カテゴリー「映画」の219件の記事

2019年12月12日 (木)

志村喬 「ゴンドラの唄」(映画「生きる」より)

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2019年12月 8日 (日)

これまでに観た映画より(146) 「ボヘミアン・ラプソディ」

録画してまだ観ていなかった映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観る。イギリス=アメリカ合作作品。クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記映画である。監督:ブライアン・シンガー&デクスター・フレッチャー。出演:ラミ・マレック、ルーシー・ボイントン、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョゼフ・マゼロ、エイダン・ギレン、トム・ホランダー、アレン・リーチ、マイク・マイヤーズほか。

1970年のロンドン。ペルシャ系でゾロアスター教を信仰する移民の家に生まれたファルーク・バルサラ(ラミ・マレック)は、ヒースロー空港で「パキ野郎(パキスタン野郎)!」と差別を受けながら働いている。仕事の合間にも作詞を行い、作曲をするなど音楽への情熱に燃えていたファルークは、ボーカルに去られた学生バンド・スマイルに参加し、やがて彼らはクイーンとして世界的な人気バンドとなっていく。ファルーク・バルサラは、芸名ではなく本名をフレディ・マーキュリーに変更した。ライブ会場で出会ったショップの店員、メアリー(ルーシー・ボイントン)と恋に落ち、やがて結婚に至るなど、公私ともに順調かと思えたフレディだが、出自の問題やバイセクシャルに目覚めたことなどが影響してメアリーとの仲は次第に疎遠になっていく。CBSからのソロデビューの話を断り続けていたフレディだが、遂にはソロデビューを受け入れることになり、家族と呼んでいたクイーンのメンバーとも仲違いすることになる。クイーンの他のメンバーは有名大学卒のインテリで、本当の家族を作り、子どもを産んで育てることを当然のように行えるが不器用なフレディはそうではない。彼の第一の家族はクイーンのメンバー達だったがそれも失うのだ。

フレディと仕事仲間にして、同性愛の関係でもあったポールは、北アイルランドのベルファスト出身のカトリックで同性愛者と、自らがイギリスから阻害された存在であることを語る場面があるが、フレディもまたペルシャからインドを経てイギリスに渡った移民の子供であり、タンザニアの生まれで、ゾロアスター教徒の子であるが、教義に背いて男も愛するという阻害された存在である。ボヘミアン=ジプシーは、まさに彼のことであり、「ボヘミアン・ラプソディ」は彼自身のことを歌ったプライベートソングである。間違いなくロックではあるが、同時に阻害された者の孤独なアリアであり、バルサラからマーキュリーへの痛みを伴った転身と再生、怖れと希望を歌い上げるソウルナンバーである。
「ボヘミアン・ラプソディ」は、6分という長さと難解さ故、EMIのプロデューサーからも理解されず、シングルカット当初は音楽評論家達から酷評されるが、音楽史上初ともいわれるプロモーションビデオが大衆に受け入れられ(多重録音を用いて製作された「ボヘミアン・ラプソディ」は全曲を通してはライブで歌うことの出来ない曲であり、そのためプロモーションビデオが作成されて公開されたのだが、これが予想以上の人気を呼ぶ)大ヒット。2002年にはギネス・ワールド・レコーズ社によるアンケートで、全英ポップミュージック史上ナンバーワンソングに選ばれることになる。

成功したアーティストになったフレディだが、合同記者会見を行っても記者達は音楽のことではなく自らのプライバシーに切り込もうとばかりする。成功者ではあっても理解された存在ではなかったのだ。

父親から言われ続けた「良き思い、良き言葉、良き行い」から背いたと見做され、両性愛者であったことと奔放な私生活が原因でメアリーに去られ、子供も残せない。そしてルーズな行動が目立ち始めたことに端を発するクイーンのメンバーとのすれ違い。
最後は、この3組の家族の和解と音楽を通しての世界の融合が行われる。全てが結びつけられるのだ。

音楽の力を見せつけられるかのようなラストシーンは、実に爽快である。

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2019年12月 1日 (日)

これまでに観た映画より(145) アキ・カウリスマキ監督作品「希望のかなた」

2019年11月27日 京都シネマにて

京都シネマで、アキ・カウリスマキ監督の「希望のかなた」を観る。英題は「The Other side of Hope」で、邦題とはニュアンスはかなり異なる。フィンランドを代表する映画監督であるアキ・カウリスマキ(アキやミツコはフィンランドでは男性の名前である)であるが、これを最後の映画にしたい旨を発表済みである。2017年にベルリン国際映画際銀熊賞(監督賞)や、国際批評家連盟年間グランプリ、ダブリン国際映画祭でのダブリン映画批評家協会賞と最優秀男優賞、ミュンヘン映画祭の平和のためのドイツ映画賞ザ・ブリッジ監督賞などを受賞した作品。出演は、シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネン、イルッカ・コイヴラ、ヤンネ・ヒューテンアイネン、ヌップ・コイブ、サイモン・フセイン・アルバズーン、ニロズ・ハジ、マリヤ・ヤルヴェンヘルミほか。

内戦に揺れるシリア。北部のアレッポで暮らしていたカーリド・アリ(シェルワン・ハジ)は、空襲やテロが酷く、家族や親族のほとんどを失ってしまったこともあって亡命を決意し、国境を越えてトルコへ、更にギリシャを経て東欧を北へと向かう。ポーランドの港町でネオナチに襲撃されたアリは、貨物船の石炭の中に隠れる。船員一人に見つかるが、通報されるどころか食事を与えられるなど厚遇される。船員はフィンランドについて、「みんな平等でいい人が多いいい国」と語っていた。
ヘルシンキに着き、早速、難民申請を行うアリだったが、審査が降りるまでは囚人と同じような扱いである。そこでアリはイラク人の難民であるマズダック(サイモン・フセイン・アルバズーン)と出会い、親しくなる。
政府がアレッポの現状を戦地とはいえないと見做したため、アリの強制送還が決まる。シリアに送り返される日、アリは収容所を抜け出してヘルシンキの街に出る。アリには妹が一人いて、ずっと彼女を探して東欧を彷徨っていたのだ。シリアに帰るわけにはいかない。

一方、販売商などを行っていたヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)は店を畳み、新たにレストラン経営を始めようとしていた。妻とは別れ、ポーカーで圧勝した金で、裕福な学生が多く住む地区で売りに出されていたレストランを買い取る。店員も前の店から引き継いだが、看板になる料理がなく、ビールしか売れない。そんなある日、レストランのゴミ出し場を占領していた男が一人。「ここが自分の家だ」と主張する男とヴィクルトロムは殴り合いとなる。その男こそアリであり、アラブ人で身長も171cmと西洋人に比べると小柄であるアリは、一発で伸されてしまうのだが、結果としてレストランの店員として採用される。アリは身の安全のために身分証を偽造して貰い(名をアリからフセインに変える)。マズダックに妹の居所がわかったら教えてくれるように頼む。

アキ・カウリスマキ監督の作品は、暴漢が出てくることが多いのだが、アリもレストランにたどり着くまでに、ごろつきのような地元の親父達に絡まれ、逃げ込んだバスにウイスキーの小瓶を投げつけられたりする。レストランでのライブを聴いていると、フィンランド解放軍という極右排斥主義組織のメンバーに囲まれ、会場を出た後で襲撃され、あわや落命寸前のところまで追い詰められている。フィンランドでも難民排斥問題は持ち上がっており、決していい人達ばかりではない。

アリとフィンランドの人達との交流であるが、センチメンタルになったりヒューマンドラマになったりするのは避け、クールな描写が一貫されている。いわゆる「感動」とは少し距離を置いて撮られた作品である。

どうもヘルシンキでは今、寿司がブームになっているようで、店の売り上げに悩むヴィクストロムは、ウエイターのカラムニウス(イルッカ・コイヴラ)の提案を受け、書店で日本関連の書籍を買い漁って得た知識で、「インペリアル・スシ」という店を始めてしまうのだが、ネタもシャリも全てがいい加減で、わさびはドデカ盛り。店員達は法被や浴衣を着て、「いらっしゃいませ」と日本語で日本人客を出迎える。店内には「竹田の子守唄」が流れている。当然ながら成功するはずもないのだが、このシーンで一番笑えるのはやはり日本人であろう。映画の中では日本酒の話が出てきたり、ラスト近くの良い場面でも日本の歌謡曲が流れたりと、日本的記号が鏤められている。

ラストはささやかな幸せの場面なのだが、悲しさも漂っており、「解決」はさせていない。物足りなく思う人も結構いそうだが、これが現実に最も近いのであろう。
あるいは、「続きはもう引退するような人間ではなく、もっと若い人が書け」ということなのかも知れない。

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2019年11月26日 (火)

これまでに観た映画より(144) 「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」

2019年11月19日 京都シネマにて

京都シネマで、アメリカ映画「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」を観る。J・D・サリンジャー生誕100周年記念作品。監督・脚本:ダニー・ストロング。出演:ニコラス・ホルト、ケヴィン・スペイシー、ゾーイ・ドゥイッチ、ホープ・デイヴィス、サラ・ポールソンほか。

若者の間でバイブル的人気を保ち続ける『ライ麦畑でつかまえて』の作者、J・D・サリンジャーの伝記映画である。原作は、ケネス・スラウェンスキーの『サリンジャー 生誕91年の真実』。

サリンジャーが作家を志してコロンビア大学の創作コースに入る直前から、沈黙に入る時期までを描いている。

左翼団体が幅を利かせすぎたために今はなくなってしまった明治大学の生協で初めて買った本はE・H・カーの『歴史とは何か』であるが、初めて買った小説は『ライ麦畑でつかまえて』だったという記憶がある。だが、私が明治大学第二文学部に入った当初は生協は今は紫紺館が建つ小川町校舎にあり、『ライ麦畑でつかまえて』を買ったのは今は三省堂書店が入っている12号館の地下2階であったことは確かである。私が明大に入った1994年の夏に生協が小川町校舎から竣工したばかりの12号館に移っているため、ひょっとしたら『ライ麦畑でつかまえて』を買ったのは12号館の生協で買った小説としては最初であるが、小川町校舎時代の生協で何か別の本を買っている可能性もある。もう大分前のことなので記憶も曖昧である。ただ当時、「十代の内に『ライ麦畑でつかまえて』は読んでおきたい」という気持ちがあったことは覚えており、その日のうちに一気に読み終えた記憶がある。

ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー(劇中では愛称の「ジェリー」で呼ばれる。演じるのはニコラス・ホルト)は、成功した貿易商の息子として生まれた。父親はユダヤ系である。成績不振でハイスクールを退学処分になったことがあり、このことが『ライ麦畑でつかまえて』に繋がっている。その後、別のハイスクールを卒業し、大学に入るも退学、別の大学に入学してまた退学を繰り返した。

コロンビア大学では、ウィット・バーネット(ケヴィン・スペイシー)のクラスの聴講生となり、様々なことを教わるのだが、劇中で語られるバーネットの言葉が、サリンジャーを指針となり、その後に起こる出来事の伏線となっている。

劇作家のユージン・オニールの娘であるウーナ(ゾーイ・ドゥイッチ)との恋も描かれているが、ウーナが自分を袖にして、あのチャールズ・チャップリンと結婚したことを戦地にて知るという場面がある。
第二次世界大戦では、「史上最大の作戦」ことノルマンディー上陸作戦に参加。だが、悲惨な戦場に身を置いたことがトラウマとなり、精神疾患(今でいうところのPTSD)となり、療養を余儀なくされる。この映画の最大の見所が、トラウマを抱えながら『ライ麦畑でつかまえて』を書き上げるまでなのだが、『ライ麦畑でつかまえて』の出来が良すぎたため、「自分のことを書いた」と思い込む若者が続出し、サリンジャーが隠遁するきっかけとなっていく。

引きこもりとなったサリンジャーは、そのため却って、「聖なる隠遁者」や「時代の被害者」として神聖視されるようになっていく。本当はこの時代のサリンジャーがどう描かれるのかに興味があったのだが、残念ながら映画では詳しくは触れられていない。バーネットがコロンビア大学聴講生時代のサリンジャーに語った「見返りがなくても書き続けるのが本当の作家」という言葉によって、サリンジャーが本当の作家になったという解釈が提示されるだけである。隠遁時代のサリンジャーについてはまだ研究が進んでいない段階であるようだ。サリンジャーが映画にあるように隠遁後も出版されず何の見返りもない小説を書き続けていたのかどうかも現時点では謎としか言い様がないようである。

バーネットの言葉がサリンジャーを常に導いていることからも分かるとおり、師弟愛を描いた作品でもある。ただ単純にして綺麗事の師弟愛作品ではなく、第二の父親的存在であるバーネットとの衝突も描かれており、文学史的な意味における「父親殺し」を捉えた人間ドラマである。

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2019年11月24日 (日)

これまでに観た映画より(143) ポーランド映画祭2019 in 京都 「ポランスキー短編集」

2019年11月20日 出町枡形商店街の出町座にて

出町枡形商店街の出町座で、ポーランド映画祭2019 in 京都 「ポランスキー短編集」を観る。ポーランドを代表する映画監督の一人、ロマン・ポランスキーがウッジ国立映画大学在学中に制作した無声短編映画の上映である。クレジットに制作年が書かれており、全て1950年代後半の作品であることがわかる。

「殺人」、「微笑」、「パーティーを破壊せよ」、「タンスと二人の男」、「灯り」という作品の上映。いずれもDVDで入手できる映像であるが、今回はポーランドの音楽デュオであるシャザの生演奏付きでの上映である。ヴァイオリンとクラリネット他による演奏。

 

「殺人」は、ベッドで寝ていた男性が、小型ナイフで胸を刺されて殺害されるという、それだけを撮影したショートムービーである。
若き日のポランスキーが何を考えて、これだけのムービーを撮ったのかはわからない。ただ特殊に見える小型ナイフで心臓を一突きにしていることや、犯人の見た目が温厚そうなおじさんであることから却ってプロの殺し屋らしく見える。これらは意識して撮っているのだろう。

 

「微笑」は、覗きを題材にしたコメディーである。志村けんが作りそうなギャグでもある。マンションの部屋の主がドアの前に牛乳瓶を並べるシーンがあるが、ポーランドは共産党支配時代は牛乳が配給制だったそうで、夜の間に家のドアの前に牛乳の瓶を出しておくと、朝には配給されているというシステムだったそうである。

 

「パーティーを破壊せよ」。ウッジ国立映画大学のあるウッジという街は、ポーランドの中でもフーリガン(通訳は「ヤンキー」と訳していた)が多いことで知られているそうで、ウッジ国立映画大学在学中のポランスキーは大学でパーティーを開催する時に、街のフーリガン達も誘うことにしていたそうだ。その流れでこの「パーティーを破壊せよ」もフーリガン達に出演して貰って撮ったそうだが、喧嘩の場面は実際に殴っているとしか思えない。そんなこんなでポランスキーも大学を退学になりそうになったことがあるそうだ。映画に登場するフーリガン達は、ジェームズ・ディーン風というか、「ウエスト・サイド・ストーリー」のジェッツ(ジェット団)風というか(ジェッツはポーランド系移民のストリートギャングである)ポーランドであっても当時の不良はアメカジだったことがわかる。

 

「タンスと二人の男」は、ポランスキーの初期作品の中でも傑作として知られている作品である。音楽はクシシュトフ・コメダが作曲しているが、今回はシャザの二人がコメダの音楽を元にアレンジした曲を演奏する。映画の一場面は、同志社大学寒梅館クローバーホールで観た「コメダ・コメダ」の中でも取り上げられていた。
タンスを担ぎながら海から上がってきた二人の男が街へと繰り出し、あらゆる場所で拒否されてまた海に戻っていくという話である。かなりシュールであるが、ヨーロッパということで異人や移民の話なども絡んでいるのかも知れない。ポランスキー自身がユダヤ系ということもある。タンスを担ぎながら歩く二人の横で、スリや殺人といった犯罪が起こり、二人は街で見掛けた可愛い女の子には相手にされず、女の子にちょっかいを出そうとした不良グループとは揉めて、殴り倒される。路面電車やホテルにはタンスを担いでいるが故に立ち入りを拒否される。
タンスが何のメタファーなのかは、特に考える必要はないのかも知れない。生活用具なので、生活や人生を担いでいると見るべきなのかも知れないが、そこは固定せずに個人で捉えた方がいいだろう。
個人的には、ボードレールの「人皆キメールを背負えり」という詩を連想した。

 

「灯り」。人形館が舞台である。人形職人の男が嬉々として人形を作り続けている。部屋には完成したものや作りかけの人形が一杯で、結構不気味である。だが、電気がショートして火事が起こり、人形達は炎に包まれる。大惨事である。
ここでカメラが切り替わり、人形館の外の風景が映る。雨の日で、人々は人形館から漏れ出ている灯りが火事によるものだということに気づかず淡々と通り過ぎていく。内と外の違いが、ある意味、現代の孤独と断絶と無関心を引き立たせているとも感じ取れる。

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2019年11月23日 (土)

これまでに観た映画より(142) ポーランド映画祭2019 in 京都 「ワイダ映画学校短編集」

2019年11月18日 出町枡形商店街の出町座にて

午後6時35分から、出町枡形商店街にある出町座で、ポーランド映画祭2019 in 京都 「ワイダ映画学校短編集」を観る。全てジャパンプレミアである。
立誠シネマの後継映画館として2017年に出町に誕生した出町座。訪れるのは初めてである。2階と地下1階に1つずつミニシアターがあり、「ワイダ映画学校短編集」は2階で上映される。

ポーランド映画界を代表する存在だったアンジェイ・ワイダ(1926-2016)が、2002年に創設したアンジェイ・ワイダ映画マイスター学校の生徒が作成した短編映画の上映である。キャストも撮影技術も予想以上にしっかりしている。

上映時間30分の課題作として制作されたうちの3本が上映される。まずは「彼女の事情」。バルテク・コノプカ監督作品。2006年制作。母親が癌で余命幾ばくもないということで、里子に出されそうになったり、社会福祉課に保護されそうになったりする姉弟の話である。長女でサッカーに夢中のインガは、社会福祉課の世話になることを拒み、まずは弟二人(そのうち一人はまだ赤ん坊である)を連れて男友達の部屋に移り、そこから写真でしか見たことのない伯母(母親の姉)を訪ねて、田舎へと向かう。そこから先が見たくなるのだが、30分という制限があるためか(実際の上映時間は39分である)田舎の家の場面で終わってしまう。クローズアップの手法が多用されているのが演出上の特徴である。

2本目は、「ゲーム」という上映時間27分の作品。監督はマチェイ・マルチェノフスキ。2013年の作品である。エレベーターに閉じ込められた男女の心理ゲーム、と見せかけて、実はエレベーターは行き詰まりを迎えた夫婦のメタファーであるらしいことが徐々にわかってくる。ラストには男女を乗せたエレベーターがSF的にいくつも登場し、世界は行き場のない夫婦で溢れていることが示唆される(日本でも夫婦の三組に一組は離婚する時代である)。

3本目はドキュメンタリー映画「ワイダの目、ワイダの言葉」。ワイダと共に仕事をしてきた映画仲間に取材したドキュメンタリー映像にワイダがコメントを加えていくという形で進んでいく。エリザ・クバルスカ他による監督。2014年制作。上映時間25分。
カメラマンがフィルム撮影用カメラを紹介するときに「(クシシュトフ)キェシロフスキが使っていたカメラ」と話しているのは興味深い。カメラマンは、デジタルカメラよりもフィルム撮影用カメラの方を今でも信用しているようだ。
フィルム現像係は、1974年からずっとこの仕事を続けているが、「面白いと思ったことは一度もない」「義務としてやっている」と語ってワイダを失望させている。ワイダはエンドクレジットに全員の名前が載るのは、映画というものは皆で作るものだということの象徴であると考えており、「その中に嫌いで仕事をやっている人間がいるとは」嘆く。「仕事を変えたらどうだい。稼げる仕事なら他にある」という趣旨の発言もしてる。
一方、フィルム編集者の女性は自らの仕事に誇りを持っており、ワイダも嬉しそうである。フィルム編集は今ではフィルム編集者しか行えないが、以前は政治家が口出ししてきて、勝手にフィルムを刻むようなこともあったようだ。
ワイダが「仲間だ」と感じている人は全員、撮影スタッフだそうである。彼らはいつも現場にいて作業をしているため、自然にそうした連帯感が生まれるようである。俳優は作品によって出たり入ったりするため、「仲間」という意識にはなりにくいようだ。
ワイダは撮影所が存在することの重要性を何度も語り、最近は撮影所に活気がなくなってきていることを気に掛けているようだった。

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2019年11月19日 (火)

これまでに観た映画より(141) 「天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント」

2019年11月13日 京都シネマにて

京都シネマで、ドイツのドキュメンタリー映画「天才たちの頭の中」を観る。

邦題は「天才たちの頭の中」であるが、原題は「Why are you creative?」であり、大分ニュアンスは異なる。ドイツ人の映画監督であるハーマン・ヴァルケが、世界各国の有名人に「Why are you creative?(なぜあなたは創造的なのですか?)」と聞いて回った結果得られた証言によって構成された作品である。まず冒頭は、デヴィッド・ボウイ(2016年没)へのインタビュー映像が流れる。ボウイのミュージックビデオがなぜ独創的なのか? 歌詞からの発想なのか映像からの発想なのか?
証言者は計107名に及ぶ。日本からは、山本耀司(ヨウジヤマモト)、荒木経惟、北野武、またオノ・ヨーコも証言を行っている。
生まれつきクリエイティブだったと語る人もいれば、一昼夜で出来上がったものではなくずって練ってきたものと答える人もいる。「アンビルドの女王」といわれたザハ・ハディッド(新国立競技場の設計で物議を醸す。2016年没)などは後者である。ビョークのように「そうするしかなかった」と語る人も多い。映画監督のイザベル・コイシェのように創造的であることは不幸だと断言する人もいる。2度登場するマリーナ・アブラモヴィッチは母親のしつけの厳しさへの反発が創造性として発揮されるようになったと考えているようである。

荒木経惟の証言から、「性欲」と創造力の関連について語られる場面が続くが、北野武は明確にこれを否定、むしろ欲を抑えたところから創造力が生まれるとしている。

創造力と政治性についての話もある。政治家も数人登場する。ジョージ・H・W・ブッシュ(パパの方。2018年没)は余り質問の意図がよくわかっていないようだが(息子もそうだが父親のブッシュも歴代大統領の中でIQは最下位レベルとされる)、ネルソン・マンデラ(2013年没)のように新しい世界を築く上で創造力は不可欠とする人物もいる。

同じ答えをする人もいれば、相反する回答を行う人達もいて、答えはそう簡単に出そうにはない。クエンティン・タランティーノは、「Why are you creative?」と聞かれて、「いきなりハードな質問だね」と第一声を発し(再度のインタビューでは、「生まれつき備わっている資質、才能」「才能に見合う努力をしなきゃならない」と答えている)、作曲家・指揮者のピエール・ブーレーズ(2016年没)は「答えは出ないね」と断言している。

ダライ・ラマは、「生きているから」と生きていること自体が創造的という、らしい回答を行っている。
また、スティーヴン・ホーキング(2018年没)は、「創造的であるかないかは他者が決めることであって自身が決めることではない」と答えている。
ちなみに、ビル・ゲイツは質問に答えることなく通り過ぎた。

答えは人それぞれというありきたりな結果にもなっているのだが、それもまた当然である。答えが一つであったら、それこそ創造的では全くないからだ。

私自身が考えを述べると、創造性とは創造することではなく認識することだと捉えている。認識のない創造が本当の創造と呼べるかというと多分違うだろう。認識が優先される。読み取るものなのだ。

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2019年11月18日 (月)

これまでに観た映画より(140) 「愛がなんだ」

2019年5月15日 京都シネマにて

京都シネマで「愛がなんだ」を観る。今泉力哉監督作品。原作:角田光代。出演:岸井ゆきの、成田凌、深川麻衣、若葉竜也、江口のりこ、筒井真理子、片岡礼子、穂志もえか、中島歩ほか。

今月10日で上映終了のはずが、好評につき上映期間延長となっている。定員55名のシアター3での上演であるが、チケット完売で立ち見まで出るという盛況である。私も随分久しぶりに最前列で観ることになる。

小さな会社で電話営業などをしている山田テルコ(岸井ゆきの)は、友人のそのまた友人の結婚式の二次会で田中守(成田凌)という雑誌のレイアウトデザイナーをしている男と知り合う。すぐさま恋仲にという展開を予想したテルコであるが、なかなか恋人にはなれない。テルコは守を「マモちゃん」と愛称で呼んでいるのに、守はテルコを「山田さん」と呼び、距離がある。風邪を引いた守から電話があり、テルコは看病に向かうが、最後は追い出されてしまう。それでも守との距離は近くなり、「もう恋人だろう」とその気になったテルコは仕事が手につかず、「33歳になったらプロ野球選手になろかな」「飼育係になろうかな。プロ野球選手よりは現実的でしょ」などと語る守の未来に自分がいるものだと思っていたのだが、ある日それはあっさりと裏切られる。
同じように、テルコの友人である坂本洋子(深川麻衣)の手下のような形に落ち着いているカメラマンアシスタントの仲原青(若葉竜也)。今のままでもいいと仲原は思っているようだが。

愛し合わなきゃいけない、恋愛関係でなきゃいけない、結婚に至らなければいけないという思い込みに「愛がなんだ」とカウンターパンチを打ち込むようなテーマを扱っているのだが、むやみに映像詩的な部分があるなど押しが弱いため、結局のところ駄目男と馬鹿女の話しに見えてしまうのが難点である。ただ、主演の岸井ゆきのはとても良い。成田凌はどことなく妻夫木聡に似ているし、江口のりこはなんとなく安藤サクラ風である(江口のりこと安藤サクラは姉妹だと思われることもあるようだ)。ただ岸井ゆきのは誰にも似ていない、岸井ゆきのだ。女優としてそれだけで素晴らしいことであるが、演技や存在がとても魅力的である。映画自体が弱いかも知れないが、なんらかの映画祭で女優賞を獲ってもおかしくないと思える。

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これまでに観た映画より(139) 「ドリーミング村上春樹」

2019年11月11日 京都シネマにて

京都シネマで、デンマーク映画「ドリーミング村上春樹」を観る。村上春樹作品をデンマーク語に翻訳しているメッテ・ホルムを追ったドキュメンタリー映画である。脚本・監督:ニテーシュ・アンジャーン。

メッテ・ホルムは、村上春樹作品のデンマーク語翻訳を一人で手掛けており、彼女の翻訳がきっかけとなって、村上春樹は2016年にデンマーク最高の文学賞であるハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞を受賞している。

メッテが村上春樹作品に始めて触れたのは1995年の夏のこと。来日した際に『ノルウェイの森』を読み、自分で訳すことを決意した。15歳の時にフランスにゴブラン織りを習うためにホームステイした時、ホームステイ先の奥さんから川端康成の『眠れる美女』のフランス語訳版を薦められ、日本に興味を持った彼女は、1983年に初来日し、京都で1年に2度、計6ヶ月に渡るホームステイを行い、茶道と日本語を学んでいる。この時に撮られた写真が映画の中で紹介されていたが、一乗寺の八大神社が写っていることがわかった。その2年後には東京で4か月のホームステイを行っているが、八大神社の写真の横に並んでいた高幡不動の写真はこの時に撮られたものだろう。

メッテ・ホルムは孤独の影を抱えた女性である。人はみな集団生活を行い、馴染んでいくものだが、彼女はどうしてもそれが出来ない。勿論、友人も仕事仲間もいるが、一人になれる「秘密の居場所」が必要なようだった。彼女が自覚しているかどうかはわからないが、孤独な者同士がイメージを通して通じ合う村上春樹作品に彼女が親しみを覚えるのはある意味、当然なのかも知れない。

メッテは、『風の歌を聴け』の一節、「完璧な文章などというものは存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね」をどう翻訳するかで悩む。勿論、直訳するのはわけがない。ただそれでは村上春樹の言葉を伝えたことにはならない。メッテは村上春樹が見た風景を確認するために日本に旅に出る。東京メトロ神宮外苑駅、JR上野駅、そしてJR京都駅でコペンハーゲン大学時代の友人であるクリスチャン・モリモト・ハーマンセンと再会し、「完璧な文章などと……」の一文についてディスカッションを行う。
また、村上春樹が育った芦屋の街ではタクシーに乗り、タクシー運転手に阪神・淡路大震災の時はどうしていたのかを聞いたりもしている。
飲み屋では、「日本が閉塞的になっている」という話をされ、「デンマークもそうだ」と語るが、日本の現状はずっと酷いということを聞かされる。日本人のおじさんは、「もっと多様性があるということを知らせないと。それをするのがアーティスト」とメッテにそう告げる。
ただ、これは、完全なドキュメンタリー映画というわけでもなく、中空に『1Q84』に登場した二つの月が浮かぶなど、翻訳されたというのが行き過ぎなら解釈されたメッテ・ホルムの話でもある。村上春樹の大ファンだという監督のニテーシュ・アンジャーンによって解釈された彼女と村上春樹の映画なのだ。この映画には、村上春樹の短編小説「かえるくん、東京を救う」のかえるくんがCGで登場する。日本映画のCGだとかえるくんも可愛らしく描かれるのかも知れないが、デンマーク映画のCGはハリウッド版ゴジラのように少しグロテスクである。この映画に登場するかえるくんは、東京を救う相棒としてメッテを選んでいるようでもある(これもアンジャーンの解釈である)。

翻訳は創作とはまた違うが、イメージと言葉の選択肢の中で繰り広げられる孤独な戦いという共通点がある。そこで戦うには孤独に強くなければいけないし、容易に心を乱されるタイプであってもならないし、無意識の領域で戦えるだけの人生の蓄積がなくてはならない。小説が人一人の人生を変えるだけの力を持っているように(少なくとも私は村上春樹の小説に出会ったことで人生は変わっている)、それを伝達する翻訳家も人を動かすだけの力を持つ、伝達の神・マーキュリーに祝福された存在である。人の心が変われば世界も変わる。誰も気づかぬほどひっそりとではあるが、聖戦は遂行されていく。

「完璧な文章などというものは存在しない」という言葉は、「完璧な翻訳などというものは存在しない」にスライドする。だが翻訳家である以上は、原作者を尊重した上で、言葉の海を上手く泳ぎ切らなくてはならない。メッテは本の表紙を決める際も「ムラカミならどう思うか」という配慮を怠らない。エゴは禁忌である。ある意味、翻訳家は再生芸術家である演奏家に近いものがある。世界史上、完璧な演奏などというものは一度もなかったと思われるが、完璧な翻訳というものは果たしてあるのか? ラストは映画自体もまた完璧でないことを告げている。
完璧を夢見ながら、メッテの聖戦は続いていくのである。

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2019年11月15日 (金)

これまでに観た映画より(138) ポーランド映画祭2019 in 京都「コメダの奏でるポーリッシュ・ジャズ」@同志社大学 「コメダ・コメダ」&「バリエラ」

2019年11月12日 同志社大学室町キャンパス寒梅館クローバーホールにて

同志社大学室町キャンパス寒梅館クローバーホールで、ポーランド映画祭2019 in 京都「コメダの奏でるポーリッシュ・ジャズ」と題された映画2本を観る。2012年製作の「コメダ・コメダ」と、1966年のイエジー・スコリモフスキ監督作品「バリエラ」。「バリエラ」の音楽は、クシシュトフ・コメダが手掛けている。なお、「バリエラ」の上映前にはイエジー・スコリモフスキ監督の舞台挨拶がある。

ポーランドのモダン・ジャズの先駆けでありながら、37歳の若さで事故死したクシシュトフ・コメダ。ロマン・ポランスキーとのコラボレーションを経て、ハリウッド映画の作曲家として活躍し始めたばかりの死であった。

「コメダ・コメダ」(ジャパンプレミア上映)は、クシシュトフ・コメダの生涯を辿るドキュメンタリー映画。ナタシャ・ジュウコフスカ=クルチュク監督作品。監督について詳しいことはよくわからないが、名前は明らかに女性名である。
ロマン・ポランスキーやアンジェイ・ワイダといったポーランド映画界の巨頭を始め、コメダと共演経験のあるポーランドのミュージシャン、コメダの医大時代の同級生などが証言を行っている。

共産党一党独裁時代のポーランドにあっては、ジャズは敵国であるアメリカの敵性音楽であり、コメダも医大時代にジャズの演奏や作曲を行っていることがばれ、医大生達に囲まれてつるし上げに遭いそうになったことがあるそうだ。

コメダが生まれたのは1931年。ナチスドイツがポーランドに侵攻する8年前である。
コメダは幼い頃、ポリオに罹り、後遺症で片足が少し不自由になっている。ピアノの才能は幼時より発揮されていたそうで、7歳で出身地にあるポズナン高等音楽学校に入学。戦時下であっても母親はコメダの才能が途切れてしまわないよう、ピアノを弾ける環境を作ることに腐心したそうである。ただ、コメダの母親は、コメダがプロのミュージシャンなることには反対であり、医師になることを望んでいた。コメダは母親の望み通り医科大学を卒業し、耳鼻咽喉科の医師となるが、結局、ジャズミュージシャンになることを選んだ。コメダの友人の一人は、「運命には抗えない」と語っている。
ポズナンには音楽の仕事がなかったため、コメダは、クラクフへ、更にワルシャワへと移動する。
ちなみにコメダというのは芸名で、本名はトルチンスキという。子どもの頃に、「command」(司令官)と書くべきところを「comada」とスペルミスしたことに由来するそうである。
アンジェイ・ワイダは、コメダの第一印象を、「パデレフスキ(ポーランドを代表するピアニストで、後には首相にもなっている)みたいな長髪の奴が来るのかと思ったら、見るからにオタクといった感じの奴が来て」と語っている。線が細く、いかにも繊細そうで影のあるコメダは、真逆の性格であるロマン・ポランスキーとは馬が合ったそうで、「水の中のナイフ」などの音楽を手掛け、ポランスキーに招かれる形でハリウッドへと渡っている。コメダは、自らのことを「映画の作曲家」と名乗っていたそうで、映画音楽を手掛けることに誇りを持っていたことが窺える。

ジャズ以外にもポーランドの生んだ音楽の先進性が語られる場面がある。ポーランド人は独自性を追求する傾向があるそうで、それがペンデレツキやルトスワフスキといった現代音楽の大家を生み出した下地になっているのかも知れない。

コメダの最期は転落事故である。交通事故となっている資料もあるが、関係者の証言によるとどうもそうではないようだ。事件性がありそうなことも語られてはいるのだが、詳しいことはわからないようである。

 

イエジー・スコリモフスキ監督による「バリエラ」。「バリエラ」というのはポーランド語で「障壁」という意味のようである。

上映前に、イエジー・スコリモフスキ監督による15分ほどの舞台挨拶がある。「バリエラ」はかなり特異な経緯で生まれた作品だそうで、元々は「空っぽの領域」というタイトルで、それまでドキュメンタリー映画を作り続けて来た映画監督の初劇映画作品として製作される予定であった。イエジー・スコリモフスキは依頼を受けて脚本を執筆。その監督のそれまでの作品も全て観て、「これはドキュメンタリータッチの脚本にした方がいいだろう」と判断。脚本を提出したのだが、その監督は脚本を読んで青ざめたようになってしまったという。ドキュメンタリー映画の監督で、劇映画は不得手であり、撮影には入ったのだが、制作費の4分の3を使ったところで、その監督は降板。続きをスコリモフスキの監督で撮るよう指示があったのだが、スコリモフスキは、監督に合わせてドキュメンタリー映画調の脚本を書いたが、自分ではそうした映画を撮りたいという気持ちはまるでない。ということで、残りの4分の1の予算で、1から新しい映画を撮ることになった。とにかく時間もないので脚本なしの即興で撮ることにし、キャストも全て一新、撮影監督も新たに指名した。キャスティングの一新についてスコリモフスキは、「大成功だった。主演女優はその後、私の妻になるのだから」とジョークを言っていた。
スコリモフスキ監督によると「バリエラ」には3つの奇跡があるそうで、まず「即興による映画が完成したこと」、2つ目は「即興にしては出来が良かったこと」、3つ目は「この映画が高く評価され、映画賞を受賞し、60年以上経った今でも上映される機会があるということ」だそうである。

内容は、ヌーヴェルヴァーグの影響も感じられるもので、「フランス映画だ」と言われたらそのまま信じてしまいそうになる。ポーランド映画とフランス映画は相性が良いのか、共同製作が行われることも結構多い。

国の世話になることもアメリカ人のように生きることもよしとしない主人公の医大生が医大を去り、「明日、結婚することになった」と父親に告げるも、相手が不明。父親に託された手紙を届けた家の女主人からサーベルを渡されることになる、といった風に、あらすじだけ書くと何が何やらわからないことになる。ただメインとなるのは、冬の停電の日に出会った路面電車の女運転士とのロマンスである。そこだけ辿ると素敵な恋愛映画と観ることも出来る。
人海戦術も多用されているが(特に深く考えられて行われたわけでもないと思うが、人一人の人生の背後には数多くの人物が潜んでいると捉えることも出来る)低予算映画でなぜあれほど多くのキャストを使えるのかは謎である。共産圏なので「低予算」といっても西側とは意味が異なっていたのかも知れない。
ロールスロイスなどの西欧の高級車が登場するが、これは若者達に敵対するものとして描かれているようだ。

また、クシシュトフ・コメダの音楽が実にお洒落である。即興で作り上げた映画だけにどうしても細部は粗くなるのだが、そこをコメダの音楽がまろやかなものに変えていく。映画の出来の半分近くはコメダの功績である。

ラストは、やはり即興風に撮られた王家衛監督の「恋する惑星」に近いもの。「恋する惑星」のラストに近いものになって欲しいと個人的にも思っていたのだが、やはりなるべくして同じようなラストに着地。めでたしめでたしとなった。

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