カテゴリー「有名人の墓所」の98件の記事

2020/01/03

阿弥陀ヶ峰 豊国廟への入り口

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豊臣秀吉公墓石 令和二年元日

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阿弥陀ヶ峰山頂にある豊臣秀吉公墓石。明治に入ってからの再興で、平安神宮などを手掛けた伊東忠太の設計である。

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2020/01/02

豊国廟への石段 令和二年元日(2)

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豊国廟への石段 令和二年元日(1)

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2018/02/11

報土寺 雷電為右衛門の墓

報土寺 雷電為右衛門の墓

東京都港区赤坂にある真宗大谷派笑柳山報土寺。「無類力士」と呼ばれ、史上最強伝説を持つ雷電為右衛門の墓がある。

信濃国小県郡に生まれた雷電為右衛門。出雲(雲州)松江松平氏お抱えの力士として来電を名乗り、活躍。通算成績は254勝10敗と驚異的なものであった。
にも関わらず横綱にはなっていないが、これは単純に横綱というのが当時はまだ名誉職のようなものであったからだと推測される。来電の素行に問題があったという説もあるが裏付けとなるものは存在しないようである。

晩年は妻の故郷である下総国佐倉で過ごしたという話もあるがはっきりはしていない。

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2017/03/14

梶井基次郎の墓2017

梶井基次郎の墓2017

大阪市。日本橋駅と谷町九丁目駅の中間付近にある日蓮宗・常国寺内の梶井基次郎の墓。今回はレモンスカッシュをお供えした。

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2014/07/05

横須賀・信楽寺 坂本龍子の墓説明書

横須賀・信楽寺 坂本龍子の墓説明書

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2014/07/04

贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓

贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓

横須賀・信楽寺(しんぎょうじ)にある楢崎龍(おりょう)の墓。
長州の家系である医師・楢崎将作の長女として生まれたおりょうこと楢崎龍は、華道、茶道、琴などを習うお嬢さん育ちであったが、父の死後に一家は没落。おりょうは七条の扇岩で働くことになり、そこで坂本龍馬と出会う。おりょうは近藤勇からも懸想されるほどの美人であったというが、龍馬はおりょうの顔形よりも性格や教養の高さに惚れたようである。
龍馬亡き後、おりょうは高知の坂本家に身を寄せるが、龍馬の兄で坂本家当主である権平直方とうまく行かなかったようで、間もなく高知を後にし、京の霊山にある夫の墓近くで過ごす。その後、勝海舟や西郷隆盛らを頼って東京に出て、神奈川宿・田中屋の女中の職を紹介されるが「扱いづらい」と理由でクビになる。おりょうはプライドが高すぎるという難点があったようで、元海援隊士達からも「生意気」として嫌われ、援助を受けることは出来なかった。昔なじみの西村松兵衛と再婚したおりょうは名を西村ツルと改め、横須賀に住む。
夫の松兵衛は近江商人の子であったが、テキヤのような仕事をしており生活は楽ではなかった。女傑的性格のおりょうと結婚を続けるのは難しかったようで松兵衛は家をあけて、おりょうの妹である光枝と暮らすようになる。
一人で家にいることの多くなったおりょうは坂本龍馬との思い出を海援隊士・安岡金馬の子である安岡秀峰に語った後、貧困のうちに世を去った。

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2014/07/02

横須賀・信楽寺

横須賀・信楽寺

神奈川県横須賀市にある浄土宗・信楽寺(しんぎょうじ)。坂本龍馬の妻で、おりょうさんとして知られる楢崎龍(西村ツル)の眠る寺である。最寄り駅は京急大津駅。

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2013/12/31

同志社墓地・新島八重の墓

同志社墓地・新島八重の墓

新島襄の墓の北隣にある新島八重の墓。揮毫は徳富蘇峰によるものだが、八重の墓では苗字は新嶋という字になっている。敢えて変えたのか、それとも新島襄の墓も倒壊する以前は新嶋襄で、再建する際に新島に変わったのか。とにかく今は字体が違うのは確かである。

新島八重(山本八重)は、会津の生まれ。砲術師範の山本権八の娘であり、幼時より西洋砲術に興味を示したようである。但馬出石藩出身で、会津の藩校である日新館の師範であった川崎尚之助と結婚する。

会津戦争の際は、鶴ヶ城に籠城し、スペンサー銃を手に奮戦。新政府軍に打撃を与えたとされる。体躯はがっしりしており、怪力の持ち主で、石垣の石を蹴り落として鉄砲狭間を作り、敵を狙い打ちしたという話も伝わる。

しかし鶴ヶ城は開城。会津藩は降伏。八重は「明日の夜は何国の誰かながむらんなれし御城に残す月影」という和歌を城壁に櫛で刻みつけたという。

川崎尚之助との離縁であるが、原因ははっきりとはわからないようである。

会津藩降伏後は米沢で暮らすが、死んだと思っていた兄の山本覚馬が生きていると知り、兄のいる京都に一家で移住する。

日本初の女性のための学校・女紅場(丸太町橋西詰め。九条家河原町邸跡)の権舎長(舎監長)となり、この頃に、兄の覚馬の知り合いであった新島襄と出会い、結婚することになる。女紅場は追われたが、襄と共に、同志社の発展に尽力する。同志社女学校の設立にも寄与した。

しかし、女傑ともいうべき性格が災いしたのか、襄が他界すると八重は同志社の関係者と上手に関係を築くことが出来ず、同志社からは距離を置き、看護師となる。看護学校での教育にも携わり、この功績が認められて勲六等宝冠章を授与される。民間の女性に対する受勲は八重が第一号だとされている。

戦場や学校設立のための華々しい活躍もあったが、気難しい性格だったようで、よく対人関係でトラブルを起こしており、余り人から好かれるタイプではなかったようである。それでも八重の葬儀には多くの人が参列し、盛大に執り行われた。

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