仙台堀と聖橋とJR御茶ノ水駅
JR御茶ノ水駅付近の外堀は非常に深い。この辺りの堀の工事を担当したのは初代仙台藩主・伊達政宗。
ある日、徳川家康は伊達政宗との会見中、「そちならどこから江戸を攻めるか?」訊いた。政宗が「それがしなら本郷から攻めまする」と答えると、家康は「ならば本郷はそちに任せた」と言ったという。政宗は敵が絶対に越えられないような深い堀を築いた。仙台藩が築いたことからこの付近の堀は仙台堀または伊達堀と呼ばれ、江戸時代には景勝の地として知られたという。
深い堀を築かせることで徳川幕府は仙台藩の財政を疲弊させることに成功。一方、政宗は徳川秀忠と家光の後見人として家康直々に指名される。待遇は副将軍格であった。家康の飴と鞭の使い分けの上手さがわかる逸話である。
御茶ノ水のシンボルの一つである聖橋はニコライ堂(東京復活大聖堂)と湯島聖堂の間に架かるためにこの名がある。
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