此付近 新選組最後の洛中屋敷跡
京都駅の北西、京湯元 ハトヤ瑞鳳閣の横にある「此付近 新選組最後の洛中屋敷跡」の石碑。
新選組最後の屯所として知られる不動堂村屯所。ただ、同時代に不動堂村という名の村の所在が確認出来ないこと、鳥羽・伏見の戦いに備えるために新選組が腰を落ち着かせてからわずか半年で不動堂村屯所を去り、伏見奉行所に入っていること、明治初期の建物が取り壊されたらしいことなどから、不動堂村屯所の正確な所在地は現在もわかっていない。
不動堂村の由来となった不動堂は現在も残っており、その周辺ということは間違いない。状況証拠しかないが、付近の道祖神社が幕末に何故か移築されていることから、ハトヤ瑞鳳閣付近が有力候補の一つとして挙げられる。
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