カテゴリー「映画」の407件の記事

2022年8月11日 (木)

これまでに観た映画より(305) 「BLUE ISLAND 憂鬱之島」

2022年8月2日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「BLUE ISLAND 憂鬱之島」を観る。自由と民主を求める香港を舞台に、文化大革命、六七暴動、天安門事件によって香港へと亡命した人々や、香港を題材に撮影されているドラマなどを追ったドキュメンタリー。
監督・編集:チャン・ジーウン。香港と日本の合作で、プロデューサーは香港からピーター・ヤム、アンドリュー・チョイ、日本からは小林三四郎と馬奈木厳太郞が名を連ねている。映画制作のための資金が足りないため、クラウドファンディングにより完成に漕ぎ着けた。

「香港を解放せよ」「時代を革命(時代革命)せよ」というデモの声で始まる。
そして1973年を舞台としたドラマの場面。一組の若い男女が山を越え、海へと入る。文化大革命に反発し、香港まで泳いで亡命しようというのだ。この二人は実在の人物で、現在の彼ら夫婦の姿も映し出される。旦那の方は老人になった今でも香港の海で泳いでいることが分かる。

1989年6月4日に北京で起こった第二次天安門事件。中国本土ではなかったことにされている事件だが、当時、北京で学生運動に参加しており、中国共産党が学生達を虐殺したのを目の当たりにして香港へと渡り、弁護士をしている男性が登場する。本土ではなかったことにされている事件だが、香港では翌年から毎年6月4日に追悼集会が行われていた。それが2021年に禁止されることになる。男性は時代革命で逮捕された活動家や市民の弁護も行っているようだ。

六七暴動というのは日本では知られていないが、毛沢東主義に感化された香港の左派青年達が、イギリスの香港支配に反発し、中国人としてのナショナリズム高揚のためにテロを起こすなどして逮捕された事件である。
劇中で制作されている映画の中では、当時の若者が「自分は中国人だ」というアイデンティティを語る場面が出てくるが、その若者を演じる現代の香港の青年は、「そういう風には絶対に言えない」と語り、自らが「香港人である」という誇りを抱いている様子が見て取れる。1997年の返還後に生まれた青年であり、小学校時代には、「自分達は中国人」という教育を受けたようだが、今は中国本土からは完全に心が離れてしまっているようである。皮肉なことに現在は六七暴動とは真逆のメンタリティが香港の若者の心を捉えている。

青年達は、中国共産党の独裁打倒と中国の民主化を求めている。

だが中国共産党と香港政府からの弾圧は激しく、この作品に出演している多くの市民が逮捕され、あるいは判決を待ち、あるいは亡命して香港を離れている。

ラストシーンは、彼ら彼女らが受けた判決が当人の顔と共に映し出される。多くは重罪である。治安維持法下の日本で起こったことが、今、香港で起こっているようだ。歴史は繰り返すのか。

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2022年7月31日 (日)

これまでに観た映画より(304) 「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」

2022年7月23日

録画してまだ観ていなかった日本映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」を観る。監督:錦織良成、製作総指揮:阿部秀司。出演は、中井貴一、本仮屋ユイカ、高島礼子、三浦貴大、橋爪功、佐野史郎、宮崎美子、遠藤憲一、甲本雅裕、石井正則、渡辺哲、緒形幹太、中本賢、奈良岡朋子ほか

大手電機メーカーである京陽電器に勤め、経営企画室長まで出世している筒井肇(中井貴一)。仕事は順調にいっているが、意に染まない仕事もしなければならない。業績不振の工場の閉鎖とリストラ策を任された筒井は、当の工場に出向く。工場長の川平吉樹(遠藤憲一)とは同期入社の間柄であり、今も親友である。川平が納得し、工場の閉鎖がスムーズに決まる。取締役への昇格が決まった筒井は川平に本社勤務に戻るよう勧めるが、「ものづくりが好き」で工場での勤務を選んだ川平から、「本社に行って何を作ればいいんだ?」と返される。

厳格な父親でもある筒井は、一人娘で大学生の倖(本仮屋ユイカ)が就職活動に今ひとつ乗り気でないことに苦言を呈したりもする。当然ながら、このところの親子関係は良くない。
そんな折、郷里の出雲市に住んでいる、筒井の母親・絹代(奈良岡朋子)が倒れ、入院する。多忙ゆえにすぐには出雲に帰ることの出来ない筒井だったが、担当医から絹代の体から悪性の腫瘍が見つかったことを知らされる。
実家にあった電車関係のコレクションを目にした筒井は、子どもの頃の夢がすぐそばを走る一畑電車(実在の電鉄会社。略称及び愛称は「ばたでん」)の運転士になることだったことを倖に語る。妻の由紀子(高島礼子)も出雲の家にやってきた日の夜に、筒井は川平が事故死したという知らせを聞く。工場長を辞めたら自分の好きなことをやると話していた川平の思いを胸に、また息子が真剣に働く姿を母親に見せたいという希望も密かにあった筒井は「やりたいことに一度はチャレンジしてみたい」と本気で一畑電車の運転士を目指し、合格。一緒に合格した若い宮田(三浦貴大)と共に運転士としての日々を送り始める。充実した日々を送る筒井とは対照的にやる気を見せない宮田。実は彼は甲子園でも活躍した、将来を嘱望される投手でプロ入りの話もまとまり欠けていたのだが、肘を故障してやむなく電車の運転士に転じていたのだった。

宍道湖畔の美しい光景の中を走る一畑電車。田舎の電鉄だけに運転士や車掌と乗客の垣根も低く、本体の意味での家族劇でなく街中が家族的な温かさに溢れている上での家庭劇が展開される。
50近くなってから運転士に転向というのは、余りリアルに感じられないが、乗客とこうした関係になり得るのも年の功と田舎ならでは雰囲気の効用だと感じられ、一種の大人の童話として受け入れやすくなっている。

ストーリー以上に強く感じられるのが、監督である錦織良成の故郷・島根県に対する愛情である。一畑電車以外にも宍道湖上で行われる祭りで筒井が西田(中本賢)と謡を行うなど、島根県の風情溢れる光景がとても美しく収められている。

ラストシーン。筒井と由紀子の対面の場である。人によっては青臭く思えるかも知れないが、由紀子の「私達、このまま夫婦でいいんだよね」との問いに、筒井が「当たり前だ」と答えたあとで、「終点まで、ちゃんと乗ってってくれよな」と、「死ぬまで一緒にいてくれ」という意味にも取れる大人の再プロポーズのようなセリフを発したのが素敵であった。

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2022年7月29日 (金)

これまでに観た映画より(303) 「エルヴィス」

2022年7月25日 TOHOシネマズ二条プレミアシアターにて

TOHOシネマズ二条プレミアシアターで、「エルヴィス」を観る。「キング・オブ・ロックンロール」の異名を取り、史上最も成功したソロシンガーといわれながら42歳の若さで死去したエルヴィス・アーロン・プレスリーの伝記映画である。

監督・脚本:バズ・ラーマン、原案・脚本:ジェレミー・ドネル、脚本:サム・ブロメル、グレイグ・ピアース。音楽:エリオット・ウィーラー。出演は、オースティン・バトラー、トム・ハンクス、ヘレン・トムソン、リチャード・ロクスパーグ、オリヴィア・デヨング、ションカ・デュクレ、ケルヴィン・ハリソン・Jr、デヴィッド・ウェンハム、デイカー・モンゴメリーほか。

エルヴィスのマネージャーでプロデューサーでもあったトム・パーカー大佐(演じるのはトム・ハンクス)の視点から描かれているのが特徴。トム・パーカー大佐はプロデューサーとしては有能であり、エルヴィスを世に送り出した張本人であるが、生活面はだらしなかったようで、借金のカタとしてエルヴィスを用い、晩年は自堕落な生活を送ったようである。時に寄り添い、時に離れるエルヴィスとパーカーであるが、傍から見ていると似たもの同士であるように思える。彼らは車の両輪であり、どちらも互いにとってなくてはならないものだったように思われる。

エルヴィスが世に出てから亡くなった後までが描かれているが、パーカー大佐という単一の視点からエルヴィスを見ているということで単調になり、上映時間も約2時間40分と長めであるが、それ以上に長く感じられるのは難点かも知れない。ただ単一の視点としたことでエルヴィス像にブレが少なくなっているのも事実である。この映画に描かれるエルヴィス・プレスリーは、必要以上に格好良すぎることもなく、かといって人間としての情けない部分が強調されることもなく、等身大の像が描かれているように思われる。ここはかなり評価出来る部分である。

メンフィスでデビューしたエルヴィス・プレスリー(オースティン・バトラー)。ピンク色のスーツを着て顔には化粧という、当時としては奇抜な出で立ちで、聴衆から「オカマ野郎」などと野次られたりするが、下半身を動かすセクシャルな動きに若い女性は熱狂。エルヴィスはほどなく時代の寵児となる。エルヴィスにいち早く目を付けたパーカー大佐は、エルヴィスを大手レーベルであるRCAに売り込むことに成功する。ここにエルヴィスの出世街道は開けた。パーカー大佐はプレスリーの亡くなった母親代わりとなることを誓い、黄金コンビは永遠に続くかに見えたのだが、実はパーカー大佐は重大な秘密を抱えていた。

史上トップクラスの成功者でありながら、酒や薬に溺れ、42歳の若さで世を去ることになるエルヴィス・プレスリー。彼自身が彼を死の瀬戸際へと追いやったように見えるのだが、この映画では、エルヴィスを殺したのは彼の「愛」だとしている。ファンの期待に応えるためにボロボロになりながらも歌い続けたエルヴィス。だが、パーカー大佐の指示を無視して我を通すといったエルヴィスの頑固で一徹な面を見ていると、やはり彼は彼の才能に振り回されて死期を早めたように見える。彼を殺したのが彼の「愛」だったとしても、それは「愛」せるだけの素質があったからだろう。

時間的にも感覚的にも長すぎるのが難点だが、エルヴィス・プレスリーという不世出のシンガーを私情を込めずにリアルに描いており(オースティン・バトラーが「怪演」ともいうべき演技を繰り広げている)、エルヴィス・プレスリー入門編としてもお薦めの一本である。

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2022年7月24日 (日)

これまでに観た映画より(302) ドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」

2022年7月21日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」を観る。今年で96歳になる世界最高齢元首のエリザベス女王(エリザベス2世)の、即位前から現在に至るまでの映像を再構成したドキュメンタリーである。時系列ではなく、ストーリー展開も持たず、あるテーマに沿った映像が続いては次のテーマに移るという複数の断章的作品。

イギリスの王室と日本の皇室はよく比べられるが、万世一系の日本の皇室とは違い、イギリスの王室は何度も系統が入れ替わっており、日本には余り存在しない殺害された王や女王、逆に暴虐非道を行った君主などが何人もおり、ドラマティックであると同時に血なまぐさい。
そんな中で、英国の盛期に現れるのがなぜか女王という巡り合わせがある。シェイクスピアも活躍し、アルマダの海戦で無敵艦隊スペインを破った時代のエリザベス1世、「日の沈まない」大英帝国最盛期のヴィクトリア女王、そして前二者には及ばないが、軍事や経済面のみならずビートルズなどの文化面が花開いた現在のエリザベス2世女王である。

イギリスの王室が日本の皇室と違うのは、笑いのネタにされたりマスコミに追い回されたりと、芸能人のような扱いを受けることである。Mr.ビーンのネタに、「謁見しようとしたどう見てもエリザベス女王をモデルとした人物に頭突きを食らわせてしまう」というものがあるが(しかも二度制作されたらしい。そのうちの一つは頭突きの前の場面が今回のドキュメンタリー映画にも採用されている)、その他にもエリザベス女王をモデルにしたと思われるコメディ番組の映像が流れる。

1926年生まれのエリザベス2世女王。1926年は日本の元号でいうと大正15年(この年の12月25日のクリスマスの日に大正天皇が崩御し、その後の1週間だけが昭和元年となった)であり、かなり昔に生まれて長い歳月を生きてきたことが分かる。

とにかく在位が長いため、初めて接した首相がウィンストン・チャーチルだったりと、その生涯そのものが現代英国史と併走する存在であるエリザベス女王。多くの国の元首や要人、芸能のスターと握手し、言葉を交わし、英国の顔として生き続けてきた。一方で、私生活では早くに父親を亡くし、美貌の若き女王として世界的な注目を集めるが(ポール・マッカートニーへのインタビューに、「エリザベス女王は中学生だった私より10歳ほど年上で、その姿はセクシーに映った」とポールが語る下りがあり、アイドル的な存在だったことが分かる)、子ども達がスキャンダルを起こすことも多く、長男のチャールズ皇太子(エリザベス女王が長く生きすぎたため、今年73歳にして今なお皇太子のままである)がダイアナ妃と結婚したこと、更にダイアナ妃が離婚した後も「プリンセス・オブ・ウェールズ」の称号を手放そうとせず、そのまま事故死した際にエリザベス女王が雲隠れしたことについて市民から避難にする映像も流れたりする。この時は、エリザベス女王側が市民に歩み寄ることで信頼を取り戻している。

その他に、イギリスの上流階級のたしなみとして競馬の観戦に出掛け、当てて喜ぶなど、普通の可愛いおばあちゃんとしての姿もカメラは捉えており、おそらく世界史上に長く残る人物でありながら、一個の人間としての魅力もフィルムには収められている。

「ローマの休日」でアン王女を演じたオードリー・ヘップバーンなど、エリザベスが影響を与えた多くのスター達の姿を確認出来ることも、この映画の華やかさに一役買っている。

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2022年7月21日 (木)

これまでに観た映画より(301) ドキュメンタリー映画「ナワリヌイ」

2022年7月15日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「ナワリヌイ」を観る。ロシアのプーチン大統領の唯一の対抗馬的存在であるアレクセイ・ナワリヌイに密着したCNNのドキュメンタリーである。監督はダニエル・ロアー。

プーチンの事実上の独裁が続くロシア。数少ない反プーチンの実力者がアレクセイ・ナワリヌイであるが、そのナワリヌイがノヴォシヴィルスクからモスクワに向かう飛行機に搭乗中に毒殺されかかるという衝撃的な出来事が起こる。飛行機は途中の空港で緊急着陸、ナワリヌイは入院するが、ユリア夫人はロシアの病院は信用出来ないと各方面に訴え、ドイツのメルケル首相が受け入れを表明。ナワリヌイはベルリンの病院に入院し、快復することになる。暗殺未遂に使われたのはノビチョクという毒物であり、モスクワにある研究所がノビチョクを使った劇物の製造を行っていたことが分かる。この研究所と手を組んだプロの暗殺集団がノヴォシビルスクからモスクワに向かう飛行機に搭乗していたことも判明。ナワリヌイ達は、支援者である情報解読のスペシャリスト達と共に、毒殺未遂事件の真相を追うことになる。

研究所の化学者の一人が、電話の向こうのナワリヌイ達を味方と信じて概要を漏らしてしまうシーンなどは、一級のサスペンスやスパイ映画を観ているようであるが、これはフィクションではなく(編集でブラッシュアップされているだろうが)ドキュメンタリー映画で、実際に起こっていることがカメラに収められているのだと思うと底知れぬ恐怖を覚える。極めて面白いドキュメンタリー映画であるが、これほど面白いドキュメンタリー映画は実は制作されないのが最上というアイロニーも感じる

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2022年7月 5日 (火)

観劇感想精選(437) 下鴨車窓 「漂着(kitchen)」

2022年7月2日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後6時から、THEATRE E9 KYOTOで、下鴨車窓の公演「漂着(kitchen)」を観る。作・演出:田辺剛。今回は群像劇ということで、総勢19名の俳優が出演する。ただその中に稽古中に体調不良を訴えて降板した人もいたようで、代役を立てて本番が行われた。

出演:西村貴治(ニットキャップシアター)、大熊ねこ(遊撃体)、坂井初音、上条拳斗、岡田菜見、西沢翼、越賀はなこ、にさわまほ(安住の地)、加藤彩(合同会社舞台裏)、田宮ヨシノリ、藤島えり子、神谷牡丹、福西健一朗、辻智之、尾國裕子(無所属・新人)、森川稔、池山説郎、イルギ(劇的☆爽怪人間)、二宮千明。幅広い年齢層の俳優が出演している。

海の近くにあるボロアパートが舞台。アパートがどの街にあるのかはっきりと示されることはないが、登場人物達が関西の言葉を話し、韓国語の手紙が入ったボトルが浜辺に漂着しているということで、但馬地方(兵庫県)か丹後地方(京都府)の可能性が高い。瀬戸内海側や和歌山県の太平洋に面した場所ではないと思われる。

タイトル通り、kitchen=台所のセットが中央にあり、舞台上手に冷蔵庫、下手奥に棚などがある。アパートの203号室、205号室、202号室の3つの部屋が舞台となるが、セットは一切変化のない一杯飾りであり、登場人物の入れ替わりや照明の変化などによって部屋の移動が表現される。

いずれの部屋の関係者にも「ユカ」という名前の女性がいるのが特徴。205号室では一人暮らししている若い女性(にさわまほ)の名前がユカである。彼女には女性の同居人がいるのだが、「普通の女友達ではないのでは?」と思わせるような場面もある。203号室は家主の奥さん(坂井初音)がユカ、202号室にはユカという名前の女性は登場しないが、住人の奥さんの名前がユカのようである。202号室の住人の奥さんのユカは重い病気に倒れているようだ。離婚はしていないようだが、202号室の男は、妻や娘(リョウコという名前のようである。演じるのは尾國裕子)とは別居している。男はすぐには家賃も払えないほど困窮している。

アパートの家賃は月3万5千円。窓からは海(波音がするのでやはり日本海の可能性が高い)が見え、205号室のユカは、それが気に入ってこのアパートに入ったのだが、海が近いということで自転車が潮風ですぐに錆びてしまうなどデメリットの方が多く、引っ越しの計画も立てている。
205号室では、これからアルバイト仲間による飲み会が行われるようで、大家(越賀はなこ)は、「壁が薄いのでうるさくしないでね」と頼む。ちなみに、ユカより先に205号室に来ていた若い男(西澤翼)は、大家から「お友達? お友達?」と彼氏でないか詮索される。大家はユカのことを娘のように可愛がっている。なお、205号室の台所の蛇口から水が出てこないという現象が起こっている。洗面台やトイレは水が流れるのだが、台所のみ水が出てこないということで、大家は工事の業者を頼む。
その後、205号室では飲む会が行われるのだが、アルバイト仲間であるノゾミ、ウダ、コデラ、アヤが205号室でゴキブリ退治などをしている間、ユカと最初からいる若い男は買い出しに出ており、舞台上で顔を合わせることはない。ちなみに「クルー」という言葉を用い、定食の話などをしていることから、定食屋チェーン店のアルバイト仲間らしいことが分かる。大手定食屋チェーンの中にはワンオペ(調理、配膳、会計などを店員一人に任せること)をやらせる店が問題視されているが、彼らは牛丼系の定食屋ではないようで、シフトがあり、ワンオペは禁じられているようだ。ちなみに定食屋やマクドナルドなどのファーストフード系のアルバイトでは、恋愛関係が多く発生することで知られるが(出会いを目的としてアルバイトを始める人も多いとされる)このアルバイト仲間の中にもやはり付き合い始めている男女がいることがキッチンを使う様を通して分かる。

203号室に住むのは、工場勤務のヒデさん(西村貴治)とその奥さんのユカである。203号室のユカも同じ工場で働いていたそうで、ヒデさんは現場、ユカは総務にいたことが分かるセリフがある。ヒデさんの妹(名前はキエだったかな? 演じるのは大熊ねこ)も歩いて数分のところに住んでいるのだが、二人の父親が病気にかかっており、妹はヒデさんに入院するよう説得して欲しいと頼む。
ちなみにヒデさんとユカはキッチンにある特殊な役目を与えている。
203号室のユカは、浜辺でボトルレター(メッセージボトル)を拾う。ユカはヒデさんに瓶を開けるよう頼むが、ヒデさんは面倒くさいの金槌(余談だが、演劇用語では「ナグリ」と呼ばれる)で瓶を叩き渡る。この時の音が、205号室のシーンや202号室のシーンで鳴り、同時刻に別の部屋で何が起こっていたか分かるようになっている。

こうした手法で同時発生を知らせる手法は映画では比較的多く用いられており、また間近にいながらすれ違う複数の団体という展開を含めると、京都を舞台にした鈴木卓爾監督の映画「嵐電」がすぐに思い浮かぶ。「嵐電」では同じ場面に数組の主人公が見知らぬ者同士で映っていたりするのだが、「漂着(kitchen)」で人間関係の繋がりのない人々が同時性のみで繋がっていることを表すものとして、「声」や「音」が主に媒介を務めているのが手法として興味深い。

202号室では、住人の娘であるリョウコが、住人が臨終間際かも知れない妻(つまりリョウコの母親)のユカを見舞おうともしないことをなじっている。

袋小路的場末感の漂うボロアパートに、住人達がどうやって漂着したのかを描く会話劇であり、203号室のユカの若い女性との同居、205号室のヒデさんの工場退社や女絡みのいざこさ(若い女性がずっと年上のヒデさんにタメ口をたたくことで仄めかされる)、202号室の住人の妻・ユカの死とその葬儀と住人の失踪なども描かれており、漂着した人々の決して上手くいってはいない人生が、比較的淡々と描かれている。彼らは同じアパートに住み、「ユカ」という共通する名前の女性がいながら交流もなく、それぞれの部屋が孤立している。

そうした孤独と閉塞感を抱いた人々の人生の諸相を描く中で、ヒデさんと203号室のユカのエピソード、それもkitchen絡みのものを描くことで、ささやかな希望が浮かぶラストを迎えるのが心地よい。
5月にロームシアター京都メインホールで観た「セールスマンの死」でもキッチンの冷蔵庫が主人公の家と現代社会の象徴として強調される演出が施されていたが、希望が「kitchenについて」というささやかな形で語られるのは、203号室の住人の身の丈にもあっており、上手く着地したなという印象を受ける。

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2022年7月 1日 (金)

これまでに観た映画より(300) 「ショーシャンクの空に」4K上映

2022年6月29日 新京極のMOVIX京都にて

MOVIX京都で、アメリカ映画「ショーシャンクの空に」4K上映を観る。1994年公開の映画の4Kリマスタリング版上映である。原作:スティーヴン・キング、脚本・監督:フランク・ダラボン。ロードショー時には余り話題にならなかったようだが、再上映に大ヒットし、フィルムの永久保存が決まっている名画である。出演:ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン、ボブ・ガントン、ウィリアム・サドラー、クランシー・ブラウン、ギル・ベローズ、ジェームズ・ホイットモア、マーク・ロルストンほか。アメリカのショーシャンク刑務所を舞台とした人間ドラマである。刑務所内が主舞台であるため、女性キャストが少ないのも特徴(いずれも刑務所外での登場)。

1947年、若くして大手銀行の副頭取まで出世したアンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)であるが、離婚を切り出してきた妻とその愛人のプロゴルファーを射殺したとして終身刑を宣告され、ショーシャンク刑務所に送られることになる。ショーシャンク刑務所では、同性愛者でもないのにその行為を行うことで悪名高いthe sistersと呼ばれる集団からいじめ抜かれるなど、最初のうちは地獄を味わうが、20年以上も収監されているレッド(愛称で本当の姓はレディング。演じるのはモーガン・フリーマン)に心を開くなど、徐々に仲間も増え、刑務所での生活に慣れていく。刑務所の中には洋の東西を問わず、知的水準に問題のある者が多く収監されているとされるが、その中にあって「掃き溜めに鶴」的なインテリであるアンディは経済面に強く、また文化面にも明るく、刑務所の上層部からも信頼を得るようになっていく。
レッドは刑務所内の調達係として一目置かれており、アンディも石を削ってチェスの駒を作りたいということで、ロックハンマーを手に入れてくれるよう頼む。

アンディは更に好待遇を得て、肉体労働から刑務所内図書室の司書への転身を許される。図書室にはブルックスという老人(ジェームズ・ホイットモア)が一人で務めていたが、蔵書数も乏しく、開架スペースもないなど問題山積み。ティムは蔵書の増加とスペースの確保を州議会に手紙で訴える。この訴えは6年越しでようやく叶うことになる。

やがてブルックスは入獄後半世紀を経て仮釈放が認められ、刑務所が手配したアパートに暮らし、スーパーマーケットの袋詰め係(アメリカのスーパーマーケットには精算された品を袋に入れるだけの係がいる。コロナ禍ではこうした人々が「感染を広める可能性がある」として次々と馘首されたことも話題になった)として働くようになるがシャバに馴染めず自殺する。

そんな中、刑務所長のノートン(ボブ・ガントン)の依頼によりティムは裏金作りにも手を貸すようになり、刑務所での彼の立場は受刑者としては最高位と目されるようになる。

1966年、トミーという若い男(ギル・ベローズ)が窃盗罪でショーシャンク刑務所に入獄。トミーは十分な教育を受けておらず、読み書きも満足に出来ない。妻子があるため一念発起したのか、アンディが図書室で密かに行っている教育プログラムに参加し、アルファベットの読み方から始めて、最後は高卒認定試験に合格するまでになる。トミーは若い頃から様々な刑務所に出たり入ったりを繰り返していたが、以前いた刑務所で、プロゴルファーとその愛人の殺害を自慢げに語る男がいたことをアンディらに告げる。無実を訴えるアンディは、所長のノートンに再審請求を申し出るのだが……。


名画として確固たる地位を築いているため、この映画に関して映画人や評論家など様々な人物が言及しているが、個人的には劇中にも登場する、アレクサンドル・デュマ・ペールの長編小説『モンテ・クリスト伯』を上手く用い、つかず離れずの展開にしているところが面白く、本の上手さを感じる。『モンテ・クリスト伯』は、無実の罪で投獄された男が脱獄後に大金持ちとなり、自身に罪をなすりつけた者達への復讐を図る話であるが、「ショーシャンクの空に」にも復讐はないのかと見せかけておいてあり、偽名を使って大富豪にもちゃんとなりという展開が待っている。大体において入獄ものとなると『モンテ・クリスト伯』(日本では黒岩涙香の訳による『巌窟王』というタイトルでも知られている)が世界文学史上最も有名であると思われるため、意図的に取り入れたのか、偶然そうなったのかまでは分からないが、劇中でタイトルが出てくる以上、一切知らずに脚本を書いたということはないはずで、読了済みの者の方がそうでない者よりも楽しめることは確かである。

『モンテ・クリスト伯』的傾向は抜きにしても、刑務所上層部の暴力性、収監者同士の問題、更には年老いてから仮出所した者の「生きづらさ」などをきちんと描いており、社会問題に切り込んでいるところにも好感が持てる。

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2022年6月22日 (水)

これまでに観た映画より(299) 「四月は君の嘘」

2022年6月15日

録画してまだ観ていなかった日本映画「四月は君の嘘」を観る。新川直司原作の漫画の実写化。新城毅彦監督作品。脚本:龍井由佳里。出演は、広瀬すず、山﨑賢人、石井杏奈、中川大志、板谷由夏、本田博太郎、甲本雅裕、檀れいほか。2016年の制作。

天才少年ピアニストとして将来を期待されながら、母の死をきっかけにピアノから離れてしまった有馬公正(山﨑賢人)と、有馬と同じ高校の同学年で、奔放なヴァイオリンを奏でる宮園かをり(今ならあだ名が「みやぞん」になりそうだが、2016年の時点では、みやぞんはまだ有名人ではないので、「かを」というあだ名で呼ばれている。演じるのは広瀬すず)、公正の幼なじみである澤部椿(石井杏奈)、公正、椿と共に仲良しグループを構成している渡亮太(中川大志)らを描いた青春音楽ストーリーであるが、一方で、心の病気や闘病を描いたシリアスな作品でもある。

原作では登場人物達は中学生であるが、映画では高校2年生という設定に変わり、舞台も東京都内から鎌倉に移っている。


幼児期にいくつものピアノコンクールで優勝や入賞を果たし、天才少年ピアニストとしてメディアにも取り上げられた有馬公正であるが、ピアノ指導者であった母の早希(檀れい)が病気で余命幾ばくもないという状態になり、「息子にピアニストとして独り立ちして貰うために」厳しいレッスンを課す。ピアノコンクールで優勝したにも関わらず、早希からなじられた公正は、「お母さんなんて死んじゃえばいいんだ!」と激昂。果たしてその夜に早希の命は尽き、そのトラウマから公正はピアノの音が上手く聞き取れなくなってしまい、コンクールに出てもピアノが弾けず、ピアニストになることを諦めていた。

幼なじみの椿はソフトボール部、親友の渡はサッカー部だが、公正は部活には入らず、音楽控え室で音楽を耳コピして譜面に起こし、出版社に渡して小銭を稼ぐというアルバイトを行っている。
そんなある日、公正は椿の同級生である宮園かをりを紹介される。かをりはモテ男である渡の彼女になりたがっており、椿に間を取り持って貰おうとしたのだが、そこに公正も友人Aとして立ち会うことになったのだ。
ヴァイオリニストであるかをりは、譜面にある作曲家の指示を無視して、エモーショナルなヴァイオリンを奏でるタイプで、コンクールの審査員からの評価は高くないが、聴衆受けが良く、聴衆推薦により一次予選(パガニーニの「24のカプリース」より第24番を演奏)を突破。かをりは、二次予選のピアノ伴奏(楽曲は、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」)を公正に頼む。

既視感のあるストーリーであり、映画としての評価はそれほど高い点数は与えられないと思うが、再び音楽に向き合う公正と、彼を引っ張るかをりの姿は微笑ましく、音楽家としての個性も物語を進める推進力として上手く機能している。

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2022年6月18日 (土)

これまでに観た映画より(298) 「はい、泳げません」

2022年6月13日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、日本映画「はい、泳げません」を観る。高橋秀実のエッセイの映画化。脚本・監督:渡辺謙作。出演:長谷川博己、綾瀬はるか、麻生久美子、阿部純子、小林薫、伊佐山ひろ子、広岡由里子、占部房子、上原奈美ほか。主舞台となるのは2015年という設定である。

大河ドラマ「八重の桜」では、夫婦役として出演していた長谷川博己(「八重の桜」では川崎尚之助役)と綾瀬はるか(同じく山本八重役)の主演による、泳げない男が泳げるようになるまでの物語。ということで、大人版「バタアシ金魚」のようなものかと予想していたが、実際は大きく異なるドラマであった。

長谷川博己が演じるのは、大学で哲学を教える小鳥遊雄司(たかなし・ゆうじ)。「小鳥遊」はしばしばメディアで取り上げられるため、今では有名な難読姓となっており、小鳥遊の教え子達も苗字の由来を知っていたりする。
長谷川博己は、大学でも教えていた有名評論家の息子であるため、見た目のそれっぽさを受け継いでおり、大学教員などのインテリ役が様になっている。
小鳥遊は、教え子からの受けも良さそうで、仕事は上手くいっているようであるが、それとは真逆の情けない面がこの映画では主に描かれる。

幼児期におじに漁船から海に投げ込まれたことがトラウマになり、42歳の今に至るまで泳げない小鳥遊。5年前に美弥子(麻生久美子)と離婚している。そんなある日、小鳥遊は、セブンスイミングスクール牧の原(千葉県印西市に実在しているようである)の広告を見かける。広告に写っている薄原静香(うすはら・しずか。演じるのは綾瀬はるか)に惹かれたということもあるのだろうが、小鳥遊はスイミングスクールに申し込んでみる。
水に顔をつけるのも怖いという小鳥遊。静香先生の指導も思いのほか厳しく、根を上げてしばらくスイミングスクールに通わない期間もあった。

スイミングスクールの先生と生徒の恋はよくありそうだが、この映画では、小鳥遊にはすでに奈美恵(阿部純子)という恋人がいる。奈美恵は、シングルマザーであり、普段は美容室で働いているが、収入が十分ではないようで、スーパーのレジ打ちのパートもしている。奈美恵の一人息子は、小鳥遊によくなついている。ということで、この作品の事実上のヒロインは実は奈美恵であり、綾瀬はるか演じる静香先生はあくまで小鳥遊の背中を押す役割である。

小鳥遊は、5年前にも水に関係するトラウマとなる出来事に遭遇している。美弥子との間に出来た一人息子が、川で溺れ死んだのだ。美弥子が悲鳴を上げて、小鳥遊は振り返ったまでの記憶はあるが、そこから先の記憶が途絶えており、気がつくと病院のベッドの上で、何があったのかを5年後の今に至るまで思い出せないでいる。美弥子らの証言によると、流された息子を追って川に入ったが、泳げないので溺れ、流されて石に頭をぶつけて気絶したらしい。スイミングスクールに通うのはそのトラウマと向き合うための手段であった。

静香先生というのも変わった人物で、交通事故に遭ったのがきっかけで街を普通に歩くことが出来なくなり、スイミングスクールにすぐ通える場所に住んでいるが、自宅から職場に向かう間は、おどおどして挙動不審である。彼女にとっては、陸上ではなく水の中こそ、自分が自由に振る舞える場所となっているのだった。

冒頭部分から、演出過剰気味の場面が続くため、今ひとつ作品に入り込めない部分があるが、トラウマ克服という小鳥遊の成長過程を見つめることが見所となっている。
心理描写に関しては、納得のいくところといかないところが半々といった印象。映画に「共感」を求める人には余り向いていない作品かも知れない。

千葉県出身の麻生久美子が、関西弁のみを喋る役で出ているも興味深い。単純に関西弁ネイティブの女優をキャスティングすることも考えられたと思うのだが、色々出来る人にやらせた方が新鮮味も出ていいという考えなのかも知れない。ただ、千葉の人間に関西弁を喋らせるというのは、関西の人間にとってはおそらく面白くないことであろう。

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2022年5月29日 (日)

これまでに観た映画より(297) チャン・イーモウ監督作品「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」

2022年5月25日 京都シネマにて

京都シネマで、張芸謀(チャン・イーモウ、张艺谋)監督作品「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」を観る。出演:チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイほか。

文化大革命真っ只中の中国が舞台となっている。
風吹きすさぶ広大な砂漠の中を一人の男(チャン・イー)が歩いているシーンから始まる。男は喧嘩を行ったことを密告され、改造所(強制収容所)送りとなっていた。その間に離婚し、一人娘ともはぐれることになった。

この時代、映画のフィルムが送り届けられ、劇場(毛沢東思想伝習所という名になっている)で上映会が行われていた。田舎の人々にとってはそれが数ヶ月に一度の楽しみであった。上映前の場面では、劇場に詰めかけてきた全ての人の高揚感がこちらにも伝わってきて、胸がワクワクする。

娘がニュース映画の22号に映っているという情報を得た男は、14歳になる最愛の娘の映像を観るために改造所から逃亡してきたのだ。
夜中に農業会館(礼堂)にたどり着いた男は、子どもがオートバイに下げられた袋からフィルム一巻を盗むのを目撃して追いかける。男の子かと思っていたが、女の子であった。フィルムを取り返した男だったが、彼女はその後も何度もフィルムを奪いに来る。やがて男は、彼女が貧しく、劉の娘(演じるのはリウ・ハオツン)という名前のみで呼ばれていることを知る。彼女には幼い弟がいて、成績優秀なのだが、貧しいためにライトスタンドを買うことが出来ず、夜に十分に勉強することが出来ない(字幕では「本が読めない」となっていたが、おそらく「看书」は「勉強する」という意味で使われていると思われる)。そこで、借りることにしたのだが、誤って傘の部分を燃やしてしまい、持ち主から傘を付けて返すよう脅迫される。借りたのはやっちゃな少年達の一団からだったようで、劉の娘は彼らから散々にいじめられている。
当時は、映画のフィルムでライトの傘を作ることが流行っていたようで、劉の娘もフィルムで傘を作ろうとしていた。いじめられないため、そして弟のために必死だったのだ。


文化大革命の下放中に映画監督を志した張芸謀監督。若い頃は画家志望だったが、才能に不足を感じ、写真家志望へと転向している。文革終了後、北京電影学院(日本風に書くと北京映画学院。「学院」というのは単科大学のこと)を受験した際は、年齢制限に引っかかっていたが、彼の写真家としての腕が高く買われ、特別に入学を許されている。北京電影学院の同期(第五世代)で、仲間内で文学の才を称えられた陳凱歌は張芸謀の写真家としての才能を絶賛する詩を書いていたりするほどだ。映画監督よりも先に撮影監督として評価されたことからもその才能はうかがわれるが、この映画の主人公である逃亡者の男も写真を学んだことがあるという設定になっており、この男もまた張芸謀監督の分身であることが分かるようになっている。

第2分場の劇場で映写を担当しているのはファン(ファン・ウェイ)という男である。映画(電影)のことを知り抜いているため、ファン電影の名で呼ばれている。
逃亡者の男と、劉の娘がフィルムの取り合いを行いながら、ファン電影のいる第2分場にたどり着く。その間、ヤンという男がオートバイで第2分場へとフィルムを運んでいたのだが、ヤンは荷馬車引きであるファン電影の息子にフィルムを託してしまう。これが事件へと発展する。知能に障害のあるファンの息子は、フィルムを入れた缶の蓋をきちんと閉めることを怠り、フィルムが路上に投げ出されてしまう。土まみれで、とぐろを巻いた蛇のようにグチャグチャになったフィルム。このままでは上映は出来ないが、ファン電影は分場総出で、フィルムの洗浄を行う。なお、第2分場の劇場にはフィルムの洗浄液が置かれていないが、子ども時代のファン電影の息子が洗浄液を水と間違えて飲んでしまい、後遺症で知能に後れが出て荷運びしか出来ない青年となってしまったため、ファン電影は洗浄液を劇場に置くのを止めたのであった。
フィルム洗浄の工程からはファン電影の執念の凄まじさが感じられるが、ファン電影もやはり張芸謀の分身の一人であると思われる。

なんとかかんとかフィルムの修復が完了。だが、その後も、逃亡者の男が劉の娘の復讐のためにやんちゃな少年達とやり合うなど場は混乱。その際、劉の娘に預けたニュース映画22号のフィルムを劉の娘がライトスタンドの傘にするために家の持ち帰ったのではないかと疑った男が劇場を離れるなどしたため、本編の前に上映されるニュース映画を飛ばして映画本編からの上映となる。

ニュース映画に男の娘が映っている時間はわずかに1秒(ワン・セカンド One Second。映画は1秒間に24コマ=フレームを費やす)。14歳であるが、大人に交じって袋を担ぐ肉体労働を行っている。男は、ファンにそのシーンを何度も上映するよう命令する。


1秒だけ映る14歳の娘の姿は、男にとって何よりも大事な映像だが、映画や芝居、ドラマなどが好きな人は誰でも「自分だけの大切な一場面」を胸に宿しているはずで、多くの人が娘の場面を、「自分の愛しい瞬間」に重ねることだろう。勿論、娘を思う男の気持ちにも心動かされる。

ライトスタンドの傘であるが、最終的にはフィルムが美しい傘となって劉の娘に送られる。形は違うが、娘のフィルムへの執着が実っており、これまた映画への愛を感じることになる。

「映画への愛」と「自分だけの大切な場面」を描き切った張芸謀の力量に感心させられる一本であった。

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