カテゴリー「ドキュメンタリー映画」の20件の記事

2020年5月21日 (木)

これまでに観た映画より(177) 佐々木美佳監督作品「タゴール・ソングス」

2020年5月18日 「仮設の映画館」@出町座

仮設の映画館@出町座で、ドキュメンタリー映画「タゴール・ソングス」を観る。佐々木美佳監督作品。

アジア人としてまた西欧人以外では初のノーベル文学賞受賞者となったタゴール(ラビンドラナート・タゴール)が残した、タゴール・ソングスという歌の数々がベンガル地方の人々に与えた影響に迫るドキュメンタリーである。インドの国際都市コルカタ(旧カルカッタ)と、英領インドから東パキスタン時代を経て独立したバングラデシュの首都ダッカでのロケを中心とした映像が流れる。

インドの国歌の作詞・作曲とバングラデシュの国歌の作詞を手掛けたのもタゴールであり、今もベンガル地方の人からは神のように崇拝されており、タゴールが残した歌は彼らのソウルミュージックとなっている。

タゴール・ソングスは多様な心模様を歌い上げている。愛しい人を思う歌もあれば、孤独や悲しみと向き合う歌もある。元々はベンガル地方の民族楽器の伴奏で歌われていたようだが、今はギターなどの西洋の楽器の伴奏に乗って歌われることが多く、編曲も現代風になっている。

タゴールが作ったメロディーではなくラップを歌い上げる若者もタゴール・ソングへのリスペクトを語る。


タゴールは、富豪の末っ子としてカルカッタに生まれた。生家である豪邸は今も残っており、この映画にも登場する。幼い頃から詩の才能を示すが、学校の勉強は拒否した(このことは映画の中でも語られている)。金銭的には恵まれていたが、当時のインドはイギリスの植民地。実に不自由な時代である。映画に出てくる人々の証言を纏めると、今もインドは不自由だそうである。貧しさに泣いている子どもが大勢おり、家では両親、特に父親の権限が強く、女性に対する差別も激しい。生まれてくる子どもが女の子だとわかると中絶してしまうことも少なくないようである。

現在はバングラディシュ領となっている農村、シライドホの領地管理を任されたタゴールは、自然の中で多くのインスピレーションを得るようになる。また、善政を敷き、領民が「土地が欲しい」と訴えれば与え、貧しい人には租税の一時免除を行った。そのため今でもシライドホではタゴールは神様そのものと讃えられているようである。


タゴール・ソングスは、常に人々と寄り添うものである。押しつけがましさはなく、同じ道を歩む同行者である。「もし君の呼び声に誰も答えなかったとしてもひとり進め」と歌う。だが、隣にはタゴールが付いている。悲しみや孤独をタゴールは共に感じてくれる。西洋の歌とは一味も二味も違う詞と音楽をタゴールは生む。
象徴的な場面がある。タゴール・ソングを歌い、教師として弟子にも教えている男性、オミテーシュ・ショルカール。彼は人から「あなたは歌手か?」と聞かれると「違う」と答える。「でも歌を歌っているでしょ?」と聞かれると彼はこう答えるそうである。「歌っているのはタゴール・ソング。タゴール・ソングと歌は別のものだ」

コルカタの大学に通う女子学生、オノンナが、日本を訪れる場面がある。タゴールは1916年に来日しており、東京の日本女子大学校(現在の日本女子大学の前身。当時は旧制の専門学校)と軽井沢で講演を行っている。軽井沢を訪れた後、東京に向かったオノンナは、バングラデシュと日本のハーフであるタリタと知り合い、(おそらく)横浜に遊びに出掛ける。ずっと日本で過ごしてきたタリタは日本語しか話せなかったが、東京外国語大学に進学し、ベンガル語やバングラデシュの文化を専攻している。タゴールを始めとするベンガル語の文学や音楽などを広めたいと語るタリタは、同じ東京外国語大学出身でタゴールを広く紹介することを目指す佐々木美佳監督の分身のようでもある。


最後に私のタゴールに関する思い出を一つ。二十代前半の頃だったと思うが、現代詩文庫のアジアの詩人の作品を集めた詩集を明治大学駿河台キャンパス12号館の地下にあった生協(今は生協はなくなり、三省堂書店が入っている)で買って読んだのだが、劈頭を飾っていたのがタゴールの詩であった。アジア初のノーベル文学賞受賞なのだから当然といえる。海辺で遊ぶ子ども達を描いた詩であり、詳しいことは忘れてしまったが、広がりと煌めきとが印象的であったことを覚えている。

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2020年5月18日 (月)

これまでに観た映画より(175) 坪田義史監督作品「だってしょうがないじゃない」

2020年5月17日 「仮設の映画館」@京都シネマにて

「仮設の映画館」@京都シネマでドキュメンタリー映画「だってしょうがないじゃない」を観る。坪田義史監督作品。字幕付きでの上映である。

40歳を過ぎてから発達障害に含まれるADHDの診断を受けた坪田義史監督が、やはり発達障害の診断を受けた親戚(再従兄弟とのことだったが後に違うことが判明する)のまことさんとの3年間をカメラに収めた映画である。
まことさんは中学卒業後、溶接工などの職を転々とした後で、二十歳の時に自衛官となるが、ほどなく父親が死去したため、神奈川県藤沢市辻堂にある実家に戻り、以後、40年に渡って母親と二人で暮らしていたのだが、母親も死去。今は障害基礎年金を受け取り、様々な福祉サービスを受けながら一人暮らしをしている。

まことさんは、母親が亡くなってから軽度の知的障害を伴う広汎性発達障害と診断を受けた。叔母さんがまことさんの面倒を主に見ているのだが、診断を受けるには様々な資料が必要だそうで、小学校の通知表などもなんとか探し出したそうである。ちなみにオール1が並んでいるようなものだったらしい。今なら特別学級に通うことになるのだと思われるが、当時は知的障害の認定は可能だったかも知れないが、発達障害は存在すらほとんど知られていなかった時代。知的障害があることは分かっていたのかも知れないが、軽度であるため、「学習に支障なし」とされたのであろう(成績から察するに実際は支障があったと思われる)。

まことさんは、吃音はあるが、言語は明瞭であり、漢字の読み書きなども割合普通に出来る。ということで何の情報もなければ障害者には見えないが、だからこその辛さも経験しているであろう。

 

精神医学は近年、急速に発達しているが、枠組みも変化しており、自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害障害などはより大きな枠組みである自閉症スペクトラムに組み込まれるようになっている。スペクトラム(連続体)という言葉が表している通り、同じ障害であっても症状は人それぞれ違うというのがやっかいなところである。知的障害があるものとないものがあり(知的障害がないものを以前はアスペルガー症候群といっていたが、今ではこの区分は少なくとも積極的には用いられていない)、その他の能力もバラバラである。ただ強いこだわりなど、共通するいくつかの特徴がある。強いこだわりはコレクターという形で現れることが多く、まことさんもフィギュアのコレクションを行っている。また風呂には土曜日にしか入らず、洗濯は水曜にしかしないと決めており、変更を嫌がる。

生まれ育った神奈川県への愛着があるようで、まことさんは毎年、藤沢市を通る箱根駅伝を見に出掛け、地元の神奈川大学(私立で、略称は「じんだい」。優勝経験もある)を応援する。またベイスターズのファンであり、坪田監督と横浜スタジアムに試合を見に出掛ける前にベイスターズのレプリカキャップを購入。その後、ずっと愛用し続けている。これもこだわりであるが、障害故なのかは判然としないところである。

 

「レインマン」という有名な映画があるが、ダスティン・ホフマンが演じているレイモンドも今診断を受けると自閉症スペクトラムになると思われる。レイモンドもこだわりが強く何曜日の何時からどのテレビを見るかを決めており、メジャーリーガーの成績を細部まで記憶しているというマニアであった。ただ、レイモンドは計算能力に秀でたり、驚異的な記憶力や認知能力を誇るサヴァン症候群でもあったが、サヴァン症候群は極めてまれな存在であり、まことさんには人よりも特に優れている部分はないように見受けられる。ということで、計算がうまく出来なかったり、小さな事で悩んだりと余り格好は良くない。自制心に欠けるところがあるため、ビニール袋が風に飛ばされる様をずっと眺めていて(いけないとわかっていてもやってしまうそうである)隣家から苦情を言われたり、エロ本を隠し持っていたことで叔母さんに心配され、怒られたりしている。

 

坪田監督とは良好な関係を築いていたが、ずっと住んでいた実家を手放さざるを得ない状況となる。これまでまことさんを支えてきた親族もみな高齢化し、今後もずっとまことさんの面倒を見るというわけにもいかない。

ということでグループホームに入るという話が出るのだが、変化を嫌がるという性質を持つまことさんは、いい顔をしない。

 

坪田監督は、まことさんの居場所を探し、平塚市にある就労継続支援B型(B型事業所)のstudio COOCAという芸術特化型の施設を見つける。平塚までの送り迎えは自分がやってもいいという。
studio COOCAに見学に出掛けたまことさんと監督であるが、まことさんは入所する気は全くないようだ。

 

その後、日本三大七夕祭りの一つである平塚の七夕祭りに出掛けたまことさんは、その夜、初めてカラオケに挑戦する。予想を遙かに上回る歌唱を披露したまことさん。歌をみんなに聴いて貰いたいという希望が生まれた。

 

といったように概要を述べてきたわけであるが、ドキュメンタリーであるため、「レインマン」のようなフィクションとは異なり、ドラマティックなことは起こらない。ダスティン・ホフマンやトム・クルーズのような男前も登場しないし、レインマンの正体が解き明かされたりもしない。軽い知的障害を伴う発達障害者の姿そのものを映し出すに留まる。そこにメッセージ性があるわけでもない。

だが、この世界に、まことさんは生きている。確実に存在している。上手くいかないことの方が多いが、これまで生きてきて今もいる。何かのためにというわけでもなく。
本来人間というのはそれだけでいいものなのかも知れない。時代と環境とによって規定が変わっていくだけなのだ。

 

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2020年5月17日 (日)

これまでに観た映画より(174) 想田和弘監督作品「精神0」

2020年5月15日 「仮設の映画館」@京都シネマにて

「仮設の映画館」@京都シネマで、ドキュメンタリー映画「精神0」を観る。想田和弘監督作品。プロデューサー:柏木規与子(想田和弘夫人)。

現在、日本中の映画館が臨時休館を余儀なくされているが、その中でも営業的に苦しい運営形式であるミニシアターが共同でWeb上での映画配信を行うのが「仮設の映画館」である。映画の一般料金と同じ1800円をクレジットカードなどで支払い、自分が料金を支払いたい映画館を選択してストリーミングでの映像配信を観るというシステムとなっている。私はそもそもこの映画をここで観る予定であった京都シネマを選択する。京都シネマはこれまでも民事再生法の適用を受けながら営業、つまり倒産はしているわけで、今も資金面ではかなり苦しいはずである。更に近くにある新風館の地下にミニシアターのシネマコンプレックスが誕生する予定であり、先行きはかなり不安である。ただコロナ禍は去ったがお気に入りの映画館が潰れていたということは避けたい。今後も「仮設の映画館」の京都シネマでいくつか作品を観る予定である。

描かれるのは前作「精神」の10年後であるが、今回の主役は精神障害者の方達ではなく、山本昌知医師である。精神障害者に真摯に向き合い、親しく接する山本医師の人物像を掘り下げるということも含めて「精神2」ではなく「精神0」というタイトルになっている。

岡山市。精神科医院「こらーる岡山」の医師である山本昌知も82歳ということで、第一線から退くことになる。現役最後となる講演には山本の評判を聞いて東京から駆けつけた女性からサインを求められるなど、名医としての地位を築いた山本であるが、もう精神科の医師として働ける年齢は過ぎたと悟った(のかも知れない)。

ただ心残りなのは残される患者達である。山本医師の特徴は患者の言葉をよく聞いて、的確なアドバイスを送るというところである。説得力があり、ぬくもりに満ちている。だが少なくとも岡山市内にはそうした医師は他にいない。向精神薬は次々と優れたものが登場しているが、その結果として精神科医は最適な薬を選ぶことを主な仕事とするようになり、患者の話を聞かない医師が増えた。患者の一人は他の病院を受診した時のことを、「散々待たせて1分半で受診が終わり」と不満げに語る。

最初の、「CDを買いたいだとかそういった欲求が抑えられない」という患者に山本医師は、自然に欲求が沸いてくるのはいいことだがゼロになる日をたまに作るといいというアドバイスをする。アドバイスをするだけではなく、精神病者は誰よりも頑張っているというリスペクトも送る。

前作の「精神」で流れたものや、撮られたがカットされて使われなかった映像はモノクロームで映し出される。

想田和弘監督が東京大学文学部宗教学科卒業ということで、山本医師の姿に「膝をつき合わせるようにして弟子や信徒と語った」というブッダや、「共生(ともいき)」を掲げる浄土宗の祖で現在の岡山県出身の法然、その弟子で一人一人と共に悩み共に生きる宗教家である親鸞などを重ねて見ることも出来る。そしてそれは比較的たやすいことなのであるが、「精神0」で観るべきは、おそらくそこではないだろう。

山本昌知医師の奥さんである芳子さん。こらーる岡山で夫を手伝ったりもしていたが、山本昌知が医師ではない一個の人間となる「ゼロの場」である家庭でも共に時を過ごしてきた。山本医師とは中学高校と一緒であったという。10年前にはテキパキ動き、ハキハキと喋る奥さんだった芳子さんだが、高齢ということで無口になり、カメラの前でも所在なげである。撮影を行う想田監督に見当違いな発言をするなど勘違いが増えて、普通の生活を送ることももうままならないようだ。山本医師の引退も芳子さんの現状が絡んでいるように思われる。
芳子さんが学生時代の思い出を語る場面がある。山本医師は学生時代は「勉強がよく出来ない」生徒だったと芳子さんは語り、一方の山本医師は芳子さんのことを成績は一番が指定席のような人と話す。

芳子さんの親友が芳子さんについて話す場面がある。「凄い頭のいい方」だそうで、歌舞伎やクラシック音楽が大好きで、海老蔵(おそらく今の海老蔵ではなく、「海老さま」と呼ばれた先々代だと思われる)の大ファン。更にバブルの頃は夫に内緒で株で儲けたりもしていたそうで、政治面にも明るく、単に聡明なだけでなく多芸多才の女性であることがわかる。家には芳子さんの作った俳句が飾られており、おそらく生まれ持った能力は山本医師よりも上であると思われる。

 

ここから先は、映画には描かれていないが、確実であると思われることを書く。山本医師を作ったのは実は芳子さんなのではないかということだ。山本医師は芳子さんの成績が常に一番であることを知っていた。興味を持っていたのである。クラスのマドンナ的存在だったのかどうかはわからないが、山本医師が芳子さんに憧れを抱いていたのは間違いない。同じ人生を歩む女性の候補と考えてもいただろう。だが、成績優秀な女性を振り向かせるには、こちらも勉強を頑張って認めて貰うしかない。同じ男なのでよくわかる。「勉強が出来ない」と言われていた山本昌知が医師になるだけの学力を付けたのだから、相当努力したことは間違いない。そして結ばれることが出来た。岩井俊二監督の「四月物語」的ロマンティックな話である。映像ではそうしたことは一切語られていないが、それ以外のストーリーはあり得ない。芳子さんがいなかったら、おそらく名医・山本昌知は誕生していなかったであろう。芳子さんいう尊敬出来る女性と出会ったこと、それが山本昌知の医師としてのゼロ地点(起点)であったのだと思う。

ラストシーンで二人はお墓参りに向かう。この日は芳子さんも山本医師と一緒に歌を唄い、よく喋る。高齢と病状のため芳子さんが立ち止まってしまうと山本医師が戻ってきて手を握り、一緒に墓地へと向かう。ずっと手を握り合っている。私の想像は間違っていないと確信する。

 

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2020年5月16日 (土)

これまでに観た映画より(173) 想田和弘監督作品「精神」

YouTubeの有料配信で、想田和弘監督のドキュメンタリー映画「精神」を観る。現在、ミニシアター支援のためにWeb上に設けられた「仮設の映画館」で続編に当たる「精神0」が公開中であるが、それを観る前に前編を観ておこうというわけである。「精神0」が上映される「仮設の映画館」はミニシアター支援が目的であるため、通常料金の1800円が必要だが、YouTubeで配信されている「精神」は300円でレンタルとして観ることが出来る。ストリーミングのみの配信で期限は3日間。ダウンロードする「購入」という手段もあるが、そちらは結構値が張る。

2005年から2007年に掛けての岡山市が舞台。この時点での岡山市はまだ政令指定都市になっていない。

精神科病院「こらーる岡山」。精神科の他に、精神障害者のための事業所や相談所、居場所などが併設されているが、民家を改築したものであり、外観も内装も医療施設っぽさが全くない。院長の山本昌知医師は、精神病者の診察や交流を生き甲斐としており、開業医となってからしばらくは給料も取らずに診察を行っていて、「現代の赤ひげ」とも呼ばれていたそうである。今は給料は10万円ほど受け取っているが、他に年金の収入があるだけで、全く金銭に執着がないようである。

日本は精神病大国なのであるが、精神病者が隔離される場合も多く、多くの人は精神病者の実態について、本当のことは知らないでいる。だから、精神病棟を舞台にして精神病者が襲ってくるという内容のホラーゲームが出来てしまったりするわけだが、外見からではわからない普通に近い人も当然ながら大勢いる。精神病は頭脳のエラーなのであるが、緻密な脳ほどダメージを受けやすく、夏目漱石や芥川龍之介らも精神病には苦しんだ。この映画にも、高校生時代1日18時間勉強する生活を半年続けておかしくなってしまった人や、岡山県随一の進学校である岡山朝日高校で3年間トップの成績を続け、岡山大学医学部に入学するがやはり無理をしすぎて精神的に参ってしまった人が出てくる。彼らは今も投薬の治療を続けてはいるが、エキセントリックではあるが一般的な日本人よりもむしろ知的な印象を受ける。

統合失調症で40年間治療を受けている男性も登場するが、健常者と障害者の間にカーテンがあるだけでなく、障害者同士の間にもカーテンがあると語る。なんとなく避けたり目にしなかったりということであるが、結局のところ互いのことをよく知らずに来てしまっている。男性は健常者であっても完璧な人などいないとわかったということで、健常者とされる人も障害者とされる人もどこかが欠けているわけであり、障害者が健常者の欠けているところを補うという生き方を提案したりもする。

背景として障害者自立支援法の存在がある。自立支援というと聞こえはいいが、「もう国が障害者を保護する金はないから自分で稼いでくれ」ということである。悪いことばかりではなく、これまでは門前払いだった一般就労への可能性が開かれたということもあるのだが、実はこの映画公開から10年後、この岡山県を舞台に一大スキャンダルが起こることになる。

舞台となったのは就労継続支援A型(A型事業所)という組織である。障害者に最低賃金を保障した上で就労訓練を行う施設で、賃金は売上金から出し、スタッフへの収入は給付金という形で国が保証するというシステムであったが、民間企業の参入を許可したことからコンサルタントを介した障害者ビジネスが発生。スタッフの人数や賃金、施設費や障害者の労働時間を抑えることで、稼げる事業がなくても黒字が出せてしまうという、仕組みの盲点を突いたもので、「悪しきA型」と呼ばれた。当然ながら国も給付金から賃金を支払うことを禁じ、結果としていい加減な経営を行っていた事業所は苦しくなり、奇しくも岡山県では大規模A型事業所が閉鎖、経営者は姿をくらまし、雇用されていた障害者は一斉解雇となり、その悪質な手口故に全国紙などでも報じられた。一部の障害者は別のA型事業所に移ったが、そのA型事業所も同様の手口を用いる悪しきA型事業所であったためにすぐに経営破綻、二度続けて解雇になる障害者も現れてしまい、「障害者を食い物にした」ということでテレビのドキュメンタリーで取り上げられたりもした。

この映画はそうした不祥事の起こる10年ほど前の障害者の姿を描いている。映像に映っている数名は映画公開前に他界されたようである。
健常者と障害者が共存するという青写真にはまだまだ遠い。

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2020年5月15日 (金)

これまでに観た映画より(172) 「Ryuichi Sakamoto:CODA」

dTV配信で、ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:CODA」を観る。震災後に癌の宣告を受けた坂本龍一の姿に迫るドキュメンタリーである。監督:スティーヴン・ノムラ・シズル。

宮城県にある農業高校。津波が押し寄せ、周囲には瓦礫以外なにもないという高校の体育館に津波を受けたピアノがあるというので坂本龍一は弾きに出掛ける。調弦は狂い、坂本は「ピアノの死体」を弾いているようだと述べる。

福島の原発近くでは放射能が異常値を示す。首相官邸前では原子力発電所の再稼働反対のデモが繰り広げられ、坂本も「原発反対、再稼働反対」のスピーチを行う。

そして、津波によって街ごと流されてしまった陸前高田市の第一中学校では、「戦場のメリークリスマス」をトリオで奏でる。

 

癌を患うとは全く予想していなかったという坂本龍一であるが、宣告を受け、治療のためにアルバムの制作を中断せざるを得なくなる。そして仕事を再開する時に、それまで作っていた楽曲を封印して一から新しい楽曲を制作することにする。アンドレイ・タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」では、J・S・バッハが作曲したオルガンによるコラールが流れているのだが、自分が音楽を担当したい映画なのに、バッハの音楽がもう付いてしまっているのが悔しいということで、自分がタルコフスキーの架空の映画に音楽を付けるとしたらという仮定で音楽制作が行われる。これは後に「async」というアルバムとなり、少人数の聴衆の前で実演が行われ、このコンサートの様子はフィルムに収められて映画館で上映されていて、私もMOVIX京都で観ている。あるいは、「CODA」と「async」は2つ観ることで完結するものなのかも知れない。

 

坂本の過去の映像も度々登場する。まずYMO散会直後の1984年の映像。若き坂本が「東京は芸術的にも文化的にも世界最先端」と述べているが、その言葉が全く違和感なく受け取られるような時代であった。この頃の日本の未来は明るく見えていた。

その後、坂本が手掛けた映画音楽の数々が紹介される。初めて手掛けた映画音楽で画ある「戦場のメリークリスマス」、俳優としてのオファーが先だった「ラスト・エンペラー」、そしてレコーディング直前に、もうオーケストラ(イギリスのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が演奏を担当している)のメンバーが揃って坂本が指揮しようとしていたその瞬間に、ベルナルド・ベルトリッチ監督から、「書き直して」と言われた「シェルタリング・スカイ」などの思い出が語られる。映画「シェルタリング・スカイ」のラストシーンには原作者である小説家のポール・ボウルズが登場し、「シェルタリング・スカイ」の中に書かれた文章がボウルズ自身によって朗読される。人生の儚さに関する内容だ。

坂本龍一も癌を患い、「いつ死んでもおかしくない」と悟るようになっている。「20年後か10年後か、あるいはもっと早く」ということで、人生がCODA(終結部)に入ったことを実感している。坂本は、この頃に、自身の最初期の作品をCDで発表するなど、いつ死んでもいいよう、自分の作品の何を残すかという総括も行うようになる。

坂本が環境問題に取り組むようになったのは、1992年頃からそうだが、具体的に何がというわけでもないのだが「今のままではまずい」と感じるようになったそうである。音楽家を「炭鉱のカナリア」になぞらえ、とにかく感じたということである。

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生。ニューヨークにいた坂本はワールドトレードセンターのツインビルが崩壊する様を目撃する。その後、1週間、ニューヨークは無音の街になったそうで、ある日、若者がビートルズの「イエスタデイ」を弾き語りしているのを聴いて初めて「1週間音楽を何も聴いていなかった」と気づき、「平和でなければ音楽はやれない」と実感する。

その後、分断の時代が訪れたことを実感した坂本は人類発祥の地であるアフリカに向かう。アフリカ大陸は広いが、そこの音楽は単一のリズムしか持たないそうで、「エクソダス」といわれるアフリカからの旅立ちを行った30組ほどの家族もまた同じようなリズムと音楽しか持っていなかったはずだが、それが次第に発展――といっていいのだと思うが――していくうちに、多様性と同時に引き離される感覚も発生したと思われる。坂本は人類はアフリカで生まれたのだから、「僕らは全員アフリカ人」だとも語る。

更に北極圏に向かった坂本は、産業革命発生以前に積もった氷から流れ出るせせらぎの音に感動する。

坂本は作曲する時に、ピアノの音を思い浮かべて作曲するそうであるが、ピアノという楽器も産業革命の時代に生まれている。木材を鋳型に無理矢理押し込んで曲げて、という過程がピアノ製作にはあるわけだが、自然の木材を人力で抑え込むという過程は、まさに産業革命以降の人間と自然の対立の縮図そのものである。坂本自身はそう語ってはいないが、震災というものも、思い上がった人間への自然からの警鐘でもあるわけで、被災ピアノを弾いた際、「ピアノの死体」といいながらも、人間の力から解放された「自然が調弦した」ピアノを弾いたような心地よさを感じたことを坂本は述べている。

「CODA」は坂本自身の人生のCODAという意味でもあるのだが、更に敷衍させれば人類や地球までもがCODAに入ってしまったのではないかという危機感に繋がっているようでもある。坂本本人の発言を追うと、そう考えているのだと思えてならない。

「惑星ソラリス」で使用されたバッハのオルガンのためのコラールをピアノで弾き、終盤ではバッハの平均律クラーヴィア第1巻よりプレリュードを演奏する坂本。高校生時代に「自分はドビュッシーの生まれ変わりだ」と本気で思っていたという坂本であるが、やはり「音楽の父」としてのバッハを心から尊敬しているのだと思われる。そして「音楽で森羅万象を描いた」といわれるバッハに対する畏敬の念と共感が、そのまま自然に対する思いに繋がっているようでもある。一見するとかけ離れているように見える彼の音楽性と社会活動の根源が、実は同一であることが垣間見える映画でもある。

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2020年3月27日 (金)

これまでに観た映画より(163)「わたしは分断を許さない」

2020年3月23日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「わたしは分断を許さない」を観る。元NHKの堀潤が監督・脚本・編集・ナレーションを務めた作品である。

全世界を覆うようになった分断の影。互い互いを憎み合ったまま相容れない断絶がどこまでも深く足元を流れている。

堀潤が取材を続けていた福島に加え、「時代革命」の嵐が吹き荒れる香港、日本と緊張関係が続く北朝鮮、辺野古問題で揺れ続ける沖縄、内戦の続くシリア、パレスチナ問題の中心地であるガザ地区などの現状がカメラに捉えられる。

 

まずは香港である。1997年の香港の中国返還から50年続くことが保証された一国二制度(一国両制)しかし、返還から20年が過ぎ、香港の自由と民主制度が脅かされているとして若者が立ち上がる。だがそれを取り締まる警察もまた香港人である。
この映画には出てこないが、NHKのドキュメンタリーによると、実は中国による支配を容認する人も実は4割に上るのだそうで、特に高齢の人達は現状に満足しており、若者達に注ぐ視線は冷たいようである。世代間での断絶だ。
街中で若者と警察とが取っ組み合いを行い、ついには警官が発砲。しかし、それを遠くから見ているだけの市民も多いことがさりげなく示されている。静観したい人や政治に興味がない人も当然ながら存在するはずである。

福島。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から8年が経った2019年3月11日。福島県郡山市に復興住宅に暮らす元美容師の元富岡町在住の女性は、震災の日からハサミを握っていない。東京電力から賠償金が支払われたのだが、それが元で近所の居酒屋の亭主やタクシーの運転手から、「あんたらは賠償金貰えていいね」などと毒づかれるようになる。女性も70歳を過ぎ、賠償金よりも何よりも元の暮らしに戻りたいと考えているのだが、金銭という別の問題により、周囲から引き裂かれているような現状がある。

東京出入国在留管理局。日本における難民認定が困難であることが知られているが、認定率はわずか1%ほど。諸外国でも難民の審査は厳しいが、日本は文字通り桁違いである。詳しいことはわからないとしながらも、追われてきた国が日本と友好関係だったりすると、厳しさはより増すようでもある。

沖縄。福島第一原子力発電所の事故の影響を避けるため、子どもと共に茨城県水戸市から沖縄に移住した女性。夫は離婚しているのだが、彼女の沖縄への移住という思い切った行動に、「きちがい女」などとレッテルを貼り、もう茨城県には戻りたくても戻れない状態であるという。
そんな彼女が現在取り組んでいるのが、辺野古への米軍基地移転の問題。実は辺野古に基地が移転して得をするのはアメリカだけだということが、故大田昌秀沖縄県知事の証言によって語られる。

北朝鮮。日本とは国交がなく、今もなお、金一族による王朝のようが体制が敷かれている。
実は10年前からであるが、日本と北朝鮮との学生同士による「日朝大学交流会」が行われている。平壌外国語大学で日本語を学ぶ北朝鮮の若者と日本からやって来た学生達。最初の内は緊張しているが、話が乗り始めると互いに笑顔を見せ合う。

カンボジア。ポル・ポトの独裁と圧政により、国が再建されるのに200年かかるともいわれたカンボジアであるが、そこに中国が進出してくる。カンボジア人で中国の資本進出を喜ばしく思っている人はほとんどいないそうだが、政府は中国にべったりである。中華系市民の発言力や存在感が高まっており、カンボジア人との間の溝は深まるばかりである。

こうした分断であるが、監督の堀は、「主語が大きすぎる」としてより小さな主語、そして一人一人に焦点を当てていく。

個と個の溝であっても、それは深く広い。それぞれに立場が違い、それを譲ることもない。
反核運動によりノーベル平和賞を受賞したヒーローであるバラク・フセイン・オバマ米大統領もパレスチナと対立するイスラエル軍のための資金援助は惜しむことがない。

だがそれぞれが完全にわかり合えないかというと、そう断言も出来ない。異国の人々のために惜しみない援助や救済を行ってくれる人存在する。だが、そうした小さな物語は、声高に叫ばれる声にかき消されてしまう。

その声は誰の声なのだろう。発している当人は、あるいは心からの声だと思っているかも知れない。しかし実はそれはその背後にある大きな物語から抽出されたものでしかない可能性がある。余りにも既視感に満ちている。そしてわかりやすい価値観に基づいているがための危うさが如実に感じられる。ともかく大きな声は誰かの声に乗っかったものである。逆に個々人の声が大きなものになる可能性は実際のところかなり低い。

結局、一人一人と向き合うしかない。それは一大勢力にはなりにくいし、おそらくひどく時間がかかる。大きな物語に乗っていないが故にわかりにくいのだ。だがそれは他の誰かではないオリジナルの声を生み出し、探り当てることの出来る行為である。

元朝日新聞社会部記者の故・むのたけじは、戦中の朝日新聞社の態度について語っている。むのは朝日新聞が戦争に協力したことを恥じ、終戦の日に退社している。
むのによると、大本営発表に加担した朝日新聞は、政府に逆らうと社員の生活が脅かされるとして、検閲の前の事前に3回ほど推敲を重ね、絶対に引っかからない文章にしていたという。憲兵や特高の影を普通は感じるところなのだが、実際はそうではなく、存在するかどうかもわからない影に勝手に及び腰になってしまっていたのだそうだ。

敢えて大きな主語を用いるが、実は、我々は今も、存在しない「何か」や「誰か」に自主的に操られてしまっているのではないか。


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2020年3月19日 (木)

これまでに観た映画より(160) 東京フェルメックス京都出張篇「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」

2020年3月17日 京都シネマにて

京都シネマで、東京フェルメックス京都出張篇「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」を観る。

東京で行われている映画祭、東京フィルメックス。京都を拠点に活動するシマフィルムがスポンサーとして参加したことを機に京都シネマと出町座という京都の2つの映画館でも出張篇として特別上映が行われることになった。

「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」は、現代中国を代表する映像作家であるジャ・ジャンクー(贾樟柯 JIA Zhagke)の中編ドキュメンタリー映画「東」と短編ドラマ映画3本を合わせて行われる上映会である。

まずドキュメンタリー映画「東」。中国現代美術の代表的画家である劉小東(リュウ・シャオトン)を追った2006年の作品。上映時間は66分である。

北京に住んでいた劉小東が三峡にやって来る。発展著しい都市部とは異なり、内陸部にある三峡地区はまだ20世紀の中国の色彩が色濃く残っている。田舎で暮らすにはパワーが必要であるとして、劉は昔習った太極拳に取り組んだりする。
劉小東は制限された中で作品を作り上げるのを得意としている。際限のない自由を求めるような表現はしない。描くべき対象と向き合ってキャンバスを埋めていく。
若い頃は人体から溢れ出るような生命力には気がつかなかったという劉小東。今は体から発せられる活力と切なさを絵に込めるよう心がけているようである。

劉小東は、かつて絵のモデルの一人となり、今は他界した労働者の家族を訪ねる。中国の片田舎に住む、決して洗練されているとはいえない人々であるが、劉小東の余り上質とはいえないプレゼントにも喜ぶなど、人と人との関係は上手くいっている場所のようである。やがて劉小東は、タイのバンコクに向かう。バンコクの日差しに馴染むことが出来ず、タイの自然も理解することは難しいと悟った劉は、屋内でタイの若い女性達に向き合い、大作に挑んでいく。

若い頃の劉は西洋画を学んでいた。ギリシャの絵画などを参考や模範としていた。しかし今は古代の中国、北魏や北斉(葛飾北斎ではない)の絵に惹かれるという。それらの絵はアンバランスであるが、西洋とは違ったパワーが感じられるという。
カメラがモデルの一人の女性を追い(出身地が水害で大変なことになっているようだ。近く戻る予定だそうである)、混沌と熱気に満ちたバンコクの街と夜の屋台街で歌う流しの盲目の歌手の様子などを捉えて作品は終わる。

 

続いて上映時間19分の「河の上の愛情」。2008年の作品である。
「水の蘇州」として知られる蘇州が舞台である。おそらく蘇州大学に通っていた大学の同級生4人が久しぶりに再会するという話である。男性の一人は今も蘇州に住んでいるようだが、もう一人の男性は南京に、女性二人は合肥と深圳に移り住んでいるようである。
蘇州の水路でのシーンが、登場人物の揺れる心を描き出す。今の彼らは別の相手と結婚しているが、昔の恋が再会によって仄かに燃える。それがどこに行くかは示されないままこの短い映画は終わる。

 

「私たちの十年」。2007年の作品で上映時間は10分。どうもコマーシャルとして撮影されたようである。山西省を走る列車の中が舞台。この列車の常連である二人の女性の1997年から2007年までの十年が断片的に描かれる。それはメディアによっても表され、最初は似顔絵を描いたいたのがポラロイドカメラに変わり、最後は携帯のカメラでの撮影となる。若い方の女性は余り生活に変化がないように感じられるが、もう一人の女性は結婚し、出産し、そしておそらく別れを経験している。最初は活気のあった列車内が最後は閑散としているのには理由があるのだと思われるのだが、日本人の私にはいまいちピンとこない。

 

「遙春」。2018年の作品で、ごく最近制作されたものである。上映時間は18分。
いきなりワイヤーアクションのある時代劇の場面でスタートするが、これは日本でいう東映太秦映画村や日光江戸村といったアトラクションパークのシーンであり、舞台は現代の中国である。このアトラクションパークで端役のアクターをしている夫婦が主人公である。夫はやられ役、妻は西太后に仕える清王朝の女官役をしている。

長年にわたり一人っ子政策が行われてきた中国であるが、少子高齢化に直結するということで見直しが行われ、二人までなら生むことが推奨されるようになった。二人の間には中学生になる女の子がいるが、男の子が欲しいという気持ちもある。実は一度、男の子を流産したか堕胎した経験が夫婦にはあるようだ。一人っ子政策推進時代には二人目を産むと罰金が科せられたため、あるいはそういうことがあったのかも知れない。

もうすでに中年に達している二人だが、「映画監督なら38歳は若手、政治家としても若手。相対的なもの。相対性理論。アインシュタイン」という、多分、内容をよくわかってない理論で、息子を作る決意をする。
一人娘を田舎の祖父母に預け、二人は冴えないアトラクションのアクターのままではあるが、再び愛し合う決意をする。それはいわばセカンドバージンの終わりであり、目の前には希望が広がっている。
心の機微を掬い上げるのが、とても巧みな映画監督という印象を受けた。

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2020年3月14日 (土)

これまでに観た映画より(159) 「さよならテレビ」

2020年3月12日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「さよならテレビ」を観る。名古屋にある東海テレビの開局60周年記念ドキュメンタリー番組「さよならテレビ」に映像を追加した上で映画としたものである。テレビ番組「さよならテレビ」は、愛知、岐阜、三重の東海三県のみで放送されたものであるが、放送後すぐに話題となり、番組を録画したDVDが出回ったそうである。

プロデューサー:阿武野勝彦、監督:圡方宏史、編集:高見順、音楽:和田貴史、撮影:中根芳樹。

かつてはメディアの王様であったテレビ。テレビマンのステータスも高く、就職先としても人気であったが、近年、存在感が低下。テレビを持っていないという若者も少なくない。信頼度も著しく低下しており、「マスゴミ」などと軽蔑されることすら少なくない。

とにかくテレビ局の報道部を撮影しようと、東海テレビの圡方らが自局の報道部にカメラを向け、マイクを仕込んだのが2016年の11月。だが、「仕事に集中出来ない」「意図が分からない」「そんなフワッとした理由でやるなよ」「やめろよ! 撮るなよ!」と苦情が出て、いきなりの取材拒否。テレビ局自体はなにげなく人にカメラを向けることはあるのだが、自らのこととなるとそれを拒否する。その後、3つほど条件を付けた上で取材は続行される。
東海地区において東海テレビの視聴率は苦戦中。夕方の報道番組では4位に甘んじている。民放の宿命としてなんとか視聴率を上げなければならないのだが、上手いプランは見つからない。この視聴率至上主義がテレビのメディアとしての信頼を欠く一因にもなっている。

東海テレビの看板である夕方の報道番組のメインキャスターに抜擢されたのが、入社16年目の福島智之アナウンサー。東海テレビは福島アナを前面に押し出した広告も打つ。
実は東日本大震災後の「ぴーかんテレビ」という番組で岩手産米視聴者プレゼントが行われた際、「怪しいお米セシウムさん」などという差別的なフリップが映るという歴史的な放送事故が起こったのだが、その時にキャスターを務めていたのが福島である。福島は「あってはならないことが起こってしまいました」として即座に謝罪したが、「ぴーかんテレビ」は即時打ち切りになり、福島も再度謝罪を行っている。その時のことがトラウマになっているのか、自身も参加した祭りを紹介する際も「手前味噌になるんじゃないか」と弱気を隠すことが出来ない。

さて、放送局にも三六協定を守るよう要請が来る。長時間労働で有名なテレビ局。チームワークでもあり、そう簡単に休みは取れない。ただ注目を浴びる業界でもあるので守らないわけにもいかない。人がいるということで、いい人がいたら契約社員や派遣社員として取ってもいいという案が上から部局長を通して下る。制作会社に勤務する24歳の若手記者、渡邊雅之が派遣社員として採用されるのだが、レポートは不器用、原稿の振り仮名を振り間違えるなど、失敗も多い。1年の契約であり余程の成果を上げないと契約は更新されないのだが、その後も、取材対象との手違いがあるなど、ミスが重なる。

ミスが許されない環境の中で視聴率を争い、数字の取れるセンセーショナルなものを追い続けるという矛盾した状況がテレビ局にはある。センセーショナルであればミスも多くなる。関西テレビの「あるある大辞典」事件が挙げられる場面もある。視聴率を稼ぐために捏造が繰り返された事件だ。関西テレビは放送免許を剥奪されるに至った。

東海テレビのベテラン記者、澤村慎一郎も契約社員である。1年更新であり、「いらない」と言われたらそこで終わってしまうという立場である。澤村は経済系の新聞記者を経て雑誌の編集長となるも上と揉めて退社。滋賀県に地方紙がないことに目を付けて新聞を立ち上げるも半年で倒産。東海テレビの記者となっている。
澤村は共謀罪を濫用した事件に継続した取材を行う。マンションに建設に反対していた男性が共謀罪で逮捕されたという事件である。澤村はメディアの持つ権力の監視役としての立場を重視するのだが、局内に賛同者はほとんどいないようである。

東海テレビの報道部長が「報道の使命」として掲げる項目は3つ。「1,事件・事故・政治・災害を知らせる。2,困っている人(弱者)を助ける。3,権力を監視する」である。

ただ弱者を助けるというからには強者であらねばならず、これが民衆の反発を買うことになっているようにも思える。実際にテレビ局員は高給取りであり、庶民とはかけ離れた存在である。
一方、契約社員や派遣社員が多く、テレビ自身は批判している体制をテレビ局が取っているという矛盾をここでも抱えることになる。

本来は時間を掛けて追求してから伝えるべき内容も、即時性が求められるテレビではすぐに出さなければならない。そのため過ちも多く、テレビは徐々に信頼を失っていったともいえる。

視聴率をより高めるために、夕方のニュースのキャスターを福島アナから高井アナに変えることが決定する。今はテレビは高齢者しか見ない。そこでより年齢の高い高井アナをキャスターに据えることが決まったのだ。福島アナは辞めることが決まってから独自の企画を持ち込むなど生き生きするようになる。責任が軽くなったからだろうか。しかし、そんな中、画像処理が未完成のままの映像がニュースで流れてしまうという事件が起こり、福島アナは再びネットで叩かれることになる。

即時性と正確性が同時に求められるという、極めて高いハードルをクリアしなければならないテレビはマスメディアであるために失敗したときの影響も大きい。そんな中で視聴率至上主義は民放であるが故に否定することは出来ない。本来ならテレビ局員はジャーナリストの集合体であるべきなのだが、現状では数字の取れるトリッキーなことを求めている。ジャーナリストとしてテレビ局に入っても契約社員。一方、テレビ局員として数字の取れる企画が出せれば高給取り。面白さはともかく知が保たれる保証はない。

だが、それもまた、テレビ的に切り取られた物語でしかない。より良い絵を撮るために編集が行われ話が作られ、答えが与えられる。リアルではあるがそれも所詮「テレビ的なリアル」でしかないということ。これがテレビの闇であり限界であるともいえる。

 

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2020年2月24日 (月)

これまでに観た映画より(155) 「プリズン・サークル」

2020年2月19日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」を観る。監督・制作・編集:坂上香、撮影:南幸男、アニメーション監督:若見ありさ、音楽:松本祐一、鈴木治行。
矯正プログラムのある刑務所を題材にした作品である。

舞台となるのは、島根県浜田市にある、島根あさひ社会復帰促進センター。初犯の男性のみを収容する刑務所である。日本の刑務所は収容と懲役を主に担い、矯正のための訓練等は余り行われていないが、島根あさひ社会復帰促進センターはその名の通り、社会復帰を見据えた「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムが実施されている。TCが行われているのは日本でここだけだそうである。
島根あさひ社会復帰センターは、官民協働の刑務所である。受刑者の管理などは公務員である刑務官が担うが、刑務所の警備やTCを含む職業訓練などは民間の企業に勤める人などが行っている。懲役刑を受けている人が大半であるため、労働的な作業(刑務作業)は他の刑務所と同様に行われる。作業中の私語やよそ見も禁止である。だが、それとは別に週3回、TCが行われている。

刑務所にカメラが入ることは難しく、交渉に6年を費やし、撮影中は常に刑務官が横にいること、個人的な接触は禁止(話しかけることも厳禁)、個別の取材は島根あさひ社会復帰促進センターが設定したインタビューのみに限られている。撮影した期間は2年に渡る。

この映画は、アニメーション映像が効果的に用いられており、冒頭から「嘘しかつけない少年」を描いたアニメーションが流れる。いかにも犯罪に行き着きそうな少年を描いた内容であるが、このアニメの本当の意味が後に明かされる。

受刑者の罪状は様々である。詐欺で入った人もいれば、窃盗の常習犯、暴行や強盗致傷(オヤジ狩りなど)、更には強盗致死など人の命を奪ってしまった者も含まれる。刑期にも幅がある。

島根あさひ社会復帰促進センターには多目的ホール(という名称だが開放的なスペースぐらいに捉えるとイメージに合うと思われる)があり、そこでTCが行われる。出所後の就職に結びつくプログラムもあるが、それ以上に重視されているのが、「なぜその罪を犯してしまったのか」に向き合うトレーニングである。これらはアメリカの刑務所で行われており、これらのプログラムを受けた受刑者は、有意に再犯率の減少が見られるという。
撮影後に、受刑者の顔をぼかすなどの編集が加えられており、名前も仮名が用いられている。

窃盗を繰り返していた青年は、小学校低学年の頃から人のものを盗むということが常態化しており、そのことに罪悪感がない。それはある意味、社会への復讐でもあるようで、やられたからやっていいという発想が根底にあるようだ。
そのような発想に至る背景には、やはり幸福とはいえない家庭環境が存在していることが多いようである。両親と過ごした記憶がほとんどなく施設で成長した青年、物心ついた頃には母親は三番目の父親と暮らしており見放された状態で過ごした青年、家庭内暴力の記憶だけが残っている青年など、生まれた家庭に不幸の種があったケースが多い。そのほかにも学校で酷いいじめに遭ったり、日本国籍ではないということで将来を絶望視するしかなかったりと、被害者意識が芽生えやすい環境にあった者が多いことは確かなようである。

ある受刑者は、「マイナスの感情に向き合うのが怖いからごまかして生きてきた」という内容の発言をしている。総じていえることは、彼らには彼ら自身以外の物語に乏しい、もしくは自分自身の物語も上手く描けていないということである。
冒頭のアニメの物語は、受刑者の一人が、「物語を作ってみる」というプログラムの中で作った文章をアニメ化したものである。他者の物語に触れないと想像力が働かないため、自己と他者の区別が上手くいかず、また他者の心を理解することも難しくなる。同じ受刑者と語り合うことで、彼らは他者と、そして自己とも向かい合うようになる。両親との記憶が全くなかった青年も、徐々にその時代のことを思い出していく。

勿論、それで全員が立ち直るというわけではない。出所後に職員や元受刑者らで集まる同窓会のようなものが定期的に行われているが、捕まっていないだけで軽犯罪を繰り返しており、それが犯罪だと自覚していない者の姿もカメラは捉えている。彼は「TCを忘れてしまった」と語る。TCを受けた受刑者の再犯率はその他の刑務所の半分以下となるが、絶対的な効果を持つというほどでは残念ながらない。

 

一人で生きていくのが、普通よりも困難な人々であることは間違いないのだが、それだけに自分だけではない他者の物語に気づかせる重要さが浮かび上がってくる。他者は必ずしも敵ではない。生きる上で必要な誰かと、運悪く出会うことが出来なかった人々の発見と再生の物語でもある。

ちなみに、現在、日本に受刑者と呼ばれる人は約4万人いるそうだが、島根あさひ社会復帰促進センターでTCを受けられるのは40人ほど。圧倒的多数の受刑者は誰の物語にも出会えずに途方に暮れているということになる。

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2019年11月23日 (土)

これまでに観た映画より(142) ポーランド映画祭2019 in 京都 「ワイダ映画学校短編集」

2019年11月18日 出町枡形商店街の出町座にて

午後6時35分から、出町枡形商店街にある出町座で、ポーランド映画祭2019 in 京都 「ワイダ映画学校短編集」を観る。全てジャパンプレミアである。
立誠シネマの後継映画館として2017年に出町に誕生した出町座。訪れるのは初めてである。2階と地下1階に1つずつミニシアターがあり、「ワイダ映画学校短編集」は2階で上映される。

ポーランド映画界を代表する存在だったアンジェイ・ワイダ(1926-2016)が、2002年に創設したアンジェイ・ワイダ映画マイスター学校の生徒が作成した短編映画の上映である。キャストも撮影技術も予想以上にしっかりしている。

上映時間30分の課題作として制作されたうちの3本が上映される。まずは「彼女の事情」。バルテク・コノプカ監督作品。2006年制作。母親が癌で余命幾ばくもないということで、里子に出されそうになったり、社会福祉課に保護されそうになったりする姉弟の話である。長女でサッカーに夢中のインガは、社会福祉課の世話になることを拒み、まずは弟二人(そのうち一人はまだ赤ん坊である)を連れて男友達の部屋に移り、そこから写真でしか見たことのない伯母(母親の姉)を訪ねて、田舎へと向かう。そこから先が見たくなるのだが、30分という制限があるためか(実際の上映時間は39分である)田舎の家の場面で終わってしまう。クローズアップの手法が多用されているのが演出上の特徴である。

2本目は、「ゲーム」という上映時間27分の作品。監督はマチェイ・マルチェノフスキ。2013年の作品である。エレベーターに閉じ込められた男女の心理ゲーム、と見せかけて、実はエレベーターは行き詰まりを迎えた夫婦のメタファーであるらしいことが徐々にわかってくる。ラストには男女を乗せたエレベーターがSF的にいくつも登場し、世界は行き場のない夫婦で溢れていることが示唆される(日本でも夫婦の三組に一組は離婚する時代である)。

3本目はドキュメンタリー映画「ワイダの目、ワイダの言葉」。ワイダと共に仕事をしてきた映画仲間に取材したドキュメンタリー映像にワイダがコメントを加えていくという形で進んでいく。エリザ・クバルスカ他による監督。2014年制作。上映時間25分。
カメラマンがフィルム撮影用カメラを紹介するときに「(クシシュトフ)キェシロフスキが使っていたカメラ」と話しているのは興味深い。カメラマンは、デジタルカメラよりもフィルム撮影用カメラの方を今でも信用しているようだ。
フィルム現像係は、1974年からずっとこの仕事を続けているが、「面白いと思ったことは一度もない」「義務としてやっている」と語ってワイダを失望させている。ワイダはエンドクレジットに全員の名前が載るのは、映画というものは皆で作るものだということの象徴であると考えており、「その中に嫌いで仕事をやっている人間がいるとは」嘆く。「仕事を変えたらどうだい。稼げる仕事なら他にある」という趣旨の発言もしてる。
一方、フィルム編集者の女性は自らの仕事に誇りを持っており、ワイダも嬉しそうである。フィルム編集は今ではフィルム編集者しか行えないが、以前は政治家が口出ししてきて、勝手にフィルムを刻むようなこともあったようだ。
ワイダが「仲間だ」と感じている人は全員、撮影スタッフだそうである。彼らはいつも現場にいて作業をしているため、自然にそうした連帯感が生まれるようである。俳優は作品によって出たり入ったりするため、「仲間」という意識にはなりにくいようだ。
ワイダは撮影所が存在することの重要性を何度も語り、最近は撮影所に活気がなくなってきていることを気に掛けているようだった。

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