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2013/10/25

浦戸城の碑

浦戸城の碑

戦国大名・長宗我部元親が居城とした土佐・浦戸城跡の碑。浦戸城は桂浜と太平洋を見渡す高台にあり、南と東は土佐湾が、北は浦戸湾が天然の堀となる堅固な城であった。関ヶ原の戦いでの戦功が認められ、土佐一国、二十万石(幕末には土佐藩は二十四万石となる)の大大名となった山内一豊(やまうち・かつとよ)が土佐における最初の居城としたのも、ここ浦戸城であったが(長宗我部氏の残党が、山内氏の入城を拒む浦戸一揆の舞台ともなった)、土佐一国の政庁としては手狭で、浦戸湾の存在は城を要害とするには有効だが、交通の便を悪くし、城下町も西側にしか設けることが出来ず、結果として小規模な町しか作れないため、一豊は現在の高知城を築いて移り、浦戸城は廃城となった。

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