カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の37件の記事

2019年5月 1日 (水)

令和

良い時代にしましょう。

| | | コメント (0)

2018年12月24日 (月)

Merry X'mas

Merry X'mas

 

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月 3日 (月)

例える

野球に例えるけれど、何事もフラットに構えていないと、球に逆らわずに打つことは出来ない。「ストレートしか来ない!」と思い込んでいるとスライダーに手を出してあっさりゲッツーということになる。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 5日 (月)

疑うべきもの

疑うべきもの。権威、常識、自分。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月14日 (火)

場所 左京区岡崎について

 もう随分前のことだが、京都会館がロームシアター京都に改修されることで、京都会館のある左京区岡崎が河原町のようになるという危機説を唱える人がいた。岡崎が河原町になる危機? 正直、何をもってそういうことを語るのかはよくわからなかった。人が多くなることを言っているのだとすればなんとなくわかるのであるが、どうも岡崎が商業地区になるという危惧を語っているようにであった。
 
 普通に考えれば平安神宮のある場所が河原町のようになる訳がない。寝言は寝て言えとも思う。
 劇場は劇を快適に上演する場所であり、劇を心地よく観る場所である。コンサートホールはコンサートをたのしんで聴く場所であり、上機嫌で行う場所である。それ以上に優先すべきことは何もない。絶対にない。「おんぼろ施設を我慢して使え」といえるような無神経は私には理解出来ない。
 
 建築とは目的が達成されない時にはもう意味がないのである。建築とは飾りではなく生きているものである。使途に合わなくなった建築はお飾りになる。「お飾りに価値がある」と思う人もいるのかも知れないが、京都会館のような巨大建築をお飾りにして良いと本気で考えていたということなのだろうか。
 
 京都会館がロームシアター京都になって1年以上が経つが、当時の改修反対派からロームシアター京都の使い勝手の声は聞かれない。反対するなら反対が否決された結果についての発言も責任を持って行って欲しい。反対するだけなら馬鹿でも出来るが、「何が是で何が非」なのか事後も検分することは発言に責任を持つべき人間としての使命なのだから。
 

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月 7日 (水)

リアルを追求すると演劇は死ぬ

そこに「日常」の続きはいらない。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月29日 (土)

「みんな京都でええじゃないか!」とはいうけれど

その「みんな」に私は含まれていないし含まれたくもない。問われないままの「みんな」など得手勝手に過ぎる。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月25日 (土)

さて一仕事

始まり始まり。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月18日 (月)

ブレーン不在のままで

ことを進めるんじゃないよ。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月14日 (日)

劇団かいつぶり 井本利美一人芝居「はなれ瞽女おりん」を観て

7月12日、滋賀県草津市にあるイタリアレストラン「リストランテ・ヴェルテーレ」で、岡崎保夫(今年で76歳)の独唱リサイタルと、劇団かいつぶり団長である井本利美の一人芝居「はなれ瞽女(ごぜ)おりん」の二本立てを観ました。ランチタイムの公演で、イタリア料理を満喫しながら演目を楽しむという企画です。

大津市と草津市に本拠を置くアマチュア劇団、草の根劇場「劇団かいつぶり」は鴨川左岸と関係の深い劇団で、以前はうちの団員を劇団かいつぶりにお貸しするということもありました。最近は、劇団かいつぶりも本拠地であった滋賀会館が老朽化のため取り壊されて居城を失い、滋賀県各地での朗読活動をメインに切り替えたので、しばらく、ご無沙汰していました。

水上勉の原作を一人芝居用にリライトしたものを演じる(勿論、上演許可は得ています)井本利美の演技は安定感があり、安心して観ることが出来ました。

劇団かいつぶりの前団長で今は演出家に専念されている鈴鹿暁美さんは、公演の司会を務めており、開演前にたまたま私の席の近くを通ったのでご挨拶させて頂きましたが、終演後に、井本利美さん、劇団かいつぶり団員の澤田美智子さんにもご挨拶。井本さんは私を抱きしめて大歓迎でした。そして新しく劇団かいつぶりに入った女優さんにも挨拶させていただきました。

レストランでの公演で、鈴鹿先生は、司会をしていたので、終演後に食事をしようとしていましたが、レストランフロアがもう閉まる時間だというので、鈴鹿さんは「控え室に食べるものを運んで下さい」とスタッフにお願いし、私には「一緒に控え室に行きましょう」ということにになって、楽屋代わりに使っている控え室にご一緒しました。
そこで、鈴鹿さん、井本さん、澤田さんを始め、岡崎保夫氏のリサイタルでピアノ伴奏を務めたピアニストの方(奥村さん)などと結構、長い時間語らいました。鈴鹿さんは私にコメディを書いて欲しいといわれましたが、私は悲劇作家なので、コメディは苦手なんですね。でもトライしてみる価値はあると思いました。

井本さんは三味線を弾く役だったのですが、知り合いが都々逸の講座を開いているという話をすると、興味を示し、「教わってみたい」と熱望。京都市内にある会場まで来たいと意思表示しました。

その他、諸々の話題を語らいました。旧交を温める。いいものです。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)