<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>

<rdf:RDF
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/">

<channel rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/">
<title>鴨東記</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/</link>
<description>日記でなく、エッセイでもなく</description>
<dc:language>ja-JP</dc:language>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:date>2026-04-09T20:15:31+09:00</dc:date>


<items>
<rdf:Seq><rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-fdd0cb.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-d330bb.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-ac55ac.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-072e03.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-397f22.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-b139e2.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-f7c17e.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-8d1656.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-85d9f1.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-b95c92.html" />
</rdf:Seq>
</items>

</channel>

<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-fdd0cb.html">
<title>これまでに観た映画より（434）　コンサート映画「Ryuichi Sakamoto｜Trio Tour 2012」</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-fdd0cb.html</link>
<description>2026年4月6日　イオンモールKYOTO内のT・ジョイ京都にて
イオンモールK...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2026年4月6日　イオンモールKYOTO内のT・ジョイ京都にて</p>
<p>イオンモールKYOTO内の映画館T・ジョイ京都で、コンサート映画「Ryuichi Sakamoto ｜Trio Tour 2012」を観る。文字通り、坂本龍一が2012年にピアノ三重奏で行ったツアーの最終日の演奏を収録したものである。収録はWOWOWが行っている。<br />坂本龍一は、翌2013年と2014年に東京フィルハーモニー交響楽団と「Playing the Orchestra」公演を大阪と東京で行っており、それにも繋がるクラシック音楽の編成でのツアーであった。曲はアルバム「THREE」に収録されたものが中心。</p>
<p>2012年12月19日、東京・赤坂ACTシアターでの演奏と収録。共演は、ヴァイオリンのジュディ・カンとチェロのジャケス・モレレンバウム。坂本はモレレンバウムとは90年代に知り合い、「チェロでこんなに即興演奏が出来る人がいるんだ」と驚き、共演を申し込んで、何度も一緒に演奏しているそうだ。<br />ジュディ・カンはオーディションで選ばれたという。三次までの予選を突破した3人にニューヨークまで来て貰って、ジョイントを行い、カンが最も優秀だったという。ちなみにカンはニューヨークに住んでいたが、他の人はわざわざ外国からニューヨークにやって来たという。<br />坂本龍一としてはトーク多め（ちなみに坂本龍一は、全米のワーストMCに選ばれたことがある）で、本人も「どうしちゃったんでしょう？」と言っていた。</p>
<p>セットリストは、WOWOWが作ったホームページに載っているので繰り返さないが、ピアノ、ヴァイオリン、チェロだけで演奏された「ラストエンペラー」は3つの楽器で演奏されたとは思わないほどスケールが大きく、力強い演奏となった。</p>
<p>「Bibo no Aozora（美貌の青空）」は、元々は歌詞付きの作品で、イタリアで演奏するとなぜか大受けすると坂本は語っていたが、結果的にはインストゥルメンタルバージョンでの演奏が増えたことで、坂本の歌唱による「美貌の青空」を生で聴く機会はなかった。</p>
<p>「Playing the Orchestra2013」では、大河ドラマの「八重の桜」メインテーマがフルオーケストラに篠笛尽きで演奏されたが、2012年のピアノトリオ版では、ドラマ性よりも抒情美が勝って聞こえる。個人的にはフルオーケストラ版の方が好きだが、ピアノトリオ版もなかなかである。</p>
<p>「1919」は繰り返しと力強い音が特徴。1919年というとワイマール憲法が有名だが、ソ連ではレーニンが演説を行っていた。CDに収録されたバージョンにはレーニンの演説が入っている。非常に力強い演奏で、教授とモレレンバウムの即興でのやり取りがスリリングである。ちなみにモレレンバウムは、ドイツ語で「桜の木」という意味だそうで、坂本は「日本の苗字が出来ました。『桜木』さん」と命名したことを告げ、以後は「桜木さん」と呼んでいた。</p>
<p>必ず演奏される「戦場のメリークリスマス」。楽曲としてのタイトルは、「Merry Christmas Mr.Lawrence」の方が良いのかも知れないが、サウンドトラック盤とは異なる染みる系の演奏に胸が清められるかのようだ。</p>
<p>映画「ラストエンペラー」から“Rain”。“! Want A Divorce”の副題があり、満州国皇帝（あるいは執政）愛新覚羅溥儀の第二夫人・文繍が離婚を申し出る時の音楽である。外は雨、三人は車の後部座席に並んで座っている。文繍は「離婚したいの」と申し出る。<br />坂本龍一はこの曲を気に入っていたようで、ライブでも度々演奏している。<br />疾走感と痛切さが印象的な楽曲。ヴァイオリンの返しの音が、文繍の揺れる心境を表しているかのようである。</p>
<p>ラストは、「Parolible」で締めくくった。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9821.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9821" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9821.jpg" alt="Dsc_9821" width="369" height="493" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>文化・芸術</dc:subject>
<dc:subject>音楽</dc:subject>
<dc:subject>日本映画</dc:subject>
<dc:subject>中国映画</dc:subject>
<dc:subject>中国</dc:subject>
<dc:subject>映画</dc:subject>
<dc:subject>ロシア</dc:subject>
<dc:subject>大河ドラマ</dc:subject>
<dc:subject>映画音楽</dc:subject>
<dc:subject>ピアノ</dc:subject>
<dc:subject>室内楽</dc:subject>
<dc:subject>イタリア映画</dc:subject>
<dc:subject>音楽映画</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-04-09T20:15:31+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-d330bb.html">
<title>観劇感想精選（513）　舞台「私立探偵 濱マイク　『罠　THE TRAP』」</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-d330bb.html</link>
<description>2026年3月14日　大阪城公園内のCOOL JAPAN PARK OSAKA ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2026年3月14日　大阪城公園内のCOOL JAPAN PARK OSAKA TTホールにて観劇</p>
<p>午後5時から、COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで、舞台「私立探偵 濱マイク 『罠　THE TRAP』」を観る。林海象監督の「私立探偵 濱マイク」三部作の完結編である。林海象監督は、「濱マイク三部作」を撮るために探偵学校に通い、免許を取得している。<br />映画の「私立探偵 濱マイク三部作」は、不良上がりで今は横浜・黄金町の映画館、横浜日劇（実在の映画館だったが現存せず）の2階に事務所を構えている私立探偵、濱マイク（本名だ。永瀬正敏）が、横浜を舞台に繰り広げるハードボイルドサスペンスである。第1作の「我が人生最悪の時（「我等が生涯の最良の年」という映画をもじったもの）」はモノクロで撮られ、東京サンシャインボーイズの俳優も多く出演。東京サンシャインボーズの俳優（ちなみに近藤芳正は東京サンシャインボーズの俳優ではない）達は以後も出演する。第2作「遙かな時代の階段を」は、マイクの出生に迫る物語である。岡田英次と鰐淵晴子という往年のスターがノスタルジックな味わいを生んでいる。岡田英次は、「白い男」と呼ばれ、横浜の河川の権益を裏で操るヤクザであり、他の組も手出し出来ないという設定である。</p>
<p>第3作の「罠」は、サイキックホラーの色彩が強い。個人的には「罠」が3部作の中では一番好きである。<br />濱マイクが人命救助によって横浜市長賞を受賞し（写真には当時の本物の横浜市長が写っている。かなり有名な人である）、妹の茜は有名私立大学への推薦合格が決まる。そしてマイク自身にも百合子という口の利けない恋人が出来ており、永瀬正敏演じる濱マイクが運転をしながらカメラ目線で「人生は薔薇色だ」と得意になる。<br />口の利けない恋人・百合子を演じているのが夏川結衣だが、この頃の夏川結衣は驚くほどの透明感で健気な女性を演じていて魅力的である。この映画の成功の3分の1程度は彼女をキャスティングしたことによるものだろう。そして犯人像（犯人グループ）は実に不気味である。永瀬正敏演じるミッキーもこの一味なのだが、怪物的な要素がいくつも備わっている。</p>
<p>原作：林海象。脚本・演出：西田大輔。出演（カッコ内は役名）：佐藤流司（濱マイク）、福井巴也（神津）、川上千尋（百合子）、上田堪大（かんだい。ミッキー）、矢野昌暉（星野）、小泉萌香（濱茜）、七木奏音（ななき・かのん。王百蘭）、なだぎ武（中山刑事）、大沢健（神父）、野々花ひまり（水月/影男）ほか。<br />映画では、ミッキーは、永瀬正敏の二役だが、演劇では一人二役は困難なので、別の俳優をキャスティングしている。<br />若者向けの演劇であり、キャスティングも若い人向け。知っている俳優はなだぎ武と大沢健の二人しかいない。ただ、声優として有名だったり、マルチな活動で一部ではすでに高い評価を受けている人がいたり、これから有名になっていくであろう人もいるだろう。</p>
<p>映画が原作なので、複数の場所が舞台になるが、汎用性のあるセットを用いていたため、場面転換がさほど不自然にはならず、ストーリーに集中出来た。またライティングは素晴らしいの一言。これほどハイレベルのライティングにはなかなかお目にかかれない。<br />東京ではサンシャイン劇場で上演された本作品だが、まだ新しい大阪のTTホールの方が良い条件で観劇出来ると思う。<br />なお、客席通路を使った演出も多かった。</p>
<p>1996年公開の映画の30周年を記念しての舞台制作だが、舞台上にも客席にも、ロードショー時生まれていなかった人がかなりの割合を占めると思われる。</p>
<p> </p>
<p>映画とは異なり、コメディーの要素の多い上演で、アドリブもビシバシ飛び交う。映画とは異なる趣だが、今の時代、映画はいつでも観られるので、映画との違いを楽しんだ方が得である。</p>
<p>七木奏音は、中国人の役（映画には登場しない舞台オリジナルのキャラクター）だが、本場でも通じるレベルの北京語を話していた。</p>
<p>元々吉本のお笑い芸人で、たまたま演劇に出演したところ宮本亞門の目にとまり、俳優としての仕事も増えたなだぎ武。今日はズボンのお尻の部分を破ってしまうというアクシデントがある。東京でも同じアクシデントがあったようである。捌けている間に衣装さん（だと思う）に縫って貰ったらしい。<br />役者陣は、若い人は動きにキレがあり、流れの良い芝居を作る。特別素晴らしい人がいるわけではないが、特別素晴らしい人は滅多にいないので、この水準で文句なしである。映画版の方が豪華なキャスティングで演技も優れているが、その場合はやはり映画を観ればいいわけで、舞台で観るならこれで良い。ただ、映画版を知らないのはもったいないので、観たことがない人はこれを機会に原作映画を観てみると良いだろう。</p>
<p>ダンス、音楽、様々な要素が盛り込まれ、エンターテインメント演劇となっている。上演時間は途中休憩なしの約2時間半であったが、長くは感じなかった。</p>
<p>ラストは、佐藤流司が、「我が人生最悪の時」のエンディングテーマである「キネマの屋根裏」（オリジナルシンガーは永瀬正敏。なお、カラオケに入っている）を歌った。</p>
<p> </p>
<p>本編終了後に、主要キャストによるアフタートークがある。明日はマチネーでアフタートークはなく、愛知公演でもアフタートークは企画されていないので、今回が最後のアフタートークとなる。<br />司会はなだぎ武で、出演者に、「名前と、何か面白いこと言って」と振っていた。百合子を演じた川上千尋は、なだぎに「あなた吉本なんだから期待してるよ」と言われる。なお、川上は、隣にあるCOOL JAPAN PARK OSAKA SSホール（森ノ宮よしもと漫才劇場）で、BKBことバイク川崎バイクに挨拶してきたそうだが、なだぎに「なんで、BKBなの。もっといるでしょう！」と言われていた。COOL JAPAN PARK OSAKAは吉本も出資している劇場であり、一番小さいSSホールは、「森ノ宮よしもと漫才劇場」となっている場合が多い。WWホール、TTホール、SSホールがあるが、命名は全て明石家さんまである。</p>
<p>今日は1日2回公演で、1回目と2回目の間に何をしているかという話になる。大沢健は大阪城公園を散策したそうで、事前に見つけておいたJR森ノ宮駅の近くに新しく出来た四文字のラーメン店（店名は思い出せなかった）で食事をしたそうだ。若い男性陣は昼寝。なだぎ武は年の近い大沢と話をしようと思っていたが、大沢の姿が見えないため、仕方なく一人で過ごしたようである。なだぎによると、大沢はラーメンを食べたにも関わらず、帰ってきてすぐに用意されていた弁当を掻き込むようにして食べていたそうである。<br />女性陣は4人が同じ部屋に集まり、アンサンブルキャストの2人も含めて女6人で、間もなく解散してしまうグループの音楽をランダムにして聴いていたそうである。野々花ひまりは、元宝塚娘役スターだが、宝塚の癖が抜けず、1日複数回公演でも、公演が1回終わるごとにメイクを落として、次の公演の前に再度メイクをするそうである。</p>
<p> </p>
<p>帰り道、大沢健が行ったという四文字のラーメン屋に行ってみる。「一揚一杯（いちあげいっぱい）」という店であった。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9733.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9733" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9733.jpg" alt="Dsc_9733" width="369" height="493" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>恋愛</dc:subject>
<dc:subject>演劇</dc:subject>
<dc:subject>大阪</dc:subject>
<dc:subject>日本映画</dc:subject>
<dc:subject>映画</dc:subject>
<dc:subject>トークイベント</dc:subject>
<dc:subject>劇評</dc:subject>
<dc:subject>ミステリー</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-04-08T22:02:36+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-ac55ac.html">
<title>観劇感想精選（512）　花形歌舞伎特別公演「曽根崎心中物語」松プログラム</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-ac55ac.html</link>
<description>2026年3月6日　京都四條南座にて
午後3時から、京都四條南座で、花形歌舞伎特...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2026年3月6日　京都四條南座にて</p>
<p>午後3時から、京都四條南座で、花形歌舞伎特別公演「曽根崎心中物語」を観る。<br />近松門左衛門が、人形浄瑠璃（文楽）のために書いた「曽根崎心中」の義太夫狂言を中村鴈治郎の監修で若手歌舞伎俳優が上演。お初と徳兵衛は、中村壱太郎（かずたろう。中村鴈治郎の息子）と尾上右近が、上演回ごとに替わるというスタイルを取っている。<br />午後3時開演の「曽根崎心中物語」は、尾上右近のお初、中村壱太郎の徳兵衛である。これが「松」プログラム。今日の午前中に開演した「桜」プログラムは、中村壱太郎のお初、尾上右近の徳兵衛であった。尾上右近は立役女形の両方やるが、中村壱太郎は女形（彼自身は「女方」表記の方を好むようである）が大半。そもそも女形でない中村壱太郎は、踊りの時と歌舞伎映画のアフタートークゲスト、京都芸術センターでの講演の時しか見ていない。ということで、中村壱太郎の立役を見ることの出来る貴重な機会である。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9719.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9719" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9719.jpg" alt="Dsc_9719" width="370" height="277" border="0" /></a></p>
<p>「曽根崎心中」は、大坂の曾根崎新地と曾根崎の森を舞台とした作品で、実際に起こった事件に基づいている。<br />なお、曾根崎新地は蜆川（しじみがわ。曾根崎川）を挟んで南北から覆うように色町が軒を連ねていたが、現在は蜆川は埋め立てられて車道になり、南北にはキャバクラなどが建ち並んでいる。ビルの一角に蜆川と蜆橋を示す文字が刻まれており、現在では説明も刻まれている。大坂に下った壬生浪士組（後の新選組）が力士に行く手を阻まれ、芹沢鴨が力士を殴り倒したというのが、この蜆橋である。<br />曾根崎の森であるが、露天神（お初天神）のある辺りが想定されている。露天神はそれほど大きな神社ではないが、曾根崎の森はかなり広かったようだ。</p>
<p>「曽根崎心中」は文楽ではヒットして、ジャンルを代表する作品となっているが、歌舞伎の演目としては余り人気がないようである。人形を使えば出来ることが、生身の人間だと出来ないということも大きいだろう。<br />戦後に二世鴈治郎の徳兵衛と二世扇雀（後の四世坂田藤十郎）のお初による上演が話題となる。台本を時代に合うよう変えての上演だった。<br />ただ、その後も上演回数が爆発的に増えるということはなく、平成の30余年で上演されたのは僅かに5回。そして今回は令和初の上演となる。全て成駒家（上方の成駒屋）による上演である。</p>
<p>出演：中村壱太郎（成駒家）、尾上右近（音羽屋）、中村鴈成、片岡松十郎、板東竹之助、上村折之助、中村翫政、上村吉太朗、尾上菊次、片岡孝志、片岡千次郎、片岡仁三郎、尾上菊三呂ほか。</p>
<p> </p>
<p>上演時間約1時間25分、冒頭の大坂三十三所観音廻りの場を復活上演、休憩なしである。背景は大坂のはずであるが、大きな御堂が並んでいる様が本願寺のように見えるし、生玉神社の場でも、池とその向こうの建物などが長岡京市の八条池に見える。生玉神社にあんなに大きな池はないはずなので、京都に合わせた背景にした可能性もある。背景が京都寄りでも上演には特に差し支えない。</p>
<p>右近の女形を見るのは初めてかも知れないが、骨格がガッシリしているので、この人はやはり立役の方が生えそうだ。壱太郎の徳兵衛であるが、滑舌が悪い上に早口。右近も早口なので、余計に拍車がかかるようである。壱太郎は女形としてはトップクラスの評価と人気を得ているので、女形一本で行った方が良いように感じる。ただ今回は成駒家の演目なので、ファンサービス的にやるのは良いかも知れない。</p>
<p>あらすじを書くと、曾根崎新地・天満屋の傾城であるお初と、醤油商・平野屋手代の徳兵衛の話である。徳兵衛には嫁を取って平野屋を継ぐ話があったのだが、徳兵衛には無断で進められたため、徳兵衛は好いているお初と一緒になろうとする。それが主の癇にさわり、大坂から追い出されることに。更に徳兵衛は友人の油屋久兵衛の窮地を救うために金を貸したところが、しばらくして会った久兵衛になじられ、嘘つき呼ばわりされ、袋だたきにあって大恥をかいてしまう。徳兵衛は天満屋に行く。お初は天満屋の人に見られないよう、徳兵衛を縁の下に隠し、足でやり取りをする。そして現代人の感覚には合わないが、心中を決意する。徳兵衛25歳、お初19歳である。<br />天満屋を出て、二人は曾根崎の森に向かう……。</p>
<p>本当に二人は死ななければならなかったのか。これは時代によって異なるところである。ただ、近松の「曽根崎心中」が大当たりしたことで、心中（「忠」を上下逆さにした言葉）が流行るようになってしまい、幕府も心中禁止令を出して、「心中未遂を犯したものは非人階級に落とす」と脅しを掛ける必要があった。</p>
<p>文楽と歌舞伎ということもあり、ラストは大きく異なる。梅田橋に出る二人。橋は此岸と彼岸を繋ぐものに見立てられ、死への覚悟が語られる。本音では怖ろしいのか、二人はなかなか橋を渡ろうとしない。</p>
<p>そして曾根崎の森へ。白い花が咲いている。お初と徳兵衛は、ヘアピンカーブを行くように右へ左へと進む。<br />人形でなく生身の人間であるためか、刺殺と自死のシーンはない。人形は人間の手を離れれば（また使われるとしても）魂が抜けた状態になる。そう考えれば文楽とは違ったラストの方が良いかもしれない。<br />鳴り物に甘美な音色の胡弓が使われていたのも印象的だった。</p>
<p> </p>
<p>35分の幕間（幕の内弁当を食べる人が多い）を挟んで、壱太郎と右近による「花形歌舞伎特別対談」が行われる。上手から右近が登場し、下手から壱太郎が現れる。<br />右近が「若手は良い役が貰えない」ということで、若手による「三月花形歌舞伎」が決まったが、最初は何をしていいか分からなかったという。始まったのはコロナの頃であっため、客席を市松模様の着席可にして、お客さんも少なかった。<br />自分たちにしか出来ないことをしようということで、SNSを駆使し、更にグッズなどにも力を入れたという。南座で買えるだけでなく、ネットショップも同時オープンして、しばらく先まで買えるようにしてあるという。<br />ちなみに、右近の「『国宝』を観ていらっしゃった方、どれぐらいいるでしょう？」の質問には、多くの人が手を挙げ、壱太郎は、「『国宝』の恩恵にあずかりまくり」と話していた。<br />壱太郎は、「生まれも育ちも東京だが、上方の歌舞伎の家ということになっている成駒家」を紹介し、右近は「江戸の荒事の家なんで、江戸だったら徳兵衛はやられないで全員やっつけちゃう」と語っていた。<br />後半は質問コーナーとなり、これまでインスタライブをしていたのに今回はやらないの？　の声には、「すぐやります。三日後ぐらい」と答えていた。</p>
<p>早めに終わった公演。團十郎などは早めに終えて遊びに行くそうだが、この若い人達は夜遅くまで稽古をしていると聞く。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9696.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9696" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9696.jpg" alt="Dsc_9696" width="369" height="493" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>恋愛</dc:subject>
<dc:subject>文化・芸術</dc:subject>
<dc:subject>演劇</dc:subject>
<dc:subject>大阪</dc:subject>
<dc:subject>トークイベント</dc:subject>
<dc:subject>歌舞伎</dc:subject>
<dc:subject>邦楽</dc:subject>
<dc:subject>京都四條南座</dc:subject>
<dc:subject>京都劇評</dc:subject>
<dc:subject>劇評</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-04-06T23:13:46+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-072e03.html">
<title>これまでに観た映画より（433）　村上春樹原作・市川準監督作品「トニー滝谷」4Kリマスター版</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-072e03.html</link>
<description>2026年3月28日　烏丸御池のアップリンク京都にて
アップリンク京都で、村上春...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2026年3月28日　烏丸御池のアップリンク京都にて</p>
<p>アップリンク京都で、村上春樹原作・市川準監督作品「トニー滝谷」4Kリマスター版を観る。音楽は坂本龍一。今日（3月28日）は坂本龍一の命日で、イオンモールKYOTOのT・ジョイ京都では、坂本龍一のフィルムコンサートも行われている（WOWOWの制作で放送された際の映像は録画して持っている）。残念ながら時間的にはしごは出来ない。</p>
<p>原作：村上春樹。脚本・監督：市川準。出演に：イッセー尾形、宮沢りえ、篠原孝文、四方堂亘、小山田サユリ、猫田直、木野花（特別出演）ほか。ナレーション：西島秀俊。音楽：坂本龍一。西島秀俊の敢えて感情を込めない語りが、トニー滝谷の心境を却って明らかにする。</p>
<p>「トニー滝谷」は、短編集『レキシントンの幽霊』に収められた短編小説が原作である。トニー滝谷という人物は、実は『ねじまき鳥クロニクル』の中の笠原メイのセリフにも登場している。こちらの方が短編小説「トニー滝谷」よりも先だと思われる。</p>
<p>「僕はとにかく『トニー滝谷』という小説が書きたかったんだ」ということで書かれた小説。トニー滝谷（イッセー尾形）は本名で日本人である。ジャズトロンボーン奏者、滝谷省三郎（イッセー尾形二役）の息子として生まれ、幼い頃から絵画を得意とした。父親は戦時中、魔都上海のおそらく租界で気楽に過ごした。日本本国の惨状は彼の知るところではなかった。しかし日本は戦いに敗れ、滝谷省三郎は抑留される。そのまま処刑されてもおかしくなかったが、罪に問われることはなく、日本に帰ることが出来た。そしてすぐに結婚。おそらく親族が決めた結婚だったのだろう。そしてトニー滝谷が生まれた。アメリカの将校から、「これからはアメリカの時代だからアメリカの名前を付けてやる」ということでトニー滝谷という名前になったのだ。トニー滝谷が生まれてすぐに母親は死んだ。<br />幼年時代、絵画教室でトニー滝谷はおそろしく緻密な絵を描いて、絵の先生（四方堂亘）を困らせた。上手いことは上手いのだが、情感が感じられないのだ。<br />そのまま美術を極めるために美大に進んだトニー滝谷だが、同級生からは、「物語性」「思想性」などが欠けていると言われる。だがトニー滝谷にとってはそんなものは幼稚で不正確なものでしかなかった。</p>
<p>トニー滝谷は絵画ではなくデザインの世界に進む。メカニックなものを描くのは彼の得意とするところだった。仕事は楽しく、金は貯まった。<br />ある日、トニーはデザイン誌の編集者である英子（宮沢りえ）と自宅で打ち合わせをする。英子に惹かれるトニーだったが、15歳も年齢の開き（つまりかなりの歳月がはしょられていたことになる）があることから素直に気持ちを伝えることが出来ず……。</p>
<p> </p>
<p>晩年の市川準は、自身の作風を捨て、カメラが左から右へと移行する（人物は逆に右から左へと移る）、絵巻物的な絵作りを行っている。</p>
<p>市川準監督は小説について「乾いた」という表現を使っているが、実際には「トニー滝谷」は村上春樹の作品の中では、『ノルウェイの森』に代表されるウエットな路線の話である。</p>
<p>頼りにならない父親、もうすでにいない母親、自分の絵を認めてくれない周囲。孤立の中で孤独感を深めていくトニー滝谷。小説でもそうだが、映画でも仕事の関係者はいるが親しい友人はいないようである。</p>
<p>一部を除いて、ほぼ全編に流れる坂本龍一のピアノ曲<a href="https://youtu.be/WWo_5pW-HJI?si=4kQD3RADsP2te0qp" target="_blank" rel="noopener">「Solitude」</a>。諦めながら沈みつつ、それでもなお美しいものを追い求めるようなこの曲は坂本の作品の中でも異色である。物語が進むごとに孤独が深まっていく。</p>
<p>純粋に一人を楽しんで生きれば、トニー滝谷は真に孤独ではなかったのかも知れない。<br />だが英子と「出会ってしまった」。出会ってしまったことが彼を幸福にもし、別個の孤独へと押し込んだ。</p>
<p>だが、これが本来なのかも知れない。孤独を知ることなく人生を味わうことは出来ないのかも知れない。華やかな人生など花火のようなものだ。</p>
<p>この作品は、DVDで観ており、坂本龍一のサウンドトラックも買っている。スクリーンで観るのは初めてで、当然、スクリーンで観た方が良い、と思ったのだが、一人の部屋でモニターを見つめていた方が、この作品の真の味が分かりそうだ。孤独と孤独がよりそうことの。</p>

<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2020/12/post-ec9e68.html" target="_blank">これまでに観た映画より（230）　村上春樹原作 市川準監督作品「トニー滝谷」</a></p>


<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_97632.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_97632" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_97632.jpg" alt="Dsc_97632" width="370" height="195" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>心と体</dc:subject>
<dc:subject>恋愛</dc:subject>
<dc:subject>音楽</dc:subject>
<dc:subject>意識について</dc:subject>
<dc:subject>文学</dc:subject>
<dc:subject>日本映画</dc:subject>
<dc:subject>映画</dc:subject>
<dc:subject>映画音楽</dc:subject>
<dc:subject>ピアノ</dc:subject>
<dc:subject>映画リバイバル上映</dc:subject>
<dc:subject>アップリンク京都</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-04-04T00:54:26+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-397f22.html">
<title>上七軒　第七十四回「北野をどり」</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/04/post-397f22.html</link>
<description>2026年3月28日　上七軒歌舞練場にて
午後4時30分から、上七軒歌舞練場で、...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2026年3月28日　上七軒歌舞練場にて</p>
<p>午後4時30分から、上七軒歌舞練場で、第七十四回「北野をどり」を観る。<br />これまで、五花街の内の四花街、いずれも鴨川に近い、祇園甲部、祇園東、宮川町、先斗町の春のをどり（宮川町だけは「おどり」）は観ているのだが、一つだけ離れたところにあり、始まりも早い上七軒のをどりは観たことがなかった。交通の便がそれほど良くない（悪いという程ではない）ことに加え、始まりが早いので、「そういえば上七軒は」と思った頃には券が売り切れているということもよくあった。「都の賑い」など、五花街総出の催しでは、上七軒の芸舞妓も見たことがあるが、上七軒単独ではないということである。</p>
<p>一つだけ離れたところにあるということで、上七軒は他の花街とは性質も異なる。<br />まず室町時代に、時の将軍・足利義稙の命ですぐそばにある北野天満宮の社殿造営工事が行われた際に、余った木材で七軒の茶屋が作られたのが最初とされる。豊臣秀吉が行った北野大茶会では、団子などを提供して、秀吉に気に入られ、日本初の茶屋を営む権利を許されたという。<br />そして江戸時代になると、西陣織や染め物など、西陣の旦那衆が遊ぶ花街として上七軒は発展する。しかし、昭和に入り、西陣での工芸や工業が振るわないようになると、上七軒も規模を縮小するようになり、去る人も多かったので、芸舞妓募集の貼り紙が行われるようになったという。今はやや持ち直しているが、インターネットで舞妓の募集をしているそうで、上七軒をもじった下八軒という架空の花街を舞台にしたミュージカル映画「舞妓はレディ」と全く同じことが行われていることが分かる。おそらくインターネットでの舞妓募集は周防正行監督の思いつきではなく、上七軒を取材して実際に行われていることを描いたのだろう。OLなど他の職種からの芸舞妓受け入れも行っているようだ。</p>
<p>以前はよく、上七軒文庫に通って絵本の朗読を聞いたり、仏教について教わったりしていたため、上七軒への生き方は分かっている。バスで行くのだが、行きも帰りも空いていて、座ることが出来た。北野天満宮の祭りの日には満員になるが。</p>
<p> </p>
<p>少し早めに上七軒に着いて、上七軒通を歩いて回る。すぐそばに北野天満宮があるが、何回参拝したか分からないくらい来ているので、今日は遠慮する。<br />ちなみに、上七軒歌舞練場は上七軒通から外れたところにあり、歌舞練場の前の通りにはおそらく名前がついていない。これも五花街で唯一である（祇園甲部は花見小路通、祇園東は東大路通、宮川町は宮川筋、先斗町は先斗町通に面している）。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9772.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9772" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9772.jpg" alt="Dsc_9772" width="369" height="493" border="0" /></a></p>
<p> </p>
<p>上七軒歌舞練場は大正時代に建った建物を大規模改修して使用している。管理は行き届いているようだが、他の花街の歌舞練場に比べると一回り小さめ。花道は下手に一本あるだけで、その裏が地方のスペースとなる。上手側は桟敷席になっている。<br />なお、席順は前から「いろは」順。いろは四十七文字全てを言えない人もいるだけに迷う人も出そうである。外国人観光客もいたが、彼らはそもそも「いろは」を知らないはずである。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9774.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9774" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9774.jpg" alt="Dsc_9774" width="370" height="277" border="0" /></a></p>
<p> </p>
<p>演目は二部構成で、第一部は、舞踊劇「鐘を数えるお姫さま」（原作は「シンデレラ」）、第二部が純舞踊「俗曲（ぞっきょく）わすれな草」そしてフィナーレ「上七軒夜曲」が続く。前半が舞踊劇で後半が純舞踊というのは、先斗町の「鴨川をどり」と同じである。</p>
<p> </p>
<p>舞踊劇「鐘を数えるお姫さま」。実は「シンデレラ」が坪内逍遙の訳で紹介されたとき、シンデレラの名は「おしん」になっており、連続テレビ小説風の役名になっていた。今回もヒロインの名は「おしん」になっている。<br />舞踊劇なのだが、皆、声が聞こえない。腹式呼吸ではなく、明らかに胸式呼吸である。男役の人も声を作らず女声のままで演じる。<br />先斗町がしっかりした演劇を行うことが多いだけに、上七軒はこのままでは評価出来ない。通路を演者が通るなど、工夫も凝らされているが、その前にちゃんと演じられないと。<br />上七軒は一つだけ離れているだけに、他の花街の芸舞妓は来ていないと思われるが、先斗町の芸舞妓が観たら「勝った！」と思うだろう。何と言っても声が聞こえないというのは致命的である。<br />ちなみに今回の劇は、おしんがお城に行くのではなく、王子様に相当する若殿、その正体は猿田彦命で、おしんが見初められるという展開になる。可哀相だったけど優しさに気づけたかららしい。<br />ちなみに「とんでもございません」というセリフがある。<br />猿田彦と一緒になるということは、彼女は天鈿女命で、猿女になるということである。猿女氏の子孫が稗田氏であり、現在の大和郡山市を根拠地として、稗田阿礼を生んでいる。</p>
<p> </p>
<p>第二部「俗曲わすれな草」。十日戎に始まり、愛宕山を越えて（おそらく亀岡の方から）更に近江に出て八景を巡る。結構、露骨な色町の描写を経て、上七軒の名物の団子と江戸から明治に掛けての京都が描かれる。そして「名所名所」となるのだが、出てくるのは金閣寺だけ。後はお軽と勘平の話になる。次は「京都名所」で、こちらは、祇園、円山（公園）、清水、八坂となぜかライバル花街のそばを通り、南禅寺、知恩院、黒谷真如堂（「黒谷」こと金戒光明寺と、「真如堂」こと真正極楽寺。隣接している）、三十三間堂、金閣寺、銀閣寺、北野天満宮、平野神社、嵐山、高雄、永観堂、下鴨（神社）、上賀茂（神社）、御所の遊園地（不詳）、新京極と寺町京極、四条通、千本通と経て上七軒に至る。ちなみに京の東側の名所の方が多い。</p>
<p>フィナーレの「上七軒夜曲」は、短調の楽曲。宮川町の「宮川音頭」もそうだが、儚い感じがする。「宮川音頭」については、男性は儚く感じ、女性は威勢が良いと男女で違うものを聴いているような現象が起きているのだが、「上七軒夜曲」も男女で印象が異なるのかも知れない。歌詞は色っぽいものである。</p>
<p>踊りに関してだが、ちょっと大人しい気はする。やはり一つだけ離れた花街であることは大きいだろう。他の四花街は、色々なお客さんが来て中にははしごする人もいるのかも知れないが、上七軒は近くに大きな企業があるわけでもないし、繁華街のそばにある鴨川沿いと比べて行きにくい。<br />他の花街は、色々実験して、結果的には失敗しているが、実験が必要なのは他の花街ではないのかも知れない。そしてその前に、セリフが聞き取れるようでないと厳しい。</p>
<p>パンフレットは、800円で、セリフと歌詞の全てが載っているという良心的なものであった。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>文化・芸術</dc:subject>
<dc:subject>京都</dc:subject>
<dc:subject>文学</dc:subject>
<dc:subject>邦楽</dc:subject>
<dc:subject>春</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-04-01T22:01:52+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-b139e2.html">
<title>コンサートの記（954）　森山直太朗 Two jobs tour 2025～26「あの世でね」Yeeeehaaaaw＠フェスティバルホール</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-b139e2.html</link>
<description>2026年3月20日　大阪・中之島のフェスティバルホールにて
午後6時から、大阪...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2026年3月20日　大阪・中之島のフェスティバルホールにて</p>
<p>午後6時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、森山直太朗 Two jobs tour 2025～26「あの世でね」Yeeeehaaaawを聴く。昨年、森山直太朗がリリースした2つのアルバム、「弓弦葉」と「Yeeeehaaaaw」の楽曲によるコンサートツアー。今日は、「YeeeeHaaaw」というフォークブルース、ブルーグラスを中心にした構成。母親の森山良子から受けた影響も大きいようだ。「弓弦葉」のコンサート会場だが、今日、発表が行われ、京都コンサートホール大ホールで、6月に開催される。京都コンサートホールは、クラシック専用ホールだが、それにあった編成で行われるはずである。今日も編成が大きめのバンドだったが、全てアコースティックの楽器であり、柔らかさが伝わってくる。今日は終演後に京都公演のチケットも発売されていた。京都公演の翌日は、大阪・上本町の新歌舞伎座で公演を行うという。森山は新歌舞伎座という劇場名から歌舞伎の劇場だと思ったようだが、新歌舞伎座は、なんばにあった頃から「歌舞伎の上演されない新歌舞伎座」として有名で、若手の歌舞伎俳優が公演を行うことはあるが、歌舞伎のビッグネームが登場することはない。演劇、ミュージカルの上演が多く、演歌歌手のショーも盛んに行われている。松竹も支援しているが近鉄の小屋で（歌舞伎は松竹の独占興行で近鉄だけでは歌舞伎の公演は打てない）、ミュージカルの上演が多いということで、音響は一定の水準が保たれている。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9745.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9745" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9745.jpg" alt="Dsc_9745" width="369" height="493" border="0" /></a></p>
<p>「あの世でね」というタイトルであるが、昨年9月に公開された映画「風のマジム」のために書き下ろされた新曲で、舞台になった沖縄のことが歌われている。典型的なアイリッシュテイストのブルーグラスの楽曲である。私も何度かカラオケで歌っているが、「メロディーは陽気だけど、歌詞が怖い」と言われた。沖縄戦で戦死した人々が天国から戻ってきて歌うという趣向で、まじむのことについても歌われ、語られる。民俗的要素も、沖縄・本土関係なく歌われている。この曲にはフル編成によるバージョンと、ギター弾き語りによるアンプラグドバージョンがあり、「弓弦葉」公演ではアンプラグドバージョンが歌われる可能性が高い。</p>
<p>客席の年齢層であるが、若者はほとんどいないものの、中年以上のお客さんの年齢幅は広いように感じられた。男女比は私の席の周りでは半々。開場時間と終演後のみ写真撮影可となっている。音声を録ることは本番以外の時間であっても厳禁。</p>
<p>森山直太朗は、現れてすぐに客席に「立って立って」とジェスチャー。バラードが来るまでスタンディングで聴く。</p>
<p>森山直太朗の楽曲は裏声（ファルセット）を多用するのが特徴で、私も好んで歌う楽曲が多いが、最近は年齢のためか、裏声が素直に出なくなっている。また森山は音をかなり伸ばす。</p>
<p>フォークブルースの楽曲ということで、「赤い鳥」という曲を作曲している時に母親の、「歌わせろー！」という声が頭の中で聞こえたりしたそうだ。ただ母親に歌わせるわけにもいかないので、バックコーラスを頼んだところ、食い気味に「いいよ」と返ってきたという。</p>
<p>今日はバックバンド全員が赤の服装。「あの世でね」のミュージックビデオでも着ているものだが、YMOの赤い人民服（実際はスキー服をモチーフに高橋幸宏がデザインしたもの）を連想させる。<br />メンバー紹介の時に、チェロのはるかさん（林はるか。実妹は作曲家・編曲家・ピアニストの林そよか）が、大阪出身だという話をするが、「大阪弁、聞いたことない」と森山が言う。はるかさんは、「いつもは皆さん標準語なので標準語ですが、大阪に帰ると大阪弁になります」<br />森山は、「もっと乱暴な感じの大阪弁が聞きたい」というも、はるかさんは、「箕面（みのお）なので」。これで客席は大体納得したが、森山は東京の人なので、「箕面がどうしたの？」とよく分かっていないようだった。箕面は阪急の前身の会社が大阪市までの線路を引いたところで、その後、専務の小林一三の提案により、箕面周辺に大阪市内まで通勤する、比較的アッパークラスのサラリーマンのための住宅街を造成。大阪市内の「家が手狭」という層の移住を目論んだ。鉄道とそれに乗る乗客の両方を生み出すという画期的な政策を行った街の一つである。ということで高級住宅街もあり、お上品な人が多く言葉も綺麗なのである。はるかさんもプロのチェリストになっているということはお金のある家の出身であると思われる。吉本の芸人が使うような河内弁ベースの言葉とは根本的に異なる。なお、はるかさんは鉄道好きの「鉄子」なので、みんな「はるか」ではなく「鉄子」と呼んでいるそうだ。</p>
<p>アルバムの曲以外では、「夏の終わり」が歌われる。この歌も反戦歌で、サビはほぼ全てファルセットで歌われるという、ファルセットが出ないと歌うのが難しい曲である。</p>
<p>「さりとて商店街」は、某有名曲のパロディー。お客さんも歌ったので「共犯」関係のようだ。</p>
<p>肝心の「あの世でね」。春分の日に相応しい楽曲だ。この曲にはセリフの部分があるのだが、森山直太朗はセリフを言った後、しばらく歌ってからまたセリフを言おうとしてしまい、セリフを止めて演奏だけを行い、バックバンドは上手くついてこられなかったが最後のフレーズを歌って、何とか格好をつけた。演奏終了後も悔しかったようで、色々言っていた。<br />最後の曲、「僕らは死んでしまうのだけれど」の前に、「アンコールが欲しいというのなら演奏する曲は用意しています」</p>
<p>アンコールは3曲だったが、最後は一人語り「生きてることが辛いなら」。作詞の御徒町凧（おかちまち・かいと）が第50回日本レコード大賞で作詞賞を得た作品。心が「自分」で占められている人へのメッセージソングである。この曲がラストというのもいい。<br /><br /></p>
<p>なお、全編終了後、森山直太朗がアルバム購入者全員にお渡し会を行うという。男の人に貰ってもねえ、というわけで私は参加しなかったが、多くの人が並んでいた。森山がステージを去る際に、「良かったで！」「また来てや！」と声が掛かる。大阪でも珍しいことで、森山がいかに愛されているかが分かる。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9750.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9750" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9750.jpg" alt="Dsc_9750" width="370" height="277" border="0" /></a></p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9752.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9752" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9752.jpg" alt="Dsc_9752" width="370" height="277" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>
<dc:subject>大阪</dc:subject>
<dc:subject>日本映画</dc:subject>
<dc:subject>映画</dc:subject>
<dc:subject>コンサートの記</dc:subject>
<dc:subject>フェスティバルホール</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-03-31T23:15:16+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-f7c17e.html">
<title>「科捜研の女」Season4概要</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-f7c17e.html</link>
<description>「科捜研の女」Season4 File.1。本来は、「科捜研の女」は、Seaso...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>「科捜研の女」Season4 File.1。本来は、「科捜研の女」は、Season3で一区切りだったと思われるのだが、半年後にSeason4がスタートすることになった。科警研に辞表を出し、榊マリコ（沢口靖子）が京都府警科捜研に戻ってくる。科警研は日本における科学捜査の最高峰であるが、それであるが故にドラマが作りにくい。千葉県柏市だと東京などを含めてもロケ地としての魅力に欠けるということで、沢口靖子で続編を作るなら京都での「科捜研の女」であろう。元々、京都を舞台としたサスペンス＆ミステリーの枠である。<br />
科警研を辞めて京都府警科捜研に戻ることは現実にはあり得ないのかも知れないが、これは現実の話ではない。<br />
2002年の放送。私が京都に移ってから初めての「科捜研の女」である。</p>

<p>東京から京都へ。榊マリコは、新幹線ではなく京阪高速バスで向かっている。京都から柏の科警研へは新幹線を使ったはずだが、なぜ今回は高速バスなのかはよく分からない。だが、この高速バスの中で殺人事件が起こり、バスは平安神宮の近くで停車し、捜査を行うことになるが、マリコが勝手に科学捜査を始めてしまう。<br />
今は平安神宮の応天門の前、冷泉（れいせん）通から二条通の間は歩道となっており、岡崎公園が一体感を出しているが、以前は冷泉通から二条通まで応天門の前から大鳥居に向かって南北に走る車道（名前は神宮道で変わらず）があり、岡崎公園は東西に分けられていた。このドラマの映像でも、南北に走る応天門前の神宮道が映っている。</p>

<p>バスという狭い空間での殺人は、すぐに犯行がバレるため、通常は行われない。</p>

<p>さて、葛山信吾が演じていた上原刑事が久美浜署に異動になり、後任の新山は、「人相悪いな」と思ってよく見たら榊英雄だった。マリコとは榊繋がりだが、後に映画監督として強姦・準強姦容疑などで逮捕される人物である。丁度今日（2026年3月6日）判決が下り、懲役8年の実刑が言い渡されたようだ。「人は見た目によらぬもの」というが、この人は一目見て避けた方が賢明と判断すべきである。</p>

<p>バスに乗り合わせた容疑者役として、徳井優、宇梶剛士、本田博太郎らが乗っている。本田博太郎はプロのスリ師役である。ちなみにマリコは、引っ越しはサカイ引越センターを使っているが、だから徳井優が出演というわけでもないだろう。すでに売れている俳優であった。徳井優は売れる前は色々な仕事を受けており、ホテル備え付けの有料エロビデオにも出演していた。人気作だったのか大規模チェーンのホテルだったのか、複数の友人から「お前が出てきてどうすんねん？！」と言われたそうである。</p>

<p>京都の名所としては、鴨川沿い、みそそぎ川上の川床（ゆか）などが映っている。</p>

<p><br />
「科捜研の女」Season4 File.2。中山忍登場。目が少し姉に似ている他は、見た目にさほど共通点はないが、声と言い回しが似ている。中山美穂がややきつめの顔であったのに対して、中山忍は柔和な表情であるためか、中山美穂は生前、ことあるごとに「妹の方がずっと美人」と口にしていた。</p>

<p>嵯峨嵐山の旅館で執筆を行っていた小説家の藤尾が殺害され、担当編集者の高須洋子（中山忍）が、その旅館の門から飛び出してきたところを車に轢かれて、二条院大学病院（同志社女子大学京田辺キャンパス友和館でロケが行われている）に入院する。洋子は旅館にいた時の前後の記憶だけが飛んでいたが、マリコは局限性健忘と断定、記憶はなくなっても意識下では残っているとして、脳指紋検査P300を使い、黒井千佳巡査（小林千晴。小林稔侍の娘である）をJR嵯峨嵐山駅に向かわせ、犯行現場までの映像を送らせる。結果としては洋子は、犯行現場と凶器に反応を見せたのだが、マリコは「目撃者の可能性もある」と犯人かどうかの決断は下さない。映像には桂川など風光明媚な場所も映っており、視聴者へのサービスとなっている。<br />
洋子は、退院するが、「自分が犯人かも知れない」という心の動揺から、風呂場で自殺未遂を起こしてしまう。なんでよりによって風呂場なんだ。<br />
再び二条院大学病院に入院した洋子に、マリコは再度の脳指紋検査を受けさせようとするが洋子は拒否。そこでマリコは前回の脳指紋検査からヒントになるものがないか徹夜で目を通し続ける。<br />
脳指紋検査は実際に存在するようである。<br />
藤尾の書いた小説の内容が、「沙粧妙子最後の事件」に出てくる梶浦（升毅）を連想させるが、多分、偶然であると思われる。ただ、沙粧妙子（浅野温子）は京都大学卒という設定であるため、京都という共通点はある。</p>

<p></p>

<p>Season4 File.3。洋館に若い男女が忍び込み、肝試しをする。というのは本編の導入部ではなく、テレビ局が事前に収録した映像という設定であった、WESTTVという民放が制作する生放送の心霊番組に、マリコは「幽霊不在派」の論客として出演するのだが、入りが遅れる。メイクの時間がないので、エレベーターの中で化粧をしようとして、人が降りるときにワイシャツを汚してしまう。プロデューサーの星野智里（星遙子。現・星よう子）の機転でスカーフを巻いて貰って汚れを隠し、本番スタート。MCは昔懐かしい北野誠。本人役での出演である。視聴率25％を狙える番組だそうで、15％で御の字という今とは状況が異なる。マリコは相変わらず空気が読めない言動だが、ロケ先である京都市中京区の旧領事館で異変が起こる。旧領事館の内部をレポートしていた城戸章吾が幽霊のような影を目撃。脇の部屋に飛び込んだのだが、老朽化した床が抜け落ち、転落してそのまま死亡した。<br />
マリコは収録を抜け出して現場に向かう。<br />
大きなテレビ局は東京と大阪に集中しているので、大阪のテレビ局かと思ったら、京都の局であった。まあ大阪からの放送だったら京都の現場に駆けつけられないので、芝居の嘘、もしくは現実とは違う世界である。</p>

<p>千佳は、「ワイルドで、その辺にいる優しいだけの男とは違う」と新山に惚れるが、悪いことは言わない、優しいだけの男にしておけ、そいつ実刑8年食らうぞ。</p>

<p>旧領事館の外観は、浜大津にある旧大津公会堂（収録・放送当時の名称は、大津市社会教育会館）が用いられている。1933年の竣工で、丸窓がアールヌーヴォーの影響を受けており、三条御幸町の1928ビル（旧毎日新聞社京都支局）に外観が似ている。<br />
幽霊と思われた影の正体は、ブロッケンの怪物（ブロッケン現象）だとすぐに分かったのだが、城戸の死が事故なのかどうか謎が残る。<br />
マリコはたまたま蓄光テープを発見。蓄光テープ（略称:蓄光）は、演劇の溶暗もしくは暗転の際に、俳優に進路などが見えるように床に貼る物で、溶暗や暗転のある舞台では必ず用いられる。<br />
智里は、床が抜ける場所を知っており、城戸に安全のために貼らせた蓄光をその後にずらして城戸に腐った床を踏ませて下の階に転落するよう仕向けたのだった。<br />
智里はWESTTVの編成局長と結婚して一児を設けたが、元アイドルで今はレポーターの城戸が何度も復縁を迫っており、殺害を決めたのだった。<br />
トリックとしては今ひとつであるが、女性がマスコミを始めとする男性優位の社会で働くことの厳しさを訴える回でもあった。女性というだけで意見が通らない。同じ企画を男性が提案すると成功する。<br />
マスコミに入ると女は女を捨てなければいけないという状況は今も変わっていないようだが、改善はされているようである。マスコミに多いパワハラもしくは体育会系体質は女性スタッフに対しては緩くなっていると聞く。1ヶ月家に帰れないなんてことはなくなったようである。</p>

<p><br />
「科捜研の女」Season4 File.4。<br />
北山。カップルがキノコ狩りをしている。しかし、女性の方が硬い何かを感じ、引っ張り上げると髑髏であった。結局、全身白骨化した遺体が見つかり、20代の女性で、身長160㎝前後、左利きであることが分かる。行方不明者の中で該当者は2人。うち1人はフィリピン人の女性テレサであった。テレサはフィリピンパブで働いており、毎週、彼女に巻き寿司を送りに来る男がいた。テレサは沖中という木工細工の職人とおそらく日本滞在のために偽装結婚していたが、次第に親しくなり、何もかも投げ出して駆け落ちを計画。しかし、借金のあるテレサの夜逃げをブローカーの溝口は許さず、沖中との待ち合わせ場所である面影寺に先回りして、抵抗されたためにテレサを殺してしまう。沖中は待ち合わせ時間に面影寺の山門に着いたが、いつまでもテレサが現れないため、駆け落ちを止めたのだと思い、帰るしかなかった。実際は彼が到着するより前にテレサは殺されていた。<br />
紅殻の屋根を特徴とする面影寺の本堂にテレサの遺体は隠されていたが、3年前に本堂の一般公開が決まり、それで遺体を山奥に移していたのだった。<br />
宮前（山崎一）が初めて科捜研の所長らしい仕事をする。科捜研も最初のうちは皆で科学捜査に取り組んでいたのだが、Seasonを重ねるうちに役割分担が出来、光子（深浦加奈子）は会計しかしておらず、捜査に関しては怖れすら抱いているようである。<br />
今回、京都らしい観光名所で移ったのは仁和寺のみ。仁和寺の二王門はよく登場する。嵐山の法輪寺も面影寺として登場。<br />
また、洛北医科大学の名前が出たが、名前が出ただけで、実際は京都医科大学が久しぶりに登場する。以前は龍谷大学深草キャンパスがロケ地で、巨大な正門も登場したが、今回は小さな門が登場しただけだった。</p>

<p><br />
Season4 File.5。今回は京都市を離れ、マリコは有給を取って山奥の旅館に泊まりに出掛ける。チケットが二枚あったというだけで、なぜか新山を同行させることに。<br />
ここに中高と同級生だった女性5人組が同窓会で来ていた。演じているのは、中島ひろ子、大西結花、魏涼子、冨樫真（まこと）、浅野麻衣子。80年代後半から90年代に掛けて活躍していた女優達である。収録・放送時点では余り売れなくなっているが、名前だけを見ると壮観である。と同時に芸能界を生き延びる厳しさも感じる。放送時点で見ても「懐かしい」と感じる顔ぶれである。全員が全盛期の時であったら、ギャラはかなり高額だったはずだ。劇中でも同じ年代だとしたら、彼女達は、就職時にバブルだったため、良いとされる職種に就いている人もいる。<br />
5人は高校生の時にある男子に恋をするも悪戯を仕掛けて殺してしまったという過去を持っていた。<br />
山奥で科学捜査は出来ないが、マリコはいつもよりは原始的な科学を用いて容疑者を割り出していく。ちなみに泊まる旅館は断崖絶壁の上で危険なことこの上ない。<br />
血液型占いの話が出てきて、元同級生は5人ともA型であるが、実は本当は別の血液型で、性格を偽りたくてA型にしている人もいた。なお、マリコが断言するように、血液型と性格には何の関連性もない。日本の陸軍が、「血液型と任務遂行能力に何らかの関係性があるのではないか」というので調査したが、結論としては「一切関係なし」。だがそのデータがいつしか民間に流れて「血液型占い」が成立する。日本人の場合、A型4、O型3、B型2、AB型1という比率だったため、占いに用いやすかったのだろう。他の国ではB型が9割だったりするため、血液型占いは意味がない。今では先入観を持たせないために、子どもの頃に血液型を教えることはないそうである。</p>

<p><br />
「科捜研の女」Season4 File.6。豪邸で投資トレーダーを行っていた男が、遺体で発見される。家政婦の女性は、遺体が発見される前の1週間休みを取っており、久しぶりに豪邸に出勤して遺体を見つけたのだった。<br />
男には妻がいたが、四六時中パソコンに向かって取引を行っていたため、妻の時子（石野真子）は愛想を尽かして出て行った。<br />
マリコは遺体から砒素が検出されたことから、砒素を使った殺人事件と断定。ではどこに砒素が盛られていたのかが焦点となる。砒素は長年に渡って部屋に漂い、被害者をじわじわと死に追い込んでいった。<br />
被害者には絵の趣味があり、中には妻の時子を描いたものもあった。マリコは絵画には全く興味がなかったが、木場がアドバイスを行う。<br />
被害者が亡くなった部屋には土壁が使われた部分があり、砒素はここに忍ばせられていた。被害者は妻に興味がなくなったのではなかった。土壁に妻を描いた絵の額を飾ろうとして土壁を痛めてしまい、妻の幼馴染みで工務店を営む和美に補修を頼んだが、時子は砒素をひそませるよう仕向ける。和美の営む工務店も倒産寸前でどんなことにも従うしかなかった。<br />
時子は被害者が自分を愛していたことを知り、悲嘆に暮れるももう後の祭りだった。</p>

<p><br />
Season4 File.7。巨大マンションから女性が転落して亡くなる。京都市内には珍しい巨大マンションであったが、住所は伏見区桃山町。京都人からは、「伏見は京都ちゃう」と言われるようなところで、高さ制限は緩い。<br />
被害者の里子は、企業に務めるOLで、フリーターで友人の清美と同居していた。<br />
そんな里子が、血染めのラブレターを送られるなど、ストーカー被害に遭い、警察に訴えていた。<br />
実は里子が住んでいたのは、新山と同じマンションである。今日も女子達は新山が「格好いい」のなんのと口にするが、止めておいた方がいいって。<br />
新山が清美と車でマンションに向かう途中、里子と思われる女性がマンションの自室から転落するのを目撃する。<br />
里子の部屋を望遠鏡で監視している人物をマリコが見つける。粕谷亨、10年引きこもりを続けている男で、大体、テレビでこの手の人物を描くと、女性から相手にされないような男になりがちなのだが、粕谷亨はそれなりに男前である。クレジットを見て津田寛治であることに気付いた。1999年頃テレビドラマデビューなので、まだまだ駆け出しの頃である。<br />
犯人は粕谷ではなく、ワイヤーを使うなどご大層なトリックを使っていた。また清美も共犯だった。<br />
豊臣秀吉の指月伏見城跡の下付近にある大島病院（伏見区桃山町）がクレジットで出たが、小林稔侍演じる木場が診察を受ける場面で、本編の最後に使われていた。</p>

<p><br />
「科捜研の女」Season4 LastFile。左京区岡崎の私立桜谷女学園高校（モデルになった高校はないと思われる。左京区岡崎には京都文教中・高校がある）に通う芦原利奈（加藤夏希。加藤夏希はSeason3にも別の出ていたはずである）が誘拐される。マリコは監禁場所を写した写真に京都タワーの上層階が移っており、階段の見えない東側からの撮影と見て、角度などを計算し（実際にはそれほど簡単には計算は出来ないはずだが）監禁場所を特定する。しかしこれは、利奈が母親の仁美（多岐川裕美）に不満を抱いて起こした狂言誘拐であった。<br />
しかしこの狂言誘拐に、先代からの運転手である相沢（石丸謙二郎）が便乗。携帯電話を偽装し、二億円の身代金を運ぶ役を担ったとして、仁美を車から降ろし、一人で車を走らせる。そのまま車で逃げるつもりだったと思われるが、邪魔が入る。先代の芦原壮介は京都府警から政治家に転身。裏社会とのパイプを持っており、スキャンダルを察知した第一秘書の下条を、近江八幡の裏社会の人間である大神（大杉漣）を使って抹殺していた。<br />
そんな中、鴨川の河原（実際に鴨川の河原か分からず、そうだとしてもかなり下流の方）で木場（小林稔侍）が遺体となって発見される。マリコは何としても木場の仇を討つと心に誓う。木場の検視はマリコが洛北医科大（京都学園大学、現・京都先端科学大学亀岡キャンパスでロケが行われている）で行う。木場が赤こんにゃくを食べていたことが分かり、赤こんにゃくが近江八幡の名産だと知ったマリコは近江八幡に向かう。ロケは八幡堀付近で行われているが、八幡堀地区は、日本で最も美しい街並みを残す町であり、見栄えがするところを撮影すると、京都ですら敵わないので、比較的地味な場所でロケは行われている。<br />
近江八幡の赤こんにゃく屋の前に怪しい事務所かある。ここを根城にしているのが、おそらくヤクザと思われる大神である。<br />
マリコは、木場が監禁されていた場所を探し出すが、大神に襲われる。木場をすぐ殺さなかったのは、ある人物と会わせて、話を付けさせるためだった。現れたのは正宗岳尋本部長（小木茂光）。京都府警出身の芦原壮介元民友党幹事長が発端となっているだけに、京都府警全体の事件に発展する可能性があり、それを止めようとしていたのだった。<br />
正宗は木場の遺品を持ち出そうとして科捜研のメンバー全員に目撃され、チェックメイトとなった。<br />
木場は殉職により二階級特進。警部→警視→警視正となった。<br />
マリコのメンター的存在だった武藤（内藤剛志）が、今回はなぜか、科捜研の部屋にも現れる。マリコと食事をしながら、「死は生の対極としてではなく、その一部として存在する」と、「あるベストセラー作家の一説」を引用する（村上春樹の言葉である。『ノルウェイの森』に登場する）。そしてどこへともなく去る。Season4の武藤は、小説家というよりも妖精のような存在である。<br />
ラストは、これで最後の出演となる小林稔侍の名場面集。泣いていたマリコも、木場から受け取ったこれまでの恩義を回想しつつ、次の事件に向かうことを誓うのだった。</p>

<p>テレビ朝日系列の「世界の車窓から」でナレーターを長年に渡って務めている石丸謙二郎。やはりテレ朝系のドラマには出やすい。</p>

<p><br />
Season4は総じてコミカルな要素はこれまでよりも控えめ。美人女優が変なことをすると見ていて痛くなることが多いが、沢口靖子もその例に漏れない。コメディエンヌのセンスは持って生まれたもので、演技力でカバーすることは出来ない。仲間由紀恵などは極めて貴重な美形コメディエンヌで、「トリック」シリーズの成功は主役が彼女だったからである。後ろから殴られて、「ニャー！」と言いながら倒れるなんて、普通の女優がやったら激痛ものだが、彼女の場合はコミカルになる。ただ若い頃はコメディアンヌとしての力を発揮しても、ある年齢に達すると本格派女優にシフトしてしまう人が多い。コメディエンヌよりも本格派女優の方が格は上だが、ある程度の経験を重ねるとなれる。美形コメディエンヌは希少種。というわけでもったいないことが起こりやすい。</p>

<p>ということで、今回が深浦加奈子などがコミカルな場面を受け持つことが多い。</p>

<p>大杉漣は、徳島県出身で明治大学中退後に転形劇場に入団。看板俳優となるが、劇団解散後は無職同然になり、俳優業を細々と続けていた。北野武に気に入られて、多くの北野武作品に参加。下半身不随となった元警察官で、絵画作品に力を入れる男を描いた「HANA-BI」での演技が高く評価され、以後は北野武作品のみならず多くの映画に出演。出過ぎだというので、「大杉漣複数人説」が飛び出し、三池崇史監督は、外国人記者からの「大杉漣は何人いるのか？」との質問に、「少なくとも大杉漣3号までは確認されている」と冗談を飛ばしている。</p>

<p>小木茂光は、一世風靡セピア出身だが、俳優転身にあたり、その経歴を隠すよう頼んだという。一世風靡セピアではリーダーで、「哀川翔よりも強いのでは」と言われたが、YouTube番組に出演した時に否定。哀川翔については、小木と柳葉敏郎が口論になった時に止めに来たそうで、「仲裁役をやれるとは強い」と一目置いたそうだ。だが、自身の話になると、「チンピラ紛いのファンが騒いでいるので、『ステージ上がれ！』と喧嘩を売った」「帰り、楽屋から出るとき襲われるかも知れないけど、『まあ、大丈夫だろう』と」と、明らかに喧嘩が強い人の発言をしている。<br />
初めて演技を見たのは、CX系の深夜番組「マエストロ」においてで、西村まさ彦（西村雅彦）がマエストロで、小木茂光がコンサートマスター役であった。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>芸能・アイドル</dc:subject>
<dc:subject>京都</dc:subject>
<dc:subject>テレビドラマ</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-03-28T01:16:46+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-8d1656.html">
<title>観劇感想精選（511）　下鴨車窓 「点滅ハーバー」</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-8d1656.html</link>
<description>2026年3月13日　京都市東山青少年活動センター創造活動室にて観劇
午後7時か...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2026年3月13日　京都市東山青少年活動センター創造活動室にて観劇</p>
<p>午後7時から、東山区総合庁舎の2階にある、京都市東山青少年活動センター創造活動室で、下鴨車窓の「点滅ハーバー」を観る。上演時間約70分の中編。</p>
<p>東山青少年活動センター創造活動室は、以前は京都の小演劇の公演が行われていたのだが、その後、主な上演会場は、アトリエ劇研（現存せず）、ART COMPLEX 1928（現在は、GEAR専用劇場となっている）、京都芸術センターのフリースペースや講堂での上演が多くなり、最近ではTHEATRE E9 KYOTOや木屋町のイベントスペース＆レストランUrBANGUILDなどでの公演が増えている。<br />ということで、東山青少年活動センター創造活動室に来るのは、ひょっとしたら20年ぶりぐらいになるのかも知れない。</p>
<p>作・演出：田辺剛。出演：菱井喜美子（人間座）、鈴木嵩久、福井菜月（下鴨車窓）、酒井信古（人間座）、岡田菜見（下鴨車窓）。</p>
<p>京都の老舗新劇劇団には、劇団くるみ座、人間座、劇団京芸などがあったが、くるみ座はすでに解散。人間座も下鴨にあるアトリエを劇場として使えない状態にある。</p>
<p> </p>
<p>どこともいつとも知れない時代が舞台。場所は海と船着き場の見える病院である。基本的には病院の一室のみが描かれるが、病院内の通路や外に出られる場所、そして架空の空間なども出てくる。</p>
<p>本作は、昨年、49歳で他界した舞台人の小早川保隆の死が反映されていることが、田辺によって無料パンフレットに書かれている。<br />小早川さんは主に音響など裏方として活躍された方で、私とは接点はなかったが（Facebookでは友達になっていた）、河原町広小路にある京都府立文化芸術会館で小早川さんが演出されたシェイクスピアの「オセロー」を観ている。「オセロー」はタイトルロールがムーア人で肌が黒い、だが黒人以外が肌を黒く塗って上演すると侮辱に当たるということでシェイクスピアの四大悲劇の中では上演が難しくなっている。その時の「オセロー」は、ラストシーンに始まり、どんどん時を遡っていくという演出で、こうした筋書きだとオセローよりもイアーゴーの活動が目立ち、「これは『イアーゴー』だなあ」と思った記憶がある。<br />ただ気になったのは、「わからんかったやろ。わからんことやったらあかんねん」と言う人がいたこと。私はかなりの高確率で捉えられたつもりだが、この人は「自分がわからないんだから他の人もわからない」と自分を軸にして全てを判断してしまうようだ。「このような人物は極めて怖ろしい」</p>
<p> </p>
<p>本作には喫煙シーンがあるが、事前にスタッフにより偽煙草の使用であると説明される。</p>
<p> </p>
<p>上手に枠で窓が示されている。<br />ベッドのそばに座って外を見つめる老女が一人。ヨシコ（菱井喜美子）である。だが、ここはヨシコの病室ではない。<br />この病室の主は、戦地から来たカイ（鈴木嵩久）だ。カイはこの病院がどこにあるのか分からず、ここに来た経緯を覚えていなかった。<br />ヨシコは、順番待ちをサボって人の病室にいたため、看護師（福井菜月）に見つかって注意され、順番待ちに戻るよう言われる。なお、ヨシコの病状であるが、腰痛である。腰痛なのに入院していて順番待ちというとある言葉や状況が浮かぶが、ここではそうした意味ではない。ここでは。<br />カイは、戦場で活躍し、メダルを手に入れた。今も戦地の仲間が恋しく、病院を抜け出して戦地に帰りたいと考えている。<br />カイを見舞う男（酒田信古）が一人。「おじ」だと言うが、「伯父」なのか「叔父」なのかは分からない。男はある経験により、「家族」（ここでは親族だが）以外は信用出来ないと考えるようになっていた。</p>
<p>カイとヨシコの二人のシーン。偽煙草を吸う。劇場もある日、急に「喫煙シーンがありますが、使用しているのは芝居用の偽煙草です」という表示がどこに行ってもされるようになった。当初は、「ご気分の悪くなられた方は」という文章が続いていることもあり、煙や匂いに敏感な人のための措置であることが分かるが、今はそうした説明もないため、筒井康隆の「最後の喫煙者」の世界が近くなったような気分になる。全ては小泉純一郎内開時の健康増進法が元ではあると思われる。健康は間違いなく良いものだが、「健康でなくてはならない」とナチスが突っ走った先例があるため、注意が必要である。健康であることは絶対的に「善」であるため、異議は唱えにくい。</p>
<p>ただ、この劇で扱っているのはそうしたものではないと思われる。</p>
<p>人々は火を求めるようになる。煙草を吸うための火だ。最初は火を求めるのは少数派だったが、今では多くの人が火を求める。人の心はその集合体の「世論」のように移ろいやすい。<br />プロメテウスが盗んだ火は、人類に進歩をもたらしたが、同時に戦乱も広めた。</p>
<p>夜中の病院をカンテラで照らしながら、出口を求めて彷徨うカイとヨシコ。しかし翌朝、看護師にとがめられる。そういえば看護師も昔は看護婦で良かった言葉である。今は「看護婦」と書いたら直される。ちなみに看護師は、カイとヨシコがベッドの上で二人でいるときは、架空の場所に現れて糸を引っ張り、灯りを揺らす。タイトルにある「点滅」ではないが、揺れる感じはする。人生のように不安定に。</p>
<p>二人はベッドの船で海に出る話をする。漕ぐものの名称が出てこない（オールでも自分の名前の櫂でもいいのだが思い浮かばない。近すぎると見えないのかも知れない）が、海を行く話をする。そんな中、ヨシコは子どもの頃に父親と釣りに行った話をする。ヨシコは退屈であったが、父親は昼と夜の入れ替わる時の話をしていた。</p>
<p>カイが死に瀕していることは、始めの方で明かされる。そもそもこの病室は余命いくばくもない人が入る部屋なのだ。</p>
<p>船着き場からは、故郷に帰るような、あるいは新天地に向かうような気持ちの人々が船に乗って海へと繰り出す。まるでおとぎ話の中の出来事のようだが、「実際にこういう人達、北にも南にもいたよね」</p>
<p>カイは死ぬ。</p>
<p>それより前に、若い女性（岡田菜見）がカイの病室を訪れている。ヨシコは「誰かと思ったら若い頃の私じゃない」と彼女が去ってから気付く。時空が歪んでいるのか、あるいは歳の離れたドッペルゲンガーか。ドッペルゲンガーを見たものは直後に死ぬとも言われているが、死んだのは別人だ。今の時点では。</p>
<p>冒頭と同じようなシーンが来る。順番が来た。ただ、私はこのラストシーンは取らない。<br />一人の人が死ぬということ。その重みを感じていたい。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9727.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9727" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9727.jpg" alt="Dsc_9727" width="369" height="493" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>意識について</dc:subject>
<dc:subject>京都</dc:subject>
<dc:subject>演劇</dc:subject>
<dc:subject>歴史</dc:subject>
<dc:subject>京都劇評</dc:subject>
<dc:subject>劇評</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-03-26T22:52:25+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-85d9f1.html">
<title>コンサートの記（953）　出口大地指揮 京都市交響楽団高槻公演2026</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-85d9f1.html</link>
<description>2026年2月21日　高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールにて
午後3時...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2026年2月21日　高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールにて</p>
<p>午後3時から、高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールで、京都市交響楽団の高槻公演を聴く。</p>
<p>以前にもトリシマホールには来ているが、黛敏郎が音楽を手掛けた東京バレエ団の「ザ・カブキ」という公演であり、黛は様々な音を重ね録りしたテープ音源を作っていて、それで公演を行ったため、生音を聴くのは今日が初めてになる。</p>
<p>「ザ・カブキ」では、ホリゾント幕や中仕切り幕などを使っていたため、ホールの壁が見えなかったが、木材を転々とちりばめた独自のものであることが分かる。おそらく適度に音を散らせる効果もあるのだろう。</p>
<p>以前は、高槻城公園付近には、城跡らしきものは何も残っていない高槻城公園と、えらく古い高槻現代劇場というホールがあった。1973年竣工で、渋谷区神南のNHKホールと同い年だが、稼働率が高く、人がどんどん入るNHKホールに比べると高槻現代劇場はオンボロで、やはり人がいないと建物が朽ちるのは早いようだ。NHKホールのように修繕費が潤沢でもない。ということで取り壊されて、南館を新設。従来からあった高槻市立文化会館を北館としている。</p>
<p> </p>
<p>今日の指揮者は、若手の出口大地。左利きの指揮者である。大阪府豊中市生まれ。元々は弁護士を目指して、関西（かんせい）学院大学法学部に入学したのだが、在学中に「自分は争うのが嫌いな性格なので弁護士にはなれない」と悟り断念。「みんなを笑顔に出来る仕事がしたい」ということで、卒業後に東京音楽大学作曲指揮専攻（指揮）に入学。広上淳一に師事する。左利きであったが、当初は慣例によりタクトは右手に握っていた。しかし余りに鈍いというので、広上から「左利きなら左手で振れ」と言われてサウスポーの指揮者となっている。左利きの指揮者は数は少ないが存在しており、シベリウス演奏の大家であったパーヴォ・ベルグルンドが有名である。<br />東京音大卒業後はドイツに渡り、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンのオーケストラ指揮科修士課程を修了。<br />2021年に、本番一発勝負である第17回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門で日本人初の優勝を飾る。同年にクーセヴィツキー国際指揮者コンクールでも最高位及びオーケストラ特別賞を受賞。指揮を広上の他に、下野竜也、クリスティアン・エーヴァルトらに師事。オペラ指揮をハンス・ディーター・バウムに習っている。また、ネーメ、パーヴォ、クリスチャンのヤルヴィ一族のマスタークラスに参加という面白い経験もしている。2024年からの1年間は、ベルギーのリエージュ王立フィルハーモニー管弦楽団のアシスタントコンダクターを務めている。ちなみにリエージュ王立フィルハーモニー管弦楽団は来日ツアーを行った経験があり、京都コンサートホールでもクリスティアン・アルミンクの指揮で演奏を行っている。</p>
<p> </p>
<p>曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、グリエールのホルン協奏曲（ホルン独奏：福川伸陽）、チャイコフスキーの交響曲第4番。オール・ロシア・プログラムである。</p>
<p>いつも通りのドイツ式の現代配置だが、指揮者の正面にはトランペットが来て、ティンパニはやや下手寄りに配される。おそらくステージの大きさと他の打楽器との位置関係だろう。<br />コンサートマスターは、客演の白人奏者。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。尾﨑は老眼鏡を掛けての演奏である。<br />今日は管楽器の首席奏者が何人か降り番だったが（フルートの上野博昭、オーボエの髙山郁子ら）、その代わり、いつもは後半だけを吹くことが多い首席クラリネット奏者の小谷口直子や首席トランペット奏者のハラルド・ナエスが全編に出演した。</p>
<p> </p>
<p>グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。歌劇本編は滅多に上演されることはないが、序曲はとにかく有名な楽曲で、いかに速く弾くかを競うようなところもあるが、出口はスピード感より安定性重視。京響の各楽器が美しい音を奏でる。</p>
<p> </p>
<p>グリエールのホルン協奏曲。NAXOSレーベルの録音第1弾がグリエールの交響曲第1番だったことで知名度を上げたグリエール。ただその後、爆発的な人気を得ることなく、「そういう作曲家もいるよね」という認識に留まっている。<br />グリエールは、ウクライナの首都キーウ出身。1950年、モスクワにてホルンという楽器の可能性を感じたグリエールは、翌1951年にホルン協奏曲を完成。ボリショイ劇場管弦楽団の首席ホルン奏者であるヴァレリー・ポレフの独奏、作曲者指揮のレニングラード放送交響楽団の演奏によりレニングラード・フィルハーモニー大ホールで初演を行っている。<br />今回、ホルン独奏を受け持つ福川伸陽（ふくかわ・のぶあき）は、NHK交響楽団首席ホルン奏者として活躍している。第77回日本音楽コンクール・ホルン部門第1位獲得。<br />リッカルド・ムーティやパーヴォ・ヤルヴィから賛辞を受けている。<br />東京音楽大学准教授。</p>
<p>ロシアはヨーロッパから見てかなり東にあり、離れているため、情報の伝達も遅い。今と違ってIT環境も発達していないため、作品の内容が西欧に比べると遅れていたりする。<br />グリエールのホルン協奏曲も、伴奏などを聴くと20世紀に書かれているのにモーツァルトのホルン協奏曲のような様式を保っている。<br />一方でホルン独奏はかなり伸びやかに旋律を歌い上げ、広大な大地が広がる様が目に見えるようである。<br />福川のホルンは音の透明度が高く、愉悦感を覚える演奏である。<br />グリエールのホルン協奏曲は余り録音が出ていないと思われるが、ウクライナが生んだ音楽として聴いてみるのも一興かも知れない。</p>
<p>福川のアンコール演奏は、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」。編曲者は分からなかったが、温かな演奏であった。</p>
<p> </p>
<p>チャイコフスキーの交響曲第4番。後期3大交響曲の中では荒削りとされる作品だが、手直ししなかったということは、これがチャイコフスキーの荒ぶる魂そのものだったのかも知れない。<br />悪妻アントニーナと別れたチャイコフスキーは、弟のアナトールに連れられてスイスを経てイタリアに旅行。創作意欲を取り戻し、交響曲第4番を書き上げるが、その後、スランプに陥り、純音楽による交響曲が書けなくなってしまう（叙事詩的交響曲の「マンフレッド」交響曲は書いた）。それほどのエネルギーを費やしたのが交響曲第4番だったということになる。</p>
<p>出口の指揮する京響は力強くも輝かしい音を奏でる。「ベテラン指揮者ならここで」というところを通過してしまうが、出口が指揮者としてはまだ若いということだろう。本当なら胸が苦しくてたまらなくなるところでもそれほどではない。そういう気分になりたくない人には向いている。<br />孤独が身に染みる第2楽章。チャイコフスキーの音楽に賛辞を送る人は多かったと思われるが、同性愛など、プライベートなところまで理解してくれる人は多くはなかったはずである。<br />アントニーナとの結婚についてだが、チャイコフスキー本人が同性愛者であることを隠したかったのと、いざとなれば女を愛せるという思い込みがあったと思われる。ただアントニーナは、チャイコフスキーと別れてから20年以上精神科の閉鎖病棟で過ごすことになるという、最早恐怖の対象であった。アントニーナ以外だったらどうだったのかは、想像のしようもないが、アントニーナの熱烈な恋文が結婚に結びついているので、女性と接する機を持てず、生涯独身だったかも知れない。</p>
<p>第3楽章は弦が大半をピッチカートで演奏するという特殊な楽章。浮遊感があり、魂が解放されるかのようだが、その後に来る第4楽章を考えると、束の間の想像の世界が描かれているのかも知れない。</p>
<p>第3楽章からアタッカで第4楽章に突入。コンサートマスターは最後の音までピッチカートなので、素早く切り替える必要がある。<br />「小さな白樺」の旋律が流れる。あるいはチャイコフスキーが子どもの頃に好きだった民謡なのかも知れない。ただそれが次第に威圧的に響くようになる。子どもの頃にはもう戻れない。<br />次第に曲調が激しくなるが、最後の方はもうまともな精神ではない。何もかも忘れてしまったかのようば馬鹿騒ぎである。<br />運命の動機の前に崩れ落ちるかのようにラストが訪れる。そもそも乗り越えられる程度のものならば運命とは呼ばないわけだが。</p>
<p> </p>
<p>高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールの音響であるが、残響は短いものの、音がストレートに飛んできて実に心地良い。大阪府内は音楽専用ホールが次々にオープンしているが、海外の名門オーケストラも来る堺は別格として、豊中、箕面、枚方、東大阪などと比べても、音響は高槻が一番だと思われる。<br />定期的に演奏会を行うプロオーケストラも出てくるだろう。</p>
<p> </p>
<p>アンコール演奏は、チャイコフスキーの組曲第4番「モーツァルティアーナ」第3曲「祈り」。典雅な演奏であり、京響の弦が特に美しかった。</p>
<p><a href="https://rakuhoku.way-nifty.com/photos/uncategorized/dsc_9658.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Dsc_9658" src="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/images/dsc_9658.jpg" alt="Dsc_9658" width="369" height="493" border="0" /></a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>
<dc:subject>大阪</dc:subject>
<dc:subject>ロシア</dc:subject>
<dc:subject>コンサートの記</dc:subject>
<dc:subject>京都市交響楽団</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-03-24T23:26:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-b95c92.html">
<title>森山直太朗 「あの世でね」概説</title>
<link>https://rakuhoku.way-nifty.com/outouki/2026/03/post-b95c92.html</link>
<description>

森山直太朗の「あの世でね」。現在開催中のツアーのタイトルにもなっていますが、...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><iframe width="370" height="208" src="https://www.youtube.com/embed/b6nbVTZO4Cw?si=hOcsOkfr5jLcUtku" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe></p>

<p>森山直太朗の「あの世でね」。現在開催中のツアーのタイトルにもなっていますが、映画「風のマジム」のエンディングテーマとして書かれたもので、内容も「風のマジム」とクロスします。</p>

<p>歌詞をあまり引用してしまうと問題になるので控えめにいきますが、まずはメッセージについての内容です。これは歌詞の主人公のメッセージのはずですが、より客観的に第三者が込めたものと見ることも出来ます。伝えることの大切さです。言葉もそうですが、言葉でないものを伝えるというシーンが映画にも出てきます。</p>

<p>さて、焼けてなくなった鳥居が出てきますが、「戦で」とあるので沖縄戦で焼けて再建されていないのだと思われます。続く「焼き尽くされた夏祭り」は沖縄戦の比喩です。<br />
「迎えがない」という言葉が出てきますが、どこが出典なのかは分かりませんが、自然死でない死に方、事故死、自殺、戦死などをした者のお迎えは遅れるといわれています。歌詞の主人公も戦死したのでしょう。悲しみが続いて涙も涸れて悲しくなくなった後に沈丁花が出てきますが、花言葉は「不滅」で死んでも魂は終わりではないことを意味していると思われます。</p>

<p>「雲の上」という言葉が出てきますが、これは主人公が天国にいるということでしょう。なので、彼らは天国から地上に戻ってきて宴を行っているということになります。</p>

<p>セリフの部分に出てくる「あの子」というのがまじむ（伊藤沙莉）のことです。「あなた」もやはりまじむのことです。</p>

<p>「ひ孫の代」。映画にはまじむの母と祖母が出てきます。父親は出てきません。理由は原作小説には書かれていますが、映画では敢えて伏せられています。おばあ（高畑淳子）の孫がまじむですので、まじむの子の代まで見届けてほしいという意味になります。ちなみに映画の中ではまじむは結婚しておらず、子どももいません。</p>

<p>最後に幽霊達は天国へと帰って行き、「あの世でね」と死後のめぐり逢いを誓います。御霊は自分たちのことで、蝉時雨は別れの歌。具体的どの蝉のことかは明示されていませんが、ヒグラシかも知れません。蝉時雨は季語としては晩夏。「夏の終わり」です。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>
<dc:subject>歴史</dc:subject>
<dc:subject>散文</dc:subject>
<dc:subject>日本映画</dc:subject>
<dc:subject>言葉</dc:subject>
<dc:subject>映画</dc:subject>
<dc:subject>YouTube</dc:subject>
<dc:subject>追悼</dc:subject>
<dc:subject>ミステリー</dc:subject>

<dc:creator>本保弘人</dc:creator>
<dc:date>2026-03-22T21:59:18+09:00</dc:date>
</item>


</rdf:RDF>
