンスタンティーヌがこの作品で演じるのはスパイである。
東ドイツに潜伏していた元ナチス諜報員、レミー・コーション(エディ・コンスタンティーヌ)。30年ほど潜伏生活を送っていたが、金のために旧東ドイツ側での諜報活動を行いつつ西ドイツに向かうことになる。
いきなり、ニーチェの『善悪の彼岸』が朗読されるなど、ドイツ文化があちこちに配されている。若い女性ドラ(クラウディア・ミヒェンゼン)からは、「明日からはシャルロッテ。ゲーテと仕事するの」と、『若きウェルテルの悩み』にちなんだ冗談を言われる。
「今年はモーツァルトイヤーだ」というセリフもある。1991年は、モーツァルト没後200年だった。
字幕とセリフが別々のことを述べるなど、かなりせわしない印象を受ける。「カール・マルクス通り」(東ベルリン)の道標が倒れているのは、共産主義の終焉のメタファーだと思われるが、余り上手くないように思う。仮に1991年当時に観ていたら感想は異なったと思われるが。
今はもう時代が進んでしまって、カール・マルクスがロシア人だと本気で思っていたりする人もいる。「カールだよ。典型的なドイツ人男性の名前だよ」と思うが、外国の文化に興味がない人にはピンとこないのかも知れない。一番有名な「カール」であるカール・ルイスはアメリカ人だし。

音楽はクラシックが断片的に用いられている。ドイツ語圏に限らず様々な国の作曲家の作品が流れる。モーツァルト以外に名前が出てくるのは(フランツ・)リストであるが、リストによるピアノ編曲版と思われるベートーヴェンの第九の第2楽章が流れたりする。

「孤独」をテーマにした変奏曲であることが冒頭で示される。
哲学的な言葉が次々に流れてくるが、どれもみな借用という印象を受ける。コラージュのようだ。ゴダールは、「気狂いピエロ」でもすでにコラージュのようなことをやっていた。ゴダールは本の最初のページと最後のページを読むことで読了とし、多くの本に目を通していた。だがコラージュが重なると、自身の核や言葉が、他者にハイジャックされるような気分になる。
そもそもエディは、長く潜伏生活を送っており、孤独な存在である。時間の流れに取り残された存在である東ドイツの中で更に取り残された存在であるエディが西ドイツに行く意味は。
あるいは圧倒的な喪失が今後待ち受けているのかも知れない。

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2026年1月11日 (日)

これまでに観た映画より(424) ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」

2026年1月7日 京都シネマにて

京都シネマで、ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」を観る。1948年の作品。第二次世界大戦に敗れた1945年をドイツ零年として描いた作品である。上映時間74分の中編。出演:エドムント・メシュケ、エルンスト・ピットシャウ、インゲトラウト・ヒンツェ、フランツ・クリューガーほか。

焼け跡の残るベルリンでロケが行われている。ロベルト・ロッセリーニというと、「無防備都市」などで素人を大量に使った演出で、「戦艦ポチョムキン」(これらも素人を大量に動員)に匹敵する生々しさを生み、「無防備都市」を観たイングリッド・バーグマンは、全てを投げ出してロッセリーニの下へと走る。結婚した二人は、映画および演劇「火刑台のジャンヌ・ダルク」を上演。大ヒットを記録するが、これに味を占めたロッセリーニは、何度も何度も舞台「火刑台のジャンヌ・ダルク」を上演。何度も焼かれては死ぬ乙女を演じなければならなかったバーグマンは、やがてロッセリーニの下を去る。
その後のロッセリーニの情報は少ない。再婚しており、映画も監督したが、日本で上映された作品はほとんどないようだ。

「ドイツ零年」は、連合国軍によって分割統治されているベルリンが舞台である。ドイツ語の他に、英語やフランス語などが統治を行っている兵士の口から話される。イタリア語も用いられているようだが、確認は出来なかった。

この映画でも、大量動員されているのはエキストラではなく素人の可能性が高い。動きが整然としていないため、生々しさがある。端役俳優にも素人が抜擢され、主役のエドムントを演じるエドムント・メシュケも子役ではなく、家族が運営するサーカスで芸を行っていた11歳の少年である。

主人公は、12歳の少年、エドムントである。家族と、更に別の家族とも暮らしているようである。父親は病気で働くことが出来ず、兄のカールハインツは、最後までナチス兵として戦ったが、そのことが災いして強制収容所に入れられるのではないかと怖れ、引きこもり状態になっている。働き手が足りないので、姉のエヴァと共にエドムントも年齢を15歳と偽って、市場に出るが、見た目がどう見ても12歳であるため、「15歳未満は働いてはいけない」という法律によって追い返される。

一家の物語でありながら、ドイツの近年の歴史を辿るような展開が起こる。
エドムントは、戦後もナチを信奉している元教師のエニングと再会する。エニングは、「強い者が勝ち、弱い者は滅ぼされる」「弱肉強食」といったナチスの発想を今も抱いている。エドムントは次第にエニングに感化されていく。

エドムントは、父親を毒殺し、ラストは飛び降りて死ぬ。
ヒトラーのヒンデンブルクの死による政権奪取と、ベルリン陥落により二度負けたドイツそのものである。こうした描写は比較的分かり易いと思われる。

ヒトラーの演説が入ったレコードをエドムントが売りに行く場面があり、ヒトラーの演説も流れる。ヒトラーは簡単なことを何度も何度も繰り返し述べているが、洗脳にはこれが最も有効とされている。今生きる私たちに言えるのは、こういう人物がいたら注意しなさいということだけだ。真理が分かり易い言葉で語られることは余りない。それが分かるように我々は、子どもの時から何年も学校に通っているのである。

問題があるとしたら音楽。ロベルト・ロッセリーニの弟であるレンツォ・ロッセリーニが担当しているのだが、余りにも大袈裟で、この映画に関しては正直、神経に障る。

 

今回は、ジャン=リュック・ゴダール監督の「新ドイツ零年」と合わせての上映である。第二次世界大戦での敗北をドイツ零年としてロッセリーニに対し、ロッセリーニから影響を受けたゴダールは、東西ドイツ統一を新ドイツ零年としている。

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2026年1月 8日 (木)

これまでに観た映画より(423) 「ドマーニ!愛のことづて」

2025年4月3日 京都シネマにて

京都シネマで、イタリア映画「ドマーニ!愛のことづて」 を観る。2024年の制作であるが、モノクロームを使っているのは(解像度はかなり高い)、ネオリアリズモからの影響や、第二次大戦後間もなくということと、当時のイタリアの女性は彩り豊かな人生を歩むことが困難ということの両方を表しているように思われる。
監督・脚本・主演の三役をこなすのは、パオラ・コルテッレージ。イタリアは基本的にファーストネームがaの音で終わるのが女性、oで終わるのが男性である(例外あり)。
パオラ・コルテッレージは、劇団出身で、イタリアではコメディエンヌとして知られる人物であるという。ただ今回は女性蔑視という、根源的で根深い問題に切り込んでいる。
ちなみにパオラは、左利き。日本だとこの世代では強制的に右利きへの矯正が行われることが多かったが、イタリアではどうだったのか分からない。ちなみに人種に関係なく、10人に1人の割合で左利きは存在するという。日本も今でこそ左利きに寛容であるが、江戸時代までは、右利きが当たり前であり、左利きは身体障害者と見なされて差別の対象となった。そのため右利きへの矯正が当たり前であった。
出演は他に、ヴァレリオ・マスタンドレア、ロマーナ・マッジョーラ・ヴェルガーノ、ヴィニーチョ・マルキオーニ、エマヌエラ・ファネッリほか。

1946年5月、イタリアが第二次世界大戦で敗北してからほどない時代のローマが舞台となっている。
デリア(パオラ・コルテッレージ)は、半地下の家で家族と暮らしているが、戦争帰りの夫のイヴァーノ(ヴァレリオ・マスタンドレア)は暴力的である。また部屋で寝たきりの義父のオットリーノがいるのだが、彼も男尊女卑の思想の持ち主である。実は彼が亡くなった後、人々は口々に彼を「聖人」と称賛しているが、ここから女性は見下されるのが当たり前の存在であったことが分かる。男同士で評価が高ければ、女性に対してどれだけ冷淡でも評価されるのだ。
デリアは、自動車整備工のニーノ(ヴィニーチョ・マルキオーニ)と長年に渡り惹かれ合っているが、妻子がいるため踏みとどまっている。ニーノは後悔を口にした。
デリアの娘であるマルチェッラ(ロマーナ・マッジョーラ・ヴェルガーノ)は、ジュリオという色男と付き合っている。彼を家に呼ぶため、デリアは奔走するが、ジュリオはマルチェッラに、「仕事を辞めて家に入ってほしい」など、いかにも男性的な要求を行う。デリアはジュリオに不審を抱く。

妻や義理の娘を時に女中のように扱う男達。今の観点から見ると化け物のようにも見え、ステロタイプに過ぎるようにも思えるのだが、おそらく似たようなことは往時もあったであろうし、何よりも女性の立場が弱い状態は現在も世界各地で続いている。

突然、歌が始まるなど、インド映画が始まったのかと思うようなところのある演出。音楽が重要な役割を担っており、重苦しい展開の中で、音楽パートだけは希望が持てるようになっている。

ラストシーンは、女性に選挙権が認められての初めての選挙。デリアは投票券をうっかり家の中に落としてきてしまうが、マルチェッラが届けに現れ、事なきを得る。女性参政権に反対のイヴァーノが引き下がるのも印象的である。

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2026年1月 6日 (火)

これまでに観た映画より(422) 岩井俊二脚本・監督 松たか子初主演映画「四月物語」

2026年1月2日

岩井俊二脚本・監督作品「四月物語」を観る。1998年の作品。松たか子が、旭川から上京した女子大学生、楡野卯月(にれの・うづき)を演じており、彼女はこれが映画初主演作になる。松たか子は1977年生まれなので、当時、実際に大学生であったが、1年の内、休みが4日しかないという多忙な生活を送っており、大学にもほとんど通えず、4年目で中退している。一方、私もまだ大学生だった頃である。

私はロードショー時に、渋谷にあったシネアミューズという映画館で観ている。シネアミューズは文字通りアミューズの映画館であるが、上階のオフィスから絶えずコツコツというハイヒールで歩く足音が聞こえてくるという悪環境。ハイヒールで絶えず歩き回る仕事が何なのか分からなかったが、映画館側もクリームを入れてはいたようである。しかし、改善されないままであった。今はもうシネアミューズは存在しない。大小2つのスクリーンがあり、「四月物語」は大きい方のスクリーンで観ている。

先輩に恋した女子高生が、彼を追って東京へと出るというお話である。ファーストシーンで観る者を笑わせる仕掛けがある。

武蔵野大学というのが先輩が行き、卯月も入った大学の名前だが、1998年当時には、武蔵野大学という大学は存在しなかった。だがその後、西東京市にあった浄土真宗本願寺派の武蔵野女子大学が共学化して武蔵野大学となり、更に文学部しかなかった元小規模女子大が、毎年のように学部を増やし、女子も男子も志願者が増えて有明にもキャンパスを築き、「共学化して最も成功した大学」として知られるようになっている。卯月は東京の大学には疎いようで、「武蔵野って有名なの?」と友人に聞くが、友人も「結構、有名」と返しており、現在の武蔵野大学の状況と重なっていたりする。大学案内にさりげなく芝浦工業大学や上智大学などの実在の難関私大のページを入れているのも、あたかも武蔵野大学が実在するかのように見せる仕掛けとなっている。
実際のキャンパスの撮影は、入学式が東京都武蔵野市吉祥寺の成蹊大学(実際の入学式に紛れて撮影)、それ以外は栃木県小山市の白鷗大学で行われているようだ。全体的に、「東京都下での学生生活」といった雰囲気であり、23区内の大学生活とは大きく異なる。住所であるが、卯月が自転車を漕いで歩道橋を渡るときに「国立市」の文字が見える。国立市には国立の一橋大学があるも、有名な私立大学はほとんどないが、北の国分寺市に東京経済大学が、南の立川市に国立(くにたち)音楽大学があり、共にのんびりとした校風であるため、そうした大学をイメージするといいだろう。23区内の難関大学だとみんな図書館に籠もって資格の勉強をしていたりするので、この映画に出てくる大学とは雰囲気が大分異なる。

楡野卯月であるが、高校時代は学業成績は今ひとつで、どうしても先輩のいる武蔵野大学に行きたくて必死で勉強したタイプである。ただ地の部分は隠せないでちょっと抜けた感じである。また、「それちょっとまずいんじゃない?」ということもする癖がある。

「生きていた信長」という三流映画が掛かっている映画館で、卯月に近づいてくる怪しいサラリーマン風の男を演じていた俳優は、当時は無名に近かったが、その2年ほど後に、萩原聖人&中谷美紀主演の映画「カオス」で、「怖ろしくリアルな演技をする」俳優として注目を浴びるようになる。光石研である。

「生きていた信長」で、信長を演じていた江口洋介は、その後、大河ドラマで信長を演じることになる。

親元を離れ、初めての一人暮らし。不安だけど新しい生活が鮮やかに切り取られている。
松たか子も最近は自分の色を出した演技で自在感を増しているが、このときは100%役になるための楷書風の演技。現在の草書風の演技と比べてみるのも面白い。

当時の松たか子は、頬がふっくらした感じで、2年前(1996)の連続ドラマ「ロング・バケーション」でも、山口智子にそれをいじられるシーンがある。またカレーを作るシーンでは、松たか子が実際にカレーを作っており、メイキング番組では、余った分をスタッフが美味しそうに食べるシーンがある。

憧れの山崎先輩(田辺誠一)がアルバイトをしている書店、武蔵野堂の周辺は、日本風の街並みではないが、出来てまだ新しい、千葉市の幕張新都心の幕張ベイタウン・パティオスで撮られている。加藤和彦が現れる画廊の周辺も車止めの形が同じであることからやはり幕張新都心で撮られたことが分かる。加藤和彦の役名は「画廊の紳士・加藤」で何者かは分からない。画家に「先生」と呼びかけていること、スーツ姿であることなどから画家ではないと思われ、ロードショー時には「大学の先生か何かかな?」と思ったが、画廊の女性は、「加藤さん」と呼びかけており、いわゆる「先生」と呼ばれる職業ではないようだ。編集者だろうか? いずれにせよ加藤和彦のチャーミングでジェントルな一面が映っており、加藤和彦の追悼映画にこのシーンが取り上げられなかったのは残念である。

音楽はCLASSICとなっていたり、女性名義の作曲家になっていたりするが、その女性の名前で検索しても「四月物語」しか引っかからない。ということはペンネームということになる。そしてプロの作曲家にしては拙い作曲技法ということで、正体は岩井俊二監督である。岩井監督はその後、CMの音楽を手掛けたが、作風はそっくりで確定となった。
なお、ピアノは松たか子が弾いており、オリジナルサウンドトラック「四月のピアノ」も発売されている。

大学に入ったことのない人がどう思うのかは分からないが、大学に入ったばかりの四月のワクワクドキドキ、おそらく人生で最も晴れやかな四月を描いた愛らしい中編映画である。

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2026年1月 5日 (月)

これまでに観た映画より(421) ナショナル・シアター・ライブ(National Theatre Live) 「インター・エイリア(Inter Alia)」

2025年12月27日 梅田の大阪ステーションシティシネマにて

大阪へ。大阪ステーションシティシネマで、ナショナル・シアター・ライブ(National Theatre Live。NTL、NTLive)「インター・エイリア(Inter Alia)」を観る。今年の7月23日にロンドンの英国ナショナル・シアター リトルトン劇場で初演された作品で、三人芝居であるが、主役であるロザムンド・パイク(ジェシカ・パークス役)がストーリーテラーを兼任するため、膨大の量のセリフをこなしている。ロザムンド・パイク以外の出演は、ジェイミー・グローヴァー(マイケル・ウィートリー役)、ジャスパー・タルボット(ハリー・ウィートリー役)。その他に、子役が計6人出演する。
作は、オーストラリア・メルボルン出身のスージー・ミラー。豪州で弁護士兼劇作家として活躍した後、2010年にロンドンに移住したが、現在は、英、米、豪の3カ所で演劇、映画、テレビドラマに関わっている。
演出は、ジャスティン・マーティン。スティーブン・ダルドルーと共にキャリアを築いてきた演出家である。
スージー・ミラーとジャスティン・マーティンのコンビは、前作「プライマ・フェイシィ」に続き、NTL上映作品に選ばれた。
「Inter Alia」は、ラテン語で「その他のことの中で」という意味である。

セットはシンプルである。とある家庭の一室、中央にカウチとキッチンテーブル、上手にキッチンがあり、下手はものを入れる棚になっている。

ジェシカは、英刑事法院判事に昇格したばかりの法曹。夫のマイケルは弁護士だが、稼ぎは余り良くないようだ。弁護士などは接客業なので、頭脳は優秀でも対人関係を築くのが苦手な場合は、顧客が付かず、稼げず生活保護へ、というコースもあり得るため、日本でも近年は苦労して勉強してそれでは割に合わないと、弁護士志望者は減りつつある。マイケルも肩身が狭いというほどではないが、余り出しゃばらないよう心がけているようだ。
「妻より夫の方が上で」とジェシカも一人で夫婦円満法を唱えるが、取りあえずそれはそれである。夫婦間に亀裂はない。だが、18歳の息子、ハリーのことは心配である。ハリーの性的経験に関してはジェシカは踏み入らないようにしていた。自分が、男女間の暴力訴訟を得意とする検事だったからかも知れない。しかし、あるとき、ジェシカはハリーのノートパソコン(英米で言うラップトップ)の訪問履歴を検索する。しない方が賢明だとは思うのだが、ポルノハブなどの性関係の投稿サイトの閲覧履歴や、自分たちの仲間で撮影した性的な動画を見て、ジェシカは動揺する。
そして、ハリーが、強姦容疑で起訴される。ハワイ関連のイベントに参加し、クラスメイトと関係を持った疑惑が浮上したのだ。
ハリーとクラスメイトとの証言は食い違うのだが……。

性暴力の裁判を長年に渡って担ってきた女性が、息子が起こした性加害事件にどう向かい合うのか描いた作品である。
ただ、その前に、両親ともに法曹という、特殊な家庭であることには触れておきたい。イギリスは階級社会であり、労働者階級から上流階級に上がるには専門職に就くしかない。法曹は専門職なので、階級を超えることが出来る。上流階級になれるのだ。ただ、上流階級出身の法曹も当然ながらいるので、この夫婦の出身階級は不明である。ジェシカはやたらお喋りであるが、自分たちの出身階級には触れていない。息子のハリーは幼い頃にいじめに遭っていたが、これに関しても階級が影響しているのか不明である。労働階級の方が荒れてはいるが、仮に上流階級でパブリックスクールに入っていたとしてもいじめに遭う可能性はある。
それでも現時点では上流階級にいると思って間違いないだろう。前作の「プライマ・フェイシィ」は、労働者階級から法曹となり、上流階級へと移った女性が主人公だったが、本作とは繋がっていない。

階級によって思想や信条は変わってくるが、この芝居では、どの階級でも起こる事件を扱っており、意図的にかどうかは不明だが、階級にまつわる話は描かれていない。
その代わりに、妻の方が夫よりも上という、努力しても少し歪んでしまう家庭像には僅かながら振れている。階級よりも前に妻と夫のランクによって家庭のバランスが崩れるということもあり得る。

ハリーがどこまで行ったらレイプかどうか、ジェシカに問うシーンがある。性教育が十分ではなかったのだが、日本も性教育に関しては先進国中最低レベルといわれているため、耳の痛い問題である。

終盤はジェシカとハリー二人の話となるが、幼き頃のハリーを子役が舞台上を駆け巡ることで演じている。
ラストはベストではないかも知れないが、上手いところに落としたなという印象を受ける。法曹としてというよりも母親として、ジェシカはハリーときちんと向かい合ってこなかったように思う。18歳、子離れの年齢。ハリーからの提案をジェシカが受け入れることが、ほんの僅かながら明るさを感じさせる。

とにかくジェシカ役のロザムンド・パイクのセリフ量が多く、圧倒される。演じるジェシカ・パークスも判事で超エリート。ただ母親としてはスーパーウーマンではなくありふれた母親であったことが、観客をホッとさせる。これは超人達ではなく、普通の人々の物語だ。
今後、親子で事件に向き合うこともあるかも知れない。だがその前に母と息子の二人の話が続くはずだ。

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2026年1月 3日 (土)

これまでに観た映画より(420) ndjc 若手映画作家育成プロジェクト2016 ショートフィルム 伊藤沙莉主演「戦場へ、インターン」

2025年8月15日

Netflixで、若手映画作家育成プロジェクト2016 ショートフィルム「戦場へ、インターン」を観る。主演:伊藤沙莉。出演:萩原みのり、郭智博ほか。郭智博の演技を見るのは、蓮佛美沙子主演版のNHK連続ドラマ「七瀬ふたたび」以来である。
上映時間約25分。若手映画作家育成プロジェクトからスターダムに上り詰める人も多いようで、歴代の映画監督や出演俳優の中にはかなり売れている人の名も見ることが出来る。

監督は藪下雷太。

伊藤沙莉の役名は麗子だが、劇中で呼ばれることはない。撮影現場で名前を呼ばれるのはベテランの人だけだ。主に大学2年か3年に行われるインターンで撮影現場に派遣されたのだが、当然ながら華やかな仕事は任されず、その技術もなく、撮影中に車が走る音が聞こえるとそれをマイクが拾ってしまうので、麗子が事前に車を止めることになる。その他にケータリングの準備をしたりと下っ端の仕事を担う。常にインカムをし、やり取りをする。

今は違うかも知れないが、映画の現場はパワハラの温床で、暴力、暴言が日常茶飯事であり、それゆえにタイトルに「戦場」が入っている。映画監督の塚本晋也は、日本大学藝術学部映画学科卒業時に、「映画には悪いイメージしかない」ということでCM制作会社に就職している。今回の組の監督も気難しそうである。
麗子が一台の車を止める。運転席には若い男。後部のフロアにはその妻が横になって苦しんでいる。産気づいて病院へ向かう途中なのだ。撮影班からは苦情が出るが、麗子は人命を尊重するためにスマホで救急車を呼ぶ。埼玉県内であるが、舞台となる昭和前期の建物が残る外れの方で、周りには畑が広がる田舎。救急車を呼んだことで麗子は怒られるが、反論する。気が強いというよりもかなり真面目な性格のようである。

一方、新人女優の舞(萩原みのり)は、性体験に乏しいことに悩んでいた。戦中の話で、戦地に向かう夫との最後の夜を演じるのだが、奥手であるためキスも昨日の撮影でしたのが初めてで、そこから先は経験がない。「他の人は経験しているのに」とコンプレックスを抱く。

そんな麗子と舞が出会い、舞が女優として成長するという話である。
22歳頃の伊藤沙莉は化粧も薄めで、ナチュラルな風貌。「美少女」にカテゴライズする人も案外多そうである。本人は顔にかなり強い劣等感を抱いているようで、「整形したい」などと言っていたが、その必要はないと思う。
そして笑顔は天下無双。撮影現場に入って舞を励ますような表情もするのだが、言葉はなくとも非常に雄弁である。

役柄故か暗い表情をしていることの多い萩原みのり。清楚な雰囲気だが、残念ながらもう女優は辞めてしまったようである。

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