カテゴリー「シベリウス」の82件の記事

2020年6月14日 (日)

配信公演 阪哲朗&村川千秋指揮山形交響楽団「山響ライブ第1弾」(文字のみ)

2020年6月13日 山形テルサより配信

午後7時から、クラシック専門ストリーミング配信サービス「カーテンコール」で、山形交響楽団の「山響ライブ第1弾」を視聴。金管パート、木管パート、弦楽パートに分かれての三部構成による演奏である。

曲目は、ジョン・ウィリアムズの「オリンピック・ファンファーレ」、ブルックナーの「正しき者の唇は知恵を語る」、リンドバーガー編曲の「悪魔のギャロップ」と「セルからモースへの結婚行進曲」(以上、金管パート)、リヒャルト・シュトラウスのセレナード変ホ長調(木管パート)、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」とシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」(以上、弦楽パート)。弦楽パートの選曲は、3日前に行われた広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団の配信公演と完全に同じである。

指揮は山形交響楽団首席指揮者の阪哲朗。シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」のみ山形交響楽団創立名誉指揮者である87歳の村川千秋(男性)がタクトを執る。

3月にも山形交響楽団の配信を行ったカーテンコールであるが、3ヶ月の間に配信のための基盤がかなり整ってきているようで(そもそも本格的なサービス開始は今年の秋からであり、今はまだ試験段階である)、音声はハイレゾ配信となり、カメラも3台から6台に増えたそうである。


飯森範親による改革が成功して、「田舎のオーケストラ」というイメージを脱却し、日本を代表するアンサンブルへと成長した山形交響楽団。財政的には厳しいが、新たなる本拠地ホールが完成するなど、更なる飛躍のための足がかりが構築されつある。


まず、山形交響楽団が日本で初めて始めたというプレトークが、指揮者の阪哲朗と山形交響楽団専務理事の西濱秀樹によって行われる。


阪は全編ノンタクトでの指揮、キビキビとした推進力に富む音運びである。山形交響楽団も揃っての演奏は久しぶりのはずで、万全とはいえない部分もあるが、ある程度の精度の高さを維持していることが感じ取れる。

金管の音は輝かしく、ブルックナーの楽曲ではオルガン的な響きを見事に再現してみせる。リヒャルト・シュトラウスが17歳で完成させるという早熟振りを示したセレナード変ホ長調の木管による洒落っ気に飛んだ表現も優れている。


転換を兼ねた20分の休憩時間中に、阪哲朗と西濱秀樹が客席中央通路に出てのトークを行い、更に今日のための撮影された山形の名所案内映像が流れる。阪と女優の永池南津子が、天童市内の温泉旅館やさくらんぼ農園、山寺こと立石寺を訪ねるという内容(麓から立石寺を眺めるだけで上ることはなかった)である。


チャイコフスキーの「弦楽セレナード」。チェロ以外の弦楽奏者はオールスタンディングでの演奏である。ハイレゾであるためか、弦の人数が日フィルよりも多いためか、奏者間をさほど空けていないからか、もしくはその全てか、弦の表情の細やかさや音の広がりは山形交響楽団の方が優れているように感じられる。


村川千秋が指揮するシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」(ティンパニありのバージョン)。村川は指揮棒を持って指揮する。チェロとティンパニ奏者以外はやはり起立しての演奏。清澄な弦の音色が印象的な佳演であった。

演奏終了後、客席に山形交響楽団の管楽器メンバーが現れ、村川を拍手で讃えた。

| | コメント (0)

2020年6月11日 (木)

配信公演 広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団ソーシャル・ディスタンス・アンサンブル 「日本フィル&サントリーホール とっておきアフタヌーン オンラインスペシャル」(文字のみ)

2020年6月10日 東京・溜池山王のサントリーホールからの配信

今日は、広上淳一指揮日本フィルハーモニー交響楽団ソーシャル・ディスタンス・アンサンブル(弦楽合奏)によるサントリーホールからの配信公演「日本フィル&サントリーホール とっておきアフタヌーン オンラインスペシャル」が午後2時からある。休憩なし、上演時間約1時間のコンサート。

e+でのストリーミング配信。事前にチケットを購入し、メールで送られてきたURLで配信画面に飛んで視聴するというシステムである。

今日はテレワークなので、画面を見ながらはまずいが、音を聴きながら仕事は出来るため、午後2時からまず音だけを聴き、その後、アーカイブの映像を確認することにする。配信画像視聴には2種類の券があり、安い方は11日の午後2時まで映像を観ることが出来る。高い券だと比較的長い期間観られるのだが、私は安い券を買う。ちなみにアーカイブ映像視聴のためだけの券もある。


配信公演ということで、事前のアナウンスもホールに流れるが、いつもとは違ったものになっている。


今日の日本フィルハーモニー交響楽団は、ソーシャル・ディスタンス・アンサンブルという名で弦楽のみの編成、それも奏者間を広く空けての演奏である。コンサートマスターは田野倉雅秋。握手などが難しいというので、広上と田野倉は、何度もエアーハイタッチを行う。
管楽器は飛沫感染の危険性の高さを現時点では否定出来ないため、全ての楽器が揃っての演奏はまだ先になるかも知れない。


曲目は、グリーグの「ホルベアの時代から(ホルベルク組曲)」より第1曲“前奏曲”、エルガーの「愛の挨拶」(ヴァイオリン独奏:田野倉雅秋)、ドヴォルザークの「ユーモレスク」(弦楽合奏版)、チャイコフスキーの「弦楽セレナード」

広上淳一はマスクをしての指揮。司会進行役である音楽ライターの高坂はる香もマスクを付けて登場し、コンサートマスターの田野倉雅秋もトークの際はマスクを装着していた。


距離感を空けての演奏であり、通常のプルトでの合奏ではない。フォアシュピーラーは存在せず、その他の楽器も首席が一人だけ前に出て弾き、すぐ横に人がいないよう配慮しての演奏となる。

ということでアンサンブルとして万全とはいかないかも知れないが、久しぶりに日本のオーケストラの演奏を配信で聴けるということで嬉しくなる。


グリーグの「ホルベアの時代から(ホルベルク組曲)」より第1曲“前奏曲”はスプリングの効いた演奏で、躍動感と推進力に富む。日フィルは昔から音の洗練度に関しては東京の他のオーケストラに比べると不足しがちであり、今後も課題となってくるだろう。

演奏終了後に広上と高坂とのトーク。高坂が日本フィルハーモニー交響楽団が演奏を行うのは3ヶ月半ぶり、サントリーホールで演奏会が行われることも約2ヶ月ぶりだと説明。広上は、「ホールがもし言葉を喋ることが出来たら、『久しぶり、よく来たね!』と喜んでくれるだろう」と語る。
「ホルベアの時代から」に関して広上は、ホルベアというのはノルウェー文学の父とも呼ばれる人物で、グリーグにとってはベルゲンの街の先輩でもあった。この曲は元々はピアノ曲で、ヴァイオリンとピアノのための編曲が行われたり、歌詞が付けられて歌曲になったこともあったが、現在では弦楽合奏曲として知られていると語る。


「愛の挨拶」は、エルガーが奥さんとなるキャロラインに求婚した時に送った曲で、広上はキャロライン夫人の内助の功を、「今の大河(広上がメインテーマを指揮している「麒麟がくる」)でいうと、帰蝶のような、お濃さんのような」と例える(エルガーは遅咲きの作曲家である)。

「愛の挨拶」は、田野倉雅秋のヴァイオリンソロと弦楽アンサンブルの伴奏による演奏。少し速めのテンポを取り、愛らしさよりも流麗さを重視する。日本人なのでチャーミングな演奏は照れくさいということもあるのだろう。


ドヴォルザークの「ユーモレスク」は、クライスラー編曲によるヴァイオリンとピアノのデュオ版でも有名だが、今回はソリストを置かずに弦楽合奏版での演奏を行う。ユーモラスな曲想が広上の音楽性にも合っている。
トークで広上は、「ドヴォルザーク先生はヴィオラが得意、ヴィオラ奏者だった。ピアノはあんまり好きじゃなかった」と語るが、ロベルト・シューマンの影響でピアノ組曲を書こうと思い立ち、その7曲目が「ユーモレスク」で、様々な編曲による演奏で親しまれていると語る。


チャイコフスキーの「弦楽セレナード」。西欧ではロマン派全盛の時代となっており、装飾の多い雄弁な音楽が流行っていたが、遙か東方のロシアにいたチャイコフスキーはそれに疑問を感じ、モーツァルトを範とした「虚飾を排し、本質を突く」という意気込みで書いたのがこの「弦楽セレナード」だと語る。実際にパトロンであったフォン・メック夫人にそうした内容の手紙を送っているそうだ。

通常の「弦楽セレナード」よりも小さめの編成での演奏ということもあって、「虚飾を排し、本質を突く」というチャイコフスキーの意図がより鮮明になっているように感じられる。アレクサンドル・ラザレフやピエタリ・インキネンに鍛えられて性能が向上した日フィルであるが、更なる典雅さと優美さも欲しくなる。ただ広上の巧みな棒捌きに導かれて、フル編成でないにも関わらずスケールの豊かさとシャープさを兼ね備えた演奏で聴かせた。


アンコール演奏の前に広上は、「文化はAIやITのような科学文明の進歩とは違った、心を解き明かすもの」と語り、学校教育においては文化が大上段から語られるため誤解されやすいが、人間を人間たらしめている「心」を大切にし、描くものとしてその重要性を説いた。


アンコール演奏は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」(弦楽合奏版)。広上は、日本フィルハーモニー交響楽団の初代常任指揮者で、現在も創立指揮者として頌えられている渡邉暁雄(わたなべ・あけお)が得意としたのがシベリウスだと語り、日フィルの創立記念日が渡邉暁雄の命日(6月22日)であるという因縁も述べる。

音楽が出来るという喜びと、ここから新しい演奏史が始まるのだという高揚感溢れる熱い演奏であった。

| | コメント (0)

2020年5月24日 (日)

コンサートの記(636) アジアオーケストラウィーク2004 岩城宏之指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 伊福部、武満、外山ほか

2004年10月8日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪へ。ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴く。アジアオーケストラウィーク2004のトリを飾る演奏会。チケットはいつもに比べれば安いが、台風が近づいているためか客の入りは良くない。指揮は岩城宏之。

岩城の公演を生で聴くのは2回目。いずれも彼の病気が悪化した後だが、今日も歩みがたどたどしい。

1曲目は伊福部昭の「管弦楽のための日本組曲」。伊福部は北海道生まれの作曲界の重鎮。土俗的な迫力ある作風が特徴。世間一般には「ゴジラのテーマ」の作曲者としての方が有名だ。岩城なかなか好調。

武満徹の「夢の時」。誰が聴いても武満の曲だとわかる曲である。武満の前に武満なく、武満の後に武満なし。武満の曲を聴く機会はコンサートでは意外に少ないが(2004年当時)、ホールが武満色に染まってしまう貴重な時間を体験する。

3曲目は徳山美奈子の「大阪素描」。大阪生まれの女流作曲家の作品。祭りや童謡、民謡などを題材にしており、伊福部に共通するところがあるが、彼女の方が洗練されている。演奏後、作曲者登場。喝采を受ける。


メインはシベリウスの交響曲第2番。岩城とシベリウスという組み合わせは意外だが、相性ははっきり言って良くない。ベートーヴェンの交響曲に対するのと同じようにシベリウスに向かってしまったため、結果として迫力はあるが、曲想をはっきり捉えることが出来なくなってしまっている。
ベートーヴェン的シベリウスというものが成功し得ないことを知る。少し眠たい演奏だった。シベリウスの交響曲第2番を生で聴くのは4度目だが、退屈するのは初めてである。


アンコールは外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」。岩城はこの曲の初演者。ちょっとバランスが悪い気もするが手慣れた演奏となる。迫力も十分であるが、ザ・シンフォニーホールは残響がありすぎて直接音が届きにくい気がする。ラストのパーカションは聴覚的にも視覚的にも格好いい。

この曲の演奏は作曲者である外山雄三の指揮、日本フィルハーモニー交響楽団による演奏が良かった。サントリーホールでの演奏会で聴いたのだが、これはライヴ録音されてCDでも聴くことが出来る。
民謡が露骨に使われているので、「真面目」な評論家からは、「オリエンタリズムの押し売り」などと言われるが、こういう人は西洋の作曲家が西洋の民謡を使って作曲すると絶賛したりするのだ。ただの西洋コンプレックスであるような気がする。

| | コメント (0)

2020年4月13日 (月)

コンサートの記(634) 太田弦指揮 大阪交響楽団第31回いずみホール定期演奏会

2018年10月17日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋のいずみホールで大阪交響楽団の第31回いずみホール定期演奏会を聴く。


午後6時30分開場と、クラシックの演奏会にしては開場時間が遅めなので、大阪城に向かう。山里郭で秀頼公・淀殿自刃の地碑に手を合わせた後、本丸を横切って豊國神社に参拝。鳥居の横の木が何本か倒れているが、台風21号によって倒されたものだと思われる。

大阪城本丸にある大阪市立博物館が内部改修を経てミライザ大阪城としてリニューアルオープンしている。1階にタリーズコーヒーと土産物屋、2階と3階にレストランが入っている。レストランメニューは高そうなので、今日はタリーズコーヒーでブラッドオレンジジュースを飲むに留める。

京橋花月がなくなり、シアターBRAVA!も閉鎖(跡地には読売テレビの新社屋が建設中である)いずみホールも改修工事が行われていたということで、京橋に来る機会が減ってしまっていた。

大阪交響楽団の第31回いずみホール定期演奏会。1日2回同一演目公演であり、昼公演が午後2時開演、夜公演が午後7時開演である。

指揮は今年24歳という、若手の太田弦。

曲目は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:チャン・ユジン)とシベリウスの交響曲第2番。


太田弦は、1994年、札幌生まれ。幼時よりピアノとチェロを学び、東京芸術大学音楽学部指揮科を経て同大学大学院音楽研究科指揮専攻修士課程を修了したばかりである。2015年、東京国際音楽コンクール指揮部門で2位に入り、聴衆賞も受賞している。指揮を尾高忠明、高関健に師事。山田和樹、パーヴォ・ヤルヴィ、ダグラス・ボストックらにも指揮のレッスンを受けている。


いずみホールであるが、大幅改修というわけではないようである。だた、身体障害者用トイレが新設されており、ユニバーサルデザインに力を入れたようだ。


今日のコンサートマスターは森下幸路。ドイツ式の現代配置での演奏である。


チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。
ソリストのチャン・ユジンは、韓国出身の若手女性ヴァイオリニスト。9歳でKBS交響楽団やソウル・フィルハーモニー管弦楽団と共演し、11歳でソロリサイタルを開催という神童系である。2004年にメニューイン・コンクールで3位入賞、2009年のソウル国際音楽コンクールで4位に入り、マイケル・ヒル国際ヴァイオリンコンクールで第2位入賞と聴衆賞を得て、2013年には名古屋で行われた宗次エンジェル・ヴァイオリンコンクールで優勝している。2016年には仙台国際音楽コンクールのヴァイオリン部門でも優勝を果たした。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を十八番としており、「炎のヴィルトゥオーゾ」と呼ばれる情熱的な演奏スタイルを特徴とするそうである。

指揮者の太田弦であるが、童顔であり、十代だと言われても通じそうであるため、見た目はいささか頼りない。全編ノンタクトで指揮する。

独奏のチャン・ユジンであるが、ヴィルトゥオーゾ的な演奏スタイルである。音楽に挑みかかるような演奏を聴かせ、情熱的であるが没入的ではなく、適度な客観性が保たれている。

今日は前から2列目の上手寄り。1列目には発売されていないため、実質最前列での鑑賞である。この席は音が散り気味であり、オーケストラを聴くには余り適していないように思われる。太田は若いということもあって「統率力抜群」とまではいかないようである。


チャンのアンコール演奏は、ピアソラのタンゴ・エチュード第3番。温かみと切れ味の鋭さを共存させた演奏であり、今日の演奏会ではこれが一番の聞き物とあった。


シベリウスの交響曲第2番。太田はやや速めのテンポで演奏スタート。
金管の鳴らし方に長けた指揮者であり、伸びやかで煌びやかな音像を描く。一方で、金管を鳴らし過ぎたためにバランスが悪くなることもある。
若手らしい透明感のある演奏で、ヴァイオリンの響きの築き方などはかなり巧みな部類に入る。そのために影の誇張はなく、第2楽章や第4楽章では単調になる嫌いあり。
第4楽章でもクライマックスで音が飽和してしまい、音型が確認出来なくなったりしたが、ラストのまさにオーロラの響きのような音色の豊かさは印象的である。二十代前半でこれだけのシベリウスを聴かせられるなら将来有望だと思われる。

拍手に応えた太田は、最後は総譜を閉じて「これでおしまいです」と示してコンサートはお開きとなった。


大阪交響楽団のパンフレットは、月1回の冊子という、NHK交響楽団や読売日本交響楽団と同じスタイルを取っているが、ミュージック・アドバイザーの外山雄三の回想が連載されているなど、興味深い内容の記事が多い。

| | コメント (0)

2019年12月 7日 (土)

イン・メモリアム マリス・ヤンソンス ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 「悲しきワルツ」

先月、フェニーチェ堺で行われたパーヴォ・ヤルヴィ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の来日演奏会のアンコール曲としてこの曲を聴いているのですが、それから一月も経たないうちに、こんな形で耳にするとは思ってもいませんでした。

| | コメント (0)

2019年10月17日 (木)

2346月日(17) ラボカフェ「社会と表現の相互作用-フィンランド近現代史と陶芸」

2019年9月16日 京阪なにわ橋駅アートエリアB1にて

午後2時から、京阪電車なにわ橋駅アートエリアB1で、ラボカフェ「社会と表現の相互作用-フィンランド近現代史と陶芸」を聴く。すぐそばにある大阪市立東洋陶磁美術館で開催されている「フィンランドの陶芸 芸術家たちのユートピア-コレクション・カッコネン」との連携プロジェクトである。ゲストは、石野裕子(国士舘大学文学部史学地理学科准教授)と宮川智美(大阪市立東洋陶磁美術館学芸員)。カフェマスターは、當野能之(大阪大学言語文化研究科講師)。

石野裕子は、フィンランド史が専門。フェリス女学院大学文学部を経て、津田塾大学大学院国際関係学研究科博士課程単位取得退学後に博士号取得。中央公論社から『物語 フィンランドの歴史』を上梓している。

 

日本で北欧関係というと、東海大学の文化社会学部に北欧学科(旧文学部北欧学科。その前は文学部北欧文学科であった)があるだけであり、フィンランド語を専攻できるのもここが唯一。専門家を生み出す課程自体は少ないということで、日本では一般に北欧のイメージは良いが、北欧の歴史や文化までもが熟知されているというわけではない。

カフェマスターの當野能之が所属している大阪大学言語文化研究科は、外国語学部の研究科で、大阪大学の外国語学部は大阪外国語大学時代から日本で最も多くの言語を教える外国語学部であったが、スウェーデン語専攻はあるものの、フィンランド語のコースは残念ながらないそうである。フィンランド語は他のヨーロッパ言語とは異なる構造を持つことで知られている。

 

まず石野裕子によるフィンランド現代史の概説が述べられ、次いで宮川智美による大阪市立東洋陶磁美術館で開催中の「フィンランドの陶芸 芸術家たちのユートピア-コレクション・カッコネン」展示作品の解説がある。

フィンランドは約600年に渡ってスウェーデンの統治下にあり、公用語はスウェーデン語だけで、フィンランド語は農民達が話す言葉であった。支配層はスウェーデン系が多く、スウェーデン語が話されていた。それが1809年にスウェーデンとロシアの間で2度目の戦争があり、ロシアが勝利して、フィンランドはロシアに割譲される。ここにフィンランド大公国が生まれ、フィンランドはロシアの中の一国となる。フィンランド大公はロシア皇帝が兼任しており、独立を果たしたわけではなかったが、フィンランド人による自治が認められ、やがて公用語にフィンランド語が加わることになる。
その後、アレクサンドル2世の時代にフィンランドの自由化があり、フィンランドは「自由の時代」を迎えるが、アレクサンドル2世が暗殺され、ドイツの台頭が顕著になると、ロシアはフィンランドへの締め付けを強化し始める。エートウ・イストの風刺画「攻撃」が描かれたのがこの頃だそうだ。

1917年にロシアで2月革命が起こると、フィンランドは同年12月6日に独立を宣言する。だが、そのまますんなりとは進まず、親ソ連派の赤衛隊と親ドイツ派の白衛隊に分かれて内戦が起こり、白衛隊が勝利したが、フィンランド人同士での殺し合いが発生し、約3万人が犠牲になったという。
更に第二次世界大戦ではソ連と戦い、冬戦争と継続戦争という2度の戦いにいずれも敗北(2つの戦争は日本の人気漫画に出てくるそうで、若い人の間では知名度が高いそうだ)。フィンランドはカレリア地方を含む国土の10分の1を失い、多額の賠償金を支払うことになる。
フィンランドが世界に復興を示すのは、1952年のヘルシンキ・オリンピックを待たなければならなかった。ちなみに1940年の東京オリンピックが返上された時、次点であったヘルシンキが開催地に決まったが、大戦が始まってしまったため中止となっている。1940年のヘルシンキ・オリンピックのためにデザインされたポスターは、1952年のヘルシンキ・オリンピックのポスターとして年号だけ変えて使用されたそうである。

 

宮川智美によるフィンランド陶芸の解説。ラボカフェの最初の挨拶で、當野能之がフィンランドの陶芸について、「(イメージと違って)意外だった」と述べていたが、大阪市立東洋陶磁美術館の「フィンランド陶芸」に並ぶ作品は、バラエティに富み、「フィンランドのデザイン」と聞いて思い浮かべるすっきりとしたものもあるがそうでないものも多い。
ただ、まずはもう一つの展示であるマリメッコについてから。フィンランドを代表するテキスタイルブランドのマリメッコ。「マリのドレス」という意味だが、マリというのは、創設者の一人であるArmi Ratiのファースネームの綴りを変えたものに由来しているという。ジャクリーヌ・ケネディなどがマリメッコの衣装を愛用したことで、「知識人のユニフォーム」と言われた時代もあったようである。

そしてフィンランドの陶芸史。
フィンランドの陶芸に偉大な足跡を残している人物は二人いる。アルフレッド・ウィリアム・フィンチとクルト・エクホルムであるが、二人ともフィンランド人ではない。フィンチはイギリス系両親の下、ベルギーに生まれ育ち、ベルギーで画家として活動した後に陶芸にも乗り出し、実践的な芸術運動であるアーツ・アンド・クラフト運動に乗る。やがてフィンランドに招かれ、1897年に設立されたアイリス工房で陶芸を指導。アイリス工房自体は5年の歴史しか持たずに閉鎖されてしまったが、1900年のパリ万国博覧会のフィンランド館にアイリス・ルームなる展示を行い、評判を呼んでいる。アイリス工房閉鎖後は、フィンチはアテネウム(工芸中央美術学校)の教師となり、後継者の育成に尽力。フィンランドを代表する陶芸作家達を生み出していった。
クルト・エクホルムは、スウェーデン出身。ストックホルムで陶磁器デザインを学び、ヘルシンキのアラビア地区に生まれたアラビア製陶所を率いて活躍していく。クルト・エクホルムは陶芸作家でもあったが、批評家としても活動し、実績を残しているようだ。
スウェーデンの陶芸会社であるロールストランド製陶所が税制優遇のためにヘルシンキに作ったのではないかといわれるアラビア製陶所。エクホルムはこの製陶所美術部門のディレクターとなる。ここに所属する陶芸作家達は、社員ではあるが、製陶所の売り上げに繋がる作品を制作するよりも、個々の個性に根ざした作品を作ることが奨励されるという恵まれた環境にあった。社員に女性が多かったのも特徴である。フィンランドでは昔から女性の地位は諸外国に比べて高かったようである。
ただ、アラビア製陶所の作風は凝っていたため、「ライオンとコーヒーカップ」論争というものが起こり、陶器はもっと実用的なものであるべきだという立場の人々からは「ボタンホールの飾りに過ぎない」と批難された。これを受けて、機能主義的な作品を生み出していったのがカイ・フランクらである。カイ・フランクの作風などはシンプルですっきりとしていてそれでいてチャーミングというアルヴァ・アアルトに代表されるいわゆる北欧デザイン的な特徴が表れている。ただ、カイ・フランクらの作風だけがフィンランド陶芸ではなく、もっと多様性を持つのがフィンランド陶芸なのだそうだ。

 

再び、石野裕子による講義「19世紀フィンランドの芸術とナショナリズム」
アレクサンドル2世時代にフィンランド語が公用語となったとき、人々はフィンランド人のアイデンティティを求めるようになる。「もうスウェーデン人ではない。ロシアン人にもなれない。ならばフィンランド人で行こう」という言葉と共に、ナショナリズムが勃興する。
フィンランド的なるものを追求した時に注目されたのだが、叙事詩「カレワラ」である。スウェーデン系フィンランド人であるシベリウスも「カレワラ」を題材にした「クレルヴォ」交響曲を書き、同じくスウェーデン系フィンランド人の画家であるアクセリ・ガッレン=カッレラは「カレワラ」を題材にした絵画を制作している。

一方、文学の方は、ルーネベリとトペリウスというスウェーデン系の作家が生まれた。ただ当然ながら、スウェーデン語での文学であり、フィンランド語による本格的な文学の誕生は、フランス・E・シッランパーの登場を待たねばならなかった。

それまでスウェーデンとロシアという二つの大国の間に押し込められてきた感のあったフィンランドに、「ヨーロッパの一員となりたい」という希望が生まれ、「ヨーロッパへの窓を開けよ」を合い言葉に、松明を掲げる者たちと呼ばれた人々が勢いを増す。ヨーロッパの文化が盛んに取り入れられるようになるのだが、当時の、特にフランスではジャポニズムが流行っており、フィンランドの画家達もそれを間接的に受け入れて、「カレリア」の挿絵を浮世絵の手法を入れて描いたりしているそうである。
この頃、フィンランドは右傾化し、男子学生は「大戦で奪われたカレリアを取り戻せ」としてカレリア学徒会に参加、女子学生は「良き家庭」を理想としたロッタ・スヴァルトという保守的団体にこぞって加入する。
こうしたナショナリズムは言葉と密接に関係しているが、言葉を用いない陶芸や絵画はそれにとらわれない自由さがあり、ナショナリズムでひとくくりには出来ないというのが石野の意見のようである。

フィンランドは人口が約500万人と少ないので個を大切にする教育が行われており、またフィンランドに限らず北欧全体にいえることだが、芸術への手厚い保護があり、例としてシベリウスが若い頃から生涯年金を貰っていたという話をする。アラビア製陶所も企業ではあるが、売れ線のものを作らずに個性を発揮させることが許されていた。そのため、バラバラな個性の陶芸が生まれたのではないかというのが石野の想像のようである。

フィンランド的なデザインとしてよく挙げられるアルヴァ・アアルトとの関係であるが、二人とも建築やデザインは専門ではないのでよくわからないとしていたが、カイ・フランクなどは多分にアアルト的であり、人間の自然にフィットしているように感じられる。これはシベリウスの音楽にも共通することである。

 

思えば、私がシベリウス以外でフィンランドについて注目したのは、ヘルシンキ大学の学生だったリーナス・トーバルズが、UNIXをベースとして生み出したLinuxが初めであった。Linuxは個々が自由に改良できるオープンソースOSであり、個性や多様性を許したプログラムである。また汎用性豊かという意味で極めて機能的である。Linuxがフィンランド的なるものに根ざしているのかどうかはわからないが、少なくとも「発想」に関してはフィンランドのような歴史を持つ国からでないと生まれないような気がする。

Dsc_7446

| | コメント (0)

2019年7月10日 (水)

コンサートの記(574) 新田ユリ指揮愛知室内オーケストラ第23回定期演奏会 フィンランド公演壮行演奏会

2019年7月3日 名古屋・伏見の電気文化会館ザ・コンサートホールにて

名古屋へ。午後7時から伏見にある電気文化会館ザ・コンサートホールで愛知室内オーケストラの第23回定期演奏会を聴くためである。指揮は常任指揮者の新田ユリ。愛知室内オーケストラはこの夏、フィンランドで行われる音楽祭に参加する予定で、今回の定期演奏会はフィンランド公演壮行演奏会を兼ねている。

愛知室内オーケストラ(Aichi Chember Orchestra,ACO)は、2002年に愛知県立芸術大学出身の若手演奏家によって結成されている。現在は愛知県を中心とする東海地方在住の音楽家がメンバーとなり、2011年に一般社団法人化。当初、名古屋市天白区に置かれた事務所は一時、愛知県立芸術大学のある長久手町に移っていたが、2015年に名古屋の繁華街である栄に設けられ、同年には新田ユリを常任指揮者として招いている。2016年に名古屋市芸術賞奨励賞を受賞。

新田ユリは、シベリウスを始めとする北欧もののスペシャリストとして知られる指揮者。シベリウス作品に特化したアマチュアオーケストラであるアイノラ交響楽団の正指揮者であり、現在は日本シベリウス協会の第3代会長も務めている。国立音楽大学を卒業後、桐朋学園大学ディプロマコース指揮科に入学。尾高忠明、小澤征爾、秋山和慶、小松一彦に師事。1990年のブザンソン国際指揮者コンクールでファイナリストに残り、91年の東京国際音楽コンクール指揮部門では2位に入っている。2000年から2001年に掛けて文化庁芸術家在外研究生としてフィンランドに留学し、ラハティ交響楽団でオスモ・ヴァンスカのアシスタントとなって研修に励んでいる。

 

曲目は、シベリウスの「カッサツィオーネ」、芥川也寸志の「弦楽のための三章(トリプティーク)」、シベリウスの交響曲第4番。

 

午後6時30分から新田ユリによるプレトークがある。途中で愛知室内オーケストラのヴァイオリン奏者でACO理事の一人でもある岩月茉那もトークに加わりフィンランドツアーの意気込みなどを語る。
愛知室内オーケストラでは、シベリウスの管弦楽曲を取り上げたことはあるが、交響曲をやるのは今回が初めてとなるそうだが、よく演奏される交響曲第1番や第2番は編成も大きくないと骨格がはっきりわからないということで、室内楽的な響きの曲として第3番と第4番が候補に上がり、第4番が残ったそうである。
シベリウスの交響曲第4番は日本で取り上げられる機会は余り多くないが、フィンランドでは「シベリウスのみならずフィンランド音楽の神髄」と捉えられているそうで、フィンランドに留学した際にも、「ユリさん、シベリウスの何を知っていますか? (交響曲)第1番や第2番だけでは駄目ですよ」と何度も言われたそうだ。フィンランドではシベリウスの交響曲第4番と第7番を研究すると良いとアドバイスを受けたという。

 

シベリウスの「カッサツィオーネ」。作品ナンバーは6であり、交響曲第2番と第3番の間の時期に書かれている。1904年に初演されたが、翌年に小規模オーケストラのための編曲が施され、今回演奏されるのはその1905年の版である。その後も改訂を加えられるはずだったが、結局果たされることはなく、作曲者の生前にはスコアは出版されなかった。

ウィーン留学時代にブルックナーの作品に感銘を覚え、ウィーン音楽院の教授だったブルックナー本人から直接教えを授かろうとして叶わなかったというエピソードを持つシベリウス。「カッサツィオーネ」は、弦のトレモロに乗って管が浮かび上がるというブルックナースタートによく似た始まり方であり、影響が聞き取れる。
旋律がはっきりしていた頃の作品であり、シベリウスの醍醐味からは遠いが、独特の響きにはその個性がはっきり刻印されている。

ザ・コンサートホールは、日本で初めて室内楽の演奏に特化して設計されたホールであり、響きがかなりクッキリしていて美しい。室内楽専門ホールということで管のソロは輪郭がはっきり浮かび上がるが、シベリウスのオーケストラ曲をやるには響きがリアル過ぎるかも知れない。フォルテになるとすぐに飽和状態になるため、音のバランス作りも難しそうである。
ステージが狭いため、第1ヴァイオリン6、第2ヴァイオリン5という編成にも関わらずギッシリで、コンサートマスターの平光真彌は登場する際、ステージ前方の狭いスペースを綱渡りでもするようにソロリソロリと歩んでいた(後半は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの間を歩いて席に向かった)。
ホールに指揮台は備えられているようだが、新田ユリは指揮台を使わず、ステージ上に直接立って指揮を行う。

 

芥川也寸志の「弦楽のための三章」。芥川也寸志の父親である芥川龍之介は、ストラヴィンスキーなど当時のロシア前衛音楽の愛好家だったそうで、也寸志も幼い頃から父が遺したSPなどを聴いて育ち、長じてからはショスタコーヴィチなどのソビエト音楽家の紹介者としても活動するようになる。
「弦楽のための三章」は、古典的なフォルムと鋭い響きを併せ持つが、聴いているうちに「日本版『古典交響曲』みたいだな」という印象を受ける。ソビエト音楽に詳しい芥川がプロコフィエフの「古典交響曲」の日本版を試みたとしても別に不思議ではない。

ザ・コンサートホールの響きは美しいのだが、美しすぎて腹に響くようなところがないため記憶に残りにくいという難点がある。

 

シベリウスの交響曲第4番。音がヒンヤリとしており、ホール内の温度が本当に下がったように感じられる。
第1楽章のいいところで木管のミスがあり、感銘が下がってしまったの残念だが、全体的にはシベリウスの音楽性を存分に表現出来ていたように思う。半音ずつ上がっていく音階からシベリウスの苦悩と呻吟が痛いほど伝わってくる。
第4楽章のグロッケンの場面ではグロッケンシュピールを採用。流石にザ・コンサートホールでチューブラーベルは無理だろう。

 

アンコールとしてシベリウスの組曲「クリスチャンⅡ世」よりミュゼットが演奏された。

Dsc_6922

 

| | コメント (0)

2019年5月 5日 (日)

コンサートの記(556) パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア・フェスティバル管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年4月28日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア・フェスティバル管弦楽団の演奏会を聴く。

エストニア・フェスティバル管弦楽団は、パーヴォ・ヤルヴィが創設したオーケストラである。
エストニアの保養地・避暑地であるパルヌで毎年行われる音楽祭のレジデンスオーケストラであり、2011年にパーヴォが父親であるネーメ・ヤルヴィと共にパルヌ音楽祭の指揮マスタークラスを始めた際に結成された。メンバーのうち半分はエストニアの若い音楽家、残りの半分はパーヴォが世界中から集めた優秀な音楽家たちであり、教育的な面と表現拡大の両面を目指しているようである。

 

曲目は、ペルトの「カントゥス ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」、シベリウスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:五嶋みどり)、トゥールの「テンペストの呪文」、シベリウスの交響曲第2番。

 

午後2時15分頃からプレイベントがある。ナビゲーターはソリストの五嶋みどり(MIDORI)。
黄色いTシャツで登場した五嶋みどりは、プレイベントの説明と、エストニア・フェスティバル管弦楽団の簡単な紹介を行った後で、エストニア・フェスティバル管弦楽団の女性ヴァイオリニスト、ミーナ・ヤルヴィと二人でプロコフィエフの2つのヴァイオリンのためのソナタハ長調より第2楽章を演奏する。今日は2階の最後部の席で聴いたのだが、ヴァイオリンの音がかなり小さく感じられ、当然ながらフェスティバルホールが室内楽には全く向いていないことがわかる。

続いて、エストニア・フェスティバル管弦楽団の創設者兼音楽監督で今日の指揮も務めるパーヴォ・ヤルヴィに五嶋みどりが話を聞く。
パーヴォはまずエストニアの紹介をする。人口150万ぐらいの小さな国だが、音楽が重要視されていること、優れた作曲家や音楽家が大勢いること、自分は17歳の時にエストニアを離れてアメリカで暮らしてきたが、人からエストニアについて聞かれるうちに、エストニアの音楽親善大使になる団体を作りたいと思い、エストニア・フェスティバル管弦楽団を創設したことなどを語る。
エストニアの音楽文化のみならず、バルト三国やポーランド、フィンランド、スウェーデン、ロシアなどとも互いに影響し合っており、そのことも表現していきたいとの意気込みも語った。
パルヌはフィンランドの温泉のある保養地で、パーヴォの父親であるネーメもそこに家を持っていて、パーヴォはショスタコーヴィチやロストロポーヴィチなどとパルヌのヤルヴィ家で会っているそうである。

最後は、エストニア・フェスティバル管弦団のヴィオラ奏者である安達真理に五嶋が話を聞く。安達がステージに出ようとする際に誰かとじゃれ合っているのが見えたが、パーヴォが「行かないで」という風に手を引っ張ったそうで、五嶋は「今のはマエストロのエストニアンジョークですか?」と聞いていた。
エストニアの首都タリンについては、安達は「可愛らしい、可愛らしいなんて軽く言っちゃいけない悲しい歴史があるんですが、古き良きヨーロッパが凝縮されているような」街で、ヨーロッパ人からも人気があるそうだ。パルヌ(五嶋みどりは「ペルヌ」と発音。おそらく「パ」と「ペ」の中間の音なのだろう)にはビーチがあるのだが、「サンフランシスコのビーチのようなものではなくて、わびさびというか」と思索に向いた場所らしいことがわかる。
プレイベントの締めくくりは、五嶋と安達によるヴァイオリンとヴィオラの二重奏。モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲変ロ長調より第1楽章が演奏された。

 

ヴァイオリン両翼の古典配置による演奏である。ティンパニは上手奥に陣取る。

 

ペルトの「カントゥス ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」。
エストニアのみならず世界を代表する現代作曲家の一人であるアルヴォ・ペルト。ロシア正教の信者となってからは強烈なヒーリング効果を持つ作品を生み出し、1990年代にはちょっとしたペルトブームを起こしている。
タイトル通り、ベンジャミン・ブリテンへの追悼曲として作曲された、弦楽オーケストラとベルのためのミニマル風作品である。
冒頭の繊細な弦のささやきから魅力的であり、色彩と輝きと光度のグラデーションを変えながら音が広がっていく。あたかも音による万華鏡を見ているような、抗しがたい魅力のある作品と演奏である。エストニア・フェスティバル管弦楽団の各弦楽器の弓の動き方など、視覚面での面白さも発見した。

 

シベリウスのヴァイオリン協奏曲。
ソリストの五嶋みどりは、ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団と同曲をレコーディングしており、歴代屈指の名盤に数えられている。
五嶋のヴァイオリンであるが、集中力が高く、全ての音に神経が注がれて五嶋独自の色に染まっていることに感心させられる。全ての音を自分のものにするということは名人中の名人でもかなり難しいはずである。
第3楽章における弱音の美しさもそれまで耳にしたことのないレベルに達していた。
パーヴォ指揮のエストニア・フェスティバル管は表現主義的でドラマティックな伴奏を繰り広げる。音の輝きやニュアンスが次々と変わっていくため、シベリウス作品に似つかわしくないのかもしれないが、面白い演奏であることも確かだ。

五嶋みどりのアンコール演奏は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番からサラバンド。まさに音の匠による至芸であり、バッハの美しさと奥深さを存分に伝える。

 

トゥールの「テンペストの呪文」
トゥールは1959年生まれのエストニアの作曲家。パーヴォの3つ年上である。1979年にプログレッシブ・ロックバンドバンドIn speで注目を集めており、リズミカルな作風を特徴としている。パーヴォはトゥール作品のCDをいくつか出している。
「テンペストの呪文」は、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」に影響を受けて書かれたもので、2015年にヤクブ・フルシャ指揮萬バンベルク交響楽団によって初演されている。煌びやかにしてプリミティブな音楽であり、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に繋がるところがある。パーヴォは打楽器出身ということもあってリズムの処理は万全、楽しい演奏に仕上がる。

 

メインであるシベリウスの交響曲第2番。全編を通して透明な音で貫かれる。
パーヴォがかなりテンポを動かし、即興性を生んでいる。パーヴォは音のブレンドの達人だが、この曲ではあたかも鉈を振るって彫刻を行うような力技も目立つ。ゲネラルパウゼが長いのも特徴だ。
「荒ぶる透明な魂の遍歴」を描くような演奏であり、第4楽章も暗さは余り感じさせず、ラストに向かって一直線に、時には驚くほどの速さによる進撃を見せる。
終結部はなんとも言えぬほどの爽快さで、フィンランドと人類の魂の開放が謳われる。

 

アンコールは2曲。まず、パーヴォの定番であるシベリウスの「悲しきワルツ」が演奏される。今日も超絶ピアニシモが聞かれた。

アンコールの2曲目は聴いたことがない作品。アルヴェーンの「羊飼いの娘の踊り」だそうである。弦楽による民族舞踊風の音楽が終わった後で拍手が起こったが、パーヴォは「まだまだ」と首を振って、オーボエがリリカルでセンチメンタルな旋律を歌い始める。
その後、冒頭の民族舞踊調の音楽が戻ってきて、ノリノリのうちに演奏を締めくくる。爆発的な拍手がパーヴォとエストニア・フェスティバル管を讃えた。

Dsc_6479

| | コメント (0)

2019年1月28日 (月)

コンサートの記(516) 藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団第235回定期演奏会

2012年2月3日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで関西フィルハーモニー管弦楽団の第235回定期演奏会を聴く。今日の指揮は首席指揮者の藤岡幸夫(ふじおか・さちお)。
「藤岡幸夫のシベリウス・チクルス第1夜」と銘打たれた公演である。藤岡幸夫は、日本におけるシベリウス演奏の権威であった渡邉暁雄(わたなべ・あけお)の弟子であり、シベリウスを得意としている。


曲目は、ブラームスのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏・小山実稚恵)、吉松隆の「朱鷺(トキ)によせる哀歌」、シベリウスの交響曲第7番。


午後6時40分頃から藤岡幸夫によるプレトークがある。
普段は関西フィルの事務局員の人が出てきて、指揮者と二人でプレトークを行うのだが、今回から指揮者一人によるプレトークとなったようである。藤岡も「普段なら横に暴走を止めてくれる人がいるのですが」と言って笑わせる。

藤岡は、演奏会が「藤岡幸夫のシベリウス・チクルス第1夜」と書かれているのに、年に交響曲1曲の演奏ペースであることについて、「(まとめて)チクルスでやってもいいのですが、それだとシベリウス好きの人しか聴きに来ないので、お客が入らない」と説明する。音盤においてはシベリウスの交響曲全集はリリースラッシュであるが、それが演奏会のプログラムに反映されるまでには時間がかかる。マーラーやブルックナーも何だかんだで30年ぐらいかかっているから、シベリウスの交響曲が演奏会の王道になるのは今世紀の中頃になるだろうか。ただ、東京ではピエタリ・インキネン指揮によるシベリウス交響曲チクルスがある。東京ではこれまでも何度もシベリウス交響曲チクルスは行われており、シベリウスの交響曲がプログラムの定番として根付くのは関西よりも東京の方が早くなるだろう。

吉松隆について藤岡は「イギリスに留学する時に(藤岡は慶應義塾大学卒業後、英国の王立ノーザン音楽大学指揮科で学んでいる)、日本の現代音楽のCDを沢山持っていきまして、それまで吉松隆という名前さえも知らなかったのですが、『朱鷺によせる哀歌』を聴いて、この人に音楽人生の全部を捧げるのは勿体ないけれども(客席からささやかな笑いあり)、半分ぐらいは捧げていいのではないか」と惚れ込んだことを語る。また吉松隆が「シベリウスの交響曲第6番を聴いて作曲家になりたいと思った人」であることも紹介する。

アメリカ式の現代配置による演奏である。


ブラームスのピアノ協奏曲第1番。ソリストの小山実稚恵は、情熱的なピアノ演奏を展開する人。今日も出だしこそクールであったが、次第に高揚していき、情熱を鍵盤に叩きつけるような激しい演奏になる。それでいて乱暴に感じさせないところが流石でもある。日本人の「ピアノの女王」といえば、現時点では、海外生活の長い内田光子は別格として、中村紘子や仲道郁代ではなく小山実稚恵であろう。
藤岡の指揮する関西フィルもしっかりとした伴奏を行うが、弦の音色がブラームスをやるにはあっさりしすぎており、オーケストラとしての機能にも問題が感じられる。


弦楽とピアノによる、「朱鷺によせる哀歌」。この曲でも関西フィルの弦楽器には「非力」を感じたが、音色は美しく磨かれ、なかなか充実した演奏になっていたと思う。


メインである、シベリウスの交響曲第7番。いいところと悪いところが混在した出来であった。藤岡の指揮にあっさり流しすぎの所と、各楽器を丁寧に塗り重ねた部分との差があったし、関西フィルの音色も「神秘」を感じさせるまでには至らなかった。ただ優れた箇所はいくつもあり、ホール上方にオーロラが揺れる場面が現出したような、抜群の雰囲気作りを見せたパッセージがあったのも事実である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月15日 (火)

コンサートの記(507) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第447回定期演奏会

2011年4月15日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪まで出かける。大阪フィルハーモニー交響楽団の第447回定期演奏会があるのだ。午後7時開演。今日の指揮者は音楽監督の大植英次。大阪フィルの音楽監督としてのラストシーズン、定期初登場である。

曲目はレナード・バーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」(ピアノ独奏:小曽根真)とシベリウスの交響曲第2番。


演奏前に、大植英次がマイクを持って登場して東日本大震災に哀悼の意を示し、災害の時に音楽を奏で続けて亡くなった例があり、それがタイタニック号沈没の時の楽士達だったと述べる。大植はコンサートマスターの長原幸太に指示して、指揮者なしでタイタニック号沈没の際に楽士達が弾いていたという「讃美歌320 主よみもとに近づかん」を最初は弦楽四重奏で、次いで弦楽全員で奏でる。


レナード・バーンスタインは大植英次の師。佐渡裕が「レナード・バーンスタイン最後の弟子」を自認していて、実際、その通りなのだが、レナード・バーンスタインの最晩年にアシスタントをしていたのは実は佐渡ではなくて大植である。

最近、急速に再評価が進んでいるレナード・バーンスタイン(愛称:レニー)の作品。レニーは交響曲を3曲残しているが、純粋な器楽交響曲はこの「不安の時代」のみ。ただ、「不安の時代」は交響曲でありながら、ピアノ協奏曲的な面も強い。

私自身は、「不安の時代」をCDで何度か聴いており、一部を佐渡裕指揮京都市交響楽団の演奏で聴いているが、今日は体調が悪いということもあって音楽が自然に体に入ってこない。ただ演奏がいいというのはわかる。小曽根のピアノは技術も表現も見事だし、大植指揮の大フィルも熱演であった。ただやはりホルンは今日も問題ありだし、今日はファゴットも不調だった。

小曽根はアンコールに応えて1曲弾く。最初は何の曲かわからなかったが、次第にレニーの「ウェストサイド物語」より「トゥナイト」のメロディーが浮かび上がってくる。ラストは同じく「ウェストサイド物語」の「クール」をアレンジした旋律で締めくくる。


シベリウスの交響曲第2番。本質的にはマーラー指揮者である大植のシベリウスということで興味深い(ちなみにシベリウスとマーラーは仲が悪かった)。

第1楽章。自然な感じで入る指揮者が多いが、大植は大きめの音でスタート。続くオーボエの音も明るく朗々としている。シベリウス指揮者の演奏で聴くと自然に理解できるところでも大植の指揮だと難渋に聞こえるところがあり、やはり大植とシベリウスは余り相性が良くないようだ。

第2楽章は、シベリウスの音楽よりも、その悲劇性を際立たせたような演奏。

勢いのある第3楽章を経て、最終楽章では大植らしいヒロイズムが勝った演奏になる。朗々とした凱歌(大植が振ると凱歌以外の何ものにも聞こえない)と、それまでの忍従を思わせる旋律の対比も上手く、交響曲第2番だけにこうした演奏もありだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア ウェブログ・ココログ関連 オペラ カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント ドイツ ドキュメンタリー映画 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都四條南座 京都市交響楽団 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 動画 千葉 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 学問・資格 宗教 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 食品 飲料 香港映画