カテゴリー「ベートーヴェン」の118件の記事

2020年7月 1日 (水)

配信公演 飯守泰次郎指揮 東京交響楽団主催川崎定期演奏会 第76回「Live from MUZA!」(文字のみ)

2020年6月28日 ミューザ川崎シンフォニーホールからの配信

午後2時から、ニコニコ生放送で、東京交響楽団主催川崎定期演奏会 第76回「Live from MUZA!」を視聴。ミューザ川崎シンフォニーホールで行われる演奏会の配信である。聴衆を入れての公演であるが、左右1席空けでディスタンスを保てるようにしている。
指揮は飯守泰次郎。

ギフトという形で投げ銭が行えるようになっている。

曲目は、ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:田部京子)、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」

指揮者や管楽器以外のオーケストラプレーヤー、ソリストなど全員が全員マスクを着けての演奏である。これまで観てきた緊急事態宣言発令以降の配信ライブでは、弦楽器奏者の譜面台は一人一台であったが、今日は二人(1プルト)で一台という通常の形式での演奏となる。


ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲。弦楽はビブラートはかなり掛けるが、ボウイングや音型の処理などにピリオドの影響が窺える。ティンパニの強打も効果的。
端正な造形美を誇る飯守らしい好演で、ベートーヴェンらしい生命力にも溢れている。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。
ピアノ独奏の田部京子は叙情的な作品を得意とするピアニスト。グリーグのピアノ協奏曲などを十八番にしており、吉松隆作品なども世界初録音している。

彼女らしい雪解け水のような澄み切った音色が生かされたベートーヴェン。飯守指揮する東響同様、推進力もあり、若々しいベートーヴェン演奏となる。東響は弦の一音ずつに力を込めるような旋律の奏で方が、「プロメテウスの創造物」よりもピリオド寄りに聞こえた。

田部のアンコール演奏は、メンデルスゾーンの「無言歌」第2集より「ヴェニスの舟歌」。後半のプログラムへと繋ぐ曲であり、田部のリリシズムが最大限に生かされていた。


メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。スコットランドを舞台としたドラマが目に見えるようなロマン派を代表する交響曲である。通常は全曲が休みなしで演奏されるが、今回は第2楽章と第3楽章の間に少しだけ休みを入れていた。
日本におけるワーグナー演奏の泰斗である飯守の指揮だけあって、語り上手でロマンティックな仕上がりとなる。東響の仄暗さから輝かしさまで幅広い音のパレットも魅力。なかなかスケールが大きく、HIPではないがティンパニの強打がこの曲でも効果的であった。

演奏終了後、飯守は黒いマスクを取って笑顔を見せ、更にオーケストラメンバーがステージを後にしても拍手が鳴り止まなかったため、飯守一人が姿を見せて拍手を受けるという、俗にいう一般参賀も行われる。良い演奏会であった。

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2020年6月29日 (月)

コンサートの記(643) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第539回定期演奏会

2020年6月27日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第539回定期演奏会を聴く。指揮は大阪フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者の大植英次。大植英次はドイツ在住であるため、新型コロナウイルス対策として日本に入ってから2週間の隔離生活を行う必要があったが、それを乗り切って指揮台に立つことになった。他のオーケストラだっらそんな面倒なことに耐えてまで指揮したいとは思えなかったかも知れないが、それが大植にとっての大フィル愛なのだろう。

約4ヶ月ぶりのフェスティバルホール。大阪市内で「過ごす」といっても良いほど長時間滞在するのも約4ヶ月ぶりである。

曲目に変更がある。当初はリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」、レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド物語」よりシンフォニック・ダンスと組曲「キャンディード」が演奏される予定であった。特に「ウエスト・サイド物語」よりシンフォニック・ダンスは、1990年に行われたレナード・バーンスタイン指揮ロンドン交響楽団の来日演奏会東京公演で、当初はバーンスタインの自作自演となるはずが、当日になってこの曲だけを当時無名だった大植が指揮することがアナウンスされ、演奏は成功したのに、バーンスタインの自作自演を期待していた聴衆から叩かれまくったという因縁の曲であり、聴くのが楽しみであったのだが、やはり当初の曲目だとオーケストラプレーヤー間のディスタンスが十分に確保出来ないということで、ベートーヴェンの交響曲第4番と第5番が休憩なしで演奏されることになった。2曲共に今の状況下で演奏するに相応しい作品だと思われる。

曲目変更に納得出来ない場合は払い戻し可であり、また客席もディスタンス確保のため両隣一席空けでの対応が必要となり、事前に購入したチケットに記載された席には座ることが出来ず、入場前に新たに割り振られた座席券への引き換えが行われる。
私は2階席の8列目(最後列)下手端から、同6列目ほぼ真ん真ん中の席に移る。音響的には良い席に変わったことになる。

「ブラボー!」など大きな声を上げることは禁止。会話等もなるべく行わないことが推奨される。入場時に手のアルコール消毒を行うほか、サーモグラフィシステムを使っての体温検査も行われる。ビュッフェは閉鎖。飲料水のサーバも使用中止で、飲み物は7階(ホール3階)の自販機で買い求める必要がある。

 

コンサートマスターは須山暢大。ドイツ式の現代配置での演奏であるが、ティンパニは指揮者の正面ではなく左寄りに配置される。

トランペット奏者やオーボエ奏者が演奏開始前にステージ上で練習を行っていたが、集客が通常よりもかなり少なめということもあって音がよく響く。

 

開演前に大阪フィルハーモニー交響楽団事務局次長の福山修氏がマイクを持って登場し、曲目の変更や席の移動などを受け入れてくれたことへの感謝を述べ、弦楽奏者やティンパニ奏者はマスクをしての演奏であること、また奏者の間も通常より広く取っており、そのために予定されていた曲目が演奏不可となったことを詫びていた。

譜面台であるが、プルトで1台ではなく各自1台であり、なるべく距離を保てるよう工夫されている。また管楽器奏者は交響曲第4番と第5番で総入れ替えとなり、同一人物の飛沫が長時間飛ぶことのないよう工夫されていた。

普段とは異なり、オーケストラメンバーがステージ上に登場した瞬間からずっと拍手が起こる。

 

ベートーヴェンの交響曲第4番。大植は、コンサートマスターの須山暢大と握手をする前に右手に白い手袋を嵌め、客席からの笑いを誘う。

合奏の練習が出来ないということで演奏水準の低下が心配されたが、細かな傷はあったものの、一定水準は確保出来ており、安心する。

 

交響曲第4番は、「ベートーヴェンの交響曲の中では比較的小型で女性的」というイメージがあるが、大植は昨今の同曲演奏の一般的なテンポよりは少し遅めのものを採用し、第1楽章後半や第2楽章、最終楽章後半などではHIPを生かした一音ごとの強調や生命力を表に出して、重厚にして雄渾という男性的な第4を描いていく。闇の中を手探り状態で進んでいくような第1楽章序奏は、おそらく今現在の状況に重ねられているのだろう。
響き過ぎるためか、輪郭がややぼやけ気味なのが気になったが、渋い音による大フィルならではのベートーヴェン演奏となった。

 

交響曲第5番。大植は指揮棒を振り下ろして体の前で止めた時に運命主題が鳴るという振り方を採用する。フォルムはスタイリッシュだが、奥にマグマを秘めているという大植らしい音楽作り。大植はマーラー指揮者であり、ベートーヴェンの演奏では「成功」という評価をなかなか得られなかったが、今日は「コロナ禍を乗り越える」という精神で挑んだためか、密度の濃いなかなかのベートーヴェン像を提示する。
この曲でもビブラートを控えめにしたり、音の分離をくっきりさせるためのボウイングを用いたりとピリオドを援用。ピリオドであることを強調こそしないが、ピリオドならではの効果も随所で上げる。ホルンを警告としてかなり強く吹かせているのも特徴である。第4でもそうだったが、管による内声部が浮き上がる場面があり、採用した版が気になる。

最終楽章で第2ヴァイオリン奏者の楽器の弦がミシッという音を立てて切れ、リレーを行って最後列の奏者が弦の切れたヴァイオリンを持って退場するハプニングがあったが、演奏そのものには特に影響しなかった。

新型コロナに対する人類の勝利を祈念したかのような盛り上げ方も鮮やかであり、テンポの伸縮など、大植らしい外連も発揮されていた。

演奏終了後、大植はオーケストラプレーヤーに立つように命じたが、大フィルの楽団員は大植に敬意を表して立たず、大植が一人で客席からの拍手を受ける。大植は白手袋を嵌めてコンサートマスターの須山と握手。その後、弦楽最前列の奏者全員とグータッチを、コントラバス首席奏者とはエルボータッチを行い、客席を盛り上げた。

 

危機を迎えた時には何よりもベートーヴェンの音楽が良い薬になるということを実感した演奏会でもあった。ベートーヴェンの音楽に接する機会のある限りは、人類はいかなる危機であっても乗り越えられる、少なくとも新型コロナウイルスごときに容易く屈しはしないという勇気が胸の奥からふつふつと湧き上がってくるのを感じた。

 

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2020年6月26日 (金)

配信公演 村川千秋&阪哲朗指揮山形交響楽団「山響ライブ第2弾」(文字のみ)

2020年6月21日 山形市のやまぎん県民ホールからの配信

午後3時から、クラシック音楽ストリーミングサービスのカーテンコールで、山形交響楽団の配信ライブ「山響ライブ第2弾」を視聴。今回はオープンしたばかりの、やまぎん県民ホールからの配信である。

山形交響楽団は、元々は山形県民会館(昨年11月に閉館)や山形市民会館で定期演奏会などを行っていたが、いずれも多目的ホールで音響が良くないということで、飯森範親が常任指揮者就任時に本拠地を山形テルサに移動することを提言。山形テルサはキャパ800名程度の中規模ホールで集客量に問題があったため、それまでの1回のみだった本番を同一演目で2回行うことも決め、現在に至っている。ただやはり大規模な演奏を行うには不利であるとして、新たにオペラやバレエも上演可能な山形県総合文化芸術館(山形銀行がネーミングライツを獲得し、やまぎん県民ホールと命名)が建てられた。昨年の12月には山形交響楽団の事務所もやまぎん県民ホール内に移り、新たな拠点となっている。


今回の演目は、山形交響楽団創立名誉指揮者である村川千秋が自身が編曲した山形県民謡「最上川舟歌」を指揮した後で、常任指揮者である阪哲朗にバトンタッチし、いずれもベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:三輪郁)と交響曲第6番「田園」が演奏される。


今回も阪哲朗と山形交響楽団の専務理事である西濱秀樹によるプレトークがあり、やまぎん県民ホールの音響や内装の紹介、そして今年がベートーヴェン生誕250年であることなどが語られる。
本来なら今日は、東京で「さくらんぼコンサート」を行うはずだったが、中止になり(大阪公演も中止となった)、代わりに新ホールからの配信が行われることになったことも語られる。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番のソリストを務める三輪郁(みわ・いく)は、山形大学の地域教育文化学部(旧・教育学部)文化創世コースの教授を務めているそうで、今は山形県に縁のある人となっている。阪哲朗がウィーンに留学した際、現地で出会った最初の日本人の一人が三輪郁だったそうで、ウィーンでも山形でも三輪郁の方が先輩に当たるそうである。
東京都交響楽団や兵庫芸術文化センター管弦楽団などが管楽器の飛沫などを測定し、飛ぶ飛沫の量は会話程度で比較的安全という結果が得られたこともあってか、今日はフル編成に近いスタイルでの演奏が行われる。ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏である。


村川千秋指揮による「最上川舟歌」。チェロの叙情的な独奏が印象的な編曲である。

演奏終了後、西濱秀樹と村川千秋が客席中央通路でのトークを行う。「最上川舟歌」は、村川千秋が50年前に編曲したものだそうで、子どもに聴いて貰うことを念頭に置いていたという。
当時は地方にオーケストラがほとんどない時代。地方の子ども達が生のオーケストラを聴けないというのは文化的に貧しいと考えたのが村川千秋が山形交響楽団を結成した理由である。東北地方初のプロオーケストラとなったが、その後、東北地方には仙台フィルハーモニー管弦楽団が誕生しただけで、今のところ6県にプロオーケストラ2つという、十分とはいえない状態が続いている。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。ホルン、トランペット共にナチュラルのものを使用し、ティンパニもバロック様式のものを採用している。当然ながらピリオドによる伴奏である。

三輪郁は、桐朋女子高校ピアノ科卒業後にオーストリアに渡り、ウィーン国立音楽大学と同大学院を修了。現在もウィーンを活動の拠点としている。2018年に山形大学の教授に就任。

三輪はスタインウェイではなくベヒシュタインのピアノを選択し、スケールの大きな伸びやかなピアノを弾く。

阪指揮の山形交響楽団は、第1楽章と第2楽章はピリオドを強調しない演奏だったが、第3楽章ではメリハリ、強弱などHIPをフルに生かした演奏を行う。第1楽章や第2楽章はハイドンやモーツァルトにも繋がるような典雅さを優先させたベートーヴェンだが、第3楽章では革命児らしいエネルギッシュな作風を披露しており、ベートーヴェンの飛躍がこの楽章から感じられる。


休憩の間は、西濱秀樹と阪哲朗とのトークを経て、山形県各地の紹介VTRが流される。やまがた舞子や、上山温泉、東根市のさくらんぼなどが紹介され、上山温泉では、山形県出身である井上ひさしの言葉「文化とはみんなの日常生活を集めたものである」も紹介された。


ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。この曲では阪は指揮棒を持って指揮をする。
ピリオドによる演奏であるが特に強調することはせず、自然体。細部まで丁寧に作り上げた瑞々しさも印象的である。

「運命」と「田園」は同じ日にアン・デア・ウィーン劇場で初演されており、番号が今とは逆だったが、双子の交響曲とも呼ばれている。共に冒頭が休符で始まるなどの共通点があるが、「運命」が4つの音で内へ内へ向かっているのに対して「田園」は開放的であり、ベクトルが逆である。ただどちらも自然と思索を愛したベートーヴェンの個性が強く反映されており、相互補完的であるとも取れる。

自然の息吹が伝わってくるような演奏が展開され、等身大のベートーヴェンというと語弊があるかも知れないが、偉大なる楽聖・ベートーヴェン様のご高説を承るのではなく、友人ベートーヴェンが自然や音楽の素晴らしさを夢中で語っている場に接しているような親密さが心地よい。

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2020年5月 1日 (金)

ドキュメンタリー ベートーヴェン神話「恋人」

録画しておいたドキュメンタリー、ベートーヴェン神話「恋人」を見る。監督:トーマス・フォン・シュタインエッカー。出演は、ヤン・カイエルス(指揮者/ベートーヴェン伝記作家)、ルドルフ・ブッフビンダー(ピアニスト)、リタ・ステブリン(音楽史家)、ウーヴェ・ボーム(俳優/ベートーヴェン役)。2016年の制作。ドイツ語作品で、日本語字幕訳は錦織文。

ベートーヴェンが書いた「不滅の恋人」への手紙にまつわるドキュメンタリーである。
不滅の恋人を巡る話は、「不滅の恋人/ベートーヴェン」というタイトルで映画にもなっており、私もロードショー時に日比谷の映画館で観ている。バーナード・ローズ監督作品で、音楽監督はサー・ゲオルグ・ショルティが手掛けていた。ベートーヴェンを演じていたのはゲイリー・オールドマン。映画自体は余り良い出来ではなかった。映画「不滅の恋人/ベートーヴェン」で不滅の恋人とされた女性は今では候補から外れているようである。

不滅の恋人と呼ばれた女性の候補は何人かいた。ベートーヴェンは醜男であり、私が子どもの頃には「もてなかったので生涯独身を通した」というのが定説であったが、その後に研究が進み、実はドイツ語圏最高のピアニストとしてモテモテだったことがわかった。ただ、ベートーヴェンは気位が高く、貴族の女性しか愛そうとはしなかった。ベートーヴェンは祖父がベルギー・オランダ語圏の出身という移民の家系であり、貴族には当然ながら手が届かなかった。

不滅の恋人への手紙は、1812年7月6日に書かれたと推測されている。1812年といえば、ナポレオンがロシアとの戦争で大敗を喫し、没落が始まるその年である。その直前にベートーヴェンはチェコのプラハに滞在しており、7月6日には同じくチェコのテプリツェにいた。ということで、不滅の恋人とはプラハで出会ったことが察せられる。

このドキュメンタリーで不滅の女性であろうとされているのは、ヨゼフィーネ・ブルンフヴィックという伯爵夫人である。彼女はデイム伯爵と結婚したが、デイム伯爵が早くに亡くなったため未亡人になっていた。そんな彼女の下にベートーヴェンは足繁く通っているが、子どものいたヨゼフィーネはベートーヴェンではなく貴族との再婚を希望しており、恋が実ることはなかったようである。再婚した相手は男爵であり、爵位は低かった。更にヨゼフィーネとは結婚直後に不仲となり、しかも事業に失敗して没落していくところだった。彼女は夫の下を離れ、1812年の7月にはプラハに滞在していたことがわかっている。実はこの頃、ベートーヴェンとヨゼフィーネとは肉体関係を結んでいたという説があり、9ヶ月後にヨゼフィーネはミノーナという名前の女の子を産んでいるのだが、この子はベートーヴェンの娘であった可能性があるようだ。「MINONA」という名は逆さから読むと「ANONIM(匿名)」という意味になる。

他に不滅の恋人の候補として上げられるのは、アントニー・ブレンターノである。彼女は既婚者であり、ベートーヴェンとは仲が良かったようだが、互いを友人としか思っていなかった可能性が高いようで、1812年の7月にはやはりプラハの街にいたが、夫と一緒であり、ベートーヴェンとは会うこともそのための時間もなかったことがわかっている。

ヨゼフィーネは、夫に離縁され、他の男と再々婚して一児をもうけるもすぐに離婚し、身内に頼れる者もおらず、貧困と失意の内に42歳で亡くなっている。


ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番(このドキュメンタリーでは、ピアノ・ソナタの演奏は全てルドルフ・ブッフビンダーのライブでの映像を使用している)は誰にも献呈されていないが、このソナタが書かれた1821年はヨゼフィーネが亡くなった年であることから、ヨゼフィーネの追悼曲として書かれたという説をこのドキュメンタリーは採用している。

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2020年4月 9日 (木)

コンサートの記(633) 川瀬賢太郎指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2016 ~こどものためのオーケストラ入門~ 「オーケストラ・ミステリー」第1回「オーケストラの秘密~ヒット曲にはわけがある!?」

2016年6月19日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2016 ~こどものためのオーケストラ入門~「オーケストラ・ミステリー」第1回「オーケストラの秘密 ~ヒット曲にはわけがある!?」を聴く。指揮は川瀬賢太郎。

こどものためのオーケストラ入門とあるが、選曲は比較的マニアックなものが多く、親子でも楽しめるようになっている。というより曲目に期待して、子供連れでもないのに来ている私のような人の方が多い。


現在、神奈川フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者と名古屋フィルハーモニー交響楽団の指揮者を務める川瀬賢太郎は1984年生まれの若手指揮者。私立八王子高校芸術コースを経て、広上淳一に師事するために東京音楽大学指揮科に進学、広上の他に、汐澤安彦、チョン・ミョンフンらにも指揮を師事している。広上の弟子ということで、京都市交響楽団にも何度か招かれており、また広上も川瀬が常任指揮者を務める神奈川フィルに客演を続けている。

今日のナビゲーターはガレッジセールの二人。


曲目は、ジョン・ウィリアムズの「オリンピック・ファンファーレとテーマ」、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲、ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」より「アナキンのテーマ」&「ダース・ベイダーのテーマ」、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番より第2楽章(ピアノ独奏:三浦友理枝)、エルガーの行進曲「威風堂々」、ベートーヴェンの交響曲第5番より第1楽章、ハイドンの交響曲第90番より第4楽章、レスピーギの交響詩「ローマの松」から第4曲「アッピア街道の松」

今日の京都市交響楽団のコンサートマスターは渡邊穣。泉原隆志は降り番でフォアシュピーラーに尾﨑平。オーボエ首席奏者の髙山郁子は全編に渡って出演。小谷口直子は「スター・ウォーズ」の音楽からの参加となった。


ジョン・ウィリアムズの「オリンピック・ファンファーレとテーマ」。川瀬が生まれた1984年のロサンゼルス・オリンピックのためのファンファーレとして書かれたものである。ちなみに川瀬は12月生まれであるため、ロス五輪の行われた夏にはまだ生まれておらず、「お腹の中でこの曲を聴いていた」と話す。
数あるオリンピック・ファンファーレの中でも最も有名と断言しても良い1984年ロス五輪のファンファーレ(日本人は1964年の東京オリンピックのファンファーレの方が馴染みがあるかも知れないが)。
川瀬は広上の弟子(つまりレナード・バーンスタインの孫弟子)ということもあってダイナミックな指揮をする。京響のブラスが輝かしい音色を奏でたということもあって華やかな演奏になった。
演奏が終わってからガレッジセールの二人が登場し、ゴリが川瀬に「これまで見た中で一番ダイナミックな指揮。海老反りになるところなんか、袖でスタッフさんが、『広上さんだったらぎっくり腰になってる』って言ってましたけど」と言う。実は広上は90年代には今の川瀬よりも派手な指揮をしていたのだが(90年代後半にNHK交響楽団の定期演奏会に客演した際には、グリーグの『ペール・ギュント』より「アニトラの踊り」で、本当に指揮台の上でステップを踏んで踊っていた)、「首や腰をかなりやられてまして」(広上談)ということで、最近は以前よりも抑えた指揮になっている(それでもまだまだ派手ではあるが)。
ゴリも、「この84年のファンファーレがオリンピックのファンファーレの中で最も有名なんじゃないか」と述べる。とにかくよく知られた曲である。


マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲。歌劇自体も上演されることはあるが(原作がありきたりな決闘を題材にした三文短編小説で筋書きも単純ということもあり、舞台に掛けられる頻度はそう多くはない)とにかく間奏曲が美しいというので有名である。
川瀬指揮の京響はリリシズム満点の演奏を展開。広上の時代に入ってから、京響の弦は本当に音の抜けが良くなった。
演奏終了後に出てきたゴリは、「優しい! 優しい旋律! これならヒットする」と断言する。

ガレッジセールの二人が、「クラシックの作曲家もポピュラーの作曲家同様、ヒットを狙ったりするんですか?」と聞く。川瀬は、「クラシックの場合、作曲家が亡くなってしまっていることが多いので、真意を確かめることは出来ないのですが」と断りを入れた上で、「心に残る曲を書く努力や工夫はしたと思います」というようなことを述べ、「ヒット狙い」と断言することはなかった。

続いて、ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」から、「アナキンのテーマ」と「ダース・ベイダーのテーマ」。有名なメインテーマは敢えて外したというが、ゴリが「台本にトランペットがメインテーマを奏でると書いてます」と言う。トランペットの3人がゴリの表現を借りると「『聞いてないよ』って感じですけれど」というそぶりで否定するので、「いや、台本に書いてあるんですけど」と言って台本に書かれた文字を読み上げる。ということで、早坂宏明、西馬健史、稲垣路子の3人のトランペット奏者による「スター・ウォーズ」メインテーマ冒頭。和音が微妙だったがまあまの出来であった。
アナキン(アナキン・スカイウォーカー)はダース・ベイダーの幼児期から青年期までの名前である。優秀なジェダイになることを期待されながら自惚れや身勝手な振る舞いによって身を持ち崩し、ダークサイドへと落ちていくことになる。
「アナキンのテーマ」は美しい音楽だが、ラストで「ダース・ベイダー」のテーマが長調ではあるが顔を出す。
「ダース・ベイダーのテーマ」は一度も聴いたことがないという人を探す方が困難なほど知られた曲。
いずれも若々しく、推進力に富んだ演奏であったが、ゴリが「ダース・ベイダーの音楽を聴いて和田アキ子の姿が目に浮かんだ」と言う。川瀬は、「ジョン・ウィリアムズという作曲家は映画のキャラクターと音楽を結ぶ付けるのがとても得意な人で、ダース・ベイダーもジョン・ウィリアムズの音楽と一体であり、今の音楽でなかったらイメージが変わっていたかも知れない」と語った。


三浦友理枝をソリストに招いての、モーツァルト、ピアノ協奏曲第21番第2楽章。設置変換のために楽団員が退場したのだが、ゴリは「ここでストライキに入りました」とボケる。
三浦によると、ピアノ協奏曲は沢山あるが、頻繁に取り上げているものは3曲か4曲だという。三浦が一番弾いた回数が多いのはショパンのピアノ協奏曲第1番だそうである。
最近のコンサートで人気のピアノ協奏曲というと、なんといってもラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。1年に1回は必ず聴く。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番も映画「シャイン」の影響もあって演奏回数が増えているが、他のピアノ協奏曲の王道というと、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」、ブラームスのピアノ協奏曲第2番、グリーグのピアノ協奏曲にシューマンのピアノ協奏曲、そして20世紀を代表してラヴェルのピアノ協奏曲も取り上げられることが増えている。モーツァルトのピアノ協奏曲も傑作揃いなのだが、曲数が多いということもあって特定の協奏曲に人気が偏るということは余りない(20番台がやはり人気だが)。

モーツァルトのピアノ協奏曲第21番第2楽章は、スウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」のメインテーマとして使われたことでも有名である。心中に至るラストシーンが有名であり、これは以前にも何度か書いているが北野武監督の映画「HANA-BI」のラストで完全に同じ手法が用いられている。偶然ではなく、「みじかくも美しく燃え」へのオマージュであろう。


若手ピアニストの三浦友理枝。2005年にイギリスの王立音楽院ピアノ科を首席で卒業、同大学院も首席で修了している。2001年に第47回マリア・カナルス国際音楽コンクール・ピアノ部門で優勝、2006年には第15回リーズ国際ピアノコンクールで特別賞を受賞している。

その三浦のピアノであるが、煌めきがもう一つ。モーツァルトのピアノ協奏曲第21番第2楽章の典雅さの裏に隠された痛切さの表出も余り感じられなかった。技術は達者なのだけれど(モーツァルトのピアノ協奏曲は技術的にはそう高度ではない)。
川瀬指揮の京響は音の移り変わりを巧みに描き出す演奏。京響は創設当初に「モーツァルトの京響」と呼ばれており、モーツァルトには今も思い入れがある。


後半、エルガーの行進曲「威風堂々」第1番。迫力溢れる演奏である。川瀬の指揮もわかりやすい。「イギリス第2の国歌」といわれる中間部はもっとノーブルに歌えると思うが、今のままでも十分である。
ゴリは、「CMでよく耳にする。だからヒットしているように感じる」と述べ、川瀬もメディアの影響は否定しなかった。ゴリは「エルガーもまさか、味の素のCookDoのCMに自分の曲が使われるとは思っていなかったでしょうね」とボケる。


ベートーヴェンの交響曲第5番。川瀬は「運命」をタイトルではなくニックネームだと述べる。ベートーヴェンの交響曲第5番が「運命」と呼ばれるようになったきっかけは、ベートーヴェンの弟子のシントラー(シンドラー)という人物が、交響曲第5番の解釈の鍵になるものを聞いたところ、ベートーヴェンが「運命はこのように扉を叩くのだ」と答えたという話が元になっている。だが、このシントラー、虚言癖の持ち主である上に、ベートーヴェンのスコアにベートーヴェンの死後、勝手に手を加えたことがわかっているなど、「信用できる人物ではない」ということで、「運命」というタイトルも欧米では保留になっている。川瀬によると研究は更に進んでいて、ベートーヴェンが交響曲第5番を書き、演奏していた時期にはまだシントラーはベートーヴェンと出会ったいなかった可能性が高いという。
ベートーヴェンの弟子にピアノの教則本を書いたことで知られるツェルニーがいるが、ツェルニーは比較的早い時期からのベートーヴェンの弟子であり、ツェルニーによると、「運命主題」と呼ばれるものは「鳥の鳴き声を模して作ったものだ」とベートーヴェンは語っていたという。歴史にちょっとした狂いが生じていたらベートーヴェンの交響曲第5番のタイトルは「鳥」になっていたかも知れないそうだ。
ただ基本的にはベートーヴェンの交響曲第5番はわずか4つの音で大伽藍を築き上げるという、当時としては「実験的」とも呼んでいい大作である。

ベートーヴェンの交響曲第5番が書かれたのは200年ほど前のこと。ということで、ゴリも川瀬も「200年以上ヒット曲であり続けている凄い曲」だと再認識する。
ベートーヴェンの交響曲第5番は1拍目が休止なので入りが難しいのだが、川瀬は二つ小さく振った後で、大きく振りかぶり、両手を下に降ろして止めたところで最初の音を出させた。
ビブラートは控えめだが、余りピリオドらしくはない演奏である。「ピリオドの要素も少しだけ取り入れてみました」という程度である。
スケールはそれほど大きくないが構造把握のしっかりした演奏である。もっと獰猛さがあっても良いと思うがそれはこれからの課題だろう。

川瀬もガレッジセールの二人も、「これからも200年、いや今後500年以上もヒットする傑作だと思います」というところで意見が一致した。


ハイドンの交響曲第90番より第4楽章。実は、この曲、終わったと見せかけてまだ続くという仕掛けのある曲である。繰り返し記号があるため終わったと勘違いさせる場所は2回ある。
川瀬によると4小節分空白があるそうで、当時の音楽を聴きながら居眠りをしている貴族の挑戦なのではないかという。
ちなみに、川瀬もコンサートを客席で聴くことがあるそうだが、基本的に寝てしまうそうで、「音楽を聴くと眠たくなるタイプの人間らしい」(指揮者の故・岩城宏之もそうした癖の持ち主だった)。
ただ作曲家としては自分の曲を演奏している間に寝る客がいるのは面白くない。ということで、「告別」や「驚愕」のような仕掛けのある曲を作ったり、交響曲第90番でも敢えて変わったことをやっているという。一種のユーモアなのだがブラックユーモアであり、川瀬はハイドンのそうしたブラックなところが好きなのだという。
ハイドンとレスピーギはガレッジセールは客席で聴いたのだが、ハイドンの演奏終了後、ゴリが「本当に終わりですか?」と聞きながらステージに戻ったりしていた。

ハイドンはベートーヴェンよりもピリオドの影響が強い演奏。流麗な演奏である。ちなみにニセのラストがあることが事前には知らされず、川瀬は音が消えると同時に客席の方を振り返り、拍手が起こるのを待ってから右手で第1ヴァイオリンに指示して演奏を続けた。
ブラックではあるが、聴衆を飽きさせないための工夫であり、それがヒットにも繋がると川瀬は分析する。

ちなみに、交響曲第90番をやっても、ニセのラストで拍手が起こらないことがたまにあり、そういう時には演奏家の方が気まずい気持ちになるのだが、後で確認すると、プログラムに「拍手の場所にご注意下さい」などネタバレが書かれているケースが大体だという。


ラストはレスピーギの交響詩「ローマの松」から第4曲「アッピア街道の松」。金管のバンダが活躍する曲だが、今日はバンダはパイプオルガンの前に陣取る。
迫力のある演奏である。川瀬の指揮も己の若さをオーケストラに浴びせかけるような激しさを持つ。
京響も熱演であり、若い指揮者による演奏としてはかなり良い出来だったのではないかと思う。


アンコール曲は、ヴェルディの歌劇「椿姫」より第1幕への前奏曲。オペラ的、物語的ではなかったかも知れないが繊細な演奏であった。

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2020年4月 5日 (日)

コンサートの記(631) 佐渡裕指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団来日演奏会2016大阪

2016年5月28日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、佐渡裕指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の来日演奏会を聴く。今日も3階席に陣取る。外来オーケストラは良い席は値段が高すぎて買う気になれない。外来オーケストラの料金設定が高いことが「クラシックコンサート=料金が高い」という誤解を生むもととなっている(基本的にはだが、日本の有名ポピュラーアーティストのコンサートの方が国内の一流クラシックコンサートに比べても料金が高めである)。

佐渡裕は海外ではパリのコンセール・ラムルー管弦楽団の首席指揮者を1993年から2010年まで長く務めていたが、2015年の9月からウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団(現在の正式名称は、「トーンキュンストラー管弦楽団」もしくは「ニーダーエスターライヒ・トーンキュンストラー管弦楽団」である。ウィーンのムジークフェラインザールでも定期演奏会を行っているが本拠地ではない)の音楽監督に就任。佐渡にとって海外で二つ目のチーフポストとなる。ウィーンでの活動が増えるため佐渡は「題名のない音楽界」の司会を卒業している。

ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の来日演奏会は、佐渡の前の前の同管弦楽団の音楽監督であったクリスチャン・ヤルヴィの指揮で聴いたことがある。ザ・シンフォニーホールでの公演であった(調べたらもう8年も前のことだった)。ベートーヴェンの交響曲第5番がメインであったが、聴いている間は「まあまあだ」と思ったものの、帰りに梅田駅まで歩く間にどんな演奏だったか思い出せなくなってしまった。
クリスチャン・ヤルヴィは大阪フィルハーモニーに客演してラフマニノフの交響的舞曲などを指揮しているが、こちらの演奏も同傾向であったため、作る音楽の傾向がスポーティーに寄りすぎているようだ。


私自身2度目となるトーンキュンストラー管弦楽団の演奏会。曲目は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:レイ・チェン)とリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」


開演5分ほど前に佐渡裕がマイクを片手に現れ、自身のウィーンでの思い出を語る。

佐渡が初めて海外で生活した街がウィーンだった。ウィーンに渡ったのは25年前のこと。本当は師であるレナード・バーンスタインにもっと教えを請うためにニューヨークに行くつもりだったのだが、当のバーンスタインから「ウィーンに行け! そしてお前は英語も下手くそだけどドイツ語も勉強しろ!」と言われてウィーンで暮らすことになった。ウィーンではバースタインによる全ての演奏会や録音に立ち会った他、ウィーン国立歌劇場やムジークフェラインザールに通い詰めたそうである。当時は、ウィーン国立歌劇場の立ち見席は日本円に換算して僅か150円ほど、ムジークフェラインザールの立ち見席も300円ほどで買うことが出来たという。その代わり長時間並ぶ必要があったようだが。カルロス・クライバー指揮によるウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートの当日券を求めて友人と二人でムジークフェラインザールの前で3日並んだこともあるという。ちゃんと並んでいるかどうか定期的に職員による点呼があったそうだ。
ただ、結局、3年に渡るウィーンでの生活の間に佐渡はこの街の指揮台に立つことはなかった。その後もドイツのオーケストラからは声が掛かったが、ウィーンの楽団の指揮台は遠かった。
ところが、佐渡が指揮したベルリン・ドイツ管弦楽団の演奏会を耳にしたウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の事務局長が佐渡を気に入り、客演指揮者として招聘。佐渡とトーンキュンストラー管のコンサートは大成功を収め、そのたった1回の客演で佐渡が次期音楽監督に決まったのだという。「立ち見席から指揮台へ。なかなか座らせてくれない」と佐渡が語ったところで笑い声が起こったので、「大阪はこういうところでちゃんと笑ってくれるんですね」と佐渡は続け、会場から更なる笑いと拍手が起こった。

最後に熊本地震支援のために募金を行い(熊本の音楽関連の復興に当てる予定)、その際、佐渡も募金のために出口付近に立つので、「あまり早めに帰らないようお願いします」と述べた。


ドイツ式の現代配置による演奏だが、ティンパニは指揮者の正面ではなく上手奥にいる。ステージの一番奥には小型のカメラが設置してあるが、これは「英雄の生涯」の時にトランペットがバンダとして下手袖で吹く際に佐渡の指揮をモニターに映す役割があると思われる。


ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン独奏のレイ・チェンは1989年台湾生まれ。男性である。15歳で米国フィラデルフィアのカーティス音楽院に入学し、2008年にメニューイン・ヴァイオリン・コンクールで優勝。翌年にはエリザベート王妃国際コンクール・ヴァイオリン部門でも優勝。こちらは同コンクール史上最年少での優勝であった。

佐渡とトーンキュンストラー管弦楽団は完全なピリオド・アプローチを採用。テンポも速めであり、ビブラートを抑え、ボウイングもピリオドのものだ。古楽的奏法を上手く取り入れた伴奏で、佐渡の器用さが出ている。
レイ・チェンのヴァイオリンもビブラートというより「揺らす」という感じの奏法であり、やはりHIP(Historicallyl Informed Performance)によるものなのかも知れない。ヴァイオリンの音は磨き抜かれ、スケールも中庸で、古楽的奏法によるベートーヴェンとして満足のいくものになっている。


演奏終了後、レイ・チェンは、「どうもありがとうございました」「アンコールに、バッハ、サラバンドを弾きます」と日本語で語ってからアンコール演奏。気高さがあり、ベートーヴェンよりもバッハの方に向いているように感じた。

リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。トーンキュンストラー管弦楽団は女性楽団員の割合が40%と高く、これはウィーンの主要オーケストラの中でトップだというが(何しろ、ウィーン・フィルは長年に渡って女性奏者の入団を認めなかった)、金管奏者はやはり男性楽団員の方が圧倒的に多い。大編成による曲なのでエキストラが何人も入っているのかも知れないが。

なお、公演パンフレットは無料ながら充実しているが(有料パンフレットの販売はなし)、指揮者、ソリスト、楽団の紹介はあるものの楽曲解説が一切なく、クラシック初心者には不親切な仕上がりになっている。

最近は日本のオーケストラの技術が急上昇し、メカニックならトーンキュンストラー管弦楽団とも十分に張り合えるようになっている。ただ、トーンキュンストラー管が出す音の美しさ、輝きなどには悔しいが及ばない。あるいはこれはテクニックではなく、音や和音に対する感性の違いが大きいのかも知れないが。
とにかくトーンキュンストラー管のシルキーな輝きの弦、燦々と鳴り響く金管などは美しさの限りである。

佐渡の指揮であるが、パートパートの描き方は優れているが、総体として見たときにパースペクティヴが十分かというとそうは言い切れない。見通しは今一つなのだ。
ただ、舞台下手袖でバンダが鳴り、「英雄の戦い」の場面になってからの迫力は佐渡の長所が生きていた。
オーケストラを響かせるのは上手だが、音楽の語り部としてはもう一つというのが現在の佐渡の立ち位置だろうか。


アンコールは2曲。まずはヨハン・シュトラウスⅡ世の「ピッチカート・ポルカ」。大編成の弦での演奏なので音が強めだが、雅やかな味わいは出ていたように思う。

ラストはリヒャルト・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」よりワルツ。ゴージャスな演奏で、出来はかなり良かった。

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2020年1月24日 (金)

コンサートの記(620) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第641回定期演奏会

2020年1月19日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第641回定期演奏会を聴く。今日の指揮は、今年4月より京都市交響楽団の首席客演指揮者に就任することが決定しているジョン・アクセルロッド。

ルツェルン交響楽団・ルツェルン歌劇場音楽監督兼首席指揮者、フランス国立ロワール管弦楽団音楽監督などを務め、現在はスペイン王立セビリア交響楽団音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団首席客演指揮者を務めているジョン・アクセルロッド。1988年にハーバード大学を卒業しており、指揮をハーバード大学の先輩でもあるレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事している。京都市交響楽団ではラヴェルの「ボレロ」やドビュッシーの交響詩「海」などのフランスものでの好演が記憶に残っているが、首席客演指揮者就任後初の登場となる今年9月の定期演奏会では、マーラーの交響曲第2番「復活」を指揮する予定であり、幅広いレパートリーでの活躍が期待される。

 

曲目は、ベートーヴェンの「アテネの廃墟」から序曲、レナード・バーンスタインの「ハリル」独奏フルートと弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン(フルート独奏:アンドレアス・ブラウ)、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」

 

午後2時からプレトークで、アクセルロッドは「こんにちは」と言った後で、通訳の小松みゆきに「こんばんは?」と聞き、「こんにちは」で正しいということで、「こんにちは。明けましておめでとうございます」と新年の挨拶も行った。

アクセルロッドは、「今日のプログラムは素晴らしい、ただとても重く深い曲を選びました」と述べる。2020年はベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤーということで、「アテネの廃墟」序曲を選んだのだが、この曲はアテネがオスマントルコと戦争して廃墟になってしまったことを描いた曲、レナード・バーンスタインの「ハリル」は戦争で亡くなったフルート奏者の追悼のために捧げられた曲であることを語る。

ベートーヴェンではバロックティンパニが活躍するということで、アクセルロッドはステージ上手寄りに設置されたバロックティンパニに近寄って説明を行う。「破裂音のようなキャノンの爆音のような」音がすることを語り、奥にあるモダンティンパニとは音が違うことを述べる。

バーンスタイン作品とショスタコーヴィチの「レニングラード」交響曲ではスネアドラムの活躍が目立つことを述べるのだが、通常のスネアの場所とは違い、指揮者の正面にスネアが来ることを語る。

「レニングラード」交響曲では、スネアがラヴェルの「ボレロ」のような活躍をするのだが、奏でられるのはボレロではなく行進曲であることなども語った。

アクセルロッドは自身のツイッターに、京都市交響楽団との演奏会のポスターに「Make music,not war!」というメッセージを載せた投稿をしており、「戦争をしても廃墟を生むだけ」ということで、ツイッターの載せたものと全く同じメッセージを述べてプレトークを終えた。

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平といういつもの布陣。ドイツ式の現代配置での演奏である。
第2ヴァイオリンの客演首席は白井篤。レナード・バーンスタインでは打楽器奏者が多数活躍、ショスタコーヴィチの「レニングラード」では金管のバンダが要るということで、客演奏者はいつもより多めである。

 

ベートーヴェンの「アテネの廃墟」から序曲。今年はベートーヴェンイヤーだが、京都市交響楽団が定期演奏会で取り上げるベートーヴェンの楽曲は、この曲とゲルゲイ・マダラシュ指揮による「英雄」、広上淳一による年末の第九のみである。

弦楽器のビブラートに関しては控えめではあるが、それぞれで異なる。コンサートマスターの泉原隆志は適宜ビブラートを入れての演奏であるが、ヴィオラ首席の小峰航一は完全ノンビブラートに徹している。
弦の編成が大きめの割には厚みと流れの良さは今ひとつであったが、中山航介によるバロックティンパニのリズムに乗せた颯爽としたベートーヴェンが奏でられる。

 

レナード・バーンスタインの「ハリル」独奏フルートと弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン。ハリルというのは、ヘブライ語でフルートという意味である。

フルート独奏のアンドレアス・ブラウは、1969年から2015年まで長きに渡ってベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のソロ・フルート奏者として活躍した名手。ベルリン音楽大学でカールハインツ・ツェラーに師事し、ザルツブルク・モーツァルティウム音楽大学とアメリカでも学ぶ。1973年からはベルリン・フィルハーモニーのオーケストラ・アカデミーで後進の育成にも努めた。2005年からは上海音楽学院の名誉教授に就任。日本においてもパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)の講師として教育活動を行っている。

フルートと弦楽オーケストラが奏でるメロディアスな部分を経て、打楽器の中でフルートが浮かび上がっているような曲調へと移り変わっていく。

ブラウのフルートの良さが十全に生かされるような楽曲かというと疑問も残るが、バーンスタインにしか書けない独特の面白さを持った作品であることは確かである。

 

ブラウのアンコール演奏は、フルート独奏曲の定番であるドビュッシーの「シランクス」。霞むような神秘的な音色と清明な響きを掛け合わせたような、独特の音色による演奏であった。

 

ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」。バブル期になぜかアーノルド・シュワルツェネッガー出演の栄養ドリンクのCMで「ちちんぷいぷい」という呪文の歌詞付きで使われたことから、日本での知名度が高い曲である。栄養ドリンクのCMでは、マーラーの「悲劇的」を使った丸山茂樹プロ出演のCMもあり、どういうわけかクラシックの楽曲が好まれる傾向にあるようだ。

ナチスドイツとソ連のレニングラード攻防戦を描いた曲である。この時、ショスタコーヴィチはレニングラードに滞在しており、この曲を書き続けていた。ナチスが包囲したことにより、補給路を断たれたレニングラード市民は次々に餓死するなど、悲惨な状況であった。ソビエト当局によりショスタコーヴィチに避難勧告が出され、ショスタコーヴィチはクイビシェフの街に移るのだが、この交響曲はレニングラード市に献呈され、現在知られているようなタイトルとなった。

 

金管のバンダを舞台後方のボックススペースに配置し、京響自慢のブラスとの掛け合いの美しさが光る演奏となった。第1楽章では、スネアドラムの福山直子が、第2ヴァイオリンとチェロの首席トゥッティの後ろに陣取り、進軍のリズムを受け持つ。

ショスタコーヴィチの「レニングラード」交響曲は、ラヴェルの「ボレロ」を模したといわれる、スネアの音によって繰り返される人を食ったようなちょいダサの「戦争の主題」が有名であり、シュワルツェネッガー出演CMもこの旋律を「ちちんぷいぷい」と歌ったものである。ちょいダサのメロディーなのであるが、音の強度が増すごとに凄惨な戦闘の描写へと移り変わっていくというショスタコーヴィチマジックが用いられている。アクセルロッドと京響による「レニングラード」も「戦争の主題」で大いに盛り上げる。アクセルロッドは転調の場面で加速を行い、迫力をいや増しに増す。
だが、アクセルロッドと京響による「レニングラード」の演奏の本当の良さが現れているのはこの場面ではない。全ての楽章に登場する祈りのような旋律の神々しさにこのコンビの良さが現れている。アクセルロッドが語ったように、大切なのは戦争ではなく音楽であり、戦争を終わらせようという祈りである。京都市交響楽団という、音の純度の高い楽団を指揮することで初めて可能になった表現であるが、音の爆発で聴衆を圧倒する虚仮威しのショスタコーヴィチではなく、空間を美と痛切な祈りで満たしていくような趣の「レニングラード」であった。

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2019年12月31日 (火)

コンサートの記(618) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団「第9シンフォニーの夕べ」2019

2019年12月30日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団「第9シンフォニーの夕べ」を聴く。指揮は今年も音楽監督の尾高忠明。

独唱は、森谷真理(ソプラノ)、清水華澄(アルト)、福井敬(テノール)、甲斐栄次郎(バリトン)。合唱は、大阪フィルハーモニー合唱団。

今日のコンサートマスターは、須山暢大。ドイツ式の現代配置での演奏である。

昨年の大フィルの年末の第九はフェスティバルホールの最前列下手寄りで聴いており、指揮者の尾高の姿はほとんど見えなかったが、今日も下手寄りの前から2列目。尾高の姿は微かに見え、第1ヴァイオリンに指示を送る時のにこやかな表情が印象的であった。

尾高らしい見通しの良い第九であり、京響を指揮したスダーンとは違って第九を独立峰と見たようなアポロ芸術的な演奏である。全てが中庸であり、傑出した個性がない代わりに抜群の安定感がある。1年を振り返る第九としてはある意味理想的かも知れない。

大フィルの技術は高く、朝比奈隆の時代から脈々と受け継がれてきたベートーヴェン演奏に対する誇りが感じられる。昨年、一昨年はホルンのミスが目立ったが、今年はそれもない。

第2楽章の音型や第4楽章のピッコロの浮かび上がりなどがあったことから、おそらくベーレンライター版での演奏であったと思われるが、古楽は一部を除いて意識されていないようである。

天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典での国歌独唱を務めた森谷真理。日本人ソプラノとしては硬質の声を持つ人だが、こうした声で聴く第九もいい。


演奏終了後には今年も福島章恭指揮大阪フィルハーモニー合唱団による「蛍の光」がある。溶暗の中、福島は緑の灯りのペンライトを振り、大フィル合唱団のメンバーも同色のペンライトを掲げたキャンドルサービスの中での合唱。今年あった様々な出来事が、清められた上で空へと昇っていくような趣があった。


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2019年12月30日 (月)

コンサートの記(617) ユベール・スダーン指揮 京都市交響楽団特別演奏会第九コンサート2019

2019年12月27日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会第九コンサートを聴く。指揮は、東京交響楽団とのコンビで日本でもお馴染みになったユベール・スダーン。独唱は、吉田珠代(ソプラノ)、八木寿子(やぎ・ひさこ。アルト)、清水徹太郎(テノール)、近藤圭(バリトン)。合唱は京響コーラス。

 

オランダ・マーストリヒトに1946年に生を受けたユベール・スダーン。ブザンソン国際指揮者コンクール優勝、カラヤン国際指揮者コンクール2位、グイド・カンテルリ国際コンクール優勝といった輝かしいコンクール歴を誇る。
岩城宏之が首席指揮者を、尾高忠明が首席客演指揮者を務めていたことで日本でも知名度の高いメルボルン交響楽団の首席客演指揮者、フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団やザルツブルク・モーツァルティウム管弦楽団管弦楽団の首席指揮者を経て、2004年に東京交響楽団の音楽監督に就任。一時代を築き、14年に退任した際には同楽団から桂冠指揮者の称号を贈られている。2018年9月にはオーケストラ・アンサンブル金沢の首席客演指揮者にも就任し、今後も日本での活躍が期待されている。
基本的にノンタクトで指揮する人であり、今日も指揮棒を持たず両手と頭の動きによってオーケストラをリードする。

 

まず、メンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」が演奏され、休憩を挟まず第九の演奏が行われる。
管の首席は、オーボエの髙山郁子とホルンの垣内昌芳が第九のみの出演。メンデルスゾーンにはトロンボーンパートがないので、トロンボーン奏者も全員第九からの参加となる。他のパートの首席奏者は全編に出演する。

コンサートマスター・泉原隆志、フォアシュピーラー・尾﨑平といういつもの布陣。第2ヴァイオリンの首席は客演の安井優子が入る。ドイツ式の現代配置での演奏。

 

メンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」。ベートーヴェンも同じゲーテの詩に基づいたカンタータを残していることから選ばれたのだと思われる。令和という新時代の幕開けに相応しい曲であり、今回が新元号初の第九となることはプログラム決定の前に決まっていたはずであるが、そのためのプログラムと取るのは考えすぎかも知れない。ただ、平成の海はとんでもないことになったため、令和の海は静かであって欲しいとは思う。
スダーンは京響の弦から温かい音を弾きだし、冴え冴えとした管の響きと対比させる。安定感と切れ味を兼ね備えた演奏である。バロックティンパニの力強さも特徴的であった。

 

スダーンの描く第九は、テンポが速めでリズムを強調し、内声部えぐり出すなどベートーヴェンの荒ぶる魂を浮かび上がらせるものである。結構ロックな第九であり、人類史上初のロックである交響曲第7番と、山椒は小粒でもピリリと辛い交響曲第8番との連続性を感じさせる解釈である。非常に面白い。

バロックティンパニの強打は、ピリオド・アプローチによる演奏ではよく聴かれるものだが、第2楽章でのティンパニの5連打で、5打目をピアノに変えずにフォルテのまま叩かせたのが新鮮であった。スダーンは下手に置かれたティンパニへの指示は左手と頭を振ることで行う。

京響の第九というと、広上淳一や、昨年の第九を振った下野竜也のようにアポロ芸術的な第九を生み出す人が多いのだが、スダーンの第九はそれとは真逆である。ディオニソス的とまではいかないが、エネルギー放出量は極めて高い。それでいながらフォルムを崩さないのがスダーンの至芸である。

第3楽章もかなり速め。ひょっとしたら上岡敏之の第九よりも速いかも知れない。スリリングな展開になる場面もあったが、薄味にはならない。低弦をしっかり弾かせて全体の音に厚みと奥行きを出すなど演出も巧みである。

第4楽章も前半は前のめりの演奏。ただゲネラルパウゼはしっかりと入れるため、せわしないという印象は受けない。
京響コーラスは、快速テンポということで、最初の内はどうしても声の精度に粗さが出てしまっていたが、力強さがあり、立体的な音響が見事である。アンサンブルも徐々に整っていき、オーケストラ同様、堅固なフォルムが築かれる。スダーンの音響設計力はほぼ完璧といって良い領域に達している。
スダーンは、古楽の本場であるオランダ出身ということもあってピリオドを援用したモダン楽器による演奏はお手の物である。今日は弦のビブラートはさほど抑えてはいなかったが、第4楽章ではヴィオラに完全ノンビブラートで弾かせて浮かび上がらせるなど、ピリオドとモダン両方の長所を止揚した音楽作りで聴かせる。

とにかく面白さに関しては、これまでに接したことのある第九の実演の中でも上位に入る出来。東響の音楽監督を10年務めた実力が伊達ではないことを示していた。

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2019年12月15日 (日)

コンサートの記(615) 沼尻竜典指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第162回定期演奏会

2019年12月9日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第162回定期演奏会を聴く。指揮はびわ湖ホール芸術監督としても有名な沼尻竜典。京都市交響楽団(この度、英語名をバーミンガム市交響楽団に倣ってか、City of Kyoto Symphony Orchestraに変更することになった)への客演も多いが、京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の定期演奏会へは初登場となる。

曲目は、ベートーヴェンの劇音楽「エグモント」序曲、ブラームスの「運命の歌」、マーラーの交響曲第1番「巨人」。京都市立芸術大学音楽学部・大学院管弦楽団の演奏。「運命の歌」での合唱は京都市立芸術大学音楽学部・大学院合唱団。ソプラノパートには、以前、浄慶寺での「テラの音」コンサートの参加していた女の子がいる。更にヴァイオリンパートとアルトパートの両方に名前が載っている女の子もいるのだが、これは本当に兼ねているのだろうか?

芸術大学の音楽学部や音楽大学は女子の割合が約9割であり、今日の京都市立芸術大学音楽学部・大学院管弦楽団のヴァイオリンパートはなんと男の子は一人だけで、他は全員女の子である。コントラバスやテューバなど、比較的男性の多い楽器(大きいので持ち運ぶのに力がいる)は京芸でも男子の方が多いが、近年女性奏者の進出が著しいホルンはやはり男子は一人だけで他は女子が演奏を行う。京都市交響楽団などはトロンボーンは現在全員男性奏者であるが、京芸は女子の方が多い。
京都市立芸術大学にはハープの専攻はないようで、京都市交響楽団の松村衣里が客演で入る。松村衣里はハープ専攻のある大阪音楽大学で講師をしているようだ。

客席には、下野さんや京響の早坂さんなど、京芸で教える音楽家の姿も見受けられる。

 

ベートーヴェンの劇音楽「エグモント」序曲。弦楽パートの方が優秀である。始めは学生オーケストラにしては渋い音で演奏していたが、クライマックスでは明るめで輝かしい音色に転じ、威力もある。管楽器も技術はあるのだが、各々がそれぞれの音楽を奏でるという領域には達していない。まあ学生だしね。
日本の芸術大学や音楽大学でのHIP教育がどれほど行われているのかはよくわからないが、そうしたものはほとんど意識はしていないようである。「ほとんど」と書いたのは全く意識していないというわけでもないからである。ビブラートも掛けながらの演奏であるが、その後のブラームスやマーラーに比べると明らかに抑え気味ではある。またバロックティンパニこそ使用していなかったが、先端が木製のバチなども使って硬めの音を出させており、無理をしない程度に取り入れようとしていることは感じられる。

 

ブラームスの「運命の歌」。合唱はポディウムに陣取る。
オーケストラが非常に温かい音を出し、合唱も予想以上にレベルが高い。沼尻の過不足のない表現もこの曲に合っているように思われた。
パンフレットに歌詞対訳が載っているとありがたかったのだが、京都市はあんまりお金がないので省いたのかも知れない。無料パンフレットでは音楽学専攻の学生が解説を手掛けており、ドイツ語翻訳も出来る学生はいるはずなので独自のものを出してくれると嬉しい。

 

マーラーの交響曲第1番「巨人」。マーラーはオーケストラに威力がないと話にならないため、実力が試される。実は京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の定期演奏会では、これまでマーラーが取り上げられることが余りなかったそうなのだが、マーラーがオーケストラレパートリーの王道となった今ではそれはまずいということもあってか、マーラーも得意としている沼尻に振って貰うことにしたのかも知れない。ちなみに沼尻は来年は京都市交響楽団を指揮して「巨人」の演奏を行う予定がある。

各パートとも技術はしっかりしているのだが、最初のうちは上手く噛み合わず、全楽器の合奏時には雑然とした印象も受ける。ただ流石は沼尻で各楽器を上手く捌いて次第に見通しの良い演奏となる。
第2楽章はメリハリも利き、音にも爆発力があってなかなかのマーラーとなる。
先にコントラバスは男子の方が多いと書いたが、第3楽章のコントラバスのソロを取るのは女子である。鄙びた感じを上手く出した優れたソロを奏でていた。中間部の憧れを奏でる部分は、若者ならではの瑞々しさの感じられる演奏となり、ある意味理想的だったと言える。
第4楽章の迫力も優れたものであり、沼尻のオーケストラ捌きの巧みさが光る。フォルムをきっちり固める人なので、余り好きなタイプではないのだが、統率力に関してはやはり日本人指揮者の中でも最上位を争う一人だと思われる。

チケットが安いということもあるが客の入りも良く、若い人を見守る雰囲気も温かで、京都市民であることの幸せが感じられるコンサートであった。

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