カテゴリー「ベートーヴェン」の183件の記事

2026年1月28日 (水)

コンサートの記(943) ミコラ・ジャジューラ指揮ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団 ベートーヴェン「第九&運命」@京都コンサートホール

2026年1月15日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団 ベートーヴェン「第九&運命」を聴く。

膠着状態が続くロシアとウクライナの戦争。ウクライナの男性バレリーナが軍服を着て前線に立つ姿が新聞に載ったりしたが、かつてG8に入っていたロシアに比べるとウクライナは財政面で弱い。戦闘が長期化すれば尚更、というわけで、前線にいた男性バレリーナも戻ったのかどうかは分からないが、豊かな土壌を持つウクライナの音楽で外貨を稼いだ方が、バレリーナを前線に送るよりも有効ということで、ウクライナ国立歌劇場が日本で引っ越し公演、それもバレエ(ウクライナ国立バレエ。旧キエフ・バレエ)、オペラ(ウクライナ国立歌劇場。旧キエフ・オペラ)、コンサート(ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団。旧キエフ国立フィルハーモニー交響楽団)と全てを行う音楽の吶喊作戦である。

今回の京都でのコンサートは、ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団名義の方が適当なのかも知れないが、第九にウクライナ国立歌劇場合唱団が加わるため、全て含めてウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団にしたのであろう。

 

京都市の姉妹都市であるキーウ。ということで、以前にもキエフ国立フィルハーモニー交響楽団時代のウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団が京都コンサートホールで演奏会を開いたことがある。その時は、19世紀のヴァイオリン技法を今に伝えるイヴリー・ギトリスが主役であり、ギトリスがカーテンコールにも登場したほどだったが、キエフ国立フィルの質も高かった。なんだかんだでソ連は音楽に力を入れていた。

その時の指揮者は、ミコラ・ジャジューラであったが、今回もジャジューラが指揮する。ジャジューラは、1961年、キーウ生まれ。チャイコフスキー記念キエフ(キーウ)国立高等音楽院でボン・ベートーヴェン管弦楽団の音楽監督としても活躍したローマン・コフマンに師事。1989年から正指揮者としてキエフ国立歌劇場での仕事を始めている。その後、2011年に同団体の音楽監督兼首席指揮者に就任。キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者兼芸術監督には1996年に就任している。
東京国際音楽コンクール・指揮部門(現・東京国際指揮者コンクール)とブダペスト国際指揮者コンクールで入賞(無料パンフレットにはいずれも「優勝」とあるが誤り)。タングルウッド音楽祭で小澤征爾に師事し、レナード・バーンスタインとアンドレ・プレヴィンにも学んでいる。
国外では、韓国のソウル市交響楽団の音楽監督を務め、韓国国立オペラとも仕事をしている。
2005年に、フランス共和国文化勲章を受章。
今日は譜面台を用いず、2曲とも暗譜での指揮である。

 

ウクライナ国立歌劇場管弦楽団(ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団)は、1834年創設と歴史は長い。チャイコフスキーを招いて彼のオペラ(「エフゲニー・オネーギン」、「スペードの女王」など)を彼の指揮で自作自演したりもしている。20世紀に活躍したソ連の作曲家の多くが自作を指揮をした経験があり、サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場、モスクワのボリショイ劇場に次ぐ実力と評価された。

 

曲目は、タイトル通り、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と第9番「合唱付き」であるが、どちらかだけでも難曲なのに、2曲連続上演とはかなりのスタミナである。このコンサートだけならまだしも、まだ他の場所でオペラやバレエを上演するのである。タフとしか言い様がないが、これが戦争状態にある国の現実なのかも知れない。

 

チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置での演奏。ティンパニは視覚面もあって、指揮者の正面ではなく、下手端に位置する。

 

ベートーヴェンの交響曲第5番。フェルマータは短めである。1回目より2回目の方が短い。ジャジューラは2回目のフェルマータを左手で切る。
弦のビブラートは、音を伸ばすときだけに使用。ピリオドを意識した演奏である。そのためか、テンポは一貫して速め。特に第4楽章はかなり速く、ピッコロ奏者がもたつきそうになったが何とか持ち直した。そのピッコロの音型からベーレンライター版使用だと思われる。
第2楽章などは様々な音が鳴り響いており、西欧とも日本とも違った大地の響きである。ティンパニはモダンティンパニだったが(バロックティンパニを使いたくとも今回の演奏のためだけに持ってくる訳にもいかないだろう)、硬めの音で強打を見せ、この曲が初演されたときに聴衆が感じたであろう異様さがなんとなく感じ取れる。

 

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。ウクライナ国立歌劇場合唱団は上段に男声歌手達が、下段に女声歌手達が並ぶ。女声歌手達は全員、ウクライナの民族衣装を纏っている。男声歌手達は燕尾服姿。
ソプラノ独唱:リリア・グレヴツォヴァ、メゾ・ソプラノ独唱:アンジェリーナ・シヴァチカ、テノール独唱:ドミトロ・クジミン、バス独唱:セルゲイ・コヴニール。ウクライナ人は男性の平均身長が高いため、本当のバス歌手がいる。日本人男性は白人に比べると平均身長が低いため、低い声は出ず、本物のバスはいないと言われる。バスとして活躍している日本人も白人に比べるとバリトンになるらしい。昔、黛敏郎が司会をしていた頃の「題名のない音楽会」で、「テノール馬鹿にバリトンすけべ」という言葉が紹介されているが、ここでも日本人男声歌手の低音の代表がバスではなくてバリトンであることが分かる。

日本と違い、頻繁に第九が演奏される訳ではないので、独唱者も合唱団も全員譜面を見ながらの歌唱である。「独唱者も合唱団も全員暗譜で“歓喜に寄す”を歌う国がある」と知ったら向こうの人は驚くのではないだろうか。

ジャジューラは、この曲でもピリオド援用で、テンポは速めである。冒頭のヴァイオリンはノンビブラートで音を切りながら進む。ただ第3楽章では、弦楽器奏者の多くがビブラートを用いるなど、曲調に合わせて使い分けているようである。
速めのテンポにも関わらず、ずっしりとした手応えのあるベートーヴェン。普段、日本のオーケストラで洗練されたベートーヴェンを聴いているため、余計にパワー重視の演奏に聞こえる。
第2楽章も、ウクライナ紛争が頭にあると、戦場の音楽に聞こえてくる。前線の進軍の音楽だ。
一方で、第3楽章はロマンティックというよりも癒やしの音楽。戦勝の夢を見て目覚めるかのようだ。

第4楽章。この楽章にしか登場しない打楽器3人(シンバル、トライアングル、大太鼓)は板付き。合唱も板付きで。独唱者は第2楽章と第3楽章の間に登場した。
独唱者も合唱団もかなりパワフルで、天井の高い京都コンサートホールに声が留まる。
洗練されている訳ではないが、「歓喜に寄す」を歌うにはこれほどのパワーがやはり必要になるのかも知れない。欧米の古いホールなどはステージが狭いので合唱団も限られ、一方、日本はステージが広めなので大人数の合唱を載せることが可能だが、個々のパワーでは、日本人の歌手はウクライナ人歌手に勝てそうにない。体格が違う。
合唱もオーケストラの音も巨大な音の塊としてホールを満たしていた。

今、ウクライナ国内で第九を歌うことは無理なのかも知れない。だがいずれ来るウクライナで第九が上演する日を先取りして聴いているような気分になった。

カーテンコールでは、テノールのクジミンとバスのコヴニールが掲揚サイズのウクライナの国旗を掲げる。

 

なお、ウクライナ国立バレエ芸術監督で「情熱大陸」にも出た寺田宜弘の母親である高尾美智子(寺田バレエ・アートスクール校長)が逝去したということで、寺田宜弘が演奏開始前に舞台上に登場して、この公演が「寺田バレエ・アートスクール 高尾美智子先生追悼公演」となることを告げる。

ホワイエではウクライナの民芸品が売られ、高尾美智子の展示も行われていた。

Dsc_9505

| | | コメント (0)

2025年12月30日 (火)

コンサートの記(935) 沖澤のどか指揮 京都市交響楽団特別演奏会 第九コンサート 2025

2025年12月28日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会 第九コンサートを聴く。指揮者は京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどか。沖澤が京響の第九に登場するのは今回が初めてである。

ドイツ式の現代配置をベースにした配置だが、中央(第2ヴァイオリンとチェロの背後)に木管楽器が陣取り、その後ろの階段状の台に合唱団が乗る(合唱は京響コーラス。上手側が男声、下手側が女声である)。金管楽器が下手寄りに斜めに並び、下手奥隅に中山航介が叩くティンパニがある。ティンパニは見た目では分からなかったが、音を聴いてバロックティンパニだと確認出来た。木のバチ、先端に毛糸を巻いたマレット、両方を使用。上手寄り、チェロの奥にはファゴット群が布陣する。
ステージを擂り鉢状にしての演奏である。

コンサートマスターは京響ソロコンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。フォアシュピーラーに泉原隆志。客演首席ヴィオラに笠川恵(かさかわ・めぐみ)、客演首席トロンボーンには吉田英恵(はなえ)。
今年は第九1曲勝負である。ソプラノ:嘉目真木子(よしめ・まきこ)、メゾ・ソプラノ:小泉詠子(えいこ)、テノール:小原啓楼(おはら・けいろう)、バリトン:山本悠尋(ゆきひろ)。今年は読みにくい名前の人が揃う。

沖澤のどかの指揮であるが、各楽章の冒頭は中庸でも自然にスピードアップしていくのが特徴。第3楽章では特にこの傾向が顕著であった。
第1楽章であるが、スケールを拡げずスマートなフォルム。転調の時のティンパニも抑え気味だったが、ティンパニも徐々に強打させることが多くなっていく。
第2楽章も適度に揃えたアンサンブル。アンサンブルを徹底して磨くと宇宙の鳴動のように聞こえる音楽だが、沖澤はそこまでせず、人間ドラマの側に立った第九を描き出す.
第2楽章の終わりを、沖澤は、広上淳一や川瀬賢太郎が行ったように柔らかな音で締める。

音色であるが、やはりいつもの京響とは違い、旧東独のオーケストラのような燻し銀の響きを出していた。ベルリン・フィル・カラヤン・アカデミーで学び、ベルリン・フィルの芸術監督であるキリル・ペトレンコのアシスタントを務めた沖澤だが、インターナショナル化したベルリン・フィルの響きよりも、よりドイツ的な響きを理想としているのかも知れない。ドイツの東西分裂は悲劇だったかも知れないが、結果として旧東独の地域にはドイツのローカルな響きが残ることになった。
広上淳一が指揮する京都市交響楽団は、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のような響きだが、沖澤のどかが紡ぎ出す京響の響きはライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団に近くなる。指揮者が変わるだけで、音色がここまで変わるというのも興味深い。ヘルベルト・ブロムシュテット指揮のCDで何度も聴き、横浜で耳にしたあの音を今ここで聴いているような気分。

京響コーラスは板付き。独唱者とフルートのサード(ピッコロ)、ティンパニ以外の打楽器は、第2楽章終了後にステージに登場する。

第3楽章もロマンティシズムより見通し重視の美演。ドラマよりも音にものを言わせる演奏である。
第4楽章。沖澤は第3楽章が終わるとアタッカで突入する。低弦のエッジが立っているのが特徴である。8分の6拍子のクライマックスの部分は4つ振りと2振りで処理する。
ここでもスケールよりは造形美重視。テンポは速いが勢いで突き進むタイプの第九ではない。神がベートーヴェンを通して書いたような第九の演奏もあるが、今日はあくまでもベートーヴェンという人間による人間讃歌だ。

ヴァイオリン、ヴィオラ、ティンパニにこれまで聴いた第九とは異なる部分があったので、「ブライトコプフ新版かな?」とも思ったが、沖澤が最後に掲げた総譜の表紙は茶色だったため、ベーレンライター版であった可能性が高い(オーケストラのライブラリアンなどが表紙にカバーを掛けてしまう場合があるので実際には分からない)。他の指揮者が採用しないベーレンライター版の部分を採用したのだろうか。付け加えたという部分はヴィオラを除いてはないと思う。なお、ラストのピッコロは一般的なベーレンライター版での演奏と比べて控えめであった。


今日の京響の響きをライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団に例えたが、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団といえば年末の第九の元祖。擬似ライプツィッヒ気分である。

Dsc_9395

| | | コメント (0)

2025年12月14日 (日)

コンサートの記(932) ジャン=クリストフ・スピノジ指揮 京都市交響楽団第706回定期演奏会

2025年11月29日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第706回定期演奏会を聴く。指揮は、ジャン=クリストフ・スピノジ。

ジャン=クリストフ・スピノジ。いかにもベートーヴェン好きになりそうな名前であり、フランス・コルシカ島出身ということでナポレオンと同郷である。ベートーヴェンは「ウェリントンの勝利」を書いているけれども。
詳しい経歴などは無料パンフレットには載っていないが、クラシック音楽における「アンファン・テリブル(恐るべき子ども)」と呼ばれていたり、「並外れたリズム感と身体能力を持ち合わせた。音楽家=振付師」と称されてもいるようだ。

2007年に自ら組織したアンサンブル・マテウスと共にシャトレ劇場で珍しいものも含むオペラをいくつも上演。客演指揮者として、ベルリン・ドイツ交響楽団、パリ管弦楽団、hr交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団、ウィーン交響楽団などと定期的に共演し、2021年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮台にも立っている。

開演30分前からプレトークがあるが、スピノジは、フランス語で比較的長めのトークを行っていた。事前に打ち合わせはしていたと思うが、通訳泣かせではある。内容は楽曲の解説が中心。「田園」交響曲については、日本人の独自の自然観についても述べていた(私の認識とは多少異なっていたが)。

 

曲目は、ロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」、ハイドンの交響曲第82番「熊」、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」

 

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の町田琴和(まちだ・ことわ。女性)が客演コンサートマスターとして入る。町田姓は圧倒的に鹿児島県出身者が多いのだが、彼女は東京生まれのようである。ちなみに私には京都出身の町田姓の友人が二人いる。
フォアシュピーラーに泉原隆志。ヴィオラの客演首席に石橋直子、チェロの客演首席にルドヴィート・カンタ。管の首席奏者の大半はベートーヴェンのみの出演である。クラリネット首席の小谷口直子は、老眼鏡をかけて出演した。私も近頃は老眼に悩むようになっている。

チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置での演奏。実のところ、ドイツ式の現代配置でもアメリカ式の現代配置でも大した違いはないとこれまでは思ってきたが、「田園」交響曲を聴いてその認識が誤りであることが分かった。

 

指揮台の前に譜面台はなく、スピノジは全て暗譜によるノンタクトでの指揮を行う。拍を刻むことは稀で、基本的には音型を両手で示してみせる。

 

ロッシーニの歌劇「アルジェのイタリア女」。ピリオドによる弦楽の響きの透明さがプラスに働き、管も快活で楽しい演奏になる。

問題はここからである。
ハイドンの交響曲第82番「熊」。最近、熊が日本のあちこちに出没しているが、「タイムリー」などとは言えないタイトルである(後記:令和7年の今年の漢字は「熊」に決まった)。タイトルの由来はよく分かっていないが、第4楽章の音型が熊の鳴き声に聞こえた説などがある。ハイドンによる命名ではない。

ロッシーニにはティンパニのパートがなく、この曲から中山航介がバロックティンパニを担当するが、ティンパニは指揮者の真正面ではなく、後列の中で一番上手寄りに陣する。

交響曲第82番「熊」は、ロヴロ・フォン・マタチッチがNHK交響楽団の定期演奏で取り上げたときの放送用音源がCD化されているので、それで親しんだ人も多いかも知れない。
だが、スピノジの「熊」は一般的な「熊」交響曲とは別物。緩急、強弱の幅が著しく、「これが俺の考える『熊』だ!」と思い切り提示してみせる。常日頃の京響では追いつけない解釈で、そこでスピノジと共演経験のある町田琴和が客演コンサートマスターとして呼ばれたのだろう。

かなり即興的であり、再創造的であるが、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーなどは「音楽は即興的でなければならない」と考えており、同じ演奏は二度としなかったし、朝比奈隆もその時々によって演奏を変えていた。だからスピノジが前例のないことをした訳でもない。

良い演奏かどうかは人によって意見が分かれると思うが、私は、「遊んでるな」と微笑ましく見ていた。

ハイドンは交響曲第90番で、「全曲終わったと見せかけてまだ終わってない」を繰り返すのだが、スピノジは「熊」で同じことをやる。勿論、スピノジが切ったところで曲が終わるわけはないのだが、客席からは、「クレイジー!」という言葉が飛び(演奏中に言葉が飛ぶのはかなり珍しい)、演奏が終わってからはブーイングも響いた。

ハイドンは古典派なので、格調高く演奏すべきという考えは分かる。ただそうした考えがハイドンの人気を下落させ、ピリオド・アプローチが盛んになってから復活したということを考えると、「べき」演奏は作曲家の魅力を下げることに繋がらないと言い切れるだろうか。

 

ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。

第1楽章はやはり緩急を付けた演奏。同じフレーズでも急に遅くなったり速くなったりアゴーギクを多用する。ゲネラルパウゼも長め。この楽章ではそうする必要を強くは感じなかったが、第2楽章ではほぼインテンポによる細やかな演奏を聴かせる。小川のせせらぎを描いているのでそんなに急に遅くなったり速くなったりする訳はない。
第3楽章は「風景」よりも「心情」を表出。沸き立つ気分が描かれる。そして「嵐」であるが、ここで客席側に配置されたチェロがエッジの立った音を聴かせる。チェロは音が前に飛ぶ楽器なので、ドイツ式の現代配置のようにオーケストラの内側にあった方が有利なような気がするのだが、アメリカ式の現代配置のように指揮者のすぐ横にあった方が操りやすい。ストコフスキーも単に録音用に配置をした訳ではないようである。
第1ヴァイオリンの響きも電光を表していることがいつも以上によく分かる。
そして「嵐」のラストの方は引き延ばされ、嵐が去って行く様が描かれる(実際、第5楽章に入る直前までチェロは雷鳴の響きを奏で続けている)。
第5楽章は非常に明るい演奏であるが、最後の方で、「ここから去りたくない」というメッセージをスピノジは見つけていた。

 

老年になると穏健派になってしまう指揮者も多いが、スピノジにはこれからも暴れまくって欲しいものである。

Dsc_9195

| | | コメント (0)

2025年11月14日 (金)

Eテレ「伝説のマエストロ カラヤンの日本公演再び」

2025年11月5日

NHKONEで、「伝説のマエストロ カラヤンの日本公演再び」を視聴。11月1日にEテレで放送されたもの。
20世紀後半最大の指揮者だったヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)。最大という形容に反して、身長は155㎝と白人男性としてはかなり小柄であった。ただレナード・バーンスタインも160㎝、広上淳一、下野竜也、大植英次という日本を代表する指揮者も軒並み小柄。女性指揮者も三ツ橋敬子は151㎝と女性としてもかなり小さい部類に入る。ただ考えてみれば、体が小さいと手も小さい。手が小さいと楽器を弾くには不利であり、ソリストよりも指揮者を目指す傾向はあるように思う。

カラヤンは計11回来日。ベルリン・フィルとの来日公演、ウィーン・フィルの来日公演、そして単身NHK交響楽団に客演している。
NHK交響楽団を指揮したのは1954年。日本での知名度は高くなかった。とても有能だったが、傲慢な性格に辟易したという話も伝わっている。
カラヤンがベルリン・フィルのシェフになった時代は、他にライバルとなり得るドイツ系指揮者がおらず(ベームはすでに高齢。ヨッフムは出世よりも楽団を育てることに喜びを見出すタイプ)、ベルリン・フィルのアメリカツアーに指揮者として帯同させて貰えれば、芸術監督の座を受けても良いとベルリン・フィル側に伝えていた。カラヤンの前にベルリン・フィルの首席指揮者となっていたのは、ルーマニア出身のセルジウ・チェリビダッケであったが、チェリビダッケはカラヤン以上に厳しい性格で、ベルリン・フィルの団員を平気で「下手くそ!」となじっていた。指揮者としては極めて有能だったが、ベルリン・フィルの団員はチェリビダッケにはこりごりだった。ということでカラヤン政権が誕生する。ナチ党員であったカラヤンは、戦後、「公的な演奏活動」を全て止められたが、録音活動は「公的な演奏活動」に含まれていなかったため、EMIのプロデューサーであるウォルター・レッグと組み、ロンドンに録音のために結成されたフィルハーモニア管弦楽団を指揮してレコーディングを行い、名声を高めていた。そんなこともあり、録音に関しては誰よりも積極的だった。
映像の制作にも熱心であったが、通常の配置では撮れないアングルから撮りたいというので、演奏する真似だけをさせることも多く、楽団員からは不評であった。

まず、東京・内幸町(愛宕山と表記されることもある)の旧NHKホール(現存せず)で行われたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との来日演奏会。1957年、ベルリン・フィルとの初来日時の映像である。演奏されるのはワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲である。
カラヤンの指揮であるが、不思議な印象を受ける。この頃は「カラヤンは指揮するときに目を閉じる」は徹底されておらず、閉じたり開けたりしながらの指揮だが、動きが必ずしも流麗とはいえず、指揮棒も分かりにくいということはないが、予想外の動きをするため、オーソドックスタイプの指揮者に見えない。1957年のモノクロ映像であるが、ステレオでの収録である。カラヤンはすでにフィルハーモニア管弦楽団とステレオでの録音を行っていたが、映像としてはカラヤンとしても初のステレオ収録かも知れない。演奏としては録音が古いということもあってややまとまりに欠ける感じ。そもそもカラヤンはワーグナーはよく取り上げたが得意ではなかった。

続いてベートーヴェンの交響曲第5番。冒頭付近は映像がなく静止画、面白いのは、ハープが指揮者よりも前に位置するという配置。日本指揮者協会(というものがある。岩城宏之が外国人指揮者に、「日本には指揮者協会というのがあってね」と話したところ、「指揮者は二人いたらもうライバルなのに、お前の国は何やってんだ?」と呆れられたそうである)の演奏会で、山田一雄がハープを受け持ったのだが、「山田先生のような偉い方を奥に置くわけにはいかない」ということで、指揮者より前に出したことがあったそうだが、そんな感じである。
カラヤンは生涯に4度、「ベートーヴェン交響曲全集」を録音している。50年代、60年代、70年代、80年代だからほぼ10年おきだ。更に東京の普門館で行われたベートーヴェン交響曲チクルスを録音した放送音源の全集もリリースされている。個人的には70年代盤が好みである。
今回の映像であるが、貴重なものであることには間違いないが、指揮者がまだ熟していない気がする。この年、カラヤンは49歳。「40、50は洟垂れ小僧」ならまだ洟垂れ小僧である。この時点では、カラヤンがこの後、ベルリン・フィルとウィーン国立歌劇場(ウィーン・フィルの母体でもある)の芸術監督を兼任して帝王と呼ばれるようになるとは思えない。それほど若さが先行した演奏である。

格好いいとされた指揮姿も、今の指揮者達に比べると地味だ。やはり真正面を向いたまま指揮することが多く、左右に体を向けることはほとんどない。他の指揮者もそうなので、これがこの時代の正統的な指揮のスタイルだったのだろう。

カラヤンとウィーン・フィルの演奏。カラヤンはウィーン国立歌劇場芸術監督時代にはウィーンに家を持っているが、その後、田舎に居を構え、ベルリンではホテル暮らしだった。ベルリン・フィルのメンバーにはそのことを不満に思う人もいたようである。
1959年11月6日に、日比谷公会堂で行われたブラームスの交響曲第4番の演奏である。モノラルでの収録。カラヤンのブラームスには定評があったが、ベルリン・フィルを振った交響曲全集などは、私にとっては音で押してくる感じがして苦手である。
ここでは構造重視の演奏。センチメンタリズムなどは表に出さない。その方がカラヤンらしいと言える。
部分的には指揮棒を抑えてオーケストラに任せるところもある。一部は映像が存在しないようで、やはり写真などで乗り切っている。

最後は、1957年10月27日の、旧NHKホールで行われたブラームスの交響曲第1番第4楽章のベルリン・フィルとの映像。熱い演奏だが、カラヤンの若々しさの方が勝っているように思う。指揮姿も巨匠というより若武者といった感じ。旧NHKホールは収用人数600人程度とかなり手狭だったが、音響の良さは今にも伝わっており、この日訪れた聴衆も期待の若手指揮者と世界最高峰のアンサンブルに満足したのではないかと思われる。

| | | コメント (0)

2025年10月29日 (水)

コンサートの記(928) 太田弦指揮 日本センチュリー交響楽団第293回定期演奏会

2025年10月24日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団の第293回定期演奏会を聴く。指揮は、松本宗利音(しゅうりひと)と共に日本の若手指揮者界をリードする太田弦(げん)。1994年生まれの太田弦。今年で31歳になるがかなりの童顔で下手したら高校生に間違えられそうである。札幌生まれ。幼少の頃からピアノとチェロを学び、東京藝術大学音楽学部指揮科を首席で卒業。尾高忠明と高関健に師事した。今の藝大指揮科の主任は山下一史であるが、全員、桐朋学園大学出身である。ということで、藝大の指揮科は長い間、桐朋学園大学の植民地となっている。国公立の藝大、それに対抗する私立の桐朋であるが、格としてはやはり藝大の方が上。上のはずの学校の看板部門が植民地化されている例は珍しく、芸術関係ならではのような気がする。他の一般の学問では有名私立大の特定の分野が有名国立大の教授で占められ、植民地となっているケースが多い。
それはさておき、太田弦は東京藝術大学大学院に進み、指揮専攻修士課程を修了。指揮以外にも作曲を二橋潤一に師事している。
2015年、第17回東京国際音楽コンクール・指揮部門で2位入賞。
2019年から2022年まで大阪交響楽団正指揮者、2023年には仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者に就任。2024年4月より、福岡市を本拠地とする九州交響楽団の首席指揮者に就任。初めて手兵を得ている。昨年、シャルル・デュトワ指揮九州交響楽団の定期演奏会を聴きに、九響の本拠地であるアクロス福岡シンフォニーホール(正式にはアクロス福岡という総合文化施設の中にある福岡シンフォニーホールであるが、続けて表記されることが多い)に初めて出向いたが、ホワイエに太田弦の全身パネルが飾られていた。等身大ではないと思うが。

Dsc_8986

Dsc_5485

 

今日の曲目は、ベートーヴェンの交響曲第2番、武満徹の「波の盆」、武満徹の「系図 -若い人のための音楽詩-」(語り:寺田光、アコーディオン:かとう かなこ。岩城宏之編曲による小管弦楽版)

 

武満作品が2つ並ぶという意欲的なプログラム。ドイツ人指揮者がベートーヴェンを指揮するように、フランス人指揮者がドビュッシーを指揮するように、フィンランド人指揮者がシベリウスを指揮するように、デンマーク人指揮者がニールセンを指揮するように、ノルウェー人指揮者がグリーグを指揮するように、イギリス人指揮者がエルガーを指揮するように、日本人指揮者は武満徹を指揮する。

 

だが、武満作品、それもかなり分かり易いものであっても現代音楽は避けられるようで、集客面ではかなり残念であった。特に2階席は空席が目立つ。
今日は茨木市在住の人のための招待公演でもあったのだが、その人達なのかどうかは分からないものの、コンサート初心者が多いようで、ベートーヴェンでは楽章が終わるたびに拍手が起こっていた。この場合、どうするのかというと人による。藤岡幸夫は、「エンター・ザ・ミュージック」で、「新しいお客さんが来てくれたんだ」と喜ぶと明かしている。一方で、聴衆の中にはマナー違反と取る人もいるようだ。
モーツァルトやベートーヴェンの時代には、交響曲が丸々演奏されず、1つの楽章が終わったら歌曲が入るなど、もっと雑多な構成であったようだ。聴衆は貴族が多かったが、音楽そっちのけで話す人も珍しくなかったらしい。正しい姿勢で、楽章間拍手なしでという風になったのはワーグナーの影響が大きいと言われている。ワーグナーが礼儀正しかったからではなく、逆に「俺様の音楽を黙って聴け」という尊大な人だったからと言われている。

 

ベートーヴェンの交響曲第2番。今日のコンサートマスターはセンチュリー響客員コンサートマスターの篠原悠那(しのはら・ゆな)。ドイツ指揮の現代配置での演奏である。
日本センチュリー交響楽団は、中編成のオーケストラなので在阪の他の3つのプロコンサートオーケストラに比べるとサイズが小さい。弦楽奏者が全くと言って良いほどビブラートを掛けないピリオド・アプローチによる演奏であったが、ザ・シンフォニーホールの音響をもってしても中編成でのピリオドだと音が弱い。ただ広上淳一とオーケストラ・アンサンブル金沢はザ・シンフォニーホールで「田園」交響曲をきちんと鳴らしていたから、演奏者側の問題も皆無ではないだろう。だが、次第に耳が慣れてくるので音の小ささは余り気にならなくなる。
太田弦は、大きめの総譜を見ながらノンタクトでの指揮。暗譜で振る曲は今日はなかったが、暗譜否定派かも知れない。両手を使って巧みにオーケストラを操る。
流れが良く、フォルムもカチッと決めているのに、今ひとつ手応えを感じないのは指揮者の若さ故だろうか。日本だから31歳でもベートーヴェンを振らせてくれるが、ヨーロッパではそうはいかないかも知れない。「40、50は洟垂れ小僧」の世界である。
いくつか聴いたことのないメロディーなどが聞こえてきたが、あるいはブライトコプフ新版を使っていたのかも知れない。大阪フィルの演奏だったら福山さんに気軽に尋ねることが出来るのだが、センチュリー響にはそうした人はいない。

 

 

武満徹の「波の盆」。民放のテレビドラマのための音楽として書かれ、後に演奏会用に編み直されている。チェレスタとシンセサイザーが入るのが特徴。チェレスタ:橋本礼奈、シンセサイザー:新井正美(女性)
センチュリー響の特徴である、編成が小さいが故に効く音のエッジが印象的。メロディーを美しく歌い上げる。武満は響きの作曲家であるが、今日取り上げる「波の盆」と「系図」はいずれも美しいメロディーを特徴とする。

 

 

武満徹の「系図 -若い人のための音楽詩-」。武満晩年の作品であり、映画用に書くはずだった音楽を語り付きの管弦楽曲にまとめたもので、チャーミングなメロディーと武満ならではの響き、谷川俊太郎のテキストが相まって、武満の次なる方向性を示すはずだったのかも知れないが、幼い頃から病弱だった武満は長生き出来ず、初演の翌年の1996年に他界した。

 

初演は、レナード・スラットキン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによって、1995年4月に行われたが、谷川俊太郎の詩集『はだか』から取られた「おかあさん」のテキストが、「ネグレクトで、相応しくない」と指摘され、危うく初演が流れるところだった。

 

日本でも同年に、岩城宏之指揮NHK交響楽団により、映像作品と実演で初演された。語りを務めたのは、先頃若くして亡くなった遠野なぎこ(当時:遠野凪子)である。
子役として本名でデビューした遠野なぎこであるが、毒親育ちであり、親は子役をやらせることで儲けようとしていた。遠野凪子の芸名で活躍するようになってからもDVやネグレクトなどがあったようである。彼女がテキストをどんな気持ちで読んでいたのかは分からないが、プロに徹して朗読していたような気がする。
遠野なぎこは、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の定期演奏でも、テキストを暗記して語り手を務め、小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラとの録音でも語りを行ったが、小澤盤での語りはナチュラルさが失われ、感情過多で良くない。なぜ悪くなったのかは分からないが、小澤の意向だろうか。

 

「系図 -若い人のための音楽詩-」を生で聴くのは3回目。日本語の朗読で聴くのは2回目である。どういうことかというと、初めて聴いたのは、東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”で聴いたケント・ナガノ指揮リヨン国立歌劇場管弦楽団の来日演奏会で、フランス人の少女によるフランス語の朗読だったのである。武満は語り手について、「15歳前後の少女が望ましい」としているが、この時の少女は15歳ほどだったと記憶している。フランス語は分からないので、音楽だけ聴いていた。
2度目は、横浜みなとみらいホールで行われた、沼尻竜典指揮日本フィルハーモニー交響楽団の横浜定期演奏会。語り手は当時18歳の蓮佛美沙子。座ってテキストを読みながらの朗読であった。今の蓮佛美沙子は名女優だが、18歳の頃は今ほどではなく、演奏が終わった後も少し照れくさそうにしていた。ただ女優といっても、コンサートホールで大勢の聴衆を前に朗読という機会はなかなか巡ってこないのだから貴重な体験だったはずである。なお、この演奏会の記録をWikipediaに書き込んだのは私である。

 

今回、朗読を務める寺田光は、2005年11月19日生まれ。現在、19歳、まもなく二十歳である。大阪府出身。テキストを読みながらの語りである。
ミュージカル女優としてデビュー後、映像にも進出。朗読劇にも参加したことがあるようだ。
アコーディオンのかとう かなこは指揮台右横のスピーカーのすぐ後ろに座って演奏する。ボタン式であるクロマチックアコーディオンを弾く機会が多い人だが、今回は多くの人が目にしたことのある鍵盤式のアコーディオンで演奏を行う。

 

寺田光のテキスト解釈は、私とはズレているところが何カ所かあったが、詩なので解釈が異なるのは当たり前であり、そういうものとして受け入れるしかない。谷川俊太郎の『はだか』は私もお気に入りの詩集で、自分で持っているほか、人にプレゼントしたこともある。

 

かとう かなこは腕利きとして知られるだけに、今回もノスタルジックなメロディーを温かな音で奏でていた。

 

今回は、岩城宏之の編曲による小管弦楽版での演奏である。日本センチュリー交響楽団は、フル編成ではないのでこの版が選ばれたのだろう。初演の指揮者である岩城宏之がなぜ編曲を行ったかというと、彼らは日本初のプロ室内管弦楽団であるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の初代音楽監督をしており、OEKの編成ではそのままでは演奏出来ないので、編成を小さくしてもタケミツトーンが生きる編曲をする必要があったのだ。小管弦楽版での初演は、2002年11月20日に、岩城指揮のOEKによって行われた。
岩城は語り手として吉行和子を選んだことがあり、若杉弘も自分の奥さんを語り手にしたことがあるが、これは良くないと思う。「しらないあいだにわたしはおばあちゃんになっているのかしら きょうのこともわすれて」という部分があるため、高齢の人が読むとある症状を連想してしまう。テキストを俯瞰で読めると考えたのだと思われるが、ラストを考えるとやはりこれは若い人が語り手を務めるべき作品である。

 

太田弦指揮する日本センチュリー交響楽団、かとう かなこらによる演奏は、胸が苦しくなるほど美しく、背筋が寒くなるほどに麗しい。抜群の色彩感は武満ならではで、生前、武満と親しかった岩城も、単に編成を切り詰めるだけでなく、響きのポイントを押さえた編曲を行っているように思う。
音楽に国境はないが、日本人でなかったらここまでの美しさはやはり感じ取れなかっただろう。
とはいえ、世界にアピールできる武満作品の一つ、それが「系図 -若い人のための音楽詩-」である。この音楽を知る人は、きっと誰よりも「とおくへ」行ける。

 

拍手が鳴り止まなかったため、太田は総譜を閉じて、「これで終わりです」というパフォーマンスを見せた。

| | | コメント (0)

2025年10月 5日 (日)

コンサートの記(922) 広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢 2025年9月定期公演 大阪公演

2025年9月23日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、OEKことオーケストラ・アンサンブル金沢の2025年9月定期公演 大阪公演を聴く。指揮はアーティスティック・リーダーの広上淳一。アーティスティック・リーダーはどんなポストなのか分かりにくい横文字だが、広上によると「音楽監督」だという。広上は京響のシェフ時代も音楽監督並みの仕事をしながら、肩書きは常任指揮者+αであった。京響は井上道義を音楽監督に据えて活動したことがあるが、広上は井上と同じ肩書きを望まなかったのだろう。金沢でも同様だと思われる。井上と広上は仲が良く、金沢で井上が指揮の講習会を行うときは広上も付いていくことが多かった。

広上は、京都市交響楽団第12代・第13代常任指揮者を辞任後、「これからは客演指揮者としてやりたいときにやりたいような指揮をする」 つもりだったのだが、夢枕にオーケストラ・アンサンブル金沢創設者の岩城宏之が立ち、「おい、お前、金沢をどうにかしないといかんだろう」と言われたため、OEKのポストを受けたと語っている。本当かどうかは分からない。だが、かつて井上が君臨し、師の一人である岩城宏之が創設したオーケストラということで、シェフの座を受けるのは自然のような気がする。

金沢に専念するかに思われた広上だが、マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に招聘され、今後は東南アジアや南アジアでの指揮活動も増えるかも知れない。ベトナム国立交響楽団の音楽監督である本名徹次、ミャンマー国立交響楽団の音楽監督である山本祐ノ介(山本直純の次男)など先陣もいる。再編集版がNHKで放送された「ベトナムのひびき」の主人公、佐倉一男(濱田岳が演じた)のモデルである福村芳一も入れても良いかも知れない。

Dsc_87222


曲目であるが、広上の得意なオール・ベートーヴェン・プログラム。ピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ独奏:トム・ボロー)と交響曲第6番「田園」

広上のベートーヴェンには定評があるため、ザ・シンフォニーホールは満員に近い盛況である。

オーケストラの配置であるが、パッと見はドイツ式の現代配置に見えるのだが、実際は第1ヴァイオリンの隣のパートの楽器はヴァイオリンより一回り大きく、3人しかいない。つまりヴィオラである。ドイツ式の現代配置ではヴィオラが陣取る場所に第2ヴァイオリンが回る。つまり変則ヴァイオリン対向配置である。昨年の、井上道義の大阪でのラストコンサートで、井上が大阪フィルハーモニー交響楽団をこの配置で並べたが、同じ並びが今日も採用されている。コントラバスはチェロの奥に陣取る。
演奏会終了後に、OEKのスタッフに伺ったが、井上は金沢ではこの配置を採用しており(京響や大フィルの少なくとも定期演奏会では採用していない)、ミンコフスキの時代を経てOEKのシェフとなった広上も井上が行った配置を踏襲しているようである。他でこうした配置を見たことはほとんどない。
OEKは室内管弦楽団なので、低音の奏者が少ない。今日はヴィオラが3(所属楽団員は4人)、チェロが4(フルメンバー)、コントラバスが3(フルメンバー)である。人数が少ないのでベースを築くヴィオラとチェロを中央に置き、低い音を前に出そうとしたとも考えられるが、真意は不明である。単なる思いつきによる配置かも知れないし。

コンサートミストレスは、アビゲイル・ヤング。ピリオド奏法に通じており、ピリオドを採用したときの大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会で客演コンサートマスターを務めたこともある。

そのヤングがコンサートミストレスなので、ピリオドを前面に押し出すかと思ったが、ビブラートを多く掛ける部分と全く掛けない部分が混在し、ヴァイオリンのボウイングなどはピリオドであったが、スタイルよりも音楽性重視の演奏であった。

 

ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。独奏者のトム・ボローは、2000年、イスラエルの中心都市であるテルアビブに生まれたピアニスト。イスラエルは首都と中心都市が異なるが、国連はエルサレムを首都とは認めず、最大都市で政治・経済の中心あるテルアビブを首都としている。日本はエルサレムが首都であることを認めている。
5歳でピアノを始め、テルアビブ大学ブッフマン=メータ音楽院で学び、その後、マレイ・ペライアにレッスンを受け、クリストフ・エッシェンバッハや、リチャード・グード、サー・アンドラーシュ・シフといったの多くの著名ピアニストのマスタークラスで腕を磨いている。イスラエル国内の数々のピアノコンクールで優勝に輝いているが、海外のコンクール歴がないのか成績が良くなかったのか、今のところ名声はイスラエル国内に留まっている。イスラエルがとんでもない情勢になっているので、海外のコンクールなどは受けられないのかも知れない。

ボローのピアノであるが一音一音の明晰さが最大の特徴。音楽性も爽やかで、「皇帝」協奏曲というより「皇太子(プリンス)」協奏曲といった趣である。
ペダリングにも注目していたが、左足を後ろに引いたまま演奏していることが多く、ソフトペダルは稀にしか踏まなかった。力強い場面ではダンパーペダルを何度も踏み換えるが、音を濁らせないための技法だと思える。

広上指揮のOEKもボローに合わせた清々しい伴奏を聞かせる。今日はティンパニはモダンタイプを使用し、強打させる場面も余りなかった。

ボローのアンコール演奏は、クライスラーの「愛の哀しみ」ピアノ独奏版。編曲者は分からなかったが、後で掲示を確認したところ、ラフマニノフであった。確かにラフマニノフが好みそうな曲調ではある。

 

後半、交響曲第6番「田園」。一拍目が休符の曲であるため、広上は指揮棒の先をくるりと一回転させてから本編に入った。日本フィルハーモニー交響楽団を指揮したライブ録音盤でも好演を示していた広上の「田園」。今日も木々の葉ずれの音が聞こえてきそうな情報量の多い演奏である。広上は第2ヴァイオリンを強調したようで、何度も右を向いて指示を行っていた。
第2楽章も瑞々しく、第3楽章も草原がどこまでも広がっていくような、突き抜けた明るさが感じられる。
第4楽章は室内管弦楽団ということもあって、京響を振るときなどとは違い、迫力よりも描写に力点が置かれているように思われた。
そして大いなる自然に祝福され、感謝を送り返すような最終楽章。

ベートーヴェンは、この曲が自然の描写だということは否定し、「田園に着いたときの気分を音楽にした」と語っている。描写でなく心象ということなのだろうが、発想的にはその後にフランスで生まれる「印象派」と呼ばれる画家達に近い。ベートーヴェンの画才については不明だが、自信があったら絵の一枚も残っているはずで、文字の汚さなどを見ても絵画方面は不向きだったと推測される。だが、もし優れた画才があったら、絵画の印象派を生んだのは、クロード・モネやマネやゴッホではなくベートーヴェンだったかも知れない。そんなはずはないのだが、広上の指揮で聴くとそんな夢想をしてしまうのだ。これからも広上は私にとって特別な指揮者であり続けるだろう。

 

アンコールでは、まずビゼーの「アルルの女」組曲よりアダージェットの繊細な演奏を経て、阪神タイガース、セ・リーグ優勝記念ということで、「六甲おろし」が華やかに演奏された。広上は振り向いて手拍子を促し、多くの人が乗ったが、東京ヤクルトスワローズファンとしては叩けないということで音楽だけを楽しんだ。この歌は、作曲の古関裕而本人は良い出来だと思っていなかったようだが、個人的はとても良い歌だと思う。ちなみにリリース時も、タイガースは兵庫県西宮市の甲子園球場を本拠地としていたが、チーム名は大阪タイガースであり、「六甲おろし」の「オオ オオ オオオオ」の部分は大阪の「大」の字に掛けられている。タイガース保護地域である兵庫県よりも、大阪市内もしくは大阪府内で聴いた方がいい曲なのかも知れない。

今回のツアーは北陸中心でそれ以外での公演が行われるのは大阪と岐阜だけである。また能登のある石川県のプロオーケストラということで、ホワイエでは「能登応援Tシャツ」が売られていた。

Dsc_8729

| | | コメント (0)

2025年10月 3日 (金)

コンサートの記(920) 「2025年 大阪・関西万博 クリストフ・エッシェンバッハ×大阪フィル 第九演奏会」

2025年4月17日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、「2025年 大阪・関西万博記念 クリストフ・エッシェンバッハ×大阪フィル 第九演奏会」を聴く。
北ドイツ放送交響楽団(現・NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)、フィラデルフィア管弦楽団、パリ国立管弦楽団などいくつものポストを兼任して、一時は、「世界で最も忙しい指揮者」と呼ばれたクリストフ・エッシェンバッハ。間違いなく大物指揮者の一人だが、そんなエッシェンバッハが大フィルに客演して第九を振るという、万博があったから実現した演奏会である。
1970年の大阪万博の時は、初来日を含む大物アーティストが次々に来阪し、大阪のみでの演奏会を行い(会場は主に初代フェスティバルホール)、東京などからも聴衆がやって来たという出来事があったが、今は1970年当時とは異なり、大物アーティストが毎年のように日本にやって来る時代なので、来日演奏会が行われることは行われるが、大阪だけ特別ということはない。ただ今回のエッシェンバッハと大フィルの第九は大阪だけでの公演である。

 

指揮者として知られるクリストフ・エッシェンバッハであるが、元々はピアニストとして活動しており、クララ・ハスキル国際コンクール優勝後、ドイツ・グラモフォンに多くのレコーディングを行っている。それらは今も主に廉価盤としてドイツ・グラモフォンからリリースされている。だが、ドイツ・グラモフォンとの契約切れとなるころに、元々指揮者志望だったということで転向。私がクラシック音楽を聴き始めた頃にはすでにピアニストとしての活動はほとんど行っておらず、指揮者として活動していた。近年は、ワシントンD.C.のナショナル交響楽団、同じくジョン・F・ケネディセンターの音楽監督、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の首席指揮者を務め、現在はNFMヴロツワフ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めている。なお、ヴロツワフは、エッシェンバッハが生を受けた街である(往時はドイツ領、現在はポーランド領)。

 

曲目は、レナード・バーンスタインの「ハイル」(独奏フルート、弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン。フルート独奏:スタティス・カラパノス)、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」

 

今日は大フィルはヴァイオリン対向の古典配置での演奏である。トランペットやトロンボーンは上手に斜めに並び、期せずしてロシア式の配置となっている。
今日のコンサートマスターは、須山暢大。

 

レナード・バーンスタインの「ハリル」。ハリルはヘブライ語でフルートのこと。
20世紀アメリカ最大の指揮者であるレナード・バーンスタイン。「ウエスト・サイド・ストーリー」を始めて、ヒットミュージカルの作曲家としても有名だが、ミュージカルが成功しすぎたばかりに、シリアスなクラシックの作品は余り受けなくなってしまう。アメリカで生まれ育ったバーンスタインであるが、出自はウクライナ系ユダヤ人ということで、クラシックではユダヤ音楽に立脚した音楽を書く傾向にあり、これが特に日本では受けが悪いということに繋がっている(ユダヤ音楽は日本人の好みからは明らかに外れている)。
1973年のイスラエル戦争(第4次中東戦争)で、戦死した19歳のフルート奏者ヤーディン・タネンバウムを追悼するために作曲された作品である。

フルート独奏のスタティス・カラパノスは、1996年、ギリシャのアテネ生まれ(カラヤンといい、カラスといい、ギリシャ系は「カラ」が付く苗字が多いようである。もっともカラヤンもカラスも純然たる本名ではない)。アテネ国立音楽院とカールスルーエ音楽大学でフルートを学び、アテネ国立管弦楽団の首席フルート奏者として演奏活動を開始。その後、ソリストに転向している。

「ハリル」は全体的に暗めの作品であるが、途中で打楽器群が賑やかな響きを奏でる箇所がある。その後は弦楽とハープによるエモーショナルな音楽が続くが、バーンスタインの作曲ということもあり、彼が崇めたマーラーの交響曲第5番第4楽章アダージェットのように聞こえたりもした。
カラパノスのフルートは煌びやかな音色を発し、空を飛ぶ鳥のよう。まだ二十代のフルート奏者だが、音楽からは貫禄も感じられる。

カラパノスのアンコール演奏は、ドビュッシーの「シランクス」。カラパノスが客席に向かってこれから演奏する曲目について解説。シュリンクスと妖精パンのことなども述べていた。
フルート奏者の独奏曲として定番の「シランクス」。同じくドビュッシーの管弦楽曲「牧神の午後への前奏曲」冒頭とラストのフルートソロを連想する作品だが、「シランクス」の方がより神秘的である。カラパノスは透明感のある音で演奏を行った。

 

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。独唱は、アレクサンドラ・ザモイスカ(ソプラノ。ポーランド出身)、アニタ・ラシュヴェリシュヴィリ(アルト。グルジア=ジョージア出身)、工藤和真(テノール)、ヤン・マルティニーク(バリトン。チェコ出身)。工藤以外は第九が滅多に演奏されない外国の方なので、譜面を見て歌う。一人だけ暗譜で歌唱も変なので工藤も譜面を見ながら歌っていた。アルトのアニタ・ラシュヴェリシュヴィリはタブレット譜を見ながらの歌唱である。

合唱は新国立劇場合唱団。普段はオペラで多く活躍している団体である。大阪で行われる公演に東京の団体が呼ばれることは比較的珍しい。

 

エネルギー漲るというイメージのあるクリストフ・エッシェンバッハであるが、1940年生まれということもあり、足取りがやや弱々しくて、老いを感じさせる。
指揮は独特で、多くの指揮者が振るのとは逆の方向に振ったりする。若い頃に指揮法を学んでいるので我流という訳ではないはずだが、かなり個性的である。第2楽章では、冒頭とその繰り返しの部分で指揮棒を全く振らず、オーケストラに任せていた。

 

第1楽章冒頭から、一般的な第九よりは大きめの音でスタート。弱音は余り意識せず、大柄で骨太の音楽を作っていく。ピリオド援用で、弦楽器は弦を揺することはあるが、いわゆるビブラートとは異なる奏法を用いることが多い。ビブラートも要所では用いていた。
譜面はベーレンライター版使用。第4楽章ではピッコロがかなり活躍する(通常のベーレンライター版での演奏より活躍していたように思う)。テンポは第1楽章が、モダンとピリオド含めて中庸という感じだったが、楽章が進むにつれてテンポが速くなる。第3楽章などは見通しも良く、ロマンティシズムより構造重視の演奏に聞こえた。
第3楽章と第4楽章の間は繋がず、間を置く。冒頭では大フィルが誇る強力な低弦が効果を発揮する。昨日も大阪城ホールで弦楽が奏でる「歓喜に寄す」の主題を聴いたのだが(大友直人指揮日本センチュリー交響楽団)、今日の演奏の方が明らかに速い。

独唱者と合唱団を含めた演奏は非常に力強いが、ザ・シンフォニーホールのスペースと音響を考えるとやや響きすぎ。今日は反響板の近くの席だったのだが、反響板が軋むような音を立てていた。

ただ演奏としては、十分に充実。エッシェンバッハクラスのドイツ人指揮者が関西のプロオーケストラに客演することは滅多にないので、貴重な体験であったことは間違いない。

Dsc_8334_20251003011501

| | | コメント (0)

2025年4月29日 (火)

コンサートの記(900) 玉置浩二 阪急阪神東宝グループ billboard Classics 「KOJI TAMAKI ODE TO JOY」大阪城ホール公演

2025年4月16日 大阪城ホールにて

午後6時から、大阪城公園内の大阪城ホールで、阪急阪神東宝グループ billboard Classics「KOJI TAMAKI ODE TO JOY」を聴く。恒例となった玉置浩二のオーケストラとの共演コンサート。大阪では先にフェスティバルホールでの公演が行われたが、そちらは落選。すぐ近くの西宮北口にある兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールでも公演が行われ、次いで行われるのが大阪城ホール公演である。大阪城ホールは、何度も前を通っており、倉庫を改造した小劇場が出来たときには、いくつか公演を観ているが、いわゆる大阪城ホールの内部には入ったことはない。城ホールの名で親しまれている大阪城ホールは、本来はスポーツのためのアリーナで、収容人数が多いことからコンサートでも用いられ、東の日本武道館、西の大阪城ホールと並び称されている。一方、音響設計が不十分として公演を行わないアーティストもいる。なお、「ODE TO JOY」の千穐楽は、日本武道館で行われる予定である。
実は、大阪城ホール公演の抽選も一次は落ちて、二次も良い席は落ち、第3希望の一番安い席のみ当たった。

アリーナなので、舞台は比較的自由に設営できるが、今回は北側に仮設ステージを置き、横長での使用となった。私の席はクラシックコンサートでいうポディウムに当たる舞台背後の席。玉置浩二が歌っているところを正面から見られないが、巨大スクリーンに映像が映ってパフォーマンスを確認出来るようになっている。
オーケストラの演奏であるが、オーケストラが演奏するには広すぎるので、楽器にマイクを付けてスピーカーから音を出すという方法を採用。生音で聴くのがオーケストラの醍醐味であるが、この会場ではそれは難しい。

今回の演奏は豊中市に事務所を置く日本センチュリー交響楽団が担当。指揮は大友直人。大友は、13日に京都コンサートホールで京都市交響楽団のスプリング・コンサートを指揮したばかり。終えてすぐに玉置浩二とのコンサートのリハーサルに入って中2日で本番を迎えた。大友は日本武道館での「ODE TO JOY」の指揮も担う予定である。

2部構成で、第2部冒頭に演奏される管弦楽曲は毎回異なり、大阪城ホールでは、冨田勲の「新日本紀行」の音楽が演奏される。大友直人は若い頃、冨田勲の劇伴を中心とした管弦楽曲を指揮してCDを制作しており、「新日本紀行」も入っていた。

日本センチュリー交響楽団は、いつもながらのドイツ式の現代配置での演奏。コンサートミストレスは松浦奈々。彼女の姿はたまにクローズアップされるが、ヴァイオリンにマイクがセットされているのが分かる。

Dsc_8321

まず、ベートーヴェンの第九より歓喜の歌のメロディーでスタート。合唱が入るところで音楽が「GOLD」に変わる。玉置浩二が現れて、「ロマン」でスタート。「コール」、「SACRED LOVE」、「MR.LONELY」、「サーチライト」、「Friend」で1部終了。「Friend」で終わるパターンは比較的多い。
玉置浩二はオーケストラと共演するようになってから初めてクラシックコンサートには休憩があるということを知り、「休憩があっていいんだ」ということで、自身のコンサートでも休憩時間を設けるようになっている。
第2部は、先に書いたとおり、冨田勲の「新日本紀行」の演奏に始まり、玉置浩二が現れて、「いつもどこかで」、「行かないで」、メドレー「ワインレッドの心」~「じれったい」~「悲しみにさよなら」、「JUNK LAND」、「夏の終わりのハーモニー」で本編終了。
玉置も大友も白髪に黒服、同い年という共通点がある。

アンコールは、登場はするもののなかなか演奏を行わず、玉置の3度目となる退場があった後で、大友指揮する日本センチュリー交響楽団がベートーヴェンの「田園」交響曲第1楽章を演奏。そこに玉置浩二の「田園」のメロディーが混じり、玉置が現れて自身の「田園」を歌う。例によって、「愛はここにある君はどこにも行けない」を「愛はここにある大阪にある」と地名に変えて歌った。更に、サビの「生きていくんだそれでいいんだ」のところを歌わず、聴衆に歌って貰っていた。
「田園」がラストということも多いのだが、オーケストラのメンバーが楽譜を換えたので、まだアンコール演奏があることが分かる。
アンコールの2曲名は、「メロディー」。これもラストで歌われることの多い曲だが、アンコールは更に続き、ダブルアンコールとして「田園」が再度歌われる。サビを聴衆に歌って貰うところなどは一緒だが、「愛はここにある」の次を「大阪城ホールにある」と会場に変えて歌い、客席を沸かせていた。

マイクを口から離してのアカペラの部分もあったが、スピーカーからも声が出ていたので、他の楽器のマイクから拾っているのだと思われる。大阪城ホールの空間で生声を響かせるのは、アンプラグドが基本のオペラ歌手でも難しいだろう。

「メロディー」を歌い終えた後には、見えにくかったステージ端のお客さんにも近づいて手を振るなど、ファンサービスも欠かさなかった。

 

コンサート終了後は、京橋の松下IMPビル内で食事をしたのだが、ここかしこから玉置浩二の歌声が聞こえてくる。どうやら大阪城ホールでコンサートのあった時は、そのアーティストの曲を流す習慣があるらしい。実際に店員がお客さんにそう説明していた。流れている音源がどこからのものなのかは分からないが、玉置浩二が香港でコンサートを行い、「行かないで」のサビを、ジャッキー・チュン(張楽友。リトル・ジャッキー)が北京語でカバーした「李香蘭」のものに一部変えて歌った音源も流れた。

Dsc_8327_20250429235601

| | | コメント (0)

2025年4月 6日 (日)

コンサートの記(897) 沖澤のどか指揮京都市交響楽団第698回定期演奏会 フライデー・ナイト・スペシャル

2025年3月14日 京都コンサートホールにて

午後7時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第698回定期演奏会 フライデー・ナイト・スペシャルを聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどか。

曲目は、陳銀淑(チン・ウンスク)の「スピト・コン・フォルツァ」とリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」

陳銀淑は、1961年、ソウル特別市生まれの女流作曲家。ハンブルクでジェルジ・リゲティに学び、以後もドイツを本拠地として活動している。国籍を変えたのかどうかは不明である。1980年代には電子音楽の作曲を行い、1990年代以降は各地のオーケストラのコンポーサー・イン・レジデンスを務め、主に管弦楽曲を発表しているようである。

 

午後7時頃から、沖澤のどかのプレトークがある。
ステージに登場した沖澤はまず、「最初にご報告があります。11月にお休みを頂きましたが、無事、出産しました」と二児の母親となったことを告げた。
今回の定期演奏会は、3日間の事前のものも含めて、出雲路の練習場ではなく全て京都コンサートホールでリハーサルを行ったことを明かし、4月からの新シーズンは、リハーサルの公開などを行う計画のあることなども知らせていた(「クラオタ市長」こと松井孝治京都市長の発案)。

陳銀淑についてだが、ベルリンで一度会ったことがあるそうで、頭の回転が速く、知識が豊富でユーモアに富んだ人だったそうである。
「スピト・コン・フォルツァ」は、ベートーヴェンのメロディーをいくつも利用した作品で、「ネタバレになるんですけど、『コリオラン』序曲で始まって」と紹介していた。

リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」については、常任指揮者になったら必ず取り上げなければならない曲とした上で、「非常に難しい」。特にコンサートマスターのソロは「ソロを聴くために『英雄の生涯』を聴くという人もいるほど」有名だが難しいとし、(今日のコンサートマスターの)会田さんにもお聞きしたんですけれど、「協奏曲のソロより難しい。協奏曲はある程度自由があるが、『英雄の生涯』のソロはオーケストラの中でやらねばならない」と難度の高さを示していた。
その他にも語りたいことがあったのだが、「失念しました」ということで、京都コンサートホールにタクシーで向かう途中に衣装を忘れたことに気付いたため、いったん取りに戻ったり、次の日は財布を持ってくるのを忘れてスタッフさんにごちそうになったりと、ドジ話の開陳になってしまっていた。
沖澤はベルリン在住だが、ドイツに住んでいると、ドイツ音楽とドイツ語の親和性に気付くそうである。先月は松本で「カルメン」を指揮していた沖澤だが、「フランス語は音が抜ける。フランスのお菓子もサクサクと息の通る。ドイツのお菓子は『なんでこんなに砂糖入れるんだろう?』。日本のお菓子は丁度良いサイズで……、ええと何の話をしてたんでしたっけ? あ、言葉と音楽は結びついているということで」と話していた。

 

今日のコンサートマスターは、京響特別客演コンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。フォアシュピーラーに泉原隆志。ヴィオラの客演首席奏者として柳瀬省太が入る。ドイツ式の現代配置での演奏。陳銀淑の「スピト・コン・フォルツァ」で使われる、ピアノ、鉄琴、木琴などはステージ下手端に並ぶ。
管楽器の首席奏者は、リヒャルト・シュトラウスのみの出演である。

 

見た目も声も明るめで、明るい音楽をやりそうな雰囲気のある沖澤だが、実際は渋い音色を駆使することが多い。陳銀淑の「スピト・コン・フォルツァ」(演奏時間約5分の短い曲)でも音は渋めである。
「コリオラン」で始まる曲だが、すぐに打楽器が入り、別の曲へと移行する。ピアノが「皇帝」のメロディーを奏でたり(ピアノ:沼光絵理佳)、弦楽器が「田園」交響曲の嵐の部分の音型を奏でたり、金管楽器が調は違うが運命動機を吹いたりとベートーヴェンへのオマージュが続く。この曲は2020年のベートーヴェン生誕250年を記念して作曲されたものである。

 

リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。
この曲でもかなり渋い音を沖澤は京響から引き出す。ドイツ本流、それも一昔前、オイゲン・ヨッフムや沖澤がレッスンを受けたことのあるクルト・マズアなどのドイツ人指揮者が第一線で活躍していた時代のシュターツカペレ・ドレスデンやライプツィッヒ・ゲヴァントハスス管弦楽団、バンベルク交響楽団などが出していたような深くコクのある音色である。現在は世界的に活躍している独墺系指揮者の数が少なくなったということもあり、余り聴かれなくなった音だ。
系統でいうとクリスティアン・ティーレマン、とは大袈裟かも知れないが、音楽性に関しては同傾向にあると思われる。
沖澤は藝大大学院修士課程修了後に渡独し、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンの大学院修士課程も修了。ベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーで学び、ベルリン・フィル芸術監督のキリル・ペトレンコのアシスタントを務めていたが、そうした中でドイツの音を基調とするようになったのかも知れない。京響の常任指揮者の前任で、透明度の高い音を特徴とした広上淳一とは正反対の音楽性といえる。
渋いだけでなく堅固な演奏。指揮姿はオーソドックスで分かりやすく、音の運び方も巧みである。正真正銘のドイツ的な演奏なので、実のところ好き嫌いが分かれそうな気もするのだが、現時点では沖澤の音楽作りは好評を得ている。好き嫌いはともかくとして、日本のオーケストラからこれほどドイツ的な音を引き出す指揮者も珍しい。オーソドックスなイメージを持たれているが、実際はかなりの個性派指揮者である。常任になって自分のカラーを鮮明に打ち出すようになったということで、これまで客演での演奏を聴いて語られて来た沖澤評は実は全て間違いの可能性もある。
物語的な展開を見せるこの曲だが、沖澤は語り口よりも響きと構築感を重視。音の生み出すものよりも音そのもので語る演奏となった。
会田莉凡のソロも巧みであり、終盤のノスタルジアの表出にも長けている。これまで聴いてきた「英雄の生涯」とはひと味違った、「堅牢」な演奏が展開された。

Dsc_76792

| | | コメント (0)

2025年1月12日 (日)

これまでに観た映画より(363) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団×リッカルド・ムーティ 「第九」200周年記念公演 in cinema

2025年1月7日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団×リッカルド・ムーティ「第九」200周年記念公演 in cinemaを観る。文字通り、リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ほかが、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」初演から200年を記念して行ったコンサートの映像の映画館上映。ユニテルとオーストリア放送協会(ORF)の共同制作で、日本では松竹が配給している。2024年5月7日、ウィーン・ムジークフェラインザール(ウィーン楽友協会“黄金のホール”)での上演を収録。合唱はウィーン楽友協会合唱団。独唱は、ユリア・クライター(ソプラノ)、マリアンヌ・クレバッサ(メゾソプラノ)、マイケル・スパイアズ(テノール)、ギュンター・クロイスベック(バス)。ベーレンライター版での演奏。

常任指揮者を置かないウィーン・フィルにおいて、長年に渡り首席指揮者待遇を受けているというリッカルド・ムーティ。ウィーン・フィルの母体であるウィーン国立歌劇場にも影響力を持っており、小澤征爾がウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めた際も、「ムーティの後押しがあった」「事実上の音楽監督はムーティ」との声があった。
1941年、ナポリ生まれ。ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(後の元の名前のフィルハーモニア管弦楽団に名を戻す)首席指揮者時代に名を挙げ、1980年にユージン・オーマンディの推薦により、フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督に就任している。長年コンビを組み、フィラデルフィア管弦楽団=オーマンディというイメージの残る中、お国もののレスピーギ「ローマ三部作」の録音(EMI)などが高く評価された。実はフィラデルフィア管時代に「ベートーヴェン交響曲全集」を制作しており、私が初めて聴いた第九のCDもムーティ指揮フィラデルフィア管のものであった。「ベートーヴェン交響曲全集」は俗に「クリスマスBOX」と呼ばれた廉価BOXCDの中の一つとして再発され、私も購入して全曲聴いてみたが、ベートーヴェンの演奏としては浅いように感じられた。
フィラデルフィア管弦楽団が、アカデミー・オブ・ミュージックという「世界最悪の音響」と言われたホールを本拠地にしていること(現在は新しいホールに本拠地を移している)やアメリカにはイタリアほどにはオペラやクラシック音楽が根付いていないことを理由に同楽団を離任してからは、祖国のミラノ・スカラ座で音楽監督として活躍。この時期、すでにウィーン・フィルから特別待遇を受けていたと思われる。上層部と対立してスカラ座を離任後は、フリーの指揮者を経てシカゴ交響楽団の音楽監督に就任。結果的には、嫌っていたはずのアメリカに戻ることになった。2011年にウィーン・フィルから名誉団員の称号を受けている。

日本では、年末になると国中が第九一色になり、日本のほぼ全てのプロオーケストラが第九を演奏し、日本の有名指揮者は第九に追われることになるが、年末の第九が定着しているのは日本だけ。ドイツのライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などいくつかの楽団が年末の第九を売りにしているが、他の国では第九は「難曲中の難曲」として滅多に演奏されない。そのため、今回の独唱者も全員、譜面を手にしての歌唱である。年末になると第九が歌われる日本の歌手は暗譜での歌唱が当たり前になっているが、これは世界的には珍しいことである。

 

ピリオド・アプローチによる時代の垢を洗い流したかのような第九がスタンダードになりつつあるが、ムーティは自分のスタイルを貫き通している。テンポは現代の標準値に比べるとかなり遅めであり、各パートをギッシリと積み上げたような男性的な第九を構築する。
シラーの「歓喜に寄す」から取った合唱の歌詞が、「平等」を目指すことをさりげなく歌っており、恋多き人生を歩んだベートーヴェンの心境にも男女の平等は浮かんでいたはずで、そうした点からは一聴して「男性的」という言葉の浮かぶ第九がベートーヴェンの意図を汲み取ったものといえるのかどうか(ムーティは「作曲家が書いた神聖な音符は一音たりとも動かしてはならない」という楽譜原理主義者として知られた。今は違うかも知れないが)。ただこれがムーティのスタイルであり、ウィーン・フィルが記念演奏会を任せた指揮者の音楽である。
随所で溜めを作るのも特徴で、オールドスタイルとも言えるが、音楽が単調になるのを防いでいるのも事実のように感じる。
現代望みうる最高の第九かというと疑問符も付くのだが、長年に渡ってクラシック音楽会の頂点に君臨し続けるオーケストラが「今」出した答えがこの演奏ということになる。
テンポが遅いため、近年よく聴かれるような演奏に比べると音楽が長く感じられるという短所もあるが、手応えのある音楽になっているのも確かである。東京・春・音楽祭で日本でも親しみを持って迎えられるようになった指揮者と、日本が愛し日本を愛したオーケストラの賛歌をスクリーンで楽しむべきだろう。

Dsc_72622

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 AI DVD MOVIX京都 NHK交響楽団 THEATRE E9 KYOTO YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール よしもと祇園花月 アップリンク京都 アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア イタリア映画 ウェブログ・ココログ関連 オペラ オムニバス映画 オンライン公演 カナダ ギリシャ悲劇 グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コント コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ デザイン トークイベント トーク番組 ドイツ ドイツ映画 ドキュメンタリー映画 ドキュメンタリー番組 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ポーランド ポーランド映画 ミステリー ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロシア映画 ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都シネマ 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都劇場 京都劇評 京都四條南座 京都国立博物館 京都国立近代美術館 京都市交響楽団 京都市京セラ美術館 京都府立府民ホールアルティ 京都文化博物館 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 写真 劇評 動画 千葉 南米 南米映画 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪松竹座 学問・資格 宗教 宗教音楽 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 建築 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 教養番組 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本フィルハーモニー交響楽団 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映像 映画 映画リバイバル上映 映画音楽 映画館 時代劇 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 柳月堂にて 梅田芸術劇場メインホール 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 浮世絵 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 講談 趣味 追悼 連続テレビ小説 邦楽 配信ドラマ 配信ライブ 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 音楽映画 音楽番組 食品 飲料 香港映画