富岡鉄斎邸跡
近代日本を代表する画家の一人、富岡鉄斎。幕末から大正時代まで活躍した息の長い作家である。当初は奈良の石上神社や堺の大鳥神社の宮司をしており、絵を発表することもなかったという。生まれ故郷の京都に戻ってからは現在石碑のある室町通一条下がる東側に拠をかまえ、学問と絵画に没頭。ただ鉄斎本人は自分はまず学者であると任じており、絵画は余技(文人画)と思っていたようだ。
それでも絵画に対する傾倒は並々ならぬものがあり、生涯に1万とも2万ともいわれる大量の作品を描いた。
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